これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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描写を一部修正しました。


21:名門のウマ娘

 兄さまが学園を離れてから一週間が過ぎた。相変わらず取っ替え引っ替えで生徒達が私の元へやってくるが、そんな状況にも次第に慣れてきてしまった。

 

「サトノさん。今、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

 

 午前の授業を終えた昼休み。食堂の利用を避け、購買で買ったお昼ごはんを部室で食べていると、緑の事務服に身を包んだ理事長秘書のたづなさんが訪れた。

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 ここ数日私は人目を気にして昼食を取っているのだが、一人でいると時間の流れが心なしか長く感じる。朝に買ったごはんを完食しても、昼休みの時間はまだ半分近く残っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 たづなさんは私と対面する席に腰掛ける。私は裾を正して、彼女の話に耳を傾けた。

 

「サトノさんも既にご存知のことですので、手短にお話ししますね。以前お知らせしたチーム・アルデバランに新しく在籍する生徒達のことなのですが、諸々の目処が立ったとのことです。今日の放課後、こちらの部室に挨拶へお越しになるそうです」

「分かりました」

 

 私と兄さまの二人三脚だったチームに、新しい仲間が加わる。共に切磋琢磨する”仲間”という存在にワクワクとした思いを馳せる反面、同じくらい不安もあった。

 

「そして、私が部室に訪れた理由がもう一つあります」

「と、言いますと?」

「今後のチームの運営についてです。サトノさんには先にお伝えしておこうと思いまして」

「はい、お願いします」

「チームの代表責任者が不在の場合、規則として代理の責任者を立てなければなりません。ですのでトレーナーさんが退院されるまでの間、私がチーム・アルデバランの代理監督に就任し、サトノさん達をサポートしていきます」

 

 トレーナーが存在しないチームはそもそも、チームとしての機能が根底から破綻してしまっている。活動するには当然代替となるトレーナーを用意する必要があるが、それがまさか理事長秘書のたづなさんになるとは思っていなかった。

 

「あの、たづなさんは大丈夫なのでしょうか? 普段の業務に加えてチームの監督だなんて……」

「問題ありません。しかし、私はトレーナーさんの()()で、事務的な手続きや連絡事項の伝達に従事することとなります」

 

 つまり、私達のトレーニングに関しては一切関与しないということか。

 

「兄さまの意向、というのは一体?」

「トレーニングに関する一切は、()()()()()()()()()()()()()()()()とのことです」

 

 以前、兄さまは徹底的な管理主義という教育理念を掲げていた。

 

 指導に携わることの出来ない環境に身を置いているにも関わらず、兄さまは生徒(わたしたち)の一存でトレーニングを行うことを許可した。

 

 これは勝手な考えだけれど、兄さまは私に過去の失敗を挽回するチャンスを与えてくれたのだと思う。

 

 今度は絶対に、兄さまを悲しませるような真似はしない。

 

「新たに在籍する生徒の一名なのですが、彼女はチーム全体のサポートを担う予定になっております。『トレーニングに関しては、彼女を中心として取り組んで欲しい』と、トレーナーさんからお言葉を頂いています」

「分かりました。一つ質問なのですが……兄さまのサポーターというのは、サブトレーナーのような認識で合っているでしょうか」

「はい。そのような解釈で問題ありません」

 

 確かにトレセン学園にはレースへの出走を目指す生徒以外にも、トレーナー職を志す生徒も多く在籍している。彼女達が研修のような形でチームに所属することは、決して珍しい話ではない。”星”のミライを育てた兄さまの指導を受けたいと考えるのは、どうやら競走選手だけではないようだ。

 

……あ、そういえば。私は肝心なことを忘れている。

 

 まだ、たづなさんから移籍してくる生徒の名前を聞いていなかった。

 

「たづなさん。新しく在籍される生徒の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい」

 

 放課後の対面までに、最低限の情報は持ち合わせておく必要がある。新たな仲間と良好な関係を築くために、情報収集は大切だ。

 

 一体、トレーナーさんはどんなウマ娘を選んだのか。純粋な好奇心が入り混じった私の質問に、たづなさんが笑顔で答える。

 

 

 

 

 

「──メジロマックイーンさんと、メジロドーベルさんです」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 放課後、私は足早に教室を出て部室へと駆け込んだ。

 

 私は真っ先に清掃に取り掛かり、部室をくまなく綺麗にする。諸々の準備を整え、私は適当な椅子に腰掛けた。

 

 耳と尻尾が忙しなく揺れて落ち着かない。けれど裾だけはきちんと正して、私は静かに彼女達の到着を待つ。

 

「新しいチームメイトの一人がまさか、憧れのマックイーンさんだなんて……」

 

 未だに実感がわかない私は、無意識に声に出してそれを噛みしめようとした。

 

 メジロマックイーン──マックイーンさんは、私が憧れるウマ娘の一人だ。

 

 最強のステイヤーとして名を馳せ、その走りから”名優”の異名を冠したマックイーンさんに、当時の私はどうしようもなく魅せられた。

 

 マックイーンさんが出走するレースは、必ず現地へ赴いて声援をおくる。それほどまでに、私は彼女の熱狂的なファンだった。

 

 その中でも特に、クラシック級の菊花賞は圧巻だった。最終コーナーで先頭を奪い、暴力的なスタミナに物を言わせた豪快なスパートでゴールを駆け抜けた彼女の姿は、今でも私の記憶に深々と刻み込まれている。

 

 しかし、栄光と挫折は紙一重というべきか。菊花賞出走後、マックイーンさんは悲願としてきた春の天皇賞を目前にして繁靭帯炎を発症し、長期療養を余儀なくされた。

 

 実質的に現役引退という形でトレセン学園を休学。マックイーンさんの背中を追いかけるように学園の門を叩いた私は、心のどこかでやるせない感情を抱え続けてきた。

 

 だから、私はキタちゃんが羨ましかった。キタちゃんは強い憧れを抱くトウカイテイオーさんと同じチームに所属して、一緒に汗を流している。その姿がとても眩しかった。

 

 でも、マックイーンさんは戻ってきた。あろうことか、私が所属するチーム・アルデバランに移籍という形で。

 

 僥倖……という言葉は彼女に対して失礼が過ぎる。しかし私は、マックイーンさんと一緒に過ごせることがたまらなく嬉しかった。

 

 そして、マックイーンさんと共に移籍してくるメジロドーベルさんについてだが、実は彼女とも面識があった。

 

 私がマックイーンさんを応援するためにレース場へ足を運ぶのと同時に、ドーベルさんも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私達は必然的に顔見知りになり、軽く挨拶を交わす程度には友好的な関係を築けている。

 

 それに、ドーベルさんとは過去に一度、選抜レースで競い合った経験がある。さすがは名門メジロのウマ娘というべきか、以前は歯が立たないどころか惨敗もいいところだった。

 

 新しく在籍するウマ娘がどちらとも顔見知りであったこともあり、初対面の相手に対する独特な緊張感は抱かずに済んだ。

 

 けれど、それとはまた別の緊張が全身に回って、腰掛ける私の身体をガチガチに固めている。

 

 部室に掛けられた時計の秒針が立てる大仰な音に、意識が乗っ取られそうな感覚を覚えていると……。

 

──コンコンコンッ。

 

 静寂な空間に、扉をノックする音が三回響く。

 

 きた……っ!

 

「──失礼します」

 

 扉の奥から耳馴染みした声が届いて、私の身体に熱がこもる。

 

 芦毛の艶やかな長髪を靡かせ、トレセン学園の制服に身を包んだ憧れのあの人が、

 

「お久しぶりですわね、サトノさん」

 

 

 

 

 

──メジロマックイーンが、私を目にして柔和に微笑んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「お久しぶりですっ、マックイーンさんっ!」

 

 登場早々、私はマックイーンさんの元へ尻尾をぶんぶんと振りながら駆け寄った。

 

「またこうしてお会いできて嬉しいですっ!!」

「ええ、私もですわ。八ヶ月前の菊花賞以来ですわね」

「はいっ!」

 

 実に八ヶ月ぶりとなるマックイーンさんとの対面に、私は興奮が隠せない。目と鼻の先までマックイーンさんに詰め寄って、私は彼女の手を取った。

 

「…………さ、サトノさん。()()()()()()()()()()

 

 私の容姿を一瞥したマックイーンさんが静かに息を呑む。

 

 そう言えば確かに、最後にマックイーンさんと会ったのは私が本格化を迎える直前であった。何十センチも身長が伸びたこともあり、彼女が驚くのも無理はない。

 

 憧れのマックイーンさんと同じ目線に立って会話をしている。よくよく考えると、この事実はとても感慨深い。

 

「はいっ! 私、とっても大きくなりました!」

「……中身は、あまり変わっていないようで安心しましたわ」

 

 私のあまりのはしゃぎように、マックイーンさんが複雑な感情がこもったため息をこぼす。

 

「──マックイーン。この子、アンタのファンなんだから再会をもっと喜んであげたら?」

 

 熱心なファンに詰め寄られて少々困惑気味だったマックイーンさんに、背後から凛とした声がかけられる。

 

「ドーベルさん!」

「選抜レースぶりかな。こんにちは、サトノ」

 

 毛先まで丁寧に手入れされた鹿毛のロングヘアが魅力的な、クールビューティなウマ娘──メジロドーベル。

 

 マックーンさん同様名門メジロ家のウマ娘であり、今後の活躍が大いに期待されている人物だ。

 

 トレセン学園の高等部に在籍するドーベルさんは、中等部に在籍するマックイーンさんの()()に当たる女性である。

 

 マックイーンさんの方が先に本格化を迎えたため、年齢とデビュー時期が逆転したような形になっていた。

 

「少し驚いただけですわ……こほんっ。サトノさん、改めまして──」

 

 気持ちを引き締めるように咳払いをして、マックイーンさん達が私に向き合う。

 

「本日からチーム・アルデバランに移籍する運びとなりました、メジロマックイーンですわ」

「……同じく、メジロドーベルです。よろしく」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」

 

 二人に向かって笑顔で挨拶し、私は再会の喜びを噛み締めた。

 

「失礼します。あら、もう皆さん揃っていますね。少し遅れてしまい申し訳ありません」

 

 マックイーンさん達から少し遅れてやってきたのは、複数の書類を抱えたチーム・アルデバラン代理監督のたづなさん。

 

「既にご存知のことかと思いますが、自己紹介をさせていただきます。トレーナーさんが諸事情によって不在の間、チーム・アルデバランの監督代理を勤めさせて頂きます、駿川たづなです♪」

 

 洗練された所作でお辞儀をし、たづなさんが部室の机に持ってきた書類を置く。

 

「チームメンバーが揃いましたので、今後の活動方針についてご説明します。自由な席にお座り下さい」

 

 たづなさんの指示に従って、私達は各々の席に腰を下ろすのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「──以上が、皆さんにお伝えする連絡事項となります。諸々の質問につきましては随時回答いたしますので、グループチャットまたは個別で私宛に連絡を送ってください」

「分かりました」

 

 たづなさんが説明した活動方針は、私が事前に受けていたものと同様の内容であった。

 

「それでは私はこれで失礼しますね、皆さんのご活躍を期待しています♪」

 

 たづなさんが部室を退室し、三人だけの空間となった。

 

 とりあえずたづなさんから配られた書類をカバンにしまって、私は改めて席に着く。

 

「これからどうする?」

 

 少々の沈黙を破ったのは、マックイーンさんの姉であるドーベルさんだった。

 

「いきなりトレーニングというのもアレですし、少し自己紹介を掘り下げるとしましょう」

 

 それぞれ面識があると言えど、今後チームとして活動していく以上、自分自身のことをより相手に理解してもらう必要がある。

 

 関係を一歩押し進めるためにも、少し踏み込んだ自己紹介は有効だろう。

 

「言い出しっぺということで、まずは私から。以前とは色々と変化したことがありますから、特にサトノさんには知っておいて欲しいですわ」

「はい」

 

 まずはマックイーンさんの自己紹介から。

 

「既に周知のことかと思いますが……私は菊花賞出走後に繁靭帯炎を発症し、実質的に競走能力を喪失しました。八ヶ月間の療養を経て、ようやくトレセン学園に復学いたしました…………申し訳ありません。初っ端から重い話を持ちかけてしまいましたわ」

「い、いえ、そんなことは……」

「しかしご安心下さいな。私は既に自身の気持ちに折り合いをつけ、新しい目標を定めてゼロからスタートいたしましたわ!」

 

 マックイーンさんはその新しく掲げた目標を達成するために、チーム・アルデバランへと移籍したのだろう。

 

「足を失っても、私はレースの世界に携わっていたい。なので私は、ウマ娘を支えるトレーナーを志すことに決めましたの」

 

 マックイーンさんは人柄も戦績も非常に優秀な方だ。それでいて決して努力を怠らない直向きな姿勢に、私は強い憧れを抱いた。

 

 きっとマックイーンさんなら、新しく抱いた夢を必ず叶えられるだろう。

 

「その第一歩として、私はトレーナーさんの指導を補佐するサポーターとしてチームに籍を置かせて頂きました。トレーナーさんが業務に復帰されるまでの間、私が彼の代わりとしてお二人のトレーニングをサポートいたしますわ!」

 

 豊富なレース経験を持つ憧れのマックイーンさんから直接指導してもらえる機会が来るとは、夢にも思わなかった。

 

「マックイーンさん、これからよろしくお願いしますっ!」

「ええ! メジロのウマ娘として、期待には完璧に応えて見せますとも!」

 

 ウマ娘の命ともいえる”足”が難病に蝕まれても、マックイーンさんは決して下を向かず、新しい未来を切り拓き、希望を持って歩んでいる。

 

 やっぱりかっこいいなぁ、マックイーンさんは。

 

「……それじゃあ、次はアタシかな。メジロドーベル。年齢とデビュー時期が逆転しているから混乱するかもしれないけれど……一応、マックイーンの姉」

「はい、存じています」

「得意な脚質は、一応差し。長所は……模索中。あとは、えっと…………ごめん。アタシ、あんまり自己紹介できることが無いかも。サトノ、何か聞きたいこととかあったら言って」

「あ、だったら! ドーベルさんがどうしてこのチームに入ったのか知りたいです!」

 

 ドーベルさんは、一体どんな想いを抱えてこのチームにやって来たのだろう。

 

「どうして、か……」

 

 ドーベルさんは少し考え込んだ後、間を置いて私の質問に答えてくれた。

 

 

 

 

 

「──…………たいから」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 消え入りそうな声で呟くドーベルさん。ウマ娘の優れた聴覚を持ってしても、私は彼女の言葉を聞き取ることが出来なかった。

 

「……ごめん、今のは忘れて。んっと……ちょっと、このチームに興味があったから、かな」

 

 ドーベルさんがうやむやにしようとしたのは、あまり詮索されたくない事情があるからだろう。私がこれ以上言及するのは不躾だ。

 

「アタシはマックイーンみたいに優秀じゃないけど……これからよろしくね、サトノ」

「はい!」

 

 そして、最後は私の番。立ち上がって、二人に自分のことを知ってもらう。

 

「改めまして、サトノダイヤモンドと申します。サトノ家の悲願であるGⅠレース制覇を目標に、兄さまと一緒に頑張っています」

「兄さま?」

「あ、えっとその……トレーナーさんのことなんですけど。子供の頃からの顔見知りでして……」

 

 幼い頃に定着した呼び名の延長線で彼のことを”兄さま”と呼んで慕っているが、別に兄妹でも何でもない。

 

「やっぱり、トレーナーさんとお呼びするべきでしょうか」

 

 色々と誤解を招きかねない呼称なので、少しずつ矯正していくべきかなと考えていると。

 

「別に良いんじゃない? どんな呼び方をしても、その本質は変わらないもの」

「……っ。そう、ですよねっ」

 

 ドーベルさんは私の呼称に嫌悪感を示すことなく受け入れてくれた。

 

「サトノさんがトレーナーさんに対して思い入れがあることは理解しております。気にする必要はありませんわ」

「マックイーンさんっ」

 

 二人の寛容な心がじんわりと染みる。

 

「……んんっ、気を取り直しまして。レースでは基本的に、差しの脚質で走るのが得意です。マックイーンさんほどではありませんが、スタミナと根性には自信があります!」

 

 当たり障りのない内容から入って、少しだけ趣味の話題に触れる。

 

「レースとは関係ありませんが……実は私、クレーンゲームが得意なんです。オフの日はよくクレーンゲーム巡りをしています。季節限定、地域限定、大小含め、現在リリースされている『ぱかプチ』は全種類コンプリートしています!」

「……意外。サトノもそういうゲームに興味あるんだ」

「実家がその手の事業に力を注いでいますから、その影響で。あはは……」

 

 少々通俗的な趣味であるが故、普段の私の印象からは想像出来ないと言う声もよくあがる。

 

 ただ、クレーンゲームは本当に好きな趣味なので、自分を語る上では欠かせない存在だ。

 

「あとは…………あ」

 

──ああ、そうだ。チーム・アルデバランに所属している以上、このことを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

「私、ミライさんのようなウマ娘になりたいんです」

 

 

 

 

 

 サトノダイヤモンドの原点を語らなければ、私を知ってもらうことは出来ない。

 

 ”星”を育てたトレーナーに指導してもらう以上、相応の結果を残す必要がある。

 

 彼が固めた決意と勇気に対して、罪滅ぼしと恩返しをするために。

 

 私は、ミライさんのような素敵な存在になりたい。

 

「……ミライって、あの?」

 

 ドーベルさんの問いかけに、私は静かに頷く。

 

「はい。ミライさんのようなウマ娘になるために努力は惜しみません。その過程で、皆さんに迷惑をかけてしまうことがあるかもしれません。それでも精一杯頑張っていくので、これからよろしくお願いしますっ!」

 

 新しい仲間の誕生は、まだまだ未熟な私を強く成長させてくれるに違いない。

 

 そんな予感を強く覚えながら、チーム・アルデバランに所属するウマ娘達の自己紹介は幕を下ろした。

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