シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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42話 黄金たちと菊花賞

 京都レース場に入った瞬間、セイウンスカイが感じたのは季節外れの熱気だった。

 秋の午前中だというのに、淀は観客に溢れており、彼らの興奮と期待が熱源となっていた。

 

「あれ~ちょっとトレーナーさん、どうして今日はこんなにヒトがいるんです?」

「そりゃあお前、菊花賞を見に来たんだろうさ」

「菊花賞って午後からですよね? 何故にみんな朝から集まって……」

「GⅠがメインレースって日にメインに合わせて来てたら遅いだろうよ。……まあ確かに例年よりも客入りは多いようだが」

 

 よく見ると、レース場のパンフレットを片手にあっちこっちへと回っているのが目に映った。

 普段レースを見ないような層までが、今日のレースを見に来たのだと分かった。

 

「先週の秋天の影響か……」

「レース終わってからもスゴイ盛り上がりましたもんねー。連日ニュースでやってましたし」

「興味持ってくれるヒトが増えるのは良いことだ。URAの懐もウハウハだろうな」

「今日はスズカさんもライスさんも出ないんですけどね……」

「な~に言ってんだよ!」

「わぷっ!? 何するんですか、せっかくセットした髪が乱れるじゃないですかー!」

「適当に櫛通しただけだろ。それよりもスカイ、よーく客席見とけよ……」

 

 どうしてです? と聞き返すセイウンスカイへ、彼女のトレーナーはニヤリと笑う。

 

「こいつら全員、お前の走りにアッと言わされることになるからな」

「……はは、トレーナーさんも焚き付けるのが上手いですねえ」

「行ってこい。あのレースで魅せられたのは、スペシャルウィークやグラスワンダーだけじゃねえってな」

「───はい」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 チーム・マルカブの控室。その更衣室でグラスワンダーは着替えた自分を姿見で見ていた。

 青と白を基調としたセーラータイプの勝負服。これに袖を通すのは昨年の朝日杯フューチュリティステークス以来、十か月ぶりだった。

 一年近い時間を経て成長した身体に合わせて作り直したため、久しぶりながらも違和感なく馴染んでいた。

 

「緊張してる?」

「……少しだけ。ですがそれよりもワクワクしている自分がいます」

 

 トレーナーの問いに笑って答えた。

 チームメイトたちも各々声をかけ始める。

 

「グラス! エルの分も頑張って来て下さい!」

「あたしはもう瞬きせずに先輩の走る姿を目に焼き付けますからね!」

「応援しかできませんけど、しっかりと応援させていただきますぅ!」

「病院から応援しているライスからも伝言だ。『思いっきり楽しんできて』だそうだ」

「……はい! 行ってまいります!」

 

 控室を出て地下バ道へ。ターフへ向かって歩いていると、同じ方向へ歩くスペシャルウィークに会った。

 

「スぺちゃん……」

「グラスちゃん……」

 

 互いに会うのは病院での一件以来だった。

 なんと言おうか考えていると、スペシャルウィークの方から口火を切った。

 

「スズカさんは私にとって憧れの大切な先輩……だからスズカさんがケガをした時は頭が真っ白になって、無事だと分かった時は嬉しくて……でもまたケガをしたらって心配だった。

 だから私は……スズカさんの傍にいたい。スズカさんのすぐ横を走っていられるような凄いウマ娘になりたい!」

「スぺちゃん───」

「グラスちゃんがライスさんに追いつきたいように、私もスズカさんに追いつきたい! スズカさんと同じレースを走るためにも、今日は───」 

 

 スペシャルウィークの目に、もう迷いない。

 

「私が勝つから!」

 

 グラスワンダーに負けず劣らずの気炎万丈、気合十分だった。日本ダービーを勝った故か今日のレースも一番人気。実力も世間からの評価もまさに世代のトップであるスペシャルウィークが気力も十分であるということに、グラスワンダーはますます燃えていた。

 エルコンドルパサーを打ち破ったウマ娘と堂々と勝負できるということが、彼女をさらに高揚させていた。

 

「いいえ、私が勝ちます。……ですが良かった、これでお互い全力を尽くせますね」

 

 譲る気は毛頭ない。互いの闘志が共鳴するように膨れ上がり、地下バ道を満たしていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 日本ダービー以来の勝負服に着替えて地下バ道に出た瞬間、セイウンスカイはピリピリと肌を差すような空気を感じた。

 そして奥より、二人のウマ娘がやって来た。

 グラスワンダー、そしてスペシャルウィーク。他のウマ娘もクラシック最後の一冠を取ろうと気合が入っているが、この二人は別格だった。

 

(当たり前だよね、秋天であれだけのレースを見せられたらさ……)

 

 一週間経っても語られる今年の天皇賞(秋)、激闘を繰り広げたのは彼女たちと同じチームの先輩だ。

 次は自分だと、先輩の覚悟を受け継ぐのだと、そんな気概が見て取れた。

 

(でもさ……魅せられて、熱くなっちゃってるのはこっちも同じなんだよね)

 

 口角を上げ、両手を頭の後ろに回し、軽快な足取りで近づく。

 

「やっほーお二人さん! 今日はよろしくね!」

「ええ。互い全力を尽くしましょう」

「負けないからね、グラスちゃん、セイちゃん!」

 

 笑顔の本質は威嚇、なんて言い出したのは誰だろうか。

 譲る気など微塵もなく、三人の顔には笑みがあった。

 

 菊花賞が始まる。

 

 

「ちょぉおっとまったあっ!! このキングを差し置いて勝手に始めるんじゃないわよ!」

「あ、いたんだキング」

「いたわよ!」

 

 ……始まる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『クラシックロードの終着点、菊花賞を制し最強の称号を手にするのは誰か。それを目に焼き付けんと多くのファンがこの京都レース場に集いました』

『まるで先週の天皇賞の興奮をそのまま受け継いできたかのような熱気です。出走する十八名のウマ娘たちも気合十分、その熱意に当てられてか雲一つない晴天となりました』

『注目のウマ娘を紹介しましょう。三番人気は長い休養から復帰し、前哨戦を見事勝利したグラスワンダー。ジュニア級王者の貫禄を見せつけられるか。

 二番人気は皐月賞ウマ娘セイウンスカイ。その一癖ある逃げは長距離の舞台でも発揮されるか、トリックスターの手腕に期待です。

 そして一番人気はダービーウマ娘スペシャルウィーク! あのエルコンドルパサーを差し切った末脚は今日も炸裂するのか。続きまして───』

 

 病院の談話室には人だかりができていた。

 ほとんどは備え付けられたテレビに映る菊花賞の中継を見るためだが、テレビの前に陣取るウマ娘を一目見るためでもあった。

 車いすに乗ったライスシャワーとサイレンススズカ、彼女たちに付き添うメジロマックイーン。トゥインクルシリーズのGⅠ戦線で活躍するスターウマ娘が三人も集まっていた。

 

「もしかして迷惑かな……」

 

 ライスシャワーの耳が不安そうに揺れた。

 病室にあるテレビや自前のスマホでは画面が小さいためここまで来たが、こうも注目されると少し居心地が悪くもあった。

 

「別に後ろめたいことなどないのですから堂々としていればよいのですわ。現地に応援に行けない分、できるだけ大きなモニタの前で見たいと言ったのはライスさんでしょう?」

「そうだけど……」

「もう少し自信を持ってください。複雑でしょうけど、今ここにいることが幸運と思う方もいるんですのよ」

「そうなの?」

「ええ、図らずともここには菊花賞や天皇賞を制したウマ娘に稀代の逃げウマ娘がいるのです。そんなスターウマ娘が集まってクラシックレースを見て語る。中々味わえない経験でしてよ?」

 

 メジロマックイーンの言葉に、そうだ! と後ろにいた人だかりから声が上がった。

 サイレンススズカは苦笑いしつつ、この状況を受け入れているようだ。

 

「そ、それじゃあ……お言葉に甘えて? ……よろしくお願いします」

 

 歓声、は挙げられないので控えめだが拍手をもって賛同された。

 皆の視線がテレビへと集中する。

 パドックはすでに終わり、出走ウマ娘たちはゲートへと入っていった。

 ファンファーレが止む。一瞬の静寂。

 

 そして、ゲートは開いた。

 

『始まりました菊花賞! 最初に飛び出したのは葦毛のウマ娘! 皐月賞ウマ娘のセイウンスカイだ! 天皇賞(秋)のサイレンススズカを思わせる逃げっぷりに場内は大興奮です!』

 

 ハナを取ったセイウンスカイ。グラスワンダーとキングヘイローは先行集団に留まり、スペシャルウィークは十番手と後方に控えた。

 セイウンスカイに無理について行くウマ娘はいない。菊花賞は3,000mの長丁場、クラシック級の彼女たちにとって初の長距離レースだ。自分なりのペースで走っていた。

 

「ペース速いね」

「ですわね」

 

 1,000mを通過したセイウンスカイのタイムは五九秒六、長距離レースにしてはかなりのハイペースだった。

 

「このペースで3,000mだと私でも最後までもたないかも……」

「緊張で掛ってしまったのでしょうか?」

「どうだろう……」

 

 ライスシャワーの脳裏によぎるのは病室を訪れたセイウンスカイの姿。貪欲に勝利を求める彼女がGⅠの舞台とはいえ緊張からの暴走するとは思えなかった。

 

「スカイさんはブルボンさんみたいに気力で逃げ切るタイプでも、スズカさんみたいな圧倒的スピードで逃げ切るタイプでもない。常に思考を巡らせてレースを支配する策謀タイプ……!」

「どうせバテると甘く見ていては痛い目を見るというわけですのね」

「でも無理について行ったら自分がバテちゃう。だから重要なのはバランス。自分の射程圏内に相手を収めつつ、ペースも維持すること」

「そっか……そんなに色々考える必要があるから、一番強いウマ娘が勝つレースなのね」

 

 セイウンスカイが2,000m地点を通過した。タイムは六四秒三と先ほどと比べてかなりペースを落としていた。

 飛ばし過ぎたんだ! と後ろから声が飛ぶが、ライスシャワーやメジロマックイーンはそうは思っていなかった。

 何故なら、今セイウンスカイは二周目の上り坂にはいるところだったから。坂を駆け上がる以上、どうしてもスピードは落ちるものだ。彼女だけでなく、他のウマ娘たちも落ちる場所だ。

 

「でも逆に言えば、息を入れるタイミングでもある……」

「一人ハイペースによる後続との差はその余裕を生むためのもの。つまりセイウンスカイさんの脚はまだ残っている……!」

「もし私がこのタイミングでまだ脚を残せていたとしたら、私を差せるのは絶好調のフクキタルくらいね」

「グラスさん……」

 

 三人のGⅠウマ娘の見解は同一だった。

 このタイミングで後続は仕掛けなければ、セイウンスカイが逃げ切ると。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 グラスワンダーの前を走るセイウンスカイのスピードは明らかに落ちている。スタート直後からのハイペース。3,000mを走り切るには無謀な逃げなのは明らかだった。

 

(スカイさん……)

 

 クラシック最後の一冠。出走ウマ娘全員がベストを尽くすものになって欲しいと思っていた。だからこそ、レースから意識が逸れていたスペシャルウィークにも怒りを向けてしまったが、セイウンスカイも暴走するとは思っていなかった。

 このまま力尽きるであろうセイウンスカイを抜き去る。真剣勝負である以上仕方ないが、やはり心にしこりが残るものだった。

 

(いや───)

 

 自分の考えを、脳がどこかで否定した。

 もしも、セイウンスカイが実はまだ脚を残していたとしたら。

 今のバ身差を維持したままに坂を登り切り、下りの慣性を活かすことが出来たとしたら、誰が差し切ることが出来るだろうか。

 グラスワンダーが思考を巡らす。

 ここで仕掛けるか? しかしすぐに上り坂、加速するには良いタイミングではない。セイウンスカイのスタミナを考えた末に自分のスタミナを使い果たしては本末転倒だ。だが、一度見えた負け筋が頭から離れない。

 ちらり、と自分の脚を見る。末脚には確固たる自信がある。しかしスタミナはどうだ。3,000m走り切れるようにはなっているが、坂で仕掛けることは想定していなかった。そして脚はどうなる。かつて冬にひび割れたこの脚は、果たして猛スピードの登坂に耐えられるのか。

 

(私は……)

 

 トレーナー、親友、後輩たちの顔が過る。レースが終わった後、胸を張ってまた会うにはどうすればよいか。誇れる姿とはなにか。それを考えた時、迷いは消えた。

 

(思い出せ───)

 

 自分を鍛えたのは誰なのか。

 

(思い出せ……!)

 

 春、涙を呑んでレースを控えたのは何のためか。

 

「ここで恐れて、頂点に届くものか!!」

 

 目指すべき高みへ至るため、少女は勝負に打って出た。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『セイウンスカイが一人坂を登る中、後続のウマ娘たちも続々と二周目の坂に入り───おおっと!? ここで! ここでグラスワンダーが仕掛けた!!

 掟破りの上り坂からの加速! 果たしてこの作戦は吉と出るのかそれとも───!』

 

 向こう正面、スタンドから歓声が上がったのを聞いたセイウンスカイはおやと、思った。そして次の瞬間には、悪寒がその背中を駆け抜けていた。

 

「まさか……!」

 

 振り向かずともわかる。先ほどまで誰もいなかったはずの背後に、グングンと迫る気配があった。一歩踏み出すたびに芝の下にある砂塵が舞う、大地を揺らすような力強い走り。知っている。電子の世界とは言え、この気配を何度も味わった。

 

「グラスちゃん───!?」

 

 坂に入るときはまだまだ後方にいたはずの彼女が、もはや一バ身もない距離にまで迫って来ていた。

 坂はスタミナを維持するためにゆっくり上る。その常道に真っ向から逆らう走りにトリックスターも度肝を抜かれた。

 

(死んだふりは通用しないか……!? でももう上り坂は終わる。そうすれば下りだ! 最後の直線で振り切るだけの脚は残してある!)

 

 焦る心を抑えてなんとかペースを維持する。猛追してくるグラスワンダーは恐ろしいが、ここでスタミナの配分を乱すことの方が致命的だった。

 坂を上り切り、第三コーナーを回りながら坂を下る。

 セイウンスカイはなんとか最内の最短距離を走る。グラスワンダーはその真後ろを走る。差し切り態勢に移るよりも、コース移動による距離ロスを嫌ったのだ。

 

『坂を下り終えてなお先頭はセイウンスカイ! 二番手はグラスワンダー! 両者ともに最終コーナーを曲がりついに最後の直線へ!

 勝負の行方のこの二人に……いや───!』

 

 残り二ハロン、ここに来て二人の激闘に割って入る者がいた。

 スペシャルウィークだ。

 

「うぉぉおおおおお───!!!」

「「スぺちゃん……!」」

 

 日本ダービーを彷彿とさせる末脚にスタンドからは大歓声が上がる。

 四番手以降のウマ娘はついてこれていない。勝負の命運は、この三人に委ねられた。

 

「抜かせるかぁああ!!」

「逃がしはしません……!」

「負けられない、負けたくない!」

 

 残されたスタミナを燃やし尽くして速さに変える。

 身にも心にも業火を纏ったウマ娘たちが裂帛の気合で叫び、駆ける。

 

 

「勝つのは──────私だああああああああ!!!」

 

 

『三人並んで最後のデッドヒート!! 逃げ切るかセイウンスカイ! 差し切るかグラスワンダー、スペシャルウィーク!

 勝つのは皐月賞ウマ娘か、復活のジュニア王者か、ダービーウマ娘か!!

 残り百メートルを切った!

 ああっ! ここで抜けた! 抜けた! 抜け出した!!

 

 

 

 グラスワンダーが抜け出した!!

 

 

 グラスワンダー先頭!! 

 グラスワンダーゴールイン!! グラスワンダー一着!!

 クラシック最後の一冠、菊花賞を勝ったのはグラスワンダーだ!!

 ジュニア級王者が今完全復活!! 不死鳥のごとく蘇りました!!

 

 

 

 跳ねまわる心臓の鼓動が耳朶を叩く。

 拭っても拭っても汗がとめどなく溢れてくる。

 激闘で沸き立った血潮が体温を上げ、蒸気となって噴き出す。

 初めての3,000mは思っていた以上に過酷で、どこか一つでも間違えれば勝敗はひっくり返っていただろう。

 それでも、勝ったのは彼女だった。

 長い休養の果て、ケガを乗り越え、友との約束を果たしたのだ。

 

「やった……やりました!」

 

 らしくもなく、拳を空向かって突き上げると応えるようにスタンドから拍手と歓声が上がる。

 他のウマ娘を応援していた観客もいるだろう。しかし、今この瞬間は、レースの最前線へと舞い戻った不死鳥の勝利を祝福していた。

 

「あーあ、負けちゃった……」

「セイちゃん……」

 

 伝う汗を拭いながら、セイウンスカイも、そしてスペシャルウィークも笑っていた。

 悔しさと友の復活を喜ぶ二つの感情がまじりあった表情だった。

 

「どのあたりで気付いてた? 私がわざとペース落としたって」

「気づいたわけではありません。ただ、もしそうだったら追いつけないなと。……それにセイちゃんならそれくらいするだろうなと」

「うわあ信頼されてて嬉しいなー。……バレたわけじゃないなら、まだまだトリックスターの看板は掲げていられそうだね」

「うう……私は全然分からなかった。グラスちゃんが加速するのを見て慌てて追いかけたんだ……」

「まあ私も確信があったわけではありませんでしたから」

 

 まさに勝敗は紙一重。グラスワンダーが仕掛けるのがほんの少し遅ければ、セイウンスカイが逃げ切っていただろう。

 グラスワンダーの言葉を聞いて、そっか、とセイウンスカイは天を仰いだ。

 

「一瞬の判断が勝敗を分けた、か……やっぱりレースは面白いなぁ」

 

 そして、

 

「次は負けないよ、グラスちゃん」

「私も、次は絶対勝つからね!」

「ふふ……いいえ、次も私が勝ちます」

 

 次の戦いを誓い合うのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 会場中央に設置された、ウイニングライブの舞台の上でグラスがセンターで踊っていた。二着のセイウンスカイ、三着のスペシャルウィークともにクラシックGⅠのライブ曲である“winning the soul”を歌っている。

 この曲に耳を傾けるのもいつぶりか。ライスがミホノブルボンに勝った菊花賞以来か。いやアレも三冠を阻んだことで気まずい空気だったし、しっかり聞くのは師匠が率いていた頃まで遡るかもしれない。

 朝日杯以来のGⅠ勝利でのウイニングライブを踊るグラスの表情は花のような笑顔が広がっており、左右を踊る同期の二人も彼女の勝利を祝福していた。

 それは会場に集まったファンも同じ。そして私たちマルカブの横でサイリウムを振るスピカやヒロさん───セイウンスカイの担当トレーナーも同じだった。

 ライブ会場に集まった全員が、グラスの勝利を喜んでいた。

 長い冬を超えて、グラスワンダーという大輪はようやく咲き誇ったのだ。

 

「……SSGだな」

「なんですって?」

 

 突然、ヒロさんが妙なことを口走った。

 

「だからSSGだよ。皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠を綺麗に分け合ったからな。きっとそう呼ばれるようになる」

「……ああ、BNWとかTTGみたいなもんですか」

 

 クラシックレースはトゥインクルシリーズでも特に業界から注目されるプログラムだ。故にそこで活躍したウマ娘は名が知れ渡り、成績の良いウマ娘たちを三人ほど挙げて三強と呼称される。いつの時代も、私たちはそういう括りが大好きなのだ。

 

「でもそれならSSGではなくGSSでしょう。真ん中のSがセイウンスカイかスペシャルウィークかはお任せしますが」

「言ったなコンニャロー! 有記念も出てこいそこで白黒つけてやらぁ! おいスピカの、お前はどうだ」

「望むところ! って言いたいですけどスぺは今年はもう休養ですかね。コテンパンにされちゃいましたし、あいつスズカのことまだ気にしてそうなんでちゃんと心身のコンディション整えてから挑ませてもらいますよ」

「む、それじゃあしょうがないな。今年の有はスピカ抜きで盛り上げるしかないな」

「というかヒロさん、有は人気投票だから出られるとは限りませんよ?」

「クラシック勝ったウマ娘がその年の有に出れないわけないだろ。担当が立て続けにGⅠ勝ったからって浮かれていると足掬われるぞ?」

「肝に銘じますよ」

 

 グラスの勝利を祝いながら、次のレースのことを語り合う。

 天皇賞(秋)の興奮が菊花賞に引き継がれたのと同じだ。今日のレースの熱が、次のレースへ引き継がれる。そしてそのレースの熱はそのまた次のレースへ。

 そうしてウマ娘たちが命を燃やして刻んだ蹄跡は人々の心に残り続け、やがては轍となる。その轍を追って新たな星がやってくる。その星にまた私たちは夢を見るのだ。

 

 私たちのレースは、いつまでも終わらない。

 

 

 

 黄金世代と呼ばれるウマ娘たちのクラシックは終わりを迎えた。

 そして始まるのは新時代。黄金に引けを取らない輝きを持つ一等星たちが暮の大舞台へと降り立つ時が来る。

 一方で黄金たちの戦いは終わらない。同期と世代の頂点を争うクラシック級の次は、世代を超えてぶつかり合うシニア級。勝利に餓えた餓狼が闘志を燃やし、栄光に満ちた怪物が牙を研ぎ澄ませる魔境。

 その舞台に一足早く立つのが彼女だ。

 

 次はエルコンドルパサーのジャパンカップだ。

 

 

 

 

 第四章 チーム激闘編 完

 

 第五章 チーム飛翔編へ続く

 

 

 

 

 




長かった四章もこれにて終了です。お付き合いありがとうございました。
五章も同じくらい長いゾ。

特に秋天あたりは本作でどうしてもやりたいことだったので、いつも以上に反応あって嬉しかったです。

次の投稿はいつも以上に時間をおかせてください。リアルが忙しくなってきたのと、エルもですがデジタルやドトウ周りの話を一度整理したいので。
書き溜めは続けていきますので、次投稿するときは一週間くらい続けて投稿できたらいいなって思っています。

では、エルの世界への挑戦とデジタル・ドトウのGⅠ挑戦までしばらくお待ちください。


……決してポ〇モンやるから時間かかるわけじゃないですよ?
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