「4本目いきます!5、4、3、2、1、GO!」
3本目までは均衡していたけれど、動き始めるのはおそらくここから。後追いのポジション。相手の動きがすこし違うように感じる。具体的に言うならアクセルオフが増えてきている。
ここのコースは道幅が狭く、危険と隣り合っているステージ。安全マージンをお互いひろくとらなければいけない。相手はそんな中でさえ極限まで削っていたマージンが、すこし戻ってきているようだ。
(つまりそれは、こっちのほうが限界を引き出しているということ...アタシの方が、相棒とのシンクロが高いということ!)
「...タイヤのタレが見えて来やがった...相手もペース自体は落ちている。それなのに目の錯覚か、ほんのすこし距離が縮まっているように見える...」
このコースでイチバン速度の乗るこの場所で確かに最高速のわずかな落ちを感じた。パワー、トラクションの低い相手はここで俺より辛いが、その前の区間でたしかにこちらより速かったことを俺は見逃しはしなかった。
...でも、結局はマシンとドライバーの総合力勝負。であれば拮抗した実力のあいつに俺とMR-2が劣る道理はない!6本目で仕留めて見せる!
「とうとう5本目ですか。お互い、スタミナが持たない頃合いですね。なにか声掛けの一つでも...と思うのですが、上ってくるたび、ネイチャさんの表情を見るたびそれすらもできないオーラを感じてしまいます...」
「けどそれって、きっとネイチャは集中できてるじゃないかな。前に走ってた時も似たようになってたし!」
「...そうですか。意外に、ターボさんは私たちの気付かないところを見ているんですね。」
「そっちの...えーとすまん、名前をお聞かせ願えるかな?」
「イクノディクタスです。相沢さんでしたよね。どうされましたか?」
「いや、ずっとカウントやってたらツラいだろう?俺、変わるよ。」
「ああ、すみません。」
「気にすんな。それより、チームメイトの応援に専念してやってくれ。」
5本目。勝負はもう少し先だ。お互い最後の距離の測りあい。そこを過ぎれば余力はなくなる。言わば上昇するジェットコースターの頂上付近。身構えてかかる。
「カウント始めるぞ!5、4、3、2、1、GO!」
変わって相沢さんのカウントからバトルを開始する。入ってすぐの大きく回り込む左。動き、いや、それ以外のなにか、違いを感じる。それは微妙な本能的な側面からくるアクセル開度の違い。それにより生じる微かな速度差。
その違いは、3本目にあったマージンと比べて、ほんの小さな縮まりを伝える。ただし、立ち上がりの差故に相手もまだ仕掛けるに至らない。もっといえば相手の方も余裕はないはず。
こっちは回り込む右でのフロントの食いつきがすこし怪しかった。前後重量配分がいいことを含めてもあそこをベストラインで立ち上がれるのはあと2本が限界。さらに、中盤の10、11コーナーあたりのS字でベストラインを外し始めた。
こと[フロントタイヤのグリップ]に限れば、相手の方が残りがあるはず。リアにわずかな重量の偏りがある故タイヤのへたりには偏りがうまれるのは必然。
つまり、相手はリアタイヤのグリップの余力が低いはず。なら...勝機はある。
「6本目いくぞ!5、4、3、2、1、GO!」
最後の防御だ...ここで決着がつくならそっちの勝ち、つかなけりゃ俺の勝ち。どっちにせよここが決戦だ...確実に守り切る!
「お互い余力はもう残らない...だが、俺自身のスタミナをここで持たせられりゃ...俺の勝ちは...!!」
――それが、トリガーだった。フロントの設置感が消える。リアのグリップを失いつつあった車体は、4輪の設置感をなくす。大きなスライドを起こし、隙が生まれる。
「――そこっ!!」
立て直しにかかる時間は短くとも、アクセルを抜かねばならない。それで十分。
「んなっ!?」
スペースがあるんなら...!
「ねじ込めええええ!!!」
ハナツラがMR-2のサイドに行く。左からの右。どちらか引かなきゃならないのに微塵も引く気がない。
「上等だぜ勝負だロードスター!」
MR-2は残ったグリップをこの場で消費しきらんと突っ込む。フロントが食いつくから回頭はするが、リアが垂れ気味で踏めばオーバーステア。
逆にフロントもリアも同じくらいのグリップのロードスターにはサイドバイサイドにまで持ち込むだけの余力が微かに存在する!
結果イン側で、かつ立ち上がりの速度を乗せていける!!さらに、メカニカルグリップ、つまりサスペンションによりコーナー限界が高いロードスターなら、アウト側でも踏ん張っていける...
ターボに言われた言葉を思い出す。握ったステアリングから伝わる情報。体が感じるロードスターという車に自分のもつすべてをゆだねる。
「頼むよロードスター...最後...全力で踏ん張れェ!!!」
サイドバイサイドを維持したまま小さく左へ、そして右、丸形に放たれる光が前を取る。
「...もはや張り合う余力ナシ...か。」
右コーナー。インを維持して曲がれるほどのグリップを残せなかったMR-2は、こちらの目にはっきりと映るように、失速していった。
―――意識が遠い。崖につかまっているみたいにギリギリでとどめている。ああ...似たようなミス、この前もしたな...。路肩にとめてエンジンを止めるところまで洗練された日本刀のようだった意識は
その次には何十年もかけて削られた小石のようになっていた。こんな所で寝―
それこそ警察沙汰のような気もするが、もはやそれ―らどうでもよくなるくらい疲れている。
ゆっく―と影に堕ち―いく意識を見―がら、その―ま眠りについ―
「お~い。大丈夫かよ?」
コンコンと窓を指の関節でたたきながら声をかけてくる。拾い上げられた自我を手渡され、咄嗟に目を開ける。慌ててドアを開けて外に出る。
「あんた、バトルが終わったと思ったら寝ちまうとはな。寝不足か?」
「あ、いやそういうわけじゃなくて、異常なまでに疲れていたっていうか。」
「なるほど、な。」
紅葉さんはポケットから煙草とライターを出すと火をつけて吸い始める。
状況がいまいちの見込めないので
「えと...バトル、アタシの勝ち、なんですよね?」
なんて素っ頓狂なことを聞いてしまう。
「おい、そりゃイヤミか?わざわざ負けたやつにそれを聞くってのはかなり趣味がわるいぜ。それともそんなにお疲れか?」
「あ、ははは~これは失敬~。」
「フン。満足か。...ま、認めるよ。俺の負けだ。俺はもう帰らせてもらう。こんだけ長引いてちゃこっちも満身創痍だ。ウデ磨いて出直す。いつになるかはわからんがな。じゃあな。」
「あ...タンマ!」
「ん?もう趣味には付き合わんぞ。」
「そうじゃなくて、えっと。 楽しかったです。最高に。」
「...ふ。俺もだ。上がないくらい充実してたよ。それじゃ。」
過ぎていくテールランプの残像を見送りながら、意味もなく深い息を吐く。上に行って結果を伝えて、アタシも帰ろう。もう紅葉さんの言った通り満身創痍だ。今日はもう、眠りたい。
「やったあ二連勝!さっすがネイチャ!」
「ええ。見事です。」
「お疲れ~!ほら、あったかいお茶!」
「ん、サンキュ...いや、冗談抜きで堪えたよ今回は...」
「ええ、そのようですね。今夜と明日はゆっくり休んでください。」
「うん、そうするわ...ほんと、アタシみたいなのに無茶させるよまったく...」
「けど、うれしそうだよ、ネイチャ?」
「そりゃ、うれしいけどね。もうへとへとで...あ、そうだ、ありがとうターボ。一昨日のアドバイスがなかったら負けてたわ。」
「?ターボ何か言ったっけ?」
「あはは、そんなんだろうと思った。」
当人は覚えていなさそうだが感謝を述べておく。
くいっとお茶を流し込みもういちど息をつく
そうしていきなり、ぱりん、と割れるような音がして、また体に力が入らなくなる。
「ネイチャ!」
咄嗟に後ろに回ってタンホイザが受け止めてくれる。
「あちゃ~、こりゃ重症だ...」
「無理しないで一回休憩しよっか。途中でぶつけたりしたらまずいよ。」
「ん...そうするわ...」
その日は、30分ほど休憩して、家に帰った。アタシだけでもいいってんにみんな一緒についててくれるもんだから少し無理して早めに帰る。ベットに飛び込んだころには、意識はなかったかもしれない。
――日の光が微かに差し込む朝。電子音を耳に目覚める。もうすこし寝てやろうとアラームを止めると、電話が来ているのを見つける。
『もしもし?わたしでーす!マナミさんですよ~!...あれ、寝てた?』
「いや、おかげさまで少し目が覚めたよ。えっと、見た見た。ごめんね、返信できなくて。えと、何時ごろがいい?」
『お昼も一緒したいし11時頃がいいけどどう?』
「お~け~。迎えに行くわ」
『よっし!じゃ、まってるから!』
「ほいよ~また後で~」
ああ、忘れかけてたわ...ホント、ダメだわアタシ。
とりあえず、今日は昨日の疲れを癒せる重要な機会なのだし、ゆるっと付き合わせていただこう。
「ほい、お待たせ~。ささ、乗りな乗りな。」
「さんっきゅ~。場所はあらかじめリサーチ済みだよ、いったりましょ~!」
11時をちょうど過ぎたあたりの時間、マナミさんのお店の前で合流する。街乗りもやっぱし楽しきかな、なんて思って運転する。最初はこのまえタンホイザと軽くお邪魔したところだ。そう広いわけでもない。
「ほ~。改めてこうして見ると世界変わるね~。今まではガラクタの山みたいだと思ってたものが今や宝石箱だよ~。」
「その感覚わかるわ~。アタシもはじめアイツを...ロードスターを探すときはそんな感じだったな~。あ、これとかどう?初期型の180SXの~タイプII!あ、けどHICAS付きか。だから安いのか。」
「はいきゃす...ってのは?」
「リアタイヤを左右に向ける技術だよ。ドリフトするってなると不向きだから嫌われてたりするんだけどね。それこそ高速とかよく乗るんなら便利らしいんだけどね。」
「ほ~。勉強になるで~。じゃこれは?」
「S14、前期型のQ'sかあ。パワーも180よりあって、いいけど3ナンバーだから税金とか、あと予算的な都合からいくと厳しいかもね。」
「そっか~。本体価格はともかく維持費は安いに越したことないしな~。」
「そーするとここはビミョいかな。どーする?」
「じゃ~次いこっか!あ、その前におひるはさむ?」
「お~そうしよう。どっかいいとこあるかなあ、途中。」
とりあえずのファミレス。ゆっくり食べながら話をする。
「だからア、そのお客さんが~。」
「ゆーだけゆーだけ、アハハ~。ところでマナミさんや、そろそろいかんくていいのかい?」
「お~そうだ。次さ、ネイチャちゃんがロードスターを見つけたお店にしようよ。そこならきっといいやつあるよ!」
「あ~。いいけど、ちょっと遠いんだよね。マナミさんさえよければ、当然そこがいいと思うけど。」
「モチ問題ないよ!」
高速道路代をケチりつつ約1時間、埼玉県坂戸市内。このロードスターを見つけたお店にやってくる。
「お~。数はすくないけど、この少数精鋭な品揃え...!」
そこではS15シルビア、R33GT-R、EK9シビックタイプR、SW11MR-2といった洗練されたラインナップだった。当然、というわけではないがロードスターも置いてある。
「ここは安くて、サービスもそこそこしてくれるから選ぶんならここがいいね。]
「っかぁ~!こら眺めだけでも来た価値あるくらい~!」
浮足立つマナミさんを見守るようにしつつ、自分も自分で一台の車を目にする。
AE111型カローラレビン。1.6の排気量、5バルブに可変バルタイ、4スロ。NAの前輪駆動にこれでもかと魅力を詰め込んだ一台。一時期はこの車を目にとめたことが何度もあった。
この車を選ばなかった理由はたった一つ。FRでなかったことだ。師匠がFR使いである以上これは避けようがなかった。もしこの車のEgがAE86のようなFRに乗っていればと、妄想する。
そんな考えの中、マナミさんは一台のちいさな赤い車を見つめていた。
「カプチーノ...?」
「うん。改めてみるとかっこかわいいのぉと思いましてな?」
カプチーノとは。コーヒーの名前ではなくスズキの軽スポーツカーだ。軽自動車ではなかなかないFRレイアウトに自主規制値ギリギリの64馬力のエンジン。マツダ・AZ-1とホンダ・ビートと共にABCトリオとして親しまれた一台だ。
しかし、この車はその小ささから、車両制御がピーキーで、スピンもザラにあるような車なんで、あまりお勧めできない。ただ...
「室内はやっぱし狭いな~。慣れなのかな、こりゃ~。」
すっかりその気だこの人~。
「ん~と、マナミさん?その~なんだ、話の腰を折るというか勢いを止めるようで悪いんだけど~」
「ほい?」
「その車、けっこー暴れ牛というか、難しい車でして、そんでま~おすすめは~というか。」
「...なるほど」
さすがにマズかったかな。でも、これもマナミさんのため...!
「じゃ、裏を返せば扱いこなせてしまえば楽しくて速い、ってことだよね?」
「....え?」
「ネイチャちゃんは忠告のつもりだったかもしれないけど、ちょっぴりそれは遅かったかな。私、ホレた男は是が非でも捕まえに行くタイプでね?」
「――――」
しまったぁ~~!逆効果だったかぁ~...
「...けど、冗談抜きでその車は扱い難しいとおもうよ?」
「もちろん、その忠告の意図をわかってないわけじゃないよ。けどさ、前もネイチャちゃんが言っていたようなことだよ。聞こえるんだ...声がさ。まるで私を呼ぶような、幻でも何でもない、確かな何かが。」
「...あ。」
車の声を聴くこと。そういうことが時に大切だと言ったことは確かにある。ただこのシチュエーションの場合、悪魔の囁きというかなんというか。
「たしかにネイチャちゃんの言うことはもっともだし、軽自動車ってこともあって本質的に速い車でもないとおもう。」
振り返って、マナミさんは今まで見たことのないほどのまっすぐな視線で。
「それでも...私はこいつがいい。そう思えるものを、こいつは持っているから。」
ただただ純粋な思いを口にしてくれた。
「...わかった。もう止めたりしない。だけど、私と同じように走ろうってんなら、これを覚えておいてほしい。
どこまで行っても、私たちはあぶれ者。私たちの世界は、どこまでも認められない世界。正当化できないってこと。全部自己責任。それだけは心に留めておいて...その上で、どうする?」
「―――もちろん、ついていくよ。貴女に、こいつと共に。」
こうして、新しい走り屋仲間が、加わることとなったのだ。
あとがき
お久しぶりです。関西の方にここ数週間飛んだりしていたために遅くなりました。プロットというか構想自体はそこそこ考えているのですが、どうしても書き出しのために時間を使うことに謎の抵抗を感じてしまうため、アサシンクリードとか
起動してしまうんです。まああーだこーだ述べても仕方ないので今後の予定ですが、次回はネイチャとイクノの誕生日とマナミさんの納車話を書こうかと思います。カプチーノについてはそこまで知見があるワケではないので少々
描写が微妙になるかもしれませんが、可能な限り努力するので多めに見ていただければ。ただ、ハイパーレブのカプチーノ号はvol.153となるのですが、たっかいんですよね。購入の敷居が~とか、オーバーレブ!も買いたいから~とか、
いろいろ言い訳が...まあ、こちらの方でいろいろあると思うので、今回はこの辺りで。これからもどうぞよろしく。
用語コーナー
S15シルビア
7代目のシルビアです。5ナンバーへの回帰、性能の大幅向上、見た目の大幅リフレッシュ等で有終の美を飾りました。
R33GT-R
スカイラインGT-Rの4代目に当たる車両です。大型化や見た目などから不人気なようにうかがえる一台ですが、高速域での性能や安定性から現在は最高傑作に上げる声もあります。また、「広報チューン事件」なども有名です
EK9シビックタイプR
6代目のシビックに設定されたグレードで、大幅な軽量化、パワーアップ、チューニングで人気でした。
SW11MR-2
MR-2の二代目モデルです。車体の拡大こそしたものの、時間がたつごとにマイナーチェンジで性能を向上させていきました。
可変バルタイ
可変バルブ機構、といい、その機構はカムシャフトによるリフト量を変化させ高回転に対応させるもの、バルブの開け閉めでパワーを変化させるものなど様々です。
マツダ・AZ-1
マツダの軽ミッドシップスポーツカーです。ガルウィングドアを採用していることや高い性能を有していることから世界最小のスーパーカーと言われます。
ホンダ・ビート
ホンダの軽ミッドシップオープンカーです。モノコック構造の採用、四隅に配置されたタイヤなどが特徴です。現代においても非常に愛されている車であり、15000台以上が現存していると言われています。