これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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40:追憶

 トウカイテイオーとの併走勝負にて、序盤でハナを奪ったのは、生意気にも私に挑発をふっかけてきたクラスメイトのテイオーだった。

 

 対する私は急激に加速するテイオーをマークするような形で、ピッタリと背後に姿を隠した。

 

 現在私が得意とする戦略では、序盤はスタミナ温存を徹底し、終盤へ向けて脚を溜めることが多い。

 

 併走相手がテイオーしかいない以上、ある程度は彼女についていく必要がある。そのため、ここは多少無茶をしてでも彼女の後ろに張り付かなければならない。

 

 しかしそうなると、私は何か別の形でスタミナを温存しておく必要があった。

 

(……テイオー。あなたの身体を使わせて頂きますわ)

 

 そして、その代替策として打ち出したのが、先行するテイオーのすぐ後ろを陣取るこの立ち位置である。

 

 風を切り裂くように高速で移動する物体の真後ろには、空気圧の抵抗が極端に小さくなる領域が生じる。この現象は”スリップストリーム”と呼ばれており、スタミナ温存に有効な手段として習得が推奨されている技術の一つだ。

 

 非常に難易度の高い技術ではあるが、名門メジロ家の元で長年英才教育を施されてきた私にとって、この程度は造作もないことである。

 

 先行するテイオーの身体を風避けとして利用しつつ、時おり必要以上に足音を立てて私の存在を意識させる小細工も忘れない。

 

 併走序盤で私が想像しうる完璧な布陣を敷いた上で、第二コーナーを通過し向正面へと突入する。

 

 このまま私にとって有利に働く状況が続けば、最終直線でテイオーの背中を躱して私が勝利を掴むのは確実だろう。

 

 そして、そんなことを当然、トウカイテイオーが許すはずはない。

 

 向正面の直線に突入した瞬間。

 

「……ッ」

 

 機を見計らったかのように、先行するテイオーが()()()()

 

 背後のマークを振り払うかのように速度を上げて、疑似的なスパートの体勢を作り出す。

 

 非常に柔らかな足首で地面を蹴り上げる繊細な感覚と、脅威的な足の柔軟性が可能にする普通では考えられない程の前傾姿勢。

 

 まるで、軽快なステップを踏むような足取りで異次元の推進力を生み出す、テイオーだけに許された特別な走り方。

 

 併走中盤から常識破りのスパートを仕掛けられ、私とテイオーの間に二バ身以上の差が生まれてしまった。

 

 次第に離れていくテイオーの背中が、生意気にも私に訴えかけてくる。

 

 

 

 

 

──”ついて来れるのか”、と。

 

 

 

 

 

(……ふふっ。そんなもの当然──)

 

 テイオーがふっかけてきた挑発に対して、私は内心でほくそ笑む。

 

(ついていくわけ、ないでしょう?)

 

 こんな見え透いたハッタリに、この私が騙されるはずがない。

 

 彼女が併走中盤のタイミングでスパートを仕掛けた意図は、考えられる限りで主に二つ。

 

 一つ、スリップストリームを利用してスタミナ温存を図る私を振り払い、私からスタミナを奪うこと。

 

 二つ、自身がスパートを仕掛けることで私の隠している末脚を誘発させ、終盤でのそれを鈍らせること。

 

 テイオーの挑発に乗らず、二バ身後方で自分の走りを徹底していると、私の見立て通り彼女はスパートの姿勢を解いて元の速度に戻った。

 

(ふんっ……こんな小細工、メジロ家を代表する私に通用するとお思いでして?)

 

 読みを的中させて得意になる私だったが……その裏で冷静に現状を分析し、若干の焦りが生まれつつあることも確か。

 

 併走前に計画していた作戦通り、序盤はテイオーの真後ろを陣取ることによってスリップストリームを起こし、スタミナを温存した。

 

 それを嫌ったテイオーが私を振り払うためにスタミナを放出し、引き離しにかかる。

 

 私はスタミナを温存し、テイオーにはスタミナを浪費させる。

 

 現状、私が立てた筋道通りに展開が進んでいる……ように見えるが。

 

(……ふむ)

 

 いつの間にかテイオーとの間に開いてしまった、()()()()()。あの一瞬でこれ程までの距離が開いてしまったのは正直、想定外だった。

 

 二バ身の差が開いたことによって、私は走行中に著しい空気抵抗を感じるようになる。それを嫌って再度テイオーの背後に潜り込もうとすれば、私には余計なスタミナを消費する必要が生じてくる。

 

 結果的に見れば、私はテイオーが吹っ掛けてきた挑発に乗っておいた方が正解だったのかもしれない。

 

 これが仮に、あの勝気で生意気なクラスメイトが意図して行った作戦だったとしたら……。

 

 

 

 

 

 私はまんまと、テイオーの手のひらの上で踊らされたということになる。

 

 

 

 

 

(…………不愉快です)

 

 併走勝負は間もなく向正面を抜けて、第三コーナーへと差し掛かろうとしている。

 

 二バ身差をつけて先行するテイオーだが、中盤に疑似的なスパートを繰り出したことで彼女自身、確実にスタミナを消費しているはずだ。

 

 私が得意としているのは、強靭なスタミナを爆発的な推進力に変えて生み出すレース終盤の末脚。序盤や中盤での駆け引きを帳消しにしてお釣りが来るほどのスパートが、私の誇る最大の武器。

 

(テイオー。あなたのその生意気な口を、二度と叩けないようにして差し上げますわ……ッ!)

 

 第三コーナーを抜けて第四コーナーへ突入した瞬間、私は温存していたありったけのスタミナを注ぎ込んで、末脚を爆発させる。

 

「やああああああぁぁぁッ!」

 

 コーナーから得られる遠心力を加速に利用し、外を回って瞬く間に二バ身の差を縮めにかかる。

 

 そして先を走るテイオーも、私の足音の変化を感じ取ったのだろう。

 

 私の仕掛けに対抗するように、再度脅威的なスパートの体勢を取った。

 

「はああああああぁぁぁッ!」

 

 両者ともに拮抗した速度で、ゴール板めがけて一心不乱に突っ込んでいく。

 

 テイオーと競り合う瞬間に生み出された私の末脚には、過去に経験したことのない程の切れ味が宿っていた。

 

 テイオーに勝ちたい。

 

 テイオーにだけは負けたくない。

 

 私の身体の中で暴れる闘争心が限界を遥か彼方へ置き去りにして、スパートに更なる加速をもたらした。

 

 最高のコンディションだ。

 

 言い訳のしようが無いほどに、私の末脚は絶好調。

 

 

 

 

 

……だが、しかし。

 

 

 

 

 

(──な、何故ですの……っ)

 

 ありったけを込めた私の全力を持ってしても、先頭を駆けるトウカイテイオーを差し切ることができなかった。

 

 スタミナはまだ残っているはずなのに。

 

 芝を蹴るパワーだってこれ以上無いくらいみなぎっているはずなのに。

 

(くっ……なんて、不甲斐ない……っ!)

 

 

 

 

 

──ゴール板の前を駆け抜けるその瞬間まで、私はテイオーの背中を追い越すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「──あっははっ! いえーいっ! ボクの勝ちだぁ!!」

「…………」

 

 併走トレーニングを終え、私よりも一足先にゴールしたテイオーはこれ見よがしに自身の勝利を主張してきた。

 

「やったやったやったやった! ボク、マックイーンに勝ったんだ! あははっ!!」

 

 テイオーは、自身がライバルと称した相手との競り合いに勝てたことがよほど嬉しかったのだろう。ターフの上で無邪気に飛び跳ねる姿は、小動物のような印象を彷彿とさせる。

 

 そして、併走トレーニングに惨敗して苦渋を味わうこととなった私は、彼女とは対照的な感情に支配されていた。

 

「負け、た…………この、私が……?」

 

 敗北の事実を受け止められず、私は到底受け入れることのできない自身の結果をぽつりとこぼす。

 

 作戦は終始完璧だったはずだ。途中で想定外の事態に直面したこともあったが、終盤の末脚で簡単に巻き返せる程度の誤差であった。

 

 つまり私は、併走トレーニングで文字通り自身の全力を絞り出した。

 

 全身全霊で勝負を仕掛け、私はテイオーの背中に届かなかった。

 

 私は、テイオーに負けた。

 

「……っ、ぁ、…………うぅ……っ」

 

 言い訳のしようがないほど完膚なきまでの返り討ちに遭い、私は悔しさのあまり両手で顔を覆ってしまう。

 

「……えっ、ま、マックイーン……もしかして、泣いてるの?」

「な、泣いてっ、なんかぁっ! うぅ……ひっく……いませんッ!!」

「な、泣かないでよマックイーン……。たかが併走トレーニングなんだからさ、ね?」

「…………慰めは、結構です……うぁっ…………よ、余計に惨めになる、だけですからっ」

 

 私はテイオーからすかさず距離を取って、持参したタオルで頬に伝う大粒の汗を拭き取る。

 

「──いやぁ、はははっ! お前らマジですげぇな、デビュー前のウマ娘が出せるタイムじゃねぇよ!」

 

 コースを一望できる場所から併走の様子を確認していた沖野トレーナーが、ストップウォッチを片手に持って、大仰に笑いながらこちらへとやってきた。

 

「……ん? マックイーン、お前……」

「ち、近寄らないで下さい! 今近づいたら、デリカシーが欠落したあなたの間抜け面を蹴り飛ばしますわよっ!!」

「物騒すぎるだろ……」

 

 私は毒々しい言葉を撒き散らして、無遠慮に近寄ってきた沖野トレーナーを牽制する。

 

「さすがはメジロ家の令嬢。しっかりと基礎を押さえた完璧な走りだった。細かな技術ひとつとっても、洗練されていて無駄がない」

「…………皮肉ですか?」

「ったく素直じゃねぇなぁ。ちゃんと本心だよ、素直に受け取っとけ」

 

 私のツンとした態度を前に苦笑する沖野トレーナーを見て、何故だか無性に腹立たしく感じたので警戒の眼差しを飛ばしておく。

 

「……さて、優秀なメジロ家のご令嬢に問題だ。テイオーに敗北した理由は何でしょう?」

「あなた、さては私のことをバカにしていますの? ……向正面で、テイオーの仕掛けに対する処理を誤ったことです」

「半分正解だ。でも残念、半分不正解だ」

「…………」

 

 沖野トレーナーは不敵に口角を吊り上げて、テイオーに屈した私に試すような眼差しを向けてきた。

 

「マックイーンの敗因はもう一つある。これが分からないようじゃあ、少なくともデビューからの一年間はテイオーに勝てないなぁ」

「……私はこの世界における超一流の名門、メジロ家のウマ娘なのですよ。たとえ一度は屈しても、同じ失態は決して繰り返したりしません」

「お、()()! よく分かってるじゃねぇか」

「…………先程から少々、煽るような言動が目立ちますね。なぞなぞに興じるほど、私は暇では無いのですが?」

「なぞなぞなんかじゃねぇよ。正解ってちゃんと言っただろ? もう一つの敗因は──マックイーンが()()()()()()()()()()()だってさ」

「……っ。私を侮辱するのも大概に──」

「脚、余してただろ?」

「…………」

 

 唐突に核心を突くような沖野トレーナーの言葉に、私は押し黙る。彼の指摘に対しては私も自覚があったため、特に驚くようなことはなかった。

 

 ただ一つだけ気がかりだったのが……脚を余してしまったことと私の生家の間に、どのような関連性があるのか。どうしてそれが、私の敗因に繋がるのか。

 

「メジロ家は代々、長距離レースの制覇に対して心血を注ぐステイヤーの血統だ。長距離レースを重視する家風の元で英才教育を受けたウマ娘は、どんな方向性で育てられると思う?」

「それは当然、メジロ家の悲願である天皇賞の制覇に重きを置いた指導ですわ」

 

 現に話題に上がっているメジロ家のウマ娘が言っているのだから、間違いない。

 

「ですから、そのことと私の敗因に一体どういう関係が………………ぁ」

 

 私はこれまで施されてきた教育を振り返る中で……ふと、気付いてしまった。

 

「デビュー前から生粋のステイヤーを育成するメジロ家独自の英才教育……いやぁ、本当にとんでもない一族だ」

「つ、つまり私がテイオーに敗れた本当の理由は……っ」

「十中八九、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな」

 

 私はその言葉を聞いた瞬間、全身に衝撃が駆け巡る。

 

 彼の指摘は私にとって、気付く可能性すら無かった盲点であった。

 

「別にマックイーンの走りを否定しているわけじゃねぇ。将来長距離レースに出走すれば、お前は間違いなく一着を狙える」

「……」

「それにさっきも言ったが、マックイーンは走る上で必要な基礎を完璧に押さえている。それも本格化による身体の変化に対応した柔軟な基礎だ。メジロ家は一体、どれだけ先の未来を見据えているんだか」

 

 沖野トレーナーから貰ったアドバイスを受けて私は思う。

 

 飄々とした口調や変質的な行動が悪目立ちする沖野トレーナーではあるが、意外にも彼はウマ娘のことをちゃんと見ているんだな……なんて。

 

 私は改めて、目の前に立つ沖野という男性を一瞥した。

 

 癖毛を背後で束ね、左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型。顎周りに無精ひげを残した渋めな顔立ち。背丈も高くガタイもしっかりしているが、男性特有の威圧感のようなものは感じなかった。

 

「沖野トレーナーってヒトとしてはサイテーだけど、トレーナーとしてはそこそこ優秀じゃない?」

「…………まぁ。そこは、認めましょう」

「なぁ、それはどっちを認めたんだ?」

「「両方」」

「……お前ら」

 

 沖野トレーナーは私の想像もしなかった視点から現在の問題点を見抜き、それを的確に言語化する能力を持っている。

 

 無名のチームを率いるトレーナーではあるが、以前テイオーが口にしていた通り、実力は本物のようだ。

 

「まぁいい。とっとと休憩なり何なりして、もう一本併走するからな」

 

 チーム・スピカのトレーニング体験はまだ始まったばかりである。早速、名誉を挽回するチャンスが到来したわけだ。次こそは生意気なテイオーをぎゃふんと言わせてみせる。

 

 しばしの休憩を挟んだ後、テイオーと共にコースへと戻る。

 

「マックイーン。ちょっと良いか?」

 

 その途中、私はストップウォッチを手にした沖野トレーナーに呼び止められる。

 

「何でしょうか?」

「次の一本は、俺の指示に従って走ってみろ」

「指示……と、言いますと?」

「テイオーを引っ張って、終始ペースを握るんだ」

「……あの。私、レースで先行した経験が一度も無いのですが?」

「お前器用そうだし、感覚で何とかなるだろ」

「はぁっ!? そんな適当な……あ、こらっ、待ちなさいっ!!」

 

 少し感心した途端に、この全てをウマ娘に丸投げするような仕打ちは正直やめてほしい。

 

 結局どれだけ声を荒げても、沖野トレーナーは振り返ることなく私のそばから離れていく。

 

……まぁいい。私はメジロの名を冠するウマ娘だ。沖野トレーナーから飛んでくる無茶振りの一つや二つ、完璧にこなしてみせる。

 

「ねぇ、マックイーン」

「今度は何ですか」

 

 所定の位置についてスタートの瞬間を待つまでの間、隣に並ぶテイオーが先程と同様に声をかけてきた。

 

「トレーナーはあんな感じで締まりがないし、何でチームとして成立してるのか分からない位めちゃくちゃだけどさ……案外、居心地良いんだよね」

「奔放なあなたには、ウマが合うのかもしれませんわね」

「マックイーンも来てよ、ボク達のスピカにさ」

「……まぁ、そうですわね。検討することを検討する、その程度はして差し上げます」

「素直じゃないなぁ……ま、さっきの賭けに勝ったのはボクだから、決定事項だけどね!」

 

 憎まれ口を叩き合うテイオーとの関係は、存外悪いものでは無かった。

 

 他人に変に気を遣わず、ありのままの姿をさらけ出せる空間というのは確かに……居心地が良い。

 

「おーしお前ら、そろそろ始めるから気を引き締めろよー!」

 

 沖野トレーナーの合図に従って、私達は二人揃ってターフを駆ける。

 

 今度こそ、私はこの生意気なライバルに黒星をつけてやるんだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それが今後、私の前に幾度となく立ちはだかるライバル──トウカイテイオーとの、ついでに言うとチーム・スピカを率いる沖野トレーナーとの出会いであった。

 

 強引にトレーニングを体験させられた後、私はテイオーから泣き落としを食らって仕方なくチーム・スピカに加入。

 

 チーム・スピカとして活動していく上で最初に取り組んだのは戦略の勉強と、破天荒な気風からは考えられないほどまともな内容であった。

 

 相変わらず勝気で生意気なテイオー。

 

 物静かで控えめな性格だが、走ることへの欲望に対しては愚直なほどに忠実なスズカさん。

 

 もはや説明することすら面倒くさいゴールドシップ。

 

 一癖も二癖もある彼女達と共に切磋琢磨する中で、私は過去の英才教育で培った走りに更なる改良を加え、私だけの武器を作り出すことに成功した。

 

 持ち前のスタミナをレース終盤のロングスパートに活かす戦い方から、終始レース展開を支配して好位から一気に抜け出す先行スタイルへの変更。

 

 その取り組みが功を奏し、私はジュニア級のメイクデビューをレコードタイムで勝利し、ライバルのテイオーと共に華々しいデビューを飾った。

 

 その後は二人揃ってジュニア級を無敗で駆け抜けたこともあり、チーム・スピカの名は瞬く間に世間へ広がることとなった。

 

 相変わらずはちゃめちゃだらけの日常に頭痛が絶えない私だったけれど、広い視野に立つとおおよそ順風満帆と呼べるような日々。

 

 本音を打ち明けるとテイオーが調子に乗るから口には出さなかったけれど、私は仲間と共に夢を追いかける毎日が楽しかった。

 

 それもこれも、入学当初からクラスで浮きまくっていた私にテイオーが声をかけてくれたおかげだろう。

 

 名門メジロ家の箱入り娘で、世間を知らない生粋のアスリート。

 

 とっつきにくさの塊のような私に友好関係を築くきっかけを作ってくれたことは、本当に感謝している。

 

 まぁこれも当然、テイオー本人に伝えることはなかったのだが……。

 

 やがて私達は学年が上がり、共に主戦場をクラシック級のレースへと移した。

 

 無敗の三冠ウマ娘を目指すテイオーと、生家の悲願である天皇賞の制覇を目指す私。

 

 利害関係に基づけば、クラシック級のレースにはテイオーが優先して出走するべきである。

 

 そのような旨をテイオーに提案した私であったが、テイオーは私の厚意を”つまらない”と一蹴した。

 

──最強のライバルがいないレースに勝ったって、何の価値も無いよ。

 

 当たり前のように、テイオーは言う。

 

 チーム・スピカに加入した当初は生意気なクラスメイトを叩き潰す気まんまんでいた私だったが……苦楽を共にする内にどうやら、彼女に対して情が芽生えてしまったようだ。

 

──あ。さてはマックイーン、ボクとの直接対決で負けるのが怖いんだっ。

──んなっ!? そんな訳ありませんわ!

 

 私はただ、テイオーの顔を立てて上げようとしただけ。

 

──良いでしょう。そこまで言うのでしたら手加減など致しません。この私が直々に、あなたの夢を終わらせて差し上げます!

──にししっ! そう来なくっちゃ!

 

 こうしてテイオーの挑発に乗せられて共に臨んだ、生涯一度の大舞台──クラシック三冠レース。

 

 開幕戦の皐月賞。私のライバルであるテイオーが本レースの一番人気となり、私は一つ下の二番人気に甘んじた。

 

 公式戦で初となる、ライバルとの直接対決。

 

 最終直線では私とテイオーの一騎打ちとなり、結果は一バ身の差が開いてテイオーが勝利を収めた。

 

 テイオーにとっては夢の実現へ繋がる大きな一歩であり、私にとっては泣き喚くほど悔しい思いを経験した初の黒星であった。

 

 最強のライバルへのリベンジに燃える中で迎えたクラシック三冠を争う二戦目、日本ダービー。

 

 テイオーを徹底的に完封する対策を積んで臨んだ日本ダービーでは、終始私が優勢となってレースを展開するも、最後の最後でわずかに躱されハナ差の二着に屈する。

 

 ああ、悔しい。なんて悔しいのだろう。

 

 これだけ対策を練ってきたにも関わらず、ライバルのテイオーに届かないだなんて……。

 

 全身を焦がすような悔しさが、立て続けに敗北を喫した私に襲い掛かる。

 

 悔しい。

 

 くやしい。

 

 

 

……でも、何故だろう。

 

 

 

 こんなにも悔しい思いを抱えているにも関わらず、私の胸は(きた)るライバルとの再戦に隠しきれない高鳴りを感じている。

 

 胸の中に芽生えた”楽しい”という感情に目を向けた時、敗北に沈んだ私の心が一瞬で切り替わった。

 

 最後の舞台はクラシック三冠の終幕を飾る長距離レース、菊花賞。

 

 再戦の瞬間までは、まだまだ半年近い猶予がある。

 

 次にテイオーと競り合う時は、私のありったけをぶつけたい。全身全霊を捧げて、胸が躍るようなレースがしたい。

 

 ライバルとの対決に心を燃やす日々は私にとってかけがえのない青春であり、同時に、何気なく過ぎてゆくありふれた日常だった。

 

 

 

 

 

……故に私にとって、ライバルと過ごす日常は()()()()()()()

 

 

 

 

 

 しかしその日常が、夢のように特別なものであったと気付いたときには……何もかもが手遅れだった。

 

 

 

 

 

 平凡だった日常の歯車が狂い始めたのは丁度、日本ダービーの開催から三日後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとって生涯のライバルとなる存在であったトウカイテイオーの左脚に──骨折が判明したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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