キレイ系お姫様が俺の部屋に来たが縮尺がおかしい   作:HIGU.V

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大ききくて太い女の子の両太ももの間の隙間から見えない向こう側の景色が好きです。
あとこれ、最終話です。1万字です。


結局のところ、別に

それからも、仕事に追われているせわしない暮らしは続いた。夜するべき洗い物は少しずつたまり、週末はそれを処理するのにリソースを割く。洗濯も夏で増えてきたのもあって、かなりため込んでから夜のうちに干すように。

そうすると必然的に床や水回りの掃除も、少しずつ頻度が落ちていく。

 

これだけ忙しいのだが、別に仕事に追われているわけでもない。言ってしまえば前職はもっと拘束時間が長かった。普段からしっかりと手を抜いて仕事している為、過労死なんてものは無縁のものだ。

勿論前職でバリバリやってた頃にに比べて多少老いたとしても、体に対した負荷がかかっていないのはわかる。

 

原因は主に2つ、1つは姫様の事を考えてしまうと、ただでさえ対して効率が良くない家事の効率が落ちていくこと。これはもう仕方がない。元より段取りとマルチタスクが苦手な人間なのだ。

 

もう1つ、それはただ、そう。ずっとまじめな優しい好青年でいることが限界近かった。

私はもとより自堕落で、多少の部屋の汚れや、洗い物のためるのは気にならない、几帳面さの対義語のような人間だった。彼女が来た日には最低限水回りこそ掃除したが、そこから数日はとにかく掃除とゴミ捨てなどに忙しかった。

ただ姫様が来ているから頑張っていただけで。別にきれい好きでも几帳面でもないから。

 

少し時間に追われる生活になれば急にできなくなる。

 

明かりの消えた深夜とはいえない夜半に帰宅して、明日の朝使う皿も洗う気力が起きず、100均で買ってきた紙皿をキッチンにおいて、入浴だけ済ませて床につく。既に自分のスペースにこもっている姫様の場所からは、献上したデスクライトの灯りがついていないのを確認してぼーっと天井を眺める。

 

寝れない夜は考え事をすれば、自己嫌悪で忙しくなる。

結局自分はどうしたかったのであろうか。姫様のことは言葉を飾らずに言えば好ましい。それは外見によるところが大きく、次いで内面というか、彼女の物腰の柔らかさだ。

自分との釣り合いが取れるはずがないという確信めいた考えが、脳に浮かんでくるが、今更すぎて変な笑いすら浮かんでくる。

では彼女を欲望のはけ口にしたいかと言えば、その通りだになる。しかし恋人とかパートナーにしたいかと言えば、そういった好いただの惚れた腫れたなんて、小学校以来ご無沙汰でもはやわからない。人を好きになるほど他人と関わらない生き方の方がずっと楽だった。

 

現実はアニメと違って、何もしないで近寄ってくる異性なんていない。魅力にあふれているいないなどといった尺度は語るのもおこがましい。家で代わり映えのしない趣味による時間の浪費をするだけならば、一生人と深く関わらない。

友人付き合いならわかる、距離のとり方も付き合い方も。しかし恋愛となるとまるでわからない。性欲があるから恋愛対象を探そうとするほど、単純明快な生き方はできず。さりとてその性欲は金でアウトソーシングできる方法を知ってしまえば、限界まで溜まることもないから。街コンが流行ったときも、SNSが流行ったときも、マッチングアプリが流行ったときも、自分は手を出す必要性も気持ちも起きなかった。

 

だから、僥倖すぎる出会いに舞い上がっていた。

 

陳腐で使い古された表現だが、絹のように美しい髪、動けばふわりと広がり上質な織物をみているような気持ちになる。すらりと長い手足にはしっかりと肉がついており個人的な細すぎて不安になる女性ではなく、女性らしさそのものに溢れた体つきだ。

疑問を尋ねてくる時に、しっかりとこちらの顔を覗き込んでくる時、私の冗談に一瞬遅れて口元に手を運んで小さく笑いを洩らす時、ボードゲームで勝った時に誇らしげに勝ち誇る時。そんな彼女の表情が浮かんでは消える。

 

ああ、そうか。多分これが好きという感情なのだ。

なんて、クサイ。自己陶酔しすぎだ俺は。

 

そんな考えが同時に浮かぶ、それでも私の中で結論はでてきた。

 

暫定的にこの彼女への好意を、恋心とする。しかし、それでどうするのだ。

 

告白でもしてみるのか? 好きです、付き合ってくださいとでも言うのか。

馬鹿か、漫画の読みすぎだし、考えが古い。何のために意識的にラブコメを遠ざけてサブカルを接種してきたんだ?

 

恋愛をするやつなんてダサいと見下して自分を保ってきたやつが、結婚は人生の墓場と嘲笑って来たやつが。今更まともに相手を好きになるのか?

 

そもそもとして。

実質的に彼女の面倒を見ている自分が、関係を迫ったとすれば。彼女に断る選択肢があるのか?

あるわけ無いだろう。彼女はこの家から出ていくことを不安に思って、それで色々不便や不自由を飲み込んでまで、我が家にいるのに。俺からせまったらもう彼女はどこにも行くところがないだろうが。

 

それは彼女に対してあまりにも不義理で、俺が一番嫌いな不条理の押し付けだ。

 

逆ならばよかった、彼女のことを好きになって。それからこの生活が始まって。彼女を手に入れるために手段を問わないでいるのが、自分の行動スタンスになっていたのならば。

それならば、この状況を利用して距離をつめた。つめられた。それが免罪符になったから。

 

そんなアリもしない妄想まで浮かんでくる始末。

ああ、また睡眠時間が削られる。

 

 

ふとベッドから上の方向、姫様のスペースの方を見れば、布連れとくぐもった声が聞こえてくる。

何も聞かなかったことにして、私はなんとか意識を手放す努力をする事にした。気にしてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳を澄ませば家主である彼が眠っているかはわかる。それほどの長さにはこの生活期間がなったなと、糸を噛み切りながら彼女は苦笑する。そうでなくとも鼾が聞こえれば寝入っている証拠ではあるのだが。

 

日に日に彼の精神的な揺らぎが大きくなっているのが、手にとるようにわかった。仕事が忙しいことも事実なのだろう。しかしそれ以上にこちらとの距離感がわからなくなっているのだろう。その手の心の機微には口を酸っぱくして教示してくる先達達に今は感謝できる。

 

彼女はそっと、自分の寝床を覆うように掛かった幕をずらして覗き込む。彼がいつもならば寝る前に畳んでいた洗濯物も椅子の上に避けたままで寝入っている。相当お疲れの様子だ。

 

家事の合間にこちらに視線を向けて、難しい表情を作っているのも。入浴時にシャワーの音が途切れなくなったことも。彼女はしっかり把握している。

 

「多分、今週末辺りが山でしょうか?」

 

彼の口からは問題ないと聞いても、やはり気にはなるもので。彼女は彼の給料の額をパソコンのブックマークの給与照会システムから把握している。この時代の物価の相場も当然のごとく。買い物にいくらかけているかも、冷蔵庫に磁石で貼り付けているレシートを暇な時に表に打ち直しているのも。

なので、家計の状況は頭に入っており、最近お土産のグレードを上げて金銭的余裕が減っていることも。そのために恐らくビデオ個室とやらに行くのを控えることも。

 

総合的に考えてもうすぐ限界になるであろう。

そうすれば家主は姫様に手を出すだろう。そうすれば彼女もその事実を口実とできる。

彼の気持ちがある日外に向いてしまうことも、ふと帰ってこなくなることも。そういったことがなくなるであろう。

 

今のただ宿をともにしている関係では、彼女は彼の善意の上でしか生きていない。

 

「あの程度の収入で、こんなにも頂いているのですよね」

 

服も、この寝ている寝台の外箱も。このスペースを遮る柱も幕も。櫛も鏡も小物入れも。カトラリーから石鹸に至る日用品も。当然食事も娯楽用品も。すべて家主が善意だけで渡してきているもの。

最初はこれほどまでに高性能な魔道具に囲まれた家に住んでいるのだから、施し程度の気まぐれと考えていた部分もあった。生活が続くに連れて、この世界の金銭的価値を知ることで、否知ってしまったことで。浮かんできたのは疑問と不安だ。

 

確かに窮屈さはある、不便さもある。姫をやっていた頃に比べて手に入らない贅沢もある。それでも彼女は高い教養とどこに嫁ぐかわからなかった以上、相手方候補の風習も学んで、自身の生活を維持するために特別にどれほどの金銭が動いているかを知っているし、それが容易に場所によって変わることもわかっている。

 

人は善意によって動かない。欲によって動く生き物。故にそこを利用しなさい。

それは彼女が幼少時より世話役に言われ続けて、今も彼女に根付く考え方。決して裕福ではない彼にとって、なぜこんなにも、家計を圧迫してまでこちらに投資しているのは、むしろ不安すらあった。

 

最初はこちらを懐柔するためだと、次は依存させるためだと。そう思っていたし、事実今も彼より欲望のこもった目で見られる。そのうち『そう』なるであろうことはわかっていたし、それ込みでこの家での生活を選んだつもりだ。

意気地がないこともわかって、多少段階を踏んでいるのだろうと思った。逢引きまでしたのだからそろそろかと身構えたが、まだこの様なのだ。

 

契約とは双方のメリットが存在して成り立つ。一方的に搾取するのであればそれは契約ではない。

つまり、彼女から見て彼とは契約が成立していないのだ。彼の気持ちが変わってしまえば出ていってくれと言われてしまえば、終わるであろう。そんな状況から脱却できる。

 

故に彼女は、指折り待つのであった。ボタンを付け直したシャツを寝台横に置いて横になり、小さな不安を押し殺しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転職後初めての土曜日出勤を終えて、取引先に明日は居ないからな! 良いか! 絶対電話とかしてくんなよボケカスッ! という気持ちを丁寧に修飾したメールを、相手の就業時間が終わる時間に予約してから帰宅する。

もう夏だというのに間違えて頼んだ立ち食いうどんが温かいやつだった。そんなショッキングな出来事を引きずってたからか、風呂入って泥のように眠れた。

 

起床して始まった6日ぶりの休みの日にやるべきことを考える。洗い物は最悪後回しで良いから、洗濯と、既に床も大分ザラザラしているしその掃除を。

なんて事を考える。しかしながらその前に洗濯機よりはみ出すほど溜まった洗濯物を処理する名目で外出して、駅前の個室ビデオ屋に行くべきかも知れない。しかしコインランドリー代すら躊躇したい。

 

「家主様、本日はお休みなんですね」

 

「あ、はい」

 

最近は朝にもシャワーを浴びる様になった彼女が髪を拭きながら出てくる。一先ずコーヒーを注いで、トーストを並べる。まずは食事をするべきであろう。

 

食事中に、彼女の喉の動きと大きく空いた胸元に目線が行くのを自覚しながら。今日の予定を再考する。やはり一回リセットしたいのだが。

 

「家主様、1つ勝負しませんか?」

 

「……え?」

 

突然いつの間にか食事を終えていた彼女が、手に箱を抱えて目の前に立っていた。また考えに没頭して、意識がどこかに行っていたらしい。

 

彼女が持ってきたのはチェス盤、マグネットでくっつく100均のやつだ。実家に帰れば子供の頃にねだった、ガラス製の無駄に重くて嵩張るけどなんか豪華なチェス盤もあるが。そんなものを持ってくるはずもないので、彼女が来てから買ったものである。

 

「勝負ですか?」

 

「はい、家事も疲れも溜まっているのでしょう? もし家主様が勝てば、私を好きに使っていただいて構いません」

 

思わず自分の頬をつねろうとするほどの言葉が聞こえた。急にとんでもない条件を吹っかけてくる。こんなお約束で使い古されたかけをまさか私が姫様から吹っ掛けられるなんて夢にも思っていなかった。

 

「で、私の賭け金は」

 

「実は簡単な文字は覚えられましたので、ネットショッピングをしてみたいのです」

 

以前デリバリーをするために、一緒に文字の対応表を作ったのもあり、それをもベースに彼女は日本語を勉強していた。それで興味を持ったのだろう。

まぁ女性は買い物が好きだというし、いろいろと私に言いづらい欲しいものもあるのだろう。

とりあえず登録したらポイントが貰える年会費無料のあれに、職業『プリンセス』で申込みでもしてみるかなんて。最初から負けた時のことを考える。

 

「それで、チェスですか」

 

「別に運だけでない、実力が介在する物でしたら何でも良いですよ」

 

まぁ正直何でやっても同じだ。それならば、将棋よりは時間のかからないチェスの方がよいか。元より、目の前に遊びがあったら、やらねばならないことを(家事)を先延ばしにするタイプの人間だ。断る理由があるが気力というか意思がない。

 

それに恐らく姫様の想定的に、こちらが万が一にも勝てた場合、家事の手伝いをしてくれるのだ。勝てば人材が増えるということは、すなわち。やりたいこととやるべきことが一致したのだ。姫様が果たして家事が出来るのかという世界の声が聞こえたが無視する。

 

適当に物を片付けて、いつものように私の寝台の上にちゃぶ台を置く。最早慣れたものだ。ラグマットすらない冷たいフローリングの床は、きれいに掃除していれば夏場は重宝するかもだが。まぁ今は語るべきでもない。

 

 

「では、始めましょうか」

 

「はい、持ち時間は、30分でいいですね」 

 

カードゲームをやってた時に入れてたライフ計算やタイム計算用のアプリを起動して、ボードの横に置く。

 

姫様はまた私のYシャツを着て、絶対領域を強調するかのようなサイハイソックスを履いて、私の枕をもはや何も言うことなくクッションとして女の子座りしている。いつの間にか彼女の敷物になった私の枕も、もう寝るとき以外は気にならない。

 

とりあえずキャスリングをして、キングを角の方に隠すために駒を動かす。定石とか戦略とかたまに興味を覚えて読み込むけれども、なるほどってなった後に身にならずに忘れて終わってしまう。活かすタイミングがないからだ。非電源系ゲームで勝ち方のセオリーがしっかり頭に入っているのなど、ブラックジャックぐらいだ。あれは確率の問題というか、直感的に理解しやすいので知っている。なお、実践するとカジノは出禁になるんだったか。

 

姫様のクイーンにこちらの黒い駒が蹂躙されていくのを、半場諦めた目で見つめる。こんなに思考が散漫になっているのに勝てるわけもない。本当ならば、勝った時に何をしてもらおうかなんて下卑た考えに夢中になって足元をすくわれるべきなのだろうが、そこまでいかないのだ。

 

彼女は思い切りがよいから、割りとクイーンで攻めてくる。かといって打ち取ろうとすると、ビショップかナイトに刺される。1;1交換を続けることすらかなわず、見る見るうちに盤面が白くなっていく。

 

「ふふ、家主様このままだとあと3手で詰みですよ」

 

「え?」

 

立ち上がって勝ち誇るように、そんな余裕ぶったことまで言ってくる。というか3手ってもう無理じゃん。このままだとということは、大きく崩せばどうにかなるのか? 流石にそうまで言われれば、一度真剣に盤面を考えざるを得ない。

顔を近づけて自軍の黒い駒と姫様の狂ったクイーンを見つめていると、急に上からチェス盤に黒い乱入者が降っていらっしゃった。

 

「まぁ、これは軍曹ですね……8方向に動けるなら採用ですが、これは将棋じゃなくてチェスなんですよ」

 

いつぞやの、または初めましての軍曹さんが、突然のエントリーだ。そんなとボケたことを返しながら、あれ、確か姫様はなんて考えて、ふと前を見ると。

 

「ひぃっ!」

 

大したケアもできていないはずなのに、美白な肌を。更に青白く染めている姫様は自身の手をつくように勢いよくちゃぶ台へとたたきつける。いくら人より軽くて小さいと言っても、それこそ家猫や家犬なんかよりはウェイトがある。当然のように下のスプリングも相成って、ちゃぶ台はひっくり返り、軍曹とチェスの駒とボードが飛んでいく。この前のを逃がしたきりなので、またGが居付いているのだろうか。増殖されてるのか、軍曹が特殊召喚されたらドローが出来るのか。

 

いつも以上に思考回路がうだうだ空回っているが、ひと先ず跳ねたちゃぶ台をキャッチしようと立ち上がるが、流石に急には対応できない。なんとか飛んできたちゃぶ台をうけとめて、ベッドから下ろすというか落とす。

さらに、手をついたせいでバランスを崩して、ふらふらと倒れそうになっている姫様を慌てて受け止めにいく。急に手をついて立ち上がったため、対面で座っていた姫様が、どけたちゃぶ台の位置に倒れこむように私の胸元に倒れこんでくる。

 

「家主様! また! また! 恐ろしいものが!!」

 

「あ、いやちょっと、姫様!! 暴れないで!」

 

そこからは、一気にたくさんのことが起こった。まず飛び込んできた姫様が、私の服をつかんだ。よりにもよって今日のルームウェアは祖母より祖父のものを仕立て直してもらった甚兵衛であり、胸元の衿の部分を思いっきりつかまれる。

更にパニックになっているのか、そのまま飛び跳ねて、引っ張られる。まるで全体重をかけて投げられるように、そのままぶら下がられる。流石に暴れる十数キロ以上の人間の自重を支えられるのは無理で、引き倒されるように私もバランスを崩して倒れてしまう。

 

「あっ……」

 

「大丈夫ですか、姫様」

 

気がつけば膝をついて、四つん這いでベッドに倒れ込んでいた。腕の間には姫様がいる。狙ってもないのに、押し倒して身動きを取れないような形にしてしまっている。不思議と思考は冷静で、まずは彼女の安否を確認する。する……のだが……。

 

「まぁ、お恥ずかしい限りです、どうにも不得手のようで……」

 

「ああ、いや、その、えーと、はい、お怪我がないようで、なによりです」

 

彼女は、今日も私が献上したYシャツを着ている、そして今のドタバタで2,3程ボタンが弾け飛んだのか、とてもなだらかとはいえない豊かな双丘が頂部まで見える。見えて、しまっている。

自身の喉から胸元に血が集まって、浮遊感のようなふわっとした感覚で、思考が鈍っていくのを感じる。姫様は私の視線に気づいたのか、しずしずと腕を抱き寄せるように胸元を隠す。しかし、彼女の視線は一瞬私の右側に向かう。

 

「あの、家主様……申し訳ございません」

 

「いえ、そのお気になさらず、はい」

 

すぐにどこうとするのだが、いつの間にか再び服を掴まれている。なんだ、もう完全に隠せないほど、限界なのだが。

 

「これでは、私の負けですね……」

 

「……は?」

 

「私が、決着前にチェス盤をひっくり返してしまいました……」

 

 

全く何を言っているのかわからなかった。彼女が怪我でもしていないか、それとも今の私の視線を咎めるのかと思えば、どうやら、吹き飛んだちゃぶ台を確認していたようだ。

そんな、気にしないで下さい。そう言おうとするがその前に頬を抑えられる。小さく冷たい手だ。最早何がどうなっているのか、全くわからない。

 

「どうぞ、お好きに『私をお使い下さい』ませ」

 

「あっ……あぁっ!」

 

しかし、その言葉を聞いたら、脳の奥で何かがプツンと切れてしまったような、そんな音がした気がする。彼女から吐かれた息を吸い込んで。そのまま思うがままに覆いかぶさるように、手の力を抜いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の小さな細い首筋に顔を埋めて、というよりも顔で動けないように固定しているのか。自分でも意図がわからないまま姫様の香りを胸に吸い込む。その間に手は無意識で彼女の腰回りを弄っている。

 

すっと、それを横にやれば、簡単に服の前側がはだける。引っかかった部分の残り僅かなボタンを片手で外す。Yシャツのボタンを外す時は、嬉しいか楽しいしか感じたことがなかったが、ここに来て興奮を覚える。

 

瞬く間に彼女はただ服に袖を通しているだけになる。先程から彼女の下着を全く見ていない事なんて些事だとばかりに手をするりと彼女の白磁のような肌をなぞる。

 

私の耳朶にか細く猫が鳴くような声が響く。ああ、それが彼女の口から漏れ出たものだと理解すると、更に手が止まらなくなる。小さな、それでいて凹凸がはっきりしている彼女の急勾配を楽しんでいく。

耳にかかる吐息とその小さな声で、反応を探っていく。まだ本命へと手を出さずに少しずつ少しずつ。

 

急に擽ったさを覚えてふと体を浮かして下を見れば、いつのまにか私の甚平を結ぶ紐が解かれて、胸元が開いている。姫様は悪戯気に私が触ったように私の体をなでているようだ。その美しい魔性の微笑みを湛えながらこちらを見てる。

 

ぞくりとこちらを挑発するような仕草に、私の手も早く大きく動いていくのが止められなくなる。人形のような大きさで、実りきった女性の体つきだということが、その傾斜をなぞると直接頭に叩き込まれる。

背徳感と、充足感がカクテルのように混ざり合って昇華されていく。脳内麻薬で理性が溶かされていく。

 

腕を本能に導かれるまま下の方に伸ばしていく、僅かばかりのふわりという柔らかいアンダーヘアの下まで届いた辺りで、僅かな湿り気を

 

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────久方ぶりにうつぶせに寝ていた。

 

自身が下に敷いているものが男の胸板だと気づくまで、しばしの時間を要したが。気づいたところで、別段それが柔らかくなるものではない。慌てることなくふと自分の腰に回された重たい彼の腕を払い、上半身だけ起こして背中を伸ばすような姿勢をとって、一人ごちる。

 

「やっと、手を出しましたね」

 

周りをみれば、窓からはオレンジ色の光が見える。いくつもの開けられた四角い袋や、タオル、空のペットボトルが散乱している。今日も終わろうというのに掃除になど取りかかれていない。

 

きっとこの行為にさしたる意味はない。だが、姫のそれをささげたという意識を彼が持つ以上、もう当分は彼はこちらを丁重に扱わざるを得ない。契約は完了したのだ。

 

別に彼のことは好きではない、だから契約という目的の為に抱かれたに過ぎない。聞いていた話よりも、稚拙だった彼のおぼつかない手つきを思い出す。ただ体をなぞるだけで、緩急もなく感情を揺り動かされることなどなかった。

 

別にこの行為が良かったわけではない。疲れるだけどころか体が痛い位だから、今後は適当な無理のない間隔を開けてでもないと、またすることなど、とても考えられない。

 

彼に触られた金色の髪の毛の手触りを確かめる。するりと指が通り、はらりと分かれるが、それでも昔よりも少し傷んでいるのがわかる。途中一度彼の指が引っかかってからは、その後撫でるのをやめていたから。

別にそれが理由という訳では無いが、髪を切りたい。もう面倒な長く美しい髪でいる必要はないのだから。

 

 

行為の最中に、押しつぶされるように求められれば、すぐにこちらが疲れ果ててしまった。だからといって抱えあげられることが普通となるのならば、流石に姫としては少しやせたい。そんな風に様々な思いが去来する。

 

「はぁ……」

 

下に敷いている彼の体を軽く指でなぞる。部屋着は端から取る彼の服の順番を入れ替えて、こちらが掴みやすい服を着るように調整したが。今の彼は何も着ていないからよく見える。鋭い爪でひっかかれたり、食い込まされた痕と小さな歯形だらけ。

意識的なものもあれば無意識的なものも。痛かったなんて一言も言わなかったが、少し出血した後のもある。それらはすべて彼女がつけたものである。

 

ひるがえってみれば、彼女の体は少なくとも見た目は何ひとつも変わっていない、爪痕どころかヒキィの一つ付けられることはなかった。

一方的に傷をつけるのは貸しが大きくなる気がするので、彼も本来ならば自身にもつけるべきではないか。彼女は家から出かけるわけでもないのだから、目立つところに大きなその口で。

別にそんなことは思っていない。肌に痕が残らなくて良かった。

 

その代わり、散々と美術品の壺でも愛でるように全身の肌を撫で回された。こちらに来てから肌のケアはあまりできていない。そんなに撫でるのならば化粧水も乳液も美容液とやらも、もっときちんとしたものが欲しい。

 

改めて彼の顔を覗き込むと少しだけ鼻毛が伸びている。髭はともかくそこは、もう少し見た目に気をつけるべきではないであろうか。もう少し外見を取り繕えば、内面の良さに気づく者も出てくるであろうにと。だが、指摘はあえてしない。

別にそれは既に契約をした以上、外で恋人を作ろうが気にしないが。できるかどうかはさておき。

 

自分の手を見れば、爪先がボロボロだ。磨いてはいるものの、自分だけだとどうにもだ。なにより、あの足の長い蜘蛛を見つけてビンに捕まえる時に少し欠けてしまっている。指は綺麗なままだが、存外に大きかったものは掴みきれないところもあった。

別に彼が満足するかどうかなど関係ないので、不安というわけではなかったが。

 

一方で自分を撫でていた彼の指は、ささくれが多く。引っかかって不快だったから、ハンドクリームでも塗って欲しい。

別に次のことを考えてというわけではないが。

 

久々の休みの夕方に眠りこけている、彼の鎖骨をなぞる。ベッドボードには彼が映像娼館から持って帰って鞄にそのままにしていた避妊具を、とりだしてからこっそりしまっておいた時に見たが、ペンもある。

寝顔に落書きでもしてみようか。それとも鎖骨に署名でも入れてみようか。そんな子供の悪戯なような考えが思い浮かぶ。

 

 

────これでもう、故国に帰れたとしても……

 

────謝りは、しません。ただこれからの姫様の人生を可能な限り不自由にしません。貴方の望む限りは傍にいます。

 

────家主、様?

 

────嫌になるまで、私の家にいてください。のんびりと好きなように過ごして下さい。一生でも構いません。

 

 

別に彼は好きではないから。ただ、このままずっと暮らせればよいから。事実としてそれはただ言わせるように誘導しただけの言葉だから。

 

それでも、先程眠りに落ちる前に言われた言葉を頭の中でリフレインさせる。

 

「別に、ただこの暮らしが好きなだけですけど」

 

大きな絆創膏で隠せるサイズに収めてあげるのが、最後の優しさとばかりに。彼の鎖骨に彼女は自分の名前をカタカナで記すのであった。

 

 

 








以上を持ちまして閉幕です。
1ヶ月のお付き合い誠にありがとうございました。

性癖のミックスジュースみたいな作品を意識しました。
自己投影は難しくとも、共感し易い程度にキャラの癖を強くしております。
お楽しみいただけたのならば幸いです。

感想をお待ちしております。










あ、それと完結で話は閉じますが。最低3話分はその後の話とかを書きます。
ジレジレとくっつくまでの間柄では書けない話ですので、区切りとしての完結です。
もう暫くお付き合いくださいませ。
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