これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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27:健気なサプライズ

「──ほっ、本当ですかっ!?」

 

 その朗報が届いたのは、私が条件クラスを突破した日から一週間後のことであった。

 

『左様。詳細な日程については、後日改めて連絡する』

「はいっ、お願いしますっ!」

 

 スマホ越しに秋川理事長の言葉を聞くや否や、私は椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。

 

「……サトノ? どうかしたの?」

 

 タイミング的には、チーム・アルデバランの面々が揃ったミーティングの終了直後。

 

 そのため、その場にいたドーベルさんから怪訝な視線を向けられてしまった。

 

「聞いて下さいドーベルさんっ!」

 

 私は胸になだれ込んでくる感情を共有したくて、嬉々とした声音で言い放つ。

 

 

 

「──兄さまが帰ってくるそうですっ!!」

 

 

 

 六月末のメイクデビュー以降、兄さまは秋川理事長が紹介した病院で心に巣食う病と向き合っていた。

 

 兄さまを蝕んでいた心の病は絶望的なまでに深刻だったが、彼に芽生えた前へと進む気持ちが薄紙を剥ぐように症状を緩和させていき、ついには退院の目処が立つまでにこぎつけることが出来たのだそうだ。

 

 あまりの嬉しさで思わず涙をこぼしてしまいそうになったが、さすがに二人の視線があるため私はそれをぐっと堪え、喜びを噛み締めるだけに止めた。

 

「ふふっ。良かったですわね、サトノさん」

「はいっ! 本当に嬉しいですっ!!」

 

 私の喜びに共感してくれるかのように、マックイーンさんが微笑んだ。

 

 私の予想では再会までに最低でも一年以上、良くて数年、あるいは私がトレセン学園を卒業する程度の年月を要するだろうと覚悟していた。

 

 だがしかし、彼は半年にも満たない速度で心に絡まったしがらみを振り解いている。

 

 なんて奇跡的な回復速度だろう。彼の強靭な生命力には、心の底から驚かされる。

 

「……良かった」

 

 それほどまでに、彼は私を求めてくれているのだろうか。

 

……なんてちょっと都合のいい解釈をして頬を赤らめ、いやいやまさかと首を横に振って私は煩悩をかき消す。

 

 ああ、でも本当に良かった。気を緩めると、やっぱり目尻から涙をこぼしてしまいそうだ。

 

 

 

「……あの、少し気になったんだけどさ」

 

 

 

 水を差すようでごめん……と、ドーベルさんが遠慮がちに呟きながら私達に質問してきた。

 

「このチームのトレーナーって、どんな人なの? あ、ミライを育てたトレーナーって意味じゃなくてさ」

 

 兄さまと相識の間柄にある私とマックイーンさんに対して、ドーベルさんと彼との間に面識が無いことは事前に伺っていた。

 

 質問が遠慮がちだったのはきっと、私達とドーベルさんの間に激しい温度差があったからだろう。

 

「そもそもアタシ、なんでトレーナーが不在なのかもよく知らないし。たづなさんは諸事情って言っていたけど」

「あまり公にしたくない理由があるのでしょう。余計な詮索は無粋というものですわ」

「まぁそれは……分かってる、けど」

 

 ドーベルさんは、理解はするけど納得まではいかないといった微妙な表情を浮かべていた。

 

「サトノ」

「はい、なんでしょうか?」

「サトノから見て……トレーナーってどんな印象?」

 

 ドーベルさんはその瞳に微かな不安を宿して、私に向けて問うてくる。

 

 私にとっての、兄さまの印象か……。

 

「そうですね……ちょっと無愛想に見えて、実は指導に対して強い情熱を持っている方だと思います」

 

 八年前の兄さまとは印象が大きく変化してしまったけれど、ウマ娘を見るときの真剣な眼差しは依然として健在だった。

 

 ウマ娘との向き合い方に悩み、苦しみながらも一生懸命答えを探す彼の在り方に、私は強い尊敬の念を抱いている。

 

「……そう」

「大丈夫ですわドーベル。彼はあなたが思っているような殿方ではありません」

「べ、別に何も言ってないでしょ……っ」

「……?」

 

 私は、マックイーンさんとドーベルさんのやりとりの意味を掴み損ねて首を傾げる。

 

「さて、ミーティングも終わったことですし、そろそろトレーニングに移りましょう。このままトラックへ移動しますわ」

「はい、分かりました」

 

 本日の予定では、トラックの利用状況を考慮してミーティングの後にトレーニングを行うこととなっていた。

 

 トラックの利用時間には制限があるため、あまり無駄には出来ない。

 

 私達はトレーニングに必要な道具が揃っているかをきちんと確認して、部室を後にするのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「──サトノさん。この後少々、お時間よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 トレーニングの後、私はマックイーンさんから少しだけ部室に残ってほしいと声をかけられた。

 

 マックイーンさんは私と二人で会話がしたいとのことで、ドーベルさんが退室したことを確認してから静かに口を開く。

 

「今後のことを考慮して、サトノさんには知っておいて欲しいことがありますの」

「と、いうのは?」

「私の姉──ドーベルのことについてですわ」

 

 私と対面の席に腰掛けるマックイーンさんは、どこか神妙な面持ちで話題を切り出した。

 

「近々トレーナーさんが業務に復帰されるということもあり……私の口からではありますが、サトノさんには事前にお伝えしておこうと思いまして」

 

 そう言って、マックイーンさんは彼女の姉であるメジロドーベルのことについて語り始める。

 

 一通りマックイーンさんの話を聞いて、私はドーベルさんが抱える事情を整理する目的で言葉を繰り返した。

 

「──男性に対する極度の苦手意識、ですか?」

 

 マックイーンさんの話によると、ドーベルさんは幼少期に経験した辛い出来事が原因で他人──特に男性──に対して強い苦手意識を抱くようになってしまったのだそうだ。

 

 それ以降は必然的に人前へ出ることが困難となり、対人関係に関する負の連鎖が形成されてしまっているとのこと。

 

「はい。実はこのような苦手意識が原因でドーベルは以前、前任トレーナーとの契約を破棄する事態に至りました」

 

 マックイーンさんの言葉通り、ドーベルさんはメイクデビューを目前に担当トレーナーとの契約が解除されるといった騒動があった。

 

 ドーベルさんがレース界の名門──メジロ家のウマ娘であったこともあり、いっとき学園中にこのような噂が流れていたことを覚えている。

 

「少し気になったのですが……ドーベルさんの前任トレーナーは確か、男性の方だったと記憶しています。一体どうして、ドーベルさんは男性トレーナーが運営するチームに加入していたのでしょうか」

 

 当時は噂の背景を知らなかったがために右から左へと流していたが……マックイーンさんの説明を受けた後では、どうしても不可解だと感じてしまう。

 

「私も以前、サトノさんと同様の疑問をドーベルへとぶつけたのですが……残念ながら返答を濁されてしまいました。何か、事情があったのかもしれません」

 

 この疑問を解消するためには、おそらくドーベルさん本人に直接聞いてみるしかないだろう。 

 

「……あれ? でしたらドーベルさんはどうして、兄さまのチームに移籍を希望したのでしょうか?」

 

 ドーベルさんが男性に対して苦手意識を抱いていることは理解した。

 

 だとしたら今度は、ドーベルさんがチーム・アルデバランに所属している現状に対して矛盾が生じてくることになってしまう。

 

「申し訳ありません。その辺りの真意に関しても、本人に直接聞いてみないことには何も……」

「そ、そうですよね」

「ただ、私とドーベルに移籍の話を持ちかけて下さったのは、メジロ家の当主……私のおばあ様なのです。きっとおばあ様には何か、大きな意図があったのではないかと感じています」

 

 マックイーンさんですら分からないのであれば、これ以上の詮索はお手上げだ。

 

「ドーベルと幼少の頃から接してきた限りでは、彼女は自身のコンプレックスに対して相当悩んでいる様子でした。もしかしたらおばあ様は、彼と触れ合うことで何か、問題解決のきっかけを見出そうとしているのかもしれません」

 

 ドーベルさんが抱えている問題は私が想像している以上に切実で、深刻なのかもしれない。

 

「ですがあくまで、おばあ様が持ちかけた移籍話を承諾したのは紛れもなくドーベル本人の意志。それはきっと……自分自身と向き合う覚悟の裏返しであるのだと、私は捉えています」

 

 ドーベルさんが強かな覚悟を胸に抱いて自身のコンプレックスと向き合っているというのは、チーム・アルデバランに移籍を果たしたこの状況が雄弁に物語っている。

 

「トレーナーさんが業務に復帰された後、もしかしたらお二方に多大なご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません。そのためサトノさんには、このことを事前に理解しておいて欲しいと感じました」

 

 男性トレーナーの兄さまがチームに戻ってきた場合、ドーベルさんのコンプレックスが刺激されてしまう可能性を捨て切ることはできない。

 

 大事なのは、ドーベルさん自身が苦しむ問題に対して、周囲の私達がどのように向き合っていくべきなのか。

 

「マックイーンさん。ドーベルさんのことを教えて下さって、ありがとうございます」

 

 同じチームに所属する仲間として、面倒見の良い先輩を尊敬する後輩として。

 

 私自身がしっかりと考えて、彼女と触れ合っていく中で答えを見つけていかなければならない。

 

「私に協力出来ることがあれば、何でも仰って下さい。大切なチームメイトとして、私もドーベルさんの力になりたいです!」

「ありがとうございます、サトノさん」

 

 本当はドーベルさんに直接言葉を伝えたいけれど、彼女自身からコンプレックスを打ち明けてくれたわけではない。

 

 だからせめて、陰からドーベルさんのことを支えていけたら良いなと、心の底からそう思った。

 

「……最後にもう一つ、ドーベルのことに関して、サトノさんに一つお願いしたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」

「はい、何でもおっしゃって下さい」

「今後業務に復帰される、トレーナーさんのことについてなのですが……ドーベルが彼の背景を知らない件に関しては、彼女に余計な負担を与えさせないようにというおばあ様の配慮なのです」

 

 確かに、兄さまが休職に至った事情は非常に複雑で、コンプレックスを抱えるドーベルさんにとってはかなりの負担になってしまうことだろう。

 

「段階を踏み、関係が親密なものとなるにつれて少しづつお互いを打ち明け、知っていく……おそらくそれが、ドーベルのコンプレックスを解消する有効な手段になると考えてのことでしょう」

 

 他人という存在に対して苦手意識を抱くドーベルさんが、兄さまの事情に主体的な関心を持つ。

 

 ドーベルさんの成長を行動から測ろうとするならば、これ以上分かりやすいものは無い。

 

 ドーベルさんを配慮した合理的な選択に、私が疑問を挟む余地なんて無かった。

 

「ですので……サトノさんにもどうか、見守っていて欲しいのです。ドーベルがコンプレックスを克服し、成長していく姿を」

 

 共に切磋琢磨するチームメイトとして、私もドーベルさんの成長を積極的に支えたい。

 

「もちろんです、マックイーンさん」

 

 優しい先輩を慕う後輩として、ドーベルさんにはどうか晴れやかな気持ちで笑っていて欲しいと思う。

 

「ありがとうございます、サトノさん。話は以上です。トレーニング後で疲労が溜まっている中、引きとめてしまって申し訳ありません。今日はゆっくりと休んで下さいな」

「はい。マックイーンさんはこの後、まだ何か?」

「ええ。本日行ったトレーニング内容のまとめを少々。私のことは気にせず、サトノさんは明日に備えて下さいまし」

「分かりました。失礼します、マックイーンさん」

 

 このまま部室にいては、マックイーンさんの集中力を妨げてしまう可能性がある。それに明日も授業やダンスレッスン、トレーニングと目白押しな内容がスケジュールに詰まっている。

 

 私はマックイーンさんに対して去り際に一礼し、そのまま部室を後にするのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 それからしばらく月日が経過し、秋川理事長から兄さまに関することで連絡があった。彼の退院日が明確に決定したそうだ。

 

 兄さまの退院日は──十二月二十四日。

 

 兄さまとの再会まで既に一ヶ月を切っており、十二月に差し掛かる頃には彼と連絡をとっても良いという許可が下りた。

 

 メールでのやり取りでは味気ないと感じた私は、許可が下りたその瞬間に彼へと電話をかけた。

 

 数ヶ月ぶりに聞いた端末越しの声は、八年前の温厚な彼を彷彿とさせる声音に変化しているように感じた。

 

 少し興奮しすぎたせいで兄さまに苦笑されてしまったが、そんなのは些細なことだ。

 

 それ以降の連絡はメールを用いて行うこととなり、私はさっそく、再会当日の予定を組み立てることにした。

 

 兄さまの退院日である十二月二十四日は、ちょうどクリスマス・イブと重なる。せっかくだから、彼の退院祝いとクリスマスを兼ねたパーティーを開こう。

 

 兄さまが病み上がりであることを踏まえて、規模は小さくするべきだろう。私の家族に協力してもらって、ささやかだけれど盛大にお祝いしたい。両親も以前から兄さまに会いたがっていたため、パーティーの件は快く引き受けてくれた。

 

 当日までに全ての手筈を整え、待ち合わせ場所と時間を設定する。再会までの段取りを一通り整えて、私は決定した内容を兄さまに連絡した。

 

 ここからの数週間は本当に長かった。早く時間が過ぎてくれと願うばかりで、毎日ソワソワしていたように感じる。

 

 

 

 

 

……そしてついに、世間を騒然とさせた決死のメイクデビューから半年。

 

 

 

 

 

 今日は心待ちにしていた、兄さまとの再会の日。

 

 自分で待ち合わせ場所と時間を決めておいてあれだけれど……再会を待ちきれなかった私は秋川理事長から病院の所在地を聞き出し、朝からエントランスの正面に張り付いていた。

 

 どうか、健気な教え子からのささやかなサプライズということにしておいて欲しい。

 

 師走の季節ということもあり、日中とはいえ身体に吹きつける風は非常に冷たい。真っ白な吐息でかじかむ指先を温めながら、私は彼が退院する瞬間を待ち続ける。

 

 そしてついに、エントランスの自動扉の奥から男性のシルエットが浮かび上がった。その曖昧な輪郭が瞳に映るだけで、彼に焦がれる私の鼓動がとくんと跳ね上がる。

 

 

 

 

 

「──兄さま」

 

 

 

 

 

 ああ、ようやく。ようやくだ。

 

 

 

 

 

 

 

「退院、おめでとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 止まっていた私達の時間が──再び動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

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