シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 ちょっと長め。あと連日投稿は一旦ここまでになります。
 感想、誤字報告などありがとうございました。
 また書き溜めに入りますので続きはしばらくお待ちください。
 


26話 マルカブと五人目

 春のビッグレースである天皇賞(春)はライスシャワーの勝利に終わった。

 連覇でこそないものの、三度目の天皇賞制覇は偉業として各種メディアに称えられた。今日も彼女はトレーナーと一緒に取材対応だ。

 そして有記念に続くGⅠ二連勝にライスシャワーと彼女が所属するチーム・マルカブの名声はまた一段と高まった。

 特にチームの名は他のメンバーもジュニア級でGⅠを勝利していることから、今後の動向もより注視されるようになった。

 しかし、

 

「一向にメンバーが集まらない、デス!」

 

 ある日の放課後、トレーニングコースを眺めながらエルコンドルパサーが呻いた。

 彼女の隣ではアグネスデジタルが双眼鏡を使って同様にコースを見ている。

 天皇賞(春)も終わり、五月末の日本ダービーが終わればメイクデビューの時期が始まる。コースではデビューを控えたウマ娘がトレーナーから指導を受けていたり、まだ担当のいないウマ娘たちが自主トレに集まり互い切磋琢磨している。特に最近は皐月賞や天皇賞(春)の激闘に触発されたのかより熱が入っているのが伝わってきた。

 エルコンドルパサーたちがいるのは、まだ担当やチームに所属していないウマ娘をチーム・マルカブに勧誘するためだ。なお、グラスワンダーは脚の経過観察のため病院に行っている。

 GⅠをいくつ取ろうが、規定メンバー不足の問題は消えない。今は大目に見てもらえているだけなのだから、早く解決して後顧の憂いを払うべきというのがマルカブの総意であった。

 が、そう上手くはいかない。

 すでに頭角を現しているウマ娘はベテラントレーナーやトップチームに勧誘されているし、将来有望と理由をつけて選抜レースもまだなウマ娘をスカウトしても良いが、ただの数合わせのようなスカウトはトレーナーが許さないだろう。

 あと一人、だがそのあと一人がどうにも遠かった。

 

「ふと、疑問に思ったのですが……」

 

 アグネスデジタルが双眼鏡ごとエルコンドルパサーの方を向く。

 

マルカブ(うち)ってどうしてこんなあくせくしてメンバー集めてるんでしょう? エル先輩もグラス先輩もGⅠウマ娘で、ライス先輩に至ってはGⅠを通算五勝です。その……ウマ娘ちゃん側から入りたいという声はないんですか?」

 

 後輩の質問に、エルコンドルパサーは苦い顔をする。

 GⅠ五勝というと、数だけで語ればあのナリタブライアンに並ぶ戦績だ。

 エルコンドルパサーとグラスワンダーのジュニア級GⅠは、世間的には今後が期待の成績程度。しかしウマ娘側からしたらデビューして一年目で勝負服を着ることができた時点で羨望の的だろう。

 その三人が所属するチーム・マルカブ。彼女たちの後に続きたいと思うウマ娘は多いはず。

 なのだが、

 

「それはまあ、トレーナーさんの性分のせいというか……」

「はあ……性分ですか?」

「トレーナーさんってば、行き詰ってたり迷ってたりするウマ娘を見るとすぐアドバイスしちゃうんデス」

「なんともらしい……でも、同じようなことをするトレーナーさんは結構いますよね」

 

 放課後、一人でもがくウマ娘にトレーナーが見かねて声をかける。ドラマのような光景だが、トレセン学園では割とよく見かける。

 その二人がのちにコンビを組んだりするのとエモい。そういった日は筆が良く進むのをアグネスデジタルは思い出していた。

 

「そうなんデス。でもアドバイスしてウマ娘が成果を出したらみんなスカウトの話になります。ところが、どういうわけかトレーナーさんは『うんうん、良かった。これでスカウトの声もかかるだろう』って言うんデス」

「ええ……」

 

 スカウトしろよそこは。思わず言いかけてしまった。

 いやしないから今のマルカブなんだろうが。

 アグネスデジタルの想いを察したのか、エルコンドルパサーも同意するように頷いた。

 幸いなのは、トレーナー自身にも一応メンバーを増やす意思が見られるところか。以前のライスシャワーの泣き落としがよほど効いたのか、あれ以来新入生の名簿や教官から提供されるデータを眺める姿が見られた。トレーニングコースにも顔を出している。アグネスデジタルと二人で作った新歓レースからの注目リストにも幾度も目を通していた。なので問題は、彼がスカウトしたいと思う――琴線に触れるような――ウマ娘がいるかどうかなのだろう。

 

「むむむ……もしかしたら、トレーナーさんは手のかかる子の方が相性良いのかもしれませんね」

「それは――」

 

 盲点だった。アグネスデジタルの発言に、目から鱗とはこのことだなと思った。

 エルコンドルパサーも他の二人も、心配性の彼を気遣って手のかからなそうな、加えて即戦力になりそうなウマ娘を薦めていた。

 だが、それが見当違いだったとしたら。

 

(そういえば、ライス先輩も昔は自信が無くて何かとネガティブなウマ娘だったと言ってたデス……)

 

 後ろ向きだったライスシャワー、こうと決めたら中々己を曲げない頑固なグラスワンダー。なるほど一朝一夕で解決する問題ではないだろう。

 

(トレーナーさんは、手のかかる……というより見ていてあげなきゃいけない子をスカウトしがち?)

 

 余談だが、そういうエルコンドルパサーも放っておいたらハードトレーニングに走りがちなので、目を離せない一人である。

 

「じゃあ、もしかしたら……」

 

 以前作ったリストを引っ張り出す。

 即デビュー、即戦力となるようなウマ娘ではない。むしろ、手がかかりそうな――ヤンキーという意味ではなく――トレーナーが目を離していられないような。そんな子が……

 

「…………いた」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ある日、ライスへの取材依頼がひと段落した頃を見計らって、エルから新メンバー候補を見つけたから会って欲しいと連絡があった。

 自分のレースも近いのに、地道に探していてくれたことには感謝しかない。

 指定された時間は放課後、生徒たちのほとんどがトレーニングで校舎からいなくなる頃だった。

 

「トレーナーさん! 早く早く!」

 

 私の前を進むエルが振り返って私を急かす。

 人気のない廊下を二人で進んでいく。

 

「エル、そろそろ君が見つけた候補について教えて欲しいんだけど」

「ふっふっふー、それは見てのお楽しみデース!」

 

 エルの歩みがスキップに変わる。

 

「トレーナーさんには先入観無しに会って欲しいんデス。大丈夫、きっと気に入りますから!」

 

 楽しそうに進んでいくエル、よほど自信というか逸材を見つけてきたのだろうか。

 やがてエルが空き教室の前で止まった。どうやら、ここが待ち合わせの場所らしい。

 ノックをする。

 

「は、はい~~……」

 

 返事があった。が、かなり小さく、弱弱しい。まるで力尽きる寸前のような。

 エルと顔を見合わせ、即決。

 

「大丈夫か!?」

「大丈夫デスか!?」

 

 返事を待たずに扉を開ける。

 飛び込んできたのは、まるで嵐にでも通過したかのような惨状だった。綺麗に整列していたであろう机や椅子が散乱した教室。

 その中で倒れているウマ娘を見つけた。

 エルが駆け寄っていく。

 

「ド、ドトウ、一体何があったデスか!?」

「エ、エルさん……」

 

 上がった顔に見覚えがあった。

 新歓レースの時、気になったウマ娘としてデジタルとエルが作ったリストにあった子だ。

 鹿毛の髪の真ん中を走る白い大流星が特徴的なウマ娘。

 名前は―――

 

 

 ―――メイショウドトウ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 何があったのか尋ねると、どうやら誰かに襲われたとかではなかったようでとりあえず安心した。

 体を何か所か打ったようだが、特に痣もなくケガも無さそうだったのでほっと胸を撫で下ろした。

 私たちが来るのを待っている間、手持ち無沙汰だったメイショウドトウは教室に目立つ汚れがあることに気づいたらしい。

 生徒たちによる校内清掃の時間は毎日あるが、元より普段使いされていない空き教室、手を抜く者もいるだろうし、手が行き届いてなくても咎める者はいないだろう。

 しかしこれからここを使うのだから、来る人たちが不快に思わないようにと掃除をしようと思い立ったらしい。

 そして何故か、躓くわ動かそうとした机をひっくり返すわで、掃除のつもりがあれよあれよと教室を散らかしていってしまったらしい。

 ……なんというか、ドジとかうっかりのレベルを超えているのではないだろうか。

 これが頻繁に起こっているのならばいつかのライスの不運に匹敵するかもしれない。

 まあそのあたりは置いておくとして、

 

「とりあえず、片付けようか」

 

 散らかったままでは落ち着いて話もできない。

 

「い、いいいいえいえいえ! 私が散らかしたんですから私が片付けます! トレーナーさんや先輩にそんな迷惑をかけるわけにはいきません!」

「迷惑だなんて思わないよ。今日は君と話をしに来たんだから。エル、手伝ってくれる?」

「分かりました! まずは机からデスね」

 

 ひょい、とエルが散らばった机を複数まとめて持ち上げる。流石はウマ娘、力では大人の私でも敵わない。

 私は倒れた椅子を起こしてまとめておく。

 ……しまった、二人でやってはメイショウドトウを蚊帳の外にしてしまう。

 

「メイショウドトウも一緒にやるかい? 三人でやればそれだけ早く終わるだろう」

「え、ええ……」

 

 戸惑うような視線。いや、もとは彼女が一人でやろうとしたことを横取りしているのだから当然か。

 

「ドトウ。トレーナーさんはこういう人ですから、気にしなくていいデスよ」

「こういうってどういう意味……いや、まあいいか」

 

 教室の隅にあった用具入れから箒を取り出しメイショウドトウに渡す。

 呆気に取られたのか、私と箒を交互に見ていた彼女だったが、やがては箒を受け取りおずおずと床を掃き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ただ黙々と掃除をしているのも味気ないし、エルとだけ会話するのも気が引けた。結果として、教室掃除はメイショウドトウと気軽に会話をするきっかけになった。

 彼女も面接の様に畏まって答えるよりも何か作業をしながらの方が緊張しないのか、色々と彼女自身の話を聞くことができた。

 両親が転勤族で各地を転々としていたこと。そのため長く付き合いのある友人が出来なかったこと。

 引っ込み思案な性格と妙にドジなのも災いして自分に自信が持てず、けれども家族に励まされ自分を変えるためにトレセン学園に入ったこと。

 入学して早速憧れるウマ娘が出来て、彼女のようになれたらと夢見ていたこと。

 

「じゃあそのウマ娘はメイショウドトウの目標というわけだね」

 

 掃除も終わり、用具も片づけたところでようやく彼女と正面から向き合った。

 む……前かがみというか、姿勢が俯き気味のため気づかなかったが、大きいな。

 身長のことだ。

 マルカブ(うち)で一番大きいのはエルだが、メイショウドトウはそれよりも大きい。

 当然、身長のことだ。

 

「も、目標だなんてそんな……私がそんなこと言うなんておこがましいですよ」

 

 憧れてはいるが、そうなりたいと口に出すのは憚られるらしい。

 遠慮というか、成功体験が少ないことによる自信のなさ、自己評価が低いのだなと感じた。

 

「そういえば、エルはどうして彼女をマルカブに推薦したいんだい?」

「ケ? デジタルと色々話したんですが、トレーナーさんってこういう子が気になるんじゃないかなって」

「えっと……気になるというのは?」

 

 もしや私が外見でスカウトしていると思われているのだろうか。

 

「掃除中もそうでしたけど、ドトウってなんというか目が離せないじゃないデスか。ヒゴ欲? みたいな。……トレーナーさんってそういう、放っておけない感じのウマ娘をスカウトしたいのかなって」

 

 ……なんとも、否定できない答えだった。

 確かにライスをスカウトする時も、自信が持てない彼女に最初の一歩を踏み出せるようにと苦心した覚えがある。

 まあ私の琴線に触れるかは置いておくとして、こうしてエルとデジタルが機会を設けてくれたのだ。無碍にするのも悪い。……というより、ここでメイショウドトウをスカウトしなかったら確実にライスの正座説教コースだ。

 

「えーっと、メイショウドトウはこの場についてどう聞いているのかな?」

「は、はい……エル先輩には、自分のチームに入らないかと。トレーナーさんに紹介するし、話だけでもと」

 

 なんかキャッチセールスみたいな勧誘だ。

 

「で、でもでも……私なんかがGⅠをいくつも勝っているマルカブさんに入るなんて無理です! 私が入ったら皆さんに迷惑かけるし、きっと碌に活躍できなくてチームの評判も落としてしまいます……」

 

 そしてメイショウドトウのネガティブさは随分と根が深そうだ。

 エルもやれやれと首を振っていた。

 なるほど、これはエルの言う通り放っておけないタイプだ。

 

「君は――」

「その話、ちょっと待ったーーー!!」

 

 私の声を塗り潰す声とともに教室の扉がズバーンと開いた。

 そして堂々とした歩みで、一人のウマ娘が入ってくる。

 

「はーはっはっはっは! ご歓談のところ失礼する!」

「オ、オペオペオペぺぺぺぺオペラオーさん!?!?」

「そう! ボクこそが! 朝日よりも輝き、月光よりも美しい、世界を遍く照らす未来の覇王、テイエムオペラオーさ!」

 

 ジャーン、とどこからか効果音でも聞こえてきそうなポーズをとるハイテンションなウマ娘の名は、テイエムオペラオー。

 新歓レースでも圧巻の走りを見せ、トレーナー陣から一目置かれた今年一番の逸材と言われたウマ娘。

 芝居がかった口調と自信過剰にも見えた態度に呆れる者もいたが、入学して一月も立たずしてあのリギルの選抜レースを勝ち抜き、見事東条トレーナーからのスカウトを勝ち取った傑物だ。

 そしてメイショウドトウの反応から察した。彼女が憧れたというウマ娘がテイエムオペラオーなのだろう。

 

「貴方たちの会話は聞かせてもらったよ」

「……ちなみに、どこ辺りから?」

「ふ……『トレーナーさん! 早く早く!』のあたりからさ!」

「ケ!? 最初から、というかエルたちをつけてきたんデスか!?」

 

 テイエムオペラオーの言が本当なら、おそらくは私たちがメイショウドトウを助けたり教室を掃除しているところもずっと眺めていたのだろうか。

 私の考えを察したのか、テイエムオペラオーが仰々しく頭を下げた。

 

「ああ、お三方を手伝わなかったことは謝罪しよう。しかし、ボクには友人を助けるよりも貴方たちとドトウがどうなるかが気になってしまったのさ」

「というと?」

「ボクはリギルに入り、今年中にもデビューを迎える。そして来年はクラシックを席巻する。その時、必要なものはわかるかい?」

 

 芝居がかった口調と動きで、私に問うてきた。

 必要なもの……基礎、レース勘、諦めない気持ち、色々浮かぶがそんな当たり前なものではないのだろう。

 彼女はあの東条さんがリギルに迎え入れ、グラスやエル同様に入学早々にデビューを決めるような逸材。その程度の物はすでに持ち合わているかもしれない。

 ……テイエムオペラオーはクラシックと言った。デビューではなく、クラシックだから必要なもの。それは―――

 

「……ライバル、とか?」

「そう! ルゥアイヴァル(超巻き舌)さ! 熾烈を極める激闘、互いに一歩を引かぬ鬩ぎ合い! 血沸き肉躍る、見る者も、走る者も熱くさせる好敵手! ボクが走るクラシックにはそれが必要不可欠なのさ!

 幸いにも、すでに相応しい役者を二人ほど見つけている。が、まだ足りない。あと一人必要だとボクの覇王スピリッツが叫んでいる!」

「それがメイショウドトウだと?」

 

 テイエムオペラオーは強く頷いた。

 どうやら彼女はメイショウドトウに自分と渡り合うだけの素質ありと見ているようだ。

 

「そ、そんな……私がオペラオーさんのラ、ララライバルだなんて……」

 

 もっとも、当の本人は信じられないという顔をしている。

 頭を抱え、そんなことない、そんなわけないと唸るように繰り返していた。

 

「ふむ……しかしこの覇王アイに間違いはない。ドトウは自分の力を自覚できていないのか。

 ……ならば、レースをしよう!」

 

 何がならばなのか、テイエムオペラオーは唐突に言い出した。

 

「祝★テイエムオペラオー、リギル入部記念 覇王伝説序章第一幕! 覚醒する戦士たち†陽はまた昇る†の始まりだ。ドトウよ、そこで君の力を見せるのだ!」

「なんて長いレース名……いやしかし! トレーナーさんにドトウの走りを直に見てもらう良い機会! ドトウ、エルも応援します! 頑張ってください!」

「え……え……ええ~~~~~~~!!?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「またマルカブ(あんた)か」

「濡れ衣です……」

 

 翌日、東条さんが私を見るなり苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「発起人はそちらのテイエムオペラオーですよ」

「分かってるわ。言ってみただけよ……」

 

 時間は放課後、トレーニングコースの一部を貸し切ったところに私達はいた。

 何故か。当然テイエムオペラオーが突如企画した模擬レースのためだ。

 

「出走者が九人とは、一日足らずでよく集めましたね」

「あの子そういうところは妙に慕われているというか、口達者なのよ。全く、ブライアンといい素質が高いウマ娘ほど自分を中心に世界が回っているとでも思っているのかしら」

「それが本当なら、一番素質が高いのはゴールドシップになりますね」

「冗談でもやめて。アレがGⅠ複数勝ちでもした日は世界中のトレーナーが頭抱えるわ」

 

 どうやら、模擬レースを成立させたことにリギルは関与していないようだ。

 考えてみれば当たり前か。トップチームとはいえ、リギルの特権乱用など公私ともに厳格な東条トレーナーが許すはずがない。

 まさに、この模擬レースはテイエムオペラオー一人によって成立したのだ。

 

「トレーナーさん!」

 

 眉間を抑える東条さんを余所に、声をした方を向く。

 グラスとライスがやってきた。エルとデジタルはトレーニングがあるため、代わりに休養日だった二人がメイショウドトウの模擬レースを見に来たのだ。

 

「お兄さま、エルさんが推薦したっていうメイショウドトウさんは?」

「あそこ。七枠で発走準備している子だ」

 

 私が指さした方向を二人が見る。

 熱心に柔軟をしているメイショウドトウがいた。昨日はおどおどとした姿しか見れなかったが、やはり彼女もウマ娘。レースともなれば表情は引き締まり、真剣そのものだった。

 さて、新メンバー候補を見た二人の感想はどうだろうか。

 

「「…………大きい」」

 

 ……きっと身長のことだろう。

 発起人であるテイエムオペラオーはもちろんだが、他の出走ウマ娘たちもレースに対して真剣そのものだった。

 トレーナーからのスカウトが最も多いのは選抜レースだが、こういった学生が企画した模擬レースも見に来るトレーナーは多いし、結果にも注目する。

 成り行きこそ珍妙なものだったが、ウマ娘たちにとってはスカウトされる貴重なチャンスなのだ。

 今日の模擬レースは2,000mの右回り。ジュニア級GⅠのホープフルステークスやクラシック三冠の一つ目である皐月賞と同条件だ。

 デビュー前のウマ娘にとっては長めの距離だが、逆にここで好走できればトレーナーからの評価は上がるだろう。おそらく、出走を決めたウマ娘たちの狙いはそれだ。

 やがて準備は完了し、出走ウマ娘たちがゲートへと入る。

 一呼吸開けてゲートが開いた。九人のウマ娘たちが出遅れなく飛び出した。

 一人が単逃げを図り、レースを引っ張る。その後ろにテイエムオペラオーがぴったりと張り付いて存在感を出している。

 逃げウマ娘を風除けにし、脚を溜めつつ仕掛け時を待っていた。

 

「位置取りが上手いですね」

「レースセンスは新入生の中では断トツね。度胸もある。経験さえ積めばクラシックでも十分通用するわ」

 

 視線を少し後ろへ向けると、中団で走るメイショウドトウがいた。

 表情はまだ戸惑いや迷いが見えたが、その走りは堂に入ったものだった。

 彼女の視線は真っ直ぐにテイエムオペラオーに向いていた。必死に、テイエムオペラオーに離されまいと走っている。

 中盤、後方に控えていたウマ娘たちが上がってきた。メイショウドトウもバ群に飲まれないよう前に出始める。

 単逃げを決めていたウマ娘が辛そうだが、テイエムオペラオーはまだ仕掛けない。

 最終コーナーを回って最後の直線、ついに覇王さまが動き出した。

 一気に追い抜くのではなく、少しずつ先頭との差を詰めていく。しかし後方から上がってくるウマ娘たちに抜かれることはない。

 メイショウドトウも必死に追う。他のウマ娘との競り合いにも勝ち二番手まで上がるが、彼女の末脚は届かず、堂々とテイエムオペラオーが一番にゴール板を通過した。

 

「はーはっはっはっは! 諸君、声援をどうもありがとう! しかし、いくらボクが輝いているとはいえ、他の出走者たちの健闘を称えることを忘れてはいけない! どうか、他の皆にも惜しみない拍手を!」

 

 終わってみれば、テイエムオペラオーの余裕の勝利であった。

 彼女は汗こそかいているものの、他のウマ娘たちと比べても疲労が少ないように見える。ライスの様にスタミナという見方もあるが、どちらかというと余計な力を使わずして勝ったように感じた。

 

「手を抜いていたわけじゃないわ」

 

 私の疑問を察したのか、東条トレーナーが答えた。

 

「レースセンスが良いって言ったでしょ? 最後に先頭を取るのに必要な分だけの力で走る、それを自然にできるのよあの子」

「それはまた、凄いですね」

 

 素直に感心した。

 最後のスパートとなれば自然と全力疾走となる。当然その分疲労はするし、脚には負担がかかる。

 テイエムオペラオーが力の制御が得意で他のウマ娘よりも消耗が少ないということは、レースの出走機会も多くできるだろう。

 無論、GⅠでもその余裕が続くか分からないが。

 

「それで? 貴方から見てメイショウドトウはどうだったのかしら。メンバーに入れたいと思えた?」

「そうですね……」

 

 テイエムオペラオーから握手され、わたわたとするメイショウドトウを見る。

 経験値以外は完成しているように見えるテイエムオペラオーに比べて、彼女にはまだまだ足りないものが多い。

 身体能力だけじゃなく、自分の力に対する自信もだ。けれど、彼女が前を行くテイエムオペラオーを見る視線には覚えがあった。

 自分をダメな子だと言い、他の強いウマ娘に憧れてその背中を追い続けるその姿はかつて見た光景だった。

 ふとライスと視線が合った。

 彼女も同じ想いだったのか、ゆっくりと、笑いながら頷いた。

 それで私も決心がつく。

 エルの言葉を思い出し、思わず笑ってしまう。

 

「なるほど。確かに私は、ああいう子から目が離せないようだ……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 分かっていたことだった。二着という結果の前に、メイショウドトウはそれほど悔しさを感じていなかった。

 テイエムオペラオーの輝きの前にダメな自分が敵うはずもない。むしろ二着というのは自分にとって随分と健闘したものだと思う。

 メイショウドトウが不安に思っていたのは、自分を誘ってくれたテイエムオペラオーを失望させないかという一点だった。

 憧れ、信奉にも近い想いを向ける彼女をがっかりさせない、彼女が企画したこの模擬レースを盛り上げることを考えて走っていた。

 降り注ぐ拍手喝采を見る限り、どうやらそれは果たされたのだと安堵する。

 

「素晴らしいレースだった。次も頼むよ、ドトウ」

 

 肩を叩いてテイエムオペラオーは去って行った。

 彼女の手が触れた部分がジンジンと熱を持った気がした。期待に応えられたのだと、自分が成長したように思えた。

 

「見てたよ。惜しかったね」

 

 入れ替わるようにマルカブのトレーナーが来た。

 担当したウマ娘を、デビューした年にGⅠを勝たせた凄い人。そんな人が自分をスカウトなんて誰かと間違えているのではないかと思っていた。

 

「惜しいだなんて……私はただがむしゃらに走っただけで、でもオペラオーさんには全然追いつけなくて……」

「追いつけるようになりたいかい?」

 

 心臓が跳ねた気がした。

 追いつく。テイエムオペラオーに。あの沈むことのない太陽のようなウマ娘に。

 

「そ、そんなこと……」

「できるわけがない?」

 

 頷く。少なくとも、ダメな自分にそんなことができるとは思えない。

 そう答えると、トレーナーはふむ、と考え込むようにして、

 

「できるできないは後で考えよう。君はどうなりたい?」

「どう……なりたい……」

 

 すぐに答えることはできなかった。

 ダメな自分を変えたいとは思った。でも、変わった結果どうなりたいかまで考えたことはなかった。

 答えられずにいると、これまたトレーナーは勝手に納得したように、

 

「うん。じゃあ、私たちと一緒にそれを考えていかないかい?」

 

 差し出された手。ダメな自分でもそれが何を意味するのかすぐに分かった。

 

「メイショウドトウ。マルカブで、君の夢を見つけてみないかい?」

「……どうして、私なんですか?」

 

 伸ばしかけた手を止めて尋ねた。

 このレース、他にも見所のあるウマ娘はいたはずだ。

 明確に夢や目標を掲げた子たちもいたはずなのに、どうしてその中から自分を選んだのか。

 そう訊ねると、トレーナーは少し気恥しそうに頬を掻いてから言う。

 

「すぐそばで見ていたいと思ったんだ。君がこの先、どんな夢を見つけて、どんな自分に変わっていくのかをね」

 

 手が重なる。

 こうして、長らく人数不足を叫ばれたチーム・マルカブに五人目のウマ娘が入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「………………はっ!? 何故か、一着取ったのにスカウトしてもらえなかったことを思い出しました」

「ええ……なんですかそれ。詳しく」

 

 

 

 




 一応、デジタルと同じく一旦は仮入部扱い。まあすぐに正式に入りますが。

 Q.どうして五人目がドトウ?
 A.2000年のオールカマーをチェックだ!
 Q.どうして○○じゃないの?騎手繋がりなら○○の方が適任じゃない?
 A.投稿時点(2022/8/12)で育成未実装じゃないですかねその子!

 まあ、実のところもう一人の候補はビコーでした。


 
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