シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
キャンサー杯が始まるので初投稿です。
5日間ですが、1日1話投稿させていただきます。
秋シニア三冠とは極めて困難。ウマ娘レースに携わる者やファンからはそう言われている。
いや、三冠でなくともGⅠを三つ勝つことが難しいなど当たり前だが、秋シニア三冠がそう言われるのは明確な理由があった。
一つは実績。
かの無敗の三冠ウマ娘シンボリルドルフですら、天皇賞(秋)を取りこぼし早々に秋シニア三冠の道を閉ざした。
そのシンボリルドルフでも成し得なかった天皇賞春秋を制覇したタマモクロスも、ジャパンカップでは海外からの伏兵オベイユアマスターに、有馬記念ではカサマツからの怪物オグリキャップにその栄光を明け渡した。
一時代で最強を誇った二人ですら成し得なかったのだから、いかに困難な道かは推して知るべしだろう。
もう一つはローテーション。
天皇賞(秋)からジャパンカップの間は毎年多少の違いはあれどおよそ一月半ある。一方で、距離の延長は400m。疲労を抜いて万全を整えるには短かった。
ましてや有馬記念はジャパンカップと同月だ。距離の違う激走三戦は負担が大きすぎる。そもそも挑戦することすら大変なのだ。
そんな秋シニア三冠に王手をかけたのがマチカネタンホイザだった。
名門と言われる家柄でもなく、天才と賞されるわけでもない、ただ長く走り続けた彼女だからこそ世間は沸き立った。
無敵の皇帝も白い稲妻も成し得なかった栄光を、泥臭く走ってきたウマ娘が掴む。まさにドラマであろう。
しかし結果は二着。息も絶え絶えに見上げた掲示板に光る自分の番号を見て、マチカネタンホイザは静かに肩を落とした。
「届かなかったか……」
視線の先にライスシャワーがいた。
ミホノブルボンのクラシック三冠を阻んだように、メジロマックイーンの天皇賞(春)三連覇を阻んだように、マチカネタンホイザの秋シニア三冠も阻んで見せた。
タイムは同値、されど着差はハナ。まさに紙一重だった。
悔しいとは思う。だが彼女を憎いとは思わなかった。
真っ向勝負だった。自分も彼女も持てる全てを注ぎ込んでの奮闘の結果だ。
「そっか……ブルボンさんも、マックイーンさんも、こんな気持ちだったんだね……」
栄光を掴めなかったことよりも、全力の自分を超えていく小さなウマ娘に目を奪われた。
自分に勝った彼女を見て大衆はどう感じただろう。
栄冠を阻むヒールか。希望を潰す悪夢か。確かにそういう感情を抱く者もいるだろう。
しかし一方ではいるはずだ。秋シニア二冠という強敵に立ち向かい、見事勝って見せた彼女を見て、
「ヒーロー、か……」
勇気や希望を貰った人だっているはずだ。少なくとも、自分の中にはそういう想いが芽生えていた。
だったら、やらないといけないことがある。
「ライスさん」
黒い尻尾が跳ねた。おずおずと振り返るその姿からはレース中の鬼気迫るものが嘘のようだ。
勝ったのはそっちなのに、思わず口角が上がってしまう。
「次は――」
手を差し出す。悔しいのは本当。でも自分を負かした相手を恨むのは筋違いだ。
負けたのは自分のせい。努力が、研究が、準備が、意志が、執念がほんのちょっぴり足りなかったのだ。
だから、勝者は素直に称えるべきなのだ。
「次は、私が勝ちます」
露出した方の目が大きく開く。口元に頼もしい笑みが浮かび、
「――いいえ、次もライスが勝ちます」
力強い言葉とともに、握手が交わされた。
◆
「おハナさん!」
レースを終え、チームの個室に戻るなりタイキシャトルは叫んだ。
呆気に取られた東条へ続けて言う。
「ワタシのレース、見ててくれましたカ!」
「……ええ見てたわ。結果は七着、適性外のレースにしてはそれなりの――」
「ワタシ負けちゃいましたけど、走り切れましタ! 2,500m!」
評価を遮る言葉に、東条は目を丸くした。
「タイキ……」
「これもおハナさんのトレーニングのおかげデス! おハナさん間違ってませんでシタ!
スズカがいなくなって悲しいデス……でもそれおハナさんのせいじゃありまセン! 今日のレースで分かってくれましたカ?」
「貴方まさか……」
突拍子のない出走希望だと思った。サクラバクシンオーに影響されたのだろうと考え、一度走れば満足すると思った。
同時に、それを許す自分も少し自棄になっているなと思った。
もし万が一、サイレンススズカのようにリギルの風と合わなくなったというのならそれでもよかった。たまたまリギルにそういう時代が来ただけなのだと思っていた。
しかし、
「私のために走ったというの……?」
「ハイ! おハナさんワタシのためにトレーニング組んでくれまシタ! ワタシ頑張りまシタ! 信じてマシタ!」
結果は七着、彼女のこれまで戦績からみたら最低の結果だ。
今後彼女がどんな成果を出そうとついて回る汚点になるだろう。しかし当のタイキシャトルの顔は明るく言うのだ。
あなたのおかげで完走できたと。
「うおおおタイキ〜〜!! そんな考えがあったなんて水臭いだろ私にも言えよおお!」
「オウ、ヒシアネゴ! ワタシ汗かいてるけどクサくはありまセン!」
「そういう意味じゃないさ!」
ヒシアマゾンが感動の声を上げる。
その姿がどこか滑稽で思わず口角が上がってしまう。
「タイキ、一つ聞かせて」
一歩、彼女へと歩み寄る。
「これから貴女はどうしたい? スプリンター? それともサクラバクシンオーみたいに中長距離を目指す?」
それはこれからのことを占う問いだった。
タイキシャトルだけではない。リギル全体の今後に関わる問いだった。
リギルの方針を貫くならばタイキシャトルはスプリントとマイルに注力させる。もしも、彼女がそれを拒んだら――
「んー楽しかったけどやっぱり長い距離は疲れマス! ワタシはスプリンターとしてファイトしマース!」
暗い思考を吹き飛ばす、快活な答えだった。
停止する東条を真っ直ぐ見据え、タイキシャトルが続ける。
「ワタシ聞きマシタ。スプリンターで年度代表ウマ娘に選ばれた子はいないって。そんなの寂しいデス! みんなスプリントの楽しさ分かってないってことデス!
だからワタシがみんなに教えてあげマース! 短い距離でもこんなにスゴイレースがあるって。そのためには、勝たなきゃいけまセン!」
部屋にいたリギルのウマ娘たちが一斉に頷いた。
タイキシャトルの言葉はリギルの理想を現した言葉だった。
理想、夢、目標。掲げるものは違えどそのために求めるのは勝利。勝たねば道が閉じる厳しさなど覚悟の上。楽しむことも、無事であることも重要だろう。
だがそれ以上に湧き上がる勝利への渇望。その先にある未来を掴むために、皆リギルに集ったのだ。
「三冠ウマ娘よりも、グランプリウマ娘よりも、ずっとずっとず~~~~~~っとスゴイレースして見せマス! だから、これからもゴシドウゴベンタツ、お願いデス! おハナさん!」
「そうです!」「タイキさんの言う通りです!」「元気出してくださいトレーナー!」
波紋が広がるようにリギルのウマ娘たちが声を上げる。
呆気に取られた東条の後ろで、ナリタブライアンが静かに笑った。
「スズカさんのことは残念でしたけど、私たちはおハナさんの指導に不満なんてありません!」
「勝ちたいからリギルに来たんです。トレーナーなら、いやトレーナーとなら勝てるって信じてます!」
「おハナさん!」「トレーナー!」「東条トレーナー!」
「あなたたち……」
賛同の声を上げるウマ娘たちの姿に思わず東条は己が目頭が熱くなるのを感じた。
同時に迷っていた自分を恥じた。
一度の失敗でなぜこうも揺らいでいたのだろうか。指導するウマ娘たちに励まされるなどまるで半人前のトレーナーではないか。
「良かったですね。思っていたより好かれていて」
「一言余計よフジ……」
深呼吸を一回。息とともに迷いや暗い感情はすべて吐き出した。
閉じた目を開いたとき、もう弱った東条ハナは消えていた。
「みんなよく言った。しかし吐いた言葉は取り消せないぞ。最近リギルは負け越しだ。カノープス、スピカ、マルカブ。どこのウマ娘も実力を発揮しだしてもはや常勝と言えるチームはない。トレセン学園は群雄割拠となるでしょう。
来年からビシバシ行くから覚悟するように!」
『はい!!』
雨降って地固まる。サイレンススズカの離脱により揺らいだリギルだったが、タイキシャトルの言葉に再び結束した。それは前よりも強く固いものだろう。
学園最強のチームが、再び最強であらんと動き出した。
「うおおおおお~~感動だ! これぞ青春、己自身とのタイマンだ!
よおしみんな、このまま学園までダッシュだ!!」
「ヒシアマ、それは止めなさい」
◆
「お兄さま!」
「ライス!」
地下バ道にて、まさに花のような笑顔で帰ってきたライスを感極まって抱きしめる。
周りが呆れたため息を漏らすが、そんなもの気にしない。それくらい素晴らしいレースだった。
「お、お兄さま、力強い……」
「ああゴメン。……優勝おめでとう。本当に素晴らしい走りだった」
「えへへ……ありがとう」
「まさに圧巻、叫喚、大絶賛のレースデシタ!」
「見事な勝利、おめでとうございますライス先輩」
エルとグラスが勝利を称える。
ミホノブルボンも少し後ろで頷いていた。
「ライスさん」
「あ、ブルボンさん。応援ありがとうね」
「いえ、本当に素晴らしいレースでした。今日のレースを見てより一層、私の中で滾るものがあります」
ちらり、とミホノブルボンが私を見る。何かライスに言いたいことがあるのだろうか。
今更おかしなことは言わないだろうと思い、どうぞ、と促す。
頭を軽く下げてから、ミホノブルボンが口を開く。
「……やはり私はあなたに勝ちたい。絶好の舞台で、最高のあなたと最高の私で」
「ブルボンさん……」
「約束します。私の次走は三月の中距離GⅠ大阪杯。そこで三つ目のGⅠを掲げ、天皇賞(春)であなたに挑みます」
堂々とした宣戦布告だった。
黒沼トレーナーと話した通り、彼女は夢の終着点をライスが最も得意とする長距離GⅠに定めたのだ。
まるでクラシック三冠の最後が菊花賞であることを再現するかのように。
ただ一つ違うとすれば、
「今度は私がチャレンジャーです。長距離の覇者であるあなたに、私が挑みます」
「……うん、分かった。ライス、必ず天皇賞(春)に出るよ。そこでまた、ブルボンさんに勝ちます」
グランプリに勝った余韻はどこへやら。ライスもミホノブルボンも、すでに次の戦いへと目を向けている。
黒沼トレーナーを見ればやれやれと苦笑していた。
どうやら我々トレーナーに勝利の美酒に酔う暇はないらしい。
◆
激闘の有馬記念から二日後。
トレセン学園は冬期休暇へと入っていた。
もっとも実家が遠方にあったり、まだレースが残っているウマ娘もいることから学園に残っている生徒は多い。
そんなウマ娘たち向けに、トレセン学園では少し遅れてのクリスマスパーティーが催されていた。
有馬記念の出走者への労いと、レースのためにクリスマスを過ごせなかったウマ娘たちへの配慮だった。
カフェテリアは解放され、パーテーションでスペースを区切られている。中央には豪華な料理がバイキング形式で用意されていた。
クラスやチームで集まり、各自でパーティを始めていた。
「えーそれでは、ちょっと遅いクリスマスとグラスさんとエルさんの初GⅠ勝利、そしてライスシャワー先輩の有馬記念勝利を祝して」
「あとキングの初敗北もー」
「スカイさん余計なこと言わない! あーもうとにかく色々祝してカンパーイ!」
『カンパーイ!!』
ジュースを注いだグラスが頭上に掲げられた。
一息に中身を飲み干してから軽く拍手。空いたグラスにまたジュースを注いで、取ってきた料理をつまんでいく。
「ジャーン!! トレーナーさんから差し入れのシュークリームデース!」
「おおっ! これって話題のスイーツ店のじゃん。マルカブのトレーナーさんってば太っ腹―」
「有馬記念の後にも食べましたが、限定ケーキもとても美味しかったんですよ」
「えええっ!? グラスちゃんたち、あの店の限定ケーキ食べたの!? いいなぁ……でもいいのかな、私たちでもらっちゃって……」
「気にすることないわよ。うちのトレーナーも言っていたけれど、今日はトレーナーたちも忘年会らしいわ」
「お、じゃあトレーナーさんたちもどこかで良い物食べてるわけだ。それじゃあ遠慮なくいただきましょう!」
食べながら話す内容には普段の学校生活やトレーナーの話、やがてはレースのことが混じっていく。
話題の中心はやはり同期の中でGⅠをいち早く勝利したグラスワンダーとエルコンドルパサーだ。
「グラスちゃん。欲しいのあったら取ってくるから遠慮なく言ってね」
「ありがとうございますスぺちゃん」
「エルさー、ホープフルだと珍しく逃げだったよね。ちょっとコツとか教えてよ」
「えーセイちゃんに教えたらなんだが手強くなりそうデース」
「ね、ねえマルカブの練習ってどんな感じ? GⅠ取っちゃうくらいだからすっごいスパルタとか?」
「そんなことはないですよ。トレーナーさんは安全第一をモットーにされてますから無茶な練習あまりないですね」
「みっちり基礎トレさせられマス! あと最初と最後の柔軟も!」
会話の洪水で賑わう中、どこか気まずそうにいるウマ娘がいた。ライスシャワーだ。
「……ねえ、ライスがいていいのかな。これってグラスさんやエルさんたちの祝勝会だよね?」
「何言っているデス! エルたちのGⅠ勝利祝いということは、チーム・マルカブの祝勝会! 当然ライス先輩もいるべき、いやいて欲しいデス!」
エルコンドルパサーの言葉にグラスワンダーがうんうんと頷く。
「クラスの子たちからもお願いされたんです。今年の有馬記念ウマ娘と話してみたいって。実際、シニア級のGⅠウマ娘と話せる機会なんて滅多にありませんし」
「そ、そうなんだ……みんなライスにいて欲しいって言ってくれたんだ……」
「はいはいはーい! じゃあセイちゃんから質問! というか、クラシックの話とか聞かせて欲しいでーす」
「わ、わたしも質問いいですか!」「GⅠってやっぱり緊張しますか?」「勝負服のデザイナーって選べるんですか?」
「う、うん。分かったから、一人ずつね……」
セイウンスカイの言葉に、他のウマ娘たちも続けてライスシャワーに質問をぶつけていく。
学年が違うだけでなくGⅠを四つ制覇し、今なお最前線で走り続けるライスシャワーというウマ娘はジュニア級にとってはまさに雲の上の存在だろう。そんな彼女へ自由に質問できる機会など次があるかも分からない。
年が明ければクラシック級の挑戦が決まっているウマ娘たちは貪欲に情報を求めていた。
「おおうライス先輩大人気デス……」
「チームに所属していてもシニアで大成している先輩は限られるもの。専属だったらなおさら、こういう機会は逃せないわ」
「そういうキングも専属ですよね。行かなくていいんデス?」
「一流たるもの、普段からリサーチは欠かしてないわ。今ここで慌てて集める必要はないの」
「おー流石はキング!」
「おーほっほっほっほ! 当然よ。
……エルさん。ホープフルSでは後れを取ったけれど、この借りはクラシックで必ず返すわ」
「ケ? ……ああ、残念ですがそのお願いは聞けないデース」
「……は?」
「エルはクラシックは目指しません。だからキングとはしばらく走る機会はないデース」
「……はあ!?」
◆
今年の忘年会はいつにも増して酒を飲む羽目になった。おかげで泥酔とまでは言わないが、頭が妙な浮遊感に苛まれていた。
普段ならこうなるほど飲まないのだが、さすがに有馬記念ウマ娘の担当をゆっくりさせてくれるほどトレーナーたちは優しくはなかった。
ウマ娘を指導する立場上、節度を持ってくれる気風があって助かった。おかげでテッペンを超えることもなく、また誰かに介助されることなくこうして帰路につけていた。
後輩からは羨望の眼差しを向けられた。同期や先輩たちも口ではおめでとうと祝ってくれたが、酌をする時の目は笑っていなかった。
次は勝つ。言外にそう言っていた。こんなにも闘志を向けられたのはライスがメジロマックイーンに春天で勝った時以来だろうか。
……戻ってきたということだろうか。ライスがケガする前までに。
いや、止まった時計が動き出したとでも言うべきか。
私の足はトレーナー寮ではなく、学園に向いていた。
守衛に身分証を見せて通してもらい、自分のトレーナー室へ向かう。途中、カフェテリアの明かりが点いているのが見えた。
まだ彼女たちのパーティーは続いているらしい。
冬期休暇に入っているとはいえ、そろそろ休まないと明日に響くのではと思ったが、それは今こうして学園に来ている私が言えたセリフではないな。
トレーナー室に入る。明かりはつけない。ここに来るまでに夜目に慣れていた。
コートをハンガーにかけて窓を少し開ける。
冷たい夜風が顔を撫で、ここまでくる間に火照った体を冷ましていく。ついでに酒に浸った思考も少しはっきりしてきた。
月明かりが入り少しだけ明るくなった室内で、壁に飾られたレイが目に入った。
チーム・マルカブがこれまでレースで手にしてきた優勝レイだ。そこに今年一年で新たに加わったレイがある。ライス、グラス、エル。三人が勝ち取ってきたものだ。
そっと、ケース越しに触れる。
ライスの復帰戦となった目黒記念、秋天にむけて力を示したオールカマー。
グラスの力を示したデイリー杯ジュニアSと悔しさの元にもなった朝日杯FS。
エルの可能性を見せつけた東京スポーツ杯ジュニアSとホープフルS。
そして、ついにライスが勝ち取った有馬記念。
一年でジュニア級含めてとはいえ重賞七勝。GⅠなら三勝。トップではなくとも、上位に入る成績だろう。
私が……いや私と彼女たちで勝ってきたという証だ。
「私は幸運だな……」
ライスの復帰をこの目で見ることができた。私を慕ってグラスにエルという優秀なウマ娘がチームに入ってくれた。
恵まれていると思った。同時に、この幸運に報いていかなければと思う。
「はーはっはっはっは!!」
しんみりとした空気を吹き飛ばす声が響き渡った。
振り返ると開けていた窓の縁に立つ人影があった。
窓辺に仁王立ちするのは勝負服を着たエルだ。小脇に箱を抱えている。
「エルエルサンタがトレーナーさんにプレゼントを届けに来たデスよー!」
「エル……またそんなところに立って。危ないよ」
確かにサンタも赤いが、だからって勝負服を着てそう言い張るのは強引ではないか。
「こんな時間に学園内にいる悪いトレーナーさんに言われたくないデース!」
「そうか。じゃあ私は悪い子だからプレゼントは貰えないのかな」
「む、あーうーん……ひ、日ごろの行いに免じて特別に許してあげマス!」
「むぐ……っ」
そう言うとエルは抱えた箱から何かを取り出し、私の口にそれを押し込んできた。
柔らかい感触と甘い香り。薄い生地の奥から甘ったるいクリームが口内に侵入してきた。
「これは……シュークリーム?」
「ブエノ! トレーナーさんが差し入れでくれたものデス。トレーナーさんのためにとって置いたデスよ!」
「そうか。ありがとうエル。美味しいよ」
「良かったデス。あと、これも……」
おずおずとエルが差し出したのは長方形の小箱。どうやらシュークリームはついでで、こちらが本命だったようだ。
「開けても?」
コクン、とエルが頷いたので丁寧に包装を解いていく。
現れたのは深い赤に黄色のラインが入ったネクタイだった。
「トレーナーさんが着けているのは青とか紺が多かったので、こういう色もあってもいいかなって……」
「ああ、エルの色だ。ありがとう。大事にするよ」
「ふへ、えへへへへ……」
「早速着けてみようかな」
今着けていた紺色のネクタイを外し、エルがくれたネクタイを箱から出す。
首に巻いて結ぼうとするが、酒の入った頭と月明かりしかない状態ではどうにも上手くいかない。
悪戦苦闘しているとエルが手伝ってくれた。
「こうして、ここを通して……どうデス?」
「ありがとう。ばっちりだ」
エルと視線が合う。ホープフルSで飛びつかれた時と同じくらい彼女の顔が近い。
赤みが差している気がするのはマスクの色か、それとも――――
「エ~~~ル~~~?」
声と同時に部屋の電灯が点いた。
弾けるように離れたエルを尻目に、声が聞こえたほうを見る。
妙に迫力のある笑みを浮かべたライスとグラスがいた。
「二人ともどうしたんだ?」
「パーティーの片づけをしていたら、この棟の明かりが点いているのが見えまして」
「もしかしたらお兄さまが来ているのかなって」
そういえば、ここに来るまでの廊下は感知センサーで電灯が点いた気がする。
タイミングよくカフェテリアからも見えたということか。
「お兄さま、そのネクタイは……」
「ああ、エルがプレゼントにってね」
「「ふ~~~~~~~ん」」
「な、なんデスかライス先輩、グラスも……」
「いいえ別に。……トレーナーさん、私からもいいですか?」
そう言ってグラスから小箱を手渡される。開けてみると青と白のカフスボタンだった。
早速着けてみる。ワイシャツの袖口に通してレバーを捻って固定する。
ネクタイほど目立ちはしない。だが、手元に目をやれば一番に目につくものだった。
「じゃあライスからはこれ!」
「これは……フォトフレーム?」
つまりは写真立てだった。しかも多面型でそのままアルバムとしても使えるものだ。
「今年はグラスさんやエルさんも入ってくれて、チームとしてもいっぱい勝ったでしょ? 写真もいっぱい撮ってもらったからまた飾っていきたいなって」
「ああ……それはいいね」
師匠がまだマルカブを率いていた時代、つまりはもっとメンバーが多かった時代は同じように勝った時の写真を飾っていた。
引退や移籍で離れる時にほとんど渡していたので残った数は少ない。
それをまたこれから増やしていく。本当に、時間が進んでいくのだと実感できるだろう。
「お兄さまはどうしてここに? お仕事ってわけじゃないよね」
「実は、これを持って帰るのを忘れていてね。
……みんな、お返しというか、私からのクリスマスプレゼントだ」
三人とも冬期休暇中も学園に残るとはいえ、レース後だからトレーニングよりも休養だ。しばらく彼女たちがここに来ることはないから、渡す機会をどうするか迷っていたがちょうどよかった。
「ありがとうございます。これは……」
「髪飾り、デスか?」
「可愛い……羽、いや翼の形だ」
ライスの言う通り、デフォルメした翼の形をした髪飾りだ。
広げた翼の中央に、グラスなら青、エルは赤、ライスは紫と彼女たちに合わせた色のワンポイントが施されている。
「学園のチーム名は主に星座を形成する恒星の名前からとっているのは知っているかな?」
「ええ。スピカはおとめ座、カノープスならりゅうこつ座でしたか」
「マルカブはペガサス座……翼の生えたウマ娘を描いたものだ。名付けたのは初代トレーナー、私の師匠のそのまた師匠に当たる人だ」
「つまりは大師匠デスね!」
「ああそんな感じだね。……で、その人がどうしてチーム名をマルカブにしようとしたか分かるかな?」
「そういえば、ライス聞いたことないかも」
「んーゲン担ぎのようなものでは? リギルも確かウマ娘を象った星座の恒星でしたよね」
グラスの答えも的外れではない。リギルは海外の神話で賢者と伝わったウマ娘の星座にあやかった名だ。
「私も師匠から伝え聞いた話だが、大師匠はこう言っていたらしい。
『大昔の人が地を駆けるウマ娘に翼を生やして描いたのはどうしてか。そこに夢を見たからじゃないかと思う。天使の様に聖なる存在として、地だけでなく空も翔ける姿を夢想して。色んな想いや解釈があったのだろう。だから、このチームは色んな夢が集う場としたい。みんなが同じ夢でなくていい。ただ夢を叶えたいという想いさえあればいい。夢を叶える翼を授けられる場所。それがチーム・マルカブだ』……だそうだ」
「それは……いいお話ですね」
「ああ、だからこれは私からの決意表明、みたいなものかな。こういう飾りではなく、夢を叶えるための翼を必ず授けて見せるっていうね」
格好つけ過ぎかな? と言うと三人からそんなことないよと返ってきた。
早速とみんなが髪飾りをつける。私も貰ったネクタイとカフスボタンが見えるようにして、スマホを使って四人で写真を撮った。
PCに移して出力し、ライスからのフォトフレームに一枚目の写真が納まる。
これがチーム・マルカブの新しい第一歩だという証となった。
◆
年末。十二月三十一日。私たちチーム・マルカブは四人そろって学園近くの神社へ来ていた。
年末詣といい、神仏に今年一年の感謝をするのだとグラスが言っていた。
マチカネフクキタルが熱心に布教していたこともあり、学園に残っていた多くのウマ娘が参拝に来ていた。
装いも気合の入っていた子がちらほら見える。
グラスが実家と付き合いのある呉服屋から着物をレンタルし、ライスと一緒に着ていた。私やエルは動きやすい格好の方が気楽なので普段と同じだ。
やがて時計の針が十一時五十九分を指す。秒針が刻一刻と今年の終わりを進めていく。
「十、九、八……」
周りでカウントダウンが始まった。
私たち四人も輪になり、時計を見ていた。
「……三、二、一!」
鐘がなる。
「ハッピーニューイヤー!!」
マルカブの新しい年が始まる。
クラシック級に上がるグラスとエル。再びシニア級を走るライス。
彼女たちの激闘の一年が始まるのだ。