シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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初投稿です。


チーム再編編
1話 ライスとお兄さま


 彼女のことは、私のトレーナー人生の大半を占め、そしてもっとも鮮明な記憶として残っている。

 淀に咲いた青いバラ。咲いた時の場のために非難されることもあったけれど、その懸命な姿に勇気をもらった人も多くいたはずだ。

 長い苦労の果てについに受けた応援の声。彼女がレース前から笑顔を見せたのは初めてだった。

 しかし、声援は悲鳴に変わった。崩れ落ちる小さな体。緑の芝を転々と染める赤。

 何故気づけなかった。私は自身が引き裂かれるような痛みと絶望、後悔の念に襲われた。

 奇跡的に彼女は一命をとりとめたが、私も彼女も、受けた傷が癒えるのに長い時を必要とした。

 

「ライスね。もう一度走れるようになりたいんだ……」

 

 白い病室で、彼女が言った言葉が忘れられない。

 寝台に身を預け、窓の外を眺める彼女の顔にあるのは絶望ではなかった。

 強い意志が宿った瞳。楽観ではなく、必ず至るという鋼の決意。

 過去を悔い、足を止めていた私と違い、彼女は前を見続けていた。

 その先に見つめるのは、今でも走り続けている同期の背か。同じくケガからの復帰を目指すライバルの背か。レースを離れ新たな道を進む先達の背か。

 出会った頃の気弱で自信のない彼女は成長し、強く自らの脚で歩みだそうとしていた。

 

「ライス頑張るから。だからお兄さまにも手伝ってほしいんだ」

 

 断るはずがない。

 躊躇うことなく私はその手を取った。彼女が新たな夢を目指すなら、その道を作るのが私の使命だ。

 

 

 神様。

 願いを聞き届ける神がいるのなら、どうか彼女の願いを叶えてほしい。

 対価が必要というのなら、私の血肉も、未来も、何もかも持っていけばいい。

 だから彼女のささやかな祈りだけは、どうか聞いてやってほしい。

 

―――とあるトレーナーの手記の一節

 

 

 

 

「……お兄さま、ちょっと重い」

「ウソでしょ。一世一代の誓いを綴った手記を読んだ感想がそれ……!?」

 

 神はいる。そう思った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 走る。

 走る。

 振り払うように。

 逃げるように。

 地元では自分が一番早かった。年上にも、大人にも負けなかった。

 自分の力を試すため、もっとすごい舞台で走るため、周りに推されるがままトレセン学園へとやってきた。

 

 そして思い知らされた。自分が井の中の蛙であったことを。

 

 両親からの応援の言葉はしだいに重荷に変わった。デビューはいつになるかという言葉はナイフのようで、思い出すだけで胸が裂けるように痛い。

 地元の友人からの態度が徐々に白けてくるのがわかる。辛い。

 かつて誇りであった自分の脚が憎い。どうしてこうも鈍いのだ。あのスターウマ娘――選抜レースで華麗な勝利をした彼女のように、翔けるように動かないのだ。

 思わず見とれる大きなストライド。重力を忘れ、翼が生えたかのように駆ける様はこれまで支えであった自尊心を粉砕するのに十分だった。 

 疲労で悲鳴を上げる脚を酷使する。休みたければ、あの子の十分の一でも輝きを見せてみろ。

 自分はまだやれるという希望と、いっそこのまま砕けてしまえばという自棄を混ぜこぜに、また走りだそうして、

 

「それ以上はやめたほうがいい。君のはトレーニングじゃなくてただの遠回りな自殺だ」

 

 声に、足が止まった。

 声の先に視線を向けると、男が立っていた。没個性な顔立ちの、優男。そんな第一印象だった。

 

「なんですか……」

 

 唸るように返す。後ろめたい気持ちと、ささくれだった心が男への警戒を強めていく。 

 ウマ娘が通うトレセン学園にいる男性なんて限られている。

 胸に輝くのはトレーナーバッチ。入学当初はその輝きに畏敬こそあったが、今はただ不快な光だ。

 自分たちの努力を一着か否かでしか判断しない評論家。ウマ娘の未来を消費して飯を食う寄生虫。

 だがこちらの意など気にも留めず、男は続ける。

 

「ずっと走り続けているだろう。我武者羅に走っても身につくものは少ない。君は……」

 

 なんだ。言ってみろ。こっちは落ちるところまで落ちているんだ。無理するな。諦めろ。そんな言葉を吐いた瞬間、その喉笛を噛み千切ってやる。

 実行すればすべてを失うが、構うものか。

 

「まずは走り方を戻そう。君には前の選抜レースの走り方が合っている」

「え……」

 

 思わず殺意が霧散した。

 

「見てたんですか? あの選抜レースを」

「トレーナーなんでね。レースと聞けば自然と足が向くものだよ」

 

 意外だった。あのレースで記憶に残るのは圧倒的な力で制した勝者のみ。入着どころか惨敗した自分のことを覚えているものがいるとは思わなかった。

 

「君はスタミナはあるみたいだから、中距離くらいを想定しよう」

「とりあえず1800mでいこう」

「脚質は差しのようだけど、後ろでなくあえて前目に位置取りしたほうが君に合ってるかな」

「スタートからのコース取りだけど……」

 

 手元の紙に何が書かれているか。

 まるで、専属トレーナーのようなこちらの適性に合わせた指導に困惑する。

 

「どうして……」

「ん?」

「どうしてそこまでしてくれるんですか? あなたはワタシのトレーナーでもないのに」

 

 男の顔が上がる。彼は特に悩む素振りもなく、

 

「どうしてって、頑張っている子の手伝いをするのが私たちの仕事だよ」

 

 当たり前のように告げた言葉に、思わず熱くなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 4月。年度が変わる月であり、新たな環境に戸惑いながらも心躍らせるもの。昨年の反省を生かし、奮起する月でもあるだろう。

 トレセン学園でもそれは同じ。

 新入生たちは輝かしい未来に夢を見て、進級したものたちはまもなく本格的に始まる春レースに向けて闘志を燃やす時期である。

 

 目覚ましの音でも窓から差し込む光でもなく、染みついた習慣からライスシャワーは目を覚ました。

 日も昇りきらない早朝。抵抗する瞼に力を入れ、ベッドから身を起こす。

 窓の外を見れば朝と夜が混じりあった、少し非現実的な風景が見えた。

 まだ眠っているルームメイトを起こさぬよう準備を始める。

 寝巻から赤と白のジャージへ、お気に入りの帽子をかぶり、外にはね気味の黒髪に櫛を通して真っ直ぐに……はこだわらずそこそこに。

 バッグにトレーニングのための道具を詰め、忘れ物が無いかを確認し、最後に朝練メニューを確認してから音を立てないよう部屋を出た。

 

 

 

「ん、んんん……!!」

 

 準備運動は念入りに。特に柔軟には力を入れる。

 ただでは自分の体は硬いのだからと、活を入れるように体を前へ倒す……倒そうとする。

 

「ん~~よし、準備運動終わり! がんばるぞ、おー!!」

 

 バッグを持ってコースへ向かう。

 足元の感覚を確かめながら、ライスシャワーはこれまでのレース人生を思い返していた。

 自信のない自分を応援してくれるトレーナーとの出会い。メイクデビュー、クラシック級ではライバルと出合い、秋には一冠を掴み取った。ライバルの三冠を防いだためにヒールと呼ばれた。シニア期に上がれば当時最強と言われたステイヤーに勝利し、その後は長いスランプ。一年越しにG1を勝ち、多くの人から応援されるようになった。みんなの期待に応えようとして……ケガをした。

 ライスシャワーはあのグランプリレースでケガをした。競争能力の喪失どころか、命を落としかねない大ケガだった。

 命をつなぎ留め、今こうしてまたレースに向けてトレーニングできることは奇跡といえるだろう。

 復帰に向けて進んでいるが、スタミナの衰え、レース感の鈍り、周りとの力の差。不安が無い訳ではない。

 それでも、少女の顔に陰はない。

 なぜなら彼女は一人ではなく、苦楽を共にしたお兄さま(トレーナー)がいるのだから。

 

「あれ?」

 

 見えてきたコースに二人分の影。ひとつは、まさしくライスシャワーのトレーナーの姿であり―――

 

「お兄さま……?」

 

 見知らぬ、ウマ娘とともにいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ウマ娘が目の前を走り抜けた瞬間、ストップウォッチを止める。

 息を整えている少女に、表示された数字を見せると、花が咲いたように顔をほころばせた。

 

「……うん。息の入れ方がよくなったね。あと、歩幅は今くらいのがいい。大きなストライドは派手だし力強いが、君の体では負担が大きすぎる」

「はい!」

 

 好時計を出せたことがよほど嬉しいのだろう。最初に声をかけた時よりも返事が明るい。

 よかった。どうやらトレーナーとしての腕前は示せたらしい。

 

「あの、もう一本走っていいですか? 今の感覚、忘れたくなくて」

「いや朝練はこれで切り上げたほうがいい。これ以上は午後のトレーニングにも支障が出るよ」

「はい……いや、でも!」

「この前の選抜レースが上手くいかなくて焦る気持ちはわかる。君たちに時間が限られているのも理解している」

 

 諭しながら、手元の紙にペンを滑らす。

 

「それでもだ。堪えてほしい。体を鍛え上げることと、痛めつけることは違うんだ」

 

 

 ちらり、と彼女の顔を確認する。あまり顔色がよくない。目元にも少し隈がある。

 睡眠時間を削って、無理なトレーニングをしているなと察する。メンタルも相当参っているな。

 トレセン学園はエリート校だ。地元でトップだったとしても、全国どころか海外からも有望なウマ娘が集まるこの学園では、幼少期に積み上げた自信を容易く粉砕する。

 家族からの期待、亀裂が走る自尊心、理想と現実の乖離、そこから逃げるような過度なトレーニング。

 よくある話だ。よくある話だから、見過ごせない。

 

「簡単にだがトレーニングメニューを作ってみた。試してみるといい」

 

 書き上げたメニュー表を少女に渡す。

 彼女は一瞬呆けた顔をして、私と紙を交互に見返していた。

 

「これ、筋トレや食事メニューまで……いいんですか?」

「不安なら教官や学園の栄養士に見せて直しもらっても構わないよ。こういうのは彼らのほうが専門だろうし」

「い、いえ! ありがとうございます!」

 

 ぶおん! と音が鳴りそうな勢いで頭を下げられた。腰を直角に曲げたお手本のようなお辞儀だ。

 ちらりと、少女が上目遣いでこちらを見てくる。

 

「あ、あの……チーム・マルカブのトレーナーさん……ですよね?」

「ん? ん〜……そうだよ。よく知ってるね」

「知ってますよ! 菊花賞や天皇賞(春)を勝ったライスシャワーさんのいるチームじゃないですか!」

「そうか、知っていてもらえて嬉しいな」

 

 ちょっとウソだ。

 挙げられたのは私が担当するウマ娘を象徴するレース。トレーナーとしての手腕が認められるようにもなったきっかけだが、決め手はライス自身の頑張りだ。私が勝たせたわけではない。一方でライスがヒール呼ばわりされたり、長いスランプの始まりとなったり、胸を張って誇ることは躊躇われた。

 

「チームといっても開店休業状態だけどね」

 

 これは本当。

 チーム・マルカブは派手な実績こそないが、私を含めて三代続くそれなりに歴史あるチームだ。しかし、現在所属しているのはライスただ一人。

 トレーナー業の師でもある先代から引き継いだときにいたメンバーはみな、引退や卒業、移籍によっていなくなってしまった。

 まったく、チームを任せて引退した先代に申し訳が立たない。

 

「もしかして、ライスシャワーさんの朝練予定でしたか? だとしたら、アタシなんかのために時間を……」

「気にしなくていいよ。まだ時間は有るし、コースの状態を確認してたら君を見かけて気になってね」

 

 これも本当。

 トレーニング前にバ場状態を確認してメニューを微調整するのは染み付いた習慣だ。辛そうな顔をして走るウマ娘が気になってしまうのも含めて。

 

「とにかく、今日の朝練はここまで。しっかりストレッチして、ご飯も食べて午後に備えること」

「はい。……あの」

「どうした?」

「……次の選抜レース、見に来てくれませんか?」

 

 頑張りますから、と小さな声があとに続いた。

 

「分かった。楽しみにしてる」

 

 そう答えると、喜色に満ちた顔で少女は去っていった。

 

「いい顔になったな」

 

 さて、いい加減本来の目的に戻ろうとして、

 

「お兄さま?」

「うおおう?!」

 

 意識の外から届いた声に思わず奇声を上げてしまった。

 振り返ればいつから居たのか、私が担当するウマ娘――ライスシャワーが立っていた。

 

「おおライスか。びっくりした……。いや、もしかして待たせてたかな?」

「ううん。ライスも今来たところ。

 それよりもお兄さま、今の娘は……」

「ああ。少し無茶なトレーニングをしているが目に入ってしまってね。ついお節介をやいてしまったよ」

「選抜レース見に来てって言ってた。見に行くの?」

「ん……そうだね。立場上行くしかないかな」

 

 なにせチーム(総勢1名)だ。スカウトしてチームとしての体裁を整える気があると見せておかねば、小さい理事長はともかくあの緑の秘書からの叱責は逃れられない。

 

「じゃあ、あの娘がいい走りをしたらスカウトする?」

「……いや、多分しないかな。他にいい子がいてもね」

 

 一瞬、不安そうな顔をしたライスを見て即答する。

 理由はいろいろあるが、なんと言っても、

 

「今の私にとって大切なのは、ライスの復帰に全力を注ぐことだよ」

「お兄さま……!」

 

 ライスの目が大きくて開かれる。

 そして、

 

「正座」

「え?」

「お兄さま、正座」

「いや、でもトレーニングを――」

「いいから、正座」

 

 アッハイ

 

 スーツ姿で芝の上に正座する私。ライスとの目線の高さが逆転し、彼女を見上げる形になる。

 ライスは私を、少し困ったような顔で見下ろしてくる。

 

「お兄さま、さっきの娘のトレーニングを見てあげてたのはどうして?」

 

 答える前に、ライスの耳と尻尾の様子を見る。

 目は口ほどに物を言う、もとい、ウマ娘の耳と尾は口ほどに物を言う。幸い、尻尾は荒ぶっていないし、耳も前に垂れているので怒っているわけではないようだ。

 というより、困った子供を見るような様子だ。――それはそれでどうなのだ。

 

「どうしてか……。コースに来たらもう走り出していてね。苦しそうに、もがくように走っているものだから、つい口を出してしまったよ」

「いいと思う。お兄さまの困ってる子を放っておけないところ、ライス好きだよ」

「ありがとうライス」

「あの子も嬉しそうだったね」

 

 私の体に閃くものがあった。

 これは、重要な選択肢が出たな。

 次の言葉は慎重に選ばなくては。

 場合によってはエンディングを迎えてしまう。主に私のボディが。

 先ほどの少女とのやりとりを高速リピートすること5回。私の脳細胞が完璧な回答を導き出す。

 

「ああ。練習とはいえ好タイムをだすことができたようだしね」

 

 ――ザッ

 

 ライスの右足が後ろに下がった。千切れた芝が舞う。

 前掻き――ウマ娘が主に不安や苛立ち、負の感情を表に出すときに良くする仕草だ。

 ……どうやら私の回答はライスの望むものでなかったらしい。

 

「違うよお兄さま。あの子はねトレーナーさんに声をかけてもらえたことが嬉しかったの」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ。入学して、自分より才能のあるウマ娘にたくさん出会って、打ちのめされて、でも諦められなくて、もがいているところに声をかけてくれた。

 自分の身を案じてくれて、助言してくれて、自分はもっと上に行けるんだってことを示してくれて……」

 

 ライス先生による解説が続く。

 

「だからあの子は選抜レースを見に来てって言ったんだよ? 頑張って、一着とって、スカウトして欲しいんだよ」

「そ、そうだったのか……」

 

 なんという読解力。

 国語の、筆者の考えを答えよ系の問題が苦手だった私には到底至らない答えだ。

 ライスの顔が、ここまで言えばわかるよね?と返答を促してくる。

 再び私の前に選択肢が差し出された。

 ……ぶっちゃけ正解が分からない。

 現在私はワンアウト。仏の顔も三度までというが、二度同じ失態はできない。

 こうなれば運に任せるしかない。頼むぞ私の幸運。トレーナー試験で六連続ウを選んでも合格した私の幸運!

 

「そうか! あの調子ならきっとスカウトしてもらえるな!」

 

 ――ザッ

 ……ツーアウトってとこか。何てことだ私の幸運。もうウは選ばないぞ。

 

「お兄さま、いくらなんでもそれは……ない」

 

 気づけばライスの耳が後ろに引き絞られている。機嫌を損ねている。

 

「お兄さま、今からでも遅くないからライスと勉強しよ?」

「な、なにを?」

「乙女心」

 

 どうやらツーアウト制だったらしい。よく考えたらライスは良い子だが仏ではない。三度目はなかったのだ。

 

 この後メチャクチャウマ娘心を叩き込まれる私であった。

 

 

 

 

 

 あ、トレーニングはちゃんとやりましたよ。

 

 

 

 

 

 

 






成長してつよつよになったライスが見たかった。
見当たらなかったんで書きました。
解釈違いだったら申し訳ない。
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