シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
海外のウマ娘が日本にやってくるジャパンカップ。だが今年は招待を受けた海外勢のほとんどが辞退または諸事情により回避となった。昨年、アメリカの芝最強を決めるBCターフ覇者が来てくれたことがせめてもの救いか。担当者は胸を撫で下ろしたことだろう。
だが海外の猛者が少ないことはエルにとって都合が良かった。
これでエアグルーヴとシリウスシンボリの二人に向けるリソースを確保できた。もっとも、それは向こうの陣営も同じだろうが。
各種メディアは今年のジャパンカップを『近年稀に見る大物不在』と謡ったこともあり、前評判では日本のウマ娘が優勢であった。
「やっぱり、人気は先輩たちに集まっているみたいデスね……」
勝負服に着替えたエルが呟いた。
一番人気はシリウスシンボリ、二番人気はエアグルーヴでエルは三番人気となった。2,400mの実績がある順となったかたちだ。あとは、シニア級とクラシック級という経験値の差か。
シリウスシンボリもエアグルーヴも、クラシック以降GⅠ勝ちはない。だがそれは彼女たちの勝利がフロックだったわけでも衰えたわけでもない。彼女たちが常に最前線を走り続け、強敵相手に挑んできた結果であった。
シリウスシンボリはダービーを勝ってから欧州へ遠征しKGVI&QES、凱旋門賞と欧州を代表するGⅠに挑み続けた。日本に戻って来てからもオグリキャップやタマモクロスという伝説的な強豪と激闘を繰り広げた。
エアグルーヴも敗北したのは昨年はマチカネタンホイザ、今年は宝塚記念でサイレンススズカに、天皇賞(秋)をライスに、そしてエリザベス女王杯でメジロドーベルといったトップ層だ。しかしGⅡ以下の重賞は安定して勝っており、負けても掲示板上位を逃さない堅実な走りを見せてきた。
実績と戦ってきた舞台に裏付けられた故の人気、故の強敵と言える。
「……それでも、エルが二人に劣っているとは思っていない」
私の言葉にメンバーが顔を上げる。視線が集まる中で続ける。
「二人が強敵なのは事実だよ。エルにまだそれに並ぶ実績が無いのも本当だ。でも、それは客の判断材料に過ぎない。前評判は……結局は前評判だ」
エルの方を見る。コンディションは十分。気負っている様子もなく、だからと言って気が抜けているわけでもない適度な緊張感が見て取れた。
「エル。ここからが君の夢の始まりだ。世界に、日本に、君を見せつけておいで」
「───ハイ!」
背中を叩くと、覇気ある声で彼女は答えた。
コンドルが世界へ羽ばたく時が来た。
◆
「……本当に出走されるんですね」
「なんだ? 女帝様にはジョークにでも聞こえてたか?」
地下バ道にて、今日の一番人気と二番人気が並んで歩いていた。
見目麗しいウマ娘の中でも際立って外見が良い二人だ。並んで歩くだけで華があり、思わず見惚れる出走ウマ娘もいた。
「今日はエルコンドルパサーの実力を見極めるつもりですか?」
「チッ、オカの野郎……いや、お前が聞くとしたらルドルフの方か」
「直接聞いたわけではありません。生徒会としての職務上、遠征に関する書類なども見ることがありますので」
「そこから推測したって? 聡明と見るべきか、脇が甘いと非難すべきか……どちらにしろ訂正しておくが」
シリウスシンボリの視線が鋭くなる。
「見極めるなんて生温いことはしない……私は本気であのひな鳥を叩きつぶしに来たのさ」
「……何故です? 今のマルカブのトレーナーと貴女の間に諍いがあったというのは聞いていますが」
「そんな昔の話はとっくに水に流したさ。向こうも面倒くさいのに絡まれた程度にしか思っていないだろう。ただ私は、夢しか見ていない小娘に現実を見せつけてやろうってだけさ。ダービーも取れなかったヒヨッコに欧州旅行は早すぎるとな」
今夏、欧州GⅠをシーキングザパールとタイキシャトルが勝利した。しかしそれも
「エルコンドルパサーはダービーで負けこそしましたが僅差の二着です。同等の実力があるとは思いますが……」
「おいおい随分とエルの肩を持つじゃないか。お前も分かっているだろ、二着も十分凄いだの好走したから次は期待なんてのは大人たちの都合だ。
……私たちにとって一着以外は全て等しく負けだ」
シリウスシンボリが語るのは厳しくもレースを走るウマ娘としての現実だった。
厳しい競争社会を勝ち抜いた末に、栄光を掴んだものだからこその言葉だった。
「ダービーは僅差だった。次やれば結果はひっくり返るかもしれない。だがそんなもしもは起きない。エルはもう日本ダービーを走ることは出来ない。あの日あの時あのレースで、僅差で勝つという幸運を掴んだのはスペシャルウィークだ。
次頑張ればいいなんて吼える負け犬に、
一歩、前に出る。並んでいた二人から一人だけが先に進む。
「お前はどうだエアグルーヴ? お前が被った樫の王冠は、世界への踏み台に出来るほどに軽いのか?」
「私は───」
答えを待たずしてシリウスシンボリはターフへと向かった。
一人残されたエアグルーヴは拳を胸に当てる。
「……オークスの栄光を、軽いなどと思ったことはない。しかし……!」
言葉にはせず、女帝は強い意志を秘めてターフへと歩き出した。
◆
人波をかき分けて客席に行くと意外な面子を見かけた。チーム・スピカだ。
未だ入院中のサイレンススズカを除くメンバー四人が、トレーナー含めて揃っていた。
「一体どうして? スピカのメンバーは出走していないはずですが……」
「おいおい。そりゃあレースではライバルだがそれ以外では友人だろうよ。応援だよ応援。同期としてエルコンドルパサーを応援に来たんだよ。なあスぺ?」
「はい! 最初は私も出る予定だったんですけど、その……回避になっちゃったので」
そういえばスペシャルウィークもジャパンカップを予定していたか。
菊花賞こそ雑念を振り切り出走してきたが、やはり後ろ髪を引かれる思いがあったのだろう。
「本当はレースに集中しないとダメなんでしょうけど、私どうしてもスズカさんが心配で……」
「こんな状態で無理に出走しても菊花賞の二の舞だしな。思い切って目標はシニアに切り替えた」
「いえ、気持ちは分かります。誰だってケガは怖い。しかも仲の良い先輩が骨折なんて気が気じゃないでしょう」
トレーナーの立場からすれば注意するところかもしれないが、私もかつてライスのケガで過保護になった時期があるので強くは言えない。
そう思っていたら冷たい視線が刺さってきた。
「……つーん」
「え? グラスどうしたの?」
「いえいえ。どーせ私は先輩のケガを気にせずレースに全力を出す冷血ウマ娘ですよー」
「え、あ、いや……今のは別にそういう意味では……」
「前見た時も思ったが本当に尻に敷かれてんなー」
そこはお互いさまだろう……!
あたふたする私が可笑しかったのか、グラス含めて小さな笑いが起きた。
「もうグラスさん、意地悪しちゃだめだよ?」
「すいませんライス先輩」
「あはは、なんだがこんなグラスちゃん見るのは新鮮だな」
言われてみれば私はトレーニングを見ているが普段の学生としての彼女たちはほとんど知らないことを思い出す。まあ担当の日常に踏み込み過ぎるのもよろしくないのだが。
私たちトレーナーはデビュー時期による同期という形でしか捉えていないが、グラスたちからすればそれ以上の何かがあるのだろう。負けられないという気持ちの源泉が。
「……そろそろ始まるようですわね」
メジロマックイーンの言葉に皆の視線がターフへと向かう。
出走ウマ娘がパドックに姿を現す。
「どうだ? エルコンドルパサーの調子は」
「当然、バッチリですよ」
「流石。でも相手も強敵だ」
シリウスシンボリの姿が見えると、客席のいたるところから黄色い歓声が飛んだ。久しぶりの国内レースとはいえダービーウマ娘、堂に入った佇まいはまさに歴戦の猛者だ。
「シリウスさんも調子よさそう……」
「エアグルーヴさんもエリザベス女王杯からの連戦とは思えない仕上がりですわ」
入れ替わりでエアグルーヴが出てくる。
メジロマックイーンの言う通り、どちらも万全を期してこの舞台に上がってきたのだ。
「……これまでだって、楽に勝てるレースなんてなかったよ」
日本ダービーはスペシャルウィークに僅差で敗れた。毎日王冠ではサイレンススズカに追いつけなかった。
二度の敗北はエルの心に影を落としたが、一方でそこからさらに高く飛ぶためのバネになったはずだ。
夏の合宿、敗北からの奮起。仲間たちが繰り広げた激戦。この数か月の蓄積が今日真価を発揮する。
ついにエルがパドックに飛び出した。その表情には微塵の不安もない。
観客からの反応はそこそこ。クラシック級の若駒が歴戦のシニア相手にどこまでやれるかお手並み拝見、そんな雰囲気だった。
「勝つさ。勝って、あの子は世界へ行く……」
◆
『世界のウマ娘が栄光を求め、ジャパンカップの府中に集う! 世界から来た海外勢に日本勢はどう立ち向かうのか!
今年も各世代を象徴するようなスターウマ娘が集まりました。ダービー、オークス、グランプリ。誰が勝ってもおかしくない戦績を上げております!』
『注目はやはりシリウスシンボリでしょうか。久しぶりの日本での出走に往年のファンも大興奮ですね』
『一方、エルコンドルパサーにも注目が集まっております。話題の黄金世代の一角が初めてシニア級と共にGⅠを走ることとなります』
『先日の菊花賞では彼女のチームメイトであるグラスワンダーが見事勝利して見せました。同期たちがクラシックで魅せた勢いに続けるか、シニア級相手にどこまでやれるか期待ですね!』
『さあ、各ウマ娘がゲートに収まりました。日本のウマ娘の力を世界に見せるジャパンカップ! 今……スタートしました!
十五人のウマ娘が一斉にスタート! 十三番サラサーテオペラが単騎で飛び出しました! 後を追うのは十一番エルコンドルパサー! シリウスシンボリ、エアグルーヴは三番手集団につきました!』
単騎逃げを仕掛けた十三番を射程圏内に収めながら、エルコンドルパサーは背後からの圧を確かに感じ取っていた。
(シリウス先輩にエアグルーヴ先輩……バッチリとエルについてきてる。ライス先輩にも負けないプレッシャーデス!)
一瞬だけ後ろに視線をやって後続を見る。話題のアメリカ王者は最後方に控えていた。
位置取り争いも終われば先頭を走る逃げのペースに合わせていく。脚を溜め、息を整える。周囲の動きに気を配りながら自分が取るべき最適なルートを探す。全体的にややスローな展開に、先頭を除く十四人の考えは一致していた。
───勝負は最終コーナーから!
そしてその時はやって来た。
先頭を保ったサラサーテオペラを追ってエルコンドルパサーが最終コーナーへ入る。少し遅れてシリウスシンボリとエアグルーヴも突入する。
「………………!」
「──────!」
「───今!!」
真っ先に仕掛けたのはエルコンドルパサーだった。トップスピードに達し、あっという間にサラサーテオペラに並ぶ。最後の直線、正面を向くと同時、エルコンドルパサーが先頭に立った。
最初にスタンド前に帰って来た黄金世代に観客は総立ちになった。
残り400m。このままエルコンドルパサーが後続を振り切るかと思われた時。
「成程、確かにこれは大したもんだ。世界だ最強だと吼えたくもなるだろう。───だが!」
天狼星が獰猛に輝いた。
「世界の壁は、世代の頂は、その程度じゃ越えられねえぞ!!」
『最後の直線、先頭はエルコンドルパサー! そして……そしてここで来た!
シリウスシンボリが来た!!
奥からエアグルーヴも来ている! 新世代の猛禽へ、ダービーバとオークスバが襲い掛かる!!』
ゴッ、ゴッ、と芝を抉る凄まじい末脚。あっという間に二人の王者がエルコンドルパサーに追いついた。エルコンドルパサーの優位はわずか。一瞬の緩みで差し切られる。
各世代を代表するウマ娘たちの激走に洪水のような歓声が上がった。
「……くぅッ!」
エルコンドルパサーは振り切れない状況に歯噛みした。
彼女の仕掛け時は決して間違っていない。エルコンドルパサーの能力を十全に発揮したベストなタイミングだった。
しかし、それを上回る勢いで二人が上がってきたのだ。
(これがダービーウマ娘、これがオークスウマ娘……!)
まさしく世代の代表だろう。この二人を何度も打ち負かした者たちがいるというのだから恐ろしい。
そして、そのさらに上を行く者たちがいるということに。
(でも、こんな……ところで……)
最速に追いつき、追い抜いた
改めて先輩の凄さを見せつけられた。頭一つ抜け出ていたつもりが、同期たちは自分よりも先にいた。
自分もいつか、いやすぐにでもそこへたどり着かないといけない。後を追う後輩として、同じ時代を走る友として、隣に立つライバルとして。
だから、
「ま、け、て──────」
吼える。
「いられるかああああああ!!!」
『エルコンドルパサーが抜け出した! しかしシリウスシンボリ逃さない! エアグルーヴも追う! 残り200m! 先頭は未だエルコンドルパサー! エルコンドル振り切るか!? 届くかシリウス! 差し切るかエアグルーヴ!?
……シリウスが来た! シリウスが来た! エルコンドルを捕えた! 並んだ、並んで───』
「はっ! 流石は黄金世代……存外粘るじゃないか! だがまだだ、まだ足りねえ……! 世界に挑むってんなら、
限界に近い走りをしながらシリウスシンボリが吼える。一方でエルコンドルパサーに返す余裕はない。
全身の細胞が酸素を求めて喘いでいる。応えるように心臓は早鐘を打ち、肺は狂ったように収縮を繰り返す。
エルコンドルパサーの身体は限界を迎えていた。
(まだ……)
けれど、
(まだ───)
だからこそ、
「まだあああああああ!!!」
微かに見えたモノがあった。
『振り切ったああ!! エルコンドル振り切った!!! 一着はエルコンドルパサー!!ダービーも、オークスも関係ない! 世界の強豪を押しのけ、二人の王者を振り切り、ジャパンカップを制したのはエルコンドルパサー!!
次は世界に飛び立てエルコンドルパサー!!』
◆
その瞬間を、エアグルーヴは確かに見た。
天皇賞(秋)でサイレンススズカやライスシャワーが見せた驚異的な走り。その一端を。ラストの数十m、エルコンドルパサーは微かにその片鱗を覚醒させた。
「はあ……はあ……もう少しだったな」
二番目にゴール板を抜けたシリウスシンボリが言った。勝ち負けの話ではないのはすぐに分かった。
「もう少し叩いてやれば、入ってたかもしれねえな……」
「“
「……知っていたか。いや、秋天で間近に見ていたんだったな」
「やはり貴女は……」
「勘違いするな。私が競っていたら勝手にその域へ届きかけただけだ」
口ではそう言うが、やはり彼女もシンボリのウマ娘なのだろう。自然とウマ娘たちのために行動してしまう。今日のレースも勝ちを譲る気が無かったのは本当なのだろうが、どこか若手の成長を喜んでいるように見えた。
(私は……)
対して、自分はどうなのだろう。
オークスウマ娘として、女帝として最前線を走り続けた。
宝塚記念、天皇賞(秋)、エリザベス女王杯、そしてジャパンカップ。いずれも敗れた。敗れたが、その末に何かを残せただろうか。
スタンドからの喝采を受けて手を振るエルコンドルパサーを見る。
クラシック級でありながら、シニア級であるエアグルーヴたちに競り勝つ黄金の新世代。その力に、時代の潮流が変わる時を見た気がした。
いや、その兆候はもっと前にあったのかもしれない。
「そうか……」
呟く女帝の顔に、敗北の苦渋はなかった。
「これが……私の道か……」
◆
「見ていただけましたか? ええ、確かに勝ちました。あのシリウスに」
スタンドからの歓声から離れた位置で、シンボリ家と縁あるトレーナー丘辺がスマホに向かって話していた。通話先は当然シンボリ家であった。
「担当トレーナーに頼まれたのは本当ですが、実力は証明できたでしょう。海外遠征に期待できるのは貴方から見てもそうでは?
……クリスエスですか? まだデビュー前ですよ。二年ちかく静観するおつもりで? ……シリウスはもう自分で判断できます。こちらが口出すべきではないでしょう」
丘辺はマルカブを特別贔屓してはいない。直接頼まれたので気持ち一つ分目は向けているだけだ。エルコンドルパサーに海外での活躍が見込めるというのは皇帝を育て上げたトレーナーから見ての本音であり私情を挟んでは無い。
それはスマホの向こうにいる相手にも伝わったようだ。
「ええ……ええ。では次の定例会で挙げてみてください。吉報をお待ちしていますよ」
通話が切れた。
耳をすませば、エルコンドルパサーの勝利を称える歓声は今もなお響いていた。しかし、この勝利があくまで彼女にとって夢に向かう助走に過ぎないと、どれだけの者が知っているだろうか。
「君たちは見事力を示した。私も出来る限りの後押しはした。あとは……向こうがどう判断するかだ」
シンボリルドルフによるクラシック無敗の三冠、そしてGⅠ七冠という偉業を成し遂げた丘辺の覚えは確かに良い。だがあくまで言葉に耳を傾けてくれる程度で、採決を左右するほどの力はない。
「念のため他にも手を打っておいた方が良いと思うけど、そこまでするのは野暮かな?」
エルコンドルパサーの遠征がどうなるか、後は神のみぞ知るというものであった。
バレンタイン回でのイベント相手は?
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ライスシャワー
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グラスワンダー
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エルコンドルパサー
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メジロマックイーン
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サイレンススズカ
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スピカトレーナー