シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 レースのみなので、やっぱりちょっと短めです。



25話 ライスと彼女たちの天皇賞(春) 後編

 

『唯一無二、最強の証である春の楯を賭けた熱き戦いが始まります。

 最長距離のGⅠ、トゥインクルシリーズ春の大一番、天皇賞(春)。天候にも恵まれ、良バ場の発表です。

 三番人気は昨年の菊花賞ウマ娘マチカネフクキタル。同じ京都であの末脚は炸裂するか。

 二番人気はミホノブルボン。復帰後初の長距離レースですがこの人気、ファンからの期待の高さが伺えます。

 一番人気はライスシャワー。淀の青いバラは再び咲くか。天皇賞(春)三度目の栄冠に手は届くのか。

 大阪杯から続き、二つの世代の激突がこの京都レース場でも繰り広げられるのか。期待を胸にファンの方々がスタートを今か今かと待っております。

 

 各ウマ娘がゲートに入り……今スタートしました!

 真っ先に飛び出しハナを取ったのはダービーウマ娘ミホノブルボン、その後ろをライスシャワーが追います。

 かつてクラシックを争った二人がレースを引っ張る形となりました。

 縦長に広がる展開の中、注目される菊花賞ウマ娘マチカネフクキタルは中段に控え五番手から七番手。最後方にはメジロブライトが着きました』

 

 スタートしてすぐ、悲鳴の混じったどよめきが起こった。ミホノブルボンが突然スピードを上げ、ライスシャワーを引き離し始めたのだ。

 

『ミホノブルボンがぐんぐんと逃げる! 逃げる!! 逃げる!!! 二番手のライスシャワーとの差が三バ身四バ身と広がっていきます! 今日は3,200mの長丁場、スタミナが持つのかミホノブルボン!』

 

 天皇賞(春)は向こう正面からスタートして外回りのコースをおよそ一周半する。その特徴は二度走ることになる登って下る坂だろう。

 当然坂を上るのは平地を走るよりもスタミナを消費する。下りになれば楽になるが、加速してしまうため体力が回復することはない。

 二度の坂を超えられるだけのスタミナと二度目の下り坂から最終直線まで続く末脚、そしてその間のレース展開を予測するだけの思考力。まさしく現役最強を決めるにふさわしい過酷なレースだ。

 故に、二度目の坂を上り終えるまでは脚を溜めたり牽制をしあうことが多い。

 ミホノブルボンは菊花賞以来の長距離レースゆえに、経験不足から判断を間違えた。多くの出走ウマ娘たちがそう考えた。

 ただ、ライスシャワーだけが違った。

 

(この展開は……)

 

 ミホノブルボンは大阪杯でのサイレンススズカへの敗北を意識していた。だから最初は彼女の影を拭いきれず掛かったのかと思った。

 だが違う。これに近い展開を、ライスシャワーは以前に経験していた。

 

(ターボさんに逃げ切られたオールカマーに近い……!)

 

 自滅すると思わせて全体をスローペースにし、仕掛け時を誤らせてライスシャワーから逃げ切った青い逃亡者。

 あれは中距離の中山レース場で、コースも距離も今日は違うが雰囲気として近いものを感じていた。

 スタミナに自信のあるライスシャワーから見てもミホノブルボンのペースは速い。最後までスタミナは保たず、最終直線を待たずに失速する。常識で考えれば誰もがその結論に至る。

 しかし、

 

(相手は、ブルボンさんだ!)

 

 スプリンターだと言われ続けても、常軌を逸したスパルタなトレーニングによって日本ダービー(2,400m)すら逃げ切った怪物。

 そんな彼女を、常識の枠に入れてはいけない。

 ライスシャワーはペースを落とさない。自分の末脚、最高速度に至るまでの時間、差すのに必要な距離を計算し、ミホノブルボンを自らの射程範囲に入れ続ける。

 皐月賞と日本ダービーは逃げ切られた。菊花賞と天皇賞(秋)は捕えた。だから、今度も逃がしはしない。

 

(ついてく、ついてく……!)

 

 

 

 ◆

 

 

 

 先頭を走り、ただ一人一度目の登坂に入ったミホノブルボンは、背後から絶えず届く気配を感じていた。

 

(やはり、ライスさんとの距離は思った以上に離せませんか……)

 

 ちらりと見て目測したところ、ライスシャワーとの差は約七バ身。それ以上は引き離せず、そして向こうも無理して詰めてくることはなかった。

 

(そこが、あなたの射程圏内ということですか……)

 

 坂を上り切り、下り坂に入る。

 重力に下手に逆らわず、されどむやみに加速して疲弊しないように下っていく。

 坂を下れば平坦な直線、そして観客が詰め込まれたスタンド前を通過する。

 向う正面のスタート位置からでも聞こえていた歓声はより強く、激しく、雷雨のようにウマ娘たちの耳朶を叩く。

 ノイズと吐き捨てる者もいれば声援が背を押してくれたと語る者もいる。だが、ミホノブルボンにとっては一種の環境音に過ぎなかった。

 視線を少しだけ動かしてスタンドを見る。数多の観客の中、黒沼を見つけた。

 向こうもミホノブルボンが見つけたのに気付いたのだろう。腕を組んだまま、深く頷いた。

 

 ……作戦は上手く行っている。このまま行け。

 

 長年の付き合いゆえ、視線だけで意思疎通は完了した。

 ミホノブルボンは迷いなく、単騎でコーナーへと入っていく。

 

 

 ◆

 

 

 

「ああああブルボンさんってば、あんなに飛ばしてしまって最後までもつんでしょうか……」

「もつさ。彼女が、黒沼さんがそんな失態をするとは思えない」

 

 デジタルの疑問に答える私の脳裏に過去の記憶が蘇る。

 ミホノブルボンの走りはかつてオールカマーでツインターボが見せた逃げを連想させる。

 おそらく狙っているのだろう。そうすれば、ライスとの一騎打ちに持ち込めるから。

 もはや伝説として語られるツインターボの逃走劇だが、それを直に見たトゥインクルシリーズ現役のウマ娘はもう多くない。ましてあれは中距離GⅡ、ライス対策としても長距離GⅠの今日のレースに備えて態々映像を見直す陣営もいないだろうから、引っかかるのも無理はない。

 とはいえ、ターフに視線を向ければ下り坂の勢いを利用して前に出始めたウマ娘たちがちらほらいた。その中にはマチカネフクキタルやメジロブライトもいる。あの中の何人かは勝った負けたの競り合いに食い込んでくるだろう。

 一方で、ミホノブルボンは失速するだろうと待ちの姿勢を取った他のウマ娘たちはもう追いつけない。

 それを証明するように、ミホノブルボンがスピードを落とすことなく向こう正面へと入っていく。

 スタートした地点を超えれば再び登坂となる。

 ミホノブルボンが二度目の上り坂に入るころ、ライスや下りで位置を上げてきたウマ娘たちは向こう正面の直線にいたが、控えたウマ娘たちはようやくスタンドからコーナーへと入ったところだ。

 上った坂を下れば平坦な直線を走り切ればでゴールとなる。それを知っているウマ娘たちは、未だ失速する様子のないミホノブルボンに肝を冷やしただろう。

 慌ててペースを上げだすウマ娘が出始めたが、登坂を前にその行為は誤りだ。碌にスピードが乗らないくせにスタミナだけを消耗する悪手。

 

「決まったかな……」

 

 黒沼トレーナーとミホノブルボンの作戦に見事嵌ったわけだ。後方集団はもう相手にならない。

 残るは下り坂の勢いで差を縮めていくライスと、その後ろを走る二番手集団だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 ライスシャワーが二度目の坂を上り切った時、すでにミホノブルボンは坂を下り始めていた。

 

(大丈夫、脚は十分に残ってる。ここから一気に……仕掛ける!)

 

 芝を蹴り、小柄な少女が黒い弾丸と化す。颶風を纏って坂を下っていく。敢えてやや外を回ることでコーナーも直線的にして加速を殺さずに突き進む。

 ミホノブルボンの背中がぐんぐんと近づいてくる。

 この勢いなら、最終直線に入ったころには捕らえられる。

 勝利への核心と、ライバルとの競り合いに感情が昂った。

 瞬間――

 

「フンギャロオオオオオオ!!!」

「―――なっ!?」

 

 奇声とともに、マチカネフクキタルが最内をついてライスシャワーに追いついた。

 不意を突かれたがなんとか走りを乱さずにいられた。

 ミホノブルボンとの距離を約一バ身まで縮めた状態で最終コーナーへと入っていく。

 ライスが勢いを殺さぬようやや外に走るのに対して、マチカネフクキタルは最短距離でコーナーを曲がっていく。

 

(なに……!?)

(フクキタルさん、こんなにコーナーが上手いなんて!?)

 

 ライスシャワーとミホノブルボンが目を見張るような見事なコーナリングでマチカネフクキタルが一瞬で先頭へと躍り出た。

 勝負は、最終直線を迎える。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 今日の自分は一味違う。スタートした瞬間からマチカネフクキタルはそれを肌で感じていた。

 妙に勘が働くのだ。位置取り、ペース配分。ミホノブルボンの逃走劇を前にしても、これで良いという回答がふと頭に浮かんでくる。

 それに従えばこの通り、最終直線で自分が先頭を走っているではないか。

 

(やはり、このブレスレットは幸運のアイテム! 私の祈りにシラオキ様が遣わした勝利の女神!)

 

 極めつけは先ほどの下り坂だ。まるで道しるべの様にコースを走る光の線が見えた。

 間違いない。これを辿れば勝てるのだ。

 ダービーウマ娘に、最強を下した黒い刺客に。

 

(見ててくださいよぉおおおおトレーナーさああああん!!)

 

 しかし、調子に乗ったマチカネフクキタルはあること忘れていた。

 前に出るということは即ち、彼女の標的になるということを。

 

「オヒョ?」

 

 ぶわっ、と汗が噴き出した。疲労ではない。背後から叩きつけられる、絶対に逃がすものかという重度のプレッシャーが全身の汗腺を開かせたのだ。

 ちらりと後ろを窺えば、餓狼のごとき形相で、ライスシャワーがすぐ背後に迫っていた。

 

『メジロブライトも上がってきたが間に合うか!?

 ミホノブルボンは現在三番手、巻き返せるか!?

 先頭を走るマチカネフクキタルをライスシャワーが猛追! いや並んだ、並んだ! 最後の直線、先頭を走るのはライスシャワーとマチカネフクキタル! 菊花賞ウマ娘同士の一騎打ちだ!!』

 

 ミホノブルボンの作戦は上手くいっていた。彼女自身ここまで悪手を打ってはいない。

 故に、今彼女が先頭にいないのは、純然たる実力によるものだと悟った。

 ステイヤーとしての素養の差。それに尽きるのだろう。

 しかし、

 

(ライスさん……)

 

 己が好敵手、彼女と最後に競り合っているのが自分ではない。

 それだけは、どうしても認められなかった。

 

 感情を燻らせていたのはメジロブライトも同じだった。

 名門メジロ家の悲願、天皇賞(春)の楯を持ち帰ったのはメジロマックイーンを最後に久しい。

 有望視されたメジロライアンも、枠から外れようとしたメジロパーマーも遂には勝てなかった。

 業界の片隅で語られるメジロ家凋落の噂。それを覆すために出走したのに、このまま終われば噂はさらに補強される。

 それだけは、受け入れられない。

 

 燻った想いに熱が入る。やがてそれは炎を生み、己が血肉を食らって大きくなる。

 ライスシャワーの相手は――

 春の楯を持ち帰るのは――

 

「「私だあああああああああっ!!!!」」

 

 身を焦がすほどの業火が、限界を超えて二人の脚を突き動かした。

 

『ライスシャワーとマチカネフクキタルのデッドヒート!! 勝負の行方はこの二人に託され――いや、ブルボンだ! ブルボンが上がってきた! メジロブライトも猛追! 追いつくか! 追いついた! 菊花賞ウマ娘の激闘に、ダービーウマ娘とメジロの新星が加わった! 四人並んで最後の猛スパートだ!

 淀の王者か!

 ダービーウマ娘か!

 幸運の末脚か!

 メジロか!

 今、四人がもつれ合うようにゴールイン! 大接戦だ! 激闘いや死闘! まさに意地とプライドがぶつかり合う名勝負でした!

 ああ! マチカネフクキタルが勢い余って転倒! 大丈夫か……大丈夫のようです。ライスシャワーが助け起こしております。

 さて順位ですが……こちらからはわずかにライスシャワーが体勢有利に見えました。ですがほぼ団子状態のゴール。大接戦、誰が一着でもおかしくはないでしょう。

 ……今、掲示板が点灯しました!

 

 

 ライスシャワーだ! 一着はライスシャワー!!

 やはり淀の王者は今も強かった! 京都レース場に、三度目の青いバラが咲きました!

 二着はメジロブライト!

 三着はマチカネフクキタル!

 ミホノブルボンは惜しくもハナ差のハナ差、そのまたハナ差で四着に敗れました!』

 

 

 ◆

 

 

 

「やった……やったよぉ……!」

 

 掲示板の頂上に輝く自分の番号を見て、思わずライスシャワーはぺたりと座り込んでしまった。

 激闘だった。最後に競り合ってきたミホノブルボンもだが、前年クラシックでしのぎを削ってきた二人も強かった。

 もう一度走って同じ結果になるとは言えない。四人とも胸に抱いた意志と誇りは互角。競り勝てたのは、ステイヤーとしての経験の差だった。

 3,200mを走り切り、激しく消耗した少女の耳朶を叩く割れんばかりの拍手と歓声。

 

「ライスシャワーーー!!」

 

 ファンの一人が叫んだ。同時にスタンドから青いバルーンが飛んだ。

 後に続くようにいくつもの同じ色のバルーンが空へと舞い上がっていく。

 そのうちの一つに括られた垂れ幕が風に舞い、刻まれた文字をレース場にいた全員に見せつける。

 

 天皇賞(春)三勝目おめでとう! 淀の英雄に祝福を!

 

英雄(ヒーロー)……ライスが……」

「はい、空を舞うあの言葉に間違いはありません」

 

 ミホノブルボンがライスシャワーの隣に腰かけた。

 彼女の息もまだ荒く、肩が上下している。

 

「ブルボンさん……」

 

 彼女の瞳に、悲しみの色があることにライスシャワーは気づいた。

 四着、天皇賞(秋)と同じく、自分より後の世代に競り負ける結果となった。四人全員僅差だったとはいえ、かつて世代最強とも呼ばれた彼女の戦績に刻まれる数字としては大きかった。

 しかし、

 

「おめでとうございますライスさん。やはりあなたは強かった」

 

 まずは、勝者を祝福しよう。三度目の春の楯、その栄光を素直に称えよう。

 不思議なことだが、ミホノブルボンにとって、ライスシャワーが褒められることは自分が褒められたように嬉しいことなのだから。

 

「次は負けません……」

「―――いいえ、次もライスが勝ちます」

 

 笑いながら、黒と白の少女たちは固い握手を交わした。

 次もまた、熱い勝負をしよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 オチ。

 マチカネフクキタルは疲弊した体を引きずるように地下バ道を歩いていた。

 激走の3,200m。菊花賞を勝利し、一角のステイヤーである自覚があったが疲れるものは疲れるのだ。

 さらに勝てなかったことも彼女の心を消耗させていた。一瞬勝ったと思ったら歴戦の猛者と誇りを賭けた猛追の前に敗れてしまった。油断、気の緩み、そう言われても仕方がなかった。

 

「はあ……情けないです。せっかくシラオキ様から幸運のブレスレットを授かったというのにこの体たらく。トレーナーさんに合わせる顔がありません……」

「フークー!!」

 

 俯いた自分の愛称を呼ぶ声。顔を上げると、たった今呟いた自身の担当トレーナーが急ぎ足でやってきた。

 

「トレーナーさん。あの、私……」

「惜しかった! いや本当に惜しかった! 勝てなかったけど、お前はよくやったよ!」

 

 拳を握り、健闘を称えるトレーナー。

 とりあえず、彼の期待を裏切ったわけではないと分かって胸をなでおろす。

 そして、トレーナーの背後に別の人影があるのに気付いた。

 

「トレーナーさん。その、後ろにいる方は?」

「ん? ああ悪い、紹介が遅れた。今さっきそこで話しかけられたんだ。フクの走りに感動したって言ってさ、できれば一緒にトレーニングさせて欲しいんだって。ほら、君も前に出て」

 

 トレーナーに促され、黒い影が前に出てくる。

 

「……初めまして、マンハッタンカフェと言います。今年からトレセン学園の高等部に入りました」

 

 長い黒髪のウマ娘が静々とお辞儀した。月を連想する、金の瞳が印象的だった。

 

「よかったなあフク、後輩ができたぞ!」

「え、ああはい! 私の走りに感動なんてありがたいですよね! マンハッタンカフェさん!」

「カフェ、で構いませんよ。先輩」

「では、カフェさん。これからよろしくお願いしますね!」

「はい。末永く、今後とも………………」

 

 ………………コンゴトモ、ヨロシク

 

 

 

 




 トモダチが増えたよ、やったねフクちゃん!

 明日でいったん、毎日投稿は終了します。
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