マックイーンの失踪、ドーベルの脱退からしばらくの日数が経過した。
ダイヤの初重賞レースとなるきさらぎ賞を三日後に控える中で、俺は女々しくも未だに挫折を引きずり続けている。
何も言わぬまま俺の元から姿を消したマックイーンとは当然のように連絡が取れず、ドーベルに関してはもう、声を掛ける大義名分が残っていない。
どうやら俺には、複数のウマ娘達を導くための努力が足りなかったようだ。
数十名以上のウマ娘が所属していたかつてのチーム・アルデバランで数年間、俺は一体何を学んできたのだろう。
唯一俺の元に残ってくれたダイヤの前では、これでも気丈に振る舞っているつもりだった。
だけど、聡明な彼女のことだからきっと、色々と気を遣ってくれているに違いない。
レース本番の調整をメインにトレーニングを行った後、俺は今こうして部室に残り、帰宅の準備を進めていた。
随分と物寂しくなった部室の清掃を簡単に行った後、しっかりと戸締りを確認した俺は荷物をまとめて部屋を出た。
トレセン学園に来た当時は、広大で複雑な施設の中で迷子になることが多かった。しかし、今となってはすっかり身体が環境に適応したように感じる。トレーナー寮を目指す俺の足取りには、迷いがない。
寮へ戻ったら一通り身の回りの家事を済ませて、明日の準備をして、その後はそうだな。
……あ、そういえば以前、ドーベルからアロマデフューザーを貰ったっけ。最近疲れが溜まってきたように感じるから、使い方を調べてやってみようかな。
トレセン学園の昇降口を出て、正門へと続く通りを歩いていく。
瀟洒な正門を抜けた後、俺は左方向に進路を変えて帰路に着いた。
ちょうどその時……。
「──よう、新人」
聞き覚えのある男性の声が、寮を目指す俺の背中を呼び止めた。
そういえば以前にも似たようなことがあったなと思いながら、俺は男性の声が聞こえてきた方向へと身体を向ける。
癖毛を背後で束ね、左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型の男性が、街灯の下で静かに佇んでいた。
「沖野先輩?」
黄色の派手目なワイシャツと黒のジャケットを着こなし、棒付きの飴を口で転がした沖野先輩が、きょとんとする俺の方へと近づいてくる。
一体どうして、沖野先輩がこんなところに……。
俺が頭の中で疑問に感じたことを口にする前に、沖野先輩が先に言葉をかけてきた。
「この後少し、時間ある?」
***
トレセン学園を後にしたその足で、俺は沖野先輩と共に以前も訪れたバーへとやってきた。
静謐な空間に踏み入ると、自然と心も穏やかになる。
仕事に勤しむ中で心に蓄積したものを整理したい時に、沖野先輩はよくここへ足を運ぶのだそうだ。
俺は沖野トレーナーと並んでカウンターテーブルに腰掛け、ひとまずメニュー表の目に留まったドリンクを各々で注文する。
「……突然すまんな。こんなことに付き合わせちまって」
ドリンクが提供されるまで手持ち無沙汰となった中、隣に座る沖野先輩が申し訳なさそうに声を発した。
「大丈夫です。寮へ戻っても特にやることはなかったので」
「……そうか」
俺の言葉を受けて、沖野先輩は静かに頷く。彼の目線が、テーブルに落とされた。
しばらくの沈黙を挟んだ後、沖野先輩は意を決したように顔を上げて、かたく噤んだ口を開く。
「……すまん。こんな事態になっちまった俺達の問題に、新人を巻き込んじまった」
沖野先輩が今日こうして俺を飲みに誘った理由については、何となく見当がついていた。
十中八九、先日学園中に蔓延したマックイーンの噂に関してのことだろう。
チーム・アルデバランへと移籍したマックイーンは以前、沖野先輩が顧問を務めるチーム・スピカに所属していた経歴を持っている。
以前に一部始終を目撃した中庭での出来事から察するに、マックイーンが学園から失踪した背景にはおそらく、移籍前の事情が複雑に絡んでいると俺は踏んでいた。
「沖野先輩……過去にマックイーンと、何かあったのですか?」
「その辺りも含めて、俺は新人に説明する義務がある。少し長い話になるが……聞いてくれるか?」
「はい。聞かせて下さい、お二人のこと」
かつてチーム・スピカに所属していた頃のマックイーンを、俺は何も知らない。
マックイーンの過去を知ることが出来れば、俺は彼女が失踪した理由を掴めるかもしれない。
俺は沖野先輩が打ち明ける過去の出来事に、懸命に耳を傾ける。
「何から、話すべきかな……」
最初に沖野先輩が語ったのは、メジロ家の令嬢であるメジロマックイーンとの出会いであった。
マックイーンと同時期にチーム・スピカへ加入した無敗のウマ娘──トウカイテイオーの強い推薦によって、沖野先輩は天皇賞の制覇を目標に掲げる彼女を半ば強引にチームへと引きずり込んだそうだ。
その後は担当ウマ娘達と独自の信頼関係を築きながら、順風満帆な競走生活を送っていたのだという。
しかし、無敗の三冠ウマ娘を志すトウカイテイオーが骨折を経験し、事態が一転する引き金となってしまった。
沖野先輩は夢を諦めかけていた彼女に寄り添い、怪我の回復を手厚くサポートしたとのこと。
そして、脅威的な回復を見せたトウカイテイオーと入れ替わるように、マックイーンが左脚部繁靭帯炎を発症してしまったこと。
ここまで大雑把に過去の歩みを語ってきた沖野先輩であったが、彼が本当に話したかった内容はこの先にあるようだ。
沖野先輩がこぼす言葉の数々に、更なる重みが加わる。
「……マックイーンが繁靭帯炎を発症した後、怪我の全容を確認するために彼女の主治医から話を聞いたんだ」
マックイーンが発症した繁靭帯炎は、その異常なまでの再発率の高さ故に、ウマ娘にとって”不治の病”と称されるほどに深刻な疾患であった。
「繁靭帯炎の再発率は、靭帯の損傷割合に依存することが多いそうだ。マックイーンの場合、その損傷が想像以上に激しかった。仮に繁靭帯炎を克服して、マックイーンがレースへ復帰できたとしても。主治医達の見立てによると……病の再発率は、八割を超えていたんだ」
「…………」
沖野先輩が打ち明けた衝撃の事実を受けて、俺は言葉を失ってしまう。
八割以上の再発率……それはもう、実質的な予後不良宣告に等しい状態であった。
「俺はこれ以上、マックイーンを走らせるのは危険だと思った。下手をすれば、日常生活すらまともに送れなくなっちまう。それだけは何としても、避けなければならない」
マックイーンの競走生活を預かる監督責任者として、沖野先輩は決断を迫られた。
左脚に爆弾を抱えた状態で夢を追うマックイーンに寄り添うのか。
それとも、彼女の今後の人生を考慮してレースとは異なる道を紹介するのか。
……もはや沖野先輩に与えられた選択肢など、あって無いようなものだった。
「まぁでも……それを説明したところで、すんなりと夢を諦められるようなヤツじゃなかった。別の道を示そうにも、あいつは聞く耳を持とうとすらしなかった。そんなことは、マックイーンを担当してきた俺自身が一番分かっていたからな」
きっと沖野先輩にとっても、それは苦渋の決断だったのだと思う。
「これ以上、マックイーンを走らせるわけにはいかない。俺は何としても……マックイーンをレースの世界から遠ざけなきゃいけないって、そう考えた。だから、俺は……」
故にそれは、仕方のないことだったのだ。
「──マックイーンとの契約を、強引に破棄したんだ」
一族の悲願を一身に背負い、その重圧を誇りと称したマックイーンであれば、例えどんな逆境に晒されようとも絶対に夢を諦めることはしないだろう。
だから沖野先輩は、マックイーンをレース界のシステムそのものから排除しようと考えた。
URAが運営するトゥインクル・シリーズに出場するためには、チームへの所属が不可欠。
チームに所属しなければ、マックイーンはこれ以上怪我に苦しむことはなく、不自由のない日常生活を取り戻すことが出来る。
現役時代を終えたウマ娘には、それよりも圧倒的に長い余生が待っている。
現役時代の置き土産として、身体に残酷な後遺症が刻まれるウマ娘も決して少なくはない。
ウマ娘の競走生活を預かる俺達トレーナーの仕事は、担当ウマ娘を勝利に導くことだけが全てではない。引き際を見極めることだって重要なことだ。
マックイーンの今後を本当に想うのであれば、沖野先輩が下した判断は極めて
「…………後悔したよ」
だが、合理的過ぎる選択を取ってしまったが故に、二人の関係性に修復不可能な亀裂が生じてしまったのだろう。
「客観的に見れば、俺は予後不良も同然となったマックイーンを見捨てたことになる。それ以降、長期療養のために学園を休学したマックイーンは心を閉ざして、俺のチームは一度崩壊した……ま、自業自得だな」
自嘲気味に語る沖野先輩。
表情に昏い影を落とした様子からは、彼の底知れない苦悩が窺える。
「それ以降は、新人も知っていることだと思う。長期療養を経て学園へ復学したマックイーンが、新しい目標を掲げてチーム・アルデバランに移籍した」
話の時間軸が大きく飛躍したのはきっと、沖野先輩が長期療養に努めていたマックイーンの動向を把握出来ていなかったから。
「確かマックイーンは、トレーナーになるっつう目的で新人のチームに移籍したんだったよな?」
「はい。移籍前に貰った彼女達からの手紙には、そう書かれていましたので」
マックイーン達が移籍を希望するにあたって、俺は事前に、それらの旨が記された婆さんからの手紙を受け取っていた。
当初は諸々の事情で移籍を断っていた俺だったが、紆余曲折を経て、最終的に二人の希望に応える選択をとった。
トレーナーを志すマックイーンの努力は本物であった。
本職顔負けの指導能力を披露して、顧問の俺が不在となっていたチームを守ってくれていた。
だから、俺はマックイーンが移籍を希望した理由に対して、何ら疑問を抱くことはなかったが……。
「その情報を掴んだ瞬間……俺は真っ先に、何か裏があると思っちまったんだ」
彼女の背景を知る沖野先輩にとっては、違和感の塊だったのだろう。
──マックイーンが
「どうしてマックイーンが新人のチームに移籍を希望したのか、俺には分からない。それをマックイーンに聞く権利が無いことなんて重々承知だったが……不意にあいつの姿を見て、俺は我慢出来なくなっちまった」
長期療養を経て学園へ復学したマックイーンに対して、衝動を抑えられなくなった沖野先輩が彼女の魂胆を探るために近づいてしまった。
それが──噂が蔓延する直前の中庭での出来事だった、ということだろう。
「結局本人の口から真実を聞くことは出来なかったが……学園中に蔓延しちまった噂と、マックイーンが失踪した現状を照らし合わせて、俺は間接的に確信した」
マックイーンに関する噂が蔓延したあと、俺は事実確認をするため彼女自身に言及した。
その結果、マックイーンは噂の内容を否定することなく、俺に謝罪だけを残して消息を絶った。
これだけの情報を整理すれば、自ずと真実は見えてくる。
「あいつはもう一度──レースに出ようとしていたんだって」
マックイーンは、夢を諦めていなかったのだ。
それが分かると、マックイーンが嘘を口実にしてチームへ移籍してきた理由がなし崩し的に浮き上がってくる。
断られると思ったのだろう。
脚に特大の爆弾を抱えたウマ娘を受け入れるチームなんて、どう考えても存在しないのだから。
本来あるべき場所へ戻らなかったのではなく……彼女は、戻れなかった。
だからマックイーンは、俺に嘘をついた。
「これは本来、俺とマックイーンの問題だった。なのに関係の無い新人を巻き込んで、こんな大事に発展させちまった。本当に、すまなかった」
沖野先輩は俺に過去の全てを打ち明けて、深々と頭を下げた。
俺の中で不明瞭だった謎が明らかになって、少しは晴れやかな気分になるかと思ったが……全然、そんなことは無くて。
沖野先輩と同じく、俺は救いようのない真実を前にして、心がずんと重く沈んだような気分に陥った。
「……謝らないで下さい。俺も、沖野先輩の判断は正しかったと思っています」
繁靭帯炎を発症したマックイーンを想って突き放した沖野先輩の選択は、英断だったと思う。
何故なら、彼の選択は……。
──
「………………違うんだよ」
「え?」
「……違うんだ。そうじゃ無いんだよ、新人」
俺は沖野先輩の選択を肯定したつもりだったが、彼の表情は依然として浮かばなかった。
「俺は……マックイーンと向き合うことから、逃げただけなんだ」
いつの間にか、沖野先輩は店側から提供されたドリンクを飲み干していた。
沖野先輩がこんな風に弱音を告白するということは、もしかしたら身体に酔いがまわったのかもしれない。
「少し話は変わるんだけどさ……去年の天皇賞(秋)のことは、知っているか?」
沖野先輩が一度話題を転換し、去年の十月末に開催された天皇賞(秋)について言及した。
当時の俺は闘病生活の真っ只中であったため、実際のレースを見たわけでは無い。
しかし、退院から業務に復帰するまでの過程で、俺はトゥインクル・シリーズに関する情報をひたすら収集していた記憶がある。
「もしかして…………"沈黙の日曜日"のこと、ですか?」
「……ああ」
──沈黙の日曜日。
このフレーズは、昨年に開催されたGⅠ競走──天皇賞(秋)で発生した悲劇を象徴するものであった。
端的に換言すると、沖野先輩のチームに所属するウマ娘の故障事故である。
当時の天皇賞(秋)にチーム・スピカから出走を表明したのは、トウカイテイオーとサイレンススズカの二名。
かつての世界的アイドルウマ娘を彷彿とさせる圧倒的な大逃げを披露したサイレンススズカが、第三コーナー通過後に突然競走を中止。
対するトウカイテイオーはレコード記録を塗り替えて天皇賞(秋)に勝利し、無敗で天皇賞春秋制覇という偉業を達成した。しかし、不思議と歓声は上がらず、辺りは沈黙に包まれていた。
それ故に称された、沈黙の日曜日。
そして後日公表された、サイレンススズカの左脚部粉砕骨折。
世間の一部からは、引退が危ぶまれるとの声が数多く挙げられていたと記憶している。
「スズカの怪我を診た医者からは、復帰は絶望的だと言われた。仮に地獄のリハビリを乗り越えたとしても、元のように走れる可能性は限りなく低いって念押しされたんだ」
沖野先輩曰く、サイレンススズカの故障は予後不良と診断されてもおかしく無いほど重症であったそうだ。
「以前のように走ることは出来ない……そう告げられたスズカの表情は、今でも俺の脳裏に焼き付いて離れない」
度重なる不幸によって、当時の沖野先輩は心身ともに疲弊していたことだろう。
「俺はもう、二年前と同じ後悔を繰り返したくなかった。だから俺は、スズカを諦めなかった」
沖野先輩は絶望のどん底に落ちてしまったサイレンススズカに対して懸命に寄り添い、塞ぎ込んでしまった彼女の心を支え続けた。
そして、沈痛な故障事故から約三ヶ月。沖野先輩の献身的な努力が身を結び、彼女の容体は少しずつ快方に向っているとのこと。
「怪我が快復に向かうにつれて、スズカは段々と笑顔を取り戻していった。そんなあいつの顔を見て……俺は嬉しくなった。今度はちゃんと、救ってあげることが出来たんだって」
そう語る沖野先輩の表情は、とても穏やかであった。
「でも、俺は同時に……気付いちまったんだ」
しかし、それも束の間。
沖野先輩の影を帯びた顔が、苦悶に歪んだ。
「どうして俺は──マックイーンの時だけ、諦めちまったんだろうって」
左脚部繁靭帯炎を発症した──メジロマックイーン。
左脚部粉砕骨折を患った──サイレンススズカ。
両者は共にレースへの復帰が絶望的と評され、残酷な現実によってどん底へと突き落とされたウマ娘達。
二人の間に強いて違いを挙げるとするならば、怪我の名称とその概要辺りだろうか。
しかし、怪我にもがき苦しむ当人達を"程度"で比較するべきではない。してはいけない。
「マックイーンを想って突き放したつもりだった。でもその行動の本質は……ただの自己保身だったことに、気付いちまったんだ」
沖野先輩は語る。
繁靭帯炎を発症してしまったマックイーンを導く手腕と覚悟に不安を覚え、責任を背負うことから……逃げ出してしまったのだと。
取り返しのつかない後悔に苦しむ気持ちは、胸が締め付けられるほど共感出来る。
何故なら俺は三年以上が経過した今でも、最愛の教え子を喪った後悔に囚われているのだから。
「新人。俺の不始末にお前を巻き込んじまって……本当に、本当にすまなかった」
今日何度聞いたか分からない、沖野先輩からの謝罪。
後悔に苦しむ沖野先輩に対して、俺はどのような言葉をかければいいのか少し迷った。
「……それは、結果論だと思います。沖野先輩がマックイーンを突き放していなければ、事態は比にならないほど悪化していたかもしれません」
一連の出来事に対して責任を感じている沖野先輩であったが、彼が果たして非難されるべきなのかと聞かれると……多分それは、少し違うんじゃないかと思う。
俺は過去に、沖野先輩と真逆の判断を選択した。
その結果、俺の心は見るも無惨に壊れてしまった。
結局タラレバを語ったところで、心を蝕む後悔をひたすら助長してしまうだけだろう。
「…………人の
「え?」
「実は俺さ、一度トレーナーの仕事を辞めてるんだ」
沖野先輩が打ち明けた意外な発言に、俺は反射的に声をこぼしてしまった。
「経緯は違えど過去にも似たような経験をして、世間から目の敵にされて……怖くなった俺は、教え子を捨てて逃げたんだ」
「……」
「そこから俺は四年間、後悔に苛まれながら自堕落な生活を続けた」
普段はとても気さくで飄々としている沖野先輩にも、逃げ出したくなるような辛い過去があったのか。
「……でもまぁ、結局俺は夢を諦められなかった。その気持ちが再燃した理由はさておくとして……もう二度と同じ後悔を繰り返さないと誓って、俺は現職復帰に踏み切ったんだ」
「そう、だったんですか」
「そしていざトレーナーに復帰して担当を持ったらこのザマだ。情けない限りだよ、ほんと」
がっくりと肩を落として自嘲する沖野先輩。
「どれだけ自分を変えようと努力しても……最後には結局、自分の心に染みついた本性が出てきちまうのかもしれないな」
「深い教訓ですね」
「ああ。元教え子からの受け売りだけどな」
話の終わり際まで息の詰まるような雰囲気を、最後まで引きずらせたく無かったのだろう。
俺の隣には、普段の気さくな沖野先輩が戻っていた。
「沖野先輩の昔の教え子って、どんなウマ娘だったんですか?」
「ん? ああ、そうだな……だらしない俺と違って、常に完璧を求めるヤツだったよ。ぶっちゃけ相性最悪」
「えぇ……」
そう口にしながら嘲る沖野先輩の表情からは、微かな笑みが溢れている。
「新人。突然誘っておいてアレだったが、話を聞いてくれてありがとう。その礼として、今日は俺が奢ってやるよ」
「本当ですか。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「おう。一人で抱え込んでたものを吐き出すと、
「それは、良かったです」
心というのは本当に不思議だ。
辛いことを誰かに聞いてもらう、それだけで押し潰されそうだった感覚から解放されることだってあるのだから。
「……………………ぁ。そうか、そういうことだったのか」
「……沖野先輩、どうかしましたか?」
「ん、ああ、いや……どうしてこんなタイミングで気付いちまったのかなって、思ってさ」
「……?」
そうやって語る沖野先輩の顔は晴れやかだったが……何故だかとても苦しそうだった。
「…………あぁ。あの時、俺がマックイーンにしてやるべきだったのは──こういうことだったのか」
沖野先輩は最後にそう口にして、右手で目元を覆った。
もしかしたら彼はこの瞬間……彼が理想とする指導者としての本質に、たどり着いたのかもしれない。