ドールズフロントライン ~16.6%のミチシルベ~   作:弱音御前

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暑い日々が続いてまいりました、かと思えばなんか冷ややかな今日この頃。皆さまいかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今作がスタートしまして、まだどんな内容化も全く不明な状況になっていますが、このお話でその意味が分かっていただけるかなと思います。

それでは、今週もどうぞごゆるりと~



16.6%のミチシルベ 2話

 1日目 13:00 防衛線Fライン

 

 

「MDR! 伏せろ!」

 

「うわ!?」

 

 私の号令を耳にして、部隊員であるアサルトライフル〝MDR〟がその場で慌てて屈みこむ。

 その後方に控える私と、MDRを側面から狙っていた鉄血兵との射線がクリアになったのを

確認。狙いを付けるが早いかトリガーを引く。

 頭部に着弾した衝撃で鉄血兵が後方に吹き飛ばされる。

 それで最後。国道沿いの旧市街地を陣取っていた鉄血部隊は壊滅し、戦闘は私達、エーデル小隊の勝利で幕を閉じた。

 

「なんだよぅ、今のは私に言ってくれれば仕留められたじゃんか。わざわざ隊長が決めることなかったのに」

 

 口を尖らせ、拗ねながらMDRが立ち上がる。せっかく無傷のまま助けてやったのに、随分な

言われようの私である。

 

「隊長が動いてくれたから、アナタは無傷で済んだんだよ? 隊長を責める前に、あんな近距離まで敵の接近を許した自分の落ち度を責めないと」

 

「そうですよ、MDR。まずは、助けてくれた隊長さんにありがとう、ってお礼を言いましょうね」

 

 戦闘終了とみて、持ち場についていたハンドガン〝K5〟とアサルト〝95式〟が私たちの所へ戻ってくる。

 

「うぅ~・・・言われなくても分かってるよぅ。ごめんね、隊長。助けてくれてありがとう」

 

 2人が私に加勢してくれたので、状況は3対1。勝ち目がないと見たMDRが観念して頭を下げる。

 

「分かってくれればいいのよ。攻めに集中するのもいいけど、自分の安全確保にも十分に気を配りなさいね」

 

 ぽんぽん、とMDRの肩を叩いて慰めとして、この話はもう終わりだ。

 

「みんな、ご苦労様。良い動きだったわよ」

 

 戦闘開始からここまで20分弱。小規模部隊とはいえ、それなりの数の鉄血兵をこの短時間で

殲滅できたのだ。贔屓目に見ても、結構優秀な成績である。

 とはいえ、ここはまだ基地から一番近い防衛線で、危険度は一番低い戦場だ。

 今回は私のリハビリという事もあり、かなり軽い戦闘に絞っているので、これくらいやってもらわないと困る。

 

「当然当然。なんたって、最強のブルパップライフルが2人もいるんだからさ。ねぇ~、95式」

 

「そうですね。でも、気を抜いてはいけませんよ? こういう軽い任務にこそ、足元を救われてしまうものですから」

 

 ネット配信オタクのMDRと、当基地トップエースと呼んでも過言ではない実力者95式。練度も良い具合に仕上がってきているこの2人がいれば、そう簡単に全滅という羽目にはならないだろう。

 

「やっぱり、エリートの人達は動きが違うよね。私なんか、大して活躍する機会もなかったわ」

 

 そう言うK5は、この隊の中では一番練度の低い人形だ。しかし、それでもハンドという

ポジションをちゃんと理解して、十分なアシストをしてくれていた。

 中には、彼女よりも練度が高くたってここまで出来ないアホの娘もいるので、それを考えたら

十分な実力だ。

 これからが楽しみなルーキーである。

 

「んで、もう任務は片付いちゃったけど、これからどうするのさ? 長期になるかもしれないっていうから、それなりの準備はしてきたけど」

 

「ちょっと待ってなさい。ここからは、コイツの出番だから」

 

 MDRに急かされ、私はバッグから件のタブレットを取り出した。

 

「それが、指揮官様の代わりに指示を出してくれるAIですか? それを通じて指揮官様とお話するのではなく?」

 

「なんだか、私たちの運命を委ねるには頼りない感じだね」

 

 今回のいきさつは既に3人に説明をしてある。

 どこの馬の骨とも知れない機械に指揮官面されるのをあまり良く思っていなかった3人だが、

任務が始まってしまえば、もうそんな気分もすっかり飲み込んでくれたようだ。

 仕事のプロはこうでなくてはいけない。

 

「おぉ~、なんだかスゴイねぇ! これ、写真撮ってブログにアップしていい?」

 

 しかし、こうやって無神経にはしゃぐのはよろしくない。プロじゃなくて、ただのバカである。

 

「これまだ試作品だから、画像が流出したら大問題になるかもよ? 損害賠償の請求きたら

ヨロシクね」

 

 私が釘を刺すと、MDRは乾いた笑いを零しながら愛用のケータイをしまってくれた。

 

「っと・・・このスイッチを入れて起動・・・できた」

 

 真っ暗なディスプレイに、OSのロゴが浮かび上がる。

 起動シークエンスのゲージが進んでいき、黒画面がパッと明るさを増した。

 

『エーデル小隊の任務完了を確認。みなさん、お疲れ様です』

 

 抑揚のない女性の声がタブレットから流れてきて、私を含めた一同、関心の声を漏らす。

 なんだか、こんなちっぽけなタブレットに労われるなんて、不思議な気分だ。

 

「ちゃんと挨拶ができるのですね。初めまして、私は95式といいます」

 

 AIの挨拶に対し、95式が真面目に挨拶を返す。

 たかが指揮用AIだ。そんなお返しをしても無駄・・・

 

『初めまして、95式さん。私は戦術指揮AI〝ウェンズデイ〟と申します。貴女のご活躍は聞き及んでいます』

 

「うぉお、スゲェ!? ちゃんと挨拶返してくれたし、超礼儀正しいよこの娘!」

 

 目をキラキラさせて驚くMDRの横で、私も同じくらい驚いているが、表には決して出さない。それが、コイツと私の決定的な差なのである。

 

「こんにちは、ウェンズデイ! 私はMDR。あのさ、アナタの事をブログにあげてもいいかな? できれば、インタビュー音声なんかも貰えると嬉しいんだけど?」

 

『こんにちは、MDRさん。残念ですが、それは止めた方がよろしいかと。私はまだロールアウト前の試作型であり、クラス4相当の社外秘指定が付与されています。不特定多数の方が閲覧されるSNSによって私の写真、又は音声がリークされた場合、グリフィン社員規定12条6項の適用により、実行者には減給処分及び降格。或いは懲戒免職の可能性も』

 

「わ、分かった分かった! 冗談だから! そんな事本当にしないから!」

 

 必要なのは人間のような柔軟な思考。今のウェンズデイの話っぷりを見て、昨日、指揮官が言っていた話が頭を過った。

 

「なんだか、随分と仕事熱心そうなAIだね。大丈夫かな?」

 

「真面目にやってくれそうだから、いいんじゃないの? わけわかんない事ばかり言うようなのより断然マシでしょう」

 

「そういう意味でもないんだけどさ。こういう戦術指揮って、一筋縄じゃいかないでしょ? だから、大丈夫なのかなって思ってさ」

 

 すっかりウェンズデイに夢中な95式とMDRとは打って変わり、K5は私と同様に一歩下がって様子をよく観察しているようだ。

 前からなんとなく感じていた事だが、けっこう頭の良い娘なのかもしれない。

 

「ねえねえ、隊長。ウェンズデイが次の行先を提示してくれたよ。この中から選んでいいって」

 

 まぁ、ファーストインプレッションはこれくらいにしておいて、任務を続けよう。

 MDRに言われ、タブレットの画面に視線を移す。

 そこには、次の任務内容、移動手段、移動時間などの細かい情報がズラリと並んでいた。

 

「す、すごい数ね。20・・・30くらいの行先があるけど、この中から選べって?」

 

『内容は違えど、ほぼ同等条件の任務です。エーデル小隊のモチベーション管理の観点からお選びいただくのが適切と判断しました』

 

 要は、縛り付けるのではなく、ある程度私達を自由にさせることで良い気にさせるのが狙いということか。

 上手い作戦だが、そういうのは口に出さないでメモリの中にしまっておくものだ、こんにゃろ。

 

「どうする? これだけ多いと迷っちゃうよね~」

 

「そうね。危険度は同等なのだから、近場を選んで周ろうかしら? ・・・でも、どの任務もさほど移動距離は変わらないか?」

 

 これだけの任務を短時間で抽出できる性能は素晴らしいのだが、選択肢があまりにも多くなってしまうのも考え物である。

 

「どれでも良いのだったら、これで決めるのはどうかな?」

 

 タブレットを覗き込む私達3人の後ろからK5の声。

 振り返ると、K5が差し出す手の平には小さな立方体が乗せられていた。

 

「? これは?」

 

「あ、もしかして〝サイコロ〟ですか?」

 

 95式の言葉を聞いても頭に?マークが浮かんだままの私とMDR。

 私はコイツと同レベルかよ、チクショウ。

 

「そう、東洋ではサイコロって呼ばれてるんだよね。MDRの出身では、ダイスっていわれてたかな」

 

 ダイス、と呼ばれる小さな箱をしげしげと眺めてみる。

 白い立方体の六面には丸い窪みが彫られていて、窪みは面によって1~6まで、と違う数だけ

彫られているようだ。

 その様を見て、私はすぐにピンときた。

 MDRはまだ小首を傾げているので、やはり、私の方が優秀な人形という事だ。

 

「なるほどね。この中から6つをピックアップして、そのダイスを振って、出た数字の選択肢に

従うってことか」

 

「そう。これ、昔から占いで使ってたダイスだから、お守り代わりにいつも持ち歩いていたんだ」

 

「占いでも使うものなのですね? 私の出身地では〝すごろく〟というボードゲームでよく使われていたんですよ」

 

「それって、超面白そうだね! 実況生中継したら絶対に数字稼げるって!」

 

 今回は私のリハビリも兼ねた小手調べの任務である。たまには、ちょっとしたレクリエーション感覚で任務をこなすというのも悪くない考えだと私は思えた。

 

「一説によると、古の旅の達人は、ダイスロールで己の旅先を決めていたらしいよ」

 

「なんで? 旅って、自分が行きたい所に行くものじゃないの? 行先を運任せにして楽しいのかしら」

 

「まぁ、一説だから。信じるか信じないかはみんな次第ってことで」

 

 全くもって、頼りにならない一説である。

 

『エーデル小隊の任務はダイスロールによって決める、というルール設定でよろしいでしょうか?』

 

「ん? ええ、それでいいわよ」

 

 突然にウェンズデイからのカットイン。それに、何気なく私は答えを返した。

 

『了解。現状、遂行可能な任務を6つピックアップします』

 

 ディスプレイに表示されていた大量の任務表記が一旦消え、今度は番号が振られた6つの任務が表示される。

 

「どのような任務が選ばれたのですか?」

 

「できれば、近場の任務が良いよね」

 

「やっほ~。今日わたしはエーデル小隊として任務に来てるんだけど、実は、いつもとちょっと違った面白い任務なんだ。今から、それを中継でみんなにも見せるから、ゆっくり楽しんでいってね♪ ルールは簡単。6つの任務の中から次に行く任務を選ぶんだけど、その選択は、ダイスっていう小さな箱を使って・・・」

 

 みんな、それなりに楽しそうにしてくれているというのは、部隊を率いるものとしても気分が良いものである。

 そんな感慨に浸りながら、私もウェンズデイが選んでくれた行先に目を通す。

 

 

 

 第1の選択

 

 

 1 別支部への後方支援任務  輸送ヘリ〝セリーヌ〟 2時間

 

 2 当基地〝コスモス小隊〟と合同戦線  輸送ヘリ〝サーシャ〟 2時間

 

 3 別支部〝Wisky小隊〟と合同戦線  高速ヘリ〝エリーゼ〟 3時間

 

 4 民間人の捜索救助任務  輸送車両〝サリーン〟 3時間

 

 5 軍との協力戦線  輸送車両〝サベージ〟 4時間

 

 6 物資調達任務  徒歩 2時間

 

 

 

 ・・・と、まぁ、こんな感じの選択である。

 ヘリや車両というのは、私たちの基地のものではなく、グリフィンが定期的に運行している乗り合い便の事だ。今の時間からランデブーポイントまで行って間に合う便をちゃんとピックアップしてくれているようである。

 その便の下に書いてある数字は、たぶん、現地到着までの時間ということだろう。

 6番の選択肢以外は、本当にどっこいどっこいな内容の選択肢である。

 

「副官としては、6がちょうど良い任務でしょうか?」

 

「冗談。もう勘は取り戻したから、どれでも来いって感じ」

 

「じゃあ、はじめは誰がダイスを振る?」

 

「私がやりたい私がやりたい! ねえ、私が最初で良いでしょ? ね? ね?」

 

 自慢のケータイカメラを持ったまま、MDRが元気に手を挙げる。

 誰が振ったところで、どの数字が出るかの確率は変わらない。

 やりたいのならどうぞ、という事で私達3人が同意し、ダイスをMDRに渡す。

 

「よ~し、まず一回目の選択! いくぞぉ!」

 

 片手にケータイ、もう片手にダイスを握ったMDRが身構える。

 

「・・・・・・ねえ、このダイスっていうの、どう使うの?」

 

 今更な質問に、K5と95式は苦笑、私は溜息。戦闘は上手く立ち回れるくせに、こういうところは本当にポンコツな奴だ。

 

「ポイって、軽く投げればいいのよ。手の上から零すように地面に落としてもいいわ」

 

「おお、そうなんだね! じゃあ、改めまして~。運命の! お時間デス!」

 

 大袈裟な言いっぷりに次いで、大きくジャンプ。一体、どれだけの勢いでダイスをブン投げるつもりなのか? とヒヤヒヤしたが。

 

「ってい」

 

 予想に反し、高度を低く、優しくダイスを転がした。

 K5のお守りのダイス、というのはちゃんと理解していたようである。

 コロコロ、と石畳の上を数回転がり、ダイスが止まる。

 真上を向いた面には、黒い丸が6つだ。

 

「6! 6は~・・・物資調達! 徒歩2時間! ・・・・・・なんか、地味な行先になっちゃったね」

 

「地味とか言わない。これもちゃんとしたお仕事なんだから」

 

 不謹慎な事を言うMDRを注意はしたものの、私も心境はMDRとあまり変わらない。他支部の部隊と一緒、っていうのは少し楽しそうだと思っていたのは内緒の話である。

 

『このエリアの西側に伸びる旧国道を進み、鉄血が棄てた補給施設を捜索してください。距離は

およそ10キロあまり。到達予想時間は・・・』

 

 ウェンズデイが目的地までのルートを律儀に説明してくれる。何から何まで、本当に過保護な

良くできたAIだ。

 

「オッケー。それじゃあみんな、次の任務が終わって、2回目の選択になったらまた生中継するから、絶対に見逃さないようにね~」

 

「ねえ、MDR。それ今後もずっと続けてたらケータイのバッテリー持たないんじゃないのかな?」

 

「ふふ~ん、抜かりはないよ。こんなこともあろうかと、充電用バッテリーを持ってきてるんだ。配信者として、当然の装備だもんね~!」

 

 楽しそうに話しながら、MDRとK5が先行する。

 

「私達も参りましょう、隊長」

 

「ん、そうね」

 

 タブレットをバッグにしまい、私と95式が後に続く。

 上空は雲一つなく、真っ青な空が広がる。

 ・・・しかし、私達が向かうその先には、岩山のような灰色の雲の塊、積乱雲が浮かんでいる。

 それはまるで、これからの私たちの行方を暗示しているかのように。

 簡単な任務だと、ついお気楽モードに入ってしまっていた私は、そんな警告には微塵たりとも

気づくことは出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 1日目 23:00 正規軍野営地

 

 第4の選択

 

 

 1 別支部〝デルタ32番隊〟の後方支援  徒歩 1時間

 

 2 別支部〝ティアラ小隊〟と合同戦線  夜戦ヘリ〝ナイトヘッド〟 2時間

 

 3 正規軍の後方支援  徒歩 2時間

 

 4 正規軍の戦闘支援  夜戦ヘリ〝ウィザード〟 4時間

 

 5 ここをキャンプ地とする  軍野営地を借りて一泊

 

 6 自前のキャンプ地で夜を明かす  少し離れてキャンプ設営一泊

 

 

 ・・・ダイスで行先を決めるのもなかなか乙なものじゃないかと、そう思っていた時期が私にもありました。

 それはきっと私だけじゃなく、タブレットを覗き込んで青ざめている3人も同じ事だろう。

 

「ちょ、ウソでしょ!? 帰れないの!? それどころか、この選択肢、まだまだ夜戦やらせる気満々じゃん! ・・・まぁ、動画的にはオイシイけどさぁ」

 

「さすがに・・・少し疲れましたね。これはちょっと辛い選択ですよ」

 

 物資調達、別支部の部隊を支援、そして、正規軍の夜間後方支援を終えた私達に突き付けられたのは、かなりリスキーな6つの選択肢であった。

 まだ基地に帰らせてくれないどころか、夜戦継続の選択が4つもある。あわよくば一泊を当てたところで野営という始末だ。

 

「ねえ隊長。これ、まだ続けるの?」

 

 割とどんなことでも平気な顔してやってのけるK5だが、今回ばかりはさすがにウンザリ、というのが顔に現れている。

 

「私ももうウンザリしてきたところよ。ウェンズデイ」

 

『何でしょうか、ネゲヴ隊長?』

 

 こんな無茶な選択肢を出してきておいて、ウェンズデイの声色には悪びれた色も見えない。AIだから仕方ないことだが、ちょっとムカつく。

 

「ダイスロールによる選択はもういいわ。今日は基地に帰りたいから、乗り合い便の手配をしてちょうだい」

 

 私がそう提案したことで、3人の表情に安堵の色が浮かぶ。

 ・・・しかし

 

『その指示を拒否します』

 

 私の言葉をウェンズデイがきっぱりと撥ねのけたのを聞いて、私達、みんな揃ってあっけにとられてしまう。

 

「拒否って・・・それはどういうこと?」

 

『此度の任務は〝ダイスロールによって行先を決める〟というルールが設定されました。物事というのはルール、規則によって管理されています。そのルールを無視するというのは、物事の意義

自体を否定するという重大な冒涜になり』

 

「待った待った! そんなご高説はいいから!」

 

 クドクドと正論を並べ立てるウェンズデイに割って入る。

 

『私は指揮官の代理として皆さんに指示を出しています。私の指示に対し、皆さんが不当な異議

申し立てをするのはお門違いなのでは?』

 

「はぁ!? 何を生意気なこと言ってんのよ!」

 

 ここまでの任務で疲れていたこともあり、今のウェンズデイの言葉で私は完全に頭にキテしまった。いや、きっと普段の状態であっても怒っていたのだろうけど。

 

「もういいわ。みんな、引き上げるわよ」

 

「ひ、引き上げるって・・・帰りの便はどうするのさ?」

 

「軍のネットワークを借りて時間とランデブーポイントを調べる。こんな分からず屋AIに付き合う事なんて無いわ」

 

 さっさと帰り支度を始める私に3人も続く。

 

『勝手な行動はお控えを。私の指示に従ってください』

 

「黙れ。この無能指揮官代理め」

 

 所詮はタブレットにインストールされたAIである。まさに言葉の通り、手も足も出せまい。

 

『無能なのはどちらでしょうか?』

 

 完全に優位に立っていたと思っていた私に、ウェンズデイが平然と言い放つ。

 その言葉に、言い知れぬ迫力を感じ、思わず支度の手を止めてしまう。

 

『これはお願いではありません。〝命令〟なのですよ?』

 

 命令、というフレーズを耳にした途端、私の身体を違和感が苛む。

 まるで、全身に重りでも巻きつけられたかのように、その場から動くことができなくなってしまったのだ。

 

「っ!? これは・・・?」

 

「一体・・・なんなの?」

 

「ちょちょちょ! だ、誰かたすけて~!」

 

 それは私だけではなく、3人ともに同じ現象が現れていた。MDRなんか、姿勢が悪かったせいで顔面から地面に倒れて、イモ虫のように藻掻いている。

 

「ちっ・・・妨害パルスか? そんなもの積んでるなんて、さすが、変人ペルシカが組んだタブレットね」

 

『いいえ、これは指揮官代理としての権限を行使したものです。私にはジャマー機能は搭載されていません。それと、我が主への悪態はお控えください。次はありませんよ?』

 

 指揮官は人形に対しての緊急措置として、絶対権限を有してると聞いたことがある。私の指揮官は強制させる事をすごく嫌う人だし、そもそも、そこまでの分からず屋は基地にいないので、私はまだその効力を目の当たりにしたことがなかった。

 実際に受けてみて分かるこれは文字通り。絶対の権限である。

 

『ダイスロールを継続して下さい。貴方達を強制的に行動させることもできますが、そこまではしたくありませんので』

 

 指揮官代理、という立場を与えられているので仕方ないのだが、どこまでも上から目線なのが

また腹立たしい。

 

「ねえ、隊長。ここは大人しく従うしかないよ」

 

「そうだよ! ひとまず言う事聞いてさ! 早いところアタシを立ち上がらせて!」

 

 K5とMDRからの同意は得た。

 95式に視線を向ければ、小さく頷いて返してくれる。

 ・・・その目に、ある意思が込められていたのを私は逃さない。

 

「分かったわ。ダイスを振るから、フリーズを解除して」

 

『今後は、変な気は起こさぬようお願いします。くれぐれも』

 

 ウェンズデイが私達に釘を刺し、ようやく身体の硬直が解除された。

 一同、大きく安堵の息をつく中、私はポケットにしまってあったダイスを取り出す。

 

「隊長が振るの?」

 

「ええ。5か6、できれば6の方がいいかしらね。軍に頭下げて寝床を貸してもらうのも癪だし」

 

「指揮AIウェンズデイの謀略により旅の続行を余儀なくされた我々は、深夜のダイスロールを

決行する羽目になってしまった。もう今夜は身体を休めたいところだが、一泊の目が出る確率は33%。負けられない戦いが、今、はじまる!」

 

 こんな時にまで実況と、随分余裕なMDRを尻目に手の中でダイスを転がす。

 前述の通り、ここで一泊できる目は3分の1だ。

 かなり頼りない数値ではあるが・・・私にとってはどうでもいい話である。

 手の中で転がした勢いのまま、ダイスを放り出す。

 クルクルと回転しながら落ちていくダイスを固唾を吞んで見守るK5とMDR。

 カツン、とコンクリートの上を撥ね、しばし転がる。そうして、ダイスが上空を仰ぐ面に現れた目は。

 

『6。この野営地から300メートルほど西へ進んだ地点に広場があります。そちらへ移動し、キャンプを設営してください』

 

「うおおぉおぉ! この土壇場で6をひいたよ! 隊長かっけぇぇ!」

 

 歓喜に沸くMDRほどではないが、私自身も驚いている。まさか、ほんとうに6が出るとは・・・人生とは分からないものである。

 次の行先は決まった。それでひとまず良し、と判断したウェンズデイがタブレット画面を

スリープ状態へと戻した・・・そのタイミング。私と95式は瞬時に銃を手に取る。

 鉄血兵の姿を確認した、というわけではない。2つの銃口が向けられる先は、頭の固いAI

ウェンズデイだ。

 先ほど、95式が向けた眼に込められた意味はこの事。油断した所に鉛玉を叩き込み、スクラップにしてやるのだ。

 銃口がタブレットに向き、トリガーに指をかける。銃器のスペシャリストである私達だ、その間は1秒にも満たない。

 ・・・けれども、私も95式も、トリガーに置かれた指を動かすことは叶わなかった。

 

『私が気づいていないと思いましたか、ネゲヴ隊長?』

 

「っ!」

 

「不意打ちもダメですか。恐ろしく優秀なAIですね」

 

 微かに震える2つの銃口を前に、ウェンズデイが淡々とした態度だ。

 タブレット画面はスリープ状態のままだが、しっかりと私達の事は観察しているらしい。

 95式も驚愕している通り、抜け目のないヤツである。K5とMDRなんか、まだ状況を飲み込めていなくて、呆気にとられたままだというのに。

 

『私への攻撃行動に関しては常時制限をかけています。どうか、お忘れなきよう』

 

 それで会話を締めると、私達の拘束が解除された。

 

「申し訳ありません、隊長。まさか、読まれているとは夢にも思わず」

 

「いいのよ。気が付かなかったのは私も同じだから」

 

 こうまで完全に動きを読まれてしまっては、もう悪態をつく気すら起きない。

 行動を完全に掌握されてしまっている以上、大人しく従い続ける他ないだろう。

 ウェンズデイとて、私達に危害を加えようとしてこんな事をしているわけではない。ただ、副官代理という立場に従い、その責務を全うしようとしているだけだ。

 ダイスロールなんていう不確定な要素で行先を決めるのは辛いが、我慢して続けていれば、そのうち帰れる選択を引き当てられるだろう。

 明けない夜など、決してないのだから。

 

「いつまでもここに居たって仕方ない。目的の場所に移動するわよ」

 

 時刻はもう日を跨ごうというところ。気持ちを切り替え、明日の行動に支障がでないよう早いところ身体を休めるとしよう。

 

「あ~、ビックリした。2人とも、いつの間に反撃なんて示し合わせてたの?」

 

「ふふ、これはベテランにしか分からないサインみたいなものです。いつか、貴女にも分かるようになりますよ」

 

 反撃失敗でややヘコみ気味だった95式にさりげなく歩み寄るK5。こうやってフォローを入れてくれる、ナイスプレーである。

 

「傍若無人なAIへの反逆に失敗してしまった我々は、大人しく指示に従い、薄暗い林の中にある野営地を目指す。今はただ、ジッと耐え抜く時である。いつかきっと、我々にも光は訪れる。明けない夜など、この世にはないのだから!」

 

 片や、私の隣ではバカがいつもの調子で実況中。

 これの何がまたこんなに腹立たしいって、今、コイツが言ったのと同じ言葉を私も思っちゃった事である。




お好きな方はすぐに分かったかと思いますが。
はい、サイコロの旅です。北海道の某人気番組でやっていたネタですね。
今回は〝どうでしょうネタ〟を適所に絡めていこうというスタンスなので、終始こんな様子なのはどうかご容赦下さい。
もちろん、当方で考えたネタも頑張ってねじ込んでいきますので、そちらも楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。

それでは、次週の更新もどうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~

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