これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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トレーニング回です。
描写の一部に独自解釈があります。


31:悲願

 兄さまがドーベルさんのタイム測定を行っている間、私は来月に開催されるきさらぎ賞へ向けて課題の克服に臨んでいた。

 

「サトノさんの課題は確か……コーナーの曲がり方に違和感がある、でしたわよね?」

 

 チーム・アルデバランのサポーターを務めるマックイーンさんにその悩みを打ち明け、自分が抱えている違和感を言葉にする。

 

「はい。身体の使い方に関して引っかかりを感じているわけでは無いんですけど……稀に、コーナーの(ラチ)から大きく逸れてしまうことがあって……」

「なるほど、逸走ですか」

 

 マックイーンさんはおとがいに手を当てながら、解決策の考案に力を注いでくれる。

 

「逸走の原因に、何か心当たりはありまして?」

「えっと……ごめんなさい。私としては、全て同じ感覚でコーナーを曲がっているんです。意識しながら走っていても、時々進路が大きく膨らんでしまって……」

「ふむ……」

 

 心当たりがまるで無く、違和感を説明出来ないのが非常にもどかしい。

 

「逸走が発生しやすいコーナーの場所や、右回り、左回りといったコースの条件に傾向はありますか?」

「う、うーん…………」

 

 私は頭を捻った。ただ唸るだけで、私は最後までマックイーンさんの参考になるような情報を引き出すことは出来なかった。

 

「分かりました。ひとまず、サトノさんが実際に走っている様子を確認します」

「す、すみません……」

 

 会話を交わしながらトラックに入り、私はマックイーンさんの指示でコーナーから二百メートル離れた地点に立つ。

 

「せっかくなので、次走のきさらぎ賞のコースを意識して行いましょう」

 

 京都レース場で開催されるきさらぎ賞の特徴は何といっても、高低差約四メートルを超える第三コーナーの坂路──通称、淀の坂だろう。

 

 きさらぎ賞は第二コーナー奥のポケットからスタートし、最初に向正面半ばから初角となる第三コーナー頂上までを駆け上がる。その後、第四コーナーを緩やかに下って最終直線に突入するといった、かなり特殊なコース形態となっている。

 

「サトノさんにはこれから、右回りの第三、第四コーナーを想定して走ってもらいます」

 

 第三コーナーの二百メートル手前からスタートし、二つのコーナーを通しで走り抜ける。

 

 芝の内回りコースはドーベルさんがタイム測定で使用しているため、今回は外回りのウッドチップコースを用いてトレーニングをすることとなった。

 

 ウッドチップが敷かれたコースにはコーナー前に坂路が形成されているため、淀の坂を想定するといった意味でも非常に有効だろう。

 

 私はマックイーンさんの指示に従って、スタート地点へと移動する。

 

「課題に関してはあまり意識せず、普段通りの走りを心がけて下さいまし!」

 

 マックイーンさんは第三、四コーナー中間の外側に立って、準備を進める私に合図を送った。

 

「いつでも構いませんわー!」

 

 遠目にマックイーンさんが手を振ったので、スタートの合図と捉えて私は徐々に速度を上げていく。

 

 本番のきさらぎ賞においては、第四コーナーが下り坂になっていることからスピードに乗って最終直線に突入することが可能となる。

 

 最初の坂路は基本の歩幅を狭く取り、脚の回転数を引き上げるピッチ走法で切り抜ける。第三コーナーに突入したら歩幅(ストライド)を元に戻し、私はカーブを丁寧に捌く。

 

 第四コーナーでは外側の肩を内側へ入れ込んだ前傾姿勢を作り、可能な限りの遠心力を利用することに意識を割いた。

 

「──ッ!」

 

 地面から得られる力を余すことなく推進力に変換して、私は力強く両コーナーを走り抜ける。

 

「…………、……ふぅ」

 

 ゆっくりと速度を落として、私は走り抜けてきた走路を振り返る。

 

「あ、あれ……?」

 

 そして、私は首を傾げた。

 

「ふむ……特に進路が膨れ上がったり、逸走するような気配は見られませんでしたわね」

 

 走行フォームを確認していたマックイーンさんが、色々と考えを巡らせながらこちらに寄ってくる。

 

「すみません……お、おかしいなぁ」

「毎回進路が膨れ上がってしまうわけでは無いのですね。もしかしたら、左回りの際に生じやすいのかもしれません」

 

 マックイーンさんの提案で、今度は左回りでコーナーを走ることにした。

 

 先程は遠心力を利用する消費エネルギーの大きい走法を採用したため、今度はその反対である、遠心力を外に逃した走り方を意識する。

 

 身体の軸を意識し、外側の肩を少し開くような感覚で。第一、二コーナーを走行するような、自分自身が一番走りやすいと感じるフォームで柵に沿って走り抜けた。

 

「……んむむ」

 

 しかし、またしても私は違和感を抱くことなくコーナーを曲がってしまう。

 

 当然、逸走しないことは良いことだ。綺麗な形でコーナーを捌けている証拠なのだから。

 

「なるほど。これでコース条件が影響を与えているという可能性は潰せましたわね。となると、原因はサトノさんの走法にあると考えるのが妥当。ですが……」

 

 私のコーナーの捌き方は、兄さまから手取り足取り教わった技術である。

 

 かつてのトレーニングでは彼から逸走の傾向があると指摘されたことは無かったので、この半年間で走行フォームに歪な変化が生じてしまったと考えるべきだろう。

 

「サトノさん、もう一度右回りでコーナーを走ってみましょう。何回か繰り返すことで、違和感が現れるかもしれません」

「分かりました」

 

 マックイーンさんの指示に従って、私は反復して右回りのコーナーを駆け抜ける。

 

 一回、二回、三回と繰り返していくが……特に違和感を覚えることもなく、進路が膨れ上がることもなかった。

 

 そして、何か変だな……と感じ始めた四回目。

 

「……?」

 

 第三コーナー手前の坂路を走り抜けてカーブに突入した瞬間。

 

 

 

 それは唐突に、私の身体へ襲い掛かる。

 

 

 

(走り方は全く同じなのに……身体が遠心力に負けて、外側へ流れていっちゃう……っ)

 

 ()()だ。これが、私が稀に覚える違和感だ。

 

 柵に沿って走っているはずなのに、思いっきり外側へ弾き飛ばされるような感覚。

 

 コーナーを通過する際に生じる遠心力で、自分の意志とは関係なく身体が走路から逸れてしまう感覚。

 

 違和感を覚えた私は即座に進路の修正を図るも、意図せず大外へ身体を持ち出すような動きになってしまった。

 

 それでも何とか身体を内側へ引っ張りながら、第四コーナーを通り抜ける。

 

「あ、あのっ!」

「……ええ。サトノさんのおっしゃる通り、確かに進路が大きく膨れる逸走の傾向が見られました」

 

 遠目からだが、マックイーンさんも私の進路が膨れる瞬間を目撃した。

 

「サトノさん。前回までの走りと比較して、今回は何か意識を変えた部分はありますか?」

「いえ、特には……。あ、ですが今回の場合、コーナーに突入する瞬間からはっきりとした違和感がありました」

「なるほど……」

 

 私はマックイーンさんに、先程覚えた感覚を言語に変えて伝える。

 

「状況を整理すると……コース条件が原因ではなく、逸走が生じるのは数回に一度。そして、その違和感はコーナー直後にはっきりと現れる。となると、考えられるのは……」

 

 マックイーンさん同様に逸走の原因を考えるが、私は唸るばかりで答えなんて見つけられそうになかった。

 

「……ふむ。サトノさん」

「は、はいっ」

「サトノさんが覚えた違和感の正体について、おおよその目星が付きましたわ」

「本当ですかっ!?」

「ええ。しかしまだ断言はできない状況ですので、今から検証してみましょう」

 

 そう言って、マックイーンさんは一度トラックを離れ、私達の荷物が置かれた木陰の方へと移動する。

 

 マックイーンさんはそこで何かを準備し、しばらくしてこちらへと戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「それは……三脚、ですか?」

 

 マックイーンさんが木陰から持ってきたのは、撮影用にスマホを設置するための三脚だった。

 

「これを使って、サトノさんがコーナーに突入する瞬間を撮影します」

 

 黙々と準備を進めながら、マックイーンさんは語る。

 

「私の予測が正しければ、撮影した映像の中に原因が映り込むはずですわ」

「な、なるほど」

「サトノさん。次からの数本は極力遠心力に逆らわず、左回りの時と同様の感覚で走って下さいませ」

「逸走が起こった時と条件が違いますが、大丈夫なのでしょうか?」

「おそらく問題ありません。それに、コーナーを助走区間として使用するほどの速度を出した場合、映像にブレが生じてしまう可能性もありますから」

「分かりました」

 

 マックイーンさんは第三コーナー付近が画角に収まるよう三脚の位置を調整し、スマホの撮影ボタンに指をかける。

 

 彼女が腕を振ったのを合図に、私は再び直線から走り出した。

 

 撮影した回数は全部で十回。その内、逸走が発生したのは二回目と八回目。

 

 マックイーンさんが撮影した映像を確認する。撮影前の予測と答え合わせを行なっているようだ。

 

「……なるほど」

 

 しばらくして、マックイーンさんの表情が柔らかくなる。

 

「分かりましたわ。サトノさんの逸走の原因が」

「本当ですかっ!?」

 

 私は嬉々としてマックイーンさんに駆け寄って、映像を確認する。

 

「……う、うん?」

 

 しかし、何度繰り返しても逸走した時としなかった時の違いを見つけられず、私は首を捻った。

 

「これは本当に細かな点なので、サトノさんが気付かないのは無理もありません。しかし、小さな要因にも関わらず、走りに与える影響は甚大です」

 

 マックイーンさんは映像を少しだけ巻き戻し、私がコーナーに突入する数秒前からそれを再生する。

 

「これが、サトノさんが普段通りの走りをした際の映像です」

 

 コーナーを過ぎたら再び映像を巻き戻し、異なる場面を同じ瞬間から再生する。

 

「続いて、サトノさんに逸走が生じた際の映像です」

 

 全く同じ画角で、私の走る様子が記録されている。

 

「う、うーん……?」

 

 マックイーンさんが頑なに答えを言おうとしない意図は理解している。逸走の原因を、私自身に気付かせるためだ。

 

「ふふっ。少し、いじわるが過ぎたかもしれませんわね」

 

 しかし、延々と首を傾げ続ける私をみて、自分で原因を見つけ出すのは困難だと判断したらしい。

 

「足元に注目して、もう一度確認してみて下さいな」

「足元ですね。分かりました」

 

 マックイーンさんの助言に従って、私は再度映像を確認する。

 

 歩幅……は、ほとんど同じ。地面を捉える足の使い方にも差は見られない。

 

 他に何か、相違点を挙げるとするならば……。

 

「足を前に出す順番の違い……いやでも、そんな単純なことってあるかなぁ」

()()ですわ」

「う、うーん………………へ?」

「正解ですわ。よく分かりましたわね、サトノさん」

 

 今度はまた別の意味で、私は首を傾げる。

 

 ()()()()()()()()という、苦し紛れに捻り出したようなことが、逸走の原因……?

 

「答えが出たということで、映像を再確認しながら解説していきますわ」

 

 疑問に埋め尽くされた頭を整理しながら、マックイーンさんの言葉に耳を傾けて映像を注視する。

 

「これはコーナーを捌く上で非常に重要なことなのですが、それを理解している方は存外少なかったりします」

 

 マックイーンさんは映像を再生し、私がコーナーへと突入する瞬間にそれを止める。

 

「右手と左手に”利き手”なるものが存在するように、私達の足にも”利き足”というものがあるのは既にご存知のことかと感じます」

 

 過去にマックイーンさんからハーフバウンドの技術を教わった際に、私は自身の利き足がどちらであるかは既に把握していた。

 

「利き足と反対の足……今後は、”逆足”と呼ぶようにしましょうか。逆足よりも利き足の方が器用に扱えるということは、何となく想像がつくと思います」

「はい。確かに、スタートのトレーニングをする過程で経験しました」

「先に結論を述べてしまうと……逸走という現象は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものです」

 

 現在画面の中で静止している私は、()()()のコーナーに対して逆足である()()から突入している。

 

「コーナーを捌く場合は利き足に限らず、重心を必ず内側に預けなければなりません」

 

 つまり今回の場合、右回りのコーナーへ突入した瞬間の重心が外側に残っていたということなのだろう。

 

「右回りなら右足に重心を乗せ、左回りなら左足に重心を預ける。このような考え方を一般的に、”手前を替える”と表現することが多いですわ」

 

 マックイーンさんが教えてくれた内容を念頭に置いた上で、私は今一度映像を再生する。

 

 坂路を登って右回りのコーナーへと突入する瞬間、私は明らかに左足で地面を踏みしめていた。どう見ても、身体の重心が外側に残っているような印象を受ける。

 

「たかが一歩の違いなんて誤差だろう? ……と、疑問に思われることもあるかもしれません。ですがそれは、大きな間違いです」

 

 私は耳をそばだてながら、マックイーンさんの解説を聞く。

 

「私達ウマ娘の歩幅は、襲歩状態で約七メートル。手前を替えることに失敗した場合、走行距離に著しいロスが生じることとなります」

 

 内側の足でコーナーへと突入するタイミングを逃してしまった場合。逸走を避けるためには、二歩分の距離を余計に走る必要がある。

 

「逸走を防止するために生じたロスは、後々の不利を招きます。タイミングを逃したことによって経済コースから外れ、スタミナを浪費します。すると終盤に発揮する末脚の切れ味が鈍り、みすみす一着を相手に譲ってしまう」

 

 レース序盤のコーナーでミスしてしまった場合はまだ、挽回のチャンスは残っているだろう。だがしかし、後半のコーナーでロスが生じた場合は致命的だ。

 

「以上のことが、サトノさんが抱いていた違和感の正体になります」

「な、なるほど……っ!」

 

 表現しようのない違和感を抱えて悶々とし続けたモヤモヤが、一気に晴れ渡ったような爽快な気持ちになる。

 

「逸走の対策としては、自分の走行位置からコーナーまでの距離感を掴むことですわ。難しく考える必要はありません。ほんの少し、意識を割くだけで良いのです」

 

 難しい技術を習得する必要もなければ、極限の集中を要するわけでもない。

 

 これまでのトレーニングで培った走りの感覚を応用すれば、距離感なんてすぐに掴めるはずだ。

 

 気付いてみれば、本当に単純なことだった。

 

 ただ、足を前に出す順番が違うだけ。

 

「早速、試してみますか?」

「はいっ!」

 

 そのことを少しだけ意識して、私は再び直線から第三コーナーへと突入していく。

 

 すると、先程までの逸走が嘘のように消え、何度繰り返しても柵の湾曲に沿った理想的な走りでコーナーを切り抜けることが出来た。

 

「すごい、すごいですっ!」

 

 興奮のあまり、私はマックイーンさんの元へおおはしゃぎで駆け寄る。

 

「はしゃぎ過ぎですわよ、サトノさん。ふふっ、少し落ち着いて下さいな」

 

 苦笑しながら興奮する私を宥め、マックイーンさんは自身のスマホを操作する。そして、先程とは別の動画を画面に映して、私に示した。

 

「少し気になることがありまして……サトノさんが三ヶ月前に出走した、条件クラスの動画を確認していました」

 

 現在再生されている動画は、三ヶ月前に私が道中で苦戦を強いられた、条件クラスのレース映像である。

 

 競走相手からのマークが激しく、徹底的に末脚を潰すような周囲の立ち回りに苦戦したことを覚えていた。

 

「若干の直線を挟んで第四コーナーに突入した直後のことです。サトノさんの進路を塞ぐように前方を走っていたウマ娘達が、不自然に外側へ膨れ上がったことを覚えていますか?」

「は、はい……もしかして」

「ええ。彼女達の進路が膨れ上がった原因はまさしく、コーナーの形状に対して突入する瞬間の足を間違えたことにあるかと」

 

 最初はコーナーに生じる遠心力が原因かと思っていたが……もし本当に遠心力の影響で進路が膨れたのなら、少なからず彼女達以外も影響を受けているはずだ。

 

「さて……トレーニングを始めてからだいぶ時間が経ちましたので、一度休憩を挟みましょうか」

「はいっ、ありがとうございました!」

 

 課題の克服に打ち込むあまり、時間という意識が私の中からすっかりと抜け落ちていた。

 

 私達は一旦トラックを出て、軽い休憩を挟む。

 

「……ふぅ」

 

 さて、しばらくしたらトレーニングを再開するわけだが。

 

 兄さまの指導のもとでタイム測定を行っていたドーベルさんの様子は、今頃どうなっているのだろうか。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「──げほッ、ぁ”っは……ぐぅあ”、はぁ”っ”、はぁ”ぁ”……っ」

 

 予定していた全距離のタイム測定を終え、俺はストップウォッチに記録された秒数をノートに記す。

 

「お疲れ様。休憩は長めに取るから、ゆっくり休むと良い」

 

 息も絶え絶えになってターフに倒れ込むドーベルへ休憩の指示を出して、俺は一旦手元のノートに視線を落とした。

 

 俺は各距離において彼女が叩き出したタイムを確認しながら、ふむと唸る。

 

 千二百メートル──短距離における走破タイムは一分十三秒一。

 

 千六百メートル──マイルの走破タイムは一分三十八秒五。

 

 二千メートル──中距離の走破タイムは二分三秒七。

 

 三千メートル──長距離の走破タイムは三分四十秒六。

 

「……これは」

 

 ドーベルが記録した結果をメイクデビューの標準タイムと比較して、俺は感嘆の声をもらした。

 

 短距離、マイルに関しては、少しトレーニングを積めばメイクデビューで容易に一着を狙うことが出来るだろう。中距離に関しては、この時点で既に標準タイムを上回ってすらいる。

 

 デビュー前のウマ娘としては突出している水準に、俺は驚愕せざるを得ない。

 

 加えてこれら三距離の測定の際、俺はドーベルから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 タイム測定の様子から察するに、ドーベルの身体は長く良い足を使うというよりも、瞬発力を駆使した鋭い末脚の発揮に適性があるだろう。

 

 スタミナに関しては少々持て余しているように感じたため、今後は終盤の末脚を重点的に強化していく方針でトレーニングを実施していけば、効率的な成長が期待できる。

 

「ふむ……ドーベルの場合、マイルから中距離を主戦として、本人の意思があれば短距離路線に進む選択肢も悪くない」

 

 ドーベルの距離適性なら、デビューから一年後のクラシック級ではティアラ路線が有望か。早い段階で狙いを定めれば、トリプルティアラを手中に収めることだって夢じゃない。

 

 さすがは、名門メジロのウマ娘といったところか。

 

 そして、長距離に関しては……デビュー前のウマ娘に三千メートルを走らせるのは、少々酷だったかもしれない。

 

 二千四百メートルあたりでスタミナが底をついてしまったようで、最終直線に至ってはジョギングに近いような速度だった。

 

 それに、短距離、マイル、中距離と立て続けに計測したことで疲労が蓄積していた可能性だって考えられる。

 

 十分な休息を挟み、当人の強い意志があったとはいえ……一度に全ての距離を測定するのは、正直言って尚早だった。

 

「ドーベル、休憩中にごめん」

 

 俺は一旦思考をやめて、木陰でドリンクに口をつけるドーベルに歩み寄った。

 

 タイム測定で得られたデータをドーベルと共有し、一度彼女の意見を取り入れるべきだろう。その上で、今後の展望について彼女と共に考えていきたい。

 

「……」

 

 休憩中のドーベルにある程度近づいたとき、俺の身体に鋭い警戒の眼差しが飛んできた。

 

……しまった。

 

 無意識に、普段ダイヤと接する際の距離感が行動に現れてしまった。

 

 メジロドーベルというウマ娘は、俺が想像していた以上にパーソナルスペースが広い。彼女にはさらに気を遣わなければならないと俺は内心後悔し、一層意識を引き締める。

 

「休憩したままで良い。タイム測定の結果を踏まえて俺なりの展望を考えたんだけど、その前に一度、ドーベルの意見を──」

()()

 

 少し会話を増やす目的で、先に彼女の方から目標や意見を聞こうとした俺だったが……。

 

 残念ながら、その声は途中で遮られてしまった。

 

「………………え?」

「だから、春天だって。アンタ、耳遠いの?」

 

 ドーベルの口から予想だにしない単語が飛び出してきて、俺は情けない声をあげて聞き返してしまった。

 

「……えっと、ごめん。もう一度、言ってくれないか?」

「…………はぁ」

 

 ドーベルは俺の間抜けな反応に心底呆れたような表情を浮かべて、ターフに落ち着けていた腰を上げる。

 

 そして、固い決意に染まった瞳をこちらへ向けて、毅然とした態度で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「アタシは、春の天皇賞に出る。春天を制覇して、このアタシが──メジロ家の悲願を実現させる」

 

 

 

 

 

 

 

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