シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
こちら再投稿したものになります。
激闘となった天皇賞(秋)は、レースだけでなくウイニングライブも含めて伝説となった。
翌日の朝刊各紙はライスシャワーの天皇賞春秋制覇を称え、同時にサイレンススズカの不屈の闘志を賛美していた。
さらにウイニングライブにも言及され、今年一番ともいえる盛り上がりを見せたことを伝えていた。
また彼女たちの活躍はテレビのニュースやワイドショーでも伝えられ、普段ウマ娘レースに興味ないヒトも天皇賞(秋)のことを知ることとなった。
いまや日本中で天皇賞(秋)が語られ、出走したウマ娘たちの名前が知れ渡っていた。
一組目 チーム・マルカブ
「いやーライス先輩もすっかり時の人、もといウマ娘デスね」
病院の売店に並ぶ週刊誌にも名前が載っているのを見て、エルコンドルパサーは感嘆の声を上げた。
「昨年の復活からの有馬記念勝利、そして天皇賞の春秋制覇。当然と言えば当然でしょう」
「しかも秋天で勝ったのはあのサイレンススズカさん! 名実ともに、現役最強を名乗ってもよろしいのでは!?」
「さ、最強なんてすごいですぅ……!」
「流石はエルの先輩デス!」
朝早く、マルカブの四人は病院へと来ていた。
入院しているライスシャワーの着替えなどを諸々の用意を渡すためだ。そして昨日のレースのおめでとうを言うためでもあった。
天皇賞(秋)が東京レース場開催で良かったと思いつつ、受付を済ませて病室へ向かう。
聞いた部屋番号を確認して、扉に手をかけた。
後にエルコンドルパサーは語る。ノックは大事、と。
「ライス先輩! 昨日のレースは本当にすご───」
「ほらライス、あーん……」
「あーん♪ ふふ……───あ」
花咲く笑みから氷点下へ。
トレーナーに病院食を食べさせてもらっている現役最強ウマ娘を見る後輩たちの目からは光が消えていた。
「え、えっと……みんなおはよう?」
「……………………………シツレイシマシタ」
「ま、待って! 違うの! みんな聞いて、お願い待って───!」
◆
病院食をいそいそと片付けながら、グラスがため息をついた。
「……他の患者さんもいるんですから、節度ある行動をお願いしますね?」
「はい、すみませんでした……」
「トレーナーさんも」
「え? あ、はい」
……どうして私たちは叱られているのだろう。異を唱えようと思ったがグラスの目が笑っていなかったのでやめた。
苦笑いするエルが袋を渡して来る。
「すぐ二人っきりの空気にするんデスから……はいトレーナーさん、頼まれていた先輩の着替えデス」
「ありがとうエル」
「それと、こちらは先輩の同室のロブロイから。暇つぶしにとおススメセレクションデス!」
「わあ! ありがとうエルさん! ロブロイさんにもお礼言わないとね」
「そのためにも早く退院してくださいね。学園中、秋天の話題で持ちきりなんですから」
「トレーナーさん、実際のところどれくらい入院するんですか?」
「ケガ自体は大したことないからね。今は消耗していた身体の回復が目的だけど、体調も戻ってきているから来週には退院できると思う」
「来週……」
グラスの呟きに、ライスが申し訳なさそうに耳を倒した。
「うん。だからグラスさんの菊花賞は応援に行けないんだ、ごめんね」
「そんなこと……! ライス先輩からはもう、大切なものを貰いました」
「そっか……それなら良かった」
「わ、私も……!」
ドトウが声を上げた。
「せ、先輩が仰っていた勝ちたいっていう気持ち、レースでしっかり伝わってきました……!」
「ありがとうドトウさん」
グラスやドトウだけではない。エルとデジタルも力強く頷いている。
ライスの決死の秋天は確かに後輩たちの胸に響いていた。メディアの反応を見る限り、同じように影響を受けるウマ娘は多いだろう。
「じゃあ、みんなもライスに続かないとな!」
タマモクロス以来の天皇賞春秋制覇、そして無敵と思われたサイレンススズカへの勝利でライスの評価はうなぎ上り、ケガから復帰したステイヤーというだけでは収まらないだろう。
そして世間からの注目はライス個人だけでなく、彼女が所属するチームにも及ぶ。
グラスたちもそれに気づいているのだろう。
チーム・マルカブはライスシャワーだけのチームではない。それを証明するため、ライスの栄光に続くため、その瞳は熱を帯びて爛爛と輝いていた。
「残りのシーズンも頑張ろう!」
『おー!』
まずはグラスの菊花賞。私もライスが強かっただけなどと言われないように気合を入れなければ。
◆
二組目 ちょっとマッドな後輩たち
「ごめんくださいな!」
「……」
奥ゆかしくも快活な声に続いて、むすっとした表情のウマ娘が揃ってやって来た。
片方はライスシャワーも知った顔だったが、もう一人は初めて見る顔だった。
「こんにちは……シャカールさんと、えっと……」
「はじめまして! ファインモーションと言います! ライスさんが走った秋天、とっても興奮しました! もうファンになってしまいそう!」
「そ、そうなんだ……ありがとうね」
名前を聞いて思い出す。海外からの留学生にそんな名前があった。
ファインモーション。アイルランドからの留学生であり、王族に連なる正真正銘のお姫さま。
レースを走るのではなくあくまで外の文化を知るために日本に来た尊き血統であった。
「シャカールがね、ライスさんに聞きたいことがあるって言うから私も気になってついてきちゃいました! シャカールが他のウマ娘に興味持つって珍しいことなんですよ!」
「ライスに……興味?」
一匹狼とお姫さまという童話のような組み合わせに驚きつつ、ライスシャワーの視線は用があるというエアシャカールへと向かう。
余分なやりとりを嫌うエアシャカールは普段持ち歩いているノートPCを見せた。
「『Parcae』?」
「ああ、こいつの性能は夏合宿で散々見せたよな。あの秋天で『Parcae』が出したアンタの順位は……六着。だが実際はそうならなかった」
エアシャカールが苦い顔をする。
「あれからパラメータをいくら弄っても秋天の結果を再現できねェ。忌々しいが、あのレースでオレには未知の何かが起きたとしか思えねェ。
「ライスにはシャカールさんのやってる計算とかよく分からないよ?」
「そこまでの解説は求めてねェ。アンタはあのレースで何があったか、何を見たか、聞いたか、考えたか、それらを洗いざらい喋ってくれればいい」
渡すのはあくまで事実、例え私感が混じっていようとそこからロジックを探り当てようということか。
ライスシャワーとエアシャカールの接点は夏合宿中しかない。短い間だったが、その間エアシャカールが頼み事をしてきたことなどなかった。
彼女の中では全てが計算し尽くされており、外部からの助言など不要だったのだ。
そんなエアシャカールが頼みに来た。その重大さをライスシャワーは察した。
「重要な情報だ。タダとは言わねェ……礼は───」
「いらないよ。教えてはあげるけどね」
言葉を遮られたエアシャカールの眉根が跳ねた。
「夏合宿の時も似たようなことあったよね。ライスは事実を伝えるだけで、シャカールさんの役に立つかは分からない。だから今の段階でお礼なんて貰えない。
……将来、ライスの体験がシャカールさんの役に立って、それを借りだと思ってくれたならその時返してくれればいいよ」
甘いなと思った。
エアシャカールの頭脳と彼女が使う『Parcae』は有能だ。今後もマルカブへの協力を取り付けることもできたし、何だったらチームに引き入れることも条件に出せただろう。
でもそうはしない。エアシャカールはまだ誰かの支えが必要な時ではないから。
その時が来たら、また誘ってみればよいのだ。
(お兄さまのこと言えないなぁ……)
よし、と膝を軽く叩く。
「せっかくだからスズカさんにも聞きに行こう。スズカさんもライスと同じ体験をしたはずだし、聞くなら多い方が良いよね」
「ん……まあそうだな。向こうにも話を聞くつもりだったが、分けて聞くよりまとめての方が効率的だ。ンじゃあ向こうに───」
「その話、私も混ぜてくれませんか?」
「どわぁあっ!? ───ってカフェかよ。いきなり後ろに立つんじゃねえ!」
「それは失礼しました……」
いつの間にか部屋にいたのは長い黒髪のウマ娘、マンハッタンカフェだった。
少し俯きがちな姿勢で垂れた前髪の奥から金の瞳がライスシャワーを見ていた。
「ライスシャワーさんのお話、私も興味があります。差し支えなければご一緒させてください」
「ライスは良いけど……」
「別に独占する気はねェよ、好きにしろ」
「ふふ、じゃあ早速行きましょう! ……あ、ライスさんはまだ歩けないですよ? 隊長ー!」
「え? え?」
ファインモーションが声を上げた瞬間、どこからか黒服のウマ娘が現れた。
目を白黒させるライスシャワーをよそに見事な手際で彼女を車イスに乗せてしまった。
「それじゃあサイレンススズカさんの病室へ、レッツゴー!」
『お、おー?』
◆
「おや、珍しい組み合わせだねぇ」
サイレンススズカの病室には先客がいた。アグネスタキオンだ。
彼女は訪れた面々を見て、全て察したようだった。
「カフェにお姫さまとは珍しい組み合わせだ。しかし、シャカール君も秋天の話を聞きに来たのか。考えることは同じだねぇ」
「お互い、予想外の展開だったわけだな。タキオンはどこまで聞いた?」
「まだ何も。ついさっき来たばかりでね。まずは以前の無礼を謝りに来たのさ」
「……驚きました。タキオンさん謝るなんてできたんですね」
「ヒドイなあカフェ! 私も自分の落ち度を認めたら謝るさ。ま、滅多にないことなのは認めるが……」
「テメェの自分語りなンてどうでもいい。時間の無駄だ。……サイレンススズカ、オレは秋天の話を聞きに来た」
「レースのこと?」
ああ、と頷くエアシャカールの言葉をライスシャワーが引き継ぐ。
「あのレースで見たことを知りたいんだって。スズカさんやライスが見たものを……」
「……そう、なんですね。別に私は構わないけど……タキオンの目的もそれ?」
「謝罪に来たのは本当だよ。まあ、聞きたかったのは本当だがね」
アグネスタキオンがサイレンススズカから離れ、代わりにライスシャワーが傍につく。
激闘を繰り広げた二人が、未だデビュー前のウマ娘たちの方を向いた。
「みんなには信じられないことかもしれないけど……」
「あのレースで本当にあったことだから───」
サイレンススズカとライスシャワーの二人で、天皇賞(秋)で起こったことや見たことを語っていく。
足元から広がる影、浮かび上がってきた四足脚の影。その影から聞こえた声。そして至った領域。
全てを語り終えたとき、聴衆の反応は二種類あった。
「不思議なお話だったわ……」
「……どうやら、私が普段感じるものとは違うものが見えたのですね」
「興味深いねぇ……」
驚きつつも受け入れる三人と、
「ンだよ……オカルトじゃねえか。ロジカルの欠片もありゃしねえ……!」
困惑するエアシャカールに分かれた。
「まあシャカール君は全てがゼロと一で構成された理論の世界の住人だからね。私みたいに可能性に夢見るウマ娘とは反応が違うか」
「テメェは受け入れるのかよタキオン、今の話をよォ……」
「二人とも嘘をつく性格ではないと知っているからね。彼女たちが体験したことは本当だろうさ。それが彼女たちの頭の中だけで起きた幻覚なのか、私たちに見えない形で発現した現実なのかは判断つかないがね……シャカール君だって話を聞くだけで答えが分かると思っていたわけではないだろう?」
「そりゃあそんな単純なモンじゃねえとは思ってたさ……」
「ならば今後の検証課題の一つぐらいに受け取っておきたまえ。……二人のウマ娘がほぼ同時に同じモノを、彼女たちだけが見た。これだけでもただの幻覚では済ませられないだろう。面白くなってきたじゃないか!」
クククと怪しく笑うアグネスタキオンと、オカルト的な話を受け入れがたいエアシャカール。
チームに誘うことは出来なかったが、二人との関りはまだまだ続きそうだなと思ったライスシャワーであった。
◆
三組目 トリックスターな彼女
「どもどもー! お加減どうですかー?」
学園の授業も終わったであろう頃、とあるウマ娘がライスシャワーの病室を訪ねて来た。
少しおどけた様子を見せる、グラスワンダーとエルコンドルパサーの同期でもある皐月賞ウマ娘セイウンスカイだった。
制服姿なのは授業が終わって直行だったのか、予想外の来訪に少し面喰いつつもライスシャワーは拒むことなく葦毛の彼女を迎え入れた。
「どうも……なんか意外だね」
「そうです? まあ前会ったのはグラスちゃんとエルの祝勝会でしたし、接点もあの二人通じてしかありませんから友人の友人みたいな感じかもですね。
……あ、でもでも! レースで活躍している先輩がケガで入院ってなったら心配するもんじゃないですか!」
「それは……そうだね」
「そうでしょうとも。ですからこうしてお見舞いに。それとまあ、あの凄い秋天についてお話聞かせてもらえたらなーと……」
「菊花賞で勝つために?」
セイウンスカイが目を見開いた。
少しバツが悪そうにする後輩に、ライスシャワーは笑って言う。
「別に悪いことなんて思ってないよ? ライスもブルボンさんに勝つために色々調べたりしたし。何だったら自主トレについて行ったりもした。それだけセイウンスカイさんも本気ってことだよね」
「スカイでいいですよ……そう言ってもらえると助かります。……グラスちゃん、学園だと凄いことになってるの聞いてます?」
ライスシャワーが首を横に振ると、やっぱり、とセイウンスカイは息を吐いた。
セイウンスカイ曰く、今のグラスワンダーは随分と気を張っているとのことだった。
元より勝負事には本気になるウマ娘だ。迫る菊花賞に向けてそうなるのはセイウンスカイにも分かっていたことだった。
しかしその様相はセイウンスカイの想像を超えていた。
日ごとにグラスワンダーから感じる気迫のようなものが強くなっていく。チリチリとした殺気染みたものすら感じられた。
最初はグラスワンダーなりに気負っているのだと思った。なにせ彼女にとってクラシック最初のGⅠだ。同期がクラシックで次々と頭角を現す中、春を全休し、夏を超え、ケガをした脚を癒してついにやって来た大舞台。平静でいられる者の方が少数だろう。
しかしそれだけではないとセイウンスカイは感じた。
グラスワンダーの目は菊花賞の他にも追っているものがあった。頂点という自身が立てた目標ではなく、もっと近く、けれど遥か先にあるもの。そして察した。
「グラスちゃんってば、あの秋天に完全に魅せられちゃったんですよ。正確に言えばライス先輩の走りに……」
「ライスの走り……」
「そうです。ライス先輩みたいな凄い走りをしたい、レースをしたい、グラスちゃん自身が感じているような熱を誰かに点ける存在になりたい。遠くからトレーニング見ているとそんな決意をヒシヒシと感じます。いやーホント、ダービーのエルの次は菊花賞でグラスちゃん! 毎回毎回強力なライバル出て来ちゃってセイちゃんまいっちゃう!」
言葉とは裏腹に、セイウンスカイは笑っていた。
瞳に光るのは自棄ではなく闘志。彼女もまた、強敵を相手することに対して燃えているのだ。
「───で、ここからが本題です。私もグラスちゃんと走ったのは春のウマレーター以来なので最新情報が欲しいんですが、この時期に偵察とか流石にマルカブさんも許しちゃくれません。そこで!」
「ライスに話を聞きに来たの?」
「ええ。さっきも言いましたがグラスちゃんはライス先輩を意識しています。何だったら秋天の影響でレース中の考えなんかも真似しているかもです。なので先輩からお話聞ければヒントになるんじゃないかなーと」
ずずい、とセイウンスカイが身を乗り出す。
「秋天、どうしてあのタイミングで仕掛けたんです?」
あのタイミング、というのはサイレンススズカが第三コーナーで負傷した時のことだろう。
「……それが聞きたいこと?」
「ええ。セイちゃんこれでも逃げウマ娘なので。今現役で一番逃げウマ娘捕まえるのが上手いの、先輩でしょ? そんな先輩があのタイミングで仕掛けるのは早計だったんじゃないかなと」
逃げウマ娘である以上、どのタイミングで仕掛けられるのが嫌かは知っている。そのセイウンスカイから見て、ライスシャワーの仕掛け時は早かった。
事実、一度は抜かれ三番手に落ちた。近いタイミングで仕掛けたメジロマックイーンもエアグルーヴやキンイロリョテイに差されて掲示板を外している。結果として勝ったとはいえ不要なリスクを負った形だった。
「そうだね……」
何と答えたものか、というよりもグラスワンダーのライバルに塩を送ることになるのに答えて良いのかとライスシャワーは考える。
答えた時、グラスワンダーは、トレーナーはどう思うだろうか。自陣に不利なことをするなとライスシャワーを責めるだろうか。
「……言わないよねぇ」
「ライス先輩?」
「ううん。なんでもない……」
頭を振る。答えは出た。少し考えればわかることだった。
「いいよ、教えてあげる。あのタイミングで仕掛けた理由はね……ライスがそうしたかったから」
「え? それだけです?」
「うん。それだけ」
サイレンススズカに起きた全てを伝える必要はない。セイウンスカイが聞きたいのはそこではないのだ。
「なんて言えばいいのかな……うん、スカイさんも今は分からないかもしれないけどあるんだ。自分が満足できる勝ち方と、できない勝ち方が」
◆
お礼を言ってセイウンスカイはライスシャワーの病室を後にした。
思いの外話し込んでしまったためか、外はすでに秋の夕暮れも過ぎて薄暗い。
「納得できる勝ち方、か……」
天皇賞(秋)についてライスシャワーが語ったのはそれくらいだった。だがセイウンスカイにはそれだけで十分だと思った。
一から百まで答えを教えてもらってはトリックスターの名が廃る。病院の廊下を歩きながら、ライスシャワーからの言葉を読み解いていた。
「つまりは、あのタイミングで仕掛けないと勝てても満足しなかったってことだよね……分かるような分からないような」
セイウンスカイもレースのために策を練る。周囲の予想を裏切ったりして会場がどよめく様が心地良いからだ。だがそれは結果として自分に有利に働く策だ。ライスシャワーのように、自分が不利になるようなことはしない。
「自分を敢えて不利にした? GⅠで? あれだけ身体を仕上げてきておいてわざわざ? ……あ、逆か」
考え方を変えた。ライスシャワーの仕掛けが良い方に回ったウマ娘もいるはず。彼女の目的がそちらにあるとしたら。
スマホを取り出し、動画サイトにアクセス。天皇賞(秋)のレース動画を再生する。何度も見た映像だが、ライスシャワーの言葉を見た今なら新しい発見があるかもしれない。
「……これか」
やはりあった。ライスシャワーが故障したサイレンススズカを抜き去ってから突然の復活を果たすまで、彼女の視線は後ろを向いていた。
後方で控えるエアグルーヴたちを見ているのかと思っていたが、もしもその視線がサイレンススズカへ向いたものだとしたら。
「どうしてそうしたかったのかは流石にセイちゃんでも分かりませんねー。でも、ライス先輩の言う満足はこれなんですね」
理解には至らない。だが、ここでサイレンススズカの前に出ることがライスシャワーにとっての満足できる勝ち方なのだろう。
「これをグラスちゃんに当てはめるとしたら……」
大和撫子なんて気取っているが、人一倍勝負に拘るのがグラスワンダーだ。彼女はレースの結果だけでなく内容にも拘る。
つけこむとしたらそこだろう。
「と言ってもなーあんまりやり過ぎたらグラスちゃん本気で怒りそうだし。流石に険悪になるような真似はしたくないな……でも」
勝負か友情か。セイウンスカイの中で天秤が揺れる。
「私も菊花賞は
◆
四組目 後輩二人
「スぺちゃん……」
「あ、グラスちゃん……」
病院の廊下で、二人のウマ娘が出会った。
お互い、入院しているチームの先輩への見舞なのだろう。
どちらも週末の菊花賞を控えているが日中はクラスで共に座学を受ける身。それは学外で会っても同じ。なのに、二人の間には緊張があった。
「スぺちゃん、今日もスズカさんのお見舞いですか?」
「う、うん……」
「あれから毎日だと聞いています……大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫だよ! スズカさんってばもう走りたい走りたいって───」
「そうではなく、スぺちゃんがです。菊花賞はもう目の前ですよ?」
「それはグラスちゃんだって……!」
「私は着替えを取り換えに来ただけです。すぐに学園に戻ります……けど、スぺちゃんは違うんですよね?」
それは、とスペシャルウィークが目を逸らす。
天皇賞(秋)から菊花賞までの間は一週間、京都レース場開催のため移動時間を考えたら残された時間は少ない。だというのに、スペシャルウィークはトレーニングよりもサイレンススズカの見舞を優先していた。
「菊花賞を投げ出したつもりはないよ……でも、スズカさんのことも心配なの」
「骨折は大変なケガなのは分かります、しかし命に別状はなく復帰も可能と聞いています」
「そうだけどそうじゃないの! 私にとってスズカさんは大切な先輩で……今は菊花賞よりも───」
「それは───!」
いけない。
胸の奥でグラスワンダーは自身を諫める声を聞いた。
しかしもう遅い。撃鉄は振り下ろされ、火の花は咲いてしまった。
「スぺちゃんにとって、菊花賞はその程度なんですね……!」
「え?」
「私にとって菊花賞は特別なものです。みんなと初めて走れるクラシック、大切な先輩が栄光を手にしたレース、そして……トレーナーさんにスカウトしていただいた恩返しの場でもある」
グラスワンダーの耳が絞られている。激情のまま言葉が紡がれていく。
「頂点を目指すため、尊敬する方に追いつくため、友のために、後輩に道を示すために、大切な人の傍に居続けるために……私は菊花賞を勝ちます!」
「グラスちゃん……」
「スぺちゃんがスズカさんのお世話を優先するというのなら構いません……ですが、やはり残念でなりません」
歩き出すグラスワンダー。スペシャルウィークの横を通り過ぎ、その先へと向かう。
「スぺちゃんとは、クラシックで真剣勝負をしてみたかったです」
ライバルの返事を待つことなく、グラスワンダーはその場を去った。
一人残されたスペシャルウィークの瞳が揺れていた。
◆
「やってしまいました……」
「よしよし、そっか……スぺさん、毎日スズカさんのお見舞いに来てたんだね」
病室にやってくるなりベッドを埋めるグラスワンダーの髪をライスシャワーはそっと撫でた。
「スぺちゃんに嫌われてしまったでしょうか……」
「でもグラスさんが怒るのも分かるよ。ライバルに無視されたら、ライスも同じようなことすると思う」
例えばミホノブルボン、例えばマチカネタンホイザ。同期の彼女たちが、自分と同じレースを走るのに別のことに気を取られていたらどうするか。やはりグラスワンダーのようなことをするだろう。
「でもね、グラスちゃんも気を付けないとダメだよ?」
「……何をですか?」
「ライスに追いつこうって頑張ってくれるのは嬉しいけど、次のレースで走るのは同期の子たちだよね? よそ見してたら足掬われちゃうよ」
へたった耳を弄ると、くすぐったいのかグラスワンダーが身をよじった。
スペシャルウィークがサイレンススズカを按じてトレーニングに身が入っていないように、グラスワンダーもライスシャワーの影を追う余り、自分が走る菊花賞を見ていない。ライスシャワーが走った菊花賞をなぞろうとしている。
覚えがあったのか、グラスワンダーが気まずそうに目を伏せた。
「同期の子たちがみんな凄い子なのはグラスさんも分かっているよね。油断したらダメだよ。それに……」
グラスワンダーと目が合い、ライスシャワーは笑う。
「スぺさんのことなら大丈夫だよ。あっちの先輩も頼りになるだろうから」
◆
「そう、グラスさんが……」
変わってサイレンススズカの病室でも、同じようにスペシャルウィークがベッドに顔を埋めていた。
落ち込む後輩の髪を撫でながら、サイレンススズカは続ける。
「私はあまりレースの格とか重みとかは考えたことないけど、そういうのを大事にするウマ娘がいるのは知っているわ。エアグルーヴやドーベルならティアラ、ブライトなら天皇賞(春)、パールさんやタイキからは聞いたことないけど海外遠征にとても力を入れていたのを覚えているわ。グラスさんにとっては菊花賞がそれなのね」
チームの先輩であるライスシャワーが勝ったレースであり、チームメイトのエルコンドルパサーが負け込んでいるところもあって、彼女に気合が入るのは当然だろう。
しかし、それだけではないということもサイレンススズカは察していた。
「フクキタルが言っていたわ。秋天以降、学園のウマ娘たちが燃えるようにトレーニングに励んでいるって。私やライスさん、あのレースに出たみんなの走りに魅せられたんだって……きっとグラスさんもライスさんに魅せられたのね。……ねえ、スぺちゃん」
名前を呼ばれて、スペシャルウィークが顔を上げた。
「スぺちゃんが走る私を見て感じたことは何だった? 足元が脆い先輩? 無茶をする危ない先輩?」
「ち、違います……! 私がスズカさんを見て感じたのは───」
「うん。じゃあそれをレースで見せて。グラスさんがライスさんを見て熱くなっているように、スぺちゃんは私から何を受け取ってくれたのか……菊花賞で見せて?」
はい、と静かに返事をしてスペシャルウィークは病室を去った。
ゆっくりとした歩みだったが、入ってきたときのような落ち込みは無いとサイレンススズカは理解した。
静かに、音もなく、けれども確かにスペシャルウィークに火が点いたのだ。
クラシック最後の一冠、世代で最も強いウマ娘が決まる。
勝つのはトリックスターか、夢叶える流星か、不屈の蒼炎か。それともまた別の誰かか。
皆が決して譲れぬ想いを胸に宿し、京都レース場に集う。
その日の淀は、日本で最も熱かった。
菊花賞が始まる。
続けてすいません。四章はあと一話あります。
キリ良く終わらせたいので明日も投稿します。