「……勝った…………のか………………?」
わなわなと身体を震わせながら、俺は電光掲示板を見た。
暗黒な画面の一番上で燦然と輝く、九番の数字。
その数字が、彼女の功績をはっきりと示していた。
「あ……ありえない…………」
徹底的に脚を潰されて、作戦を壊されて、目を背けたくなるような絶望的な状況下で、君は勝ったというのか……。
決して俯かず、懸命に前を向いたというのか。
「……ぁぁ、……ああ…………っ」
俺はもう、溢れ出てくる涙を堪えることが出来なかった。
いくら両手で涙を拭っても、俺の中でせき止めていた何かが決壊したかのように流れ出てきてしまう。
どうしようもなく、彼女の勇ましい姿に自分の惨めな姿を重ねてしまう。
もはや、俺は立っていることすら出来なかった。
「──兄さま」
歓声で会場が震える中、へたり込む俺の頭上から声が掛けられた。
サトノダイヤモンド。俺の大切な、担当ウマ娘。
「私、勝ちましたよ」
「っ……、ぁあ」
おめでとう、と言いたいのに声が出ない。
「兄さまの応援が、私の背中を押してくれました」
「……っ──ぁあ、ぁぁ……」
嗚咽を漏らして、俺はただ頷くことしかできない。
涙が止めどなく溢れてくる。
心の傷口に澱んだ膿が、涙と共に流れ落ちていく。
「兄さま」
その場でへたり込んだ俺の身体が、彼女の温もりに包まれる。
「私は──あなたの希望になれましたか?」
ダイヤの言葉を聞いて、俺は彼女が自ら重圧を背負ったことの意味をようやく理解した。
俺に、過去と向き合う勇気を与えてくれたのか。
俺に、今を歩む希望を与えてくれたのか。
俺に……未来を見上げる夢を与えてくれたのか。
「……ぁあ。なってるよ…………十分に」
ありがとう。
俺の心を支えてくれて。
本当に、ありがとう。
***
ウイニングライブは、本日予定されている全レースが終了した夕方から開催される。
華やかライブ衣装に身を包んだダイヤがセンターに立つのは四曲目。
あまりダンスは得意ではないと言っていたけれど、ダイヤが満開の笑顔を浮かべながら歌って踊るその姿は、誰をも魅了する輝きを放っていた。
俺はサイリウムを振ってダイヤにエールを送る。曲が終わってダイヤが退場するその瞬間まで、俺は彼女の晴れ舞台をしかと目に焼き付けた。
ダイヤのウイニングライブが終了するのと同時に、俺は五曲目の準備が行われている会場から静かに抜け出す。
会場の熱気に当てられていたせいか、肌に触れる外の夜風が心地よかった。
レース場に訪れていた人々の大半がライブ会場に移動しているため、周囲に人の気配はない。
俺は正面に広がる噴水広場の緩やかな階段に腰掛けて、とある人物に電話を掛けた。
数回のコールの末、スマホ越しに懐かしさを覚える声が返ってくる。
『──はい』
実に、二年ぶりの会話になるのだろうか。
「……お久しぶりです、
二年前に定年退職をしてトレーナー業界の第一線を退いた、チーム・アルデバランの元チーフトレーナー。
ミライの故障事故から、何かと俺のことを気にかけてくれていた恩師である。
『……まさか、あなたから連絡をしてくれるなんて。二年ぶり、かしら……?』
「そうですね」
『皆さん、あなたのことをとても心配していましたよ』
「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
二年ぶりに話すチーフトレーナーは、昔と変わらず温厚で柔らかな物腰だった。
『特に、あなたと仲良くしていた方達を落ち着かせるのは、とっても苦労しました』
「……彼らにはいずれ、こちらから連絡するつもりですので」
”星の消失”を経て、俺は何も、誰にも相談せずに失踪した。本当に、大勢の人達に心配と迷惑をかけてしまったと思う。
『レース、拝見しましたよ。サトノダイヤモンドさん、でしたっけ。素晴らしい方と出会いましたね』
「はい」
トゥインクル・シリーズで開催されるレースは、ウマチューブなどに映像として誰もが視聴できるように保存される。
ダイヤのわがままを聞いた時はあまり想像できなかったけれど、やはり彼女が背負った肩書きは大きな反響を呼んでいるようだ。
『私のチームを、引き継いでくれたんですね』
「……ずっと、気になっていたんですが」
俺はチーフに、二年前から疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「どうして失踪した俺を、後継に任命したままだったのでしょうか」
俺がこの業界に戻ってくる保証なんてどこにもなくて、世界最強の肩書きが一夜で崩壊すると知った上で。
どうしてチーフは、俺にチームを託したままだったのだろうか。
しばらく沈黙が続いた後、チーフは穏やかな口調で俺に言った。
『
「……え?」
『私達の、わがままです』
そして、恥ずかしい悪戯を打ち明けるように、少しおどけた様子でチーフは言った。
『あの子が……ミライが亡くなった後。あなた以外のメンバー全員で、話し合いました』
「……」
『故障事故を経て……あなたはいつ自ら命を絶ってもおかしくないほど、心に深い傷を負ってしまった』
チーフの言葉通り、ミライを喪くした俺は現実に絶望して、心を固く閉ざしてしまった。
『このチームには……あなたとミライの思い出がたくさん詰まっています。だからどうか、過去の
「…………」
俺はずっと、過去の
でも。
でも本当に、俺が地獄のような二年間を生きてこれたのは……。
「……そうですか」
『こうして私に連絡を送ってきてくれたということはきっと……少しずつ、前に進もうとしているんですよね』
「はい。ダイヤから……教え子から、たくさんのものを貰いましたから。時間はかかるかもしれませんが……少しずつ、前を向いていこうと思います」
俺はダイヤが懸命にレースを走る姿から、辛い過去と向き合う勇気をもらった。未練と決別し、今を歩む希望をもらった。そして、未来に想いを馳せる夢をもらった。
ダイヤが壊れてしまった俺の心を、強かに支えてくれた。
だから、俺はきっと大丈夫だ。
『そうですか……それはとっても、良いことです』
画面越しに、チーフの心の底から安堵したような声がこぼれた。
俺の身勝手な自己保身に巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
──すみません。
そう言ってチーフに謝ろうとした俺だったが、同時に発せられた彼女の声に制された。
『"ミライ"という
「え?」
突然、どうしたのだろう。
『彼女の走りを見た全ての人達に、“未来を夢見て前に進んで欲しい“……そんな意味が込められています』
…………。
『彼女が一番未来を届けたいと言っていた方の道を、彼女自身で閉ざしてしまったことが……私にとって、ずっと心残りでした』
「…………」
『でも良かった。あなたがまた、前を向いてくれて』
ミライは、そんな気持ちでレースを走っていたのか。
今更気付いても手遅れだというのに、じんわりと目尻が熱くなってしまった。
『きっとあの子も……
「……っ」
あぁ、駄目だな。
「……はい」
俺はまだ、過去の思い出を引きずってしまいそうだ。
***
「──こちらにいらしたのですね」
チーフトレーナーとの会話を終えた後、俺は階段に腰掛けたまま夜風を感じていた。
ぼーっとしていた俺に突然、背後から声がかけられる。
振り返ると、ライブ衣装から制服に着替えたダイヤが立っていた。
「となり、よろしいでしょうか?」
「うん」
俺の返事を受けて、ダイヤが拳三つ分くらい離れた位置に腰を下ろした。
「……俺さ。てっきり、取材とかインタビューとか。根掘り葉掘り聞かれる覚悟をしてきたんだけど。意外とそういうのが全くなくてさ……チーム・アルデバランって、案外大したこと無かったのかな」
ダイヤのわがままを受け入れた時から、何となくメディアからの言及は避けられないなと覚悟していた。
ただ、世間からの言及がどのようなものなのかに関しては、当時は思考が上手くまとめられなくて想像に至らなかったが。
しかし実際は、俺の自意識過剰だったようだ。
「そんなことはありません。おそらく、
「理事長が?」
「はい」
確信があるのだろうか、ダイヤは迷うことなく頷いて微笑んだ。
ああ、そうだ。理事長といえば。
……いや。それよりもまず、俺はダイヤに言わなければならないことがある。
「ダイヤ。改めて……メイクデビュー一着、おめでとう」
レース直後は俺が泣き崩れてしまったせいで言葉に出来なかったが、落ち着いた今ならしっかりと口にすることができる。
「……ふふ、ありがとうございます」
俺からおくられた突然の祝福に、ダイヤは嬉しげに、そしてどこか寂しげにはにかんだ。
「余計な重圧を背負って……本当に、よく頑張った」
「あ、あはは……これはその、私のわがままでしたので」
「それでも。俺は、レースを走り抜いた君が誇らしいよ」
「……」
ダイヤのわがままには、本当に手を焼かされた。
でもそれ以上に、俺は彼女のわがままに救われた。
「兄さま」
「うん?」
「ありがとうございました」
突拍子もなくダイヤから礼を言われて、俺は返事に戸惑う。
気になってダイヤが座る方向を向くと、彼女が真っ直ぐに俺を見つめていることに気付いた。
「私、兄さまと過ごした時間を宝物にします」
「唐突だな」
「以前もお伝えしましたが……私は、今日をもってトレセン学園を退学します。兄さまと交わした約束通り、契約も全て破棄します」
ダイヤから退学という単語を耳にしても、俺は取り乱したりはしなかった。
事前にダイヤの口から聞いていたことだ。決意を固めた彼女に、俺は水を差すような真似なんてできなかった。
でもいざこうして別れの時が近づくと、何故だろう……少しだけ、胸の奥が無性にざわついてしまう。
「GIレースに勝ちたいっていう夢は……もういいのか?」
「はい。サトノ家には、私の他に優秀な方がたくさんいますから。サトノの悲願は、他の方にお任せします」
「……そうか」
俺は静かに頷いて、彼女の意見を尊重する。
「ダイヤ。俺からも、その……ありがとう」
彼女のわがままの意味を何となく悟って。
自意識過剰かもしれないけれど、きっとダイヤは心に傷を負った俺のために走ってくれた。
だから、俺は今を歩む希望を与えてくれた彼女にお礼を言わなければならない。
「理事長が、病気の治療に最適な病院を紹介してくれたんだ。だからさ……俺はそこで、自分自身と真剣に向き合ってくるよ」
俺はダイヤから、過去と向き合う勇気をもらった。絶望的な状況でも決して俯かない彼女の姿に、俺は心の底から励まされたんだ。
「……っ、…………はいっ」
ありがとう。ダイヤが心を支えてくれたから、俺はきっと大丈夫。
「……兄さま」
心なしか、涙ぐんだ声音でダイヤが俺を呼んだ。
「もう一つ、もう一つだけ……私の
「俺に、できることなら」
「抱きしめて下さい」
「え──」
俺がダイヤのわがままに答えるよりも前に、彼女は俺の胸元に飛び込んできた。
俺は突然の抱擁に戸惑っていると、必死に嗚咽を堪える音が聞こえてきた。
「ダイヤ……?」
「ずっと、ずっと怖かったんです……私がっ、私が全部壊しちゃったから……ッ」
「……」
「後悔と罪悪感で押し潰されそうで……っ、今日のレースだって、わたっ、わたしは…………ぅ、ぅうっ」
ついに抱え込んだ感情を抑えきれなくなったのか、ダイヤは言葉にならない声を漏らして泣き出した。
ダイヤがどんな覚悟で今日のレースに臨んだのかは、到底推し量ることなんて出来ないけれど。
胸の奥から込み上げてくる感情を言葉にする代わりに、俺は彼女の華奢な身体を抱き寄せる。
「……っ」
俺の抱擁を受けて、背中に回されたダイヤの両腕にさらに力がこもる。密着度が上がり、彼女の体温をより強く感じるようになった。
「あぁ…………あったかいなぁ」
そしてダイヤがこれ以上、俺に何かを語ることは無かった。
ダイヤの心が穏やかになるまでの間、俺は彼女の温もりを忘れないように抱きしめ続ける。
あぁ、ダイヤの言う通りだ。
本当に、温かい。
***
「──ごめんなさい。少しだけ、取り乱してしまいました」
どれだけ時間が経ったのか定かではない。ただ、それほど長い時間では無かったように感じる。
ダイヤは泣き腫らした目元を隠しながら、静かに俺の腕の中から退いた。
二人の距離が再び、最初の拳三つ分に収まる。
「私のわがままを聞いて下さって、本当にありがとうございます」
「ああ」
「これでもう、私は大丈夫です」
そう短く口にして、ダイヤはおもむろに立ち上がった。
スカートについた土埃を払って、ダイヤが俺の前に立つ。
「そろそろ、帰りましょうか」
「ああ、そうだな」
俺もダイヤの後に続いて立ち上がり、二人で肩を並べて街灯に照らされた夜道を歩く。
俺達の間に会話は無い。でも、決して居心地が悪いとは感じなかった。
……だからこれはきっと、他愛ない会話の延長線。
「ダイヤ」
「はい、何でしょうか?」
ダイヤと共に歩みながら、俺は彼女に声をかける。
「たまにはさ、俺の
「兄さまのわがまま、ですか?」
「ほら、普段は俺がダイヤのわがままに付き合ってきただろう?」
ダイヤは物珍しいと言わんばかりの表情で、隣を歩く俺を見上げてきた。
「ふふっ、そうですね。たまには、兄さまのわがままを聞くのも良いかもしれません」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「何でも良いですよ。さぁ、どうぞ」
「もう一度、君をスカウトさせてくれ」
「まぁ、兄さまもそんなわがままを言うんですね。私をスカウトだなんてっ」
まるで駄々をこねる子供をあやすように、上品に微笑むダイヤの反応が返ってくる。まぁ、聞いてくれと言っただけだから、別に受け入れてくれとは思っていないのだけれど。
……ちょっと勇気を出したんだけどな。大の大人がわがままなんて言うものじゃない。
──今のは忘れてくれ。
そう口にして、俺は隣にいるダイヤに訂正を呼びかけた。
「……?」
あれ、おかしいな? 俺の横にいたはずのダイヤの姿が見当たらない。
どこに行ってしまったのだろう。そう思って、俺は背後を振り返る。
「………………………………え?」
口をぽかんと開けて、俺の隣にいたはずのダイヤが後方で突っ立っていた。
俺の言葉の意味を理解するのに時間が掛かっているのだろうか。
しばらく放心した様子のダイヤだったが……突然、彼女の目元から大粒の涙が滴った。
「兄、さま……? い、いま……なんて…………?」
頬を伝う雫を拭い取ることもせず、唖然とした様子でダイヤが俺に問うてきた。
「もう一度、君をスカウトさせて欲しい」
俺は背後で立ち止まったダイヤに寄って、再び同じわがままを言い放つ。
彼女からの返事はない。反応もない。だから俺は、わがままを続ける。
「俺はこれから、自分自身と真剣に向き合ってくる。どれだけ時間が掛かるかは分からないけど、いつか必ず戻ってくる」
俺を蝕む病はとても面倒で、とても根深い。でも、俺はそれでも君から、前へ進む勇気をもらったから。
「だから、健康な身体になったらさ。俺はまた、ダイヤと一緒に今を歩きたい」
「…………っ、ぅ……ぁあっ」
どうしようもなく壊れてしまった俺の心を支えてくれたダイヤに、恩返しがしたい。
「ダイヤと一緒に夢を語って、同じ未来を見ていたい」
「う、ぅうっ……ぅあ……っ、──ぁああっ!」
俺を支えてくれたダイヤを、今度は俺が支えたい。
どうしようもなくそう思ってしまうのは、俺のわがままなのだろうか。
俺は目の前で泣きじゃくるダイヤに手を差し出す。
彼女が俺の手を取ってくれるかは分からない。
「わ、わたし……っ、兄さまを傷つけてしまったんですよ……? だ、だからっ……私はもう、兄さまの隣にいたらいけないと思って、それで……っ」
「それでも俺は、ダイヤと一緒にいたい」
「──ッ」
だから、少しでもダイヤが俺の手を取ってくれるように、ありのままの本心を彼女へとぶつけた。
「だからさ……俺のことを、待っていてくれないか?」
君が待っていてくれたら、自分自身の過去に立ち向かう勇気がもっと大きくなる気がするんだ。
君が隣にいてくれたら、今を歩むのがもっと楽しくなると思うんだ。
君が傍で笑っていてくれたら、より素敵な未来を形にできると感じるんだ。
なぁ、ダイヤ。
「いつか必ず──君を迎えに行くから」
もし君さえ良ければ、俺は君と一緒に。
「だからさ。俺の手を、取ってくれないか?」
──未来を見上げていたいんだ。
「…………っ」
ダイヤは両目からこぼれ落ちる涙を静かに拭って、
「──はいっ」
とびっきりの泣き笑いを浮かべながら、俺の手を優しく包み込んだ。
***
十二月二十四日。
世間を騒然とさせた衝撃のメイクデビューから半年が過ぎた。
今日は、俺がついに病を克服した退院の日。そして、心待ちにしていた教え子との再会の日。
非常に優秀な精神科医やカウンセラー、理事長が用意してくれた治療に最適な空間。そして、自分自身と向き合う意欲的な態度が相乗したおかげか、奇跡的とも言える速度で俺は健康に近い心を取り戻すことに成功した。
しかし、致命的な状態を数年間放置していたこともあってか、完治までは更に長い年月をかける必要があった。
それでも医師の診断曰く、俺の心は退院しても問題なく日常生活を送れる水準に回復しているとのことだった。
俺は一通り荷物をまとめて、最後の退院手続きを済ませる。
今日はこの後、久しく会っていない教え子と再会する予定が控えていた。
俺は病院を退院したその足で、彼女が待つトレセン学園へと向かおうとして。
「──兄さま」
しばらく聞いていなかった教え子の柔らかな声が、俺の耳に届く。
俺はその方向に視線を向けると、制服姿の彼女が正面に控えていることに気が付いた。
サトノダイヤモンド。俺の教え子にして、色々な意味で強かなウマ娘。
「学園で待ち合わせって言っていたじゃないか」
「すみません、我慢できませんでした……ぇへへ」
半年前と比べて、少しだけ大人びた印象になったと感じたが……どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。
「退院、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
こうしてダイヤと面と向き合って話す機会を、どれほど待ち望んでいたことか。
他愛ない会話を交わすだけでも、不思議と俺の頬が綻んだ。
「さぁ、兄さまっ。早速ですが、私の家に参りましょう!」
「え?」
「今日は私の家で、兄さまの退院祝いとクリスマスを兼ねたパーティーを開くんです。さぁ、早く行きましょう!」
「あっ、お、おいっ──」
ダイヤの勢いに流されるまま、俺は彼女が乗ってきた車に詰め込まれてしまった。
俺が座ったその隣に、ダイヤは拳一つ分の隙間も開けずに腰掛ける。
至近距離から教え子にまじまじと見つめられて、俺は羞恥心を覚えて彼女から視線を逸らす。
「……なんか、近くない?」
「そうですか? 普通ですよ」
ダイヤにとっては、この密着した距離感がデフォルトなようだ。
「ふふふっ。兄さま、照れていますね? お顔が真っ赤ですよ?」
「……ああ、照れてるよ」
「……意外と、正直なんですね」
過去にも似たような形でからかわれたことがあったからな。
「兄さま。私いま、とっても幸せです」
「また唐突だな」
「兄さまがこうして、私の隣にいてくれる。それが……今でも信じられなくて」
俺も、ダイヤと同じ気持ちだった。
二年前に心を壊した俺が、自分自身と真剣に向き合う機会をもらって、あろうことか再び誰かの隣に立っている。
あぁ、到底信じられない光景だ。
まるで、奇跡でも起きてしまったかのようだ。
「兄さま。これからも
……いや、多分奇跡なんて起こっていないのだろう。
ダイヤに大切なものをたくさん貰って。
ダイヤに壊れた心を支えてもらって。
そんな彼女の健気な積み重ねが、俺に前を向かせてくれた。
「ああ、こちらこそ──」
色々と面倒な問題を抱え込んでしまった、訳ありトレーナーの俺だけれど。
「一緒に頑張ろうな、ダイヤ」
ダイヤが心を支えてくれたから、俺は未来を見上げて歩いていくことが出来る。
「ふふふっ……はいっ!」
だから俺達はもう、きっと大丈夫だ。