これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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描写を一部修正しました。


02:星屑の再来

「──うぅっ、また負けたぁ……」

 

 毎週末に行われるチーム・アルデバランの模擬レースで、毎回()()()()()になるミライを慰めるのが俺の役目だった。

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったミライの顔が、俺の胸元に押しつけられる。

 

「……服が汚れるだろ? ティシュやるから、ほら、鼻かみな?」

「……うん」

 

 俺に促されるまま、チーンとミライが鼻をかむ。俺のシャツで。

 

 あー、うん、知ってた。

 

 しばらく咽び泣いて、ミライが落ち着くのを待つ。

 

「落ち着いた?」

「……うん」

「そろそろ離れようか」

「いや」

 

 即答するミライの黒鹿毛の尻尾がユサユサと揺れている。

 

 こうなったミライは頑固だ。諦めるしかない。

 

「もぉ、みんな速すぎ!」

「落ち込む必要なんて無い……って、言いたいんだけどね。分かるよ、その気持ち」

 

 気分が暗く沈んだミライにかける言葉が見つけられず、俺はもどかしい感情に苛まれる。

 

「トレーナーも落ち込んでるの?」

「そう見える?」

「うん」

 

 彼女との約束を果たすため、俺は十八歳でアメリカへ留学した。最先端の学問を学び、豊富な知識を育んだ。

 

 ひたすら尽力すること二年、とある人物からその努力を評価され、俺はチーム・アルデバランのサブトレーナーに抜擢された。

 

 チーム・アルデバランは、五十人を超えるウマ娘が所属する超大規模な集団だった。その内情はウマ娘数人単位にサブトレーナーが配属され、毎週末の模擬レースで好成績を収めたウマ娘のみが最強の称号を背負ってレースに出走する弱肉強食の世界だった。

 

 必然的にチームの中に階級が生じた。それはウマ娘しかり、トレーナーしかり。

 

 模擬レース最下位常連のミライを、ターフの隅でこうして慰める。

 

「ごめんね、トレーナー。私が弱いばっかりに……」

「ミライのせいじゃないよ。君を導けない()()なトレーナーの責任だ」

 

 認めたくは無いが……俺達は落ちこぼれだった。

 

「はぁあ……、どうやったらみんなに勝てるのかなー!」

 

 ミライは、サブトレーナーの俺が唯一担当するウマ娘だった。

 

「そういえば、ミライはどうしてこのチームに入ったんだ?」

「ん〜? どうしてかぁ……」

 

 ターフに大の字になったミライが、よいしょっと身体を起こす。

 

「家の近所にね、仲の良い年下のウマ娘がいるの」

「ああ、あの子か」

 

 ミライが言うウマ娘とは、俺も面識があった。日本の文化に興味津々で、大和撫子に憧れる淑やかな女の子だ。

 

 女の子は、ミライがトレーニングする様子を普段からよく眺めている。今日だって、ミライの模擬レースを応援しに来ていた。

 

「あの子と約束したんだ。一番強いウマ娘になるって」

「そうか、良い目標だな」

「トレーナーは、どうしてトレーナーになりたいと思ったの? 私も聞きたいな」

 

 俺がトレーナーを志した理由、か。

 

「俺もミライと似たような理由だよ。年の離れた女の子の面倒を見ていたことがあったんだけど、その子と約束したんだ。君を一番強いウマ娘にするって」

「あははっ! 私達、似たもの同士だね!」

 

 似通った境遇で、似通った志を抱き、二人三脚で歩みを進める。

 

 俺にとってミライとの関係は、社会的な立場を除けば青春と呼ぶに相応しいものだった。

 

「こんなことでメソメソしてしてたらダメだよね! トレーナー、この後もトレーニングするよね?」

「ああ。あ、その前に……」

 

 俺は首を傾げるミライに平然と言い放つ。

 

「足、触らせて?」

「言い方!」

 

 ミライの頬が紅く染まった。ミライのげんこつが腹に飛んでくる。ウマ娘の怪力から放たれるそれは、危うく俺の意識を刈り取るところだった。

 

 しかし、ミライは俺の言葉の意図を察している。恥ずかしそうにしながらも、大人しく生足を差し出した。

 

 俺は着用していた薄手の革手袋を外し、ミライの柔肌を愛しむように、丁寧に触れる。

 

「ふむ……疲労が蓄積している様子も無いし、今日は少し厳しく行こうか」

「トレーナーって、少し足に触れただけでよくそんなことが分かるよね」

「ふっ、聞いて驚け。俺はウマ娘の肌に触れることで身体の状態を完璧に把握出来るんだ!」

「うわキモ……ただの変態じゃん」

 

 そんな汚物を見るような目で俺を見るなよ。泣けてくるだろ?

 

「体温三十六度五分、脈拍百三十……ふむ、少し脈が早いな。心臓の音が忙しない……もしかして何か問題が?」

「ちょ、ちょちょちょっ! なに余計な情報引き出してるの!」

 

 ミライが顔を真っ赤にしながら、俺の脛を蹴る。だから痛いって。

 

「は、早くトレーニングするよ! 次こそ一着になって、みんなを見返してみせるんだから!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 逃れられない罪の意識が悪夢として体現し、俺の精神をすり減らす。

 

 俺は昔から、ウマ娘に触れるだけで身体の状態を把握出来るという特異な体質を持っていた。

 

 その体質は俺がウマ娘のトレーナーを志すにあたって、強力な武器となった。

 

……だが、俺は彼女を(うしな)った後に気付く。

 

 これは、俺の身に降りかかった呪いなのだと。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「──ッ」

 

 背後から食い殺さんと迫り来る悪夢から逃げるように、俺は毎朝ベッドから跳ね起きる。

 

 乱れた呼吸を、肩を上下させながら荒々しく整える。

 

 そして、全身から噴き出た脂汗を拭き取ることから俺の一日は始まる。

 

……のだが。

 

「──ぇっ、ぁぐはッ!?」

 

 今日は夢だけでなく現実までもが、俺の身体に追い討ちをかけてきた。

 

 俺の顔を誰かが覗き込んでいたらしい。跳ね起きた頭の直線上に、紺色の制服に身を包んだ少女の顔があった。

 

 衝突は免れない。

 

 俺は頭部をかち割られるような激痛を覚えながらベッドに跳ね返され、少女は痛みに悶えるようにベッドの縁で頭部を押さえていた。

 

(なんで……ていうか君、誰…………)

 

 ズキズキする額を抑えながら、俺は衝突した少女の様子を窺う。

 

 腰まで伸びる癖のない綺麗な鹿毛の髪。人間には無いウマ耳をぺたんと垂らしながら、尾骶骨付近から生える鹿毛の尻尾を天井へ向けて逆立てていた。

 

「──う、うぅ……痛いぃ…………っ」

 

 このウマ娘が身に付けている制服から、彼女がトレセン学園の生徒であることが分かった。

 

 相変わらず額を押さえて悶えるウマ娘をよそに、俺は周囲の状況を確認する。

 

(……駄目だ、全く見覚えが無い)

 

 見知らぬ天井、見知らぬウマ娘の少女。黄緑色のカーテンで周囲から隔離されており、ろくな情報が得られなかった。

 

 俺が現在持ちうる情報で、推察するしかない。

 

 自殺を図ろうとしたタイミングで、トレセン学園の理事長が俺の元を訪れた。

 

 理事長を追い返そうとするも、途中で俺は意識を失い……今に至る。

 

 俺がいる空間は、消毒液のような独特のにおいが充満していた。耳を澄ますと、部屋の外から少女達が奮起する掛け声が聞こえてくる。

 

 加えて、未だに悶え続ける制服姿のウマ娘がいる。

 

(ここは……トレセン学園、なのか?)

 

 おそらく意識を失った俺を、理事長達がここまで運び出したのだろう。

 

 状況はあらかた把握した。

 

 さて、とりあえず俺がやるべき目下の行動は。

 

(このウマ娘に、何て声をかけるか……だな)

 

 正直、俺は困惑していた。

 

 俺はこのウマ娘の容姿に心当たりが無かった。

 

 突っ伏すウマ娘を一瞥する。レースに適したがっちりとした体付き、加えて制服越しに浮き上がる女性的な曲線。

 

 おそらく、理事長から俺の監視を任されたウマ娘だろう。人間の監視にウマ娘は最適だ。残念なことに、人間ではウマ娘の身体能力に抗うことは出来ないのだから。

 

「お、おい……少し聞きた──」

 

 仕方なく、俺はこのウマ娘に声を掛けることにした。適当に情報を吐き出させて、理事長が来る前にトンズラする算段だ。

 

 しかし。

 

 

 

「──歓喜ッ! 目を覚まして何よりッ!」

 

 

 

 出鼻を挫くように、黄緑色のカーテンが大仰に開かれた。

 

 トレセン学園理事長、秋川やよい。

 

 トレセン学園理事長秘書、駿川たづな。

 

 俺は二人を前にして悟る。

 

 もう、逃げられないと。

 

 

 

***

 

 

 

 駿川から聞いた話によると、俺はあの後、三日間意識が戻らなかったそうだ。

 

 俺の予想通り、ここはトレセン学園の保健室。

 

「何はともあれ、意識が戻って良かったです♪」

 

 俺としては、このまま永遠に意識を手放しても良いと思っていた。

 

「……誘拐は犯罪だぞ」

「誤解ッ! わたし達はあくまで、意識を失った人を保護したに過ぎない! あのまま君を放置すれば、それこそ世間から問題視されてしまうッ!」

 

 物は言いよう。これ以上の争いは無益だろう。

 

「そうか。助けてくれてありがとう。悪いが礼に値するものは何一つ持ち合わせていないから、俺はこれで失礼する」

 

 余計なお世話であることには変わりないが、一応感謝の気持ちは伝えておく。

 

「トレーナーさん、そう言わないで下さい」

 

 ベッドから起きあがろうとするも、理事長秘書の駿川に身体を抑えられてしまう。

 

 涼しい顔をして、凄まじい怪力だ。逃げられない。

 

「説明ッ!」

 

 ちびっ子理事長秋川が扇子を広げ、パンっと叩く。

 

「わたし達には意識を失った君を保護した以上、容体が完全に回復するまで面倒を見る責任があるッ!」

 

 そんなのは余計なお世話だ。

 

 さっさと学園から放り出せば良いものを、お前達はどうしてそこまで俺に執着する。

 

 そんな必死に道理を並べて、俺を引き留める理由がどこにある。

 

「要求ッ! せめて君の容体が回復するまでの期間で構わないッ! その間、トレセン学園に在籍するウマ娘の面倒を見てもらえないだろうかッ!!!」

「……」

「あわよくばトレセン学園のトレーナーとして籍を置き、君の手腕を存分に振るってほしいッ!」

 

 勝手に話が進んでいく。俺の意思は置き去りだ。

 

「悪いが遠慮させてもらう」

 

 そんなの当然、突っぱねるに決まっている。

 

「想定ッ! 君は長期間指導から離れていた。突然のことであるが故、不安を拭い切れないのも確かッ!」

 

 俺はそういう意味じゃないと、どこか()()()()()秋川に主張しようとした。

 

 しかし、秋川は畳み掛けるように続ける。

 

「配慮ッ! そのためにわたしは()()を呼んだッ!!!」

 

 彼女、と言って、秋川は未だにベッドの縁で突っ伏すウマ娘の少女に扇子を向けた。

 

 少女は痛みで悶えているというよりも、起き上がるタイミングを失い、居心地の悪さを感じているようだった。

 

 ウマ娘の少女が顔を上げる。

 

 目があった。

 

 少女の宝石のような栗色の瞳に、困惑の表情を浮かべる俺が映る。

 

 少女と面識は無いはずだ。

 

 しかし、面影がある。

 

 背筋を伸ばして腰掛ける少女は、お嬢様を彷彿とさせる上品な雰囲気に包まれていた。

 

 純情可憐な少女の笑顔は白百合のように美しく、蠱惑的な肉体のアンバランスさが犯罪的な魅力を放っている。

 

 可憐な花の蜜に誘き寄せられ、甘美なそれを吸ったが最後、ずるずると沼の中に引きずり込まれてしまうような。

 

 取り返しがつかないと分かっていながらも、手を伸ばさずにはいられない。

 

 そんな魅惑を無意識に放つような少女だった。

 

 少女と正面から向き合って、俺は少女の前髪に特徴的な菱形の流星があることに気付く。

 

……彼女と最後に会ったのは、いつだっただろう。

 

 俺が渡米するその瞬間まで「行かないで」と身体に引っ付いて、泣きじゃくっていた小さな少女と、目の前の少女が重なる。

 

──君を一番強いウマ娘にするために、頑張って勉強してくるよ。

 

 そんな約束してから……もう、八年になるのか。

 

 俺が感慨深い思いに浸っていると、恥じらいつつもつぶらな瞳を潤わせる少女の視線を感じた。

 

「あ、えっと…………」

 

 なんて声をかければいいのか分からない。そもそも他人と会話をするのは二年ぶりで、話し方すら忘れてしまっているような状態だ。

 

 胸の奥に詰まった思いを言葉にするのに苦労して、俺は結局何も言うことができなかった。

 

 そんな俺の様子をおかしいと思ったのか、少女は柔和に微笑んだ。その一挙手一投足から、上品な雰囲気が溢れてくる。

 

 そしてやがて、感動の再会と言わんばかりに満開の笑顔を咲かせて、少女が言った。

 

「──八年ぶりですね。また会えて嬉しいです、()()()

 

 もう二度と会うことはないと思っていた。

 

 けれどどうして、何かの縁か。

 

「あ、あぁっと……久しぶり、だな」

 

 俺はこうして、一回り歳の離れたウマ娘──サトノダイヤモンドと再会することになった。

 

 

 

***

 

 

 

 この空間で、俺はおそらく誰よりも居心地の悪さを感じていた。

 

「懇願ッ! リハビリを兼ねて君には、サトノダイヤモンドの担当トレーナーとして彼女の育成に励んでもらいたいッ!」

 

 理事長の言葉に、俺は耳を疑う。

 

 それは事実なのか、という視線をサトノダイヤモンドに──ダイヤに向けた。

 

 俺の視線を感じ取ったダイヤは、恥じらいながらも満更ではなさそうに頬をかいていた。

 

「これは何者でもない、彼女自身の要望だッ!」

「……ダイヤの?」

「当然、要求に応じてくれれば相応の報酬を用意するッ!」

「こちらを」

 

 理事長のそばに控えていた駿川が、俺に向かって何かを差し出してきた。

 

 俺は再三目を見開く。

 

 駿川に渡されたのは……賄賂だった。

 

「……何だこれは」

「わたしのポケットマネーだッ!!!」

 

……理事長。何となく、この人の性格が見えて来た。

 

「……はぁ、必要ない。犯罪に加担する気は毛頭無い」

 

 ばかばかしい。俺は身体に掛けられた布団を払い、ベッドから出る。

 

「悪いが、その要求には応じられない」

「……え、ど、どうしてですかっ!?」

 

 最初に声を荒げたのは昔馴染みの少女、ダイヤだった。

 

 昔馴染みと言っても、俺の両親がダイヤの両親と親交があるというだけ。俺とダイヤはその付随的な関係に過ぎないのだが。

 

「だ、だって私……。昔、兄さまと約束して……っ」

 

 八年も前の口約束を、ダイヤは大切に胸にしまっていたようだ。彼女から明らかな動揺が見て取れる。

 

 約束。俺だって当然、覚えている。

 

 ただ、ダイヤからの要求を否定する理由はもっと、根本的な部分にあった。

 

「ダイヤ。俺はもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 二年前、俺はウマ娘を育成するトレーナーとしてのライセンスを放棄していた。

 

「そんな、そんなの何かの間違いですっ!」

「事実だ。悪いが他を当たってくれ」

「いやです!」

 

 ダイヤは昔から、一度心に決めたことは何があっても曲げない頑固な性格だった。

 

 思春期にウマ娘の身体が急成長する『本格化』を迎えたようだが、ダイヤの中身はまだ、年相応のおてんば娘なのだろう。

 

「ようやく……見つけたのに…………こんな、こんな……」

 

 ダイヤは俺のシャツ越しの右腕を、絶対に離さないと言わんばかりに強く握る。すごく痛い。

 

 強情な少女をさてどうしたものかと頭を抱えていると、理事長が横から口を挟んできた。

 

「無問題ッ! たづな!」

「はい……トレーナーさん、これを」

 

 賄賂の次に駿川から渡されたのは。

 

「………………」

 

 

 

 二年前に俺が放棄したはずの、ライセンスカードだった。

 

 

 

 カードの手触りから、これがつい最近新調された物であることが分かった。

 

「……ライセンスの再取得には、再び採用試験を受験する必要があるはずだ」

「特例。これは君の功績を評価したURAが用意したものだ」

「よく覚えておけ、それを職権濫用と言うんだ」

 

 俺はダイヤの拘束を振り払おうとする。しかし、びくともしない。

 

 不意に、ダイヤの柔肌が()()俺の手に触れる。

 

「……」

 

 こんな状況だと言うのに、俺のクソッたれな体質が主張を始める。

 

 サトノダイヤモンドというウマ娘の情報が、頭の中に流れ込んでくる。頭痛が襲いかかってきた。

 

「もう一度言う。ダイヤ、俺はもうトレーナーじゃない」

「いいえ。兄さまは私のトレーナーです。これは決定事項です」

「いい加減折れてくれよ。俺はもう決めたんだ」

「い・や!」

 

 いくら何でも、ワガママ過ぎる。

 

「良いか、ダイヤ。よく聞け」

「承諾の返事しか聞きません」

「トレセン学園には俺よりも優秀なトレーナーが大勢いる。強くなりたいのなら、俺以外を頼れ」

「う、ううっ〜……ッ!!」

 

 強情なウマ娘だが、これだけは絶対に譲れない。

 

 サトノダイヤモンドが"一番強いウマ娘"を志すのなら、なおさら。

 

 ダイヤは俺に譲る意思が無いことを悟ると、大粒の涙を浮かべて俺を睨みつけた。

 

「兄さまの……兄さまのバカッ! もう、知らないっ!!」

 

 ダイヤは泣き顔を覆って、保健室を走り去っていった。

 

 俺は、ダイヤの後を追わなかった。

 

「『本格化』を迎えても、彼女は数日前にトレセン学園へ入学したばかりだ。もう少し、言葉を選んでやってくれ」

 

 理事長に諭され、俺は冷静さを取り戻す。

 

「疑問。何故君は、彼女との約束を反故にする。君の原点は、彼女では無いのか?」

「俺の、原点……」

 

──俺が君を、一番強いウマ娘にするよ。

 

「理事長」

「うむ」

「俺は二年前に、トレーナーのライセンスを捨てた。そして俺はもう、トレーナーとして復帰するつもりはない」

「……無念。そうか」

 

 今度こそ、俺をこの場に引き留めるものは無くなった。

 

「チーム・アルデバランのチーフトレーナーは、君を高く評価していた」

「……知らないな、そんなチーム」

「何故君は、彼女の想いに応えない? ライセンスの有無に関係無く、わたしは君の本心が聞きたい」

 

 俺の目の前にいるのは、年端もいかない少女のはずなのに。

 

 少女には、多くのウマ娘の夢を預かる学園の顔としての、風格があった。

 

 きっとこの人には、誤魔化しはきかない。

 

 下手に取り繕うより、素直な気持ちをぶちまけた方が良いと、俺は判断した。

 

「俺には、トレーナーとしての才能が無い」

「卑屈か? だったらそれは、君以外のトレーナーに対する侮辱に他ならない」

「いいや、本心だ」

 

 言葉に出すことで、俺自身も自分の本音と向き合うことが出来た。

 

「あの子には才能がある。少し触れただけで分かった」

「それは君の特異な"体質"が導き出した結論か?」

「……そんなことまで調べていたのか。……そうだ。だから俺は、あの子の才能を潰すわけにはいかない」

「彼女の才能を見出したのなら、それを輝かせるのが君の役目では無いのか?」

「いや、それは俺の役目じゃない」

 

 残念ながらそれは違う。断言できる。

 

「俺にはもう、ウマ娘の面倒を見る気力が無いんだ。そんなトレーナーなんて、ウマ娘の方から願い下げだろう?」

 

 

 

***

 

 

 

──そうか。

 

 物分かりのいい理事長で良かった。これ以上、彼女は食い下がっては来なかった。

 

──気が変わったら、いつでもわたしの元へ訪れて欲しい。

 

 しかし、俺を諦めたつもりは無いようで。

 

──学園には自由に出入り出来るよう、話を通しておく。

 

 駿川から入校許可証を半ば強引に押し付けられた。

 

──数日後、未デビューのウマ娘達による選抜レースが開催される。君もぜひ、見に来て欲しい。

 

 立場的に言えば、俺はライセンスを持たないウマ娘嫌いの一般人だ。

 

 理事長がこれほどまで俺に執着する理由が、理解出来なかった。

 




ダイヤちゃんに”兄さま”って慕われる存在しない記憶……。
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