シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
前話でたくさんの感想ありがとうございました。
この二次創作やるうえで一番書きたい部分でしたので反響が多くて嬉しい限りです。
遅くなりましたがその続き、今日と明日で一話ずつ投稿させていただきます。
「無ー理ー! 無理無理無理無理無理無理かたつむり!!」
レース後の地下バ道にて、あるウマ娘の奇声が響いた。
話に来たメジロマックイーン、メジロドーベル、メジロブライトの三人は呆れたり困ったりあらあらと呟いたり三者三様の反応を示していた。
「なんで!? どうしてアタシがウイニングライブのセンターなわけ!? しかもソロ!! 三着だったのに!!」
「ですからたった今説明したでしょう。一着のライスさん、二着のスズカさんが揃ってケガで病院へ搬送されてウイニングライブには出られません」
「秋天のライブ曲である『NEXT FRОNTIER』のメインは上位三名ですから、今ライブに出られるのがオフ先輩だけなんです。……それで、一人でサイドの振り付けもおかしいからセンターを、と」
「やりづらいよぉ! そこまで行ったら中止でいいじゃん! ……いや待って、繰り上げでアタシがセンターっていうのがありならバックのウマ娘を繰り上げでメインも許されるはず……四着だったエアグルーヴさんはどこ!?」
「エアグルーヴ先輩は……ケガしたスズカのことが心配で病院に同伴しました」
「チクショウ! ライブのこと忘れるとかガチ焦りしてるな副会長! ……じゃあリョテイさん! 五着のリョテイさんとコンビでライブを!」
「ほわぁ……リョテイ様なら先ほど、『今夜の日ローは〇ピュタだから』と言って帰られましたわ」
「録画しとけええええ!! というか〇ピュタなら来年もやるでしょう!! そんな理由でライブサボるなよ自由か!!」
「まああの子バックダンサーの時はほとんどサボるから……その度怒られているのに懲りないんだから」
「なんでもみんなとウマスタでバ○スする機会は逃せないとか」
「……ええいこの際誰でもいい! 皆さん、揃って掲示板を外したメジロ家の皆さん! 三人もいて全員着外になったメジロ家の皆さん! どうかアタシを助けると思って一緒にメイン踊ってください!」
「オフ先輩、この状況で煽れるとか意外と余裕ありますね……」
「ええ、その様子ならライブも大丈夫でしょう。ドーベル、ブライト、私たちもライブの準備をしましょう。潔くバックダンサーとして……!」
「待ってえええごめんなさい! 調子に乗りました! だから見捨てないでええ!!」
床を這って名優の脚に縋りつく本日のセンター。
とはいえ、メジロマックイーンもできる助力には限界があった。
そもウイニングライブはレースで勝ったウマ娘とファンが喜びを共有する場だ。ケガというアクシデントはしょうがないとはいえ、それを理由に下位のウマ娘がメインの場に上がってよいものではないのだ。
どうしたものかと思案していると、地下バ道に快活な声が反響した。少し遅れて結んだ髪を揺らしながら声の主がやって来た。
「いたいた、おーい! マックイーン!」
「テイオー? トレーナーさんと一緒に病院に行ったのでは?」
「エアグルーヴがついてくって譲らなくてさ。車に乗れる人数も限界あるからボクが残ったの。で、あの様子じゃライブのことすっかり頭から抜けてるなーって思って今の今まで方々駆け回っていたってわけ」
大変だったんだよー、とトウカイテイオーが言う。
色々と気の回る方だと感心しつつも、メジロマックイーンはふと思った。
「……その言い方ですと、ウイニングライブに何か働きかけを?」
「中止! 中止ですか!?」
「いや中止は無いって……代わりに楽曲の変更をお願いしてきたよ」
「楽曲変更って……そんなこと可能ですの?」
GⅠのウイニングライブは事前に曲が決まっており、会場セットの規模はいずれも壮大だ。急な楽曲変更をして設営が間に合うのだろうか。
「そこは運営に頑張ってもらわないと。向こうだってメイン足りないの知っててライブやろうとしているんだし。それにウイニングライブの意義は走ったウマ娘とファンを繋ぐためだよ。ライブセットはそこまで重要じゃない」
「いや待って! 楽曲代わってもアタシがソロで歌わされることに変わりないのでは!?」
「そのへんも大丈夫! なんたってこれは、順位なんて関係なく、文字通りみんなでやるライブだからね!」
ニシシ、と自信たっぷりに笑いながら、トウカイテイオーがその曲名を告げた。
◆
意識が浮上した時、真っ先に感じたのは鼻をつく薬の臭いだった。そして瞼の向こうから感じる光。
ゆっくりと、サイレンススズカは目を覚ました。
「ここ……は───」
「スズカさん!!」
「スズカァッ!!」
「───ぐえ」
覚醒と同時に左右から圧迫された。
自身には少ない柔らかなものに挟まれながら、サイレンススズカは己が置かれた状況を理解した。
「スペちゃん、エアグルーヴ……」
「よがっだ……目を覚まじでよがっだでずぅ……!」
「たわけがっ! ケガをしてるのにあんな走りをするやつがあるか……!」
「二人とも……」
友人二人の涙声に、自分のしたことを思い出す。
明らかにケガをした脚での全力疾走。傍から見てた側からしたら気が気でないだろう。
「ごめんなさい、心配させたわね……」
「──目を覚ましたから許す! しかし二度とあんな真似はするな!」
「わたし……わたしスズカさんにもしものことがあったらと思うとおおお〜〜!」
結局、泣き声を聞いたスピカトレーナーや医師が来るまで、二人はサイレンススズカから離れようとしなかった。
「……すまない、取り乱した」
「いいのよ。でも、あんなエアグルーヴ初めて見ちゃった」
「他言無用で頼む。無事が分かって思わず泣き腫らしたなどとても言えん……」
(友人がケガしたんだから普通の反応だけどなー)
そう思ったスピカのトレーナーだが、口にはしない。そのあたりは個々人の美意識だろうし、指摘するとしても担当トレーナーである東条の役目だろうと思ったからだ。
「先生、スズカの脚の具合は?」
思考を切り替え、医師に訊ねる。
わざわざ病室まで運んでくれたシャウカステンに張り出されたレントゲン画像を見る医師はやがて頷いた。
「……うん。折れていますね」
「そりゃそうでしょう! レース中のケガなんですから!」
「いやホント、キレイに折れてるんですよ。まるで骨だけ斬られたみたいだ」
骨折というのは程度の差はあれいずれも重傷のはずだが、医師の顔は穏やかだった。
「中に破片も残ってないし、神経を傷つけているわけでもない。筋肉組織へのダメージも最小限だ。……ケガをした本人に言うことではありませんが、幸運でしたね」
幸運。医師はそう言うが、サイレンススズカにはその理由がなんとなく分かった。
レース中突如現れ、消えていった黒いなにか。
異形だけれど何故か他人とは思えないアンノウン。
(彼が……背負ってくれたんだ……)
名も正体も知らぬ影に、心の内で感謝した。そして、
「また走れるようになりますか?」
トレーナーの問いかけはサイレンススズカにとって一番重要なことだった。
一度のケガでレースから身を引くウマ娘は多い。当然、復帰するウマ娘もいるが自分に当てはまるとは限らない。
一転して不安に揺れる少女を見て、医師は静かにほほ笑んだ。
「ええ、走れますよ。骨がくっついて、落ちた体力を戻せばまたこれまでのようにね」
「本当ですか!」
「やったなスズカ!!」
「当然、すぐにとはいきません。まずは安静に。骨折であることには違いありませんからね」
医師の忠告に、ハイ! と元気な声が響いた。
時間はかかる。年内は無理かもしれない。それでも、サイレンススズカはまたレースを走るのだ。
まだ彼女の逃亡劇は終わらない。
◆
「あ」
「……おや」
病院の廊下でスピカのトレーナーと鉢合わせした。
一緒にいるのはスペシャルウィークとゴールドシップ、そしてエアグルーヴだった。
「サイレンススズカの容態は?」
「骨は折れているが、幸運にも大事には至らないようだ。時間はかかるがまた走れる。不幸中の幸いってやつだ……」
「それは良かった」
心から安堵する。
ウマ娘はケガ一つで今後の一生が左右されかねない。レース中のケガなど最悪の事態になりかねない。
無事で本当に良かった。
「ライスシャワーは?」
「ケガ自体は大したことありません。ラストスパートの負荷が大きかったんでしょう、少し左脚が腫れている程度です。……これまでのトレーニングの疲労が一気に噴き出した感じですね。しばらくは療養も兼ねて入院です」
ライスの願いとはいえ、勝つためとはいえ無理をさせ過ぎてしまった。
ステイヤーである少女の身体をクラシックディスタンス用に徹底的に改造した。ギリギリまで脂肪を削り、体重を落とした。その結果サイレンススズカに勝てたが、代償としてライスの身体は酷く消耗していた。
ライスも私も覚悟していたことだが、いざ現実として見せつけられると辛いものがある。
「医師にも怒られましたよ。無理させ過ぎだとね」
「そうか……それだけ、アンタたちは本気だったんだな」
「───ええ、本気でした」
命を削ってでも勝ちたかった。
ライスにとって悲願の中距離GⅠだった。サイレンススズカへのリベンジもあった。予見された悲劇を回避したかった。
そのために、本気になったのだ。
「なんとも……マルカブにはそういう気持ちの面ではいつも負けちまうな」
「こちらはチャレンジャーの立場でしたからね。来年は分かりませんよ」
「チャレンジャーから王者へか。言ってくれる」
スピカの言うとおりだろう。昨年は有馬記念を制し、今年はシニア級の大一番である天皇賞を両方勝ったのだ。ライスは中長距離における現役最強と言って良いだろう。
故に、これからは全員から追われる身だ。来年には黄金世代がシニア級に上がり、競争は激化するだろう。
勝利の余韻に浸ってばかりはいられないのだ。
「ところで……」
「どうした?」
「気になってたんだけど、エアグルーヴはどうしてここに?」
「む……友人の一大事なのだから、駆けつけることは別に……」
「いや、ウイニングライブは?」
「………………………あ───ああ!!」
ポカン、そしてサァっとエアグルーヴの顔から血の気が引いていくのがよくわかった。
品行方正、生徒の模範を是とする彼女がウイニングライブをすっぽかすとは、サイレンススズカのケガが余程の衝撃だったのだろう。
「しまった……私としたことが……! 今から会場へ──いや車では間に合わん。トレセン学園の生徒として公道を走るわけには、しかし───」
頭を抱えて葛藤するエアグルーヴ。
なんと声をかけようかと思案していると、ポケットにいれたスマホが振動した。取り出してみると、丘辺トレーナーからだった。
「もしもし?」
『お久しぶりですマルカブのトレーナー。シンボリルドルフです』
ドキン、と心臓が跳ねた。
無敗の三冠、七冠の皇帝が私に直接電話してくるなど考えてもみなかった。
『まずはライスシャワーの健闘を讃えるべきですが申し訳ありません、差し迫った状況でして……エアグルーヴは近くにいますか?』
「ええ、いま目の前に。代わればよいので?」
『お願いします』
「では……エアグルーヴ! シンボリルドルフから!」
「───!」
カッ! シュバッ! ガシィッ!
そんな効果音が聞こえそうな勢いでエアグルーヴが私の手からスマホを獲った。
……驚いた。豹にでも飛びかかられた気分だ。
「会長、代わりましたエアグルーヴです!」
スピーカーがオンになったのか、二人の会話が私たちにも聞こえてくる。
「この度の失態まことに……」
『いや、気に病むことはないよエアグルーヴ。それほどの緊急事態だった』
「ですが! 副会長という身でありながらウイニングライブをほったらかすなど……!」
『もう一度言おうエアグルーヴ。気に病むな。……むしろ不幸中の幸い、君が今そちらにいて助かったという面もある』
「と、おっしゃいますと?」
『今回は不測の事態が連続している。メインダンサーとなるべきウマ娘は一人を残してケガで病院。残りの入着した二人も現地にいない。バックダンサーとなるウマ娘を上位順に二人ほど繰り上げる、という案も出た。……が、テイオーから提案があってね。不測の事態は特別版という形で誤魔化そうという意見に運営も乗ることにした』
意外な名前が出た。そういえば病院に来てから彼女の姿を見ていなかったが、現地に残っていたのか。
『そこにいるね? マルカブ、スピカの両トレーナー。貴方たちと、ライスシャワーそしてサイレンススズカの力が必要だ。今日のレースを奮闘した者たちのためにも力を貸してほしい』
「うん! やりたい、ライスはそのアイディアすごくいいと思う!」
シンボリルドルフから聞いた、トウカイテイオーの提案をライスに伝えると迷いなく返事が来た。
ライスに負担がかかるものではないので私も反対する理由が無い。おそらく、サイレンススズカも同意見だろう。
あとはエアグルーヴ……というか運営が病院を上手く説得できるかだ。
考えているとスマホにメールが入った。文面には、病院から他の患者やスタッフに迷惑が掛からないことを条件に許可を得られたことが書かれていた。
この短時間で協議を済ませるとは、URAの政治力は相当なものだな。
ともかく、これで下準備はできたのだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「うん!」
二人の容態を鑑みて、場所はサイレンススズカの病室となっている。
ライスを車イスに乗せて訪れると、既に機材とスタッフがいた。
カメラとモニタ───数がそれぞれ二台あるのはベッドにいて姿勢を変えられないサイレンススズカのことを考えてだろう───そしてウマ娘用のイヤホンと、配信用の機材が並ぶ。
「私は一度抜けるね。……ライスをお願いします」
「ええ、お任せください!」
スタッフにライスを預けて部屋を出る。
診察のため一度着替えていたライスとサイレンススズカだが、ここから再び着替える必要があるのだ。
そう、ウイニングライブのために。
◆
「はあ……はあ……胃が痛い……!」
ライブ会場の舞台袖で今日の主役は呻いた。
「もう……いい加減腹を括りなさいな。結局ソロは回避できたのですから」
「それでも最初のМCやるのは実質アタシ一人じゃん!」
「先輩、もう前の子たちのライブ終わるから準備お願いします!」
メジロドーベルの言葉通り、舞台では今日の12Rに出走したウマ娘たちのウイニングライブ曲が終わりを迎えていた。
この後彼女たちの締めのМCをやり、入れ替わりで始まるのはメインレースである天皇賞(秋)出走者たちのウイニングライブだ。
「大丈夫かな? ライスさんやスズカさんを差し置いて前に行くなんてブーイングされないかな?」
「事情はみんな知っているから大丈夫ですよ。それよりも───」
肩を掴まれ、後ろを向かされる。
同じくライブに出る八人のウマ娘が並んでいた。
「ライブ前に円陣組みましょう!」
「く……メジロ家が掲示板外した腹いせにプレッシャーかけてくる……!」
「まだ音源は差し替えられるんですよ?」
「よーしやろう! みんな輪になってー!」
苦笑いを浮かべながら、ウマ娘たちが輪になり、手を中心へと伸ばす。
「えー突然の大役に吐きそうなんですが──ってウソですジョークですだから輪を崩さないで!
おっほん……みんな、今日のレースはただ勝った負けた以上のものがあったと思います。でもきっとそれはお客さんたちも一緒。だからその気持ちだけでも共有できたらなって思います。それと───」
一息おいて、
「この場にいない子たちに、どうしてあの場にいなかったんだって嫉妬しちゃうようなライブにしましょう! 特にサボったあんにゃろには特に!!
いくぞ! トレセーーン……」
『ファイト! オー!』
舞台へ向かう。
入れ替わりで戻ってきたウマ娘たちとすれ違いざまにハイタッチ。会場の熱気を、想いをバトンのように引き継いでいく。
舞台に上がり、観客が彼女たちの姿が見えただろう瞬間、歓声が沸いた。
既に十を超えるライブがあっただろうに、観客の活気はこれっぽっちも衰えていない。
それでも───
それでも、悲哀の表情をした観客はいた。
どこかで期待していたのだろう。都合のいい奇跡が起きて、この場にライスシャワーやサイレンススズカが並び立つ光景を。
(そりゃそうだよなあ……)
分かっていたことだが、いざ目の当たりにすると心がささくれたつ。
ウイニングライブはその名の通りレース勝者を称える場だ。本来の主役は一着のライスシャワーで、その隣には大人気のサイレンススズカが立つべきなのだ。
それでも実際はそうならなった。
だから、
(せめて、精一杯のライブをするのがアタシに出来ること!)
決意を固め、一歩前へ。列から飛び出したウマ娘に、観客の視線が集中する。
「みなさーん! 元気ですかー!!」
『オオオオオオオオオオオッ!!!』
マイクを通した大音声での呼びかけは、同じく大歓声によって返された。
少女は頷いた。
「まだまだ元気って感じですね! いやーこれはアタシたちも歌い甲斐があるってもんです。でも、目を逸らすこともできないですよね。
……本当なら、こうしてマイクで話すのはアタシじゃなかった」
客席が静まり返る。後ろにいるメジロマックイーンから大丈夫かと視線が飛んでくるが、大丈夫だと尾を振り返す。
「でも叶わなかった。彼女たちはケガをしてこの場にいない。だからしょうがない。現実を受け入れよう……なんて───!」
片手を掲げ、伸ばした人差し指が天を指し示す。
「アタシらは、そんな聞き分けが良くねーんですよ!!」
高い位置に設置された、舞台の様子を映していたモニタの映像が切り替わる。
映ったのはライブ衣装を着た二人のウマ娘。その姿を見た観客は再び大きな声を上げた。
『みなさんこんばんは、ライスシャワーです!』
『サイレンススズカです。みなさん、今日は心配おかけしてごめんなさい。でも、私はこの通り大丈夫です』
分割された画面の向こうから、病院へ搬送された二人が観客へ語りかけていた。
彼女たちの無事に歓喜すると同時に、背景の様子から本当にケガをしたのだと心配の声も上がった。
『今のライスたちじゃ踊ることはできないし、ここは病院だから歌うこともできないけれど……』
『せめてライブの雰囲気だけでも共有させて下さい。仲間たちが一生懸命にライブする姿を、それを応援するみんなの姿を……』
『ワアアアアアアアアアッ!!!』
観客からの答えは、熱気ある歓声が全てだった。
「よーし! じゃあ二人もこういっていることですし始めましょう! アタシだって全力で頑張ります! ライスシャワーがいたらなんて、サイレンススズカがいたらなんて絶対に言わせません!
だからみなさんも、病院にいる二人が、このライブに出られなかった全員が! 今この瞬間ここにいないことを一生後悔するくらい思いっきり盛り上がりましょう!!」
ライブ曲が流れだす。
前奏が響くたび、少しずつウマ娘たちの中でボルテージが上がっていく。
リズムに合わせていく中、客席からの声が耳に届いた。
「スズカー!」「ライスちゃーん!」「マックイーン!」「ドーベエエル!!」「ブライトォ!」「バァアアクシンオー!」
聞こえてくるのは、スターウマ娘たちの名前を呼ぶ声。
そうだよなあ、と苦笑する。
今日突然こんな晴れ舞台に上がってきたウマ娘よりも、ずっと前から応援していた推しがいるはずなのだ。だから皆の目はそっちに行くものだ。
やっぱり分不相応だったかな。でも盛り上げることはできたからまあいいか。
そんなことを考えていると、
「オフちゃああああああああん!!」
突然殴られたような気になった。
一瞬だけ真白になった頭に、確かに声は届く。
「オフちゃーん!」「オフサイドトラップー!!」「三着おめでとう!!」「頑張ったねー!」「惜しかったよ!!」「もう少しだった!」「МC良かったよ!」「ずっと見てるよー!」
聞こえる。自分の名を呼ぶのが。自分に向けた声援が。
目を凝らす。口の動きで分かった、目が合ったからわかった。
「……いたんだ」
碌な活躍のできないウマ娘だった。ケガしてばかりで、ほとんどレースに出られなくて。
それでもいたのだ。今日だけの期間限定の者もいたかもしれない。境遇を憐れんで同情する者もいたかもしれない。
それでも、ライスシャワーよりもサイレンススズカよりもメジロのウマ娘よりも、彼女の名を呼ぶことを選んだ人は確かにいたのだ。
栄えあるGⅠのライブへ、彼女を見に来たファンはいたのだ。
「やっと───」
歌が始まる。
「……やっと、みんなに会えた───!!」
宣言通り、彼女は力の限り歌い、踊った。
燻ぶり続けた想いを焼き尽くすように。煮えたぎった想いを全て吐き出すように。
舞台上を走り回り、客席に手を振り、マイクを向けてともに歌い、飛んで、跳ねて、叫んで、笑って、泣いて、
そして───
そして、トゥインクルシリーズからの引退を決めた。
◆
ウイニングライブが終わり、病院からの中継も終わったところで、サイレンススズカは息をついた。
歌うことも踊ることもせず、ただ曲に合わせてサイリウムを振ったり歌を口ずさんだり、ファンに手を振るだけだったのに妙に満足している自分に気づいた。
走ることしか興味ないはずだったのに、なんだかんだファンとの触れ合いを好いていたのだ。
(ただいまって言えたからかな……)
モニタ越しに姿を見せたときのファンの歓声を思い出す。
(おかえりって言えたからかな……)
トレーナーやスピカのメンバーも、リギルのメンバーも同じような気持ちだったのだろうか。
レースを走り、そのままどこか遠くへ行ってしまうと思われていたのだろうか。
「……スズカさん、大丈夫?」
「───え、あ、はい。大丈夫です、ライスさん」
ライスシャワーの声で思考の海から浮上した。
考え事をしているのが脚を気にしているように見えたのか、ライスシャワーの視線はスズカの左脚を向いていた。
そしてサイレンススズカも気付く。
「ライスさんも、左脚をケガしたんですね……」
「え? あーうん、最後のスパートでね」
「そう、なんですね……」
なんの因果か、二人揃って故障したのは左脚だった。もっとも、サイレンススズカは骨折でライスシャワーは疲労と腫れなのだから程度は違うのだが。
レース中、ライスシャワーがサイレンススズカを鼓舞してきたのは知っている。アグネスタキオンの言葉を共に聞いたのだ。宝塚記念でケガをした彼女がサイレンススズカを気にするのもおかしくない。
そして、共に左脚をケガした。
つい思ってしまう。自分のケガの一部をライスシャワーも代わりに背負ってくれたのではないかと。あの影のように。
「ライスさん」
「なに?」
「ありがとうございます」
なんのこと、と言うように首を傾げるライスシャワー。
「いえ、言いたかっただけです。それと……───次は負けません」
「───ふふ、いいえ、次もライスが勝ちます」
お互い、負けっぱなしでは終われない。
◆
「よかったのか?」
星空が広がる夜。トレセン学園への帰路に着く車中で、彼女のトレーナーが言った。
「なにがー?」
「引退のことだよ。今日の走りは過去一番のものだった。続けていれば次は───」
「次はないよ」
切って捨てた。
相談なく引退を宣言したことは悪いと思いつつ、覆す気はなかった。
「トレーナーも分かってるでしょ? アタシの最盛期はとっくに終わっちゃってるの」
ケガを乗り越え、夏を頑張り、久方ぶりに出られたGⅠレース。
様々な要因が積み重なった末、那由多の果てに見えた勝機を掴むために訪れた、三十六秒間の最盛期。
「あの上がり三ハロンがアタシの全て、これまでの集大成ですよ」
もう一度同じ走りをしろと言われても無理だ。
今日の天皇賞のあの瞬間限定の、流れ星のような輝きだったのだ。燻ぶっていた火種は真白な灰となり、煮え滾っていた想いはすでに空となっていた。
体調が万全でも、熱が無ければウマ娘は走れない。
それを聞いたトレーナーは、そうか、とだけ言って黙ってしまった。
思い返せば、トレーナーには迷惑こそかけたが、恩返しはできていなかった。
トレーナーの実績は担当するウマ娘の実績がそのまま反映される。重賞こそ勝ってはいるが、三度もケガさせたということを踏まえれば評価はトントン、もしくはマイナスかもしれない。
自分を支えてくれたトレーナーが悪く言われることだけが心残りだった。
「トレーナーもさ、ようやくアタシから解放されるんだから次はもっといい子スカウトしなよ」
「……ばーか」
思わず漏らした言葉に、トレーナーの手で髪をくしゃくしゃにされた。
「うわー!? なにすんのさ!」
「オマエがバカなこと言うからだよ。オレはオマエを担当して後悔したことなんかないし、諦めないのを迷惑だなんて思ったことない。むしろ、腐らず足掻く姿が好きだった」
「……ホントウ?」
「このタイミングでウソついてどうする」
「そっか……そっかあ───」
胸のつかえが一つ消えた気がした。
「……アタシさ、ライブのセットとか演出に興味あったんだ」
「そうなのか?」
「うん。後ろで踊ってたり、療養中に他のウマ娘のライブ見てるとさ、ここでライト当てたら―とか、こういうセットあったらダンスとあうかもなーって思うことがあってさ。
今日のライブで歌って踊って、改めて思ったの。……アタシなら、アタシにしか作れないステージがあるのかなって」
「そうか……レースの嬉しいことも辛いことも知っているオマエなら、きっとあるさ」
「うん……ありがとう、トレーナー」
この日、一人のウマ娘の夢が終わった。
けれども次の夢に向かって歩みだす日でもあった。
そして、彼女の蹄跡は星々のように瞬き、確実に誰かの心を照らした。
光を浴びた心から、また新しい夢が芽吹く。
帝王が皇帝に憧れたように、皇帝の姿に心震わせた風があったように。
そうしてウマ娘たちの想いは継承されていくのだ。
オフサイドトラップ トゥインクルシリーズ戦績
27戦6勝
主な戦績
△△年 天皇賞(秋)(三着)
△△年 新潟記念
△△年 七夕賞