相変わらず不定期ではありますが、作品を更新していこうと思います。
こちらのあとがきにて、簡単なアンケートの方を作成させていただきました。興味のある方がいらっしゃいましたら、回答してくださると幸いです。
それでは、episode.3をよろしくお願いします。
描写の一部に独自設定があります。
59:空欄の宛名
これは今から、少しだけ前の話になる。
常日頃から仕事に追われるトレーナーを強引に引きずって、私は彼と二人で恋愛映画を観に行った。
観に行ったのは最近公開されたばかりの新作で、堅物な教師と天邪鬼な生徒が惹かれあって禁断の恋に落ちるという……内容的にはまぁ、とてもベタなやつ。
用意された客席が世の中のカップル達で連日満員になるほど盛況する中、初心なトレーナーをからかいながら揃って座席に腰掛ける。
上映を今か今かと待ち望む私と違い、トレーナーは恋愛映画の鑑賞にあまり乗り気では無さそうだった。
彼は周囲の人々に対して気を配っているのか、先程からソワソワと落ち着きがない様子。
だがしかし、映画が始まるや否や、彼はスクリーンにすっかり釘付けとなった。
その切り替えの早さに感服する私だったが……上映中、トレーナーの意識が私から逸れているようで、なんだか面白くない。
映画を鑑賞するトレーナーの表情をちらちらと横目で窺いながら、スキを突いて彼の無防備な手に自身の指を絡めてみる。
すると彼は面白いくらい赤面するから、調子に乗ってついついからかい過ぎてしまう。
上映中の館内はとても暗いから、私の顔が見られる心配をしなくて良い。いたずらし放題だ。
私から映画に誘っておいてアレだけど、作中のヒロインに対して鼻の下を伸ばすだなんて……浮気は良くないと思う。
まぁ、それはそれとして。
今回私が語りたいのは、トレーナーと観てきた恋愛映画の感想だ。
透明感あふれる甘酸っぱい青春の日常と、社会的立場に囚われる二人の葛藤を描いた傑作に、私は強烈な感動と底知れない興奮を覚えた。
特に印象に残っているのは何といっても、天邪鬼なヒロインが秘めたる想いを告げるために行動を起こしたワンシーン。
口では素直になれないヒロインの生徒が勇気を振り絞って教師へ送った、一通の
ネットが普及する現代において、恋文というのはあまりにも古典的で非効率だ。
だがしかし、ラブレターという文化は『恋愛』というテーマに扱う作品において非常に重宝される要素である。
素直になりたいヒロインの純粋無垢な気持ちを全面に認めた、ラブレターという古典的な概念に……私は、衝撃を受けた。
端的に換言すると、私も書いてみたいと思ったのだ。ラブレターなるものを。
映画鑑賞を終えたその日以降、私はトレーニングの傍らで、密かにラブレターを書くための練習を始めた。
ラブレターを書く際に注意することを一通り抑えつつ、とりあえずペンを握って用紙に向き合う。
「……大事なのは、とにかく素直な気持ちを文字にすること」
勉強したことを口に出して繰り返しつつ、最初の一文を真剣に考える。
……だがしかし、その途中で私は考えた。
「…………うーん、でもやっぱどうせならロマンチックな文章にしたいかな〜」
とても繊細で情緒に富んだ感性を持つ私の手にかかれば、もっと読み応えのあるラブレターを書けるのではないか……と。
初っ端から直球を投げても面白みがない。絶対に変化球を飛ばした方が、オリジナリティに富んだ傑作となるはずだ。
そんなこんなでラブレターの制作に奮闘すること一週間。
「──『あなたに、未来を届けたい』っと……いやー完璧でしょ!」
ようやく、ラブレター
試行錯誤の過程で丸められた無数の紙を費やして練り上げた、至高の一文だ。まず間違いなく、これで初心な彼はイチコロだろう。
この調子で二文目の執筆に取り掛かるべく、私は意気揚々とペンを握り直したのだが……。
──コンコンコンッ。
部屋の扉を誰かからノックされ、慌てて背後を振り返る。
「──そろそろ時間だけど、出発の準備はちゃんと出来てるのか?」
部屋を訪ねてきたのは、見慣れたスーツに身を包んだトレーナーだった。
「今回はさすがに遅刻できないからな。次の便に乗り遅れたら、今後の予定が全部狂う」
「分かってるわかってるー」
書き途中のラブレターを机の引き出しにしまって、私は席を立つ。
ベッドの上に投げてあったカバンに手を伸ばして、それを肩からぐいっと背負う。
「めっちゃ部屋散らかってたけど、何してたんだ?」
「んー、ないしょ♪」
「……まぁいい。今はもう時間が無いけど、日本から帰ってきたら、ちゃんと後片付けするように」
「はーい」
頭の片隅でラブレターの続きを考えながら、私は彼の元へいそいそと駆け寄る。
「それじゃ──行こうか、ミライ」
「うん!」
トレーナーに名前を呼ばれ、私は元気一杯に言葉を返す。
その瞬間に垣間見える彼の優しい笑顔が、私はとても好きだった。
***
満開の花畑によって彩られた特別な霊園の中で、彼女──ミライは今も安らかな眠りについている。
どこか神秘的な透明感を覚える霊園の中央へと歩みを進め、俺は静寂の中で佇む無機質な墓石と向き合った。
彼女が眠る地へ足を運ぶのは……あの事故が起きてしまった日から実に、三年ぶりになるだろうか。
かつての教え子に会いに来るだけだというのに、我ながら随分と時間が掛かってしまったものだ。
墓石の前で立膝をつき、俺は静かに掌を合わせる。
「……ただいま、ミライ」
ミライが眠る場所に自分がいる。その事実に感慨深いものを覚えながら、俺は手のひらを解いておもむろに立ち上がる。
墓石に刻まれた文字を、何気なく指のはらで撫でる。返ってきたのは、ひんやりとした冷たさだけだった。
本当は彼女の居場所を綺麗にしようと道具を色々持ってきていたのだが、指先には埃ひとつ付いていない。
生前、ミライは部屋の整理があまり上手では無かったはずだったんだけど……。
なんて、下らないことを思い出しながら苦笑する俺だったが、彼女の世界が綺麗に保たれている理由はすぐに分かった。
「──お久しぶりです、トレーナーさん」
こうして彼女と直接顔を合わせるのは、ミライ同様三年ぶりになるだろう。
チーム・アルデバランを長年率いてきた元チーフトレーナーにして、しがない俺を育ててくれたかけがえのない恩師である。
「三年ぶり、ですね。お元気でしたか?」
"星の消失"以前と何も変わらない彼女の柔和な笑みを受けて、俺の心は懐かしさに包まれる。
「ご無沙汰しています、チーフ」
異国の地……いや、俺にとっては第二の故郷であるアメリカの地で、俺は改めて恩師の方と向き合った。
「あなたの活躍は常々、私の耳に入ってきます。とても立派に、成長しましたね。」
俺が今日こうしてアメリカへ戻ってきたのは、担当ウマ娘のメジロマックイーンが意識を取り戻してから数日後のことである。
マックイーンの件を経て、俺はようやく過去の後悔と向き合うことが出来るようになった。
教え子の一人であるサトノダイヤモンドの日本ダービーを約二週間後に控える状況ではあるが、区切りの良いタイミングで、俺は自身の成長を直接報告しておきたいと思ったのだ。
過去の後悔を散々引きずり、多大な迷惑をかけてしまった恩師に今一度謝罪と感謝を伝えるため、俺はこうして彼女の元へ赴いた。
「突然の連絡になってしまい、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。むしろ、あなたに会えて嬉しいくらいです」
チーフはそう言って微笑むと、ミライの墓石の前で姿勢を低くし、両手を合わせて静かに祈る。
「……定期的に、霊園を綺麗にしていた甲斐がありますね」
先程ミライの墓石に触れた際、指先に埃ひとつ付かなかったのはなるほど、そういうことか。
「あの子の一番綺麗な姿を、あなたに見せてあげることが出来ました」
「…………」
「今日は霊園の花が一際鮮やかに咲いています。ミライもきっと、あなたに会えたことを心の底から喜んでいるのでしょう」
「……そうであったら、嬉しいです」
「ええ、きっとそうです」
とても耳に馴染むチーフの言葉を素直に受け取れなかったのはきっと、俺の中にまだ、ミライに対する負い目が残っているからなのだろう。
「…………ミライは」
過去の後悔に向き合うというのは決して、それまでの歩みを水に流すということではない。
俺はもう、ミライが歩んだ道を否定しない。
ミライが叶えた夢を、彼女と過ごした幸せな日々を、無かったことになんてしたくない。
だけど、こうして一方的にミライと向き合うと……やっぱり少しだけ、弱気になってしまう。
「ミライはやっぱり、俺のことを……恨んでいるのでしょうか」
ミライの思い描いた夢の先に広がる景色が、救いようのない破滅であると知った上でその背中を押してしまったことを、彼女はどう思っているのだろうか。
恐ろしい未来を見たとミライに伝えず、一人で抱え込んでしまった俺のことを……彼女はやっぱり、怒っているのだろうか。
こうしてミライの前に立つことで、何か掴めることがあるかもしれない。
そんな淡い期待が、無かったわけではないが……。
「……それは、あの子に聞いてみなければ分からないことです」
チーフがこぼした呟きは当然、分かりきっていたことだった。
「ゆえに私達は、生涯をかけて考え続けなければなりません。生前に抱えていたあの子の想いを汲み取るのは、残された私達が果たすべき使命なのです」
弱音をこぼしてしまった俺を諭すように、チーフが強かに言葉を放つ。
しかし彼女の指摘は決して、弱気になってしまった情けない俺を咎めるようなものでは無く……。
「答え合わせをするのは……その使命を全うしてからでも、決して遅くはありませんよ」
むしろ、その
「トレーナーさん、こちらを」
目の前に立つチーフがおもむろに、中身のぎっしり詰まったトートバッグを俺に向けて差し出てきた。
彼女から何気なくそれを受け取ると、ずっしりとした質量が俺の腕に襲いかかる。
「……これは?」
チーフに疑問を投げかけながら、俺は手元のバッグに視線を落として中身を確認する。
「あの子は昔から、写真を撮ることが好きでした。これはきっと、その延長線にあったものでしょう」
その中に隙間なくぎっしりと詰まっていたのは、非常に上質な素材で作られた複数冊のアルバムであった。
俺も一応、過去の仲間達との思い出を綴ったアルバムを持ってはいるが……ミライのそれと比較すると、あまりの差に圧倒されてしまう。
「持ち主を失ってしまったアルバムではありますが……これがきっと、あなたの悩みに寄り添ってくれるはずです」
「……良いんですか? 俺がこれを受け取ってしまったら、チーフのものが……」
「私は私で、別のアルバムをたくさん持っていますから。心配しないで下さい」
チーフから遠慮がちにアルバムを受け取ってしまったが、彼女はもう返却を受け付けるつもりが無いらしい。
「ありがとう、ございます。後日、ゆっくり目を通したいと思います」
「ええ♪」
トートバッグを丁寧に肩からかけて、俺は彼女にお礼を言った。
「……さてと。あなたは確か、この後すぐに日本へ帰国するんでしたよね」
「はい。仕事の合間を縫ってこっちへ来たこともありますし……何より、教え子達がとても大切な時期を迎えていますから」
「そうですか。私としては、食事でも一緒にどうかと思っていたのですが……残念です」
チーフはどうやら、俺との再会をとても楽しみにしてくれていたらしい。
恩師のことを落胆させてしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「……ああ、そうです」
「どうかしましたか?」
しばらく沈黙が続いた後、チーフが何かを思い出したように口を開いた。
「来週のプリークネスステークスに、
チーフの口にしたプリークネスステークスとは、アメリカで開催されるクラシック級限定のGⅠレースである。
等級としては日本で開催されるクラシック三冠レースに相当し、アメリカにおいて最も注目度の高い重賞の一つであった。
「……ああっと」
俺はチーフの放った言葉に対し、分かりやすく返答を詰まらせる。
チーフの口から出てきた『あの子』というのは、かつてミライと交流のあった幼馴染の一人である。
ミライとは少し年齢の離れた女の子であったが……いつの間にか、そんなに大きくなっていたのか。
「すみません。自分はちょっと、仕事の方が…………」
「そうですか、残念です」
プリークネスステークスの開催日は、教え子がクラシック二冠目に臨む日本ダービーの一週間前。
重ね重ね申し訳ないのだが、こればかりはどうしても譲ることが出来ない。
正当な理由をもってチーフの提案を断ったのだけれど……どこか
「地上波でも放送されますから、良かったら応援してあげて下さいね」
「もちろんです」
彼女は先日開催されたアメリカクラシック三冠初戦──ケンタッキーダービーを見事に制覇している。
この調子を維持することができれば、ミライが成し遂げた三冠の称号も夢ではないだろう。
「ああ、それと……トレセン学園には確か、失踪してしまったあなたの手がかりを探そうと、日本へ飛び立った子が在籍しているはずです」
「………………」
「
目の前の恩師から、非常に鋭い眼差しが飛んでくる。
「……今のあなたの様子を見て、大体は察しました」
「た、タイミングが悪かったんです……」
これはもはや完全に言い訳だが、俺がトレーナー職に復帰した当時はとても視野が狭く、担当ウマ娘のダイヤと自分自身以外に意識を向けることがまるで出来なかった。
故に、俺が彼女の存在に気付いたのは、約半年の休職期間が明けてからしばらく後。
ミライのもう一人の幼馴染である彼女に声をかけるタイミングを失ってしまった俺はむしろ、無意識に彼女との接触を避けながら行動している節もあった。
端的に換言すると、ただのヘタレである。
「帰国したら、その……彼女ともしっかり、話をします。心配をかけてしまったことを、ちゃんと謝ります」
「ええ、ぜひそうして下さい」
穏やかな口調ながらも厳しい指摘を受け、俺はチーム・アルデバランのサブトレーナーとして活動していた頃を思い出す。
そういえば……当時活躍していた俺の同期や先輩達は、今も元気にやっているのだろうか。
俺の身勝手で多大な迷惑をかけてしまった彼らにも、いずれはきちんと謝罪をしなければならない。
「すみません。自分はそろそろ、空港へ戻ります」
「どうかお気をつけて。お盆の季節になったら、今度は私が日本へ赴こうと思います」
「……ありがとうございます。両親も、きっと喜びます。それでは」
「ええ、また」
抱え込んだ課題はまだまだ山のように存在し、俺はその一つ一つを地道に処理していかなければならない。
だがしかし、それら全てと向き合う心構えを持てているのは間違いなく、自分自身が成長している証である。
そうやって物事を前向きに捉えると、自然に顔が上を向くものだ。
***
場面は少しばかり遡り、現在は天皇賞(春)の開催から約一週間が経過した、メジロマックイーンの病室にて。
ウマ娘にとって”不治の病”と称される繋靭帯炎を発症したマックイーンが、GⅠ重賞──天皇賞(春)において奇跡的な勝利を遂げたことはとても記憶に新しい。
奇跡を起こした代償だと言わんばかりに身体を休めていたマックイーンだったが、つい先ほど、彼女は無事に目を覚ました。
身体検査のために少しばかり席を外していた俺だったが、無事にそれも終了したということで、結果が出るまではこうしてゆっくりと話をすることができる。
「──あら、みなさん勢揃いですわね」
マックイーンの病室に入室した際、彼女はベッドから背中を起こした状態でぼんやりと外の景色を眺めていた。
俺と共にマックイーンの病室を訪れたのは、チームメイトのサトノダイヤモンドとメジロドーベル、そして、ダイヤの友人であるキタサンブラックだ。
「こんにちは、マックイーンさんっ! お目覚めになったのですねっ!!」
入室直後、マックイーンの姿を視界に捉えたダイヤが彼女の元へ一目散に駆け寄っていった。
「お身体は大丈、夫……では、無いかもしれませんがっ、マックイーンさんが無事で本当に嬉しいですっ!!」
「余計な心配をかけさせてしまい、申し訳ありません。私はもう大丈夫ですから……ふふっ、少し落ち着いてくださいまし」
マックイーンの手を取って喜びを表すダイヤを見ると、心がとても穏やかになる。
「…………なんだ、意外と元気じゃん。ま、無事で良かった」
続いて、マックイーンの実姉であるドーベルが少しそっけない言葉と共に、ベッド付近の丸椅子に腰掛ける。
「ドーベル。あなたにも、余計な心配をかけさせてしまいましたね」
「……別に、心配なんかしてないし」
妹に対してツンとした態度を貫くドーベルだが……彼女の赤裸々な
椅子の下に垂れた尻尾が先程からしきりに振れている。言葉とは裏腹に、マックイーンのことを相当気にかけていたのだろう。
「てかさ、マックイーン。あんた、なんか目元赤くない?」
「気のせいですわ」
「……ふーん、ま、良いけど」
マックイーンの一件を経て、二人の関係性に亀裂が入ってしまったのでは無いかと心配していたが、この様子ならとくに問題は無さそうだ。
「え、ええっと……この場所に、あたしがいても良いんでしょうか……」
そして、残りの一人であるキタサンブラックは遠慮がちにマックイーンの元へと近づいていく。
「キタさんも、私のためにわざわざありがとうございます。来て下さって、とても嬉しいです」
キタサンブラックはチーム・スピカに所属するウマ娘だが、どうやら彼女はトレセン学園に入学する以前からマックイーンと面識があったらしい。
少々遠慮がちに頬をかきながら、彼女も会話の輪の中へと入っていった。
生徒達の談笑の邪魔にならないよう気を遣いながら、俺は近くの丸椅子を取ってきて静かに腰を下ろす。
「……ぁ、トレーナーさん」
「体調はどう?」
「え、ええ……何も、問題はありません」
「そっか、良かった」
「……」
俺の姿を見かけるや否や、マックイーンの目がわずかに泳いだ。
先程からマックイーンと視線が合わないのは、もしかしたら、先ほど俺に泣き顔を見られてしまったことを気にしているのかもしれない。
何がともあれ、一度振り出しに戻ってしまったチームがこうして元通りになって本当に良かった。
目の前の微笑ましい光景を眺めていると、心の底からあたたかい気持ちが込み上げてくる。
「あ、そういえば兄さま。先程、今後の活動について話がしたいとおっしゃっていましたよね?」
彼らの会話に耳を傾けていると、ダイヤが途中で俺に話題を振ってきた。
「ああ。チームメンバーが全員揃ってるから、最初は丁度良いなって思ってたんだけど……」
「あ、それでしたらあたし、皆さんの邪魔にならないよう席を外しますね」
「いや、せっかくマックイーンの見舞いに来てくれたんだから、それはまた後日に回そうと思う」
今後についての話といっても、内容は簡単なミーティングだ。決して急を要するものではない。
「ねぇ、それって他のチームにあまり聞かれたくない内容なの?」
「いや、特には」
「じゃあ別に、今でも良いんじゃない? これからしばらくマックイーンは学園に通えないわけだし、それが目的で病院に押しかけるのもあまり良くないと思う」
「……確かに」
ドーベルの指摘は最もだ。こうしてチームメンバー全員が揃うためにはマックイーンの病室へ赴く必要があるし、何より病院側に迷惑をかけてしまう。
ミーティングをオンラインで実施するという選択肢もあるが、どちらかと言うと、俺は教え子達の顔を見ながら話がしたかった。
「キタサンブラック」
「は、はいっ」
「ごめん、少しだけ時間をもらっても良いかな。手短に済ませるから、退室なんてしなくて良い」
「わ、分かりました! では、あたしは部屋の隅で大人しくしていますっ」
俺がキタサンブラックに声をかけると、彼女は快く受け入れてくれて、いそいそと病室の端に椅子を持っていった。
せっかくここまで来てもらったのに、キタサンブラックを蚊帳の外に置いてしまっているようで申し訳ない。
チームメイト達にいち早く、俺が考える『今後』について伝えてしまおう。
「よし、それじゃあまずは改めて……マックイーン。天皇賞(春)の制覇、本当におめでとう」
「……ええ。こちらこそ本当に、ありがとうございました」
まずは、先日の天皇賞(春)にて、”奇跡の復活劇”を果たしたマックイーンの今後に関してだ。
「マックイーンと話すことはまず、退院後のリハビリについて」
「……」
現役最強と名高いトウカイテイオーを下して見事『春の盾』を獲得し、マックイーンは自身の生家であるメジロの悲願を達成した。
しかし、その代償として彼女の身体に潜んでいた”不治の病”が再発し、今後はまた左脚の治療やリハビリに時間を費やしていくこととなる。
「目を覚ましたときにも話したけど、俺は今後、マックイーンの身体を元に戻すために全力を尽くすつもりだ。ただ、レースに関しては……」
「──
マックイーンはとても聡明なウマ娘だから、俺が言葉にするまでもなく自覚していたのだろう。
教え子に対して『引退』という言葉を切り出すのは、仕方のないことだと理解していても胸が苦しくなる。
「トレーナーさん、どうか気を落とさないで下さい。私は今、とても満足しているんです。あなたのおかげで、私は夢を叶えることが出来ました。レースの世界に思い残すことはもう、何もありません」
「……そっか」
本人が自分の結果に満足しているというのなら、この話題をこれ以上掘り下げる必要はないだろう。
「辛いリハビリになると思うけど、これからまた一緒に頑張っていこう」
「……ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
リハビリを無事に終えた後についてもある程度考えているが、それはまた別の機会に話すとしよう。
「それじゃあ次は、ダイヤ」
「はいっ!」
俺の言葉に反応し、ダイヤが食い気味に身を乗り出した。
「わざわざ確認する必要もないかもしれないけど、次の目標は三週間後の──」
「──日本ダービーですよね!」
俺の言葉に被せるように、ダイヤが前のめりな姿勢で言い放つ。
「ああ、そうだ」
「はぁ〜っ! ついに私も、憧れていた日本一の舞台に上がることが出来るんですよねっ! もうとっても楽しみですっ!!」
三週間前に開催されたクラシックレース開幕戦の皐月賞を制覇し、ダイヤは自身の悲願であったGⅠタイトルを獲得することが出来た。
それ以来ダイヤのモチベーションは絶好調を維持しており、マックイーンが無事に目覚めたことも相まって、現在の彼女のメンタルは無敵に等しい。
「トレーニングに関してはその都度調整していくとして……出端を挫くようで申し訳ないんだけど、今週末のトレーニングはオフにさせて欲しいんだ」
「オフですか? 私は全然かまいませんが、何か重要な用事があるのですか?」
「ちょっと、アメリカへ行こうと思ってて」
俺はトレーニングをオフにする理由を簡潔に説明する。
本当は自主トレーニングにしても良かったのだが、万が一の事態に発展してしまった場合、海外からではすぐに駆けつけることが出来ない。
これはある意味俺の弱さが全面に現れている選択だったが、ダイヤは快く受け入れてくれた。
「私はむしろ……嬉しいです。兄さまから、その言葉を聞くことができて」
俺の過去を知ってしまってから、ダイヤは常に俺のことを気にかけてくれていた。
心の底から安堵したような笑みを浮かべてくれるダイヤは、本当に心の優しい女の子だ。
「あっ、せっかくですので、私は兄さまにお土産を期待します!」
「ああ、たくさん買ってくるよ」
俺のわがままに付き合わせてしまうのだから、これぐらいの埋め合わせはきちんとしなければならないだろう。
「そして、最後に──ドーベル」
「……っ」
マックイーン、ダイヤと今後の予定について話し合い、残るはドーベル一人となった。
俺に名前を呼ばれたことで、ドーベルの表情に分かりやすく緊張が走る。
右手で自身の左腕を掴み、以前よりも一層強烈な警戒の眼差しが飛んでくる。
他人という存在に苦手意識を抱くドーベルだが……よくよく観察すると意外にも尻尾の動きは可愛らしく、表情に反して素直だった。
「な、何よ……」
先程の二人と違い、言葉の合間に沈黙が生まれてしまったことが原因なのか。ドーベルが怪訝な面持ちを浮かべている。
「あ、ああ……いや、すまない」
ドーベルは以前に一度、方向性の違いという理由で俺のチームを脱退していた。
結果的にはこうしてチームへの再所属を認め、俺の元へと戻ってきてくれたわけなのだが……。
「えっと……ドーベル」
「何よ……そんなに切り出しにくいことなの?」
そんな彼女に対して、俺はどうしても伝えなければならないことがあった。
「……はぁ、別に良いわよ。大体アンタの言おうとしていることは予想出来るし……戻るって決めた時点で、気持ちの整理は出来てるから」
「…………ぁ、そのこと、なんだけど」
「……?」
ドーベルに対して
「──一度脱退したチームへの再所属が認められるのって、実は……
「………………………………………………は?」
こればかりは規則として定められているものなので、俺の力ではどうすることも出来ないのである。
以下、作者のあとがきとなります。
ここまで私の拙作を読んで下さり、本当にありがとうございます。
連載当初の構想として、episode.3を投稿する前に一度、番外編を挟む予定でした。
内容としては作中におけるチーム・スピカの沖野トレーナーやトウカイテイオーに焦点を当てたものだったのですが、既に幕間2を挟んでいるということもあり、そろそろ話を進めるべきなのでは無いかと判断しました。
もし、番外編の内容に触れてみたいという方がいらっしゃいましたら、本編更新の合間に投稿していこうかなと思います。
よろしければ、アンケートの回答をよろしくお願いします。
また、もしよろしければ、高評価やお気に入り登録の方もよろしくお願いいたします。感想もお待ちしています。作者のモチベがめっちゃ上がります。
番外編の連載について
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