「……う〜ん」
「ミライ、どうしたんだ?」
俺は、なんだか納得いかない表情で首を捻るミライに声をかけた。
「なんかさー。今、走っててあんまり気持ちよくないなーって」
「……えっと。それは模擬レースのせいで?」
「それもあるけど! んん〜、何て言うのかなぁ」
ミライは自身の足に触れながら、思考にモヤがかかる原因を口にする。
「もっとこう、バビューンッて走りたいのに。今の走り方は、ンン〜……ズンッ! って感じ」
「……んぉう?」
ミライは自分の考えを他人に説明するの壊滅的に下手だ。現に、俺はミライの言葉を何一つ理解出来ていない。
「もぉ! 何でわかってくれないの! トレーナーでしょ!?」
「そんな無茶な……」
良く言えば感覚派。
悪く言えば口下手。
「トレーナーなら、私に少し触れば分かるんでしょ! ほら、触ってよ! ん!」
チーム・アルデバランに所属するウマ娘の中で唯一、俺はミライだけに自身の特異な"体質"のことを打ち明けていた。
「……はいはい」
恥じらう様子は一切無い。ミライは不機嫌そうにヘソを曲げながら、シミ一つない綺麗なおみ足を俺に晒した。
「どう?」
「特に問題は無いよ。身体は健康そのものだ。今の走り方も、ミライに合っているはずだよ」
「……そっか。トレーナーが言うなら、大丈夫だよね」
俺の言葉を聞いて、ミライは現状を素直に受け入れた。
「すまない。ミライが現状に不満を抱いてしまう原因は、指導力不足な俺にあるんだ」
「謝らないでよトレーナー! そんなこと言ったら、いっつも私のために頑張ってくれるトレーナーに毎回最下位をプレゼントする私はどうなるの!?」
チーム・アルデバランの模擬レースで、ミライは確かに必ず最下位の称号を俺にプレゼントしてくれる。
「俺は順位よりも、一生懸命走るミライの姿を見るのが好きだな」
「え"っ"!?」
俺の告白じみた言葉に、ミライの耳がピンと張る。
「そ、そんな……私が好き、だなんて…………」
ミライはもじもじと身体をよじり、勢いのままに尻尾を荒ぶらせていた。
「でも私とトレーナーは、そういう関係じゃ……ないし…………もし、そういう関係になることで足が速くなるなら、まぁ、別に良いかなぁっていうか」
信頼されているんだなと、俺は自分の胸が熱くなるのを感じた。
「あぁ……なんか、恥ずかしくて身体熱くなってきちゃった! 私ちょっと走ってくるから、じゃあね!」
「あ、おい……」
俺の返事を待たず、ミライはその場所から走り去ってしまう。
「……」
俺はターフを楽しそうに走るミライを遠目に見守りながら、今日の模擬レースの結果をノートに記録した。
──五月○日、模擬レース最下位。
俺はミライの歩みを振り返るように、ノートを遡る。
二月○日、模擬レース最下位。
二月○日、模擬レース最下位。
二月○日、模擬レース最下位。
三月○日、模擬レース最下位。
三月○日、模擬レース最下位。
三月○日、模擬レース最下位。
三月○日、模擬レース最下位。
四月○日、模擬レース最下位。
四月○日、模擬レース最下位。
四月○日、模擬レース最下位。
四月○日、模擬レース最下位。
四月○日、模擬レース最下位。
五月○日、模擬レース最下位。
五月○日、模擬レース最下位。
五月○日、模擬レース最下位。
「……すまない」
誰もが目を背けたくなる悲惨な戦績。
それでもなお、ミライは輝かしい笑顔でターフを駆ける。
この戦績は、君のせいじゃない。
君は何も悪くない。
これは、君を担当するトレーナーの責任だ。
君の資質に応えられない、
***
「──ッ!?」
俺は今日も、悪夢から逃れるように飛び起きる。
最近、夢の中であいつの顔がはっきりと映るようになった。
俺の中で自虐的な被害妄想が膨れ上がる。
現実の世界にまで、夢幻の悪魔が侵食しようとしていた。
「かはぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……ッ」
激しい動悸が収まるまで、俺はベッドの上で静かに目を瞑る。
「ふぅ…………ふぅ………………」
やがて思考がクリアになって、俺は平常心を取り戻すことが出来た。
最近、人間の
少しは過去の自分から成長出来たと思っていたが、残念ながらそうではないらしい。
後ろめたい過去を清算するはずだったのに。
俺はどうやら。
古傷に自ら手を突っ込んで、ぐちゃぐちゃに掻き回しているようだ。
***
昨日のタイム計測を経て、翌日からのトレーニングはウマ娘特有の爆発的な速度に耐えるための身体づくりに重きを置くことにした。
トモが生み出す人間離れした推進力によって、ウマ娘が自身の身体を壊すことは珍しい話ではない。
今のダイヤの身体は、時速六十キロオーバーで走行するアルミホイルの車と言っていい。
今後は下半身の筋肉を重点的に、かつ、全身の筋肉が偏らないようバランス良く鍛えていく。
「スクワット二十回、あと二セットだ」
「は、はい……!」
本当はトレーニングジムを利用したかったが、事前申告は前日までに行わなければならない。
まぁ、いきなりバーベルやダンベルを持ち上げるのも大変だろう。
今日は野外で出来る簡単な基礎トレーニングをメニューに組み込んだ。
「少し猫背になっているぞ。かかとは浮かせるな。鍛える筋肉を意識しろ」
「は、はひぃ〜……」
生まれたての子鹿のようにプルプルと震えながらも、ダイヤは俺の指示通り懸命にスクワットを続ける。
「ほら、根性見せろ」
「こ……根、性ぉおお〜っ!」
スクワットの他には、プッシュアップやプランク、レッグレイズなど。ダイヤの身体が耐えられる限界ギリギリまで、俺は彼女を徹底的に追い込む。
「む、むりぃ〜……」
「はい次」
「ひぃぃ……っ」
明日が休日で良かったな。多分動けなくなるぞ。ま、トレーニングは続けるけどな。
「……よし、十分休憩だ。お疲れさん」
一通りメニューをこなしたダイヤは、言葉を返す気力すら振り絞ってしまったようだ。そのまま芝に突っ伏してしまう。
さて。ダイヤが休憩している間に、俺は次のトレーニングの準備に取り掛かる。
俺は持ってきたボストンバックの中から、蹄鉄付きのシューズを取り出した。ダイヤのトレーニング用に特注したシューズである。
「休憩が終わったらこの靴に履き替えてくれ」
「分かりました……重いですね、この靴」
「蹄鉄の重量を少しいじった。片方十キロだ」
俺が用意した靴に、ダイヤが足を入れる。明らかに動きにくそうだ。
「よし。じゃあそこに姿勢をまっすぐにして立つんだ」
「はい」
「その姿勢でトモを直角に上げろ。膝下を前に出さず、つま先は地面と垂直にして維持するんだ」
ダイヤの前で、俺は指示した姿勢を実際に行なってみせる。
「こうですか?」
「そうだ。その姿勢を……そうだな、三十秒キープしろ。終わったら反対だ」
姿勢が崩れそうになったら、俺が背後に回ってフォローする。
「次はそのままの姿勢で、足だけを上下させるんだ。一定のペースで三十回だ。二セットな」
「に、兄さまこれっ、キツイです!」
「走りに耐える身体作りだ、我慢しろ」
「うぅっ……!!」
自慢のスタミナと根性を存分に発揮し、ダイヤは健気な姿勢で俺の指示に従った。
「二十七、二十八、二十九、三……十っ!!」
「はい、反対」
「お、鬼ぃさま!!」
上手いこと言ったつもりか。三十点だ。
「二十六、二十七、二十……八……二十きゅうっ……………さん、じゅぅ……ふはぁっ!」
「良い根性だ」
十キロの蹄鉄をつけてよく頑張った。及第点だ。この調子で、どんどん蹄鉄を重くしていこう。
「あのっ、このトレーニング……何を鍛えているんですかっ……?」
「腸腰筋……いわゆるインナーマッスルってやつだ。ウマ娘達が用いる主な走法については勉強しているか?」
「えっと、”ストライド走法”と“ピッチ走法”ですか?」
「正解だ」
ウマ娘の走り方は大きく二つ。
体格に対して歩幅を大きく取る”ストライド走法”。
歩幅を小さくし、足の回転数を上げる”ピッチ走法”。
「今鍛えている筋肉は、走行中の体幹を安定させつつ、力強いストライドを生み出す原動力になるんだ」
「そうなんですね。初めて知りました!」
腸腰筋を鍛える恩恵は他にもあるが、詰め込むように知識を押し付けては意味はない。その説明は後日に回すことにした。
「……しかし、ダイヤは俺の想像以上に息の入りが良いな」
さっきまで俺の前にぶっ倒れていたはずなのに、気がついたら笑顔を浮かべてケロッとしている。
「……? あ、確かに! で、でもっ! 身体は限界なんですけどね!!」
彼女のスタミナには光るものがある。伸ばせば大きな武器になるだろう。
「よし。じゃあ次は、今の姿勢でジャンプしながら交互に足を入れ替えろ」
「今の私の話、聞いてましたかっ!?」
ついでに根性も鍛えることにしよう。歯を食いしばれ。レースは踏ん張りが大事だぞ、ダイヤ。
***
基礎トレーニングを終えた後は必ず、入念にストレッチを行う。
翌日の筋肉痛は免れないだろう。しかし、少しでも身体から疲労を抜いておかなければ、明日のトレーニングに支障をきたしてしまう。
「あの、兄さま。今日は、その……走らないんですか」
「ああ。二週間はそのつもりだ」
「え”」
平然と返答した俺の言葉に、ダイヤが分かりやすく青ざめた。
「そ、そんなぁ! いくらなんでも酷すぎます!」
ウマ娘達にとって走ることは、人間の三大欲求と同列に語られることがある。
受け取り方によっては拷問とも言えるようなトレーニングメニューに、さすがにダイヤも我慢出来なかったのだろう。
「これもトレーニングの一環なんだ。理解してくれ」
「分かっています。分かっていますけどぉ……っ!」
確かに、ダイヤの気持ちは分かる。
「これは、ダイヤにとって必要な期間なんだ」
本当は一ヶ月程度は基礎トレーニングに集中したかったが、メイクデビューまでの時間から逆算するとそこまでの余裕はない。
「良いかダイヤ。俺はこの二ヶ月で君のフォームを矯正する。今のダイヤの走り方は、足に対して負担がかかり過ぎているんだ」
昨日のダイヤのタイムトライアルで、俺はダイヤの走行フォームに染み付いた癖を見抜いた。
もちろん俺の”体質”で、ある程度走り方に問題があることは事前に分かっていた。
しかし、俺は二年間ウマ娘の育成から離れていたため、勘が戻るまで自身の”体質”をあまり信用しないようにしている。
事実、昨日実際に測定したタイムと、”体質”が推定したタイムには一秒近い誤差があった。
「今回は、折れてくれないか?」
「……分かりました」
聡明な君のことだ。そう言ってくれると信じていた。
「安心しろ。たとえ走れなくても、足腰立てなくなる程度にはしごくから」
「何も安心できません!」
走りを禁止されることは、相当辛いことだと思う。
でも、約束しよう。
二週間後、君は以前よりもずっと早く……頑丈な身体で走れるようになると。
***
翌日、基礎トレーニングで徹底的に追い込んだダイヤの身体が悲鳴をあげていた。案の定、筋肉痛に苛まれているのである。
特に下半身は酷いようで、一歩を踏み出すたびに苦悶の表情を浮かべていた。
「……よし、その姿勢でバーベルを持ち上げてみろ」
「ふんっ、ぬぬぬぬぬぅッ!」
しかし、俺はトレーニングの手を緩めたりはしない。ダイヤの身体が故障しないギリギリを見極めて、最大限の効果が得られるよう徹底的に身体作りに励む。
今日の基礎トレは、筋肉痛が比較的軽度の上半身に負荷をかけるメニューを中心にしている。
トレーニングジムの使用許可が降りたので、身体作りに最適な器具を用いて俺はダイヤの身体を痛めつけていた。
「肩甲骨を寄せて胸を張れ。反動を使うな。足裏でしっかりと地面を掴んで、背中を押すような感覚でバーベルを上げろ」
俺はベンチプレス中に事故が発生しないよう補助に回りつつ、ダイヤにトレーニングのポイントを伝える。
「息を止めるな、肺の中の空気を吐き出しながら持ち上げるんだ。ゆっくりおろすとき、静かに息を吸う……そうだ」
俺は今、ダイヤに百二十キロのバーベルを持たせている。
ウマ娘は外見こそ人間の女性だが、成人男性の比にならない怪力をその身体に秘めている。
正直、ダイヤにとって百二十キロはまだ余裕のある数字だろう。
しかし、何事も段階を踏むことは大切だ。身体の成長と共に、徐々にバーベルの重量を上げていこう。
「はい、お疲れさん」
「──っぷはぁああ……っ」
息も絶え絶えな様子だが、ダイヤは息の入りが良いためすぐに回復することだろう。
俺はカバンからタオルとドリンクを取り出して、ダイヤに差し出した。
「ありがとうございます」
「少し休憩したら、今度は姿勢を変えて別の筋肉に負荷をかける」
走ることにおいて、上半身の筋肉は非常に重要だ。
例えば、誰もが経験的に理解しているであろう腕の振り。
腕を前から後ろに振ることで、骨盤や脚を前に押し出す力が生まれる。
腕を後ろから前に振ることで、地面下方向に強い力を与える。
これだけでも、上半身の筋肉はより力強いなストライドを生み出すための原動力として貢献していることが分かるだろう。
それ以外には、上半身が乗っかる股関節を安定させ、トモを前へ引き出す力を生み出すこと。骨盤の落ち込みを防止し、瞬発的に地面に伝える力を増幅させることなど。
加えて忘れてはいけないのが、体幹の強化だ。
ウマ娘のレースにおいて、選手同士の接触はどうしても生じてしまう。
並走するウマ娘のパワーに押し負けず、自分の走りを継続する安定性が求められてくるのだ。
ウマ娘の身体というのは神秘的で、人間よりも筋繊維の修復が異常に早い。人間では自殺行為に等しいスパンでの筋トレも、彼女達なら問題なく行える。もちろん、限度はあるが。
「力が入りやすい場所に足を置いて、膝を外側に捻るんだ」
「こうですか?」
「そうだ。その足幅よりも少し広い位置でバーベルを掴め。肩を前に出して、正中線上に肩甲骨がくるように意識してみろ」
休憩を挟んだら、今度は腰回りの筋肉に負荷をかける。
「上体の前傾を保って、足を地面に押し込むように持ち上げろ。バーが膝を超えたら尻を突き出して身体を一直線にするんだ」
「はい! ん……っしょぉおおおお!!」
顔を真っ赤にしながら、ダイヤは一生懸命バーベルを引き上げる。
基礎トレ中心のメニューで不満はあるだろう。しかし、目の前のトレーニングに懸命に向き合う姿勢は立派だ。
この調子でいけば、二週間が経つ頃には少しずつ成果が現れることだろう。
***
オーバーワーク寸前で基礎トレを切り上げた俺は、部室で先日後回しにしていたレース場の解説を行うことにした。
その名も、攻略メイクデビュー。
「人っていうのは、経験の無いことに対して強い不安と緊張を覚える。ウマ娘にとって人生初の公式レース、メイクデビューが良い例だ」
デビュー前のウマ娘にとって、公式レースは未知の領域。初レースで極端に緊張して実力が出しきれなかった、なんていうはよく聞く話である。
「緊張を無くすってのは残念ながら不可能だ。場数を踏むしかない。だから、出来る限りの入念な準備をする」
俺は選抜レースでダイヤの走りを見て、彼女は存外"掛かりやすい"という欠点を見抜いた。
途中で先行集団がスパートをかけた意図を察知出来れば、無闇に加速せず、冷静なレース運びで一着を狙えた可能性がある。
「俺はこの二ヶ月間で、メイクデビューに関する情報を徹底的に叩き込ませる。レース場の特徴、出走するウマ娘の特徴、レース展開の特徴。それを踏まえた上で、ダイヤがどう立ち回るべきか」
メイクデビュー前のウマ娘を担当する場合、俺は常に最悪の状況を想定する。
ダイヤがレースで"掛かること"を前提に、俺は話を進めていく。
「メイクデビューが開催される阪神レース場。この前、俺は比較的逃げや先行の脚質が有利だと言ったな。それは何故か、覚えているか?」
「はい。えっと……最終直線が短くて、加速できる距離が少ないから。ですか?」
「そうだ。それは、コースの距離的特徴という視点から見た脚質の優劣ということを覚えておけ」
後半での爆発的な加速が要求される以上、差しや追い込みといった脚質は、やはりどうしても最終直線距離の長短に左右される傾向がある。
「さらに、レース場の地形的特徴から差しの脚質が不利と言われる理由がもう一つある。なんだか分かるか?」
ホワイトボードに描いた阪神レース場の見取り図を指しながら、俺はダイヤに問う。
ダイヤはう〜んと頭を捻りながら、ぽつりと呟く。
「……坂路」
「正解だ。俺がこの前説明したことを、よく覚えているな」
──特徴的なのが、スタート直後とゴール直前にある急勾配の坂路。
「坂路は平坦な道と比べて、速度が落ちる傾向がある。つまり、逃げや先行のウマ娘達が序盤で速度を出し切れない……スローペースなレース展開になるんだ」
そのため、レース終盤においても逃げや先行を得意とするウマ娘達に脚が残っている可能性が高く、差し切れない可能性が生じてくる。
「加えて第三、第四コーナーの緩やかな下り坂。この地形を利用して、序盤で温存せざるを得なかったスタミナと共に逃げ切ってくる。これを差し切るのは、相当骨が折れる」
「……聞くたびに、勝ち目が遠のいていく気がします」
「焦るな。これはあくまで、レース場の特徴が生み出す展開に基づいた一般的な傾向だ」
一般的な傾向を蔑ろにするつもりは無い。しかし俺の経験上、レースに出走するウマ娘達の特徴も当然考慮するべきだと思っている。
「仮にダイヤが、トレーナーだったとしよう。この話を聞いて、どういう脚質のウマ娘を出走させる?」
「それはもちろん、逃げや先行に適性のあるウマ娘ですけど……あ」
何かに気付いたような表情を浮かべるダイヤ。
「レースは一人で走る競技じゃない。相手のウマ娘がいて成立するものだ。選抜レースの時を思い出してみろ」
自分以外のウマ娘と併走する感覚を、ダイヤはすでに一度味わっているはずだ。
「どんな感覚だった」
「とても、焦りました。ついていかなきゃ、ほかの方達よりも、前に行かなきゃって」
「その感覚を、"掛かる"って表現するんだ」
周囲の存在を多く認知するほど注意が分散し、ウマ娘達に"掛かり"が生じやすくなる。
「逃げや先行の集団が競り合えば、その分レース展開がハイペースになる。スタミナを著しく消耗し、終盤で大きく垂れる。レース場の特徴は度外視してな」
「つ、つまり……っ!」
「そこを一気に差し切る。それが、俺達の勝ち筋だ」
差しや追い込みは、逃げや先行と比較してレース展開に勝敗が左右されやすいデメリットがある。
しかし、それらが立派な戦術の一つとして確立している以上、相応のメリットも存在するはずだ。
「俺の作戦はこうだ。レース序盤から中盤にかけては、バ群の中団から後方で自分の走りを維持。第三コーナーからの緩やかな下り坂を利用して勢いをつけ、スパートをかけて最終直線を走り抜ける」
この作戦が実行できれは、ダイヤはまず負けないだろう。彼女の身体能力に依存するところも大きいが、持ち前の根性で乗り越えてくれるはずだ。
「以降はこの作戦をもとにトレーニングを積んでいく。その他、想定されるあらゆる状況に対する策を勉強させるから、覚悟しておいてくれ」
「はい、兄さま!」
気合十分。ダイヤのやる気は絶好調だ。
この調子を維持すれば、トレーニングの効果も増すことだろう。