これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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23:月刊トゥインクル

 季節は七月の中旬。チーム・アルデバランに対する世間の熱が冷めやらない最中の一幕である。

 

『──確認。サトノ君。以前話した、雑誌記者への取材のことなのだが……』

 

 普段のようにトレーニングの準備を進めている途中、秋川理事長から電話があった。

 

『唐突で申し訳ない、少しスケジュールが押してしまってな。本来は午後に行う予定だったのだが、この後すぐでも構わないだろうか?』

「はい、すぐに調整しますね。少々お待ち下さい」

 

 私は早急にスマホの画面を操作して、マックイーンさんに連絡を送った。事情を説明してからしばらくして、彼女から無事了承を得ることが出来た。

 

 取材は人目を避ける目的で、理事長室を利用して行われるそうだ。

 

 私は一度ジャージを脱いで制服に着替え、鏡の前で胸元のリボンを整える。

 

 兄さまの担当ウマ娘、ひいてはチーム・アルデバランの名に恥じぬよう身だしなみは完璧であるべきだ。

 

 入念な準備を経て、私は栗東寮を出る。人気の少ない校舎内を歩いて、理事長室を目指す。

 

 そういえば最近、よく理事長室に出入りしている気がするなぁ……なんて考えていると、あっという間に目的地へ到着した。

 

「失礼します」

 

 ノックを三回挟んだ後に、私は理事長室へと入室した。

 

「歓迎ッ! サトノ君、突然のことで申し訳ないッ!」

「いえ、何も問題ありません」

 

 普段と変わらず大仰な声音で迎えてくれた秋川理事長。

 

「サトノさん、こちらにどうぞ」

 

 彼女の隣に控えるたづなさんに案内されて、私は談話用に設けられたソファーに腰を下ろす。

 

 秋川理事長とたづなさんはおそらく、取材の邪魔にならないよう配慮してくれたのだろう。部屋の側面に位置取り、静かに私の様子を見守るように並んで立つ。

 

 そして、肝心の雑誌記者の方は私よりも一足先に理事長室へ入室していた。

 

 私と対面するような形で、白のパンツスーツを着こなした綺麗な女性が腰掛けている。

 

「初めまして。私、『月刊トゥインクル』にて記者を担当しております──乙名史悦子と申します」

 

 首からかけた蹄鉄型のペンダントと、肩から提げる少し無骨なショルダーバッグが特徴的な乙名史記者は、私の目から見てまさしく”記者”という印象だった。

 

 月刊トゥインクルとは、ウマ娘やレースに関する詳細な情報を月刊誌に掲載する大手出版社のことだ。

 

 月刊誌の商標に出版社名をそのまま用いていることから、非常に力を入れている雑誌であることがうかがえる。

 

 他にもウマ娘を題材とした記事を取り扱う出版社は多くあるが、月刊トゥインクルはURAと業務提携を結んでいることもあり、幅広い読者層から非常に高い信頼を得ていたと記憶している。

 

「突然のことで申し訳ありません。この度は、秋川理事長のご紹介に与り取材に参りました。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

 

 乙名史記者の礼儀正しく、誠実な態度を受けて、私の身がギュッと引き締まるのが分かった。

 

「本来トレーニングに充てる時間を割いて下さっているとのことなので、アイスブレイクの時間は設けず、早速取材に移らせていただきます。取材の内容について、いまから録音させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません」

「ありがとうございます」

 

 乙名史記者はショルダーバッグから手帳と万年筆を取り出し、両者の中間の位置にボイスレコーダーを置いた。

 

「それでは……サトノダイヤモンドさん。先日のメイクデビュー、お見事でした! まずはトゥインクル・シリーズの登竜門を無事突破した現在のお気持ちを、率直にお聞かせ下さい」

「そうですね…… 無事一着となれたことは非常に嬉しいのですが、それよりも満たされるような安心感の方が強いです」

 

 これはある意味、自業自得に他ならないのだが。

 

 勝っても負けても何一つ希望が見出せないどころか、底なし沼の絶望に引きずり込まれそうな状況の中で、私はレースを走った。

 

 万に一度も起こらない他力本願な奇跡に縋りついて、とち狂った大博打の末、今の私がここにいる。

 

「なるほど……。やはり、チーム・アルデバランという肩書きを背負う重圧は相当なものであったとお見受けします」

 

 私達の内情を知るものはごく僅かと非常に限られている。

 

 乙名史記者の言葉通り、兄さまやミライさんの誉を背負うことに対する精神的負担も当然大きかった。しかし、それとは比較にならない次元の重圧を抱えて、私はレースに臨んだ。

 

「はい。おっしゃる通りです」

 

 しかし、それをわざわざ口にする必要は無い。私は乙名史記者の言葉に肯定し、取材を続ける。

 

「ありがとうございます。それでは、次の質問です。世間では、異質なレース展開をものともしないサトノダイヤモンドさんの強烈な末脚に注目が集まっています。ジュニア級ながらクラシック、シニア級に匹敵する武器を手に入れたサトノさんが、トレーニングで心がけていることは何でしょうか」

 

 心がけていること、か……そうだな。

 

「基本的には、私を担当して下さるトレーナーさんの指示を大切にしています。具体的な内容ですと、んん……レースに耐えられる身体作りと、徹底的に基礎を固めることを重視しています」

「ふむふむ……ありがとうございます。チーム・アルデバランの凱旋に多くのファンから期待が寄せられていますが、出走レースのローテーションや、今後の展望についてお聞かせ願えますか?」

 

 現状、チームの代表責任者である兄さまが不在であるが故、私はまだ次走となる具体的な目標レースを定めていない。

 

「えっと……まだ明言することは出来ませんが、目下の目標としては"条件クラス"の突破を見据えています」

 

 URAが主催するトゥインクル・シリーズは、開催されるレース全てに対して、厳格なクラス分けがなされている。

 

 レースのクラスは上位から順に、GⅠ、GⅡ、GⅢ、リステッド競走、オープン特別、条件クラス、メイクデビュー・未勝利戦となっている。

 

 簡単に説明すると、レースの勝利数と獲得賞金額に応じて出走できるレースの選択肢が増えていくといった仕組みだ。

 

 私は先日メイクデビューを勝利したことで、無事条件クラスに昇格した。条件クラスで一着となればURAが規定した勝利数に関する縛りは撤廃され、以降はレースで獲得した賞金金額が重要となってくる。

 

「ゆくゆくは私の生家の悲願であるGⅠレースの制覇を目指して、毎日のトレーニングに励んでいます」

 

 世界最強の称号を背負う私だが、それはあくまで成り行きであり、本来であれば分不相応な誉に他ならない。

 

 グレード制が導入された重賞レース、それに次ぐ準重賞(リステッド)、オープン特別競走、条件クラス。

 

 成り行きの誉に驕れば、瞬く間に足を掬われる。決して慌てず、地に足をつけて次走のレースに臨む必要が私にはあった。

 

「決して慢心せず、目の前の勝利を志す直向きな姿勢、素晴らしいですっ! 記者である前にサトノダイヤモンドさんの一ファンとして、今後の活躍を大いに期待しています!」

 

 秋川理事長からは事前に、取材時間が三十分程度であると伝えられていた。横目で理事長室に掛けたれた時計を確認すると、まだまだ時間は十分に残っている。

 

 私はこの後も気を引き締めて、乙名史記者の取材に応じる。

 

「続いての質問ですが、サトノさんが所属するチーム・アルデバランについてお聞きします」

 

……やはり来たか。

 

 はなから予想していた質問を投げられて、私の身体が微かに強張る。

 

 きっとチーム・アルデバランに対する言及こそが、取材を依頼してきた乙名史記者の本旨なのだろう。

 

「それではまず、鮮烈な復活劇を遂げたチーム・アルデバランの代表責任者についてお聞かせ下さい。元チーフトレーナーの引退は周知の事実となっておりますが、現在は当時のサブトレーナーのどなたかがチームを引き継いだ、という認識でよろしいでしょうか?」

「はい、そのような認識で問題ありません」

「世間では、ホームストレッチからサトノダイヤモンドさんに声援を送っていたスーツ姿の男性が後継者であるとの意見が有力です。こちらに関しては如何でしょうか?」

「はい。彼が私達を担当して下さっているトレーナーさんです」

「ふむふむ……ありがとうございます。次の質問です──」

 

 右手に持った万年筆を快調に滑らせながら、取材が続く。

 

 

 

 

 

「世界最強の肩書きを引き継いだ彼ですが──チーム・アルデバランの象徴であった”星”のミライとの関係性について、何か知っていることはありますか?」

 

 

 

 

 

 乙名史記者からこの手の質問が飛んでくることはあらかじめ想定しており、身構えていたことではあったのだが。

 

「そ、それは……」

 

 分かっていてもやはり、私は言葉を詰まらせてしまった。

 

 その質問は、私が答えても良い内容なのだろうか。そんなモヤモヤとした思考に意識を乗っ取られて、私はわずかに冷静さを欠いてしまう。

 

 チーム・アルデバランが凱旋した以上、ミライさんに対して言及されることは明白であった。

 

 しかし、兄さまが不在の状況で、断片的な情報しか持ち合わせていない私が不躾にも彼の過去を語って良いのだろうか。

 

 私の口から、彼の思い出を公にしても良いのだろうか。

 

 しばらく言い淀んでしまった私は、助けを求めるような形で側面に控える二人に視線を送った。

 

 縋るような視線に応えてくれたのは、私と共に、兄さまに業界復帰を強要してしまった秋川理事長だった。 

 

「問題ない。サトノ君が知っていることを話してくれて構わないという言葉を、彼から預かっている」

 

 秋川理事長が静かに頷く。その仕草を見て、兄さまが私のことを信頼してくれているんだと瞬時に悟った。

 

 彼の厚意に対して感謝と罪悪感を胸に抱きながらも、私は改めて乙名史記者へと向き直る。努めて真摯な態度で質問に答えた。

 

「話をお聞きした限りでは、お二人の間柄は担当ウマ娘と担当トレーナーに限りなく近いものであったそうです。ミライさんの育成は、当時チーム・アルデバランのサブトレーナーであった彼に一任されていたと伺っています」

「な、なんと……っ」

 

 取材のメモを取る乙名史記者の身体が一瞬、込み上げてくる感情で震え上がったように見えた。

 

「…………しい。……あ、し、失礼しました。んんっ、気を取り直して、こちらが本日最後の質問になります」

 

 予定されていた時間いっぱいまでは余裕がある。思ったよりも順調に取材が進んでいたようだ。

 

 最後まで気を抜かないように、私は背筋を正す。

 

 

 

 

 

「──レース後にサトノダイヤモンドさんが行った、トレーナーさんに対する()()についてなのですが」

 

 

 

 

 

「──……ッ!?!?!?!?!?!?」

 

 想定外の質問に、私は声にならない悲鳴を上げてしまった。

 

「あの行動の意図について、差し支えなければお聞かせ下さいませんか?」

「ぁ、ぇとっ、あれはそのっ……何と言いますか…………」

 

 動揺し、取材の場であるにも関わらずみっともなく取り乱してしまう私。

 

 何か言葉を発しようにも頭の中が真っ白で、何も浮かび上がってこない。

 

 落ち着いて、私。大丈夫、まだ時間はたっぷりとあるんだから。ゆっくりと深呼吸して一から考えれば良い。

 

「……、はぁ…………」

 

 新鮮な酸素を頭に取り込んで、乱れた思考を平常に戻していく。

 

 そして、

 

「……」

 

 私は乙名史記者が、数多と浮かぶ疑問の中からこの質問を選んだ理由を考えた。

 

 取材依頼が殺到した中で、秋川理事長が月刊トゥインクルに所属する乙名史記者にのみ独占取材を許可した意図を考える。

 

 これは私の直感に過ぎないが、おそらくそれらの答えがこの質問に詰まっている気がした。

 

「……私は」

 

 私は頭の中でゆっくりと言葉を吟味して、要求されているであろう正しい返答を声に出す。

 

「並々ならない決意と覚悟で不肖な私の指導に当たって下さったトレーナーさんへの至上の感謝を、あの抱擁に詰め込みました」

「ふむ……ふむふむ」

「この感情を言葉だけで表現する術が、私には分かりませんでした。なので、私の心に芽生えた温かい気持ちを、行動に変えて伝えたいと思ったんです」

 

 これは紛れもなく私の本心であり、行動の意図を説明するに値する言葉となっているはずだ。

 

「…………」

 

 私の返答を受けて、乙名史記者が押し黙ってしまう。

 

 何かまずいことを言ってしまっただろうか。間違った返事をしてしまっただろうか。

 

「…………す」

 

 す……?

 

「す……す、す……!!」

 

 私が焦燥を感じている間、乙名史記者は特に意味のない文字をぶつぶつとこぼしていた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

「──素晴らしいですっ!!!!」

 

 

 

 

 

 彼女の内に秘める何かが今、爆発した。

 

「言葉などでは全然足りない、感謝の気持ちを”抱擁”という熱烈なアプローチに変えて相手の心へ直接届けるっ。なんて素敵な師弟愛なのでしょうっ!!」

「……えっ」

「トレーナーさんを想う献身的な態度、涙を流した殿方に寄り添う姿勢はつまりっ、何があってもあなたを支えるという強かな覚悟の証っ!!!!」

 

 尋常じゃない速度で、乙名史記者が筆を走らせる。どこか恍惚とした笑みを浮かべながら、血走った様子で暴走が加速していく。

 

「あぁ……なんて素晴らしいのでしょうか……私、とっても感動しました……っ!」

「あ、あはは……」

 

……私、そんな話したっけ? でも、実際その通りというか……言い得て妙というか。

 

「……っとと。申し訳ありません、少々取り乱してしまいました」

「い、いえ……」

「質問は以上となります。サトノダイヤモンドさん、本日はありがとうございました。おかげで素晴らしい記事が書けそうです」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 予定されていた時間まではまだ少し余裕があるが、乙名史記者からの取材はこれにて終了となった。

 

 生涯で初めて取材というものを経験したが、上手な対応が出来ただろうか。粗相は無かっただろうか。

 

 そんなことを考えながら、私は理事長室を後にするのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 取材を終えた私は来た道をそのまま引き返し、栗東寮へ戻った。

 

 改めてトレーニング用のジャージに着替え、既にトレーニングを開始しているであろうマックイーンさん達に「今から向かいます」と連絡を送り、私は部屋を出る。

 

 夏合宿の影響で寮内もがらんどうとしており、普段では考えられないほど物静かな空間を一人で歩く。

 

 マックイーンさん達がいるトラックまでは少し距離がある。私は歩きながら軽く準備運動を行いつつ、取材で凝り固まった体をほぐす。

 

「──ねぇ」

 

 私がちょうど背伸びをしていると、背後から唐突に声を掛けられた。

 

「私ですか?」

 

 声の主を探して、私は振り返る。

 

 私を呼び止めたのは、トレセン学園の制服に身を包む三人のウマ娘。

 

 私がトレセン学園に入学してから三ヶ月以上になるが、彼女達の容姿にはまるで心当たりが無かった。少なくとも同級生ではなく、まとう雰囲気から察するに、高等部の生徒だろうか。

 

「あんたがサトノダイヤモンドで合ってるよね?」

 

 三人の中心に立つ金色に近い栗毛のウマ娘が、私の名前を口にする。彼女達が呼び止めたのはどうやら、私で間違いないようだ。

 

「はい、そうですが……」

「ちょっといい?」

 

 そう短く言ったのを最後に、栗毛のウマ娘達は私の返答を待たずして、トラックから少し逸れた方向と歩き出す。

 

 私は彼女達についていくか少し悩んで、結局三人の後に続くことにした。

 

 繰り返しになって申し訳ないが、私はもう一度マックイーンさんに遅刻の連絡を送る。

 

 しばらく歩いて、私は陽の光が届かない倉庫裏にたどり着いた。

 

「あの、先輩の方々ですよね? 私に何かご用でしょうか?」

 

 時間が押しているため、私は率直に先輩方へ用件を問う。

 

「お願いがあるの」

「お願い、ですか?」

「あんたのトレーナーを貸してほしいの」

 

……ここ最近の私を取り巻く環境からして、彼女達の目的は何となく予想が付いていた。

 

「ごめんなさい。私のトレーナーさんなのですが、現在は諸事情で学園を不在にしていまして……」

 

 三人の目的は私ではなく、私のトレーナーさん(兄さま)だ。

 

 兄さまは現在秋川理事長が紹介した病院に長期入院しており、一切の接触が禁止されている。

 

 だから彼女達には悪いが、その要求には応えられない。

 

「申し訳ありません。この後トレーニングが控えているので、私はこれで失礼しま──」

「待って」

 

 私が踵を返してトラックへ向かおうとしたところ、背後から栗毛のウマ娘に右手を掴まれた。

 

「あたし達、どうしてもレースで勝ちたいの」

「……え?」

 

 栗毛のウマ娘が懇願するような声音で言葉を放つ。転じて至って真剣な物腰に、私は何故か後ろ髪を引かれるような気持ちになってしまう。

 

「噂で聞いたの。チーム・アルデバランのトレーナーなら、”どんなに弱いウマ娘でも勝たせてくれる”って」

 

 栗毛のウマ娘から語られる兄さまの噂だが、正直初耳だった。

 

 多分、選抜レースで八着と惨敗した私がメイクデビューで勝利したことから生じたものだろう。

 

「あたし達は()()()に同じチームでデビューしてから、まだ一勝も出来てないの」

「……つまり、先輩達は」

「契約が解除されて、今は未所属」

 

 トゥインクル・シリーズに出走するためには、どこかしらのチームに所属している必要がある。

 

 チームに所属することでレースへの出走権を獲得するわけだが、実はその裏に、落とし穴のような規則が存在していた。

 

 それは、デビュー戦から二年九ヶ月が経過するまでに勝利することが出来なければ、()()()()()()()()()()()()()()といった内容である。

 

 再びレースに出走するには当然、チームを運営するトレーナーと再度担当契約を結ぶ必要がある。

 

「どうしてもレースで勝ちたい。でも……どこのチームにお願いしても、全て門前払い」

 

 だが、二年以上未勝利の状態だったウマ娘と改めて担当契約を交わそうとするトレーナーがいるかと言われたら……残念だが、答えはノーである。

 

 競走の世界に身を投じた者には、結果というものが必ず付きまとう。

 

 レースに勝てる素質がないことを実質的に証明してしまっているウマ娘と……言い方は悪いが、トレーナーにとって彼女達と担当契約を結ぶメリットは何一つないと言って良い。

 

 このような形での契約解除はまさしく、強制的な引退と同義なのである。

 

「あんたのチームってまだ枠が空いてるんでしょ? ねぇ、お願い。贅沢なんて言わない。一度だけ、一度だけで良いからレースに勝ちたいの」

 

 先輩方に詰め寄られて、私は戸惑う。

 

 彼女達の気持ちは痛いほど理解出来るし、共感もする。

 

 でも、私からは何も言えないし、言えるような立場でもない。

 

「わ、私は……」

 

 返答に困った私は、圧力に屈するように顔を伏せて、それで……。

 

 

 

 

 

 

 

「──あら、サトノさん」

 

 

 

 

 

 

 

 その凜とした呼びかけは、私に出された助け舟だった。

 

「ま、マックイーンさん。どうしてここに……?」

「倉庫からゲートを一枠拝借しようと思いまして」

 

 私の憧れのウマ娘であるメジロマックイーンさんが、先輩方に詰め寄られている私に歩み寄ってくる。

 

「サトノさん、こちらの方々は?」

「え、えっと……先輩の方々です」

「ふむ……」

 

 マックイーンさんは私から視線を逸らして、奥に立つ彼女達を一瞥した。

 

「先輩方、このような薄暗い場所での立ち話はあまり穏やかではありませんわ。よろしければ、場所を変えませんこと?」

 

 マックイーンさんは私を庇うような位置に立って、先輩方と向かい合う。

 

「……メジロマックイーン」

「あら、私のことをご存知でして?」

「聞いたわ。あんた、チーム・アルデバランに移籍したんだってね」

 

 メジロ家のウマ娘であるマックイーンさんとドーベルさんがチーム・アルデバランへ移籍したという話は、既に周知の事実であった。

 

「ええ」

 

 当然のように、マックイーンさんが肯定する。

 

「あんた、元チーム・スピカでしょ? 何でわざわざ移籍なんかすんの?」

「長期療養で学園を休学する際、沖野トレーナーとは担当契約を解消しましたので。移籍に関しても、決して珍しい話では無いと思いますが?」

「そういうことが聞きたいんじゃなくて……はぁ、もう良いよ」

 

 栗毛のウマ娘は深いため息をこぼした。これ以上の会話は無駄だと判断したらしく、そばにいた先輩方を連れてこの場から立ち去っていく。

 

「…………何で」

 

 私達の真横を通り過ぎる寸前、栗毛のウマ娘が今にも消え入りそうな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「何であんたが選ばれるんだよ。あたし達と同じ……走れないウマ娘(オワコン)のくせに」

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘の聴覚は人間よりもはるかに優れている。マックイーンさんのことを罵倒するような発言を聞き取った私は、去り行く背中に一言物申そうとして。

 

「サトノさん」

 

 マックイーンさんの右腕が、感情に突き動かされる私を制止するように伸ばされた。

 

「どうして……っ」

 

 このまま言われっぱなしで良いのですか?

 

 志半ばで無慈悲に夢が絶たれて、それでも新しい目標を掲げて懸命に前を向く姿を否定されて、何も言い返さないのですか?

 

 なんでそんなに、マックイーンさんは冷静でいられるのですか?

 

「彼女達の気持ちは十分理解出来ます。私がチーム・アルデバランに移籍したことを良く思わないのは何も、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え、それって……」

「サトノさんが気に病む必要はございませんわ」

 

 マックイーンさんは普段と至って変わらない様子で、私に微笑みを向けてくれる。

 

「サトノさんも既にご存知の通り、私の足は競走能力の喪失に等しい難病を抱えています。そんなお荷物の私が、”星”のミライを育てたトレーナーさんの数少ない枠を割くことなど、本来あってはならないことなのです」

 

 マックイーンさんは、担当トレーナーである兄さまのサポーターとしてチームに移籍した。

 

 チーム本来の目的であるウマ娘の育成からは少し逸れているが、このような形で加入する事例も数多く存在している。

 

 そのため、マックイーンさんが自分自身を貶めるような発言をする必要は微塵もない。

 

「しかし、だからと言って私はこの席を誰かに譲るつもりはありません」

「マックイーンさん……」

「これは過去に、()()()()が私に激励としてかけて下さった言葉の一つなのですが……」

 

 マックイーンさんは在りし日に想いを馳せるように、どこか遠い目をして私に言った。

 

「夢の実現という甘美な響きには、他人の夢を蹂躙する残酷な側面が含まれているそうです」

 

 トレセン学園の門を叩いた生徒の数だけ夢があって、その数多の夢が屍として積み上げられた頂で初めて、一つの夢が夢として輝く。

 

 夢はレースに似ていると、私は率直に思った。

 

 夢が叶うのはほんの一握り。

 

 どんなレースも一着になれるのは一人だけ。

 

 無慈悲で、残酷で、薄情であるからこそ。

 

 夢という言葉に誰もが惹かれ、一着という順位に執着するのである。

 

「トレーナーさんのご厚意に甘えさせていただき、私はチーム・アルデバランへと移籍しました。たとえそれが、誰かの夢を引き裂くことになるのだとしても──」

 

 マックイーンさんはその凛とした美貌に強かな決意と覚悟を化粧して、赤裸々な感情を打ち明ける。

 

 

 

「私はもう……諦めたく無いんです」

 

 

 

 そんな彼女の横顔を、私はただただ静かに見つめていた。

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