シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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昨日で投稿は一旦ストップと言ったな、アレは嘘だ。
ちまちま書いていたら出来上がってたので投稿します。
本当に今日で一旦ストップです。


37話 マルカブとスピカ2

 

「ブルボーン! お別れなんて寂しいデース!!」

 

 フランスの空港エントランスに、タイキシャトルの声が響いた。

 先日フランスGⅠジャック・ル・マロワ賞を勝利した最強マイラーがワンワンと泣き喚く姿に、ミホノブルボンは困惑していた。

 

「タイキさん、私の欧州残留は渡仏前に通達済みのはずですが……」

「今日になったら寂しくなったんデース!」

 

 力強く抱きしめられたミホノブルボンは視線でトレーナー陣に助けを求める。が、黒沼も余所の担当ウマ娘には強く言えないようで、奈瀬に至っては祝勝会で牡蠣に当たったダメージが残っているのか顔色がそれどころではない。

 仕方無し、東条とシーキングザパールが前に出た。

 

「ヘイ、タイキ! 友達の門出を泣き顔で送るなんてナッシングよ!」

「パールさ〜ん……!」

「もう二度と会えないわけじゃないのよ。ブルボンが欧州に残る理由は知っているでしょ」

「おハナさ~ん……!」

「ブルボンの記憶に残るあなたの顔が泣き顔で良いの? レッツスマイルよ~!」

「う、ううう……」

 

 涙たっぷりの瞳で周りを見るタイキシャトル。やがて整理がついたのか、グシグシと目元を拭ってなんとか笑顔を作った。

 

「ワタシ、お手紙いっぱい書きマース!」

「ありがとうございます。日本の様子など教えてもらえたら嬉しいです」

「OK! ライスシャワーやバクシンオーの様子、しっかり見て来ます!」

「是非、よろしくお願いします」

「なんとか落ち着いたようね……それでは黒沼さん、私たちもこれで。お達者で」

「そっちもな東条、奈瀬。もっとも俺は定期報告でちょくちょく学園に顔を出すだろうから今生の別れとはならんがな」

「その時はぜひ海外のレース事情も教えてほしいですね」

「情報交換ならいくらでもしてやる。対価になるもの準備しておけ」

 

 湿っぽさを見せないのは黒沼らしいと笑いながら、東条と奈瀬、そして担当ウマ娘たちはフランスを発った。

 日本に戻った時、彼女たちは多くの讃美と歓声で迎えられるだろう。

 そして知るだろう。自分たちが勝ち取った栄光がどれほどのものか。

 彼女たちがもたらした興奮は炎となり、秋のターフを熱狂させるかを。

 トゥインクルシリーズ秋シーズン。最も熱い、戦いの季節がやってきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ついにトゥインクルシリーズの秋シーズンが開幕した。

 まず注目されるのは短距離王者決定戦となるスプリンターズステークス。欧州GⅠ制覇したウマ娘二人が得意とする距離だけに例年よりも注目度が高い。

 しかしシーキングザパールもタイキシャトルも遠征帰り早々にGⅠに出ることはなく、次走をマイルチャンピオンシップに定めたようだ。

 これでレースファンはがっかりしたかというとそうではない。絶対王者がいないということは、誰にでもチャンスがあるということ。

 目の上のたんこぶとも言えた強者の不在に、今回こそはと闘志滾らせるスプリンターたちの姿があった。

 まあマルカブ(うち)に短距離路線のウマ娘はいないので私は観客気分なのだが。

 一方、私が注力すべき十月のGⅠにむけたステップレースやトライアル、そして新人たちのメイクデビューも始まった。

 ライスと天皇賞(秋)を争うシニア級の面々は相も変わらず実力者ぞろいだし、グラスたちクラシック級は黄金世代の名に恥じない傑物ぞろい。エルに至っては格上への挑戦となる。そしてデジタル、ドトウたちジュニア級も前年に負けず劣らずの珠玉のウマ娘たちが名を連ねていた。

 マルカブのメンバーは夏合宿で確実にレベルアップしていた。が、それは他のウマ娘たちも同様。秋シーズンは熾烈な戦いが予想されていた。

 

 そしてマルカブ秋の初戦がやってくる。

 走るのはデジタルとドトウ。マルカブ新人コンビのメイクデビューだ。

 どちらも自己評価の低いウマ娘、ここで勝利して自信に繋げたい。

 ……が、

 

「「負けました〜~!」」

「うん、惜しかったね……」

 

 現実は甘くはない。二人とも善戦したが惜しくも二着に敗れてしまった。

 

「デビュー戦で緊張っつーのもあるだろうが、どっちも力を出しきれてなかったな」

 

 レース映像を見返しながら、エアシャカールが敗因を分析していた。

 

「身体の仕上がりに関しちゃ問題無ぇ。シミュレート通り走れたら勝てたレースだ。が、メンタルや気性によるゆらぎはこっちじゃどうしようもない」

「ああ、そこはトレーナー(こっち)の領分だ。任せてほしい」

 

 項垂れる二人の方を向く。

 

「ドトウはまあ、相手が悪かったとしか言いようがない。気にせず、次で挽回しよう」

「は、はい~! オペラオーさん、相変わらず強くて速くて……!」

「デジタルは……自覚あるみたいだからうるさくは言わないけど……」

「も、申し訳ありません~! 最後の競り合い、隣を走るウマ娘ちゃんの顔が尊みが過ぎて思わず見とれてしまい……!」

 

 集中力が切れて差し返されてしまったのか。

 この悪癖はどうしたものか。周りに関心を持つなというのはさすがに酷だろう。いっそのこと大外を回らせようか。

 ドトウに勝ったのはリギルのテイエムオペラオーだ。元より才能あるウマ娘だったが、トップチームであるリギルのトレーニングを受けてさらに強くなっている。

 負けたのは悔しいが、逆に言えば未勝利戦に彼女は出てこない。あとはドトウが実力を発揮できるようケアをしていくとしよう。

 

 メイクデビューが終われば、メインレースが始まる。GⅠ出走を賭けたステップレースやトライアルだ。

 新たなライバルが浮上したのはGⅡオールカマー。天皇賞(秋)への出走権が掛かったレースであり、去年はライスも走ったレース。

 そこでは久しぶりにターフを駆ける彼女の姿があった。

 

『最終コーナー回ったところでメジロマックイーンが抜け出した! 競り合わない、競り合わせないぞマックイーン! 後続との差を二バ身、三バ身と広げて今ゴールイン!!

 見事復活勝利だメジロマックイーン! ターフの名優がいま堂々復活ゥ!!』

 

 沸き立つ歓声に手を振って応える彼女の走りは、長い期間ケガで休んでいたとは思えないほどに力強く堂々としていた。

 圧倒的なスタミナから展開されるハイペースで周囲のウマ娘を置き去りにする、強者にこそ許された走りだった。

 かつてライスと春の楯を争ったあの時と遜色ない。それほどの仕上がりだった。

 

「再びレースに出ることが出来て嬉しい限りです。ファンの方々も、お待たせいたしました。本日をもって、メジロマックイーンはレースへと復帰します!

 次走は当然、天皇賞(秋)。強敵が多いのは存じております。ですが、私と走ったことが無い方がほとんど。世代を超えてなお、メジロマックイーンが強いことを証明して見せましょう」

 

 名優の宣言に観客が湧きたつ。

 ライスが挑戦する天皇賞(秋)に、また強力なライバルの出走が決まった瞬間であった。

 

 週を挟んでGⅡセントライト記念。

 菊花賞への出走権が掛かったこのレースでも、復活の狼煙を上げるウマ娘がいた。

 昨年十二月のレースを最後にターフから姿を消していた彼女が、グラスワンダーが復帰する。

 先週のメジロマックイーンの時とは違って前評判はあまり良くない。早熟と判断し、ケガからの長期休養故に全盛期はすでに過ぎたと語るメディアもいた。

 しかし、

 

『外からグラスワンダー! 外からグラスワンダー! 外からグラスワンダーが差し切った!! 文句なし!!

 ジュニア級王者の末脚は健在だ! ケガの影響など微塵も見せずの圧勝劇! 

 菊花賞の切符を手にしたのはグラスワンダーだ!!』

 

 最終コーナー手前から炸裂した剛脚は、前にいたウマ娘五人を纏めて抜き去りグラスを先頭でゴールさせた。

 もう彼女が終わったなどと言うものはいないだろう。

 世間から評価も、関係者からの不安も、自分の中にあった不満も、全てその脚で薙ぎ払ってみせたのだ。

 

「久しぶりのレースは不安よりも喜びのほうが強かったです。やっと、やっと同期のみなさんと同じ舞台に立てることがこの上なく嬉しい……!

 ええ、次走は当然菊花賞。これまで堪えてきた分の全てをぶつけます。故に、この勝利はライバルたちへの宣戦布告です」

 

 待っていろセイウンスカイ。

 待っていろスペシャルウィーク。

 菊花賞は、(グラスワンダー)が獲る。

 少女の言葉は、黄金たちの闘志に火をつけた。

 

 グラスの復活勝利に焚き付けられたか、デジタルもドトウも十月頭の未勝利戦を見事勝ち上がり、スターウマ娘への一歩をふみだした。

 新人コンビの快勝にエルも続きたかったが、シニア級が走るGⅡ毎日王冠に挑むエルの前にあの逃亡者が立ち塞がった。

 

『最後の直線に入った! 先頭は変わらずサイレンススズカ! エルコンドルパサーも追いかけるが間に合うか!』

「くっそおおおおおおお!!」

『届かない! エルコンドルパサー届かない! 逃げ切ったぞサイレンススズカ!! これで重賞六連勝だ! あのオグリキャップの連勝記録に並びました!!』

 

 奮戦虚しく、エルの秋シーズン初戦はニ着に敗れてしまった。

 夏合宿でレベルアップしたのはサイレンススズカも同様で、逃げ足に一層の磨きがかかっていた。

 インタビューで語られたサイレンススズカの次走は天皇賞(秋)、次はライスが挑む番だ。

 

「あれは……………」

 

 サイレンススズカの大逃げを称える歓声の中、アグネスタキオンが険呑な表情でターフを見つめていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ほらよ、昨日のレースで取ったデータだ」

「ありがとうエアシャカール」

「いやはや、長いようであっという間の時間だったね」

 

 毎日王冠の翌日、エアシャカールとアグネスタキオンからデータの入ったSDカードを受け取る。

 GⅠ直行のライスを除くマルカブメンバーの秋初戦が終わったということは、彼女たち二人の協力による成果確認が終わったことを示す。

 つまりは、彼女たちとの関係も今日で終わりということだ。

 

「全戦全勝とは行かなかったが、我々の研究は効果あったと言っていいんじゃないかな?」

「そうだね。グラスはケガ前と変わりない末脚を見せた。エルもサイレンススズカに負けたとはいえ、それ以外のシニア級相手に先着できた」

 

 素直にアグネスタキオンの言葉に同意する。

 戦績としては五戦三勝だが、負けたレースはいずれも二着。しかも一着は周りより頭一つ抜けた傑物だった。責めるようなものではない……デジタル以外は。

 

「礼を言うよ。君たちのおかげで有意義な合宿になった」

「得るものがあったのはお互い様さ。私もシャカール君も貴重な夏を有意義に過ごすことができた」

「ま、サンプルデータが大量に手に入ったのは僥倖だな。認めるさ、いい夏だったとな」

「役に立てたならよかったよ」

 

 本当に有意義な夏だった。

 特にグラスとデジタルには効果がよく現れていると感じた。

 冬と春、それぞれの季節で不調の出たグラスは夏は調子を崩すことなく秋の初戦を迎えた。デジタルも当初からの課題であったダートと芝の走り分けがしっかり身についた。

 アグネスタキオンの体質改善とエアシャカールのデータ分析が実を結んだ形だ。

 同時に彼女たちと過ごした夏は彼女たちの人となりを知る機会にもなった。

 学園で言われるように気性難だが、その裡には純粋なレースへの想いがあった。

 だから、

 

「……アグネスタキオン、エアシャカール。君たちさえ良ければ──」

「トレーニングの成果も確認できた。これでマルカブとの協力も終わりだ……じゃあな」

 

 先回りするようにエアシャカールが一方的に告げ、私が止める暇も与えずに去っていった。

 

「やれやれ相変わらずだねえシャカール君は。断る時間すら惜しむなんて……いや、彼女なりの照れ隠しかな? 蹴られそうだから本人には言わないがね」

「そうか……ではアグネスタキオン、君は──」

「すまないが私もシャカール君と同じさ。君のスカウトを受けることはできない。

 ……別にこのチームが気に入らないということではない。しかし私やシャカール君にとってその、なんだ……優しすぎるのさ」

「困ることかい?」

「居心地良くて揺らぐのさ。決意が、トレセン学園に来るとき心に決めたはずの芯が。それが悪いことかどうかは分からないが、私たちはまだその変化を受け入れられない」

 

 決意。

 足元に不安があろうとレースに出ようとする意志、悪夢に苛まれようと挑もうとする意志。

 それは彼女たちをここまで支えてきたものであり、とって代われる存在に私は成れなかったのだ。

 

「……そうか。それなら仕方ない。君たちが満足できるトレーナーに出会えることを祈っているよ」

「ふふふ、社交辞令だとしても礼を言っておくよ。とはいえ、仮にも一夏ともに過ごした仲だ。もしも助力が必要なら協力するよ。……それなりの対価はいただくがね」

「実験台か……エアシャカールのはともかく、君のはちょっと躊躇ってしまうな」

「はっはっはっ! そこは口だけでも是非にと言っておくべきだよ!」

 

 笑いながら、アグネスタキオンは部屋を出るため扉に向かう。

 今さっきエアシャカールが掴んだドアノブを手を伸ばし、

 

「スズカ君のことだが、どう思う?」

「……? どう思うとは?」

「いやいい、余計な気を使わせたね。天皇賞(秋)、陰ながら応援しているよ」

 

 謎を残したまま、アグネスタキオンは部屋を出ていった。

 

「……サイレンススズカか」

 

 一度はスカウトしようとしたウマ娘だ。スピカに移籍してからの活躍もあって気にならない時はなかった。

 しかし、アグネスタキオンの言葉で彼女の影はより一層大きくなった気がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 翌日、早朝からライスとグラスで併走をしていた。

 どちらもGⅠを間近に控える身、トレーニングにもより一層身が入っている。

 朝練をしているのは二人だけ。エルにデジタル、ドトウはレースを終えたばかりなので今日と明日は休養だ。

 エルの次走は予定通りジャパンカップだ。丘辺トレーナーから毎日王冠の敗北がシンボリ家にも伝わっていると聞いた時は血の気が引いたが、どうやらサイレンススズカという規格外の逃げウマ娘に敗北したものの、他のシニア級相手に先着したことで評価はトントンらしい。

 以前言われた通り、結論はジャパンカップの結果次第ということか。

 デジタルとドトウは未勝利戦を突破して一勝クラス。今後はОP戦や条件戦を踏んで年の瀬の重賞を狙う。

 

「やああああっ!!」

「────しっ!!」

 

 私の思考を戻すようにライスとグラスが目の前を疾走していった。

 グラスが前を行き、ライスが後ろから狙っている。

 ゴール目前、ライスが一気にグラスを差し切った。

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……ふぅ、グラスさん大丈夫?」

「だい……大丈夫、です……!」

 

 ライスに比べてグラスの疲弊が激しい。

 当然だろう。後方から差し切るタイプのグラスにとって前に着くのは慣れないことで、さらには天皇賞(秋)に向けて本気モードのライスに追われるのだ。不慣れな走りと歴戦のウマ娘からのプレッシャー、グラスにとっては心身ともに負荷が大きいだろう。

 しかし来年シニア級に上がるグラスにとっては必要な経験だ。

 なにせ彼女が走る菊花賞には強力な逃げウマ娘も差しウマ娘も出てくるのだから。

 

「しかし、私にはよい経験ですがライス先輩の役に立てていないのが……」

「ううん。そんなことないよ。グラスさん速くて、追いつくのが大変だったんだから」

「それでも、私ではスズカさんの代わりは……」

 

 グラスが前についてもらうのは、ライスの対サイレンススズカの訓練でもあった。

 圧倒的な大逃げをするサイレンススズカにライスが勝つ方法は、結局のところ一つしかないだろう。

 逃げる彼女の後ろについて、終盤のトップスピードで勝つ。これしかないだろう。

 思い付きでも苦し紛れの作戦ではない。2,400mを逃げ切るミホノブルボン、3,200mを悠々と走り切るメジロマックイーンの二人に勝ってきたライスだから取れる作戦だ。

 なのでグラスがトップスピードに乗ったところを差し切る練習なのだが、あまりやり過ぎるとグラスの走りに癖がつくな。

 今日は一旦やめて、エルの休養明けを待つか。

 

(……今になってミホノブルボンの不在が響くなんて)

 

 同じくサイレンススズカに敗れた者同士、彼女ならライスにとって良い併走相手となっただろう。

 いや、彼女は彼女の意志と目的をもって渡欧したのだ。いない相手を頼るより、他の併走相手を探すべきだ。

 

「逃げか先行が得意なウマ娘、ダメもとでサクラバクシンオーにでも頼んでみるか…………ん?」

 

 ポケットの中のスマホが振動するを感じた。

 見ると、デジタルからの着信だ。

 

「もしもし、デジタル?」

『トトトトトトレーナーさんっっ!! 早く、早く来てください! ああああタキオンさんがスピカの皆さんと────!!』

「…………なんだって?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 デジタルからの連絡を受け、ライスたちを伴い向かったはチーム・スピカの部室、ではなくスピカがよくトレーニングしている別グラウンドの一角だ。

 

「……あ! トトトトレーナーさあん!」

 

 やって来た私たちを視認したデジタルが助けを求めるように声を上げた。

 彼女を取り囲むように立つのはジャージ姿のゴールドシップとトウカイテイオーにメジロマックイーン、そしてスペシャルウィーク。その奥に制服姿のアグネスタキオンの背中があり、サイレンススズカとスピカのトレーナーが対峙していた。

 

「えっと……どういう状況?」

 

 スピカメンバーの様子を見る限り、険呑というより困惑しているようだった。

 とりあえず、アグネスタキオンが実験と称して何かやらかしたわけではなさそうだ。

 私たちに気付いたアグネスタキオンが振り返った。

 

「おや、昨日ぶりだね。デジタル君に呼ばれたとはいえわざわざ来るとは……人が好いね君たちも」

「そういえば夏合宿中はマルカブにいたんだな。まさか……いや、あんたがそんなことするわけ無いか」

「当然です。マルカブのトレーナーさんがそんなことする訳ありませんわ」

「信用してくれてありがとう。……それで、何があったか聞いても大丈夫ですか?」

 

 スピカのトレーナーから即答はない。

 チームメンバーの出走ローテーションの話なら私が出る幕はない。せいぜいアグネスタキオンを引きずって帰るくらいだろう。

 

「タキオンが突然来てさ、スズカに秋天出るなーって言ってきたんだよ」

「ちょっテイオーさん!? 言っていいんですか!?」

「だってこのままじゃ埒が明かないし……ねえお兄さん、タキオンと仲良しならどうにかしてくれない?」

「……今の話は本当かい?」

「やれやれ、告げ口するなら正確に頼むよ。私はスズカ君の天皇賞(秋)出走を再考してはどうかと言ったのだよ」

「同じようなもんじゃん!」

「……ま、君たち(マルカブ)の意見を聞くのもいいだろう」

 

 さて、とアグネスタキオンが一呼吸置いてから語りだした。

 

「私がスズカ君に注目したのは金鯱賞からだ。圧倒的な逃げ脚、ラストスパートでもう一伸びできるほどのパワー、なるほど稀代の逃げウマ娘だと興奮したよ。

 ……が、一方で疑念が浮かんだ。果たして彼女の身体はいつまでその圧倒的なスピードに耐えきれるのかと」

 

 みなの視線がアグネスタキオンからサイレンススズカへと移る。

 ミホノブルボンをも上回った逃げ足を生み出した彼女の足は細く、体つきも大人しい気性も相まって儚く見えた。

 

「金鯱賞、大阪杯、宝塚記念、そして毎日王冠。スズカ君は一線級のウマ娘を相手に逃げ切ってきた。一度として手加減することなく、全力でだ。彼女の足にかかった負荷はどれほどか……」

「サイレンススズカの脚はもう限界だと……?」

「分からない。大阪杯から宝塚記念まで、宝塚記念から毎日王冠まではそれぞれ約三ヶ月あった。その期間で負荷は抜けたのかもしれない。しかし今度の天皇賞(秋)は毎日王冠から半月と少し。前例を当てにするには短すぎる」

「……俺だってトレーナーの端くれだ。スズカの脚に異常が無いのはチェックしている」

「今はね。でもケガとは、不調とは突然表面化する。……奇しくもこの場には身をもって知るウマ娘が揃っているね」

 

 ライス、メジロマックイーン、グラス、トウカイテイオーの顔が曇る。

 彼女たちもケガが表に顔を出すまでは何事もなく日常を送っていた。歯車のかみ合わせがほんの一瞬狂っただけで彼女たちの人生は変貌してきた。

 その時の彼女たちの絶望と悲哀は私も、彼も、最も近くで見てきた。

 胸の奥が、締め付けられるようだ。

 

「可能性の話だ。一%のもしもを回避するためにも天皇賞(秋)への出走を考え直すべきだ」

 

 アグネスタキオンはそう言って口を閉じた。真っ直ぐにスピカのトレーナーを見つめ、彼の決断を待っている。

 他の者も彼を見る中、私の視線はサイレンススズカへと向かっていった。

 かつて自由な走りを求めてリギルからスピカへと移籍したウマ娘。

 もしも私がサイレンススズカのトレーナーであったなら、アグネスタキオンの進言があった時点で走るのを止めていただろう。

 しかしその決断は、サイレンススズカとの決別になる。自由に走ることを止めた私に彼女はついてこないだろう。

 しかし、スピカのトレーナーならあるいは……

 

「タキオンさん」

 

 沈黙を破ったのはまさかのライスだった。

 視線が集まる中、ライスが続ける。

 

「タキオンさんがスズカさんのことを心配してくれているのは分かるよ。ライスもケガをしたことあるから、万が一があるなら避けたほうがいいのも分かる。

 ……でもね、もしライスがあの宝塚記念の前に『ケガするかもしれないから出るな』って言われても、ライスは出たよ」

 

 出たかもしれない、ではなく出たという断言にアグネスタキオンが目を丸くした。

 

「それは、言った者が信用できないからかい?」

「ううん……きっとお兄さまからの言葉でもライスは出た」

「……なぜ?」

「走るためにここにいるから。

 ライスが走ることで、誰かの希望になると知っていたから」

 

 ミホノブルボンのクラシック三冠、メジロマックイーンの天皇賞(春)三連覇を阻んだライスは世間から記録潰しのヒール呼ばわりされた。しかしレースを見る者全員がそうではなく、彼女を応援する声も確かにあったのだ。

 偉業を阻んだのはライスだが、強すぎるあまりにある種の諦観や退屈が漂っていた世間に風穴を空けたのもまたライスだ。

 絶対に勝てないレースなどない。走る前から結果の決まったレースなどない。ライスは強者を打ち破ることでそれを証明してきたのだ。

 

「ケガが大変なのは知ってるよ。最悪の事態になるかもしれないことも。……でもね、スピカのトレーナーさん。もしもスズカさんがタキオンさんの言葉を聞いた上で走ることを選んだのなら、認めてあげてほしいの。

 ……スズカさんが帰ってくるのを、信じてあげてほしいの」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ライスの言葉を聞いてアグネスタキオンも説得を諦めたのか、答えを聞く前にその場をあとにした。

 これ以上はスピカ以外が口出しすべきではないとして私たちも去る。

 それに間もなく始業の時間だ。中等部であるグラスとデジタルとも別れ、ライスと二人で歩いていた。

 

「……お兄さま、ライス余計なこと言っちゃったかな?」

「いや、結局はスピカとサイレンススズカが決めることだよ。ライスの言葉もアグネスタキオンの忠告も、判断材料の一つに過ぎない」

 

 おそらく、サイレンススズカは天皇賞(秋)に出るだろう。

 アグネスタキオンの言葉を無視したわけでもなく、ライスに感化されたわけでもなく。

 サイレンススズカがサイレンススズカであるために、彼女は走るのだ。

 その結果どうなるか。

 結局、アグネスタキオンの忠告は過ぎた心配に終わるのか。足元に不安のある彼女だからこその慧眼だったのか。レースが終わるまで分からない。

 

「ねえ、お兄さま。聞いてほしいことがあるの……」

「どうしたんだいライス?」

「もしも……もしもね、次のレースでスズカさんの身にタキオンさんの心配するようなことが起きたとして、そしたら───

 

 

 

 ───スズカさんを助ける方法があると思う」

 

「…………え?」

 

 そしてライスの口から語られたのは、到底信じられないものだった。

 しかし、彼女がそんな嘘や冗談を言うわけがない。

 根拠はなく、証拠もない。それでも私は彼女を信じよう。

 欠片のような可能性を乗り越えてきたライスシャワーの言葉を信じよう。

 

「……ライス、サイレンススズカを頼めるかい?」

「任せてお兄さま。だからお願い、ライスを鍛えて。スズカさんに勝てるように、本気で」

 

 本気……本気か。

 黒沼トレーナーや丘辺トレーナーから言われた本気になったという言葉を思い出す。

 そうなのだろう。

 ミホノブルボンの時のように、メジロマックイーンの時のように、絶対(サイレンススズカ)に打ち勝つ時がやってきたのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……ああン?」

 

 天皇賞(秋)が迫るある日、自室にてエアシャカールは自分のPCの前で唸った。

 起こりは気まぐれのようなものだった。

 来る天皇賞(秋)、自分の理論を組み込んだウマ娘がどこまでやれるかシミュレートしてみたのだ。

 エアシャカールの推測では、ライスシャワーは奮闘するもサイレンススズカが一着となる。

 あの逃げ脚は規格外、いくら鍛えようと2,000mではステイヤーであるライスシャワーに勝ち目はない。

 そう思っていたのに。

 

「おいおいおい……テメエには一体何が見えてンだ『Parcae』」

 

 自ら組み上げた相棒が弾き出した勝者は、サイレンススズカでもライスシャワーでもない、別のウマ娘だった。

 ライスシャワーの順位は六着、そしてサイレンススズカの名は一番下にあった。

 

「これが、お前が計算して出した答えだってのか」

 

 逃亡者の名前の横には競走中止の文字があった。

 

 それが何を意味するのか、運命の日は近い。

 

 

第〇〇〇回 天皇賞(秋)出走ウマ娘

1枠1番 サイレンススズカ

2枠2番 メジロブライト

3枠3番 ─────────

4枠4番 メジロドーベル

5枠5番 ライスシャワー

5枠6番 オ■■■■ト■ッ■

6枠7番 エアグルーヴ

6枠8番 メジロマックイーン

7枠9番 ─────────

7枠10番キンイロリョテイ

8枠11番サクラバクシンオー

8枠12番─────────

 

 

 

 

 





不穏な雰囲気を醸し出してターンエンド!
出走リストの『───』部分は好きなモブウマ娘を当てはめてください。
リアル秋天には間に合いそうにないので首を長くしてお待ちください。
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