PSO2NGS外伝 星巡る幻想曲〈ファンタジア〉   作:矢代大介

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Episode2 会敵

 

 

「んな……ッ?!」

 

 突然の奇襲。そして、その襲撃者の様相に、思わず驚愕の声が漏れる。

 体躯といいその外観といい、目の前に屹立するその異形は、明らかに、既存の生態系に組み込まれた生物ではない。どちらかと言えば、「何者かの手で人工的に作りだされた生体兵器」とでも言った方がまだしっくりきそうなほど、「生物らしさ」を欠いた外観をしていた。

 

 青いゲルの身体に、甲虫のそれにも似た金属的な外殻を纏ったそれの形状を一言で形容するなら、「大雑把にヒト」とでもいうべきだろうか。

 地面に擦りそうなほど長く太い双腕と、獣の脚にも似た形状の二本足。後頭部と思しき場所からはコードのような物体が頭髪のようになびいており、片方の手には鈍器と見紛いそうなほどに分厚く大振りな、大鉈状の武器。

 人間の倍はあろうかという全高も合わさって、青い異形の人型は、ただその場に佇んでいるだけにも関わらず、異様な存在感を放っていた。

 

(なんなんだ、あいつは……生き物、なのか?)

 

 その威容に半ば飲まれかけながら、俺は異形の人型を観察する。

 

 ――――と、次の瞬間。そいつの顔に相当する部分が、ぐりんっ、とこちらを向いた。

 

 ゴーグルのようなスリットから漏れる黄色い光の合間からは、瞳らしきものは見受けられない。だというのに、そのスリットの奥からは、怖気の走るほどに強烈な「敵意」を感じたような、そんな気がした。

 

「お友達になりましょう、って雰囲気……じゃあ、ないよな」

 

 背中に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は浜辺の砂を踏み鳴らしつつ、一歩後ずさる。

 

 はたして、それがトリガーになったのか、異形の人型が、こちらに向けて咆哮のような音を発する。

 それと同時に、肉に相当するであろう青いゲルが、湯だったように白みがかった赤へと変色。「怒り」、あるいは「臨戦態勢」という言葉を視覚的に表せばこうなるのではないだろうか、と思えるような変貌を経て、異形の人型は再びこちらに向き直り――地響きと共に、こちらめがけて突っ込んできた。

 

「くっ……!」

 

 やっぱりこうなるのか、と言外に毒づきながら、背を向けて逃走を図る。

 が、その全高がなせる歩幅の大きさと、そこから生じる速力には、いかんともしがたい差がある。10秒と持たずに追いついてきた異形の人型は、その右手に握ったいびつな剣を振りかぶり、こちらめがけて袈裟懸けに振り下ろしてきた。

 

「うおっ?!」

 

 大気が引きちぎられる音と共に、寸前まで俺が居た地点を、巨大な刃が薙いでゆく。

 一拍遅れて肌を叩いた衝撃波が物語る威力に、喉の奥からひきつった声が漏れた。

 

(これは――食らえば死ぬ!!)

 

 本能がそう理解すると同時に、無意識のうちに視線が周囲を巡る。

 かの異形の剣戟の威力は、控えめに言っても致死級だ。速力で勝てない以上、どうにかして奴の攻撃をかいくぐれる手段を用意するのは、現状における最優先事項だと言えるだろう。

 

 ――命の危機に瀕する中で、パニック状態に陥らないどころか、戦況を冷静に観察して、対処法を見出そうとできることに関しては、この際脇に置いておく。

 この瞬間、この場において重要なのは、「生き残ること」に他ならない。今の俺には、余計なことを考えてられるほどの余裕などないのだ。

 

 再び迫る横薙ぎの剣戟を、今度は前に飛びこむことで回避する。

 そのまま砂地の上を転がり、勢いを殺さずに立ち上がった俺の視界に、ふと気を引くものが映り込んだ。

 

「――あれは」

 

 注意を向けてみれば、それは先ほどまで俺が押し込められていた降下ポッドだということが分かる。

 だが、先ほど俺が観察していた時とは様子の違う箇所が、一つ。先ほどはびくともしなかった、降下ポッドの表面を覆う外装の一部が、外に向けて伸び開き、その奥に収められていた「何か」を露出させていたのだ。

 ポッドの中から出現したそれは、周囲の物体と比べて見る限り、どうやら俺の身の丈ほどの長さを持っているらしい。片側の端面が青く発光する不思議な何かで覆われているようで、遠目に見てもぼんやりと明滅しているのが良く見えるのが特徴的だった。

 再び迫る剣戟を鼻先三寸で躱しつつ、さらにそれを観察してみれば、その不可思議な物体のある一点に、いかにも握り込みやすそうな(グリップ)が備わっていることに気がつく。つまり、件の身の丈ほどもある何かは、人がその手で振るうことを想定した「武器」であるということに他ならなかった。

 

(……まともに振るえる代物かは分からないけど――何もできずに逃げ回るよりは、何倍もマシか)

 

 決意と共に身を翻し、降下ポッドめがけて転進する。

 ちらり、と後方を見やれば、かの異形はやはり、こちらをじっと睨みつけている。しかし、その行動は予想に反して、その場にとどまったまま、手にしている大剣を後方へと引き絞り、身をたわめていた。

 一体何を、と推論立てようとした――その直後。

 

 勢いよく突き出された異形の大剣が、音を立てて、こちらに「飛来」した。

 

「っが……!?」

 

 予想だにしなかった一撃に、回避行動を取り損ねる。

 背中を貫く、鈍く、しかし胸先まで突き抜けるような衝撃を感じた時には、俺の身体は木っ端の如く宙を舞っていた。

 

「あ、ぐッ」

 

 砂を巻き上げながら、浜辺に倒れ伏す。

 重い一撃で自由を奪われた身体のまま、なんとか異形の方へと視線をやってみれば、そこには飛来した大剣――否、「付け根からゴムのように引き伸ばされた腕」を縮める異形の姿があった。

 

(何だよ、それ……反則だろ……ッ!)

 

 余りにも生物離れした挙動に、胸中で怨嗟の言葉を吐き捨てる。

 幸か不幸か、先のロングレンジ攻撃は切り裂くための物では無かったらしい。強烈な衝撃に内臓まで揺さぶられたが、致命打とはならなかったようだ。

 ――しかし、立ち上がろうとしたその矢先、前後不覚に陥った身体が、ぐらりと揺らぐ。ふと気づけば、俺の身体は再び砂浜に突っ伏していた。

 

「ぐ……ッ」

 

 どうやら、先刻の一撃が与えたダメージは、思った以上に大きかったようだ。

 鉛を括りつけられたかのように、身体の自由が利かない。こみ上げる気持ち悪さにえずけば、喉の奥から飛び出した赤黒いモノが、べたりと砂浜にこぼれ落ちた。

 

 

 身動きの取れない俺へとめがけて、異形が迫り来る。

 絶体絶命の危機を悟って、しかし、俺の身体は言うことを聞いてくれなかった。

 

(マズい、マズい、マズい)

 

 憔悴する俺を嘲笑うかのように、重く響く足音が、ゆっくりと、俺の元へと迫ってくる。

 その歩みは、まるで獲物を追い詰めんとする死神の歩みのようで。

 

(死、ぬ――?)

 

 脳裏をよぎる、暗く冷たい感覚が背を撫でる。

 

 そして――

 

 

 

 真っ白だった俺の胸中に、「何か」が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 眼前を闊歩するのは、闇が形を成したかのような、異形の軍勢。

 

 黒煙と焔に包まれた世界が、怒号と悲鳴で塗り潰されていく。

 

 

 最中、襲い来る漆黒の凶刃。

 

 怖気の走るほどに冷利で、無慈悲なそれを目の前にして、俺の胸に、一つの感情が灯る。

 

 

 それは、今この瞬間、俺が抱いた思いと、寸分たがわないもので。

 

 

 

 

 

 

「こんな、ところで――」

 

 歯を食いしばり、言うことを聞かない己の身体を、無理やり服従させる。

 根性で振り仰いだ俺の視界の先、今まさに俺を叩き潰さんと迫り来る、粗雑で巨大な凶刃を、しかと睨みつけて。

 

 

「こんなところでッ!! 死んで、たまるかあああぁぁぁぁああ!!!」

 

 胸中に燃え上がる衝動を咆哮に変え、俺は半ば無意識のまま、がむしゃらに拳を突き出した。

 

 

 

 ――直後、握り込んだ拳の内側から、燃えるような熱が生じる。

 

 そしてほぼ同時に、青白い閃光が、視界を眩く焼き尽くした。

 


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