オールマイトを殺したい 作:神奈月
「何か嫌なことがあったのですか?見たところ未成年のようですが」
とある古びたビルのバーに私は来ていた。学生だとか未成年だとか関係ない、とにかく何もかも忘れたかった。頭が真っ黒な霧のような男の問いになんて答えたものかと考え、もういっそのこと全部言ってしまおうと思い口を開いた。
「・・・・・・私と同じ無個性の幼馴染がいるんですよ。一生私と一緒に落ちぶれてくれると思ってた。なのにいきなり個性が発現して雄英合格、エリートコースまっしぐら」
最近体を鍛えてることには気づいてた、けど特に気にしてなかった。雄英を受けるって聞いた時も笑って受け流してた。どうせ成功するはずないんだから、私たちは
「酒・・・・・・・・度数強いの下さい。お金は持ってきてるんで」
明らかに未成年なのは相手側もわかっていると思うが酒を出してくれた。わざわざ人が居なさそうでボロボロの、法律とか無視してそうなバーを選んだ甲斐があった。酒のがぶ飲みは楽になるって大人は言うけど本当だろうか。試してみよう。
「最後くらいは酒飲んでみたかったんですよね。さようなら」
ゴクリとグラスの酒を口に含んで飲み干す。恐らく私は急性アルコール中毒で死に至るだろう、お酒なんて飲んだことないし。そんな幼馴染を見て出久はどう思うだろうか。どうかこの救いようがない馬鹿を憐れんでくれ。
ああ、やっぱいいや。エリートの憐れみなんて嬉しくもなんともない。アルコールが喉を通る音がする。破滅的な笑みを浮かべながら私は地面に倒れた。どんどん遠のく意識の中で私は今に至るまでのことを思い出していた。
初めは傷の舐め合い。見下して落ちぶれて安心しての泥沼のような生活、それが崩れ始めたのはいつだったか。正確にはわからないけど直感的に思い浮かんだのはあの時、ヘドロ事件が起こったのことだ。
「馬鹿ヤロー!止まれ止まれ!」
知らない人の叫び声が聞こえた。その先ではヘドロのようなヴィランに爆豪が囚われている。ざまぁみろ、お前なんかそのまま死んじまえクソ野郎。
そう思っていた時に飛び出したのは幼馴染である緑谷出久、暴れるヴィランを遠巻きに眺めている野次馬の中から駆け出していった。
「・・・・・・なんで?」
困惑。自分をいじめてた奴をどうして助けに行くんだ、そもそもプロヒーローが容易に攻撃できない相手に無個性が勝てるはずもないのにどうして飛び出すんだ。
理解できない意味がわからない。戸惑い立ち止まっていると出久はカバンをヴィランに投げつけて爆豪を助けようとした。そしてこう言ったのだ。
「君が、助けを求める顔してた」
出久がヒーローになりたいと言っているのは知っている、ヒーロー研究ノートを作っているのも知っている。だけどそれが本気だとは思わなかった。
きっと心の奥底では諦めているんだと考えていた。そもそも私達みたいな劣等無個性はヒーローなんてエリートには慣れはしないというのに。
確かに理論上には無個性だってヒーローになれる。あくまで理論上は。
攻撃系の個性を持たないプロヒーローだっている。体が異形なだけでそれ以外は無個性と変わらなかったり、体の一部が変化するだけで身体能力は上がらなかったり。
そんな彼らは鍛えた体と技能、そしてサイドキックや他のプロヒーローとの連携によりヴィランに立ち向かう。だから単純な身体能力と戦闘能力なら無個性だって彼らとはそう変わらない。
大衆が無個性がヒーローになることを認めるかどうかはわからないし、花がないから多分人気は得られないだろうが細々とヒーロー続けることはできるだろう。一部の無個性が応援するかもしれないけど。
だがそんなのとは別に根本的な問題が存在する。この超人社会において無個性というのはそれだけでハンデになるし見下される。無個性を人ではないと思う人間すらいるだろう。
無個性で成功できるのは良きバックボーンがある奴だけだ。恵まれた環境、友、そして才覚がなければ話にならない。その点出久と私はダメダメだ。
出久はいじめられて育ち、目立った才覚は無く、平凡な環境で育った。そして何より
だってそうじゃないですか。今まで体を鍛えることもなく格闘術を身につけることもなかった。ヒーローなんて諦めてるようにしか見えなかった。
なのに、なのになんで飛び出した。そんなヒーロー精神が出久にあったなんて知らない、知りたくもない。善性はあっても行動に移せるとは思っていなかった。出久が私を置いて上にいってしまうようで吐き気はする。私がそうこう考えてる間に飛び出したのはオールマイト。
「プロはいつだって命懸け!」
その一撃は上昇気流を巻き起こし辺りに雨を降らせた。まさに規格外。最強、No. 1ヒーロー、英雄、それらの評価は決して間違いなどではないと目の前で証明された。
その後出久はヒーロー達に説教され、爆豪は称賛された。ほらみろ、無個性が何やったって無駄なんだ。だから大人しく私達は惨めに生きていけばいいんだ。
一旦そう思えば全ての思考は自分に都合はいい答えを導き出す。それが真実かどうかはどうだっていい、ただ己が満足すれば。きっとさっきの出久の行動は自己満足だったんだと、誰かを助ける自分に酔っていただけだと。
「そうですよ出久。全ては無駄、無為に終わる」
「え、何が?」
不思議そうな顔をしている出久を眺めながら私は疑問を覚える。はて、何故先程説教されたばかりだというのにこうも元気なのだろうか。先程話していた痩せこけた男と何か関係があるかもしれない、まぁどうでもいいことだ。
ここ最近出久にはかなり筋肉がついた、とはいってもそこまでじゃないが。どうして筋トレを始めたかはわからない、本格的にヒーローを目指す気にでもなったのか。
もしそうだったら貴方には無理だと
気になっていつも出久が行く公園を見に行ったら、金髪の痩せこけた男がそこにいた。あの日ヘドロ事件の後で出久と話していた男だ。様子を見ているとどうやら出久の筋トレをアドバイスしているようだった。いくつかの会話が聞こえてくる、要約するとこんな感じだ。
『金髪の男は毎日来れるわけではない』
『出久が過度な筋トレをしている』
口角が上がる。空回りしてるじゃないか。何を金髪野郎に言われて唆されたか知らないけど、雄英をマジで目指すなんて滑稽だ。今から筋トレしたところで、生まれつき
そして私の幼馴染にいらないこと教え込んだあの男には腹が立つ。不可能な夢を見せてるあの男は出久にとって害にしかないらない。そこまで考えて自らを嘲笑う。
そんなこと言ったら私の方が出久にとっては害だ。何もかも成功しないと決めつけて一緒に堕落させようとするなんて。でもそれでいいんだ、どうせ私たちは落ちこぼれなんだから傷を舐めあって生きていこうじゃないか。蔑みあって見下しあってそれで最終的には退廃的に和解して生きていこう。
そんなクソみたいな思考が脳を掠める最中足を踏み出す。出久が帰った後、同じく帰ろうとする男に声をかけた。
「こんにちわ。単刀直入に聞くけど出久に何を吹き込んだんですか?」
「うん?君は彼の友人なのかな?」
「友人どころか親友ですよ。そんなことより早く答えてください。出久が雄英に行ってヒーローになるなんてふざけた夢見てるのは貴方のせいですか?」
言葉がいつもより上擦る、イライラして仕方がない。痩せこけた金髪野郎は一瞬沈黙してから真剣な表情でこう返した。
「ヒーローになりたいにも雄英に入りたいにも間違いなく彼に意思だ。私はその夢の後押しをしているだけ、そこに悪意はないよ」
「なんですかそれ。確かに出久は元々ヒーロー志望でしたけど半分諦めてましたよ。それに貴方の目的は何ですか?出久を応援したって何が返ってくるわけでもないのに」
「君は彼の夢を応援していないのかい?」
瞳孔が開く感覚、純粋に驚いた。こいつは何を言っているんだ。ヒーローになる夢を応援するのなんて宇宙飛行士になるとかサッカー選手になるとかそんな夢を肯定するのと同じだ。しかも本人にその才能はないのに応援するなんて愚の骨頂。
「何言ってんですかこのクソ金髪」
「クソ金髪⁉︎」
「出久も私も落ちこぼれなんです無個性なんです。貴方が何者なのか知らないですが、これだけは言っておきます」
クソ金髪に向かって大声で言い放つ
「死ねよクソ野郎。
きっと私は気づいてた。私のこの言葉は出久のことを思っての発言なんかじゃないって。自分のことしか考えてないって。
今日は雄英受験の日だ。一年間出久は筋トレを続けてきたようだが意味はないし無為に終わる。帰ってきたら慰めてあげよう。甘い言葉をかけてあげよう。慰めてあげよう。頑張るなんて無駄だったんだ。
フンフンと鼻歌を歌いながら私は図書館で勉強していた。行く先の高校はもちろん出久が雄英以外に受けた普通校だ。その時出久から電話がかかってきた。なんのようだろう、もしかしたら試験の結果が出たのかも。
合格
ああ・・・・・・
なんで・・・・・・
私を・・・・・・おいていかないで・・・・・・
「起きてますか?」
目を開けると真上には黒い霧の男。どうやら私は死ななかったらしい。あのまま死んで仕舞えば楽だったのに、これから先孤独の人生を送ることはなかったのに。
「私、生きてるんですか」
「ええ、倒れてから十分しか経ってません」
「そうですか・・・・・・もう帰ります。お会計を」
その後かなり高い代金を払って店を出た。ふらふらと行くあてもなく彷徨っているとあの男は見つけた。クソ金髪だ。酒の勢いで突っかかる。どうしようもなく行き場の見当たらない苛立ちを誰かにぶつけたかったのかもしれない。
「ねぇそこのクソ金髪」
「クソ金髪?ああ、君は随分前に海浜公園で会った子かな?」
「貴方だろおまえだろ、出久にに何したんだよ。突然個性が発現するなんてありえない。ありえてたまるか。おまえは何かしたんだろ!おまえが!」
それは懇願だった。願いだった。この男が何かしたと言ってくれればそれだけで少しは楽になったかもしれない。何故なら個性を使って合格したなら、その個性が他者によって発現したものなら、それは私と同じ落ちこぼれの出久の実力じゃないからだ。
「お、落ち着いて!私は何も・・・・・・泣いてる?」
いつの間にか涙が零れ落ちていた。
「出久だけが!出久だけが上に行く!私を置いていく!また!また一人になる」
小学校の時いじめられてたのを思い出す。いじめ自体は今も続いているが酷さで言えばあの頃が一番だ。そんな中で同じくいじめられてる出久に出会った、傷を舐め合った。
「君はあの時無個性だと言っていたね。緑谷少年が羨ましいのかい?」
「ああ!羨ましいですよ!私は!」
「私はオールマイトだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「これは秘密の話だ。でも多分君にはそれを聞く権利がある」
それから語られた話は驚愕の連続だった。本来なら人に話してはいけないけど、私が出久の親友であることと、このままだと危うい精神状態を落ち着かせるために話してくれたらしい。
重要なところはぼかしてそうだけど。代々受け継がれる個性。今代は緑谷出久。オールマイトの個性を受け継いだ。ヘドロ事件で出久が魅せたヒーロー精神。
なんだ、なんだそれは。認められるか。エリートどころの話じゃない、最強の個性を受け継ぐなんて。私が地べたを這いつくばるありだとすれば今や出久は天を飛ぶ鷹だ。
「そう、なんですか」
「納得してくれたかな?こんなもの羨ましがる必要なんてないんだよ」
「ええ、もう充分です」
「そうか、じゃあこのことは誰にも言わないように。帰り送ろうか?」
「大丈夫です」
そう言って彼は去っていった。オールマイト、それは逆効果ですよ。そんな話をされても納得なんてできるはずがない。そもそも貴方は私を勘違いしている。
「あひゃ」
オールマイトがいなければ出久はずっと私と一緒に落ちぶれてくれた。
「あひゃ、ひひっ」
オールマイトのせいで出久は私から離れていく。ずっとずっと遠いところへ行ってしまう。全部、全部オールマイトのせいだ。
「殺してやる。絶対殺してやる。殴っても殴っても足りない」
最強を殺すことなんて私にできるのか?ナンバーワンヒーローは私でも殺せるのか?やるしかない、やらないと治らない。
「オールマイトを殺すためにこれからの人生を捧げる」
どれだけ時間がかかってもいい、最強を落ちこぼれが殺すという不合理を合理とする。そうしてあいつの亡骸を持って出久のところへ行ってこう叫ぶんだ。
「私が来たってね」
オールマイトが秘密をバラした理由は色々ありますが、一番は出久に置いてかれそうになって泣いてる少女を慰めるためです。
その上でこんな大変な因縁なんて羨ましがる必要なんてないと教えたわけです。
全部逆効果です。オールマイトは何も悪くないですが、オリ主の精神が全て悪かったのでこうなってしまいました