シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
ジェミニ杯(2回目)がボッコボコの凹にされたので初投稿です。
第三章すべて書き終わってはいませんが、時間かかりそうなのでとりあえず4日間ほど毎日1話ずつ投稿します。
ゴルシエミュむずい。
12話 マルカブとスピカ
濡れ鼠もとい濡れウマ娘となったサイレンススズカを保護し、とりあえず着替えさせることにした。
なんでも気晴らしに走っていて、雨が降っていることすら気付かず走り続けていたらしい。
集中力が高いというか、走っているうちに周りが見えなくなる
「あの……すいませんでした」
シャワーを浴び終わったサイレンススズカが顔を出す。
予備のジャージに着替え、タオルを首にかけた彼女は周りをキョロキョロと見渡す。
「あれ? 他の人たちは……?」
「さすがに大人数で待つ必要もないからね。解散したよ。この雨じゃコースは使えないから今頃ジムや器具の予約に走ったんだろう」
「トレーナーさんは良かったんですか?」
「大丈夫だよ。予約済みだから」
運が良かった。元よりジムトレーニングの予定だったから私は焦る必要がない。
まあ、なので一人シャワーを浴びる彼女を待つ役に回されたわけだが。
「リギルの……東条トレーナーに連絡した方がいいかな?」
「それは……」
リギルをまだ正式に抜けたわけではないはず。ならば東条トレーナーに預けるのが筋だと思った。
しかし、サイレンススズカはバツが悪そうに俯く。
東条への嫌悪や恐れではない。ただ会うのが気まずい、そんなところだろう。
「雨の中を走ってどうだった?」
「え……? そうですね……少し、寒かったです」
「じゃあ温めないと。風邪を引かないように今夜は早めに休むといい」
「はい……あの」
「なにかな?」
「聞かないんですか? 何があったか」
「聞いた方が良かったかな?」
少し意地悪な質問をした。迷う彼女に続けて言う。
「話して楽になるなら話してみて欲しい。君の悩みを解決できるかは分からないけど、気が済むまで聞くことはできるから」
思春期の少女、ウマ娘という種族、個々人の人格。私と彼女はまるで違うのだから、全ては理解できないし、ベストな回答は無理だ。
でも彼女の気持ちや迷いや悩みを聞くことはできる。共有することはできる。
ライスともそうやって歩んできた。
「それじゃあ……聞いてもらってもいいですか?」
私が頷くとぽつりぽつりと、サイレンススズカは話し出した。
◆
近くの談話コーナーで腰を据える。
途中で買った飲み物を手に、サイレンススズカが身の上を話してくれた。
(なるほどね……)
サイレンススズカの話を聞いて、どうしたものかと内心首を捻る。
走るのが好き。レースや勝つことにこだわりはない。しかし誰もいない景色を一人で走るのが好きなため結果的に一着を目指しはする。
そのため希望する作戦は逃げ一択。しかし王道の先行や差しからは外れた走り。故に常勝を目指す東条トレーナーの方針とぶつかった。まとめるとそんなところか。
難しいところだ。彼女の意思を尊重したいと思う反面、東条トレーナーの方針が間違っているわけでもない。
「東条トレーナーは逃げに拘ることを許してくれなかったんだね」
「はい。負担も大きいし、安定して勝てる走り方ではないと」
レースは一番最初にゴール板を駆け抜けた者が勝者だが、タイムアタックではない。走る中で戦略や戦術があり、枠順や天候、突然のトラブルなど運的要素も多い。
だから可能な限り安定した勝ち方を模索し、指導するトレーナーがほとんどだ。私もライスを勝たせるためにマーク走法を提案した。
一方、ウマ娘の希望を叶えるのも仕事だ。だが言いなりになってはいけない。
力では到底敵わないウマ娘だが、私たちは大人で彼女たちは子どもだ。歪んだ望み、自棄的な願いは正す。ただのコーチではなく、少女の未来を預かる仕事だというのはトレーナー研修で叩き込まれたことだ。
「先行や差し、中団に控えて後半に差し切る走りは私には合いませんでした。前に誰かがいることがどうしても我慢できないんです」
彼女が見たいのは始めから終わりまで誰にもいない、先頭の景色。
終盤で抜け出すことに快感よりも、一度も相手と並ぶことのない逃げ切りが彼女の求める走りだった。
「天皇賞(秋)もそうでした。ブルボンさんもバクシンオーさんも差し置いて立った先頭。みんなは無茶な逃げで最後は失速したなんて言うけれど、違うんです。
……私は、久しぶりに見れた先頭の景色に満足してしまった」
まるで、その気があればあのまま逃げ切っていたと言いたげだった。
彼女の横顔は平然としており、自身の発言に迷いや疑いがなかった。
(だとしたらとんでもない才能だ……)
彼女の言を信じるならレース直前まで差しや先行のトレーニングをしていたはず。そこからぶっつけ本番であの大逃げ。彼女のモチベーションが最後までもてばどうなっていたか。
2,000mをミホノブルボンを超えるペースでの逃げ。そこに駆け引きはなく、競り合いもない。トゥインクルシリーズの長い歴史の中で培われてきた常識をすべて破壊する。
彼女の走りは、異端に過ぎた。
「やっぱり難しいですか?」
反応が芳しくないと思ったか、サイレンススズカが私の顔を覗き込んでくる。
ターフのように青々とした瞳が私を射抜いてくる。
「いや……ただ、君は凄いなと思っただけだよ」
「凄い、ですか? 私が? まだ大きなレースを一つも勝ててないのに?」
「それはまだ君が本調子じゃない……いや、逃げに拘る心と先行差し向けに鍛えた体。精神と肉体の調整がマッチしていない。二つの歯車が嚙み合わず、空回りしている状態だからだ」
東条トレーナーは心の方をなんとかして体に合わせようと苦心したことだろう。
しかし彼女の心は一流トレーナーの想定を超えて偏っていたようだ。
「君の走りが完成したら、きっとレースの常識が覆るだろう。
その様子にたくさんの人が驚き、呆然とし、喝采する。こんな走りがあるのかとわが目を疑うことになるだろう」
「常識が……覆る」
呆気に取られたサイレンススズカの視線が彼方への向かう。その瞳にはターフに立つ自分が歓声を浴びる様を思い描いているのだろう。
その光景はまさに歴史に残る瞬間だ。未来永劫、人々はサイレンススズカの姿と名前を忘れない。
しかし、
「東条トレーナーは、別に勝ちに拘って君の逃げを封じたわけじゃないと思う」
「……そうなんでしょうか」
空想から帰還したサイレンススズカの瞳がこちらを向く。
私は頷き、続ける。
「もう君には耳タコかもしれないけど、逃げは負担が大きい。周りに合わせてペースを整えられないから常に全力疾走が求められる。だからこそ逃げウマ娘は負傷するケースが多い。
アイネスフウジン、ミホノブルボン、君の同期にも菊花賞前にケガをした逃げウマ娘がいたね」
「私もそうなると?」
「可能性の話だよ。でも今あげたウマ娘たちも自分がケガするなんて思ってもなかっただろう」
それでもトレーニングや休養中に判明しただけマシだろう。
もし、万が一、レース中にケガをすれば。
「………………」
「あの、トレーナーさん?」
「ん? ……ああ、ゴメン。なんでもないよ」
険しい顔をしていただろうか。サイレンススズカが心配そうな顔をしていた。
「とにかく、東条トレーナーも君を心配してのことだったと思うよ」
「そうだったんですね。……私、自分のことばかりでおハナさんの気持ちを全然考えていませんでした」
「じゃあ謝ってみたらどうだい? 東条トレーナーだって許してくれるし、リギルにだって戻れる」
お兄さま、アウトー
……何か聞こえた気がする。仕事のし過ぎかな。
「そうですね。でもおハナさんはきっと逃げを許してくれません」
「君の身体を心配してるからだとしても?」
「……はい。やっぱり私、先頭の景色を譲れません。あの光景だけは諦めたくありません」
決意に満ちた顔だった。
こういう顔をしたウマ娘の意志を曲げさせる方法を私は知らない。
だから、忠告だけはしておく。
「さっきも言ったけれど、君の走りはいつかレースの常識を変える。世界を変える。君の名は後世へと語り継がれる。
……しかし、君自身の輝きはずっと短くなる」
それは流れ星のような一瞬の煌めき。人々に夢と希望を与え、己は燃え尽きる切ない輝き。
「それでも君の意志は変わらないか?」
「私は……」
サイレンススズカの瞳が揺れる。
もしも、これで彼女が頷くようなら私は――
「チェストオオオオオッ!!」
「うおっ!?」
突然の奇声とともに振り下ろされるずた袋。狙いは私。ならば恥も外聞もない。ヘッドスライディングするように飛び退いた。
すぐさま立ち上がる。呆然とする私とサイレンススズカの前に、葦毛の長身ウマ娘がいた。
特徴的な帽子。起伏の富んだ身体。
十人中十人が振り返り、そして見なかったことにする学園一の奇行種。
「ゴールドシップ……!」
「おうおうおう! アタシのずた袋を躱すとはやるじゃねえかマルカブのあんちゃん!」
ここで会ったが百年目! と葦毛の奇人が叫ぶ。
「残念だったな、スズカは私らスピカが先に声かけてんだ! 横入りはよしこちゃんだぜ!」
「……そうなのか?」
「え……そういえば、おハナさんに付き纏ってる男性から声をかけてもらったことはあります」
合宿でスピカのトレーナーが勧誘中のウマ娘がいると言っていたことを思い出す。
あの男、よりにもよってリギルから引き抜きをかけるとか正気か。いや、ストレートにスピカに移れと言ったわけではなさそうなのがまだ救いか。
「あの人、スピカのトレーナーさんだったんですね……」
おい認識されてないぞ。口説いてるって言っていただろう。
とりあえずゴールドシップから距離を取る。奇行ばかり伝えられるが、暴力沙汰を起こしたという話は聞いたことが――今ほどのずた袋にそういった意図はないとして――ないし、下手に刺激しなければこれ以上事態が悪化することはないだろう。
「それでゴールドシップはどうする。このままサイレンススズカをスピカの部室に連れていくのか?」
「んだよー引き下がるのかよ。そこは男らしくここはカバディで決着つけるとこだろ!」
「ことを荒立てる気はない。というか男らしくって、君は女の子だろう」
「あんちゃんそういうとこだぞマジで」
ええ……なんか真顔で怒られた。
いやしかし、ゴールドシップから敵意のようなものが消えたのは良かった。
これで少しは会話に……なるかな? ならないな。
ゴールドシップの目的は私に突っかかることではない。だからさっさと本題に入る。
「サイレンススズカ。聞いての通りゴールドシップは君をスピカに入れたいみたいだ。どうする?」
「えっと……」
「いいじゃん来いよスズカ! スぺもいるし、
「やりたい放題……」
「ああ、大逃げ爆逃げ超逃げ何でもありだ! スズカの自由に走ればいい!
……スピカはさあ、ついこの間まで結構暗かったんだ。マックちゃんは病気になっちまうし、テイオーも有馬で大勝利してこれからって思ったらまたケガだ。ドリームトロフィーに移ったからって脚の心配はずっと付き纏う。あの普段はチャラチャラしてるトレーナーも、態度には出さないけど落ち込んでた。ありゃ目当てのソシャゲの配信が二、三年延期した時みたいだった。知らねーけど」
先ほどまでの騒々しさが鳴りを潜め、ゴールドシップが淡々と語っていく。
「そんなあいつがな、スズカが出た模擬レースを見てキラッキラに目ぇ輝かせたんだ。特撮ヒーローの新作ベルトのCМを見たガキンチョみたいだった。それからはずーっとスズカスズカさ。
……ちょっとキモかったなアレは! マックちゃんもテイオーもジェラシっちまうくらいさ。
なあスズカ。リギルだってスズカにはいて欲しいだろうさ。仲間だからな。でも
……どうしよう。思っていた以上にまともな話だった。
それは普段の彼女を知るものからすれば衝撃な光景だろう。
あのゴールドシップが、ちゃんと意味ある言葉をもって真正面からサイレンススズカを勧誘している。
それは真摯でいて心根からの言葉。行き場に迷うサイレンススズカの心を揺らすには十分だろう。
そして、
「その勧誘、ちょっと待つデ――――ス!!」
整いかけた場をぶっ飛ばす、怪鳥の声が響き渡った。
滑り込むように私たちとゴールドシップの間に割って入るエル。遅れてライスとグラスが私を守るように立ち入ってきた。
「大丈夫お兄さま?」
「予想通り拗れてますね。流石です」
「褒めてないよねそれ」
「んだよおめーら邪魔すんじゃねーよ! どう見ても今のはスピカエンドだっただろう!」
「こっちにだって譲れない事情がありマース!」
さっきまでのしっとりとした空気はどこへやら。一気に喧騒が帰ってきた。
「トレーナーさん! ゴルシ先輩はエルたちが抑えますから、今のうちにスズカ先輩を誑かすデース!」
「言い方! 誑かすってなに!?」
さらには、
「おーいゴルシ! お前何やって……なんだこの状況?」
スピカのトレーナーが、チームメンバーを引き連れ揃えてやってきた。
メジロマックイーンにトウカイテイオー、そしてスペシャルウィーク。彼女たちもゴールドシップの行動は知らなかったのか、私たちマルカブとサイレンススズカを相手取っていることに驚いた様子だった。
状況を見たトウカイテイオーが呟く。
「ボク知ってる。これ修羅場ってやつだ」
「テイオーさんはどうして楽しそうなんです!?」
「ゴールドシップ、チーム・マルカブの方々にご迷惑をかけてないでしょうね?」
「何言ってんだよマックイーン! アタシはスピカのためを思ってだな!」
一方で、
「ねえお兄さま。スズカさんと何を話してたの?」
「ちょっと相談事というか、彼女の悩みを聞いていただけだよ」
「つまりいつものアレってことデスね?」
「そしてスカウトのスの字も出していないんですね?」
「………………」
『目を逸らさない!』
「…………はい」
ゴールドシップがあれこれ脚色するのを私が正しながら、これまでのことを説明する。
なぜか彼女がスズカを勧誘するあたりを話させようとしないが、とりあえずはスピカとマルカブ、ともに可能ならサイレンススズカをチームへ勧誘したいということは共有できた。
……あれ? 私彼女を勧誘したいとか言ったか?
ライスとメジロマックイーン、グラスとスペシャルウィーク、エルとトウカイテイオー、そして互いのトレーナーが無意識に対峙する。ゴールドシップは横でルービックキューブを弄っていた。
「なるほど、今回スピカとマルカブはライバル同士ってわけだ」
「ライバルなのは以前からでしょう。ライスとメジロマックイーンが天皇賞(春)を争った時から」
「それもそうか」
「スピカはメンバー不足、残念ですが引くわけには参りません」
「それはマルカブも同じです。マックイーンさんでも譲れません」
「スペちゃんには申し訳ありませんが、私たちにも事情があります」
「よ、よく分からないけど……スズカさんが同じチームになってくれるなら嬉しいし……ま、まけないよ!」
「ぶっちゃけさ、エルってこの状況楽しんでるよね?」
「まあ割と。でもそれはテイオーもデスよね?」
「うん!」
スピカとマルカブ、メンバー一人の有無がチームの存続に関わる以上、ここで退くつもりはなかった。
しかし、私たちは忘れていた。
当事者が完全に流れに置いてけぼりにされていること。
分かるのは、どうやら自分を巡って対立しているということ。
なので、
「わ……私のために争わないで――!!」
そんな珍言が飛び出しても仕方がないだろう。
◆
「何してるのよ貴方たちは……」
頭を抱え、東条さんがため息とともに言った。
あの後、騒ぎを聞きつけたヒシアマゾンに見つかってそのままチーム・リギルの部室へと私たちは連行された。
そして青筋を立てた東条トレーナーへ事情を説明したところで、先ほどの呆れ声となった。
「……とりあえずスズカ」
「はい」
「頭を冷やせってのは雨の中を走れって意味じゃないのよ」
「すいませんでした……」
「まあまあおハナさん、そんなに目くじら立てなくても――」
「ああんっ!?」
「いえ、なんでもないです」
「トレーナー弱すぎない?」
口を挟もうとしたスピカトレーナーを黙らせ、東条さんの獅子のような眼光がこちらを向く。
「このバカはともかく、マルカブまでスズカを狙っているわけ?」
「そこは順序が違うと思ってますよ。そもそも、サイレンススズカは本当にリギルを抜けるんですか?」
「む……」
「チームから引き抜くような真似をする気はありません。でもフリーとなったウマ娘をスカウトすることを咎められる謂れはありません」
「言うじゃないの」
「カンペに書いてあったので」
「言いなりか!」
何度目かのため息を吐く東条さん。彼女に見えないところでライスがサムズアップしていた。
おそらく、リギルも時間をかけてサイレンススズカを説得するつもりだったのだろう。あくまでリギル所属にしておけば無茶な引き抜きは起きないと考えてのことだろうが、幸か不幸か私たちとスピカで事態を進めてしまった。
申し訳ないが東条トレーナーにはここで結論を出してもらうしかない。
「サイレンススズカから概ね事情は聴いています。彼女は本気でしょう。無駄に時間をかけることは彼女にとって良くないことは東条さんも分かっているはずです」
「……それもカンペかしら?」
「いえ、これは本心です。所属はどうなるにしろ、彼女の方針だけでも決めた方が良いのでは?」
「残念だけどそれは無理よ。私はスズカに逃げをさせるつもりはない」
「そんな!」
スピカのトレーナーが声を上げた。
「おハナさんはスズカの走りを見て何も感じないのか!?」
「彼女の逃げが天性のものなのは承知しているわ。それでも私は負担の大きい逃げは――」
「違う! 勝ち負けとか才能とかじゃなくて、走っているスズカの顔を見たことあるのか!」
「スズカの顔……?」
ハッとしたような東条トレーナーの顔。
確かに、天皇賞(秋)のサイレンススズカは失速こそしたもののどこか満足そうな顔をしていた。
他のレースは知らないが、先ほど彼女に聞いたことを思い返せば逃げ以外の策は苦痛だったという。
「……貴方は、スピカにサイレンススズカが入った場合はどのように走らせるつもりですか?」
「ん? そりゃあ逃げだろう。スズカがそれを望んでいるし、なによりも――」
当然のことだろうと言いたげに、彼は告げた。
「先頭を自由に走ってるスズカが一番楽しそうだったからな!」
それは、私や東条トレーナーにはない視点であり、おそらくサイレンススズカが最も望む回答だっただろう。
ならば……うん、私の答えも決まる。
「そういうあんたはどうなんだ」
「ええ、私もサイレンススズカが望む以上は逃げをさせるつもりです。ですが――」
一瞬だけ、サイレンススズカを見る。
「きっと、彼女はスピカにいたほうがいいでしょう」
◆
「ターイム!」
私の答えを聞いた瞬間、エルが両手でTの字を作り割って入ってきた。
呆気に取られる私たちを余所に、ライスが私の手を取る。
「お兄さま、ちょっとこっちへ」
「うん?」
隅に連れられ、グラスとエルも合流して三人に囲まれる。
「お兄さま、空気読んで」
「え、この状況で私がそれ言われるの?」
「当然デス! どうして今の流れでスピカに譲るんデスか!?」
「トレーナーさんはもう少し欲張っても良いと思います!」
「いやでも、サイレンススズカにとってはそれが一番良いと思うんだ。それにうちは彼女が入らなかったらどうなるわけでも……」
『チームメンバー!!』
「あ、はい。足りてませんね……」
まだ学園側から急かされているわけでもないが、彼女たちからすれば火急の案件のようだ。
いや、私が楽観し過ぎなだけか。
「すいませーん! さっきのやりとり、『そういうあんたはどうなんだ』のあたりからTAKE2いいデスか?」
「「「いいわけないでしょ!」」」
◆
「……で、どういうつもりよ」
仕切り直しということで、トレーナー三人だけで別室に移った。二人揃って疑念の視線を私に向けてくる。
「別にスピカに譲ったとかそういうつもりはないですよ。ただ、スズカにとってその方が良いと判断しただけです。
……私はどちらかというと東条さん寄りです。彼女の希望だから逃げはさせますが、どこかで制限を設けます。負担が大きいのは事実ですから」
それは逃げのペースだったり、レース間隔だったり、出走レースそのものだったり。逃げをさせるという条件を餌に彼女をまた別の鎖で縛ってしまう。
それは、彼女が望んだ環境ではないだろう。
「ですがスピカは自由にさせると言った。それが彼女が一番楽しく走れることだと。……ですよね?」
「ああ、そのとおりだ」
「でしたら、私の結論は変わりません。
勝ちを優先し希望を聞かないリギル、無事を優先し制限をかけるマルカブ、楽しさを優先し自由にするスピカ。彼女がどこを選ぶかは明白でしょう」
「あんた、苦労する性格してるな……」
「そうですかね?」
「……貴方は、それでいいのね?」
「はい」
「そう……じゃあ、仕方ないわね」
くるり、と東条さんの視線がスピカへ向く。
「うちの秘蔵っ子を預けるんだから、泣かすようなことしたら承知しないわよ」
「ああ、任せておけって!」
サムズアップする彼の笑顔は、葦毛の彼女が言う通り子どものように眩しかった。
◆
「次スぺちゃん、左足を赤」
「む、むむむ無理です! この体勢で赤とか腰を一回転させないと無理です!」
「スぺちゃん、あんまり大声出さないで……」
「ご、ごめんグラスちゃん」
「いけースぺー根性見せろ!」
戻ってきたら、なんかスピカとマルカブでツイスターゲームやってた。
手足を広げたグラスの下でスペシャルウィークが必死に体をねじっている。
「……何して、いやなんでツイスターゲーム?」
「何言ってんだ人が集まればツイスターゲームだろ!」
「どこの国の風習?」
「アマゾン、ブライアン。どうして止めなかったの?」
「いや待ってくれおハナさん。これには深刻な訳が……」
「アマさんが真っ先に挑発に乗ってな。今は四回戦目だ」
「バラすの早いよ! 少しは言い訳の準備をさせろ!」
「リギルは全勝中だから心配無用だ」
「そういうこと言ってるんじゃないの……」
頭を抱える東条トレーナー。
部屋の隅でライスが伸びていた。身体が固く小柄な彼女にツイスターゲームは不利だろうな。
柔軟のメニュー増やそうか考えているとゴールドシップがスピナーを抱えてやってくる。
「よーし次はトレーナー対決だ! あんちゃん準備しろ」
「サイレンススズカの移籍について話をつけてきたところだけど?」
「おめーらなにこの大変な時にツイスターゲームなんてやってんだ! ふざけてんのか、スズカの一生を何だと思ってやがる!」
『お前が言うな!!』
その後、先ほど話し合ったとおりに各チームのスタンスを告げる。
勝ちを優先するリギル、無事を優先するマルカブ、楽しさを優先するスピカ。
どこのチームに所属するかはサイレンススズカの意志に一任させ、その決定に他チームは異議を唱えないことを伝える。
……マルカブのスタンスを伝えた時、ライスが困ったような、しょうがないなという顔をしていた。チームのことを気にしてくれる彼女には申し訳ないがこればっかりは都合よく曲げるわけにはいかなかった。
「私は……」
サイレンススズカがどこを選ぶかは考えるまでもなかった。
◆
「あんな逸材見逃すなんて、後悔するわよ」
騒動もひと段落し、片づけを終えたリギルの部室を出ようとしたところで東条トレーナーが言った。
「それは東条さんも同じでは?」
「私はいいのよ。色々手を尽くしたけど、結局あの子と同じ道に立つことはできなかった」
少し寂しげな表情。今思えば、サイレンススズカの件は彼女のトレーナー人生の中で数少ない失敗に当たるのかもしれない。
「人にもウマ娘にも相性というのはあります」
「同情も慰めもいらないわ。……少なくとも貴方とスズカは相性良いと思ったけれど」
「もっと良いのがいましたからね。彼女の幸せを考えたら仕方ありません」
「妥協と諦めは繰り返すと癖になるわよ」
「……肝に銘じます」
「トラウマは、いつか乗り越えるべきだわ」
チクリと刺されてしまった。確かに、トレーナーとしてはもっと彼女に執着すべきだった。彼女に寄り添い、スピカと争ってでも彼女をチームに迎えようとするのが正解だろう。だができなかった。
私は未だ、あの悪夢から抜け出すことができていない。
もしも、サイレンススズカを迎えていれば。彼女の鮮烈な走りがあれば、もしかしたら――
「お兄さまー!」
廊下の向こうでライスたちが手を振っている。立ち止まった私を早く来いと急かしていた。
「私には、彼女たちがいます」
「……そう。余計なお世話だったわね。じゃあ馴れ合いはここまで。次はレースで」
「ええ、レースで会いましょう」
扉が閉まる。
私を待つ私のチームの元への歩き出す。
「お待たせ。……三人とも、色々気を配ってくれたのにゴメンね」
「いいよ。お兄さまらしくて良かったって思うことにする」
「トレーナーさんの気難しさにはもう慣れました」
「ブエノ! それに、強い人は味方にいるより、ライバルにいたほうが燃えるものデス!」
窓の向こうを見ると、雨はもう止んでいた。
◆
およそ半月後、東京レース場。ОPレース。
ライスたちが走るわけでもないのに、私はレース場へ足を運んでいた。
客席から見えるターフの上を、栗毛の少女が駆けてく。
テンから全力疾走にも見える大逃げに観客は呆れた声を出す。抑えろと知った口を大きく叫ぶ者もいた。
だがやがてそんな声も消えていく。誰もが先頭を走る彼女を見ていた。
中盤から終盤、他のウマ娘たちがスパートをかける中、サイレンススズカはスピードを落とすことなく先頭を突き進んでいく。
『サイレンススズカが先頭だ! サイレンススズカの大逃げ! 後ろとの差は二バ身、三バ身、いやまだ開く! 誰も追いつけない! 影さえ踏めない!!
これが、これが彼女の本当の走りなのか!!』
あり得ない、信じられない。そんな声が聞こえてくる。
その通りだろう。だがいずれこの光景が当たり前に変わる。
彼女が走る度、レースの常識は破壊され、新しい時代が拓かれるのだろう。
『これは異次元の強さ! 異次元の逃亡者だ、サイレンススズカ! 今、圧倒的大差でゴールイン!!』
凍り付いたような沈黙。ただ一人でゴールする光景に誰もが言葉を失い、声を上げることを忘れていた。
徐々にスピードを落とすサイレンススズカの顔に開く花の笑顔。その美しさに、ようやく歓声が沸いた。
「流石だな」
短期間できっちり逃げに特化した仕上げをしてくるスピカのトレーナーの手腕に舌を巻くが、改めてサイレンススズカの資質を見せつけられた。
遅咲きの大輪。間違いなく来年の台風の目となる。誰もが彼女に魅了され、目を離せなくなるだろう。
「本当に、手強いライバルが現れたよ」
それでも勝つのはマルカブだ。ライスだ、グラスだ、エルだ。どこまでも逃げる君を必ず私たちが捕まえよう。
きっとそれが、君の手を取らなかった私にできることだから。
Q.あの流れでスズカ入らないとか何考えてんの?
A.ちゃうねん。これでも結構悩んだんや。
いい加減メンバー不足ネタもくどいので入れようかとも思ったんですが、
スズカって毎日王冠でグラスとエルと走るんですよね。
しかも次の秋天ってアレがアレでアレじゃないですか(精一杯のバレ回避)。
そのへん考えるとスズカってライバル側にいたほうが光る気がして。
あとヒロイン力高すぎてライスが霞みかねない。
というわけでスズカはアニメに合わせてスピカ入りです。
マルカブの残りのメンバーもちゃんと考えています。5人目だけは候補が複数いるのでアプリの育成実装状況見て変わるかもですが。
4人目は確定してますので楽しみにしていただければと……え? どうせあいつだろって? どうしてバレたんだろうなあ(すっとぼけ)。