シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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14話 エルとホープフルS

 トゥインクルシリーズのその年最後のGⅠレースはダートの東京大賞典だが、芝が主流である日本では専ら有記念が一年を締めくくるレースと認識されている。

 有記念は他のGⅠと違い、ステップレースの結果ではなくファン投票の上位が優先出走権を得られるグランプリレースだ。その年のシニア級やクラシック級の代表だけでなく、世代を超えてファンに愛されたウマ娘だって出走できる。

 今日はその出走ウマ娘を集めた記者会見だ。

 天皇賞(秋)にもあったが、今回はグランプリというだけあって報道陣の数はさらに多い。

 

「お兄さま、準備できたよ」

 

 控室から、いつもの勝負服を着たライスが出てきた。

 慣例的にGⅠレースの記者会見は勝負服を着て行われる。初GⅠ出走となるウマ娘にとっては勝負服のお披露目も兼ねているのだ。

 当然、トレーナーである私も普段よりも上等なスーツを着ている。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 今日は記者会見だからグラスたちはいない。久しぶりに私とライスの二人だ。

 というか、脚を怪我したグラスにはあまり外に出ないで回復に専念してもらいたい。本人は不服そうだったが仕方ない。

 係りの者に案内され、記者会見場への扉が開かれた。

 広い会場にメディアのためのパイプ椅子が並び、壁際にはURAや協賛企業のロゴの入ったパネルがあった。

 パネルの前は一段高くなっており、出走ウマ娘たちが並ぶ場所があった。

 会場へ入るとすでに入っていた報道陣の目が一気にこちらを見た。百にも届きかねない視線に最初の頃はたじろいだものだがもう慣れたものだった。

 さすがに会見時間前に写真を撮るような無礼者はおらず、入ってきたものを確認したらまた報道陣は手元の資料を見たり仲間内で会話を始めた。

 

「行ってきます、お兄さま」

「うん。行っておいでライス」

 

 トレーナーである私がついていけるのはここまで。個別のインタビューになれば隣に立つが、これは出走ウマ娘たち合同での会見だ。

 トレーナーのために用意されたスペースへ行くと先客がいた。東条トレーナーだ。

 

「久しぶりね」

 

 向こうもこちらに気づいて声をかけてきた。

 トレセン学園のトップチームであるリギルからも当然出走ウマ娘はいる。

 天皇賞(秋)ではライスに先着したエアグルーヴ。そして、

 

「お久しぶりです。……タイキシャトル、本当に出るんですね」

「…………」

「えっと……」

 

 苦い顔をされてしまった。私としては正直に気になったことを訊ねただけなのだが。

 タイキシャトル。

 留学生枠としてトレセン学園高等部に通うウマ娘。

 デビューはグラスたちの一年前で今はクラシック級。ミホノブルボンとスプリンターズステークスを同着一位でGⅠ初制覇、その後マイルチャンピオンシップを一着で制覇し短距離・マイル路線の有力バとして注目されている。

 はっきり言って、有記念は適正外の距離。東条トレーナーの普段の方針からは予想外の出走だった。

 

「どうしてもとしつこくてね。年内は他に出走するレースもなかったから仕方なく、ね」

「意外ですね。東条さんはそういうの許さないと思っていました」

「スズカの時みたいに……?」

「……いえ、すいません。そういうつもりでは」

 

 失言だった。

 サイレンススズカの一件は彼女に非があるわけではない。互いの方針を話し合い、擦り合わせた結果なのだから、今回も同様にリギル内で話し合ったはずなのだ。

 

「気にしなくていいわ。私もらしくないとは思っているから。それよりも……」

 

 眼鏡の奥で鋭利な視線が光る。

 

「グラスワンダー、大丈夫なの?」

「……大きなケガではありません。安静にしていれば回復します」

「クラシックは?」

「それは……」

 

 二の句を告げない。医師の診断では最速でも二ヶ月。そこから落ちた筋力やレース感を取り戻して、朝日杯FSの時と同レベルまで仕上げるのにどれだけかかるか。

 グラスのクラシックは絶望的。その一文が私の脳内で繰り返し浮かんでくる。

 答えられない私の反応で、東条トレーナーは概ね理解したようだ。

 

「そう……。あんまり思い詰めるものじゃないわよ。レースを走る以上はウマ娘に怪我はつきものよ」

「いろんな人に同じようなこと言われましたけど、私ってそんな思い詰めてるように見えました?」

「自覚がないの? ライスシャワーがケガした時の貴方って酷かったわよ」

「そこまで言います?」

「ライスシャワーに万が一があったらそのまま後を追いそうとまで言われていたわ」

 

 そんなにか……。いや、あの時は色々思い悩んでいたのは確かだが。

 

「そういえば、グラスがケガをしたと学園に連絡したらたづなさんからカウンセリングを勧められましたね」

「ほら。学園からもそういう認識なのよ貴方。ウマ娘のケガに過敏で思い詰めやすい。

 トレーナーの不安は担当ウマ娘にも伝播するわ。せめて彼女たちの前だけでも平然としてなさい」

「肝に銘じます……」

 

 全く、世間話のつもりが忠告されるとは。つくづくトレーナーとしての差を見せつけられた。

 その後、続々と他の出走ウマ娘たちとトレーナーが現れる。

 シニア級とクラシック級。この一年各階級でしのぎを削り、トゥインクルシリーズを盛り上げてきた世代の代表たちだ。

 ミホノブルボンはいない。秋の連続出走を気にしてか、天皇賞(秋)以降レースに出ていない。

 

『それでは、出走するウマ娘方は登壇をお願いします』

 

 司会役がマイク越しに促し、出走ウマ娘たちが並んでいく。

 簡単な経歴が紹介され各々が有記念への想いを告げていく。

 

 ある者は夢を。

 ある者は理想を。

 背負った家名の誇り、応援してくれるファンたちの想いに応えたい、見せたいものがある、楽しませてみせる、初のGⅠ戴冠、秋シニア三冠、宝塚記念に続くグランプリ制覇。

 まさに十人十色の想いを語っていく。

 そしてライスは、

 

「みんなに希望を与えられる。そんなレースをしたいです」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 世間がクリスマスイブで賑わう中、中山レース場には多くの人が訪れている様子を、ライスシャワーはカフェテリアにある大型モニタ越しに見ていた。

 今日はジュニア級の中距離覇者を決めるホープフルステークス。そして明日は自身も出走する有記念だ。

 クリスマスという一大イベントと重なったためか、例年よりも浮足立った観客が多く感じた。

 一方で、

 

「置いてけぼりなんてヒドいです」

 

 お留守番を命じられたグラスワンダーは膨れていた。

 子どもっぽく拗ねる彼女が珍しくて、ライスシャワーは苦笑した。

 

「中山レース場ならすぐそこなんですよ」

「でもグラスさんは安静でしょ。脚をケガした子を人の多いところには連れていけないよ」

「チーム用の個室があるんですよね? それに折角エルのGⅠですよ?」

「個室で見てもモニタだよ。学園のカフェテリアと変わらないよ」

「むう……それに今日はクリスマスイブです」

「ああそっか。今年は有記念とも被ってるから祝えないね。でも有記念が終わればレースに出たウマ娘向けにパーティがあるよ」

「そうなんですか?」

「うん。せっかくのクリスマスだし、レースを盛り上げた子だけ祝えないなんてあんまりだって会長さんが」

「へえ………その、ライス先輩?」

「ん、なにグラスさん」

「心配ではないんですか? トレーナーさんとエルを二人にして……」

「? お兄さまも中山は何回も行ってるから迷子になるとは思えないし、エルさんとも仲良くやってると思ってたけど……なんで?」

「えっと……クリスマスイブですよ?」

「うん、そうだね。……あ、帰りにケーキでも買ってきてもらう?」

「あ、いえ大丈夫です。もうこの話題もいいです。すいません私の考えすぎでした」

「そう? ……変なグラスさん」

 

 モニタに目を向けるライスシャワーを尻目に、グラスワンダーは少し熱を持った頬をごまかすように熱い緑茶に手をのばす。

 湯気を息で飛ばしてからそっと飲む。

 

「意外とむっつりさんなんだね」

 

 噴いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 中山レース場。ジュニア級最後のGⅠホープフルステークス。

 地下バ道にて、黄と赤の勝負服を着たエルコンドルパサーがいた。

 すでにトレーナーとの語らいは済んでいる。

 あとはターフへ向かい、勝つだけだ。

 競う相手は十四名。求めるのはジュニア級における2,000mという王道路線(クラシックディスタンス)における覇者の証。

 

「あらエルさん。やる気満々という感じね」

 

 背後からの声に振り返ると、鮮やかな緑の勝負服を着たウマ娘がいた。

 キングヘイロー。エルコンドルパサーやグラスワンダーのクラスメイトにして、気高く一流を志すウマ娘。

 

「はい! やる気バッチリ、ガッチリ、ギンギンデース!

 ……もっとも、それはキングも同じみたいデスね?」

「ええ。今日のレースはGⅠ。キングの実力を見せるのにふさわしい晴れ舞台だもの」

 

 キングヘイローのこれまでの戦績は三戦三勝。うち重賞を一勝しており、成績の上ではエルコンドルパサーと同じく無敗でGⅠ出走を決めている。

 今日のレースで最大の敵となるのは彼女だと、エルコンドルパサーは確信していた。

 クラスメイト故に彼女の性格は知っている。

 一見すればプライドが高く高飛車。しかし交流して分かるのは努力を怠らない高い向上心。決して才能に胡坐をかかず努力する姿に慕う者は多い。

 

「まさか、クラスで最初に同じレースを走るのがエルさんとはね」

「そういえば、キングとは選抜や模擬レースでも走ったことないデスね。学園ではつけられなかった決着をここでつけるとしましょう!」

 

 ええ、と笑うキングヘイロー。しかし一転して、彼女の表情が曇った。

 

「その……グラスさんの脚はどうなの? 本人は大丈夫と言っていたけれど……」

「ケ? ああ、あれは……あれはマズイデス!」

「ま、まずいって!? やっぱり見た目よりも酷いケガなの!?」

「グラスってばケガしてからこれっぽっちも走ってません! 食っちゃ寝続きでこのままでは太くなってしまうデース!」

「そっち!? もうふざけないでよ!」

「アハハハ! 大丈夫ですよ。ちょっと長いお休みなるかもデスが、グラスは必ず戻ってきます」

「……そう。なら良かったわ」

「キングってば、ホント見かけによらず優しいデスよね」

「見かけによらずは余計よ! 別に、ただライバルが減るのか確かめたかっただけ」

「そういうことにしておいてあげマス!」

 

 カラカラと笑うエルコンドルパサーに、キングヘイローはやれやれと頭を振った。

 

「その様子なら、特に心配はなさそうね」

「んん? キング、もしかしてグラスだけじゃなくてエルの心配もしてくれてたデス?」

「このキングが勝った後、チームメイトが気になって力を出せなかったなんて言い訳にされたくないだけよ」

「ん~言いマスね。キングこそ、友達を心配し過ぎて力を出し切れなかったなんて言うのは無しデスよ!」 

「当然よ。レースは結果が全て。不調も好調も、運も含めて実力なんだから」

「キングのそういうところ、エルは好きデスよ!」

「そ。どうも」

 

 軽口を最後に、二人はターフへと向かう。

 仲が良くとも、勝つのは一人。

 レースはまもなく始まる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『誰をも魅了し、心を奪う希望の星が誕生する。ジュニア級中距離覇者を決めるホープフルステークス。まもなく出走となります。

 事前人気は上位三名ともここまで無敗。レベルの高いレースが期待されます。

 三番人気は二戦二勝のローズフルヴァーズ。重賞レースは今回が初出走ながらも鋭い差し脚が評価されております。

 二番人気はキングヘイロー。GⅢ勝利を含めて三戦三勝。この評価はやや不満か。

 一番人気は同じく三戦三勝エルコンドルパサー。メイクデビューからここまで他を圧倒する実力を見せております』

『初めてのGⅠレースというプレッシャーの中、普段の実力を出せるかが鍵になるでしょう』

『各ウマ娘ゲートイン完了しました。

 ……今スタートしました! ああっと逃げを得意とするエレクトリファイドが出遅れた! ハナを取ったのはエルコンドルパサー!』

 

 レースというのは事前に思い描いたとおり運ぶものではないと、エルコンドルパサーは痛感した。

 トレーナーと決めていた作戦は先行。前からニ、三番手の位置を狙うはずが先頭を走っていた。

 

(これは……エルが逃げということになるんデスかね?)

 

 逃げは安定して勝ちにくい。サイレンススズカの一件で散々聞いた話だ。

 しかし、彼女の陣営もこの状況を想定していなかったわけではない。

 

(早速トレーナーさんとの特訓が役立つとは……!)

 

 エルコンドルパサーの脳裏に、トレーナーとの会話が蘇る。

 

『逃げの練習? エルは先行デスよ?』

『誰かをマークするライスや中団に控えるグラスと違って、スタートからスピードのあるエルは展開次第で先頭を取ることもある。そうなった時のための練習だね』

『んーでも逃げはなかなか勝てないって何回も聞いたデス』

『それはちょっと違うね』

『ケ?』

『逃げは勝てないんじゃない。強い逃げになるのが大変なだけだ』

 

(強い逃げは大きく分けて三種類……!)

 

 マルゼンスキーのように圧倒的速さで後続を引き離す天才型。

 メジロパーマーのようにタフネスで粘って競り合いを制する根性型。

 そして、

 

「ペースを作ってレースを支配する策謀型……!」

 

 学んだことを活かさんと、エルコンドルパサーは走りを変えた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

(……ペースが遅いわね)

 

 頭の中で数えていたラップタイムから、キングヘイローはそう判断した。

 自身がいる中団から見るに先頭は変わらずエルコンドルパサー。彼女がこのペースを作っているのは明らかだ。

 どう動くべきかとキングヘイローは思案する。

 スローペースなレース展開は前を走るウマ娘に有利だ。ラストスパートに向けて脚が残せるし、後ろを走るウマ娘はトップスピードに達するまでに時間がかかる。中団が団子のように固まってバ群から抜け出しにくくもなる。

 このまま流れに任せていては逃げ切られるだろう。

 しかし焦って仕掛ければ後続に差し返される危険もあった。

 

(中盤から少し上がるのが無難かしら……いや!)

 

 仕掛け時を模索しているところで前方に変化があった。

 エルコンドルパサーがペースを上げ始めたのだ。

 

(まだ半分も進んでいないのに? 仕掛けるのが早すぎる!)

 

 慣れない逃げで判断を誤ったかとも思ったが即座に否定する。

 エルコンドルパサーというウマ娘はこれくらいで動じる子ではない。

 つまりは作戦。何か思惑があってペースを上げたのだ。しかし嫌らしいのはこの流れに乗るしかないということ。

 スローペースが前方有利ならハイペースは後方有利。終盤の末脚に自信のあるキングヘイローにとってこの変化は歓迎すべきものだった。

 そしてそれはまんまとエルコンドルパサーの誘いに乗ることになる。

 幾許かの逡巡の後、キングヘイローは決断する。

 

「いいわ。相手の作戦を真っ向から打ち破ってこそ一流、キングの走り。勝負よエルさん!」

 

 策があると気づいたうえで、その誘いに乗った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

(来ましたね……!)

 

 先頭を走るエルコンドルパサーは、後方から上がってくる複数の足音にほくそ笑んだ。

 スローペースは後方不利、だから上がったペースに釣られる者は多いと思ったが、予想以上の釣果であった。

 

(セイちゃんが好きになるのも頷けマス!)

 

 ペースを一気に上げたが、実際はミドルペース程度に留まっている。さきほどとの相対的な変化でハイペースになったと誤認してくれれば上々。こちらは脚を残しつつ、後方にいた末脚自慢のスタミナを削れる。

 こちらの思惑がバレてもミドルペースなら勝負は五分五分。最後の競り合いで劣るとは思っていない。

 

(警戒すべきは……)

 

 ちらりと後ろを見ると、緑の勝負服を着たウマ娘が上がってくる。

 キングヘイロー。彼女の末脚のキレはエルコンドルパサーも知っている。

 センスの良い彼女のことだ。こちらの策もある程度察しているかもしれない。

 いや、その方がむしろ良い。

 

「最後はやっぱり真っ向勝負! その方が燃えるデスね、キング!!」

 

 ギアを上げる。スピードを上げたエルコンドルパサーに後続も釣られて速度を上げた。

 最終コーナーを曲がり、最後の直線。そこで全員がラストスパートをかけた。

 当然、キングヘイローも。

 

『ついに最後の直線、エルコンドルパサーは逃げ切れるか! 後方のウマ娘たちが続々と上がってくる!  

 キングヘイローだ! キングヘイローが集団を抜け出してエルコンドルパサーに迫る!

 逃げ切れるかエルコンドル! 差し切るかキングヘイロー!!』

 

 もう少しだと、悲鳴を上げる肺と心臓に鞭を打つキングヘイロー。

 警戒したとおりエルコンドルパサーは脚を残していた。彼女のラストスパートに他のウマ娘は距離を詰めれていない。間違いなく、キングヘイローとの一対一だ。

 一バ身差を切り、捕えた。

 緑と赤が並ぶ。

 

「ここまでよエルさん、ここからはキングの舞台!」

「ノー! ここからも、いやここからが――――」

 

 怪鳥が静かに笑う。そして、

 

「――――魅せ場デース!!」

 

 キングヘイローを突き放した。

 正真正銘、残った脚を全て注いだラストスパート。

 

『エルコンドル、エルコンドルだ! エルコンドルパサーがさらにダメ押しのスパート!! まだ脚を残していたのか! キングヘイロー追いつけない!

 一バ身、二バ身と差が開く! 圧倒的だ! 圧倒的な実力を見せつけ、今エルコンドルパサーが一着でゴールイン!

 エルコンドルパサー、ジュニア級最後のGⅠを見事制しました!!』

 

 割れんばかりの拍手と歓声。

 これまでのレースとは比べ物にならないくらい大きな音の洪水に、エルコンドルパサーは大きく腕を振り上げ、己が勝利を高らかに謳いあげた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「トレーナーさん!」

 

 地下バ道で出迎えると、エルが飛びついてきた。

 思ったより勢いがあってたたらを踏む。

 

「っとと、おめでとうエル。素晴らしい走りだった」

「トレーナーさんとのトレーニングの賜物デス!」

 

 落とさないよう腰に手を回すとエルも手足でホールドしてくる。

 

「ちょ、エル……!」

「勝ったらハグしてくれる約束デース」

 

 そういえばそんな約束をしたな。いや、あれは頭を撫でる話じゃなかったか?

 周りの目もあって少し気恥ずかしいが、頑張った彼女の願いならまあいいだろう。

 背中を軽く叩くとエルの絡んだ脚が解ける。自分の脚で立った彼女を強く抱きしめた。

 

「よく頑張った。突然逃げに回ることになってもしっかり対応出来ていたね」

「トレーナーさんが事前に逃げの練習をさせてくれたからデス」

「それでも本番で実践できたのは間違いなく君の実力だよ。エルみたいな子を担当できて幸せだ」

「トレーナーさん……」

「………これくらいでいい?」

「むぅ、もうギブアップデスか?」

「周りの目もあるから……」

 

 見なよあのキングヘイローの顔を。紅茶に砂糖と塩間違えて入れたのを気付かず飲んだみたいな表情しているよ。

 

「しょうがないデス。お楽しみはGⅠ二つ目を勝った時まで取っておきマス」

「気が早いなあ……」

 

 調子に乗るなと窘めるべきところだが、彼女の素質を考えれば決してビッグマウスではない。二つどころか三つ四つと冠をふやすだろう。

 なんて返そうか考えていると、ポケットに入れたスマホが震えた。

 

「あ、きっとグラスたちからデス!」

 

 ひっついたままのエルも振動を察知したのだろう。有無を言わさずスマホを私のポケットから引っ張り出すと、慣れた手付きで応答する。

 スマホの画面にライスとグラスの顔が映った。

 

『お兄さま、見てたよ。エルさん勝ったね!』

「ライス先輩ありがとうございますデス!」

『エ、エル? 随分とトレーナーさんと顔が近くないですか?』

「ご褒美のギュ〜の最中でしたから!」

『………………お兄さま』

「ど、どうしたライス?」

 

 画面の向こうのライスがちょっと怖い。笑顔なのに妙な迫力がある。

 

『学園近くに最近オープンしたスイーツ店があるの知ってる?』

「ああ、トレセン学園の生徒にも人気らしいね」

『明日からクリスマス限定ケーキが出るんだって』

「えっと………………」

『予約してなくても当日分もあるんだって』

「…………気になるから買ってみようかな?」

『本当? 買えたらみんなで食べようね。グラスさんとエルさんの優勝祝いもちゃんとできてないし、明日も早いから。

 だから早く帰って来てね?

 

 エルさんおめでとー、と言って通話は切れた。

 スマホは通話履歴を表示だけして沈黙してしまった。

 どうやら、明日は朝一で動く必要があるな。

 

「ウイニングライブが終わったら寄り道せずに帰ろうね」

「デース……」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ライブも無事に終わり、二人で学園に帰ってきた。

 晴れた夜空の下、校門前に立つ二人分の影が見えた。グラスとライスだ。

 どうやら帰る時間を見計らって出迎えてくれたようだ。

 

「ライス先輩!」

 

 二人を見つけたエルが走り出す。

 

「手、手!」

「え……こう?」

 

 言われて挙げたライスの手を、エルが叩いた。

 乾いた音が夜空に響く。

 

「今、渡しましたよ! グラスからエルへ、エルから先輩へ、勝利のバトンを!」

 

 呆気に取られていたライスの顔が引き締まっていく。

 後輩の勝利への喜びから、自身の戦いへの闘志へと切り替わっていく。

 

「うん。確かに受け取ったよ」

「頑張ってください!」

 

 エルの勝利を祝う暇もなく、次の戦いが始まる。

 今年最後の芝のGⅠ、有記念は目の前だ。

 

 

 

 

『今年もトゥインクルシリーズ芝の部門では多くの名勝負、スターウマ娘が誕生しました。培った技がぶつかり合うシニア級の激闘、鍛え上げた力を振るうクラシック級では新たな夢が生まれ、ジュニア級が放つ新星の輝きが私達の心を魅了しました。それも今日で最後、有記念の始まりです。

 クリスマスという聖なる日、勝利の栄冠を手にするのはいったい誰か。ファン投票、URA推薦により選びぬかれた注目のウマ娘たちをご紹介します。

 

 

 まずはこのウマ娘! 地方に移っても人気は健在! URA推薦を勝ち取り彼女が帰ってきました! 今日もエンジン全開、その逃げる姿にみんなが元気をもらった!

 青い超特急 ツインターボ!!

 

 春の天皇賞覇者が出走です。愛くるしい姿に油断するな、今日は逃げか差しか追込か! 変幻自在の走りがレースを支配する! 

 千変万化のトップエース マヤノトップガン!!

 

 

 艱難辛苦を乗り越えついに手にした宝塚記念(グランプリ)の栄冠、続けて有記念も制するか! 小さな体に大きな期待! 高らかに謳え、君は素晴らしい(マーベラス)と!

 輝く笑顔 マーベラスサンデー!!

 

 惜しいレースが続いております。しかし胸を張って言いましょう、彼女だから競り合えた! 彼女だから接戦だった! 惜敗の悔しさを薪に闘志を燃やすオークスウマ娘の力を見よ!

 女帝 エアグルーヴ!!

 

 背負ったのは名家の誇りとダブルティアラの栄光。クラシック級から参戦したメジロの姫。その実力はシニア級相手でも引けは取りません!

 未来の女王 メジロドーベル!!

 

 

 短距離(1,200)マイル(1,600)を足せば長距離(2,800)だから有も行けると彼女は言った! 本気か!? 本気なんだろうな!! スプリントとマイルの覇者が中山を駆け抜ける!

 弾丸疾走 タイキシャトル!!

 

 菊花賞で見せた末脚は今日も炸裂するか! 占いの結果は大大吉! ラッキーアイテムの黄色いハンカチも準備完了! 背中のニャーさん光るとき、彼女に福が訪れる!

 幸運を追いかけどこまでも マチカネフクキタル!!

 

 

 悲願の戴冠果たした秋の天皇賞! 強敵を打ち倒したジャパンカップ! 積み上げてきた努力が実を結び、秋の空に輝いた一等星(カノープス)! 文句なしの一番人気! これまでも、これからも、君は期待の星なんだ! 成るか秋シニア三冠!

 秋の王者 マチカネタンホイザ!!

 

 花開く舞台は整いました。追いかける背を見つけた彼女の強さは誰もが知っている! 青いバラの花言葉は不可能じゃない、夢叶うだ! 希望を胸に、いざ咲き誇れ!

 漆黒のステイヤー ライスシャワー!!

 

 

 

 以上一六名出揃いました。

 有記念、出走です!!』

 

 

 






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