シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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お久しぶりです。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
GIRLS' LEGEND Uの「トレセーン」がみんな可愛いので初投稿です。

毎日1話ずつ、計4話ほど投稿します。




28話 黄金たちと日本ダービー 前編

 NHKマイルカップと言えば、かつては日本ダービーのトライアルに位置づけられたGⅡレースであった。

 しかしやがて芝の中距離以上の距離適性がなく、短・マイルに適性を持つウマ娘向けのクラシックGⅠレースへと形を変えた。

 そして今は海外のウマ娘も出走する国際招待競走となり、日本のウマ娘の力を世界に示す場にもなっている。

 いわば世界を交えた若きマイル王決定戦。エルがその力を示すには絶好の舞台である。

 ホープフルステークスを勝利した彼女はトライアルを踏まずにクラシック級GⅠへ直行。まさに王者のローテーションであった。

 

「ということでエルは海外勢を抑えて一番人気だ。クラシック級に上がってからの初戦とはいえ、ジュニア級での活躍が評価されているようだね」

『おおお〜~~!』

「ふっふーん! 当然の結果デスね!」

 

 チームメイトからは拍手と感嘆の声。同時にエルは誇らしげに胸を張った。

 

「だからといって、油断は禁物だよ。海外勢だって勝算あって来てるわけだし、日本のウマ娘にもエルと同じジュニア級から無敗が三人出走する」

「スィー、望むところデス! 相手が強ければ強いほどレースは燃えるもの!」

「その意気だよエルさん」

 

 ライスの言葉を皮切りに他のメンバーからも声が上がる。

 

「エルの夢への一歩。頑張ってきてください」

「あたしたちも客席で応援してますね!」

「わ、わたしの応援で良かったら、精いっぱい声出しますねぇ……」

「ハイ! デジタルもドトウもエルの走りをしっかりと目に焼き付けてください!」

 

 赤いコートを翻し、エルは控室を出てターフへと向かう。

 自身の夢のため、後輩たちの手本となるため、そして友を励ますために。

 怪鳥のクラシック初戦が始まる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 結論から言ってしまえば、エルコンドルパサーのクラシック初戦は快勝に終わった。

 絶好のスタートから好位置を取り、直線で勝負を決めた。二着にニバ身差をつけての圧勝だった。

 途中、第四コーナーで外に膨らんだことは反省点だが、彼女の力を世間に示すには十分な内容だった。

 だからこそ、

 

「こんな……こんなあっさりしたものなんデスか、クラシックのGⅠが、国際招待競走が……!」

 

 闘志が未だ燻っていた。不完全燃焼とも言えた。

 油断も慢心も無かった。これまでのトレーニング成果を十全に発揮したレースだったというのに、エルコンドルパサーの内にはモヤモヤとした気持ちがあった。

 

「これなら、ウマレーターでグラスやスペちゃんたちと走った時の方が……」

 

 今日の相手を貶すつもりはない。

 それでも、いつかの幻の皐月賞の方が熱かった。今日よりも、この身を焦がすような激闘だったというのが本音だった。

 そして煮えきらない脳裏に、彼女たちの次走がよぎる。

 

「日本ダービー……!」

 

 世代の頂点を決める大レース。何千何百というウマ娘が夢に見て、そして一人を除いて敗れ去る狭き優駿の門。

 そこならば、その舞台ならば、この疼きを癒やしてくれるだろうか……。

 答えを出せぬまま、少女は地下バ道へと足を向けた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 地下バ道で待つこと数分。エルがターフから戻ってきた。

 見事クラシック初戦を勝利したはずの彼女だが、その表情はどこか暗い。

 

「トレーナーさん……」

 

 絞り出すように発した声もまた重く暗い。

 レースに勝った彼女ならもっと溌剌としており、今にも踊りそうなくらいテンションが高いのだが今はその影もない。

 

「どうかしたかい?」

 

 思わず訊ねるが、エルはうんうんと唸るだけだ。

 思考を整理しきれていないのか、答えるのを躊躇うようなものなのか。こういう時はトレーナーの方から道行を示すしかない。

 

「コーナーで外に膨らんでしまったことを気にしてる?」

 

 首は横に振られた。

 

「もっと着差をつけられると思った?」

 

 またも首は横に揺れた。

 

「思っていたより楽勝でつまらなかった?」

 

 今度は横に揺れなかった。凍ったように動かなかったエルの頭がゆっくりと下を向く。

 合わせて尾や耳が力無く垂れる。もとより感情が表に出やすい子だ。この反応だけで、エルの内心は察することかができた。

 おそらく、万全を期して出走したクラシック最初のGⅠはエルにとってあっけなさ過ぎたのだ。

 鍛えることにストイックな一方、熱い勝負を求める気性でもある彼女の内面では未だ闘争心が燻っているのだろう。

 メンバーも増えたし、チームで模擬レースでもするか、ライスに頼んで本気の併走をしようか。

 それとも……、

 

「「日本ダービー」」

 

 図らずとも発せられた異口同音。下を向いたエルの顔が上がる。青い瞳が驚愕で見開かれていた。

 

「……いいんデスか?」

「そうだね……確認だけど、身体は大丈夫? 疲れとか痛みはない?」

 

 エルが頷く。それを問題なしと受け取り、スマホでレーススケジュールを確認する。日本ダービーまでおよそ二週間。登録締め切りまで時間は僅か。

 決断するなら今だ。

 

「ダービーに出るなら安田記念は回避かな。さすがにこの短期間で三レースは負担が大きい」

「安田記念か、日本ダービー……」

 

 考え込むエル。以前グラスを励ますためにした仮初の皐月賞では同期たちと激しく競り合ったという。

 彼女の中にはその時の熱が未だ残っているのだ。

 となれば答えは当然、

 

「日本ダービー……走ってみたいデス。スぺちゃんやセイちゃん、キングたちが出るクラシック。そして……」

 

 炎が灯った青い瞳が私を見る。

 

「グラスが出るはずだったレースに……」

「……よし。だったら早速手続きをしてくる。ウイニングライブが終わったらスケジュールについて打ち合わせしよう」

「はい!」

 

 ファン感謝祭でも多くのファンから出走を望まれたレースだ。これまでの成績も申し分ないし、まず出れるだろう。

 もっとも、エルが出走することで代わりにダービーを走れないウマ娘が一人出てくる。その陣営には恨まれるかもしれないが、これも勝負の世界である以上は向こうには煮え湯を飲んでもらうしかない。

 

「今日のレースから800mの延長、かなりの強行軍だ。大変だけど頑張っていこう」

「ブエノ! 任せてください! グラスの弔い合戦デス!」

「…………本人の前でそれを言うのは止めようね?」

 

 

 かくして、エルコンドルパサーの日本ダービー出走は正式に受理され、その一報はURA広報及び各種メディアを通じて全国に発信された。

 黄金世代四名が激突する日本ダービー。そしてGⅠ二冠バの電撃参戦に日本中のレースファンは盛り上がり、各ウマ娘陣営は頭を悩ませることとなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「え~まさか本当に出てくるとは。流石に煽りすぎちゃったかな」

「ホントですよー。トレーナーさんが余計なことするもんだから、考えた仕掛けも全部練り直しです」

 

 釣り糸を海面に垂らしながら不満を言うセイウンスカイ。しかし彼女のトレーナーはその尾が好奇の感情で揺れ動いたことを見逃さなかった。

 日ごろから練習が辛いだの、釣り日和だからサボるだのと言っているが、彼女も走ることを本能に刻まれたウマ娘。

 燃えているのだ。強敵とのレースに。

 

「こうなると前のグラスワンダー慰め会に参加しておいて正解だったな」

「ま、そうですね。エルとは結局模擬レースや併走の機会もありませんでしたし。間近で走りを見れたのは僥倖です」

「んで、天下のトリックスターさまから見てどうなのよ。エルコンドルパサーの実力は」

「……強いです。フィジカルの才能なら私達五人の中で断トツでしょうね。その上、才能に胡座をかくどころかストイックに自分を鍛え続けている。幻想の皐月賞と同じだと思ったら痛い目を見ますね」

「そいつはまた……楽しみだ。ひっくり返し甲斐がある」

 

 ニヤリと口角を上げるトレーナー。彼の笑みに同意するようにまたセイウンスカイの尾と耳が揺れた。

 生まれ持っての才能、脈々と受け継がれてきた血統。それらを否定するつもりはないがそれだけで勝敗が決まるなんてつまらない。

 知略をもってレースを制する。頭を使ってフィジカルお化けどもをアッと言わせる。

 その一点を持って、彼とセイウンスカイは意気投合した。

 セイウンスカイも決して恵まれた体つきではない。血筋も由緒ある家の出ではない。

 しかし負けん気は人一倍あった。足りない部分をいかに補い、どうすれば勝てるか常に思考を巡らせている。

 そしてついには皐月賞ウマ娘。数千人いる同世代たちの中でたった一人の三冠ウマ娘候補。

 ここまで来たんだ。次も必ず、世間をアッと言わせてみせよう。

 波立つ海辺にて、二人の闘志がふつふつと沸き立っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一方で、キングヘイロー陣営。彼女のトレーナーはエルコンドルパサーの電撃参戦に深い深いため息をついていた。

 

「出ないって言ってたじゃない……どうして出てくるのよ~~!」

「ちょっとトレーナー、情け無い声を出すんじゃないの」

「だってぇ~~……」

 

 なんでだ~、と机に突っ伏すトレーナーの姿にキングはやれやれと頭を振った。

 

「だってもなにも無いわよ。……むしろいい機会だわ。スカイさんには皐月賞の借りを、エルさんにはホープフルでの借りをまとめて返せるんだから……!」

 

 トレーナーが顔を上げる。

 名前の挙がった二人はジュニア級から重賞に出て活躍をしていたキングヘイローにとって、数少ない黒星をつけられた相手だ。

 かつて敗北した相手の出走に、キングヘイローは弱気になるどころか闘志を燃やしていた。

 その気高い熱は、すぐにトレーナーにも伝播する。

 

「……うん、そうだよね。弱気になっている場合じゃない!」

「ふふ。そう、その意気よ! それでこそ一流のキングのトレーナー!」

 

 強敵上等、苦難上等。

 それくらい跳ねのけることが出来なければ、認めさせたい相手が自分たちを認めない。

 真の一流を目指すコンビは、気高く突き進んでいく。

 狙うはダービー。黄金と称される世代の頂点に立ち、自分たちの力を証明するために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「テイオーさん! 併走もう一本お願いします!」

「えぇ〜まだやるの!?」

 

 夕方のトレーニングコースに、トウカイテイオーの悲鳴にも近い声が響いた。

 

「スペちゃんちょっと今日はハード過ぎない?」

「うう〜でもでも! ずっと身体がウズウズしてるんです!」

 

 スペシャルウィークが張り切る理由は知っていた。

 エルコンドルパサーの日本ダービー電撃参戦。それが彼女を駆り立てていた。

 

「エルちゃんと本番のレースで走れるのはもっと先だと思ってたので、すっごく楽しみなんです!」

「ふ〜ん……」

 

 分かるような、わからないような。そんな曖昧な相槌をうつトウカイテイオー。

 彼女が走った日本ダービーは、ライバルらしいライバルはいなかった。あえて言うならナイスネイチャだが、彼女がGⅠ戦線に上がってきたのは菊花賞からだ。そしてその時、トウカイテイオーはケガで休養していた。

 

「……ちょっとだけ羨ましいかも」

「え? テイオーさん何か言いました?」

「ううん、なんでもない!」

 

 じゃあもう一本だけね、と言って二人は走り出した。

 

 

 

「でもさぁ~」

 

 結局、あれから三本走ってようやく上がった。

 門限ギリギリで寮に帰ってシャワーを浴びて涼んでいるところで、トウカイテイオーが声を上げた。

 

「どうしてエルは急にダービー走ろうと思ったんだろう?」

「それは……どうしてでしょう?」

 

 エルコンドルパサーと走れることが嬉しくて確認していなかった。

 

「でもダービーですよ? ウマ娘なら憧れて当然じゃないですか」

「まあそれはそうなんだけどね。でもエルの目標って海外でしょ? あんまり世代戦に興味なさそうだったんだよね」

「……あら? お二人ともなにをなさっているんですか?」

 

 う〜ん、と唸っているところへ三人目がやってきた。

 秋の復帰に向けて調整中であるスピカの一員、メジロマックイーンだった。

 

「あれマックイーン、今日は検診でそのままお屋敷に泊まるんじゃなかったの?」

「そのつもりだったのですが、思いの外早く終わりましたの。……それでお二人はバスルームでなにを唸ってましたの?」

「えっとね、マルカブのエルが突然ダービー出るって言うじゃん? どうしてかな〜って」

「ああ、なるほど……そういうことですのね」

「そういうことって……マックイーンさんは知っているんですか!?」

「エルコンドルパサーさんの意図は分かりませんが、あのマルカブのトレーナーさんが出そうとする理由なら推察できます」

 

 おおっ! と身を乗り出す二人を抑えながら、メジロマックイーンが続ける。

 

「エルコンドルパサーさんの大きな目標は秋シーズンのジャパンカップでしょう?

 ジャパンカップの開催は東京レース場、距離は2,400mの左回り。奇しくも日本ダービーと同じコース、同じ条件です」

「ああ言われてみれば……ってええ!? まさか日本ダービーをジャパンカップの予行練習にするつもり!?」

「そこまでは言いませんが、同じコースを走ることは良い経験になる……そう考えてもおかしくはありませんわ」

「うひゃあ〜お兄さんてばスゴイこと考えるね。他のウマ娘が聞いたら怒りそう……」

 

 トウカイテイオーの脳裏にはダービーウマ娘になることを夢見て努力する少女たちの姿が浮かんでいた。

 

「当然、これは私の推察ですわ。実際どういう考えなのかは、本人たちに直接聞くしかないかと」

「ま、そりゃそうか……」

「あの〜……」

 

 スペシャルウィークが申し訳無さそうに手を上げた。

 

「どうしたのスペちゃん?」

「えっと……エルちゃんの、マルカブのトレーナーさんはダービー興味無いということなんでしょうか?

 ダービーってレースに関わる人全員の憧れで目標だと思ってたんですけど……」

 

 クラスメイトのトレーナーというくらいしか知らない彼女の問に、件のトレーナーの人となりをよく知る二人は、あ〜、と天を仰いだ。

 

「興味ないってことはないと思うよ?」

「ええ。ただ、トレーナーとしての実績や栄光よりもウマ娘の夢を優先するといいますか……」

 

 言葉を濁すメジロマックイーン。しばし考えてから再度口を開く。

 

「あの方にとってウマ娘の夢を叶えることが自分の夢。……ですので、もし仮にエルコンドルパサーさんが本気でダービーを取りに来ていたとしたら注意してくださいませ」

 

 それは、かつて天皇賞(春)三連覇という大偉業をあと一歩のところで阻止された彼女だからこそ言えること。

 

「このレースだと狙いをつけた時が、あのチームの最も恐ろしい時と言えるでしょう」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 時は少し遡り、夕方のトレーニングコース。

 エルコンドルパサーはアグネスデジタル、メイショウドトウと共に併走をしていた。

 すでにチームとしてのトレーニングは終わっている。なのでこれは彼女の自主トレに後輩たちが付き合っている形だ。

 

「デジタル、ドトウ! 大丈夫デスか!?」

 

 何度目かの併走が終わり、火照った身体を冷ましながら叫ぶ。

 エルコンドルパサーの数m後ろに、息も絶え絶えな二人がいた。

 

「ま……まだまだぁ! あたしはやれますよ!」

「だ、大丈夫ですぅ〜」

 

 顔を汗まみれにしながらも、二人の瞳から光は消えていない。

 体から噴き出す蒸気はまるで彼女たちのやる気をそのまま具現化させたようだ。

 ガッツのある後輩たちだと舌を巻く。

 振り返れば、デビュー前やジュニア級時代の自分もこんな風にライスシャワーの背中を追っていたのだろうか。

 ちょっぴり大人になった気がした。

 

「よーし、じゃあもう一本行きますよ!」

「「お、おお~~!!」」

「残念。これ以上はオーバーワークだよ」

 

 水を差す言葉にむぅ、と頬を膨らませながら振り返る。

 声の主は聞くだけで分かった。彼女たちを指導する、チーム・マルカブのトレーナーだ。

 

「エルたちはまだやれマス!」

「やれるだろうけど明日に響くよ。疲労を残したまま明日トレーニングしても効率は良くないし、ケガにもつながる」

 

 正論だった。

 同時に、このトレーナーがウマ娘のケガを人一倍気にしていることを思い出した。

 やや不完全燃焼気味だが、仕方ない。見れば後輩たちも少しホッとしたようだった。

 自分のペースに付き合わせるのはやはり無茶だったか。

 

「気合入ってるね。やっぱり日本ダービーは燃えるかい?」

「スィー、当然デース! 世代の頂点を決める大レース! スペちゃんたちとの本気の勝負! 熱くならないわけがありません! それに……」

 

 一旦言葉を切るが、すぐに意を決したように続けた。

 

「グラスが走るはずだったレースですから……」

 

 すでにグラスワンダーの春シーズン全休は決定事項だ。

 焦って適当なレースに出るよりも、力を蓄え秋シーズン復帰に注力することは本人も納得している。

 それでも、後ろ髪を引かれることがないわけがない。

 一生に一度のクラシック、一度きりの日本ダービー。今後グラスワンダーがどれほど栄冠を積み上げようと得られないものだ。

 だから、自分が証明するのだ。

 チームメイトであり、親友であり、ともに頂点を目指すライバルの力を、可能性を。

 

「……そうか。じゃあ万全な状態で出られるよう、今日は上がろう」

「あうう……」

 

 反論もできず、いそいそと三人で片づけていく。

 

「あの! 実際のところ、エル先輩ってダービー勝てそうなんでしょうか!」

 

 寮へ向かう直前、アグネスデジタルが手を上げて訊ねた。

 ふむ、とトレーナーは手を顎に当てて思案したのち、

 

「楽勝、とはいかないだろうね。かなりの激戦になるかな」

「むぅ~トレーナーさんはエルの実力を信じていないんデスか!?」

「信じてるさ。でも、エルだって同期たちを侮っているわけではないだろう?」

「それはそうですが……」

 

 皐月賞を獲ったセイウンスカイ、ジュニア級から重賞を経験するキングヘイロー、一歩遅れながらもクラシック級に入って早々に重賞を二連勝したスペシャルウィーク。

 いずれもデビューした年が違えばそれぞれがダービーを戴冠してもおかしくない能力を持っていた。

 だが運命とは残酷なもので、エルコンドルパサーを加えた四人のうち、ダービーウマ娘の称号を得られるのはたった一人だ。

 

「……それに日本ダービーは他のレースと少し違う」

「違う、デスか?」

 

 トレーナーは頷いた。

 

「エルの目標はジャパンカップだ。……当然ダービーに手を抜く気もないけれど、それより重きを置いたレースがこの先にある。

 でも、他のウマ娘にとってはそうとは限らない」

 

 日本ダービーで燃え尽きたかのようにその後勝てなくなったウマ娘がいた。

 日本ダービーさえ勝てればと心身を酷使するウマ娘がいた。

 ダービーウマ娘の称号は時に魔性の魅力をもってウマ娘たちを惹き付ける。

 

「精神は肉体を超越する。ミホノブルボンに二冠を取らせた黒沼さんがよく言っていることだ。

 ダービーにかける想い。エルが他のウマ娘に遅れをとるとしたらその一点だろうね」

「……だったら」

 

 少女の瞳が真っ直ぐにトレーナーを見据えた。

 

「エルにだって負けられないって気持ちはありマス!」

 

 黄昏時のグラウンドに決意の声が響く。

 

「エルの夢は世界最強! そのためにまずは世代の頂点を獲る!

 それにスぺちゃんたちとのレースはとっても楽しみだし、グラスの分まで走って見せマス!」

 

 そして、

 

「マルカブに初めてのダービーを……トレーナーさんにダービートレーナーの称号を渡すのはエルの役目です!」

「エル……」

 

 ニヒヒと少女は太陽の様に笑う。

 

「これで、エルも他の子たちに気持ちで負けませんネ!」

「ああ、そうだな」

 

 決意の言葉に、トレーナーは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 彼もまた勝負の世界に生きる者。戦いを前に、想いを前に、炎を宿さぬわけがない。

 

「勝ちに行こう、日本ダービー!」

「……ハイ!」

 

 予行演習などとは思わない。前哨戦などとは思わない。

 世界の頂を目指すものとして、まずは世代の頂を目指すのだ。

 

 

 夜。

 各陣営、ウマ娘とトレーナー、そして彼女たちを応援するファンたち。

 それぞれが夢を見て、決意を宿し、希望を胸に眠りにつく。

 夜は明けた。

 

 日本ダービーがやってきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『今年もついに、ついにこの日がやってきました。すべてのウマ娘が目指す頂点、日本ダービー!

 昨年も全国で何千というウマ娘がデビューしました。その中から熾烈な競争を勝ち上がり、このレースに出走することができたのは僅か十八名。千を超える者たちからの十八名です。

 今年はどんなドラマが繰り広げられるのか、どのような伝説が刻まれるのか。そして歴史に蹄跡を残すのはいったい誰だ!

 注目のウマ娘たちをご紹介します。

 三番人気は皐月賞バ、セイウンスカイ! 唯一の三冠ウマ娘への挑戦権を得ながらもこの人気はやや不満か? 今日も会場を沸かせる巧みな逃げが期待されます!

 二番人気は北海道から来た元気娘、スペシャルウィーク! 皐月賞では力及ばす三着でしたがファンからの期待は十分! 実力を発揮し、成れるか日本一のウマ娘!

 一番人気は先日のNHKマイルカップからの電撃参戦、怪鳥エルコンドルパサー! すでにGⅠ二冠の実績が人気に表れております。世界の若駒を相手に力は見せた、今度の相手は黄金色の同世代だ!

 

 各ウマ娘がゲートに入りました。

 張り詰めた空気、出走者たちの緊張がここまで伝わってくるようです。

 泣いても笑ってもこれで決着。彼女たちの中から、たった一人のダービーウマ娘が決まります。

 

 日本ダービー…………今、スタートしました!』

 

 

 

 

 

 

 

 





最近、ドウデュースの話題が出るたび心の中のカイチョーが「調子はドウデュス?」って聞いてくるから困る。
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