シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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前話ですが、PCがサイレンスズカで記憶しちゃったせいでスズカの名前がほとんど間違ってました。
急ぎ修正しましたがまだ残ってるかもしれません。
今回も、もしかしたらまだ残ってるかも。失礼しました。


前話の感想がサクラバクシンオー関連多くて驚きました。
やっぱり凄い馬だったんですね。

今回と次回で毎日投稿は一度終了です。
また書き溜めに入ります。


10話 ライスと彼女たちの天皇賞(秋) 後編

 

 東京レース場は、いつにも増して多くの人で溢れかえっていた。

 当然、目的は数あるGⅠの中でも特に格式高い天皇賞。その秋の盾を巡るレースだ。

 加えて出走メンバーも話題を呼んでいる。歴戦の勇士、復活したスター、予想外からの刺客、強く輝く新星、この一週間で何度この文字列を見たか。これだけ繰り返されれば誰しもが興味を持つ、普段はレース場まで足を運ばないような者たちまで来ていた。

 

『ウマ娘たちが求める一帖の盾。夏を超え、鍛えた脚を武器に往く栄光への道。

 トゥインクルシリーズ秋の大一番、天皇賞(秋)。天候にも恵まれ、良バ場の発表です』

『春で実力を示した者たちが、引き続きトップを走るか。夏を超え、一皮むけた新星が栄光を掴むか。期待したいですね』

『今年の注目はやはり見事な復活を遂げたミホノブルボンとライスシャワーでしょうか』

『ええ。ですがご祝儀で勝たせてもらえるほど甘くはありません。

 ミホノブルボンは短距離からの距離延長と出走権のための連戦をしております。ベストコンディションを保てているでしょうか。ライスシャワーも、やはり生粋のステイヤーのイメージがありますね。ケガで離脱する前も中距離GⅠは安定しませんでした』

『長い時間をかけて復帰してきた二人。健闘してほしいという気持ちはありますが、勝負は勝負、ということでしょうか。健闘といえばサクラバクシンオーの参戦もおおいに周りを驚かせましたね』

『いやー無理でしょう……と言いたいですが同じようなこと言った年にマイルCSを制覇していますからね彼女は。全く解説泣かせと言いましょうか。困難な道であることは確かです。一方でどこまでやれるのかという期待もあります』

『どこまでやれるかと言えば、今年のクラシック級からサイレンススズカも出走していますね。他の経験豊富なウマ娘たちを相手に好走を期待したいですね』

『彼女はデビューの時は大逃げで皆を驚かせましたが、最近は調子が上がりませんね。楽しそうに走る子なのでここらで活路を見出してほしいところです』

『他の出走者についてですが――』

 

 つけていたイヤホンを外すとラジオの音が途切れる。変わりに控室奥の更衣室から衣がこすれる音と、姦しい声が聞こえてきた。

 ライスの着替えを、グラスとエルが手伝ってくれているのだ。

 

「全く、勝手なことというか、耳に痛いことを言ってくれる」

 

 オールカマーでも勝ったというのに、未だライスに中距離は向いていないというのが識者たちの見解らしい。そしてそれは、GⅡとGⅠの差を表しているともいえる。

 中距離のGⅠを制していないことから言われる評判は、やはりGⅠを制さずして払拭することはできないのだ。

 

「トレーナーさん! ライス先輩の準備できましたよ!」

 

 エルの声ととともに更衣室の扉が開かれ、勝負服姿のライスが出てきた。

 普段被っている青バラの飾りがついた帽子、それに合わせたかのような黒のドレス。レースのついた裾から見える肩や脚がどこか色っぽい。腰から下げた短剣は彼女がただ守られるだけの少女でないことの証明。

 いつもの、何度も見てきたライスの勝負服だ。

 

「ど、どうかなお兄さま。久しぶりのライスの勝負服……」

「ああ、綺麗だよライス。とても似合っている」

「ふふふ、ありがとう」

 

 これも懐かしい、いつものやりとりだ。

 

「今日の一番人気はエアグルーヴだ。実力も申し分ない。マークするなら彼女だ」

「うん、ライスもそう思う。でもねお兄様、今日ライスは……」

 

 申し訳なさそうにライスが目を伏せる。

 好走するであろうウマ娘をマークし、最後に抜き去るのはスタミナのあるライスが勝つために私と編み出した戦法だ。故にヒットマンだの刺客だの色々と揶揄されてきた。

 しかし、ライスが外野の声を嫌ってその戦法を使いたくないわけではない。彼女の気持ちは分かっている。

 

「ミホノブルボンについて行きたいんだろう? いいよ、それでいこう」

「……いいの?」

「走るのはライスだ。ライスが一番走りたい走りをすればいい」

 

 今日はライスにとってただのレースではなく――いやGⅠがただのレースなわけないのだが――ライバルであるミホノブルボンとの復帰後初の一戦だ。

 春の宣戦布告からの激突。どうしても意識はするし、向こうもライスを意識するだろう。二人同時マークするより、一方に集中した方が良いと判断した。

 

「そっか……ありがとうお兄さま」

「でも、一つ約束してほしい」

 

 膝を曲げ、ライスに視線を合わせる。脚にそっと触れる。

 熱はない。腫れも歪みも。今日に向けて万全を整えてきた。それでも私の中で不安が渦巻いている。

 

「無事に……無事に帰って来て欲しい。どんな結果であろうとも、またこの部屋で君とレースのことを話したい」

 

 勝てなくても、という言葉は言わない。ライスが望む言葉ではないから。

 あの日、控室を出て地下バ道で見送った後、彼女と会えたのは白い病室だった。

 勝利に喜ぶわけでも、敗北に悔し涙を浮かべるわけでもなく、ただ茫然と砕けた脚を眺める彼女の姿は未だ脳裏にこびりついている。

 もうあんな光景を見るのはごめんだ。

 

「うん、大丈夫。約束するよ」

 

 さわり、とライスの手が私の頭をなでる。

 

「勝って、またここに戻ってきます」

「ライス……ありがとう」

 

 私も手を伸ばし、ライスの頭をなでる。

 梳いた髪がうなじや肩にあたり、互いにくすぐったく笑う。

 

「……あのー」

「エルたちもいるんデスが?」

「――は! はわわ……!」

 

 一瞬にして顔を真っ赤にしたライスが私から距離をとる。

 視線を向けると、グラスとエルが、苦笑いしていた。

 

「その……仲がよろしいんですね?」

「師匠がいた時代から数えても、ライスとは一番付き合い長いからね」

「もしかして、レースの度にこういうやりとりしてるんデス?」

「ま、毎回じゃないもん!」

「そうだね。今日みたいなGⅠの時くらいかな」

「お兄さま!」

 

 余計なこと言うなとばかりにライスが吼えた。

 バタバタと腕を振り回す小柄な先輩に、後輩二人が小さく笑う。

 

「ふふ! GⅠでもライス先輩は変わらないデスね! なんだか頼もしいデス!」

「そ、そうかな……?」

「ええ。大舞台でも平常心を保てているなんて、今の私たちにはとても……」

「そうだね。今日は二人にとっては学びの日でもある。いつか出走するGⅠの大舞台、その空気を少しでも感じてほしい」

「そ、そうだよね。二人も目指すんだもんね。

 ……うん。ライス、グラスさんとエルさんにも格好いいところ見せてくるね!」

「バッチリ! しっかり! くっきりと見させていただきます!」

「一瞬たりとも見逃しません……!」

 

 おー! と恒例の声を上げ、控室を出た。

 ターフへ続く地下バ道を進む。周りには勝負服を着たウマ娘の姿が多く見えた。当然、その中にはミホノブルボンもいた。

 彼女がこちらに気づき、近づいてくる。

 

「ライスさん。この日を待ち望んでいました」

「うん。ライスも、またブルボンさんと走れる日を待っていたよ」

 

 両者はクラシックを争ったライバルにして、互いにケガから離脱し、諦めずに復帰したウマ娘同士。

 共有した艱難辛苦は多くあり、友情はGⅠを争っていた時以上に固く深い。

 それでも、今日は友好を温めるのではなく勝負の日。

 両者の言葉は穏やかだが、瞳には炎が灯っている。

 

「今日は、私が勝ちます」

「ううん。ライスが勝つよ」

 

 共鳴するように、周りのウマ娘たちからも闘志が燃え上がる。

 一生に何度出れるか分からないGⅠ。勝ちたいのはみな同じだ。

 ライスとミホノブルボンが並んで地下バ道を進んでいく。

 私たちがついて行けるのはここまで。ここから先は、レースに出るウマ娘たちの世界。

 光の向こうへ進む彼女たちの背を見るたび、私は思う。

 

 今から、誇りをかけたGⅠが始まるのだと。

 

 

 

 ◆ 

 

 

 

 レース当日、トレーナーの居場所は様々だ。

 人込みを避けて用意された個室やチームルームに入る者。

 観客に混じり、できる限り担当ウマ娘の近くに行く者。

 例としてはリギルが前者で、マルカブやカノープスが後者だ。

 と言ってもリギルが余裕かましているわけではない。リギルメンバーにとってレース日はチームメンバーの応援をするのではなく、他のウマ娘が走りを見て己が血肉に変える学びの日となる。

 ……はずなのだが。

 

「おや、珍しいですね。東条トレーナーが観客席にいるなんて」

「そういう貴方は相変わらずチーム総出で最前列にいるのね南坂トレーナー」

 

 東条ハナは今日に限っては観客席にいた。隣にはナリタブライアン。三冠ウマ娘がいればたちまちサイン会でも始まりそうだが、猛獣のような鋭い気配を放つ彼女に声をかけるものはいない。

 

「あー! ブライアンがいる! どうして? 今日のレース出るのか!?」

 

 ツインターボのような者を除いては。

 青い髪を振り回してグルグルと走り回るツインターボ。その子犬のような様にナリタブライアンがやれやれと息を吐いた。

 

「私はもうドリームトロフィーリーグに移った。宝塚記念や有記念のようなグランプリならともかく、もうトゥインクルシリーズのレースは走れん」

「えー! 何だよつまんないな。それじゃあターボ、いつブライアンにリベンジできるんだよ」

「お前は主な活動の場を地方へ移したんだろう。どちらにしろ私と走れるレースはない」

「いえ、地方と中央の交流戦で良い成績を出せばグランプリに出走は可能です。ファン投票故、運や時勢に左右されますが」

「おお! さすがイクノ! よーしブライアン、有記念でターボと……」

「はいはい話が横に逸れてる逸れてる。すみませんねトレーナー、東条さん」

「いえいえ。ネイチャさん、ナイスです」

 

 ナイスネイチャに抑え込まれるツインターボをしり目に、チーム・カノープスのトレーナーである南坂が東条に視線を移す。

 

「うちはチーム総出で応援がモットーなので。東条トレーナーは……」

「今年は類を見ないくらい個性的なメンバーが揃ったから、ちょっと気になっただけよ」

「サイレンススズカですか?」

 

 東条の視線が鋭くなる。対する南坂は笑みを崩さない。

 その閉じているのが閉じていないのか分からない目でどこまで見ているのか。食えん男だとナリタブライアンは思った。

 

「どうしてそう思った?」

「ブライアン……!」

「別に隠すことでもないだろう。バレたところで今更何か策を弄せるわけではない」

「策を弄するなんてそんな物騒な……」

「感謝祭、テイオーのライブ、オールカマー」

『…………』

 

 カノープス一同が同時に目を逸らす。表沙汰にはなっていないが、かつて感謝祭で起こった裏側を知っている者からしたら、目的のために手段を選ばないトレーナーというのが南坂への印象だった。

 

「サイレンススズカと言えば、大逃げで話題になりましたね。ただ、クラシックで良い結果は出せていないようですが……」

 

 いち早く復活したイクノディクタスが上げた情報に、南坂が頷く。

 

「ええ。メイクデビューは二月と遅め。そのため皐月賞は出走できず、間に合わせた日本ダービーは九着。正直、前評判に比べて……という印象を持つ方が多いでしょう」

「よく調べているな」

「リギルの新人ですよ? それだけで注目する価値はあります。そんな彼女がクラシック最後の菊花賞ではなく、エアグルーヴも出る天皇賞(秋)へ出走。いやー気になりますねー」

「……スズカの長距離の適性は低い。となれば秋の大目標が天皇賞になるのは自然なことよ」

「GⅡ以下の重賞も取れていないのに? 東条トレーナーは手堅い方です。自由なスピカならともかく、リギルならまずは府中ウマ娘Sや毎日王冠に進む選択をする。

 しかしそうではない。どうしてか。……サイレンススズカ本人の希望ですか?」

「……ああそうだ」

「ブライアン、今日はずいぶんとおしゃべりね。メディアへの対応時もそのくらい話してほしいのだけど?」

「当てられたからってへそを曲げるなよおハナさん」

 

 嫌味にも動じない担当と、興味深くこちらを見続けるカノープス陣営に東条は何度目かのため息をついた。

 

「貴方の推理通り、出走は彼女の……スズカの意志よ」

「失礼ながら、そういった希望を聞き入れるとは意外でした」

「普段ならそうよ。でもスズカの調子が上がらないのも事実。それをトレーナーである私が解消させることができていないのもね。

 ……出走を認めたのはこのレースで突破口を拓けるのではと思っているから、そしてスズカがそう言った希望を口にするのが滅多にないことだから」

 

 顔を上げる東条。視線の先、ターフの上ではパドックが始まっていた。

 順番に勝負服を披露するウマ娘たちの中に、白と緑の勝負服に身を包んだ栗毛のウマ娘の姿があった。

 

(スズカ……正直、今日貴女が勝てるとは思っていない。でもこのレースは、必ず貴女の糧になる)

 

 サイレンススズカの不調の原因に、東条は心当たりがあった。

 その不調を解消させることは可能だが、それはただのその場しのぎでしかないことも気づいていた。

 果たしてどうなるか。東条は祈るように両手を握りしめた。

 

 

 

 ◆ 

 

 

 

『各ウマ娘のパドックも終わり、ゲートインになります。……今、最後の一人が入りました。

 係員が離れ――今、スタートしました!

 

 真っ先に飛び出したのはミホノブルボン! その横をサクラバクシンオーがピッタリとついて行きます! ああっとここで二人を抜き去る栗毛のウマ娘! サイレンススズカが先頭を取った!!』

 

 自分の前を行くサイレンススズカを見て、ミホノブルボンは考える。

 ペースを上げるべきか否か。サイレンススズカを追うか、控えるか。

 ミホノブルボンの戦術はラップタイム走法。レースレコードを目標に数ハロンごとに設定したラップタイムに合わせて走るものだ。

 彼女から見て、サイレンススズカの逃げは破滅的だ。放っておいても終盤には垂れてくる。しかし、

 

(メジロパーマーさんのようなスタミナを持っていたとしたら……)

 

 無茶無謀とされた大逃げ、いや爆逃げを得意とした名門メジロの異端児。されどその爆逃げでグランプリを制覇した破天荒な逃亡者。彼女の姿がちらついた。

 

(しかし……)

 

 サクラバクシンオーはサイレンススズカを見て考える。

 良いバクシンだと。

 自分も後に続こうかと脚が疼くが、なんとか堪える。

 

(トレーナーさんとの約束ですからね! 最初はブルボンさんに合わせると!)

 

 彼女のトレーナーが立てた作戦はミホノブルボンがハナを取るという前提のものだ。それが瓦解した今、ミホノブルボンの隣に固執する必要はない。

 だが、だからといってサイレンススズカについて行くことは正解ではない。スピードを極めたと自負する彼女は、このペースでスタミナがどこまでもつかも把握している。

 サイレンススズカのペースについて行けば、向こうはともかく自身は間違いなく途中で力尽きると。

 

(そしてなによりも……)

 

 おそらくミホノブルボンも感じているであろう、背後からのプレッシャー。

 かつてともに走ったスプリングステークスとは段違いの気配。こちらの隙を一瞬たりとも見逃さない、漆黒の追跡者。

 

(ライスさん……! これほどまでに成長されているとは!)

 

 前のサイレンススズカよりも、後ろに控えるライスシャワーの方を警戒すべきと二人は結論付けた。

 

 一方で、四番手以降に控えたライスシャワー、エアグルーヴ、マチカネタンホイザの結論は同じだった。

 ――サイレンススズカは最後までもたない。

 ただ一人、同チームのエアグルーヴは歯噛みしていた。

 

(スズカめ、無茶な大逃げなぞしおって……)

 

 サイレンススズカが思い悩んでいるのは知っていた。彼女が好む戦術は逃げだが、それは今のトレンドから外れている。現代において逃げはペースメーカーの一つと見なされてしまうのだ。

 先行や差しを取って序盤は脚を溜めつつ、周囲の展開に合わせて戦略を微修正するのが今の王道。

 東条がそれをサイレンススズカに説き、彼女も先行策を学んでいた。

 サイレンススズカの今の逃げは、これまでリギルで学んだものを全て投げ捨てたものだ。

 リギルとして共に学んだ時間を無為にするような走りに、エアグルーヴは怒りすら覚えていた。

 たが一方で、

 

(なぜそうも、活き活きと逃げている……!)

 

 その自由な走りに、憧憬の念すら抱いていた。

 

 

 

 

 ◆ 

 

 

 

 1,000mを超え、残りの距離が半分を切ったところで作戦通り、サクラバクシンオーが動き出した。

 

「いざ開花の時! バクシー――――ン!!」

『ここでサクラバクシンオーが仕掛けた!! サイレンススズカへと迫る! 後ろのウマ娘たちはまだ動かないか!?』

 

 溜めた力を解き放つ。芝と土を巻き上げて桜の超特急が突き進む。

 サイレンススズカに追いつき、並ぶ。

 その時、サクラバクシンオーは見た。サイレンススズカの顔を。

 

(なんて……)

 

 サイレンススズカの顔には疲労。息は荒く、汗は滝のようで、栗毛の髪が額に張り付いていた。

 やはり、彼女が逃げを得意としていようとミホノブルボン以上のペースはまだ無理だった。

 だというのに、

 

(なんて楽しそうに走る方でしょうか!)

 

 邂逅は一瞬。トップスピードに到達したサクラバクシンオーがサイレンススズカを抜き去る。

 だがしかし、大ケヤキを超えて第四コーナー。ここで、各自が一気に動き出す。

 

『ミホノブルボンがスパートをかけた! ライスシャワーも後を追う! 第四コーナーを曲がって最後の直線へ、後ろのウマ娘たちは追いつけるのか!

 ああ! サイレンススズカが垂れてきた! やはり無謀な逃げだったか!?

 ミホノブルボンがサクラバクシンオーを捕えた! バクシンオー粘れるか! ブルボンか! ああ、バクシンオー失速! ここまでか!

 先頭はミホノブルボン――いや、ライスシャワー! ライスシャワーだ! ライスシャワーが仕掛けた! しかしミホノブルボンも譲らない! かつてクラシックを争った二名によるデッドヒート! 勝負はこの二人に委ねられたか!?

 いや、奥からエアグルーヴ!

 エアグルーヴが来た! エアグルーヴが来たあ!!

 

 サクラバクシンオーにとっての誤算は、二つあった。

 一つはマーク相手としたミホノブルボンのペースが、想定よりも速かったこと。

 二つ目はサイレンススズカを無視しきれず、仕掛けるタイミングが僅かに早かったこと。

 どちらも数字で表すなら小さなものだが、ギリギリだったサクラバクシンオーのスタミナを枯らすには十分なものだった。

 ミホノブルボン、ライスシャワー、エアグルーヴ、マチカネタンホイザ、後続のウマ娘たちが続々とサクラバクシンオーを抜き去っていく。

 

(ここまでですか……)

 

 汗が流れていく。息は絶え絶えで、フォームが崩れて力が入らない。

 中距離GⅢを勝ったからといってGⅠは違う。分かっていたことだ。だが同期が復帰し、再び走り出す以上、出ずにいられなかった。

 

(ブルボンさんもライスさんも、変わらず早いですね……!)

 

 遠のいていく同期の背中を見て郷愁に駆られる。クラシック級に上がったばかり、今日のレースの出走者にニシノフラワーを加えた五人で走ったスプリングステークス。あの時も、自分は失速し二人に抜かされたのを思い出す。

 

(私も、あれから長い距離を走れるようになったつもりでしたが……)

 

 諦めかけた時、視線の端に観客席が映った。

 埋め尽くされる客席の最前列。柵を引き裂かんばかりに握りしめ、決死の表情でこちらを見る、トレーナー。

 

「…………どうして」

 

 その姿に、内側から熱くなるものがあった。

 空っぽになったはずの身体に何かが漲っていく。

 

(どうして私は諦めようとしているのでしょう……!)

 

 喉の渇きが消えた。崩れたはずのフォームが整っていく。何百何千と走り込み、脳より体に深く刻み込まれた走り方。

 

(ここで諦めたら…)

 

 トレーナーが考えてくれた、1,400m以上を走りきるためのフォーム。中距離を走りきるための呼吸。

 意識せずとも、体が勝手に動き出す。

 

「ここまで付き合ってくれたあの人に、申し訳が立たないじゃないですか!」

 

 ミホノブルボンのトレーナーが言っていた。精神は肉体を超越すると。

 

「私の桜は散りはしない……今! ここで!!」

 

 ならば、今この体を動かすのはきっと

 

「煌々と燃えるのです!!」

 

 執念に他ならない。

 

『さあ残り400mを切って先頭はミホノブルボンとライスシャワー……いや、後ろから! サクラバクシンオーが蘇った!? 凄まじい末脚!! 中団から一気に先頭集団へと距離を詰めていきます!!

 ここでライスシャワーが抜けだした! しかしエアグルーヴが迫ってくる!! マチカネタンホイザももの凄い末脚!! ミホノブルボンも諦めていない! サクラバクシンオー間に合うか!?

 残り200m! エアグルーヴがライスシャワーを捕えた! マチカネタンホイザも外から並ぶ! この三人に絞られたか!?』

 

 横一列に並ぶ三人。チームのため、誇りのため、応援してくれる皆のため。

 この日まで培った全てを振り絞り、駆け抜ける。

 

「やあああああああああ!!」

「はあああああああああ!!」

「うりゃあああああああ!!」

 

『内からライスシャワー! 中からエアグルーヴ! 外からマチカネタンホイザ! ミホノブルボンはここまでか!? 今、三人、横一列でゴール!! これは、これは、ここからでは分からない!!

 四着ミホノブルボン! 五着はサクラバクシンオー!! 最後の最後でもの凄い追い上げを見せました!

 上位は、上位は――――』

 

 ライスシャワーはゴールを抜けると、大口を上げて酸素を貪った。ドクドクと心臓が暴れている。

 ちらりと横を見れば、並んでゴールしたエアグルーヴとマチカネタンホイザも似たような状況だった。

 スタート前にあった血肉を削り取って来たかのように三者同等に消耗していた。

 掲示板を見ればまだ一着は表示されていなかった。判定中なのだろう。

 だが、走ってきた三人から見れば結果は分かっていた。

 最近の判定機は優秀だ。きっと自分たちの感覚と差異はないだろう。

 顔を上げる。胸を張る。どう転んでも勝敗が覆ることはないのだから。

 

三着、ライスシャワー!

 

 二着、エアグルーヴ!!

 

 一着、マチカネタンホイザ!! マチカネタンホイザです!! 

 

 チームとして、個人として、悲願のGⅠ初制覇です!!

 

 

 

「……え? わ、私? 私が一着? 本当に……?

 や、やった……

 

 

 やったよおおおおおおおお!! みんなあああああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






参考タイム netkeiba.com様より
秋天
1997 エアグルーヴ 1:59.0
1994 マチカネタンホイザ 1:59.0
1994 ライスシャワー 1:59.6

前話でも書きましたが、毎回参考にするわけじゃないです。

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