私の彼が歌ってばかりいる件について。   作:厠坂

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第3話「俺がやらなきゃ」

 

 

 チャンバーが60度回転した。火薬が爆ぜる重音の振動が空気を支配したせいで、勢いよく起き上がったはずの撃鉄の音は聞こえない。

 ガンマンの忙しない人差し指が短い間隔で3発の銃弾を空間に送り出し、30メートル先の美麗なプレイヤーに向かって飛来していく。細い胴体を狙って纏まった軌道で放たれたそれを右前に跳んで躱した彼女は、着地してからまた前に走り出す。

 

 実銃で撃ち合うGGOのゲーム的な要素として、弾道予測線というものがある。トリガーに指をかけた状態でスコープを覗いたりして照準を合わせると、相手には自分へと襲い来る弾丸の軌道が半透明の薄赤い線となって視認できるというものだ。このシステムによって現実では困難な銃弾を避けるという動作が容易に可能になり、よりVRゲームとして楽しめるようになる。

 

 アイテムショップの片隅には、それを利用した至極単純なミニゲームが設置されている。アメリカンな装飾が施されている酒場の入り口を模したセットの前に、いかにもウェスタン風なデザインのNPCが立っている。その前には長さ20メートル、幅3メートル程の真っ直ぐな道が用意されていて、10メートル近付くことができれば1000クレジット、15メートルで2000クレジットの賞金が出る。そして、もし放たれる弾丸を全て回避しNPCに触れることができれば、今までの挑戦者が払ったゴールドの全額がクリア者に贈呈される。今は30万もの金額が貯まっており、もし突破できれば大儲けもいいところだ。

 話だけを聞けば簡単そうなものだが、単純であっても簡単ではない。NPCが撃つのは6発装填の回転式拳銃で、本来は連射速度も速くなく、リロードにおいてもタイムロスがある。にも関わらず、あのガンマンは挑戦者が8メートルを越えると恐るべき速さで連射し、リロードの動作を0.5秒程度で終わらせてしまう。

 あまりの難易度に問い合わせをする者も多かったらしいが、あくまで暇つぶしのミニゲームであり、クエストではないという理由と、かつて1人だけ実際にクリアしたプレイヤーが居たというせいで、未だに仕様は変更されていない。そのクリアしたという誰かも、このミニゲームはクリアできると思わせるための運営の回し者だという説が有力だ。

 

 あれから異常な雰囲気は曖昧なまま薄れて、私たちはショップに到着した。そこでキリトの所持金額が装備を揃えるのに圧倒的に足りないことが問題になった。最初は私と威織がいくらか出す、とも考えたけど、私がキリトの立場ならそこまで大きい借りを作るのは些か気が引ける。どうしたものかと首を捻っていると、威織の提案でこのミニゲームに挑戦することになった。

 

 2人の仲が悪く、彼女がNPCに撃たれるところを見て北叟笑む気かとも疑ったが、威織の真剣な眼差しを見る限りそうではないらしい。

 いよいよ威織の真意が分からなくなってきたところで、キリトが悉く弾丸を回避することに対する響めきが見物客の間に広がっていく。

 ファンファーレが鳴ってようやく気付くと、キリトは既に10メートルラインを突破していた。あの時点で撃ち倒されてしまう者も多い中、その顔には未だに余裕がある。

 凄いと素直に思うと同時に、微かな違和感があった。キリトの目線だ。弾道予測線を見て銃弾を回避するには、勿論のこと赤い線が自分の体のどこにヒットするのかを確認しなければならないため、目線は相手の銃と自身とを往復するはずだ。けれど、キリトは自身の体を全く見ておらず、それどころか銃口すらも見ていないような気がした。

 

 反則的な早業でリロードを終えたガンマンが挑戦者への罵倒を吐き出しながら、今度は3点同時発射ではなく、先の2発と後の1発、さらにダメ押しにシリンダーに残っている3発と、微妙に時間差をつけて銃撃する。

 あんなものどうやって躱せばいいのか、と腹を立ててしまいそうになるが、キリトは右へ左へ、上へ下へと自由自在に細い体を操って回避する。銃弾が捉えるのは虚空、もしくは戦闘において当たっても意味の無い彼女の長い黒髪だけ。

 

「あいつならできると思った」

 

 突然、威織が声を出す。それは私が求めていた、どうして彼女を挑戦させたのかという問いへの答えだった。顔を見ると、瞳はただ当然の光景をみているように坐っている。

 恐らく、威織はキリトと別のゲームで知り合っていて、そこでキリトは実力者だったのだと思う。だからこの難関も突破できると言っているのだ。

 とは言え、インチキと言われるほどの高難度。クリアしたのは今まででたった1人。そんな馬鹿げたものに打ち勝てるプレイヤーなんて——。

 いや、当たり前のように銃弾から逃れる男を、私は知っている。

 

「威織、まさかあなたが……」

「これはクリアできるゲームだから、多分キリトも大丈夫だと思う」

 

 思わぬ事実を叩きつけられ、背筋に冷や風を当てられたような感覚が迸った。

 人知れず息を呑む私を置き去りにし、野次馬から感嘆の息が漏れ出た。15メートルのラインも飛び越えたキリトに、もしかしてクリアが見られるかもしれない、という期待が芽生え始める。

 もはや開いた口が塞がらないが、そんな周りの視線は御構い無しとキリトは体を大きく後ろに倒した。所謂スライディングの要領でタイルの上を滑り出した彼女の上を、SMGかと怒鳴りたくなる6連射が横薙ぎに通過していった。

 

「凄いな」

 

 隣の歌馬鹿野郎があまりに軽く言うので、それを驚いていいのかすら分からなくなったけれど、次に起こった攻防には驚愕の2文字では言い表せないほどの衝撃を覚えた。

 速度を殺さずに立ち上がったキリト。距離はもう2メートル半まで縮まっており、再装填までのゼロコンマ5秒があれば、彼女なら充分にタッチできる。

 そう思った途端、キリトは華奢な脚を思い切り伸ばし、大きく上に跳躍した。

 何を、という疑問は、リボルバーの銃口からリロード無しで放たれた6発の青白いレーザーで吹き飛ばされた。もし彼女が前に走っていたなら穴だらけになっていたというのは想像に難くない。

 空中で華麗に一回転したキリトが、テンガロンハットの下の顔を心無しか歪めるガンマンの直前に着地し、間を開けずにその胸を素早く叩いた。

 

「オーマイ、ガ—————ッ!!」

 

 大袈裟に芝居がかった叫び声を上げ、ガンマンが地に膝をついた。10、15メートルライン通過のものとは比較にならない音量のファンファーレが鳴り響く。それと同時に、ガンマン背後のセットががらがらと音を立てて崩れ、内側から金貨が滝水のように流れ出てくる。セット上部にあった金額表示が目まぐるしく減少していき、やがてゼロになると金貨の放流が停止した。

 圧巻の光景に言葉を失っていると、大量のゴールドが消滅した。キリトのストレージに収納されたのだろう。

 それからゲームは余韻に浸る間も無くリセットされ、ショックから立ち直ったらしいガンマンは今の1戦を忘れたように挑発的なスラングをまくし立て始める。

 

 ゲームレーンから出てきた彼女が手を振りながら無邪気にこちらに歩いてくる。威織は特に気にした様子もなくそれに応えて無表情でサムズアップした。

 私はそんな風に出迎えられるほど冷静ではなかったから、今の数十秒間の気になっていることを尋ねるのを我慢はできなかった。

 

「あなた……予測線どころか、銃口も見てなかったでしょう……? 最後のレーザーを、どうして……」

 

 あまりのことで口が回らなくなっていたのは誤算だったが、それでも言わんとすることは相手に伝わったようだった。けれど、説明しにくいことなのかキリトは答えを言い澱んでいる。

 視線を右上に投げてから、シニカルな笑みを浮かべてキリトは言う。

 

「このゲームはその弾道予測線を予測する、っていうゲームでしょう?」

 

 思いがけない返答をする彼女の得意げな目は、驚いて静寂に染まった人集りではなく、唯一平静を保っている威織に向けられていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「敵の眼から射線を読み取って、銃弾を躱したってこと?」

 

 ギャラリーがはけたショップの隅で受けた説明を、BoBの参加申し込みをするために総督府へと歩きながら恐る恐る要約してみると、威織とキリトは同時に頷いた。

 聞いてみればなるほど単純な話だが、弾道予測線という分かりやすい目印がある中では気付きにくい盲点だった。最近になってレアなMP7をサブアームとして持ち、近接戦闘にも慣れ始めたころだ。

 

「私にもできる、かな」

 

 威織の顔を横から見上げて尋ねてみると、彼は答えを声にはせずに私の頭を撫でるという行動で肯定した。

 初めて出会った日から彼はよく私の髪を撫でてくる。それが男女の異性的な接触でなく、例えば小さい妹を愛でるような触れ方だと気付くのに時間はかからなかった。そのため、彼が私に触れている時間は素直に安心する。

 緩んだ口元をマフラーに埋めて隠しながら、気恥ずかしくなって顔を背けると、その先ではキリトが呆けた様子で私たちを見ていた。

 

 この子に関しては、少しの後悔が残っている。

 彼女がメインウェポンに据えてしまった武器。私が威織のショットガントレットとの比較に出した《フォトンソード》、いわゆる光剣だ。長さ25センチ程度の円柱形であるそれは、側面上部のスイッチを入れると紫がかった光の刃が生成され、圧倒的な熱量で対象をぶった斬るという代物だ。

 当たれば敵のHPを一気に消し飛ばせる程の破壊力はあるが、如何せんリーチは1メートル強の刃と腕を合わせた2メートル程度。

 威織の存在と彼女がミニゲームで見せた神憑り的な動きに期待して購入を止められなかった。

 サブウェポンこそ威織が使わないからと渡したハンドガンになっているが、BoBという高水準の戦闘が繰り広げられる舞台ではどれだけ勝負できるか分からない。

 

 

 天を穿つほどの巨大な金属塔の中に入ると、広い円形のホールが出迎えてくれる。周囲の壁にある大型のモニターが絶えずイベント告知や企業CMを流し続けている。その中でも一際に目を引くのが《第3回バレット・オブ・バレッツ》のプロモーション映像。第2回のハイライト映像が組み込まれていて、時折に水色の髪が映る。

 

「あれシノンか」

「……あんまり見ないで」

 

 威織がモニターを指差して尋ねるが、第2回は負けた大会という記憶の仕方をしているので見られて気持ちのいいものではない。

 手を伸ばして彼の顔の前にブラインドを作ると、威織は首を傾げて言う。

 

「なんで?」

 

 目隠しに掲げた手を握って退けられ、こちらを一切見ずに映像に釘付けになる威織。その瞳には画面が反射して輝いている。

 それから私の狙撃シーンが1通り終わるまで手を握られたままで動けず、ようやく映像が切り替わったところで、灰色の瞳がこちらを向いた。

 

「かっこいいのに」

 

 握られた手にぎゅっと力が加わって、私は彼の瞳が輝いていたのは画面の反射のせいではないことを知った。そこにはお世辞とか、そういう高度な大人げのある気遣いがあるようには見えない。子どもがヒーローショーに歓声を上げるような、そんな無邪気さがあった。

 

「は、早くエントリーしよう」

 

 何故か目頭が熱くなっていくのを誤魔化して、彼の手を振り解いてホールの右奥へと進む。

 私は威織に憧れを抱いていて、それは単なる一方通行だ。彼ほどの実力者からすれば、私は今まで積み重ねてきた屍の山を築く1つでしかない。そう思っていた。

 そんな人が、私のプレイを見てかっこいいと言ってくれた。制止も振り払って見続けてくれるほど、夢中になってくれた。

 その事実だけで、エントリー用機械のパネル上を滑る手が軽い。

 

「あ、やり方は……大丈夫そう?」

 

 情報を入力し終えてC-19と表示された筐体から離れ、私の左隣の物を使用している彼女に背後から尋ねる。するとキリトは何やら画面を見ながら頷いた後、渋々という風に頷いた。まあ、よくあるタッチパネル方式なので迷うことは無いか。

 そう思っていると、思わぬ方向から声を掛けられる。

 

「シノン、これどうやるんだ」

「なんであなたが分からないのよ……」

 

 そうは言ってみたものの、威織はイベントごとに参加するのはこれが初めてのようで、それならば仕方が無いかと納得した。

 彼の肩に手をかけて画面を覗き込むと、どうやら入力内容の理解ができていないようだった。確かに最初は戸惑うものだ。ゲーム内の情報ではなく、本名や実在の住所の提示までもを求めてくる。そうしなければ上位入賞者へ送られる賞品は手に入らない。

 

「アイテムに興味無いなら、全部空欄でもいいよ」

「そうか」

 

 それならそうと早く言ってくれ、とでも言わんばかりに完了の文字に触れた威織の思い切りの良さに呆れて笑みが溢れる。

 エントリー完了画面、それから予選開始の時刻と切り替わり、次いで画面に表示されるD-12の文字。予選においてDブロックの12番にエントリーするということだ。私はCブロックだったから、彼と戦うためには決勝のバトルロワイヤルまで生き残らなければならない。

 

「キリトは? 予選のブロックはどこ?」

「Dブロックです。Dの37番」

 

 思わず、おっ、と口に出してしまう。威織と同じブロックだ。けれど番号的に2人が当たるとすればブロック決勝しか無い。威織はまず間違いなく上がってくるだろう。あとはキリトの実力次第だが、威織は彼女を認めている節があるし、二人の純粋な1対1の戦いが見られるかもしれない。

 自分の戦い以外に楽しみが増えたと高揚していたい気持ちは山々だが、予選が始まるまでの1時間は諸々の準備と意識の切り替えに使いたい。

 

 右も左も分からないキリトと威織を引き連れ、エレベーターの搭乗口に向かう。上向きの矢印がデジタル表示され、音も無く分厚い鉄扉が開いた。乗り込んですかさずB20Fのボタンをクリックすると、忠実に再現された内臓を押し上げるような浮遊感が訪れる。この感覚は好きではないので、こんなところまでリアルに寄せなくてもいいのでは、と眉を顰めてしまう。

 20階分も降りたとは思えない速さで不快感は消失し、再び音も無く扉がスライドした。向こう側の景色は、白い光に照らされるエレベーター内部とは別世界だった。

 半円形のホールという点においては地上階と変わらないが、照明がやけに少なく、暗い。壁に埋め込まれている紫色の照明も光量が抑えられていて、殺伐とした雰囲気に一役買っている。

 

 エレベーターから踏み出すと、不躾な視線が遠慮無く私たち3人を貫いていく。

 

「シノンだ」

「隣のは『歌う狂者(シンガー)』か?」

「もう1人は?」

「知らねえ、見ない顔だ」

 

 と野太く低い囁き声がホール内を駆け巡る。やはり顔が知られていると、こういうのは日常茶飯事だ。私も威織も慣れたもので気にはしないが、今において居心地が悪いのはキリトだろう。

 

「控え室、こっちね」

 

 彼女をここから遠ざけてやろうと足早に人混みの間を抜けていく。1歩を出す度に横目で周りを観察するが、メインアームだろうARのマガジンを意味も無く抜き、意味も無く装填する者。その他にも膝に乗せた獲物を音高く排莢する者。

 私からすれば、どいつもこいつもお調子者だ。私は戦闘服に着替えはするけれど、へカートⅡを見せびらかすような真似はしない。前回大会や普段のプレイで広く知られているとしても、黒く長く伸びる銃身は自分を飾り立てるファッションアイテムなどでは無いのだから。

 

 控え室前に立つと、扉上のランプが空室を意味する緑に点灯している部屋はちょうど2つあった。

 

「じゃ、準備ができたら外に出ておいて」

 

 片方のセンサーが私を認識して部屋を開放した。

 威織に手を振ると、彼は小さく頷いて、あろうことか私の後ろに着いて来ようとしたキリトの首根っこを掴んで同じ控え室に入ろうとした。

 これは止めざるを得ない。嫉妬とかは……少しあるかもしれないが、そもそも確実なハラスメント行為だ。せっかくの大会前にグロッケンの監獄エリアに送られる相棒の姿は見たくない。

 

「ちょっと! その子はこっちよ、女と男に別れるの」

「……じゃあ、合ってる」

 

 少しだけ声を荒らげて制止を試みるが、静かな声で反抗された。いや合ってないわよ、どこに目付けてるのと大声でキレのいいツッコミを叩きつけそうになったとき、親猫に運ばれる子猫みたいになったキリトが苦笑いする。

 

「俺、男なんだ」

 

 世の女性が羨む美貌を携え、彼女——いや、彼はプラズマグレネード級の破壊力を持つ言葉を口にした。

 

「……………………は?」

 

 呆気に取られる私を装飾の銅像か何かのようにスルーして、2人は控え室の中に消えていった。

 中性的な顔、という言葉では説明できないほど女性に寄りすぎた容姿が頭から離れず、混乱が冷めない。

 一応、準備をしないわけにはいかないので私も部屋に入って施錠をし、ウィンドウを開く。黒い半透明な板を操作して、装備を解除する。イエローグリーンのジャケットやマフラーが青白い光の粒子になって溶けて、戦闘用の装備に換装した。デザートカラーのジャケットに同色のボディアーマー、コンバットブーツを手早く装備し終えると、先程の衝撃が膝にキたのか座り込んでしまう。

 

「……………………は?」

 

 漏れ出た声は、やはりそれだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今の俺の身体及び精神——VR世界に於いては同じことだろうか——の状況をひと言で言い表すとするならば、疲れたという3文字が他の何よりも適切だ。

 ALOとは趣向の違う真っ黒な迷彩柄の戦闘服に身を包み、視界に入ってくる黒い長髪を煩わしく振り払って、直近の1時間のことを思い返す。

 

 シノンには女性だと勘違いされていて、控え室から出て予選開始を待ってる間中、頭の天辺から足のつま先までスキャンでもするように眺められた。素性をしっかりと明かし、もっと砕けた喋り方をしてもいいというシノンから申し出に甘えた。

 次にシュピーゲルというシノンの友人が現れ、威織と何やら険悪な雰囲気を醸し出し始めた。威織は普通に接しているようだったが、シュピーゲルの方から彼に苦手意識があるらしかった。

 そして最後に、GGOでの初戦闘。銃を持った相手は、やはり剣やら魔法やらといった慣れ親しんだものよりも集中力を要する。飛来する弾丸は速攻魔法と同等かそれ以上の速度で、おまけに魔法ならMP即回復チートだと言いたくなるほど短い間隔で大量だ。

 最終的には、十数発の中から致命傷になり得る弾丸だけを即座に選定し、その弾道予測線上に光剣を置いて弾くという戦法で切り抜けた。ただ、我ながら何とも無茶なスタイルだ。待機スペースには何枚ものモニターがあり、戦闘中のプレイヤーを映してくれる。分かっていたことだが、やはり俺はリーチがおかしい。

 他のやつが数十メートル単位で撃ち合っている中、さっきの勝利を決めたときの俺は相手に2メートル位の距離まで近付いていたんじゃないだろうか。もしALOで魔法ではなく弓矢なんかで数百メートル狙撃を行う者が居たなら、間違いなく俺はそいつを馬鹿と呼ぶだろう。それだけセオリーの射程とはかけ離れている。

 

 ホール内を見渡してみると、ペールブルーとグレーアッシュの髪の毛はどこにも無い。まだ戦闘中らしい。シノンの狙撃手という戦い方は是非とも見てみたいし、勝ち進めば威織とも決勝で当たるため彼のGGOでの戦闘スタイルも拝見したい。

 そんな思いで数あるモニターの中から2人の姿を探そうと顔を上げた、そのとき。

 

「お前、本物、か」

 

 低く乾いた、そして金属的な無機質さを感じる声が耳元で響いた。

 1回戦は既に終わっているというのに、俺は戦闘中もかくやという動きで跳び退った。

 

 少しだけ遠のいたせいで見える全貌は、非科学的なイメージを俺の脳内に浮かばせる。幽霊(ゴースト)と、そう思ってしまうほどだ。

 ボロボロに千切れかかったダークグレーのマントに全身を包み込み、フードまで目深に下ろしている。ただでさえ光源の心許ない待機スペース、さらにフードが作る影のせいで顔は確認できない。ただ、その中で赤色に光るものは、位置的に双眸だろうと認識できた。

 何とも恐ろしい見た目だが、プレイヤータグの存在が俺の抜剣を止めてくれる。

 

「本物って……どういう意味だ? あんた、誰だよ?」

 

 マナー違反気味の距離で話しかけてきた相手に、少々語気が強くなる。

 けれどボロいマントを翻した相手は俺の問いに答える気は無いらしく、わざわざ開けた間合いを一息で詰めてくる。

 それだけ近付かれて、ようやく赤い双眸がメカメカしい髑髏を模したマスクのゴーグルだと分かった。

 

「試合を、見た。剣を、使ったな」

「あ……ああ。別に、ルール違反じゃないだろ」

 

 もし違反ならばシノンが購入を止めてくれていたはずだ。彼女は俺がショップ内で光剣を振り回すのを見ていたし、それは問題ではない。

 じゃあ、こいつは何が言いたい?

 

 心臓が早鐘の如く鳴る。多分、これは恐怖の類の感情だ。モンスターを相手にしているわけでも、2回戦が開幕したわけでもない。けれど、俺はこいつを怖いと、そう感じている。

 俺の内心を悟ったかのように、ボロマントはもう1歩、俺に近付いて、消え入りそうなほど低い声で囁く。

 

「もう1度、聞く。お前は——」

「おい」

 

 そこに飛び込んできたもう1つの声は、低いけれど恐怖の色を孕んではいなかった。

 俺の瞳と赤色のゴーグルグラスが声の主を捉えたのは、全くの同時だった。

 

「離れろ。連れだ」

 

 相変わらず最小限の言葉だけで的確に言いたいことを言ったそいつは、スチームパンク風のゴーグルを首まで下ろした。

 左手で小さく手招きされ、俺は髑髏マスクの動きに警戒しながら彼の隣まで移動する。

 

「お前、は」

 

 呟きながらマントの中から細い腕を出すと、髑髏マスクはウィンドウを出現させて何やら操作をしていく。武器を取り出してドンパチやらかそうという気は無いらしく、ウィンドウがトーナメント表を映し出す。

 2回タップされてズームになったのは、俺と威織の名前があるDブロックだ。反転した《Kirito》という文字が裏側から透けて見え、その下をなぞる指の動きも同じく視認できる。

 そして指がスライドし、今度は《威織》の文字をなぞる。

 

「名前と、剣技、歌。お前、たちは……本物、か」

 

 雷撃めいた衝撃が全身を貫いた。

 こいつは、俺の名前も、俺が1回戦で使ったソードスキルも——イオリの存在も、知っている。

 それを知っているのは、あの悪夢のような2年を知っている者だけだ。

 誰かを特定するのは、難しい。ソードスキルはSAO帰還者なら知らない方がおかしいし、俺の名前も《二刀流》やらヒースクリフとの決闘のせいで広く知られているし、イオリだって攻略組の中でトップクラスの実力者だった。名前を知られていても不思議ではない。

 考えてみれば、この髑髏マスクがSAOサバイバーだとして、俺やイオリを見つけたとして、何も悪いことじゃない。俺だって別のゲームで同じ出自のプレイヤーを見かけたら声をかけるだろう。そう、だから怖がる必要なんて全く無い筈なのに——。

 

 待て。

 こいつ、名前と剣技と、《歌》と言った。

 イオリが戦闘の際に歌うというのは、SAOで同じ時間を共にした者達でもほとんど知らない。モンスターを相手にしたイオリは寡黙で、口を開かない男だったから。そんな彼が歌うようになったのは、攻略組を後にしてからだ。知っているのは俺だけで、俺は他の誰かに、アスナにだって教えていない。

 

 いや、他にも知っている奴らなら、いる。

 イオリが攻略組を離れた理由。イオリが歌うようになった原因。

 もしかすればプレイヤーを阻むフロアボスや、黒幕の茅場晶彦よりも恐れられた、悪魔達。

 

 操作されていたウィンドウが閉じ、包帯で巻かれたようなデザインの腕が下りていく。

 やたらにゆっくりと落ちていく前腕の包帯には、ごく僅かな隙間があった。覗く青白い肌には、まるで悪夢の再現をとでも言いたそうな、そんな狂気のタトゥーが刻み込まれている。

 戯画化された西洋風の棺桶。蓋が少しずれていて、内部から白骨した腕が手招きしている。そして、棺桶の表面に、ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべた顔。

 

 それを見て、真っ先に威織の身を案じた。脳波の異常をアミュスフィアが感知し、強制的にログアウトさせてしまうのではと。

 けれど、威織は俺が名乗ったときより反応が薄かった。薄いというより、全くの無反応だった。

 だから俺は、威織は刺青が見えなかったのだと思った。ごく細い隙間だったし、刺青自体も小さかったから。

 

「……名を騙った偽物、か。もしくは、本物、なら」

 

 ——いつか、殺す。

 

 振り向き様に呟かれた声には、これ以上無いほどに濃密な殺気が塗りたくられていた。

 髑髏マスクが離れていって、到底ロールプレイとは思えない圧から解放された。すぐさまへたり込みそうになった体に鞭を打ち、威織の横顔を見上げた。

 

「変な奴が居るもんだな、威織」

 

 普段通りの声が出せているのかも怪しい。けれど、今はこうするしか道は無い。

 間違っても奴らの存在を威織の前に仄かしてはいけないのだ。そうしなければ、彼はきっと。

 

「俺が」

 

 彼のそのひと声だけで、俺は失敗したと確信した。

 抑揚が無いだけで生気はある声ではなかった。生気すらも感じない、いっそ機械的とも聞こえる。

 GGOでシノンと話す威織は、攻略組で背中を預けていたときの彼と同じだった。不器用で無愛想だが優しく、それでいて確かな強さを秘めた、そんな人柄だった。

 

 今は違う。これは、攻略組を離れた後、迷宮区でモンスターではなく、人間に鎌を振るったイオリの声だ。

 そして、俺はこれから彼が言うことを知っている。

 

「俺が、やらなきゃ」

 

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