これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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episode.2
20:悶絶する原石


 西日が差し込む荘厳な書斎に足を踏み入れるのが億劫に感じるようになったのは、一体いつからだろう。

 

 息が詰まるような緊張感、秘めた思考が筒抜けになっているかのような錯覚を覚えながらも、(わたくし)は毅然とした佇まいで彼女と向き合う。

 

「……足の調子はどうですか?」

 

 私の左脚を鋭い眼光で射抜くのは、優秀なウマ娘を数多輩出してきた名門メジロ家の当主。

 

 私の実祖母──おばあ様である。

 

「はい。療養に専念した甲斐もあり、問題なく日常生活を営める水準まで回復しています」

 

 菊花賞出走後、私はウマ娘の選手生命を蝕む難病──繋靭帯炎を発症した。

 

 発症後はトレセン学園を休学し、メジロ家の療養施設で治療に専念すること八ヶ月。ようやく私は、来月の七月から学園へと復学する目処が立った。

 

 私はおばあ様から視線をわずかに逸らし、書斎の側面に飾られた誉の数々に目を向ける。

 

 メジロ家の悲願であるGⅠレース──天皇賞(春)の制覇。母子三代の春天制覇という前人未到の功績を期待された矢先の、無慈悲であっけない終幕劇。

 

 メジロ家が誇る最高傑作として競走の世界へ送り出され、"名優"の異名を冠した輝かしい過去の軌跡。それが今では、()()()()を持つ私に対する皮肉に思えてならない。

 

「……足のことなら、あなたが気にする必要はありませんよ」

 

 おばあ様が、表情に影を落とした私に向かって労いの言葉をかける。

 

「以前あなたにお話しした件ですが。数日前……二人共々、彼から承諾の言葉を頂きました」

「……」

「彼が業務に復帰するまで些か時間を要するとのことですが」

 

 私は静かに口を噤む。

 

 私が死んだ足を抱えて明日を歩むために、心の奥底で強かな決意を固める。

 

「──しっかりやりなさい、マックイーン」

 

 下を向くことなんて、私には許されない。

 

「はい、おばあ様」

 

 

 

 

 

 何故なら、私には……。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「──天晴(あっぱれ)ッ! 先日のメイクデビュー、見事であったッ!」

 

 文字通り全てを賭した一世一代の大勝負から一夜が明け、私──サトノダイヤモンドは始業前にトレセン学園の理事長室へと足を運んだ。

 

 扉を開けて早々、私は秋川理事長から大仰な歓迎を受けた。

 

「あ、あはは……し、失礼します」

 

 先日秋川理事長に対して電話越しに無理難題を押し付けた罪悪感で、私は彼女からの褒め言葉を素直に受け取ることが出来なかった。

 

「サトノさん。メイクデビュー一着、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます。たづなさん」

 

 秋川理事長の隣に控える秘書のたづなさんからも、祝福の言葉をかけられる。

 

「こちらにどうぞ」

「はい」

 

 たづなさんに催促されて、私は理事長に設けられた談話用のソファーに腰掛けた。

 

「サトノ君。まずは君に、感謝と謝罪をしなければならない。目先の利益に目が眩み、あらゆる対応を後手に回してしまったわたし達の責任を全て君に背負わせてしまった。申し訳なかった」

「いえ……その責任は本来、私が背負うべきものでした。私の身勝手なわがままが、事の発端でしたから」

 

 ()()()()()()()()を胸に抱き続け、私は心に深い傷を負った兄さまを身勝手にも、強引に競走の世界へと連れ戻してしまった。

 

「だが君は、その足で彼を絶望のどん底から救ってみせた。彼を想う健気な勇姿に、心の底から感謝する」

「救っただなんて……おこがましいです」

 

 複数の精神疾患を併発し、兄さまはいつ自ら命を絶ってもおかしくなかった。

 

 しかし、異色の登竜門となったメイクデビューを経て、彼は過去と向き合う勇気を抱いてくれた。

 

 何が兄さまの心境に影響を与えたのかは分からない。

 

 でも、私の走りが彼の希望になれていたら良いなって、心の底からそう思う。

 

「これはあくまで一般的な見解だが。彼を蝕む病……精神疾患の治療に対して最も重要なことは、クライエントが自分自身に対して関心を抱くこと。それがやがて他者への関心を持つことに繋がり、晴れて健康な心を取り戻す準備が整うのだそうだ」

 

 昨夜、兄さまは自分自身と向き合う覚悟を語ってくれた。これはつまり、自分自身に関心が向き始めたということなのではないだろうか。

 

「わたしが彼に提供した環境は、その手の病の治療に間違いなく最適だ。彼の積極的な主体性も相まって、退院まで長くはかからないだろう」

 

 兄さまは既に、トレセン学園を離れて秋川理事長が紹介した病院に入院している。私が次に兄さまと会えるのは、彼の内面に巣食う病が根絶したあと。

 

 少し……いや、とっても寂しいと感じるけれど、また彼と一緒に歩むことが出来る幸せの方が圧倒的に大きかった。

 

──いつか必ず、君を迎えに行くから。

 

「…………っ、はぅ」

「サトノ君?」

「ぁ、あああっ! ごめんなさいっ、少し……ぼーっとしていました」

 

 一瞬飛びかけた意識を手繰り寄せて、私は慌てて取り繕う。

 

 実を言うと私は、昨夜からずっとこんな調子だ。

 

 彼から貰った宝物のような言葉の数々が頭の中でずっとリフレインしていて、胸の辺りから込み上げてくる暴力的な熱によって冷静な思考が溶かされてしまう。

 

……だって、仕方ないよ。あんな、あんなっ……ぷ、ぷぷ、プロポーズみたいな…………っ。

 

──それでも俺は、ダイヤと一緒にいたい。

 

「…………ぅあっ」

「サトノさん、やはり疲労が抜け切れていませんか?」

「……ぇ、ぁああああっ!! なんでもっ、なんでもないですからっ!!!! お気になさらず……」

 

 これ以上私の痴態を他人に晒してはいけない。緩んだ帯をきつく締めるように意識を強く持って、私。お願いだから。

 

「サトノ君、これはわたし個人の余計な懸念なのだが」

「……? はい」

「彼が健康を取り戻したとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ」

 

 秋川理事長の言葉を受けて、私の全身に巡った熱が瞬く間に引いていく。

 

「彼はこれまで、過去の存在であるミライを拠り所とすることで何とか心を支えてきた。それが今回の一件で、彼の精神的支柱がミライからサトノ君にすり替わっただけなのではないかと思ってしまったんだ」

 

 確かに、秋川理事長の懸念は一理ある。

 

 兄さまは昨夜、私と一緒にいたいという赤裸々な本心を打ち明けてくれた。それは確かに彼が前を向き出した証拠であるが、同時に依存的な側面が存在していることも否めない。

 

 もし仮に、私がミライさんと同じような末路を辿ってしまったら……。

 

 今度こそ、兄さまの心は粉々になってしまうかもしれない。

 

「誰かを頼りにすることは悪いことではない。一人で生きていける者など、この世界には誰もいないのだからな」

「どうすれば、兄さまはその危険な状態から抜け出すことが出来るのでしょうか……?」

「単純だ。精神的支柱を増やせば良い」

 

 つまり、彼の心の拠り所を増やす……でもどうやって?

 

「既に目処は立っている」

「と、言いますと……?」

「今後、サトノ君が所属するチーム・アルデバランに二名の生徒が新たに在籍することとなる」

「それは、兄さまが決定したことでしょうか?」

「左様。彼女達に、サトノ君が一人で請け負う役割を分担してもらう」

 

 なるほど。確かにそれなら、仮に誰かが欠けても拠り所が他者に残っているから心が崩壊する可能性は低下する。

 

「近頃、二人揃って君の元へ挨拶に伺うそうだ」

「分かりました」

 

……個人的には。

 

 もう少しだけ兄さまを独占したいという気持ちがあった。

 

 私と兄さまの関係は確かに危うい。けれどそれは、私と兄さまが深い関係に至れたことの裏返しでもあるわけで……。

 

 しかし確かに、精神的支柱が増えるほど彼の心は安定するのも事実であって……。

 

 この胸にわずかに込み上げてきたモヤモヤは、彼の心を独り占めしたいという子供っぽいわがままが生み出したもの。それと彼の心の健康を天秤にかけた時、どちらに傾くかは語るまでもない。

 

「……しかし、アルデバランか」

 

 話の内容に一段落ついたのだろう。秋川理事長が感慨深い表情を浮かべるのと同時に、疲労困憊な様子のため息がこぼれた。

 

「サトノ君も概ね予感していたことではあると思うが……世間の熱が一夜にして、とんでもない程に膨れ上がっている」

「……はい」

 

 私は秋川理事長の実感のこもった言葉を重く受け止める。

 

 兄さまを救いたい、兄さまの力になりたいという想いが爆発した挙句、私は周囲の目というものを疎かにしていた節がある。

 

 かつての世界最強が競走の世界に凱旋したとなれば、世間は当然過剰なまでに盛り上がるわけで……。

 

「サトノ君、君はしばらく学園の敷地外に出ないことを推奨する。マスコミは可能な限りこちらで対処するが……万が一ということもある」

「分かりました」

「だが、世間に対して情報発信を拒絶し続ければ、不信感を抱かせる可能性がある。近々サトノ君には、とある雑誌記者の取材に応じてもらいたい」

「はい」

 

 ただ、競走の世界に飛び込んだ以上世間の目に留まる覚悟はしてきた。今回の一件はその延長線と捉えれば良いだろう。

 

「もうすぐ始業の鐘が鳴る。朝早くから呼び出してすまなかった」

「いえ、こちらこそ。私のわがままに応えて下さって、本当にありがとうございました」

 

 二人に一礼し、私は理事長室を後にする。

 

 全身に巡った緊張感が一気に弛緩して、今度は全く別の感情に身体が熱く包まれた。

 

 前途洋々とした幸福感を噛みしめながら、私は人通りの少ない廊下を進む。

 

「……ふふ、ふふふふっ」

 

 だらしなく緩んだ頭のネジを弄びながら、私は教室の扉を開く。

 

 

 

 

 

 そして私は、自身の心構えの浅はかさを痛感することとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「サトノさんっ! 昨日のメイクデビュー凄かったよっ!!」

「あ、ありがと……っ」

「サトノさんが所属するチーム・アルデバランって、あの”星”のミライさんのチームだよね!?」

「う、うん……そうだよ」

「サトノさん以外にどのウマ娘が所属してる? まだ枠って空いてないかな……良かったらトレーナーさんのこと紹介してくれない!?」

「えーっと、兄さ……トレーナーさんは今ちょっと忙しいから」

 

 私が教室へ一歩踏み入れた途端、クラスメイト達が極上の餌を見つけた蟻のように群がってきた。

 

 まるでゲリラ豪雨のような質問責めにあたふたしながら、私は何とかして渦からの脱出を試みる。

 

「どんなトレーニングをしたらあんな末脚が手に入るの? やっぱり”星”を輩出した特別なメニューが?」

「サトノさんって、チーム・アルデバランのトレーナーさんとお知り合いだったんですか!?」

「サトノさんとトレーナーさんってどんな関係性なのっ!?」

「良いなぁ……アタシもサトノさんのトレーナーさんに指導してほしい〜!」

「「「──っ……!!」」」

 

 成り行きで世界最強の肩書きを背負ってしまった訳だけれど……正直、私は自分の行為に対する認識が甘すぎたと今更ながら後悔している。

 

 まぁ、当然こんな反応になるよね。全ウマ娘の憧憬の的と言っても過言ではない”星”のミライが所属していたチームが目の前に、それも手を伸ばせば届きそうな場所に何の前触れもなく突然凱旋したのだから。

 

 四方八方から飛んでくる質問にどうやって答えようか頭を悩ませていると、三女神様が助け舟を出してくれたのだろう。素晴らしいタイミングで始業の鐘が鳴った。

 

「──みなさん、おはようございます。朝のホームルームを始めますよ、席についてください」

 

 各々不満をこぼしながらも、私に群がっていたクラスメイト達が自分の席に戻っていく。

 

 開放的な感覚を噛みしめる私だったが、先生が催促している手前この場で長居は禁物だ。

 

 私は小走りで教室内を進み、自分の席に腰を下ろした。

 

「おはよう、キタちゃん」

 

 私は左隣の席に腰掛ける親友のキタちゃんに静かに声をかける。

 

「……っ。お、おはよ……ダイヤちゃん」

 

 少し遅れて、キタちゃんが私に挨拶を返してくれた。

 

 そういえばキタちゃんは、昨日の私のメイクデビューを応援しに来てくれていたんだよね。残念ながら運悪く、顔を合わせて話すことは出来なかったけれど。

 

「……? キタちゃん。少し元気が無いように見えるけど、どこか体調が悪かったりする?」

「ぇ、あ……ぁあ! 何でもないっ! 何でもないからっ!!」

「──キタサンブラックさん。ホームルーム中はお静かに」

「……あ。ご、ごめんなさい…………」

「?」

 

 私の言葉に対して過剰な反応を示したキタちゃん。少し心配、何かあったのかな……。

 

「出席を取ります……皆さんの気持ちは十分理解出来ますが、意識の切り替えを覚えることも大切ですよ」

 

 一度授業が始まってしまえば、私があれこれ言及されることは一切なくなる。

 

 まさか、授業が私にとって安寧の時間になるだなんて。

 

「はぁ……」

 

 夢にも思わなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 何故だかメイクデビュー以上の疲労感を覚えた一日だったが、私は何とかして乗り切ることが出来た。

 

 予定されていた授業を受け終え栗東寮へ戻った後も、相変わらずマシンガンのような質問責めが続いた。

 

 正直質問への返答が億劫になっていた私は、夕食と入浴を早急に済ませて自室に飛び込んだ。

 

「……疲れた」

 

 ルームメイトはまだトレーニング中のようで、部屋には私しかいない。私は疲労を発散するように、はしたなくベッドの上に倒れ込んだ。

 

 両腕を大の字に広げて、天井を仰ぐ。

 

 しばらくぼーっとすること数分。私は無意識にスマホを手に取ってあの人に……兄さまに連絡を取ろうとした。

 

「……あ、そっか」

 

 しかしその途中で私は気付く。入院する兄さまを担当する主治医の許可が下りるまで、彼との一切の接触が禁止されていたことに。

 

 電子機器による連絡も当然接触の一部に該当する。メールの一通も送れないことをもどかしく感じながらも、私は彼がいち早く快復してくれることを切に願った。

 

 さて。手持ち無沙汰になったわけだが、私は就寝時間まで何をして時間を潰そうか。

 

 授業で用意された課題はトレーニングが無いためとっくに済ませてあるし、明日の準備も終わらせた。

 

 ふむ。せっかくだから、ウマチューブにアップされているレース動画を視聴しながら戦術を研究しよう。

 

 昨日のメイクデビューで経験したように、一度ターフの上に立ってしまえばそれ以降兄さまからの助言はもらえない。臨機応変な対応が出来るよう、自分自身で戦術を組み立てる能力が必要になってくるはずだ。

 

 思い立ったら即行動、私は自身の机に向かう。

 

 ウマチューブに上げられた数あるレースから、私は再生回数が比較的多い動画を一つ選んだ。

 

 さまざまな視点に立ってレースを視聴し、何となく気付いたことをノートに書き出していく。

 

 私が注目したのは、バ群における位置取りと進路選択の二点。

 

 視聴するレースで一着となったウマ娘が、果たしてどのような意図でバ群の位置を選択したのか。

 

 内ラチが空いているのにあえて外を回った要因は何なのか。

 

「前日の豪雨の影響でバ場は不良。このレースの前走を見返すとその大半が、序盤に形成されたバ群がそのまま着順に直結してる……」

 

 このレースで一着を飾ったウマ娘が本来得意としている脚質は差しや追い込み。しかし今回の場合、バ群を先導する先行に近い集団でレースを進めている。

 

 一般的にバ場状態が悪いと、後方集団による末脚が発揮されにくいとされている。統計的なデータを参照しても、バ場状態が不良以下では逃げや先行を得意とするウマ娘の勝率や入着率が高い傾向にあった。

 

 そして当日のバ場状態から察するに、ウマ娘達が総じて荒れた内ラチを回避した理由はおそらく"ノメる"ことを嫌ったからだろう。

 

 ちなみにノメるとは、バ場状態が悪い時に地面を上手く踏み込むことが出来ず滑ってしまうことを指す。ノメると身体の軸や重心が傾き、スタミナの著しいロスが生じてしまう。最悪転倒の危険性もあるため、彼女達のコース取りの魂胆は一目瞭然だった。

 

 そして、レースのアーカイブを視聴していて気付いたことがある。

 

「うーん、全体的に展開が変化するタイミングが遅い。少しだけ……私のメイクデビューに似てるかも」

 

 私が経験したレースほど顕著ではないが、終始スローペースな展開が続いていた。これまで収集した情報から、遅い展開となった理由は容易に想像できる。

 

 バ場状態が悪く、転倒の危険性を考慮したため必然的に速度が低下した。故に先行集団が余力を残し、後方集団の末脚がさらに届きにくくなった典型的な前残りのレース展開。

 

 私の考察が正しいと仮定すれば、一着となったウマ娘は出走するレースの事前情報だけで展開を予測し、脚質を意図的に変更したと解釈することができる。

 

「レース前の情報収集も大事っと、なるほど」

 

 レースに絶対は存在しない。しかし、レースに出走する直前まで情報を収集すれば確実な勝利に近づけるかもしれない。

 

 レースに出走する前から、既に相手との駆け引きは始まっている。情報収集の重要性を理解した、非常に有意義な時間となった。

 

「んん…………っ」

 

 椅子に腰掛けて軽く背伸びをし、全身の疲労感を外部へ追いやる。

 

 さて、今度こそ本当にやることが無くなった。就寝時間にはまだ早いけれど、明日に備えて今日はもう寝ようかな。

 

 私はベッドに潜って布団をかぶる。アラームを設定するために暗転したスマホの画面を付けた。

 

 すると。

 

『──いやぁ、何度見ても本当に素晴らしい走りですね!』

 

 先程のウマチューブのアプリを起動したままだったのか、ロックを解除した途端に女性キャスターの声が響き渡った。

 

 ウマチューブではレースのアーカイブが視聴出来るほか、レース関連のニュースが生中継されていたり、娯楽系の動画を楽しむことが出来る。

 

 自動再生機能の影響か。先程のレース動画から、よくテレビで見かけるような特番ニュース番組に切り替わっていた。

 

『日本のトゥインクル・シリーズに突如凱旋した”チーム・アルデバラン”。世間はもうこの話題で一色に染まっています!』

 

 嬉々として語るキャスターが取り上げていたのはやはりと言うべきか、現在進行形でホットなテーマとなっているチーム・アルデバランの復活劇について。

 

 キャスターの隣に設置されたスクリーンには、先日開催されたメイクデビューの映像が再生されていた。

 

 つまるところ、私が映っていた。

 

 私の走りを見て、競走の評論家らしき人達が各々の意見を交わしている。

 

『結果だけで言えば、サトノダイヤモンドが二着にハナ差での勝利。しかし彼女の走りを目の当たりにした者達にとっては、圧倒的という印象しか残りませんでしたね』

『と言いますと?』

『サトノダイヤモンドが出走したレースはあまりに異質でした。過去に類を見ない、前代未聞と言って良いほどのスローペース。どう足掻いても絶望的という窮地に追い込まれてからの、あの強烈な末脚。高低差二メートルの坂路ですら滑走路として利用してしまう、並のウマ娘には到底できることではありません』

『かつて世界を熱狂させた”星”のミライを輩出したチーム・アルデバラン。その最強の肩書きに相応しい走りを見せてくれましたね。サトノダイヤモンドさんの今後の活躍には目が離せません!』

 

 番組の中で、私の走りが絶賛されていた。私的には本当にギリギリの戦いだったし、何なら途中で諦めかけていた場面もあった。

 

 でも改めて賞賛の声を聞くと、悪い気はしない。こんな私を二人三脚で育ててくれた兄さまにはいくら感謝してもしきれない。

 

 なんて、布団にくるまって頬を緩めていると……。

 

『──さて、期待の原石であるサトノダイヤモンドさんの走りもそうですが』

 

 スクリーンの画面がレース映像から切り替わる。次いで映し出されたのは、電光掲示板に私の数字が掲載された後の場面。

 

『今、レースファンから熱狂的な注目を浴びているのが()()()()()です』

 

 ターフの上に毅然とした様子で立つ私が、おもむろにホームストレッチの方へ歩き出す。

 

 番組内で流されている映像は、おそらくホームストレッチにいた観客が撮影したものだろう。

 

 私が泣き崩れてしまった兄さまの前に立って、それで……。

 

 

 

 

 

「──ぁ、ぁあああああああああああッ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 私は絶叫した。

 

『メイクデビューで見事一着となったサトノダイヤモンドさんが、泣き崩れる男性を温かく抱擁する瞬間です』

 

 あの時は兄さまのことしか頭に無くて、周囲の観客など気にもとめていなかったが。

 

「……ぉ、ぅぉぁ」

 

 こんな公衆の面前で、なんてことをやってるの昨日の私ぃ……っ!!

 

 顔面を思い切り枕に押しつけ、私は声にならない悲鳴をあげて悶絶する。

 

『特にこちらの、スーツ姿の男性について注目が集まっています。襟元のバッジから察するに、おそらく彼はサトノダイヤモンドさんの担当トレーナー。ひいては、()()凱旋したチーム・アルデバランの──』

 

 私はスマホの画面を暗転させて無造作に放り投げ、勢い任せに布団に包まる。

 

 しばらくネットの記事や動画を閲覧するのは避けよう。このままだと、込み上げてくる羞恥心でしんでしまう。

 

 私はそのまま一人で悶々とした感情を抱え続けた。

 

 結局、私は就寝時間が過ぎても寝付くことが出来なかった。

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