これであなたはサトノ家行きです   作:転生した穀潰し

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06:トレセン学園

「──歓迎ッ! わたしは君を信じていたッ!!」

 

 ダイヤを学園まで送り届けた後、俺はその足で理事長室へと向かった。

 

「たづな! 早速彼にトレーナーライセンスとバッジをッ!」

「はい。……トレーナーさん、こちらを」

 

 理事長秘書の駿川から、改めて新調されたトレーナーライセンスとバッジを受け取った。

 

「ありがとうございます」

「今後のトレーナーさんの待遇についてなのですが、トレーナーさんは過去に一度ライセンスを破棄しているため、立場上新人トレーナーという扱いになります」

「はい」

 

 俺は、二年前の自分の顔写真が貼られたライセンスに視線を落とす。

 

 ライセンスの中の男は、希望と熱意に満ちた表情をしている。

 

 昔の俺は、こんな顔をしていたのか。

 

「必要な手続きに関しては、こちらで全て処理しますのでお気になさらず♪」

「どうも」

「質問ッ! トレーナー、何かわたし達に聞いておきたいことはあるだろうか!!」

 

 聞いておきたいこと……そうだな。

 

「……レースに出走するためには、チームを結成する必要があるはずだ。現状、俺はダイヤ以外の担当を請け負っていない」

「配慮ッ! 確かにトゥインクル・シリーズが主催するレースに出走するには、五名以上のウマ娘が所属するチームに登録する必要がある。しかし! URAは君の功績を非常に高く評価している。故に──」

 

 理事長は手に持った扇子をシュバっと開いて言い放つ。

 

「特例ッ! 担当ウマ娘が規定人数を満たしていなくても、チームの存続を承認し、レースへの出走を許可するッ!!!」

 

……すごい贔屓(ひいき)だな。そんなんでいいのか、URA。

 

「但し。レースに出走する以上、チームに所属しているという体裁は必要だ。後ほど、チームの設立届けを提出してほしい。その気であれば、メンバーの勧誘も可だッ!」

「分かった」

「うむ!」

 

 俺の返事を聞いて、理事長は年相応の笑顔を浮かべた。

 

「安堵。良い返事が聞けて何よりだ」

 

……気のせいか。

 

 今、一瞬のうちに理事長の、理事長としての仮面が剥がれ落ちたように感じる。

 

 手にした扇子で顔を仰ぎながら、だらしなくソファーの背もたれに体重を預けた。

 

「暴露……実はな、URAから君を必ずトレーナーに復帰させろと圧力をかけられていたんだ」

「……そんなんで大丈夫なのかよ、URA」

 

 こんな小さな理事長に、()()()()を押し付けるだなんて。

 

「"星"を育てた貴重な人材だ。確保すれば、業界の飛躍は確実。その意見にわたしも賛同した。URAの要望に、無理をしてでも応えたくなった。ウマ娘達の輝かしい未来のために」

「……」

 

 そんなことを言われてもな。

 

 正直荷が重い。

 

「期待しているぞ、”新星”ッ!」

 

 しかしどうやら、俺はまた頑張るしか無いらしい。

 

 

 

***

 

 

 

「えへ、えへへ、えへへへ……」

「うわ、ダイヤちゃんの顔が溶けてる……」

 

 一度栗東寮に戻って制服に着替えた私は今、教室の机に座ってだらしない表情を浮かべていた。

 

──俺は今日から、お前のトレーナーになる。

 

 昨日の選抜レースは八着という不甲斐ない結果に終わったけれど、私の熱意はしっかりと兄さまに伝わった。

 

 そしてついに、私は念願だった兄さまとトレーナー契約を結ぶことが出来たのだ!

 

 その事実が、私の胸をザワつかせる。

 

 冷静な思考が暴力的な熱で溶かされていく。

 

 故に、私の顔ははしたなく溶けていた。

 

「ダイヤちゃん? ダイヤちゃ〜ん?」

「……んぁ? キタちゃん?」

 

 いつからだろう。親友のキタちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

 

「今日のダイヤちゃん、なんだかぽわぽわしてる」

「えぇ、そうかなぁ」

「何か良いことあった?」

「良いこと? 良いこと……うぇへへ〜」

 

 良いことって言ったら、やっぱり兄さまが私の……きゃっ。

 

「実はねぇ〜、兄さ……トレーナーさんが、私のことを熱烈にスカウトしてくれたの!」

 

 今すぐ校舎を駆け回って、この気持ちを叫びたい。

 

 はしたないから、そんなことはしないけど。

 

「最初はとっても頑固なお方だったのに……私の熱意に押されて最後には……きゃっ」

「……あたし、惚気を聞かされてる?」

 

 惚気か。確かに、惚気かもしれない。

 

 別に惚気でも良いや。

 

 聞いて、キタちゃん。この私の喜びを!

 

「そういえばダイヤちゃん、足の方は大丈夫?」

 

 キタちゃんが唐突に話題を変えてきた。

 

 多分、私の惚気話に飽きたんだと思う。

 

……火照った身体の熱が、スッと引いていくのが分かった。

 

「……うん、軽い捻挫だって。一週間は安静にしないといけないんだけどね」

「そっか、大怪我じゃなくて良かったぁ」

「心配かけてごめんね、キタちゃん」

 

 選抜レースに負け、自暴自棄になって、たくさんの人に迷惑をかけた。

 

 もう二度と誰かに心配をかけさせる行動はしないと、私は心に誓った。

 

「そういえばキタちゃん、選抜レースで一着だったよね? トレーナー方からのスカウトは来てるの?」

「ふっふっふっ、良くぞ聞いてくれました!」

 

 待っていた、と言わんばかりにキタちゃんは腰に手を当てる。

 

 言葉の節に溜めを作って、ウマ耳の穴をかっぽじって聞けと言わんばかりに主張した。

 

「なんとあたし……チーム・スピカからスカウトされました!」

 

 キタちゃん曰く、放課後に一人で学園の敷地を歩いていたところを、素顔を隠した謎のウマ娘集団に袋詰めにされたらしい。

 

「すごいねキタちゃん! じゃあ、あのトウカイテイオーさんと一緒に走れるんだ! 良いなぁ!」

「えっへん! そうでしょそうでしょー!」

 

 チーム・スピカといえば、今やトレセン学園でチーム・リギルに並ぶ程の実力を備えた超一流のチームだ。

 

 キタちゃんが強い憧れを抱くトウカイテイオーさんの他にも、チーム・スピカにはスペシャルウィークさんやサイレンススズカさん、ゴールドシップさんが所属している。

 

 そして何より、私が強く憧れるメジロマックイーンさんが所属していたチームだ。

 

「大物の一員だね、キタちゃん」

 

 キタちゃんはすごいなぁ。

 

 少し気を抜いたら、さらに置いていかれてしまいそうだ。

 

「これからお互い頑張ろうね、ダイヤちゃん!」

「うん! 負けないからね、キタちゃん!」

 

 負けたくない。

 

 勝ちたい。

 

 ライバルのキタちゃんだけには、絶対に。

 

 

 

***

 

 

 

 理事長秘書の駿川に連れられて、俺は学園内の施設を見学していた。

 

「本当に広いな……」

 

 東京都府中市に所在する日本ウマ娘トレーニングセンター学園──通称トレセン学園。

 

 全国に設立されたウマ娘トレーナーニング施設の中でも、トレセン学園は最新鋭かつ最大規模。ウマ娘を育成する環境として完成された施設である。

 

「ここが、校舎の中央に位置するエントランスホールになります」

 

 理事長室を出て最初にやってきたのは、二階が吹き抜けとなった校舎中央のエントランスホールだ。

 

 エントランスホールには購買や図書室、資料室が併設されている。その他には学園行事の告知を行う掲示板や、レースへの出走手続きを行う登録ロビーなど。

 

 現在は授業中ということもあり生徒の姿は無いが、放課後は賑わいを見せるそうだ。

 

 エントランスホールを出て、敷地を西に歩くこと数分。校舎の別棟に設けられたトレーナールームに案内された。

 

「こちらが、トレーナーさんが利用するトレーナールームになります」

「思っていたよりも広いな」

 

 事実上チームの部室となるトレーナールームは、俺が想像していたよりも設備が充実していた。

 

「こういう部屋は普通、好成績を収めたチームだったり、大所帯のチームが使用するんじゃないのか?」

「トレーナーさんの功績を考慮すれば、当然の待遇です。こちらが部屋の鍵と合鍵になります」

「…………どうも」

 

 俺は駿川から鍵を受け取る。

 

 さらに連れ回されること数分、再び本校舎のエントランスを経由して俺は食堂に案内された。

 

「食堂は主に在籍する生徒達が利用しますが、職員の利用も許可されています。ぜひ足を運んで下さいね♪」

 

 何でも、トレセン学園の食堂で提供されるメニューは全て無料だという。とんでもないな、中央。

 

 ここからは本格的に、ウマ娘達が使用するトレーニング施設の説明となって。

 

「プールやトレーニングジム、ダンススタジオ、体育館を使用する際は、事前に申告が必要となります。こちらの使用申告書に必要事項を記入して提出して下さい」

「他のチームと使用したい時間が重なった場合はどうなる?」

「そのような場合は基本的に、レースで好成績を収めるチームが優先されます」

「なるほど」

 

 完全な実力至上主義か。まぁ、当然だろう。

 

 そして俺は、ウマ娘達のトレーニングにおいて最重要と言っても過言ではない、トラックについての説明を受けた。

 

 実際に足を運び、場所を確認していく。

 

「先日の選抜レースや新歓レースといった催しに使用されることもありますが、基本的にはウマ娘達のトレーニング場として解放されています」

 

 先日選抜レースが開催されたトラックには、芝やダートはもちろんのこと、トレーニング用の坂路やウッドチップコースも整備されている。

 

「照明設備も充実しているため、寮の門限までは、夜間でも使用可能です」

 

 その他トレーナーには関係無いが、一般的な学校と同様に生徒達が勉学に励む教室や、理事長がプライベートで管理するにんじん大農園があったりする。

 

「施設の説明に関しては以上になります。不明瞭な点がございましたら、いつでも聞いてくださいね」

「ありがとう。駿川さん」

「そんなに畏まらず、私のことはどうか"たづな"と呼んで下さい♪」

「はい……えっと、たづなさん」

 

 俺は駿川……たづなさんに、有無を言わせない圧をかけられた。断ったら後が怖そうなので、大人しく従っておく。

 

「トレーナーさん。この後、少し時間はありますか?」

「時間? 特に用事はないが……」

 

 昨日の無茶な自主トレの影響で、怪我が完治までの一週間ダイヤはトレーニングが行えない。

 

 そのため今の時間はフリーだ。しばらくしたら、様々な仕事が舞い込んでくるだろうが。

 

「でしたら少し、私とお話ししませんか? 個人的に、少し興味がありまして……」

「面白い話なんて出来ないですよ」

「構いません。せっかくなので、ゆっくりと腰を落ち着ける場所で話しませんか?」

「なら、食堂とか?」

「はい♪」

 

 生徒達は午前の授業を受けている時間帯だ。静かで邪魔も入らないだろう。

 

 俺はたづなさんと食堂に入り、窓際の席に腰を下ろす。

 

「……」

 

 しかし、今は授業中のはずだよな。

 

 何か、バケモノみたいな量の飯を食っている芦毛の生徒がいるんだが。

 

「せっかくなので、何か飲み物でも頼みますか?」

「えっと、じゃあコーヒーで」

「分かりました。少し待っていて下さい」

 

 しばらく待っていると、たづなさんがトレーに俺が注文したコーヒーと、カフェオレを乗せて戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「どうも」

 

 ちなみに俺は苦党だが、コーヒーは砂糖を入れないと飲めない。

 

 卓上に常備された角砂糖を摘む。

 

 チャポン、チャポン、チャポン、チャポン……。

 

「……」

「何か?」

「い、いえ!」

 

 これくらいで良いか。

 

 俺はコーヒーを一口啜る。

 

 苦い。

 

 チャポン、チャポン、チャポン、チャポン……。

 

「……うん、美味い」

 

 完璧な調整が出来た。俺は満足する。

 

「それで、話って?」

「……あ、ああ! すみません、えっとですね」

 

 たづなさんはどこか慌てた様子で、カフェオレを一口啜る。

 

 たづなさんの顔つきが真剣なものに変化した。

 

「先日は、大変失礼致しました」

 

 先日……ああ。突然俺の家にやってきて玄関をぶっ壊した挙句、二年間かけて固めた決意を台無しにしたことか。

 

「先程理事長が仰っていた通り、私達はURAから強い圧力がかけられていました。強引な手段を取ってしまったことを、今一度謝罪させて下さい」

 

 理事長もたづなさんも、色々なものを抱えながら生きているのだなと、改めて実感する。

 

「別に、気にしていません」

 

 俺の目には、理事長やたづなさんが"できる大人"に映った。

 

 辛い現実から逃げ出した、子供のような自分とは違う。

 

 理不尽を受け入れ懸命に生きるその姿に俺は、羨望のような感情を抱いていた。

 

「……正直。私は理事長とは異なり、あなたがトレーナーに復帰する可能性は絶望的だと考えていました」

「……」

「差し支えなければ、あなたが私達の要求を受け入れた理由を……トレーナーとして復帰した理由をうかがってもよろしいでしょうか?」

 

 トレーナーに復帰した理由、か。

 

 つい先日まで、トレーナーには絶対に復帰しないと断言していたんだ。突然の手のひら返しに、疑問を抱く気持ちは十分に理解できる。

 

「……特に意味なんて無いですよ」

 

 強いて言うなら、気まぐれだろうか。

 

「気が付いたら、俺はダイヤに対してトレーナーになると言っていました」

 

 我ながら、芯のない半端な人間だなと自嘲する。

 

 一般的にそのような人間を、()という。

 

「みんな、買い被りすぎなんですよ。URAも、理事長も……チーフも」

 

 周囲の人間は、俺を天才だなどとおだてる。

 

 誤解だ。

 

 俺は、ただの落ちこぼれなんだ。

 

 

 

 生涯でたった一人の担当ウマ娘を、俺は壊してしまったのだから。

 

 

 

「私はそうは思いません」

 

 俺の言葉を受けて、たづなさんは強い口調で否定した。

 

「数年前まで、私達の業界は衰退気味でした。ですが、一人のウマ娘の登場によって世界中から注目を集め、立て直しに成功したんです」

 

 たづなさんが言う通り、ウマ娘達に対する世間の注目はここ数年右肩上がりだ。

 

「今の業界がかつて無いほど脚光を浴びているのは、あなたとあなたのウマ娘のおかげといっても過言ではありません」

「……知らないな、そんなウマ娘は」

 

 俺はそんな立派なウマ娘なんて記憶に無い。

 

 模擬レースは毎回びりっけつで、トレーニング後に毎日泣きじゃくっている女の子の姿しか、俺は知らない。

 

「……話が逸れたな。まぁ、あれだ。それらしい理由を付けるなら、選抜レースだろう」

「ご覧になっていたんですね」

「まぁ、一応」

 

 全力でターフを駆けるダイヤを見た。

 

 たとえ振るわない結果であったとしても。

 

 彼女の走りに、俺はどうしようもなく魅了されてしまった……の、かもしれない。

 

「あとは……そうだな。ダイヤに昨日みたいな無茶を繰り返されたら、俺の心臓が持たない」

「なるほど。つまり、サトノさんが燻っていたトレーナーさんの心に再び熱意を灯したんですね♪」

「……そういうことになる、かもしれないな」

「素敵だと思います。甘酸っぱい青春(アオハル)ですね!」

「俺……二十六ですよ」

 

 青春って年齢じゃないだろ。

 

 こんな返答で良かったのかは分からない。でもまぁ見た感じ、たづなさんは満足してくれたようだ。

 

 俺達はその後しばらく、特に中身の無い雑談に耽った。

 

「──今日は付き合って下さって、本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「それではこれで失礼します。よろしければまた、お話しして下さいね♪」

 

 たづなさんと別れた俺は、この後の暇な時間をどう潰そうかと頭を悩ませる。

 

 とりあえず、コーヒーをおかわりしてからゆっくりと考えるとしよう。

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