シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
【番外6】激闘の余波
東条ハナは自他ともに認める一流のトレーナーだ。彼女が率いるチーム・リギルは三冠ウマ娘ナリタブライアンを筆頭に優秀なウマ娘が多く所属し、チーム成績は常に学園トップクラスを維持している。
ウマ娘との関係も良好であるため、何かと他のトレーナーから目標とされたり憧れを抱かれたりしている。なんだったら後輩から相談を受けることも多々ある。
なので、
「東条さん、すいませんが相談乗ってくれませんか?」
そんな頼みごとをされるのも慣れたものだった。
いつもと違うことがあるとしたら、
「最近、バクシンオーの様子が変なんです」
男性トレーナーからの相談だったこと、そしてそれが
カフェテリアで話を聞くことにした。
「あれ? って思ったのは秋天が終わってからすぐのことです」
「……そうなのね」
「……今、おかしいのは普段からだろって思いました?」
「思ってないわ。続けて」
「はい……クラスメイトにも聞いたんですが、日中の授業とかは変わりないんだそうです。ただ、トレーニング中にバクシンバクシンって叫ばなくなりました」
「……そう」
「……今、静かになっていいだろうって思いました?」
「……思ってないわ」
「そうですか……時期的に、そろそろ長距離を走りたいと言いだす頃なんですか、そんなこともなく中距離に向けたトレーニングを続けています」
「……」
「───今」
「別にタイキと距離が被らなくなって安心とか思ってないから! とりあえず、サクラバクシンオーが普段と違うのは分かったわ」
トントンとテーブルを指で叩きながら続ける。
「……で、私に何をしてほしいの?」
相談と言いつつお願い事があるのは分かっていた。
これが新人か、実績少ない若手ならまだしも相手はスプリント王者を育て上げた傑物だ。しかも本人が希望しているという理由で距離延長にまで尽力している。才能だの適正だの、長く根付いた定説に真っ向から喧嘩を売る狂人枠が、ただの愚痴で終わるわけがないのだ。
「実はですね……」
遠慮がちに、けれど絶対引かないという笑みを称えながら、彼は話を切り出した。
◆
ある日の夜。ナリタブライアンはナイター設備の照明に照らされたグラウンドにいた。軽く走っていたのか、秋の夜風を浴びる彼女の頬は熱を帯びていた。時間的にはまもなく門限で、通常ならフジキセキが呼びに来る頃だ。
だが、今夜だけは特別だった。
「……来たか」
芝を踏む音を耳が捉えた。
振り返った先にいたのはサクラバクシンオー。すでにアップを終えているのか、僅かに体から蒸気が上がっていた。
「フジに勝ったそうだな」
「ええ、1,600mですが」
「昨日はアマさんにも勝ったらしいな」
「1,800mですね! 流石の追込でした!」
リギル対サクラバクシンオーの模擬レース。これがトレーナー間で行われた交渉の結果だ。
毎夜、マイル以上を主戦とするリギルのメンバーとサクラバクシンオーが競う。リギルが勝った時点で終了。サクラバクシンオーが勝った場合は翌晩も継続する。
サクラバクシンオーは強豪相手に経験を積めるが、一方でリギルには利がない。しかし、
「結果に関わらず、バクシンオーを指導する中で培った資料を提供します」
それが、かのトレーナーがリギルを巻き込めた理由だった。
東条もタイキシャトルを指導している以上はスプリントのノウハウは身についている。歴史あるリギルが積み上げてきたものも多い。しかし目の前にいるのはそのタイキシャトルを打ち破った短距離王者の担当だ。技術と思想の停滞は緩やかな死、などという輩もいる以上、実績ある他者の知見というのは宝石の如き価値があった。
「そこまでするの?」
「します。バクシンオーは秋天から何かを掴みかけています。もう一押しきっかけが欲しいんです」
「今後もバクシンオーは中距離路線を行くのでしょう? リギルより適したチームがあると思うけど」
「大抵、チームというのは適性が偏るものです。スプリンターやマイラーしかいないチームでは今のバクシンオーのためにならない。中距離以上だと今年はスピカかマルカブの活躍が目覚しいですが、向こうは逆にスプリントのノウハウを必要としていないので僕が出せる対価がありません。
短距離から長距離まで満遍なくメンバーが揃っているのはリギルくらいですよ」
言われてそうか、と納得した。そして同時、断る理由もないことに気付く。
タイキシャトルとシーキングザパールの欧州GⅠ勝利により短距離路線は活気づいている。天皇賞(秋)の激戦にやや話題を持ってかれたが熱が冷めたわけではない。
これからのことを考えれば、短距離路線の知識を増やしておくのは利点だ。そしてリギルからしたら失うものはなにもない。敗北した程度でメンタルがやられるような柔なウマ娘はリギルにはいないのだ。
最初からOK以外の答えがない状態なのは癪だったが、東条は感情よりも明確な利を取った。
「いいわ。協力しましょう」
「ありがとうございます!」
そして場面はウマ娘が対峙するところへと戻る。
「条件の確認だ。私が勝ったらこの勝負は終わり。アンタが勝ったら次の対戦相手を私が選び、私が連れてくる」
ただし、とナリタブライアンは一度言葉を切った。
「残ってるリギルはステイヤーばかりだ。まだ長距離の舞台に行く気はないんだろう?」
「……ええ、今は中距離に集中したいですね。よろしければ私の方から相手を指名しても構いませんか?」
「構わんがリギル以外のウマ娘だと叶うかは分からんぞ」
「ビワハヤヒデさんをお願いします!」
「…………」
予想だにしなかった名前に思わず耳と尾が揺れた。
ビワハヤヒデ。菊花賞や宝塚記念を制したナリタブライアンの姉だ。
三冠を制する爆発力はあるが浮き沈みのあるナリタブライアンに対し、常に安定した戦績を誇っている。
「意外だな。ルドルフの名が出ると思っていた」
「生徒会長さんはお忙しいですからね! ビワハヤヒデさんならまだ目があるかと思いました!」
正直、シンボリルドルフを指名してくれれば無理だったの一言で終わらせることができただろう。だがビワハヤヒデ───身内では呼び掛けのハードルは下がる。あの面倒見の良い姉のことだ。日程さえ合えばすぐOKするだろう。
しかし、
「姉貴はリギルじゃない。向こうのトレーナーにも話を通す必要がある。だから条件を一つ加えたい。うちのトレーナーを動かすための理由づけにな」
「なんでしょうか?」
「タイキともう一度走って欲しい。どこか空いた時間に模擬レースで構わない」
それは高松宮記念の敗北を未だ燻らせているチームメイトを思っての提案だった。振り切られたアタマ差、欧州を勝った今なら結果は逆転するかもしれない。
「いいですよ。私もヨーロッパのGⅠを勝った走りは間近で見てみたいと思っていましたから」
「よし、約束だ。じゃあ距離だが───」
「2,000mでお願いします!」
「……本気か?」
サクラバクシンオーが距離延長に成功しているのは知っている。事実、勝てなかったものの春の大阪杯、秋の天皇賞を完走している。
が、ナリタブライアンは三冠ウマ娘。中距離は彼女のフィールドでありサクラバクシンオーには圧倒的に不利な条件だ。
「お言葉ですが、逆にブライアンさんは短い距離で私に勝てると?」
挑発的な物言いに眉を顰めるが、その通りだなと思いなおす。
ナリタブライアンもマイルや短距離が走れないわけではない。が、目の前にいるのは天才的なスプリンター。彼女を相手に勝負になると思うほど傲慢ではなかった。
「負けても短距離でもう一回、などと言ってくれるなよ?」
「言いませんとも! 勝負は一人一回、そういう約束でしたからね!」
条件が決まり、二人ともスタート地点へ向かう。ゲートはなく、適当に引いた線を目印にして並ぶ。
ナリタブライアンがポケットからコイン一枚を取り出し、指で上空へ跳ね上げた。
ナイター照明を浴びてコインが輝き、その軌跡ははっきりと見えた。
芝に落ちた瞬間、弾けるように両者は駆けだした。
ハナを取ったのはサクラバクシンオーだった。やはりスプリント王者。スタートのテンは三冠を獲った怪物にも勝る。
お手並み拝見、とナリタブライアンは無理に追うことなくサクラバクシンオーのペースに合わせることにした。
ペースは2,000mとしてはやや速い。無謀というほどではないが、彼女の戦歴を考えると最後までもつのかとも思った。
(───ほう)
その懸念は不要だったと、最終コーナーに入るあたりで気付かされた。
サクラバクシンオーのスピードが落ちる気配がない。恐ろしいことに、この生粋のスプリンターだったはずのウマ娘は、三冠ウマ娘を相手に中距離で渡り合うだけの力を身に着けてきたのだ。
(面白い……!)
見下したつもりはなかったが、やはり油断や慢心があったのだろう。
リギルの面々を、フジキセキやヒシアマゾンを下したという時点で評価を改めるべきだった。
ナリタブライアンは己が血潮が熱くなるのを確かに感じた。心臓が強敵との戦いに打ち震えている。
(お前は、私を熱くさせてくれた……!)
東条はこの模擬レースに何の意味があるのか判りかねていた。一方でサクラバクシンオーのトレーナーは判っていた。今のサクラバクシンオーに何が足りないか、何が必要か。そしてナリタブライアンもまたそれが何かを理解していた。
(皮肉なものだ。おハナさんは優秀だが、この一点については一部のトレーナーに後れを取る)
東条のトレーナーとしての能力はナリタブライアンも認めている。彼女がクラシック三冠を獲れたのも、一時の不調から持ち直せたのも東条の手腕だ。
しかし一方で、東条ハナは夢を見ない。トゥインクルシリーズを走るウマ娘たちの厳しい現実を知っているから。勝てないウマ娘の辛さを知っているから。
だから適性をとことん把握する。そのウマ娘が一番力を発揮できるフィールド内に収めてレースを選ぶ。分の悪い賭けより安定を取った。不確定要素を可能な限り無くしてきた。
仮にサクラバクシンオーがリギルにいたら、距離の延長などせず絶対的なスプリンターのままにドリームトロフィーへ行っていただろう。
それはそれで正しいのだろう。だが、だからこそ東条は無茶無謀に挑んだ者たちにのみ後れを取る。
(これは礼だ。お前が見たいのはこれだろう……!)
最終コーナーを抜ける。最短ルートを通るサクラバクシンオーより一つ外側を、ナリタブライアンが駆け抜ける。
必死に先頭を守ろうとするサクラバクシンオー、それを奪わんとするナリタブライアン。
二人の闘志がぶつかり合い、怪物のソレが膨らんでいく。
そうだ。この感覚だ。音が消え、世界から色が吹き飛んでいくような感覚。
その瞬間を、サクラバクシンオーは見逃さなかった。
“
「ま、参りました……」
終わってみれば、地力の差を見せつけた形となった。2,000mを走り切るスタミナは確かについた。が、そこから一着をもぎ取るだけのパワーがまだ足りないというのがナリタブライアンがつけた評価だった。
(もっとも、態々教えてやる義理もないが……)
ナリタブライアンは自分の走りを見せた。そこから何が違って、何が足りないかを分析してサクラバクシンオーに伝えるのは担当トレーナーの仕事だろう。
「これで毎晩の模擬レースは終わりでいいな?」
「え、ええ……残念ですが、約束ですからね……」
負けたというのに、サクラバクシンオーの顔色はどこか晴やかだった。
白星以上の何かを掴んだ、そんな表情だった。
「タイキさんにお伝え下さい。……マイルCSで会いましょうと!」
「……は?」
どういう意味だ、と聞く前にサクラバクシンオーは走り去っていた。一人残されたナリタブライアンは考える。
「……そういえば、タイキと走ってくれと言ったのは私だったな」
模擬レースでいいと言ったのに、どう変換したのかサクラバクシンオーはGⅠでその願いを叶えようというのだ。
欧州帰りのタイキシャトルと、春の短距離王者であるサクラバクシンオー。二人の激突はさぞ盛り上がることだろう。
「…………おハナさんがまた頭を抱えるな」
私のせいではないよな、と呟くナリタブライアンを秋の星空が見つめていた。
◆
【私の推しは】マイルチャンピオンシップへの期待を語るスレPart.▽▽【バンブーメモリー】
173:名無しのレースファン
【朗報?】サクラバクシンオーマイルCS参戦【悲報?】
世界のマイル王VS日本のスプリント王者が高松宮以来の激突の模様
175:名無しのレースファン
まじか
178:名無しのレースファン
>>173 タイキ「クルナ!!」
181:名無しのレースファン
>>173 ゼファー「来んな!!」
182:名無しのレースファン
>>178 >>181 あの二人はそんなこと言わん。むしろ返り討ちにしてやるぜくらい言う
183:名無しのレースファン
>>182 リギルトレ「来んな!!」ゼファトレ「来るな!!」こうですか?
186:名無しのレースファン
盛り上がって来たな
188:名無しのレースファン
中距離に集中するとは何だったのか
189:名無しのレースファン
息抜きやろ。たまには得意な距離走らんとな
192:名無しのレースファン
そんなちょっとコンビニ寄る感覚でGⅠ出るなや!
194:名無しのレースファン
>>189 あの子本来純スプリンターのはずなんですよ……
195:名無しのレースファン
だよな。クラシック級の時はマイルすら怪しかったのに
196:名無しのレースファン
中距離でも好走しているしもしかしてバクシントレってすごい奴?
◆
マイルチャンピオンシップが開催される京都レース場。リギルの控室に、頭を下げる男がいた。
サクラバクシンオーのトレーナーだ。男を見下ろしながら、東条は言った。
「恩を仇で返された気分だわ」
「本当にすいません……」
出走が決まって以来、サクラバクシンオーのトレーナーからの何度目かの謝罪だが、東条の気が晴れることはなかった。
欧州GⅠのジャック・ル・マロワ賞を勝利したタイキシャトルの帰国後第一戦であるマイルCS。勝てばGⅠ三勝目となり中距離未満から初の年度代表ウマ娘選出も夢ではなかった。
出走するウマ娘たちを見ても、それは現実になり得るものだと確信していた。シーキングザパール、ヤマニンゼファー、ニシノフラワー。確かに強敵ではあるが、タイキシャトルが一度負かしているウマ娘たちだ。油断はしないが、優勢だと思った。サクラバクシンオーが出走するという報を聞くまでは。
「バクシンオーのやつ、理由を聞いても頑なに『約束なので!』の一点張りで……」
ぺこぺこしつつも彼の口元は緩い。いつも通りのサクラバクシンオーに戻ったと、内心嬉しいのだろう。
約束、と聞いて東条は壁にもたれかかるナリタブライアンを見た。長年の相棒はスッと顔を逸らした。
「私は何も言っていない」
「つまり何かはしたのね」
「………………」
ナリタブライアンは答えない。都合の悪いことは沈黙で流すのは彼女の癖だ。
「ま、まあいいじゃないかおハナさん!」
張り詰めた空気をどうにかしようと割って入ったのはヒシアマゾンだった。
「タイキだって春のリベンジをずっと望んでたじゃないか。おハナさんだって、今のタイキがバクシンオーに負けるとは思ってないだろう?」
「そうはそうだけど……」
高松宮記念と違い今日は1,600mのマイル。タイキシャトルが得意とする距離だ。1,200mの短距離では後れを取ったが、この距離でタイキシャトルに敵う者が国内にいるとは思えない。驕りでも慢心でもなくそう言えるほど、欧州GⅠ制覇の偉業は大きい。
「はあ……もういいわ。そもそもそっちのローテーションに私が口を出す権利なんてないんだし」
「寛大なお心遣い、感謝いたします……!」
「早く戻りなさい。担当を待たせるものではないわ」
結局、サクラバクシンオーのトレーナーは頭を下げたまま部屋を出ていった。僅かに見えた表情から東条は察した。彼は、担当の勝利をこれっぽっちも疑っていない。
怒りは湧いてこない。東条も同じだからだ。トレーナーという人種は皆そうだ。誰もが、自分の担当こそが最強だと信じてやまないバカどもだった。
「勝ちなさいタイキ。勝って、貴女が王者だと証明しなさい」
◆
『マイルチャンピオンシップもついに最後の直線に入った! 先頭はサクラバクシンオー! しかしタイキシャトルとの差は僅か! シーキングザパールも来ている! ニシノフラワーも上がってきた! 間に合うかヤマニンゼファー!!』
400mを切った時、タイキシャトルは内心ほくそ笑んだ。高松宮記念では追いつかなかったが今日はまだ距離がある。脚にもまだ余力があり、今もグングンと加速しサクラバクシンオーとの距離を詰めていく。
勝つ。勝てる。そう思った。元よりあった天賦の才、短距離よりも得意な距離、欧州のマイルGⅠを勝ったという経験、複数の要素が重なり、タイキシャトルの優位は絶対であった。
しかし、
惜しむらくは、彼女が挑む相手もまた天性の怪物であったのだ。
(タイキさん、やはりマイルでは春と同じようにはいきませんね……!)
迫りくるプレッシャーをサクラバクシンオーは肌で感じていた。
高松宮記念とマイルチャンピオンシップの距離差は400m。適性から力の優劣が逆転するには十分な距離だ。サクラバクシンオーもマイルは既に克服しているが、生まれ持ってのマイラーであるタイキシャトルの方がやはり分があった。
いや、適性だけではない。タイキシャトルも欧州遠征を経てレベルアップしている。今日がマイルではなく短距離でも楽勝とはいかなかっただろう。
だが、
(あれから掴んだものがあるのは、あなただけではありません──!)
サクラバクシンオーというウマ娘は、正しく天才の部類だった。生まれ持ってのスピード、病気やケガに縁遠い丈夫な身体、感覚で捉えるレースセンス、他者の適性を把握する選バ眼。歴史に名を残すスターウマ娘であった。
惜しむらくは、そんな彼女の適性が短距離に特化していたことと、彼女がそれ以上を望んだことだろう。
そして奇しくも、彼女を担当するトレーナーがそんな野望を本気で叶えようとしていた。
短距離は当然頂点を獲った。マイルも常勝無敗とはいかずとも並のウマ娘には負けはしない。中距離は、重賞こそ勝ったが未だGⅠ制覇には至っていない。
負ける度に次こそはと奮起した。敗北を引きずらず、勝者が素晴らしかったと素直に讃えて前を向けるメンタルは彼女の美点であった。
そして、彼女の数少ない欠点であった。
自覚したのはあの天皇賞(秋)だった。
修羅の如き様相でレースを制したライスシャワー、故障したはずの脚で駆け上がってきたサイレンススズカ。
衝撃だった。
次走など省みない、いや明日の命すら投げ出さんばかりの激走にサクラバクシンオーの中の常識は打ち砕かれた。
何故そこまでして走るのか。今日がダメでも、次があるではないか。秋の楯が欲しいなら来年また出ればよいではないか。
そこまで思って、己が愚かさを自覚した。
次があるなどと誰が保証した。来年もまた出られるなど誰が約束した。天賦の才故に、当たり前と思っていたことと周りとの乖離をようやく理解した。
(私に足りないのは、あれだ……!)
次など考えない、その日のレースに全霊をつぎ込む覚悟。命を燃やして限界を超えていく闘志。
圧倒的勝利と敗北しかなかったサクラバクシンオーには無かったものだ。
だから何度もあのレース映像を見返した。彼女たちの決死の表情を頭に叩き込んだ。少しでも、彼女たちの熱を身に写すために。
同時期にリギルとの模擬レースができたのは僥倖だった。
トゥインクルシリーズに蹄跡を刻み、今もドリームトロフィーリーグでしのぎを削り合うスターウマ娘たちだ。当然、実力はサクラバクシンオー以上の者が多く、あの領域に至ったウマ娘もいた。
サクラバクシンオーは天才だ。
サイレンススズカが至ったのを見た。ライスシャワーが至ったのを見た。フジキセキの、ヒシアマゾンの、ナリタブライアンのそれを間近で見た。
だから、彼女はすでにそこに至る術を見出していた。
(タイキさん、あなたは強い。このままでは私は敗れるでしょう。欧州を制した最強マイラーは、やはり日本でも強かった。しかし───)
視界が真白に染まり、音が消えるのを感じた。
(限界超え、あなたを打ち破り、私はその先へ行く───!!)
その“
散ることを知らぬ、炎の花が咲いた。
『サ、サクラバクシンオー抜け出した! ここでまさかの超加速!! 後続を引き離した! タイキシャトル追いつけない!! 一バ身、二バ身とリードを広げ……今ゴール!!
勝ったのはサクラバクシンオーだ! 世界をマイル王を、日本の短距離王者が打ち破った!!
二着はタイキシャトル! 三着は───』
「どう、して……!?」
膝をつき、全身に汗を垂らしたタイキシャトルが思わず呻いた。
勝ったと思った。彼女のスピードはサクラバクシンオーを上回ったはずだった。なのに、土壇場でその序列が覆された。
「どうやら、私たちは
「パールさん……?」
「私たちは欧州を走り、世界を知った。私たちは大海を知り、知らぬ彼女は井の中の
でも、とシーキングザパールは続ける。
「井戸の底でも星を見上げることは出来た。手を伸ばし、跳びあがり、その輝きを手にせんと挑むことは出来た。他に星があると知らず、星に届かぬはずがないと信じ、彼女は愚直に挑み続けた。
……私たちは大海を知り、手の届くものに手を伸ばしたに過ぎなかったのね」
やがて彼女の一歩は世界の誰よりも高く跳ぶための一歩となるのだろう。そうシーキングザパールは結論付けた。
「楽しいわね……世界という壁を乗り越えたと思ったらすぐに新たな壁が現れる。そしてその壁を乗り越えるために私たちは鍛え挑み続ける。これこそが終わりなきフロンティアスピリッツ!! トゥインクルシリーズは枯れることなき星の鉱脈なのね!」
敗北の悔しさを吹き飛ばすよう快活な笑いとともにシーキングザパールは去って行った。
残されたタイキシャトルは顔を上げる。見えたのは、サクラバクシンオーという勝者が喝采を浴びる姿。
最後に見せたあの加速にいつか追いつけるか。あのスピードに、自分は届くのか。
「次は……負けません!!」
届かせよう。負けっぱなしでいられるものか。
不屈の意志を瞳に宿し、少女は立ち上がった。
その2は近いうちに……。
バレンタイン回でのイベント相手は?
-
ライスシャワー
-
グラスワンダー
-
エルコンドルパサー
-
メジロマックイーン
-
サイレンススズカ
-
スピカトレーナー