シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
短距離ライスの育成が辛いので初投稿です。
今回から第四章となり、毎日1話ずつ、計6話ほど投稿する予定になります。。
また、今回はレースのみなのでちょっと短めです。
21話 ブルボンとスズカ
三月下旬の阪神レース場にはこの時期ではかつてないほどの人で溢れかえっていた。
目的は皆同じ。大阪杯に出る二人の逃げウマ娘を見に来たのだ。
かつて無敗でクラシック二冠を取り、今は全距離芝GⅠ制覇を掲げるミホノブルボンは今日勝てば短距離、マイル、中距離の三階級制覇となり目標へ王手がかかる。
対するサイレンススズカはクラシックこそ無冠に終わったが、冬から四連勝、重賞に限っても三連勝中であり今最も勢いのあるウマ娘と言っても過言ではない。
二人の勝負が気になるのはファンだけではない。今後のGⅠレースでも脅威になると、偵察に来ているトレーナーたちも少なくない。
当然、私達マルカブもそれは同様で、
「どうよゴルシちゃん特性焼きそばの味は。ソースがちげーんだよソースが」
スピカにとっ捕まっていた。というかゴールドシップに絡まれていた。
止めるべきトレーナーはサイレンススズカとまだ控室にいるのか姿はない。
仕方なく押し付けられた焼きそばをすする。
「ん……確かに旨い」
スパイシーなソースが麺によく絡み、焦げた部分はパリパリとアクセントになっていて食が進む。
麺と一緒に入ってくるのは細切りの人参、シャキシャキのもやし、少し芯の残ったキャベツ、細切れの豚肉と厚みのあるイカ。紅しょうがの酸味も合わさり飽きが来ない。
さすが、わざわざレース場で自ら売り出すことはある。
「でもなんでレース場で焼きそば?」
「わかってねーなあんちゃん、阪神レース場つったら焼きそばだろう!」
初耳だ。でもゴールドシップの言うことなので気にしないでおく。
しかしスピカとマルカブ、そのGⅠウマ娘たちが揃って焼きそばを食べているのは異様な光景ではないだろうか。
事実、ちらちらと視線は感じても話しかけてくる手合いはいない。
「お兄さんはスズカとブルボン、どっちが勝つと思う?」
焼きそばを食べながらトウカイテイオーが訊いてきた。
メジロマックイーンや、ライスたちマルカブの面々からも視線を感じる。
「……実績の上ではミホノブルボン、と言いたいけど復帰してから彼女は中距離で大きな実績がない。対してサイレンススズカは前走の
「前置きがなげーぞあんちゃん」
「静かになさいゴールドシップ!」
「えーじゃあ端的にいうと……わかんないです」
全員がズッコケた。
仕方ないじゃないか、二人が一緒に走ったのは天皇賞(秋)くらいなんだから。
しかもあの時のサイレンススズカと今の心身のギアがかっちりはまった彼女は比べ物にならないのだから、判断材料など無しに等しい。
「とはいえ二人とも脚質は逃げ。ならば言えることは一つでしょう」
スタートの
私の言葉に、その場の全員が頷いた。
◆
「スタート直後はハナの取り合いを意識する必要はない」
控室で、黒沼はミホノブルボンに告げた。
その言葉に、白いレオタードのような勝負服に着替えたミホノブルボンは首を傾げた。
「よろしいのですか? サイレンススズカのレベルは秋天の頃とは段違いですが」
「ああ、四連勝は伊達じゃない。そして間違いなくハナを取りに来るだろう」
逃げの脚質とは、その名の通りスタートからゴールまで先頭を死守しようとするものがほとんどだ。
ミホノブルボンもクラシックではライスシャワーに敗れた菊花賞まで先頭を譲ったことはない。
逃げの戦いとはすなわち先頭の取り合いだ。だが、黒沼はそれを避けろと言ってきた。
「お前の強さは位置争いや競り合いの強さではない。冷静に、決まったペースでレースを運ぶことにある。……菊花賞ではそれが出来なくて敗れた」
「それは……」
ミホノブルボンの脳裏に菊花賞の敗北が蘇る。
三冠のかかった最後のクラシックレース。勝ちに行ったのはどこの陣営も同じで、その一つが決死の逃げを決行した。
それによりミホノブルボンは予定外にスタミナを消費することとなり、結果としてライスシャワーに一着を渡すこととなった。
他の逃げを意識せず、決めたペースを維持できていたらどうなっていたか。もはや答えは机上でしかでない。
「サイレンススズカは競り合いが強い、というよりハナを取られたら強引に取り返しに来るだろう。見る限り秀でたスタミナを持っているわけではないが、あの根性は脅威になる」
「精神が肉体を超越する、ですか……」
黒沼が常々言っていることだ。
ウマ娘の能力は生まれついての才能が大きなウェイトを占めると言われる。
体格、脚質、距離適性。スタミナ、スピード、レースセンス。
いずれも後天的に鍛えるには限界があり、その限界も先天的に決まる。
故に才ある者同士で繋がりが生まれ、またさらなる才ある者が生まれる。そして才なきものはその循環に入れず消えていく。
一部からブラッドスポーツなとど揶揄される一因でもある。
だが黒沼はその風潮を一蹴した。担当となったウマ娘にスパルタなトレーニングを課し、ミホノブルボンの活躍によって持論を証明してみせた。
「サイレンススズカの走りの根幹が何かは分からん。だがあの常識破りの走りはただの身体能力だけでは説明がつかん。
……どちらにしろ、大事なのは自分の走りをすることだ」
「了解しましたマスター。ステータス、サイレンススズカをマークから除外。設定したラップタイムの重視に変更します」
「それでいい。今だけは春天のことは忘れて全力で行って来い」
「はい、マスター。勝利をこの手に」
力強く頷き、ミホノブルボンはターフへと向かっていった。
◆
「トレーナーさん。今日は作戦とかありますか?」
「ん……いや、特にないな。いつも通り楽しそうに走ってこい」
あっけらかんとしたトレーナーの言葉に、サイレンススズカは目を丸くした。
「いいんですか? その……GⅠですよ?」
「GⅠでもGⅡ以下でも変わらないさ。というか、作戦立ててもスズカは実践できないだろ」
「そ、そんなことないです……」
「そうか? じゃあ今日の注意すべき相手はミホノブルボンとサクラバクシンオー。どちらも天皇賞(秋)で先着された相手だ。
サクラバクシンオーはともかくミホノブルボンとはハナの取り合いになる。スタート直後からハナは取るとしても、中盤までは同じ逃げのブルボンとの差を二バ身以内に収めてその後は――」
「う、うう……うあぁー……」
頭を押さえて左旋回し始めるサイレンススズカ。
やれやれ、と苦笑する。レース展開の策すら聞いていられないこの気性難が世間ではおしとやか令嬢のように扱われていると思うとおかしくなる。ただインタビューの受け答えが下手なだけなのだが。
やがて旋回が止まったサイレンススズカが訊いてくる。
「その……それって最初は抑えろってことですよね?」
「しれっと抑えなきゃ二バ身以上離せると言ったな。……まあ作戦無しってのはそういうわけだ。スズカはあれこれ考えるよりも好きなように走った方が強い」
それに、と一旦区切ってから、
「GⅠこそ勝っていないが重賞含めて四連勝中。スズカは十分追われる側のウマ娘だ。下から追い抜いてやろうなんて思わず、向かってきたやつを蹴散らすくらいの気持ちでいればいい」
「そういうものです?」
「そういうもんさ。堂々と、小細工無しで走ってこい」
ぱしん、と軽く背中を叩くとサイレンススズカの曲がった背筋が伸びた。
不安や緊張が少しは解れたのか、安堵した表情を浮かべていた。
「それじゃあ行ってきます」
「おう。楽しんで来い」
「……はい!」
◆
「阪神レース場の内回りはスタート直後の直線と向こう正面が長いのに対して短い最終直線が特徴のコースですね」
「どうしたの急に」
パドックが終わったころ、突然アグネスデジタルが語りだした。
「序盤の位置取り争いで埋もれることは余りありませんが、仕掛けが遅れると第三、第四コーナーが大きいのもあってスピードが乗り切る前に直線に入ってしまう場合がありますね」
「なあ、その子何者?」
「知り合いから預かったうちの新メンバーです。正式な入部は四月以降ですが」
まさかの知識にスピカのトレーナーも目を丸くしている。
「デジタルの言葉に付け加えるのなら第三コーナーから始まる長い下り坂と、最終直線後半で出てくる急な上り坂も曲者だ。下り坂で乗ったスピードが上り坂で殺される。上手く対応できないとスパートの伸びが鈍ってしまう。
最初と最後で大きさの違うコーナーに逆転ホームランの起こりにくい短い最後の直線。
私の言葉に、グラスたちクラシック組がメモを取っている。君たちが阪神レース場を走るのはしばらく先だと思うが、勉強熱心なのは良いことだ。
解説しているうちにゲートインが進む。
出走開始は直前に迫っていた。
『早春の阪神レース場に、最強最速を自負するウマ娘たちが集いました。春シニア三冠の一つ目、大阪杯。
三番人気はジャドプラーテ、鋭い末脚のキレが期待されます。
二番人気はサイレンススズカ、現在四連勝中の彼女の大逃げを捉えられるウマ娘はいるのか。
一番人気はミホノブルボン、掲げた全距離芝GⅠ制覇まで残るは中距離と長距離の二つ。ここで王手をかけられるか。
世紀の逃げウマ娘対決となりました。果たして中距離最速の称号を得るのはサイレンススズカか、ミホノブルボンか、はたまた別のウマ娘が我こそはと名乗りを上げるのか。
……各ウマ娘のゲートインが完了しました。
そして――ゲートが開き、一斉にスタート!
一番に飛び出したのはサイレンススズカ! これまでと変わらず大逃げだ! 二バ身以上空けてミホノブルボンが二番手で追走、さらに一バ身空けてサクラバクシンオーが続きます!
三番人気のジュドプラーテは中団に控えて五番手で進みます』
ミホノブルボンがサイレンススズカにハナを譲る形でレースは始まった。
サクラバクシンオーも天皇賞(秋)と同様に無理について行くことはせずに脚を溜める作戦のようだ。
二人とも天皇賞(秋)ではサイレンススズカに先着している。が、どちらも彼女が以前のままだなんて思っていない。あの時は終盤で失速したが、前走含め四戦すべて逃げ切り勝ちをしているサイレンススズカが今日に限ってスタミナ切れするなど希望的観測が過ぎる。
ミホノブルボンすら置いていく単騎逃げ。そのハイペースに最初からついて行くものはいない。
サイレンススズカを除いた、出走ウマ娘十一名。例外はなく、終盤のスパートを勝負どころと決めていた。
◆
(十……十一……十二、ラップタイムは正常、問題なし。サイレンススズカとの差は二バ身差……ここで!)
レースが半分の1,000mを過ぎたところでミホノブルボンが加速した。サイレンススズカを抜くためではない、最終直線に向けて少しでも彼女との差を縮めるためだ。
差しや先行を得意とするウマ娘に比べて、ミホノブルボンは末脚のキレが良くない。スパートに向けて先頭との間は埋めておきたかった。
ミホノブルボンの加速に釣られて後方の何名が動いた。が、ペース配分が乱されていることに頭が回っているものは少ない。
サクラバクシンオーや三番人気のジャドプラーテは動かない。前者はスタミナを最後までもたすため、後者は末脚のキレに自信があるからだ。
そして終盤に入り、全員がスパートをかけ始めた。
「バクシー――ン!!」
『サクラバクシンオーが仕掛けた! 後方に控えたウマ娘たちもグングンと上がってくる!
サイレンススズカが先頭で最終コーナーへ! ミホノブルボンが追走する!!
先頭は未だサイレンススズカ! 後ろのウマ娘たちは間に合うか!』
少しずつ、サイレンススズカとミホノブルボンの距離が縮まっていく。
ミホノブルボンは、背後からサクラバクシンオーが競ってくるのを察知した。
ジャドプラーテも上がってきているようだが、距離的にもう間に合わないだろう。
最終コーナーを抜けて最後の直線に入る。残り400mを切った。サイレンススズカとの差は一バ身もない。
(最高速度はこちらが上、いける……!)
夢への王手、中距離GⅠ。栄冠をつかむため、逃亡者の影へと踏み込んでいく。
◆
先頭でターフを駆けるサイレンススズカは、最高の気分だった。
スタート直後からハナを取っての先頭。競り合うこともなく終盤まで一人きりだった。
芝と空だけの視界、吹き抜ける風、自分だけを照らす太陽。
孤独だけれど、自由な世界。
「――――」
その世界にノイズが走った。
誰かが、彼女の視界に入ってこようとしている。
後ろから黒い影が迫ってくる。
「…………譲らない」
呟いた言葉は覚悟か、呪いか、誓いか。
「先頭の景色は――――」
想いとともに、左脚が芝を踏み
「――――譲らない」
逃亡者は異次元へと旅立った。
『ミホノブルボンがサイレンススズカを捉え――いや、ここでサイレンススズカがさらに加速した!? 後方のミホノブルボンを引き離す! まさに逃げて差す! こんな走りが可能なのか!?
後続は追いつけない! サイレンススズカの一人旅だ! 影さえ踏ませず、今、サイレンススズカが一着でゴール!! ダービーウマ娘ミホノブルボンに二バ身差をつけて堂々のGⅠ初勝利を上げました!!
二着はミホノブルボン!
三着はサクラバクシンオー!』
歓声の中、最後まで先頭を譲らなかったサイレンススズカは周りが肩で息をしている中、ただ一人清々しい笑顔を浮かべていた。
その姿に観客たちは思っただろう。
彼女だけ次元が違う、と。
レースを見ていた多くのトレーナーが思い知っただろう。
間違いなく、今年の台風の目は彼女になると。
「あれは…………」
ただ一人、ライスシャワーだけが異なる感情を宿した瞳でターフを見つめていた。
阪神レース場の解説は、JRA様のコース紹介やウマ娘攻略Wikiなどを参考に書いてます。
的外れな説明だとしてもこの世界線じゃそんな感じなんだなくらいで流していただけると幸いです。
次回、デジタルついに入学