シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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こちら、2022/10/30投稿した分の2話目になります。
38話が前編、こちらが後編となっているため、38話を未読の場合は先にそちらを読んだうえでご覧ください。



39話 祝福のブルーローズ

 ウマ娘ライスシャワーには、常人には見えないものが見えていた。

 つい先日、トレーナーに打ち明けるまで誰にも教えていない秘密だった。

 と言っても自覚したのはほんの一年前、グラスワンダーが朝日杯フューチュリティステークスに出た時だ。

 ラストスパートをかけるグラスワンダーの足に黒い靄のような絡みついているのが見えたのだ。

 その時はそれが何なのか分からなかった。

 蹴り上げられた芝かその下の土がそう見えたのだと思った。

 しかしその翌日にグラスワンダーのケガが発覚した。

 もしやと思ったが、証明できるものは何もなかった。

 

 疑念が深まったのは、今年の宝塚記念だった。

 レース前夜に自身が見た夢。瀕死の重賞を負ったあの宝塚記念で見た影は夢ではなかったのだと知った。

 同時に、影が何なのかも知った。

 影の意味を理解した日、ミホノブルボンごと自分を振り切っていくサイレンススズカの足元に同じような影を見た。

 

 確信に変わったのはアグネスタキオンがスピカに乗り込んだ時だ。

 アグネスタキオンが語るサイレンススズカの速さの代償と、宝塚記念で見た影。二つを合わせて、ライスシャワーは天皇賞(秋)で何が起こるかを悟った。

 

 スピカのトレーナーやサイレンススズカに言わなかったのはきっと信じてもらえないと思ったからであり、アグネスタキオンにも言った通り、例え証明できても彼女たちは走ることを選んだと分かっていたから。

 

 ライスシャワーに出来ることはレースの中にしかない。

 無論、何も起きなければそれでいい。ライスシャワーが感じていたものはただの妄想で終わり、アグネスタキオンの心配は杞憂に終わる。

 しかし、もしも恐れていたことが起きた時、ライスシャワーが取る手は一つだった。

 ウマ娘らしく、走りで示すのだ。

 

 異常をきたし、フォームの崩れたサイレンススズカ。

 その規格外のスピードが緩んだ瞬間を見逃さず、ライスシャワーは仕掛けた。

 苦痛に顔をゆがめたサイレンススズカを抜き去った時、ライスシャワーは確かに見た。

 自分の時の宝塚記念と同じように、ソレはいた。

 

 首が少し長い、四足のアンノウン。

 栗色がかったそれが、サイレンススズカの隣を走っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「なんだよあれ!」

 

 サイレンススズカの異変を見た観客の悲鳴に混じって非難の声が飛んだ。

 怒りの矛先は、容赦なく勝負を仕掛けたライスだった。

 これは真剣勝負だ。サイレンススズカの故障は悲劇だが、だからといって全員が足を止めるわけがない。

 しかし感情論として、ライスの行動を冷血と評するものもいるだろう。

 このままレースに勝てば、ライスは再びヒールの汚名を被ることになる。

 

「ライス……!」

 

 あの日君が語ってくれた黒い影は私には見えない。

 君の世界がどう映っているのか、私には知る由もない。

 君が何をしようとしているのかも分からない。

 

「行け……!」

 

 けれど君を信じよう。

 君がサイレンススズカを助けられると言ったとき、私は頼むと言った。

 君は任せてと言ってくれた。

 だから君を信じる。

 

「頑張れ……!」

 

 例えこの日を境に世界の全てが君の敵になろうとも、私は君の味方でいるよ。

 君は私に天皇賞(春)(ゆめ)を見せてくれたから。

 君は私を宝塚記念(あくむ)から救ってくれたから。

 そうだ、君は何時だって───

 

「勝てえええええ!! ライスウウウウウ!!」

 

 私に希望をくれる青いバラ(ヒーロー)なのだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 サイレンススズカの突然の故障と、それを狙いすましたかのようなライスシャワーの仕掛けに、他のウマ娘たちは度肝を抜かれた。

 

(これがライスさん……貴方の言う酷いことですの……!?)

 

 逃亡者を抜き去る黒衣の少女の背中を見ながら、メジロマックイーンは考える。

 アクシデントに合ったライバルの隙をついて先頭に立つ。レースは非情なものとはいえ、周囲からは非難の声が上がるだろう作戦だ。

 

(貴女は今も、敢えて茨の道を行きますのね……)

 

 同時に疑念が沸いた。

 仕掛けるには、少し早すぎるのではないか。

 あのサイレンススズカについて行ったのだ。中距離とはいえ、このハイペースではかなりスタミナを消耗していただろう。

 逸ったか? いや、歴戦のウマ娘であるライスシャワーがそんなミスをするとは思えない。

 となれば答えは一つ。彼女は確実な勝利よりも、今この場で仕掛けることを選んだのだ。

 

 ───レースはレース。一度走り出した以上は私情は抑え勝利を目指すべきとは思います。

 ───そっか……そうだよね。マックイーンさんならそう言うと思った。

 

 出走直前に交わした言葉を思い出す。

 

(そう……そうですのね。ライスさんは勝つ以上の何かを求めて、今仕掛けた!)

 

 ならば、とメジロマックイーンが動き出す。

 タイミングとしては早い。勝利を確実にするのなら、まだ仕掛ける時ではない。

 しかし、

 

(貴女一人を、悪役などにはしませんわ……!)

 

 名優もまた、希望の薔薇を信じて走り出す。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 脚が痛い、熱い。

 まるで赤熱した鉄筋でも突き刺さったかのようだった。

 骨折というのは、これほどの激痛を伴うものなのか。

 額から伝う脂汗が不快だった。脚が上手く回らない。フォームが崩れる。スピードが落ちる。

 意識が朦朧とするところへ激痛で呼び起こされる。

 

(どうして……!?)

 

 本当に、本当にレース直前までなんの違和感もなかったのだ。

 だというのに、レース後ではなくなぜ今なのか。

 定められた運命だとでもいうのか。

 そして、

 

(さっきまで空は晴れていたのに……)

 

 サイレンススズカが見る世界は、まるで日食でも起きたかのように暗い。

 青々としたターフが黒い何かに覆われて、踏み出す脚を沼のように飲み込んでいく。

 

(脚だけじゃなく、頭もおかしくなってしまったのかしら……)

 

 極めつけは、隣を走る四足のナニか。

 レースに野鳥や他の生き物が迷い込むことがあるのは知っていたが、2mを超えた生物が迷い込めばターフに乱入する前に大騒ぎだろう。

 だからきっと、これは自分にしか見えていないのだろうなとサイレンススズカは思った。

 

(もしかして、死神というのはこんな姿をしているのかしら……)

 

 ゲームや漫画では鎌を持った骸骨が定番だが、実は正体はこれなのかもしれない。

 だとするならばもう自分は───時速六十キロで走るウマ娘が走行中に倒れればどうなるか、想像するに難くない。

 

(ごめんなさい……トレーナーさん、スぺちゃん、みんな……)

 

 リギルからスピカに移籍して一年足らず。短かったが充実した日々だった。

足元の闇が波打つ。

 自由に走ることが出来て、レースに勝つどころか重賞、そしてGⅠまで勝つことができた。

少しずつせりあがってきた。

 アグネスタキオンの言葉は正しかったのかもしれない。けれど自分の願いを優先してレースに出ることを許してくれたことを心から感謝している。

闇はすでに膝のあたりまで。

 別れは寂しいけれど、レースに出たことに後悔はない。

まだ、上ってくる。

 これが運命ならば受け入れよう。

やがて、彼女を闇が包み込む。

 

 ────────今までありがとう。

 

 

 

「スズカアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

  

 

 渾身の絶叫が、闇を弾き飛ばした。

 声が聞こえた方を見る。柵に手をかけ身を乗り出した状態で、スピカのトレーナーが叫んでいた。

 落ちそうになる身体をゴールドシップやトウカイテイオーに支えられた状態で、必死に、サイレンススズカの名を呼んでいた。

 

(トレーナーさん……)

 

 顔を上げて、気づいたことがあった。

 サイレンススズカの前にはすでに多くのウマ娘が走っていた。

 サクラバクシンオー、エアグルーヴ、メジロマックイーン。差しや追込みのウマ娘はまだ後ろにいるが、いずれ追い越されるだろう。

 当然だ。故障したウマ娘を案じてレースを放棄するなどあり得ない。

 故障したのが他のウマ娘だったとして、サイレンススズカも脚を止めるようなことはしないだろう。

 そして皆がゴールへと向かう中、遥か前方に一人だけサイレンススズカの様子を窺っているウマ娘がいた。

 小さな背中、漆黒の髪、紫電の瞳。

 ライスシャワーが、一瞬たりとも視線を逸らすことなくこちらを見ていた。

 サイレンススズカの容態を気にしているのではない。

 

 ────お前はそこで終わるのか。

 ────終わってしまって満足か。

 ────お前の想いは、その程度か。

 

 紫電の瞳が、激痛に喘ぐサイレンススズカを容赦なく焚き付けていた。よりにもよって、同じ痛みを知るライスシャワーがだ。

 唇を噛み締める。

 どうしろというのだ。

 意志や祈りで、この脚は治ったりしない。

 それこそ、神の奇跡でもない限り────

 

 ────終わりだ。

 

 サイレンススズカの隣を走るソレが、突如声を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 前方、ライスシャワーはサイレンススズカの視線が隣を走る影へと移ったのを見た。

 

(……良かった。スズカさんにもアレは見えているみたい)

 

 かつてライスシャワーの足元に広がった闇。そして今サイレンススズカの足元に広がる闇。それはきっと、運命のようなものだとライスシャワーは考えた。

 ウマ娘は異なる次元から魂と名を受け継いで生まれてくる。

 この世の誰もが一度は聞いたことのある言い伝え、ウマ娘の起源。

 生まれてくるときに名と魂だけでなく、運命までも受け継いでいたとしたら。

 ライスシャワーが宝塚記念でケガをしたのも、グラスワンダーが朝日杯でケガをしたのも、今サイレンススズカが悲劇に見舞われているのも、もしかしたら……。

 都合の良い妄想かもしれない。

 しかし、ライスシャワーは知っている。

 宝塚記念の悲劇を乗り越えた自分だけが知っている。

 

(スズカさん。その影の声を聞いて……!)

 

 その影は、決して運命を執行しに来た死神などではないということを───

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ────終わりだ。

 

 ソレは確かに言った。

 怪異の言葉を安易に聞いてはならない、というようなことをマチカネフクキタルが言っていたのを思い出す。

 そのマチカネフクキタルもマンハッタンカフェから聞いたというから、間違いないのだろう。

 実際、聞こえてきた声は重く暗く、ノイズ交じりの痛ましい音だった。

 だというのに、異質な影の言葉に思わず耳を傾けてしまった。

 眼窩と思わしき場所に灯る光が動いた。

 見られていると、サイレンススズカは感じ取った。

 

 ────ボクの終わりはここだった。

「……え?」

 ────だから君にも、その時が来た。

 

 脳裏をよぎるのは、サイレンススズカも聞いたことのある言い伝えだった。

 

 ────でも、君はボクとは違う。

 ────ボクの時と違って、君には終わりを知るボクがいた。

 ────君にもこの先で待っているヒトがいるんだろう。

 

 影が語る度、サイレンススズカを囲う闇が薄れていく。

 

 ────行くといい。

 ────運命はボクがこのまま背負うから。

 

 次に踏み出した時、脚の着いたところから闇が晴れた。

 そして、

 

「スズカァッ!!」

「スズカさあああん!!」

 

 声が聞こえた。

 スピカのトレーナーとスペシャルウィークだ。

 二つの光が闇を照らす。

 

「スズカーーッ!!」

「スゥウウズゥウウカァアア!!」

 

 ゴールドシップだ。トウカイテイオーだ。

 照らす光がさらに二つ増えた。

 

「スズカ!!」

「スズカアッ!!」

「スズカさん!!」

 

 東条が、リギルのウマ娘が、そしてファンが彼女の名前を呼んだ。

 彼女を想う者たちの声が響くたびに光は増え、闇を照らす。

 光はやがて集い、一本の道となる。

 

「……そうですね。約束しましたもんね」

 

 信じてくれた人がいた。背中を押してくれた人がいた。

 自分の願いをかなえてくれた人がいた。

 その人と、約束したのだ。

 

「一番に、あなたのところへ……!」

 

 サイレンススズカの前を阻む闇は消えた。

 されど、逃がしてなるものかと、背後の闇が手を伸ばす。

 それを影が割って入り壁となった。

 

「……譲らない」

 

 前にいるウマ娘が邪魔だ。

 サクラバクシンオーもエアグルーヴもメジロマックイーンも、そしてライスシャワーも。

 彼女たちがいては、サイレンススズカは一番に帰れない。

 いつの間にか、脚の痛みは消えていた。

 

 もう彼女を走りを妨げるものはない。

 後は、全力で駆けるのみ───!

 

 

先頭の景色は譲らない…!(あなたにただいまをいうために)

 

 

 運命(れきし)を振り切って、逃亡者は異次元(みらい)へと旅立った。

 

 

 

 ────いってらっしゃい。この世界のサイレンススズカ。

 ────どうせなら勝ってしまうといい。

 ────あの子とその相棒には、ボクの相棒もよくやられたそうだから。

 ────この一回くらい許してくれるさ。

 

 

 光の道を往く少女の背中を眺めながら、異形のソレは静かに闇の中へと戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 最終コーナーへと入った瞬間、エアグルーヴは背後から迫る颶風を感じ取った。

 末脚の鋭いウマ娘が仕掛けて来たかと思った。

 次の瞬間、エアグルーヴに並びかける栗毛のウマ娘の姿に驚愕した。

 

「ス、スズカ!?」

 

 思わず声を上げた。

 故障したはずのサイレンススズカが自分の隣にいる。あり得ない現実に、エアグルーヴは困惑する。

 

「あ、脚は大丈夫なのか!? いや、それよりも走っている場合では……!」

 

 言ってから気づく。

 サイレンススズカにエアグルーヴの言葉は届いていない。

 いや、彼女はエアグルーヴを見ていない。

 それほどまでにサイレンススズカは集中していた。

 

(これは……!)

 

 サイレンススズカに起きている現象に、エアグルーヴは思い当たるものがあった。

 生徒会長シンボリルドルフがいつか語った、ウマ娘が持つ可能性。

 曰く、時代を作るウマ娘には必ず起こる現象。

 曰く、発現すれば普段からは考えられないハイパフォーマンスを発揮する。

 曰く、その様はまさに限界を超えた限界、そのさらに先にあるもの。

 即ち───

 

「“領域(ゾーン)”……!!」

 

 並ぶのも一瞬、サイレンススズカはその圧倒的な速さでエアグルーヴを置き去りにした。

 その姿に呆然とするあまり、エアグルーヴはさらに後ろから迫る影に気づかなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

(来た……!)

 

 影が消えるのを見た瞬間、ライスシャワーは後ろを見るのをやめた。

 次の瞬間には、彼女に迫るサイレンススズカの気配をはっきりと感じた。

 いつもは自分が前を走るウマ娘に浴びせているプレッシャーを、今度はライスシャワー自身が受ける番だった。

 栗毛の逃亡者が漆黒の追跡者に並ぶ。

 

「さっきはよくも抜かしてくれたわね、ライスさん」

「スズカさん……!」

 

 戻ってくることが出来て良かった、とは言わない。

 すでに勝負は再開している。

 

「先頭以外を走る気分はどうだった?」

「最悪だったわ。でも、いつもとは違う景色を見れたのは良かった。やっぱり私には、先頭の景色が一番いい。

 ライスさんは、先頭を走ってみてどうだった?」

「あまり慣れないかな。ライスはやっぱり、ギリギリまで誰かの背を追っているのが性に合っているのかも」

「そう。じゃあ譲ってくれない?」

「まさか!」

 

 軽口を叩きながら笑い合う。しかし次の瞬間には表情は真剣なものに変わる。

 最終コーナーはすでに抜けた。残るは最終直線、二ハロン。

 ここからが本番だ。

 

「勝負だ! サイレンススズカ(ライスシャワー)!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そのウマ娘にとって、レース人生は順風満帆とはいかなかった。

 デビューしてから、初勝利を挙げたのは年明けだった。

 なんとか間に合わせた春のクラシックは、シャドーロールの怪物にコテンパンにされた。

 秋こそはと意気込んだところで屈腱炎を発症。長期の療養を余儀なくされた。

 復帰は十二月だった。二月には約一年ぶりの勝利を挙げた。

 ここからと思った矢先、屈腱炎が再発。次の復帰には一年以上かかった。

 一年後の秋に復帰して、翌春にまた屈腱炎が再発した。笑うしかなかった。

 トレーナーには引退を勧められたが頷くことはできなかった。

 ウマ娘のレース能力のピークは短い。知ってはいるが、自分に最盛期などあったのだろうか。

 一シーズンすら走り切れないのがほとんどだった。燃え尽きるどころか、ひたすら燻ったままで引退などできなかった。

 トレーナーには感謝している。

 身体も頑丈ではない。能力の伸びしろもない自分に付き合ってくれた。だからせめて、一度くらい日の目を見せて恩返ししたかった。

 入念な調整が功を奏したのか、今年の夏は重賞を二勝できた。なんとか秋のGⅠ戦線に滑り込むことができた。

 遅すぎた最盛期がやってきた気がした。

 

「いやー重賞連勝して絶好調! って思ったら秋のGⅠは右も左も強豪ぞろい、しかもメジロマックイーン復帰とか、アタシってば運悪すぎでしょ!」

 

 天皇賞(秋)の出走リストを見て笑うしかなかった。でも諦める気はなかった。

 諦めなかったから、今、絶好のチャンスが来た。

 サイレンススズカが突然故障した。ライスシャワーが無謀ともいえるタイミングで仕掛けた。なんかサイレンススズカが復活してる。でもおかげで他のウマ娘たちも動揺していた。付け入る隙が出来た。

 那由多の果てに、勝機を見た。

 

「い、く、ぞぉおおおおおーーーーー!!!」

 

 

 

『な、なにが起こっているでしょうか!? 故障したと思われたサイレンススズカが突如蘇り、先行集団をゴボウ抜き!! 先頭走るライスシャワーに並んだ!

 天皇賞(秋)、レースの行方はこの二人に絞られ───いや……いや! もう一人来た! 後方から!! 内をついて!

 六番! オ■サイ■ト■ッ■!!』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 正直なことを言えば、ライスシャワーは完全にサイレンススズカ以外のウマ娘を警戒することを怠っていた。

 だから、内から突然別のウマ娘が上がってきて動転した。

 その隙を衝かれ、三番手にまで落ちてしまった。

 

『内から上がってきたオフサイ■ト■ッ■がライスシャワーを抜いて二番手! サイレンススズカが先頭! ライスシャワーは三番手! だがライスシャワーも追いすがる!

 三つ巴の大激戦! 外からサイレンススズカ! 内からオフサイ■ト■ップ! 真ん中一歩後ろにライスシャワー!』

 

「まぁああけぇええるぅううかぁああーーーー!!」

「はあああああああ!!」

「────くぅっ!!」

 

 すでにライスシャワーは限界だった。今日のために搾り上げた身体はすでに燃料切れだった。

 予想外なのはサイレンススズカの復活からの超加速と、六番の強烈な追い上げだった。

 限界ギリギリで調整してきたライスシャワーに連続した急展開に対応できる余力はなかった。

 

(ここまで、なの……?)

 

 第一目標ともいえる、サイレンススズカの救済はなった。

 このままいけば三着。大健闘だろう。トレーナーや応援してくれたみんなには悪いが、きっと許してくれる。

 そう思った瞬間、

 

 ───挑み続けて、サイレンススズカに勝てますか?

 

 脳裏に蘇ったのは、海の向こうへ渡ったライバルの言葉だった。

 夢に挑み、夢に敗れ、進む道を変えていった彼女。

 ここで諦めて、自分は胸を張って彼女にまた会えるのか?

 

 ───ライス勝つから! もっとレースに勝って、みんなに名前を知ってもらう!

 

 あの時叫んだ言葉はハリボテだったのか。

 

 ───そして、ライスのライバルにミホノブルボンって凄いウマ娘がいたってことを伝え続ける!

 

 あの誓いは、一時の感情で出たまやかしなのか。

 メイショウドトウに偉そうなことを言ったのは嘘だったのか。

 グラスワンダーに、エルコンドルパサーに、アグネスデジタルに、後輩たちに見せたいのは途中で勝負を諦める姿だったのか。

 

「違う……」

 

 トレーナーに無理を言って、かつてのように厳しいトレーニングをお願いしたのは、三着に甘んじるためだったのか。

 

「違う……!」

 

 あの宝塚記念で、()からもらった時間をこんなことに使っていいのか。

 

 ────終わりだ。

 ────この坂が、オレの終わりだった。

 ────もう少しだったんだけどなぁ……。

 ────なあ、代わりに走ってくれないか?

 ────運命はオレが引き受けるからさ。

 ────みんなで見た夢の続きを、アンタの目で見てきて欲しい。

 ────だってほら、俺達って祝福(ライスシャワー)なんだろ? 応援してくれた分は返さなきゃな。

 

「わたしはああああああ!!!」

 

夢叶える希望の薔薇(ブレッシング・ブルーローズ)

 

 青いバラの花言葉は、不可能ではない。

 預かった夢とともに、少女は限界の向こうへと踏み込んだ。

 

 

『ライスシャワー上がってきた! 前を往く二人に再び肉薄! 並んだ! 並んだ! 三人が横並び!!

 残り200mを切った! 勝つのは誰だ!

 サイレンススズカが頭一つ出た! オフサイ■トラップが並びかける! ライスシャワーも譲らない!

 サイレンススズカか!

 ライスシャワーか!

 オフサイドトラップか!

 

 

 

 

『ライスシャワー! ライスシャワーだ!! 激戦を制したのはライスシャワー!! 悲願の中距離GⅠ制覇だ!!』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「───スズカさん!!」

 

 ゴール板を駆け抜けると同時、ライスシャワーが気にしたのはサイレンススズカのことだった。

 運命の影を振り切ったが、それで脚が治ったわけではない。

 このまま倒れるようなことがあれば一大事だった。

 振り返った瞬間、サイレンススズカは糸が切れた人形のように崩れ落ちるところだった。

 

「スズカさん!」

 

 手を伸ばす。

 サイレンススズカの手を掴むが、ライスシャワーもまた満身創痍。一人分の体重を片手で支えることはできなかった。

 

(そんな……!)

 

 ここまで来て、と絶望しかけた瞬間、

 

「おっと……大丈夫です?」

 

 サイレンススズカを後ろから、六番のウマ娘が抱きかかえてくれた。

 ライスシャワーも寸でのところで転ばずに済んだ。

 

「えっと、ここからどうすればいいです?」

「あ、ありがとうございます……。ゆっくりと横にして、あ、でも左脚は地面につけないようにしてください!」

 

 ケガをしたのは左脚だったはず。ならば真っ先に保護すべきはそっちだった。

 

「救護班ーー!!」

 

 サイレンススズカを芝に寝かしてから叫ぶと同時、救急車がやって来た。

 レースの状況を見てすでに動き出していたのだろう。

 ここから先はプロに任せればいい。ライスシャワーは安堵の息をついた。

 

「……え? あれ?」

 

 今度はライスシャワーの糸が切れる番だった。

 すでに体力は使い果たし、サイレンススズカを助けられて緊張の糸も切れた。

 

(そっか、しばらくご飯も控えてたし、力が……)

 

 格好つかないな、と六番の慌てた顔を見ながら呑気なことを考えてながら空を見上げたところで、

 

「ライス、よく頑張ったね」

 

 トレーナーが背中を支えてくれた。

 

「……え? あれ? お兄さま、どうして?」

「ゴールした瞬間すぐに来たからね。ほら」

 

 見ればスピカのトレーナーとスペシャルウィークがサイレンススズカの傍に居た。

 そこで彼らが事前に救護班を呼んでいたのだと分かった。

 

「スズカさん、大丈夫だよね?」

「ケガの程度はしっかり検査しないと分からないけど、顔色は悪くない。きっと大丈夫だよ」

 

 トレーナーが言うには汗こそ多いが、呼吸も落ち着いている。命に別状はないだろうとのことだった。

 

「ライスのおかげだ」

「だったら、嬉しいな……」

「さあ、救急車がもう一台来た。ライスも乗ろうか」

「え?」

「脚、ケガしてる」

「───え? あれ!?」

 

 言われてようやく気付いた。左足の踝当りが腫れていた。

 痛みが無いのはレース直後だからだろう。落ち着けば今度は痛みがやってくるだろう。

 ライスシャワーの顔から血の気が引いた。

 トレーナーが見ている前で、またレースでケガをしてしまったのだ。

 

「ご、ごめんなさい! ライス───」

「ありがとう」

 

 言い切る前に、トレーナーに抱きしめられた。

 

「お、お兄さま……?」

「ありがとう。サイレンススズカを助けてくれて。私の願いを叶えてくれて。

 君はやっぱり、私の青いバラだ……」

 

 その言葉に、温かいものが胸の中を満たしていく。

 彼女の健闘は、想いは、行動は、確かに彼にとっての希望となったのだ。

 

(ライス……少しは返せたかな?)

 

 救急車に乗せられる僅かな瞬間、客席が彼女の目に映った。

 

 鳴り響く万雷の拍手。観客は激闘に感動して涙を流し、走者たちの健闘を讃えていた。

 そして聞こえてくるのは。

 

『ラ・イ・スー! ラ・イ・スー! ラ・イ・スー!───……』

 

 繰り返し呼ばれる、祝福を冠する少女の名前であった。

 

 

第○○○回 天皇賞(秋)

 

1着 ライスシャワー  (R)

2着 サイレンススズカ (R)

3着 オフサイドトラップ(R)

4着 エアグルーヴ

5着 キンイロリョテイ 

 

 

 

 

「ええええーー!? ウイニングライブはライスさん(1着)スズカさん(2着)が搬送されたから繰り上がりでアタシがセンター!? しかもソロ!? 三着なのに!?」

 

 

 




これにて秋天決着。

六着以下の順位は省略。
参考タイム netkeiba.com様より
秋天
1997 エアグルーヴ    1:59.0(晴、良)
1998 ステイゴールド   1:59.5(晴、良)
1998 メジロブライト   2:00.1(同上)
1991 メジロマックイーン 2:02.9(雨、不良)
6番ちゃんのタイムは史実と異なるので省略。

レコードタイムは98年時点での記録を更新したと思ってください。
86年の1:58.3がそれのようなのでそれより速いタイムということで。
史実だと2011年に1:56.1なんてタイムを叩きだすのがトーセンジョーダンなんですね。

投稿はまだ先ですが、あと1話か2話で第四章完となります。
またしばらくお待ち下さい。
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