シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
皆さま感想ありがとうございます。
感激のあまりなんて返せばいいか考えすぎて未だ一件も返信できてませんが、すべて励みとなっております。
結論から言うと、グラスワンダーから返事を聞くことはできなかった。
というより、返事が来る前に私は麻袋に包まれ拉致られてしまった。
「久々にやべーのを見ちまったぜ……」
困惑する私の耳に、焼きそば売りの葦毛の声が聞こえた。
君だけにはやべーとか言われたくなった。
拉致られ、どこかに長いこと放置され、また運ばれて。
ようやく麻袋から解放された私がいたのは四方をコンクリに囲まれた広い部屋だった。
そして、
「ではこれより、第二十八回、
目出し帽を被った謎の集団に囲まれていた。
……やべーのを見てしまったな?
◆
夕方。今日の選抜レースが終わってから友人二人の様子がおかしい、とスペシャルウィークは思った。
エルコンドルパサーとグラスワンダー。ルームメイトということもありクラスの中では特に仲が良いと感じていた二人。時折ケンカじみたじゃれ合い――基本エルコンドルパサーの方からつっかかっているが――もあるが、それも友好の一種だと思っていた。
ところが、
「今日もトレーニング頑張ったなあ……。グラスちゃん、晩御飯食べに行かない?」
「ええ、いきましょうかスぺちゃん」
「エルちゃんも!」
「あ……」
グラスワンダーの瞳に動揺が浮かぶ。視線の先、いつもの快活さが微塵もない、寂しげな勝者の背があった。
「エルは……今日はいいデス」
「ああ~……そっか。じゃあまた今度!」
「ハイ。ありがとうデス……」
こちらを見ることなくエルコンドルパサーは更衣室を出て行ってしまった。
暖簾に腕押し、その言葉がピッタリはまる反応だった。
「えっと……グラスちゃん」
「大丈夫です。大丈夫ですから……行きましょうスぺちゃん」
「う、うん……」
気まずさから逃げるように、二人も外へ出る。沈んだ空気が残る更衣室で、セイウンスカイとキングヘイローが息をついた。
「あーりゃりゃ。完っ璧に冷戦状態だねー」
「いつもの二人からは考えられないわね」
「やっぱり今日出た選抜レースが原因?」
「そうとしか考えられないけど、勝ち負けを引きずるような二人じゃないのはスカイさんも知っているでしょ?」
「となるとそれ以外? といってもレース前まではいつも通りの二人だったよ」
「スカイさんは何か知らないの? 選抜レースを見に行っていたのでしょう?」
何かと情報収集に余念のないセイウンスカイなら、何か思い当たることはあるだろうという問いかけだった。葦毛の少女はうーん、と首を捻った後、
「レース結果以外……いや、変な空気になったのはレース後なのは確かだった」
「となると……スカウト関連かしらね」
「え~それもう口挟めないじゃん」
トレーナーからのスカウト、そして担当契約はレースを走るウマ娘としての一生を決めるものだ。
なにをどういう経緯で揉めているのか分からないが、部外者がどうこう言えるものではない。たとえ友人であったとしても。
「原因がそれならもう私たちが介入する話じゃないわね。放っておきましょ」
「えーなんか冷たくない?」
「それくらいでいいのよ。もう子どもじゃないんだから。
……でも、もし相談されたら一緒に悩んであげればいい。それが友達ってものよ」
「おお、さすがキングママ。じゃあ友達のよしみで、明日提出の課題見せてくれない?」
「自分でやりなさい。あと、誰がママか!」
◆
私から見て正面、二段ほど高い位置にある壇の向こうにいる覆面が、左右にいる二人の覆面に告げる。
「NKBT事案調査委員会、検察、弁護人、準備はよろしいか」
「検察側、準備完了です」
「弁護側、ステータス・オールグリーン。いつでも」
委員会なのに検察と弁護人なのか。ということは私は被告で、前にいるのは裁判長か?
だとするとこの場は私を糾弾するためのものか。
というか、被り物で顔を隠しているのに、飛び出したウマ耳につけた飾りや眼鏡、はみ出た髪で何となく正体が分かってしまうのが気まずい。
「では、検察より本件について説明を」
「はい。本件は六月〇日、学園敷地の第一レース場で行われた選抜レースで起こりました。
出走者の中で特に注目されていた二名……ここでは甲、乙とします。この二名については多くのトレーナーがスカウトを目論んでおり、被告も同様でした。
この選抜レースを制したのは甲、接戦の末惜しくも乙は二着となりました。多くのトレーナーが甲へのスカウトを敢行する中、被告は乙へスカウトをしました」
目出し帽の上から眼鏡をかけた自称検察が事のあらすじを語っていく。
現状、語られた内容から私がこの謎集会に引っ張り出された理由が分からない。それは裁判長ポジションの覆面も同様なのか、手を顎に当て思案している。
「一着のウマ娘をスカウトせず、二着の者に声をかける。珍しいことではあるが決しておかしなことでもないだろう。もとから乙をスカウトするつもりだったのでは?」
「事案として成立した理由ですが、被告は甲乙両名と面識を持っており、また可能ならば両名ともスカウトを切望していたという証言が出ています。」
「なんと……」
どこから出た証言だ、と私の疑問を他所に会場には悲鳴のようなざわめきが波立っていく。
ヒソヒソと小声で覆面たちが話している。内容は聞こえないが、私を非難しているようなのは察した。
「甲に対しては過度なトレーニングのケア、乙に対しては終盤の仕掛けタイミングなど細かな助言をしており、両名から好印象を持たれていました。識者の見解としては、どちらも担当になって欲しい気持ちがあったとのこと」
「一回のレースでスカウトするのは一人だけ。不文律なれど、被告がスカウトできるのも一人。取り合いになったということか。
ウマ娘たるもの、そういう場合はレースで決着をつけるもの。結果を見れば乙が引き下がるものだが……」
裁判長が唸るように言う。
トレーナーにはトレーナーの不文律があるように、ウマ娘たちにも彼女たちなりの不文律があるものだ。
どうやら私は、彼女たちの不文律を意図せず破ってしまったようだ。
一着のエルコンドルパサーでなく、二着のグラスワンダーをスカウトした。それは違反でこそないが、彼女たちの中にあった尊厳を傷つけるに等しい行いだった。
グラスワンダーが答えを出さなかった理由が分かった。
この場は、このようなトレーナーとウマ娘間の価値観の相違をすり合わせる場なのだ。やり方がエキセントリック過ぎる気はするが。
「また、被告は以前からスカウトする意思もないのにウマ娘に声をかけるなど、所謂ウマ娘たらしであると思われます」
「ウソでしょ……!」
思わず声が出た。確かに担当外のウマ娘に助言はしていたが、そんな風に思われていたとは。
検察の反対側にいた、発光する耳飾りをつけた目出し帽が手を上げた。
「異議ありです。検察の発言は推測の域を出ず、意図的に被告の印象を悪化させるものです」
「認めよう。検察は私的な意見でなく、物的証拠・証言を基に発言するように」
「分かりました。では、証拠を提示します」
眼鏡の検察がよいしょ、と分厚く、そして大量の付箋が張られたドッチファイルを取り出した。
付箋に指を這わせて開く。
「〇月〇日『トレーニングメニューを組んでくれた』『フォームについて助言をくれた』『減量で苦しんでたが食事メニューを教えてくれた』
△月△日『ケガしていたが診療機関を紹介してくれた』『使うシューズについて助言をくれた』『自分に合った蹄鉄を無償でくれた』
etc、etc……」
検察がファイルの内容を読み上げるたびに周囲がざわついていく。
「今年度に入っただけでも約三十件、いずれも被告が担当していないウマ娘へ行ったものであり、その後スカウトの話はありませんでした」
小さな悲鳴が上がる。
……いや、ヒィ!はないだろう。
「担当じゃないのにこんな親身に?」「しかもスカウトしないなんて」「釣った魚に餌を上げないタイプなんだわ」「ksbkだわ……!」「いいなぁ……」「実は私も以前に……」「ちょっと、その話詳しく」「ちくわ大明神」「おい誰だ今の」
「静粛に。みな静粛に」
周囲から上がる声。裁判長の咳一つで収まったものの、私を非難するような視線がより強くなった。
いや、なんか別の色も混じってきてる?
鎮まったところで、検察役が言葉を続ける。
「声をかけられた生徒たちの多くは、その後一定の成果を出しております。一方で、やはりスカウトして欲しかったという者が六割、自分には過ぎたトレーナーだという者が二割、担当との関係が尊くて推せるというのが一割、その他意見が一割となります」
「待って、推せるって何?」
「推せる、という感情には同意します」
「弁護人さん!?」
「静粛に……」
視線が中央、裁判長役に集まる。
「被告にウマ娘を惑わすような意図がないことは分かった。だが一方でウマ娘の心情に疎いということ、被告自身も自覚できただろう」
「……はい」
「被告もこの集会の意義は理解できただろう。だからこそ、最後に聞かなければならない。
……何故、グラスワンダーを選んだのか」
覆面に空いた双眸が私を射抜く。鋭い眼光、噓誤魔化しなど即座に看破するだろう。
いや、そもそも誤魔化す必要などないのだ。
周りを見渡す。誰の耳にも届くように、私は答えを口にした。
「それは――」
◆
私の答えに納得してくれたのか、これ以上何かされることもなく解放された。
外に出る際、裁判長役のウマ娘が耳元でささやいた。
「誠心誠意、貴方がウマ娘に力を尽くしていることは分かっている。担当の活躍と、彼女との関係を見れば一目瞭然だ」
撫でるような声に身をよじりたくなる。こちらの気を知ってか知らずか、覆面からの忠告が続く。
「だが覚えておいてほしい。レースに身を投じる競技者である前にまだ少女だということを」
「……分かっているつもりですよ」
「彼女が……乙とした少女がなぜ答えを出せなかったか、分かっていたかな?」
「それは――」
「彼女たちの想いを、今一度考えていただきたい。ウマ娘のレースへの想いを尊ぶことをできる貴方だからこそ重ねてお願いしたい」
背中を押され、外へ出た。
日が傾き、茜色に染まった世界に迎えられた。
振り向くと私がくぐったはずの扉がない。コンクリの壁に切れ込みのようなものも見当たらない。
どうやらまだこの学園には未知の場所があるようだ。多分、詮索しない方が良い類のものが。
いや、もしかしたら一連の珍事が私を戒めるための夢幻だったのかもしれない。例えば、噴水広場前に立つ三女神のような――
「検察役というのも中々興味深いものでしたね。情報を整理し、論理を固める。レースにも応用できそうです」
「ステータス興奮、を確認。ゲームで見た通り、異議ありを告げることができました。アシストありがとうございます」
「いえいえ。むしろ、私ばかり話してしまって申し訳ありません」
「いえ、イクノさんは話し方も似合っていて……」
………………いや、ただ遊びに巻き込まれただけか?
◆
「……お兄さま?」
トレーナー室に戻ると、ライスが待っていた。
テーブルには教本。閉じたカーテンのわずかな隙間から夕陽が差し込む部屋で、ライスは勉強していたようだ。
私を見るライスの視線は冷たい。私にウマ娘心が分かっていないと叱咤するときのものだ。
「ただいまライス。待たせてゴメン。もしかして夕飯もまだだったか?」
「ううん大丈夫。それよりもね、お兄さま」
一歩、ライスが近づく。上目遣いでこちらを覗く瞳には、心なしか青い火が灯っているように見える。
これはいつもの流れかな。
「お兄さま」
はい。正座ですね。フローリングでの正座はちょっと痛いのだが仕方ない。
「五体投地……」
「なん……だと……!?」
普段から部屋の掃除をしていてよかった。
両手、両膝、そして額が床板に触れる。埃が付くことはないが、少し息苦しい。
ちなみに五体投地というのは礼拝の所作の一種なので反省のポーズなどではないよ。
床に占領された視界の端で影が落ち、後頭部に柔らな感触がきた。ライスの手が私の頭に触れているのだろう。
撫でられているわけではない。むしろ少し圧がかかり、額が床に押し付けられている気がする。
……もしや、結構怒っていらっしゃる?
「お兄さま。ライスね、聞きたいことがあるの」
「……グラスワンダーをスカウトしたことかい?」
「ううん。それは分かるよ。長い付き合いだもの」
そういえば、ライスの担当になってどれくらいだろう。
彼女が自信をつけたジュニア級、同期と争ったクラシック級、最強に挑んだシニア級。そして……
「大丈夫だよ。もう、ライスは大丈夫だから」
私の思考を読んだかのように、ライスが言った。
頭に触れていた手が動く。私の不安を解すように髪をかけ分けていく。
「ライスはもう、弱くて怖がりなライスじゃないから。悲しい顔をしないで。
……ねえ、どうしてエルコンドルパサーさんをスカウトしなかったの?」
核心を突いた問い。ああ、そっちはさっきの覆面集団にも言っていなかったな。
迷いはない。答えはすぐに出ている。
「それは」
「その答え、私にも聞かせてください」
扉が開かれる。同時、かすかに震えを帯びた声がした。
態勢ゆえに姿は見えないが、聞き間違えるはずがない。
グラスワンダーだ。
……待て、私の体勢は誤解される状況では?
◆
時間は少し巻戻る。
スペシャルウィークと出かけたはずのグラスワンダーは、一人学園内を歩いていた。
友人との夕飯も結局断ってしまった。
食欲が無いとか、一人になりたいとかではない。
この胸のモヤモヤを払わなければ、何も解決しない。口に出せない悩みを抱え、鬱屈としたまま友人たちと接することは自分が許せなかった。
そしてなにより、このままルームメイトとの親交は断絶してしまう。どんな結末になろうと、それだけは嫌だった。
向かうのは校舎に併設されたトレーナーたちの仕事場。長い廊下を進み、とある扉の前で立ち止まる。
(ここが……)
扉の前に掲げられたチーム・マルカブの文字。ライスシャワーが所属するチーム、選抜レースに勝ったエルコンドルパサーよりも自分を選んだ男が率いるチーム。
ノックしようと上げた手が止まる。
この先に自身が求める答えはある。だが、それを聞いて自分は冷静でいられるだろうか。
してきたはずの覚悟が揺らぐ。引き下がるか進むか、天秤が揺れる。
天秤が後退に傾きかけた時、扉の向こうから微かに声が聞こえた。
「……ねえ、どうしてエルコンドルパサーさんをスカウトしなかったの?」
天秤は前へ。理性よりも先に体が動いた。
「その答え、私にも聞かせてください」
扉をくぐると同時に声に出た。緊張からか僅かに震えがあって思わず頬に熱が入った。
その熱は、床に突っ伏した男性とその頭を押さえるウマ娘の姿に一気に引いた。
(特殊なプレイ中でしたか……!?)
◆
静かに扉が閉じる。部屋には気まずい沈黙に満ちていた。
床しか見えない私には詳細は分からないが、グラスワンダーが呆気に取られているのは分かる。
いや、この状況を見て平静を保てたらそれはそれでおかしいが。
「…………あの」
「グラスワンダーさんだよね? ライスシャワーです」
「えっと、初めまして」
「初めまして。選抜レース見てたよ。惜しかったね」
「あ、ありがとうございます……えっと、この状況は?」
「気にしなくていいよ」
無茶な。
グラスワンダーも呆然としているぞ。見えないけど。
身を起こそうとするが、ライスが手を緩めてくれない。
あのライスさん? もしかして、この態勢で話を進めろとおっしゃる?
「おに……トレーナーさんに聞きたいことがあるんだよね。
ライスがした質問と同じでいいのかな?」
「……! はい。お聞かせください。どうして勝ったエルではく、私をスカウトしたのか」
凛とした声。二人分の視線が私を貫く。本当にうつ伏せの態勢で話さねばならないのか。
「君の方が良いと思った。それだけでは納得できないかい?」
「できません」
即答だった。私の照れ隠しは一刀両断で切り捨てられた。
頭に乗ったライスの手から伝わる力が強くなる。そうじゃないでしょう、と言っているようだった。
「エルの方が上。あのレースで私も思い知りました。素質もセンスも、レースの才能が私よりもあるのは明らか。
レースの後、トレーナーの皆さんがエルの方に向かっていた。皆さんも同じ考えではないですか?」
堰を切ったようにグラスワンダーが言葉を紡いでいく。
「なのに貴方は私のところに来た。エルに多くの人が集まる中、ただ一人。それは……」
胸に積もった不安を吐き出すように、グラスワンダーの口から言葉が溢れていく。
「競争を避けるため。負けた私なら、エルより簡単にスカウトできると思ったからではないですか?」
「それは違う」
今度は私が即答する番だった。
もう、ライスの手に力はなかった。身を起こす私をライスはしっかりと見ていた。
振り返り、今度こそグラスワンダーと真っ向から対峙する。
栗毛の少女の顔には不安があった。胸の前で合わせた手には震え。
私の行動がそうさせたと思うと、自分の胸が締め付けられる。
「確かに、エルコンドルパサーの素質は高い。ハードなトレーニングに耐えられる体と精神。飲み込みも早い。彼女が将来、歴史に残るスターウマ娘になるのは誰もが夢見ただろう」
「そう思うのなら――」
「でも、それは誰が指導しても変わらない。私でなくても、リギルやスピカ、カノープスにシリウス、他のどんなトレーナーやチームの下にいようと、彼女は世界の頂点へと羽ばたいていける。
……だから、君を選んだ」
呆気に取られる彼女に手を差し出す。
「君を、グラスワンダーを一番強くできるのは私だと思った。
妥協せず、理想の自分へと突き進む姿。君を最も強く、君の理想に近づけることできるのは、チーム・マルカブだ。そして同時に、君の夢を支えたいと思った。
だから、君をスカウトした」
風が吹いた気がした。少女の顔を夕陽が染め、震えと不安を上書きしていく。
これが全て。なんと言われようと覆しようのない、私の答えだ。
「私たちと一緒に強くなろう。グラスワンダー!」
「トレーナー、さん……」
グラスワンダーの手が伸びる。
私の手と少女の手が重なろうとした瞬間に、
「その契約! ちょっと待ったあーーーーー!!」
背後からまさかのコールがあった。
ん? 背後?
振り返ると、さっきまで閉まっていたはずの窓が開いていた。
風で揺れるカーテンの向こう。窓の縁に、マスクをした長髪のウマ娘が立っていた。
「エルコンドルパサー!?」
「エル、どうして――いや、いつから?」
「五体投地、のあたりからデース!」
「ほぼ私が入ってきてからじゃないか!?」
ライスを見る。
我が担当はイタズラがバレた子どものようにてへっと舌を出した。
……かわいい。いやそうじゃなく!
「ライス、気づいていたのか?」
「うん。トレーナーに用があったみたいだから。なんで窓の向こうにいたのかは分からないけど」
「無論っ! 窓から入場した方がカッコいいからデス!
そんなことより――」
颯爽と部屋に飛び込んでくるエルコンドルパサー。
未だ呆然とする私とグラスワンダーの間に立つと、彼女の手を掴み、
「エルはこのチームに、いえ、
宣言とともに二人分の手を、私の手に重ねた。
「え……えええエル!?」
「……君には多くのトレーナーからスカウトがあったはずだけど?」
「ありました! でも全てお断りしてきました!」
快活ながら、とんでもないことを言い放つエルコンドルパサー。彼女をスカウトしたトレーナーの中には、この道数十年のベテランもいたはずだが。
「今トレーナーさんがグラスに言ったのと同じデス! いろんなトレーナーさんを見てきましたが、貴方こそがエルを最も強くしてくれる人だと直感しました!
それに、トレーナーさんもエルからの逆指名を断れないはずデス! ですよねライスシャワー先輩!」
「うん……チーム存続のために言われた最低条件は今月末までに二人以上のスカウト。結局トレーナーさんは二人のレース以外見れなかったから、今は他にスカウト候補もいない」
そういえばそうだった。
二人のレース直後に白いアレに連れ去られたのだから、他にスカウトする当てがない。次の選抜レースに賭けてもいいが、今エルコンドルパサーの逆指名を断る理由にはならない。
いや、でも一レース一人の不文律が……。
私の葛藤を察したのか、ライスが諭すように言う。
「トレーナーさん。チームのこともあるけど、せっかくトレーナーさんに担当してもらいたいって子が来たんだよ? それとも、トレーナーさんから見てエルコンドルパサーさんは指導したくない?」
「そんなことはない……」
グラスワンダーにエルコンドルパサー。この二人の素質については自分でも語ったばかりだ。そんなウマ娘を担当できることはトレーナーとしてこれ以上ない栄誉だろう。
「じゃあ……はいどうぞ」
ライスが二人に用紙を渡す。トレーナー契約の時に事務局へ提出するものだ。
「トレーナーさんたちの暗黙の了解はライスも知ってる。でもグラスワンダーさんはスカウト、エルコンドルパサーさんからは逆指名。不文律の違反には当たらないんじゃないかな?」
有無を言わせない勢い……いや、踏ん切りのつかない私への気遣いか。
……よし、腹を括ろう。
「うん。これ以上悩むのは来てくれた君たちにも失礼だ。
グラスワンダー。エルコンドルパサー。改めて言おう。君たちをチーム・マルカブに迎え入れたい」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いしマス!」
「ライスも、よろしくお願いします」
私たち三人が重ねた手の上にライスの手が乗る。
チーム・マルカブ。翼をもったウマ娘を象った星座の一等星が、再び輝きだすのだ。
◆
「よーし、二人とも夕飯はまだかい? 今日はチーム再始動祝いってことで、パーっと行こう」
「おお! 本当デスか!? さすがトレーナーさん、太っ腹デス!」
「あ、では友人を招待しても良いでしょうか。夕飯の約束を反故にしてしまって……」
「ん。それは申し訳ないことをしたな。大丈夫、問題ないよ」
「ケッ!? それってスぺちゃんですよね? 大丈夫ですかトレーナーさん。スぺちゃんすっごく食べますよ?」
「大丈夫じゃないかな。大食いだったらライスも負けてないさ。この前だって――」
「おに――トレーナーさん! は、恥ずかしいから言わないで!!」
笑い声がトレーナー室に響く。
こんな賑やかなのはいつ以来だろう。
この活気がいつまでも続くよう、彼女たちを支えていかなければと決意を新たにする。
そして、二人の友人だというスペシャルウィークと合流し、学外へ向かう。
そうだな、このメンバーならお堅い料亭よりも種類豊富なファミレスみたいなところがいいだろう。
色々不安にさせてしまった謝罪だ。好きなだけ、気が済むまで食べてもらうことにしよう。
そして、
「お会計十九万二千六百円になります」
「カ、カードで……」
経費で落ちるかな。
第一章 チーム再編編 完
第二章 チーム始動編 に続く
勢いで書き溜めていた分全部吐き出してしまったので、次の更新までしばらく間を置かせていただきます。ご容赦ください。