PSO2NGS外伝 星巡る幻想曲〈ファンタジア〉   作:矢代大介

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Episode4 邂逅

 

 

 胸部の球形物体を破壊された異形が、ぐらりとその場に(くずお)れる。

 かと思ったその直後、まるでどこかに吸い込まれていくかのように、ゲル状の躯体が急速に収縮。崩壊を起こした異形は、俺の目前で赤黒い輝きを煌めかせ、爆散していった。

 

 まるで何事もなかったかのように、さざ波の音だけが静かにこだまする。

 しかし、浜辺に刻まれた無数の剣戟の跡と、この身に重くのしかかる疲労、そして受けた傷の痛みが、体験した全てが真実だったということを、無音のままに物語っていた。

 

 とたん、緊張の糸がぷつりと切れたような感覚がして、俺はその場で大の字に倒れ伏す。

 握りしめていたコートエッジも砂地に放り投げるように手放しながら、俺は腹の底から安堵の息を吐き出した。

 

 

 勝った。生き残った。

 窮地を潜り抜けることができた実感を噛み締めながら、俺は相変わらず鮮やかな青空を見上げ――

 

 

 

 

 

 ――空の彼方から、紫炎を纏った流星が、再び飛来するのを目撃した。

 

「ッ……?!」

 

 まさか、そんなはずは。

 声にならない嘆きの声は、数瞬のちに響き渡った衝撃音が、無情にも吹き飛ばしていく。

 吹き荒れる衝撃波と、舞い散る砂埃に顔を覆いながら、俺は半ばすがるように、傍らに投げ捨てたコートエッジをたぐり寄せた。

 

「……無いだろ、こんなのって……!」

 

 口をついて出る、怨嗟の――あるいは懇願の言葉を聞き届けてくれるものは、いない。

 

 空に溶け消える嘆きを切り裂いて、巻き上がった砂塵の向こうから現れたのは、今しがた倒したばかりの、ヒトを模した異形。

 それも、今度は一体だけでは無い。巨剣を携えた個体の背後には、まるで大砲と見紛いそうなほどに巨大で、粗雑な銃型のナニカを手にした異形の姿が、二つ。

 

 立ちはだかった()()()()()が、ゲル状の体躯を一斉に紅く染め上げ、臨戦体勢に入る。

 瞳なき視線の向かう先が何処なのかなど、考えるまでもない。漏れ出かけた恐慌の悲鳴をかろうじて喉元に押し留めながら、俺はなんとかコートエッジを構えた。

 

(どうする。どうする、どうする、どうする………?!)

 

 絶望的な趨勢を前に、折れかけた闘志を奮い立たせて、必死に思考を巡らせる。が、当然というべきか、敵はこちらが思考を纏まるのを悠長に待ってなどくれない。

 巨剣の異形の背後に控えた、巨大な銃らしきものを持った異形が、その手に携えた粗雑な銃の砲口を、ゆっくりとこちらに向けてくる。砲口の奥に輝く、異形たちの体躯と同じ紅い光が、今まさに解き放たれようとしていた。

 

(……答えは一つ、か)

 

 策を講じる猶予も、悪あがきのための手段も、もはやこの手の内には存在しない。

 切り抜けられる可能性はごく僅か。だが、今の俺に残された道は、それしかない。――覚悟を、決めなければならなかった。

 

 

「――来いよ。誰が、お前らなんかに殺されてやるか」

 

 この身の内で燻り続ける生存本能を糧に、再び、己を奮い立たせる。

 そんな虚勢を嘲笑うかのように、構えられた銃口からは、禍々しい赤黒い光が煌めいて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はあぁぁッ!!」

 

 その瞬間。

 

 何処からか響いてきた「雄叫び」と同時に、青白く輝く流星が、異形の足元に叩きつけられた。

 

 

「ッ……?!」

 

 巻き起こった衝撃波に顔を顰めながら、俺の視線は、降り注いだ流星へと向く。

 

 着弾地点は、並び立つ異形たちの、ちょうどど真ん中。

 巻き上がった砂煙のその奥で、青と黄色に煌めく「何か」が見えた――と思った次の瞬間、砂煙を吹き飛ばす勢いで放たれた「刺突」が、異形の胸ぐらを、深々と貫いた。

 

 

 誰かが、異形と戦っている。

 数瞬遅れて、ようやくその事実に気付いた直後、巻き起こる赤黒い爆発の只中から、疾風のように影が躍り出てきた。

 

 大まかなシルエットこそ普通の人間とは異なるものの、人と同じ関節構造で構成されていると思しき体躯と四肢を持つそれをあえて形容するなら、「等身大の人型ロボット」とでもいうべきだろうか。

 白を基調に、濃いオレンジとダークグレーの差し色が施された、マッシブな形状のボディが特徴的なその「人物」は、脚部から吹き上がるフォトンの炎で滑るように疾走しながら、俺の隣で停止した。

 

「――状況は概ね把握させてもらった。聞きたいことはあると思うが、先ずはあの〈ドールズ〉を倒して安全を確保しよう」

 

 掌中の武器――砂塵の中で煌いていた、「青とオレンジに輝く(フォトン)の刃を備えた長槍」を構え直しながら、人型ロボットは、どこか艶のある男声で俺に話しかけてくる。

 

「協力してくれる、のか?」

「ああ、もちろんだ。私は、そのためにここに来たのだからな」

「……わかった。助かるよ」

 

 降って湧いた援軍という安心感が、俺の脚から力を奪おうとするが、今は根性で踏みとどまる。安堵するには、まだもう少しだけ早いのだ。

 

「私が手前の〈ペダス・ソード(巨剣持ちの異形)〉を相手取る。キミは奥の〈ペダス・ガン(銃持ちの異形)〉を片付けてくれ!」

「ああ、了解だ!」

 

 手短に指示を飛ばし、再び脚部の推進器に光の炎を灯して飛び出した白橙のロボットに続いて、俺もまた傷ついた身体に鞭打って飛び出す。

 

「ハッ!!」

 

 俊敏な動きで、瞬く間に異形――ぺダス・ソードと呼ばれた(エネミー)へと肉薄したロボットは、掌中の長槍を振るい、ぺダス・ソードめがけて息もつかせぬ連撃を叩き込む。屈強な外見に似合わない流麗な攻撃動作は、彼が熟達の戦士だということを無言のままに物語っていた。

 

 ぺダス・ソードとやらの相手は、彼に任せれば何の心配もないだろう。ならば俺は、俺のやるべきことを果たすまで!

 

「!!」

 

 敵の接近を察知して、銃持ちの異形――ぺダス・ガンと呼称された個体が、その手に持ったいびつな銃を構え直す。

 数瞬の後、異形の銃口から銃弾が迸る。赤と黒に輝く毒々しい光の弾丸はしかし、回避行動をとった俺を捉えることはなく、砂地を抉って弾痕を残すのみだった。

 あの弾丸に誘導(ホーミング)機能はないらしい、ということを確信しつつ、足先へ(フォトン)を込めた俺はさらに増速。

 

「らぁッ!!」

 

 瞬く間に彼我の距離を縮め、懐へもぐりこんだ俺は、その勢いのままに、コートエッジを天めがけて振り上げる。切り上げで仰け反り、隙を晒したペダス・ガンめがけ、さらに追撃の一閃。そしてまた一閃と、喰らいつくように攻撃を重ねていった。

 ――コートエッジの大ぶりな刀身は取り回しに劣るが、質量と剛性の乗った一撃の火力は強烈で、時に鋭い切れ味以上の破壊力を発揮することも珍しくない。特に、今回のぺダス・ガンの胸殻のような硬い部位に対しては、ことさらに有効打となりうるようなケースもあるのだ。

 

 もくろみ通り、コートエッジの剣戟を受けたぺダス・ガンの胸殻は、質量の乗った一撃に耐えきれず、ばらばらと剥離していく。

 剥がれ落ちた外殻の奥には、先ほど相対したぺダス・ソードの時と同様、毒々しい黄色に輝くコアがあった。

 

「とっとと――失せろォォッ!!!」

 

 雄たけびと共に、俺はコアめがけてコートエッジを突き立て、腕力に任せて袈裟懸けに振り抜く。

 バギン! という甲高い破砕音をかき鳴らして、切り裂かれたコアが破損。ぺダス・ガンがびくりと体を震わせた直後、その躯体は急速に収縮し、赤黒い爆発と共に消滅した。

 

 

「ふぅっ……」

 

 今度こそ本当に危地を乗り越えたことを実感して、俺はコートエッジを砂地に突き立て、その場にしりもちをつく。

 そのままかくりとうなだれ、心身を休めていると、重々しく硬質な足音が、ゆっくりと近づいてくるのが聞こえてくる。顔を上げれば、そこには先ほど俺を助け、異形たちの片割れを引き受けてくれていた、白橙の人形ロボットが立っていた。

 

「よく頑張ってくれた。目覚めたばかりだというのに、無理をさせてしまってすまなかった」

「あぁ、いや、そんなことは。……えっと」

 

 口ごもった俺の言いたいことを察してくれたのか、ロボットは得心した様子で小さく頷く。

 

「自己紹介が遅れたな。私は〈ブルーダー〉。見てわからないかもしれないが、〈キャスト〉と呼ばれる機械生命体の一人だ。……差し支えなければ、キミにいくつか確認をさせてもらっても構わないだろうか?」

 

 問題ない、という意味を込めて首肯を返すと、ブルーダーと名乗った人型ロボット(キャスト)の青年は、ややわざとらしい咳ばらいを挟んで再び口を開いた。

 

「まず、キミはあの降下ポッドで目覚めたことは間違いないか?」

「間違いない。ただ、どういう理由であのポッドに押し込められてたのかまでは、俺にもわからないんだ」

「ああ、それは問題ない。あのポッドでこの〈ハルファ〉に降り立った人々は、みな一様に『記憶を失っている』んだ」

 

 ブルーダーの語った内容を受け取りあぐねて、俺は思わず怪訝な表情を作る。

 

「……それは、どういう?」

「詳しくは私たちにもなんとも。ただ、この星……惑星ハルファに住む我々が〈星渡り(ほしわたり)〉と呼んでいる者たちの大半は、今のキミと同じように記憶を失っているんだ」

 

 どうにも要領を得ない回答ではあるが、ブルーダーの声音は真剣そのものだ。騙そうとしている、というわけではないらしい。

 

「キミの振る舞いを見るに、どうやらキミも記憶を失っているようだが……キミは、自分の名前は覚えているかな?」

 

 名を問われ、しばし顎に手を当てて考え込む。

 

 自分の名前、と言われて、ピンとくるような単語はほとんどない。

 ……が、思考を巡らせていくうちに、ふと意識の端に引っかかるキーワードが浮かび上がってくるのが、なんとなくだがわかった。

 

「…………悪い、わからない。ただ、名前……とは違うのかもしれないが、なんとなくそうなんじゃないかって単語は思い浮かんだ」

「ふむ。なら、ひとまずはその単語を仮の名前にするといいだろう。コードネーム、のようなものだと認識すれば問題ないはずだ」

 

 ブルーダーの提案に頷き返してから、俺は一呼吸を置き、改めて口を開く。

 

「〈コネクト〉。今は、そう名乗らせてもらう」

 

 ブルーダーに語った通り、名前というにもしっくりこないこの単語は、しかしどういうわけか不思議な「馴染み深さ」を心に与えてくれる。

 確かに本名ではないのだろうが、それこそブルーダーの言葉の通り、俺自身が名乗っていたコードネーム、あるいはそれに類するような何かだったのではないだろうか……と、俺は結論づけていた。

 

「コネクトか。わかった、よろしく頼む」

 

 差し出された機械の手を取り、握手を交わすと、ブルーダーが再び切り出してくる。

 

「聞きたいことはまだあるだろうが、まずはここを離れて、休める場所に移動したほうがいいだろう。私たちのことやこれからのことは、〈シティ〉に移動してから話し合おう。構わないか?」

「ああ、願ったり叶ったりだ。……遠いのか?」

「いいや、あの山を越えればすぐに見えてくる。どちらにせよ、少し歩いてもらうことにはなるが……」

「問題ないさ。戦うごとに比べれば万倍楽だ」

「そうか。なら、日が傾く前に行くとしようか」

 

 頷き返してから、俺は歩き始めたブルーダーの背を追い、歩き始める。

 

 ちらり、と見やった視線の先には、先刻俺が目覚めた降下ポッドが、静かに鎮座している。

 遥か高みに広がる空へ視線を移し、遠い彼方に想いを馳せながら、俺は一路、ブルーダーと共に〈シティ〉へと向かっていった。

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