シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
リアルが忙しくてあまり進捗よろしくなく、申し訳ないです。
一応バレンタインには間に合ったので、今日と明日に1話ずつ投稿します。
二月。太陽がまだ昇り切らない時間、トレセン学園のグラウンドを走るウマ娘がいた。
両の耳を覆う緑のメンコ、腰まで届く長い栗色の髪。紅白のジャージに包まれた身体は細く、均整の取れたスマートなプロポーション。
稀代の大逃げウマ娘、サイレンススズカの朝練風景だった。
全力疾走はまだしない。
秋の天皇賞での骨折による入院、そしてギプスが取れるまでの期間で落ちた体力や筋力を取り戻すためのジョギングだった。
普段のトレーニングに比べれば軽いものだが、走り続けるサイレンススズカからは蒸気が上がっていた。
本音を言えば、全力で走りたいという欲があった。本人の感覚的には調子は戻ってきているのだが、なかなかトレーナーからのOKが出ない。
一度こっそり50mほど本気で走ってみたことがある。結局見つかってスピカ総出で怒られた。話が伝わったのかクラスメイトにも怒られ、果てはエアグルーヴはじめとするリギルメンバーにすら説教されたのでもうしない。
手首に巻いたウォッチから電子音。予定していたジョギングの終了時間を知らせるものだ。
「スズカは放っておくといつまでも走り続けちまうからな」
そう言われて、トレーナーから退院後に渡されたものだ。そんなことありませんよ、と抗議したがチームメイトから賛同は得られなかった。
どちらにしろ、このまま走り続けるとまた説教されるのでクールダウンに入る。
「スズカー!」
止まったタイミングで声がした。トウカイテイオー、メジロマックイーンの二人だった。
「よしよし、どうやらちゃんと時間通り走るのをやめたみたいだね」
「テイオーったら、いちいち見に来なくても約束は守るわ」
「退院して一週間で全力疾走したのはどこの誰かなー?」
「む、昔のことよ……」
「うりうり」
目を逸らしたサイレンススズカの頬をトウカイテイオーが指で突っつく。
やめなさい、とメジロマックイーンが止めたところで、少女の視線がサイレンススズカの足元に向かう。
「調子はどうですか? 違和感などありますか?」
「大してスピード出してたわけじゃないし、特にないわね」
「ふむ……それなりの時間ジョギングしていたと思いますが、疲労はいかがです?」
「汗はかいたけどそれだけかしら? 苦しいって感じではないわ」
「そうですか、回復は順調のようですね」
「じゃあもう本気で走っても良いかしら?」
「「ダメだよ!」」
「……はい」
しゅん、と耳を伏せるサイレンススズカ。トウカイテイオーからドリンクとタオルを渡され、大人しく汗を拭い、続けて水分を補給する。
「んー……でもそろそろスズカの復帰を考えなきゃいけないよね」
「春シーズンも近いですものね。トレーナーさんからは何か?」
「ううん、まだ……。復帰レースは考えてくれているみたいだけど……」
ケガから復帰してから初のレース、サイレンススズカのキャリアを考えると重要だ。秋以来のレース、仮に三月の春シーズンに出るにしても選択肢は多いようで少ない。
「ОP戦、ですと流石に消極的過ぎでしょうか」
「ケガ明けからの初戦だからってGⅠ二勝してるウマ娘がОP戦出るとか非難轟轟でしょ、主にトレーナーが。……せめてGⅡ、金鯱賞とか?」
「去年も勝っていますし、左回りはスズカさんに合っているかもしれませんわね。……スズカさん自身は出てみたいレースなんてありますの?」
「私は……特にこれっていうのはないわね。結局走れればなんでもいいのだと思う」
「うーんスズカは根っからのウマ娘だね」
「……あ!」
「スズカさん? 何か思いつきまして?」
「走りたいレースじゃないけど、もしできるのなら、秋天でできたような走りをしてみたいなって……」
「「あー……」」
当時の光景を思い出し、他の二人が声を漏らす。
最後の直線、後方から全員を抜き去るような走りはあの時レース場にいた全員が息を呑んだものだ。
「実際見るのは初めてですが、アレが所謂……」
「“
曰く、歴史に名を刻むウマ娘は誰もが至ったと言われる、限界を超えた先の到達点。極限の集中化において凄まじいパフォーマンスを発揮するとされるが、傍から見ればスピードが上がっただけにしか見えず眉唾物と断ずるものも多い。実際、口伝で語られるだけで科学的な解明がされていない未知なる部分だ。
「まああの走りが毎回できたらどのレースも敵なしだよね……」
「スタートから先頭に立つスズカさんが終盤でも加速するわけですから、万全の状態で出されたら誰も手を付けられませんわね」
「そう、でもあの時は無我夢中で、どうやったら出来るか分からないのよね……」
「テイオーは生徒会長から何かお話を聞いたことは無いんですの?」
「聞いてみたことはあるよ。でも口で説明するものじゃないんだってさ。……あとカイチョーが言うにはボクもハヤヒデに勝った有馬記念の時は入ってただろうって」
「まあ……!」
メジロマックイーンが目を丸くする。
二人が話す有馬記念とは、トウカイテイオーがケガから復帰して一年ぶりのレースを制した時のものだ。
当時の菊花賞を制し、最も勢いのがあったビワハヤヒデを差し切った、トウカイテイオー不屈伝説として語られる名レース。シンボリルドルフ曰く、その時の彼女はまさに限界を超えた域にいたというのだ。
「でも結局あれからそれっぽい感覚は無いんだよなー」
「一度できたからそのまま身につくものではありませんのね」
ふむ、とメジロマックイーンは顎に手を当てながら言葉を紡ぐ。
「例えば、“
「出来るだけ、同じ状況……」
「……ちょっとスズカ、どうして自分の脚を見ているのさ。……ダメだからね? 絶対ダメだからね!?」
「そ、そんなことやろうなんて思ってないわ。ただ再現って言われたら……」
「い、今のは私の失言でしたわね……。申し訳ありません」
トウカイテイオーの有馬記念も、本人からすれば必死に走っていたことくらいしか記憶にないという。
その後も三人で意見を出し合うが、良い方法が思いつかない。
「……あ」
トウカイテイオーの声に、他の二人の視線が集中する。
「もう一人いたじゃん。あの時“
「……ライスさん、ですわね」
サイレンススズカの最後の猛追が“
「ライスはまだトゥインクルシリーズ走るみたいだし、きっとあの走りのこと研究していると思うんだよね。何か知っているかもしれない!」
「可能性はありそうですが……教えてくれるでしょうか?」
マルカブとスピカは明確なライバル関係だ。ライスシャワーとメジロマックイーンとサイレンススズカ、グラスワンダーとエルコンドルパサーとスペシャルウィーク。所属するウマ娘がGⅠで何度も激突している。その誰もが来年も走る以上、また激突するのは必然。“
しかし、トウカイテイオーは逆に前向きだった。
「別にレース以外でも険悪ってわけじゃないし、聞いてみるくらい大丈夫だよ。それに、スズカの件のお礼もしておきたいしさ」
「お礼……そうね。私、あの時助けられたものね」
スズカまで賛同されては、メジロマックイーンもそれ以上反対はしなかった。秋天のこともあり、礼を言いに行くというのは同意見だった。
それに、
「明日はバレンタインですし、いい機会かもしれませんわね」
秋天のために尽力した彼に直接礼を言う機会でもある。そう思ったのだった。
◆
そして翌日の午後。
「ごめんね。お兄さまは今日はお風邪を引いちゃってお休みなの……」
『ウソでしょ……!』
三人そろって同じ言葉が出た。
去年といい、妙に縁のない人だとメジロマックイーンは苦笑するのだった。
◆
朝目を覚ました瞬間、不調に気づいた。
体が重く、異様に汗をかいている。頭は霞がかったようでボーッとする。
なんとか寝台から這い出て体温を測ってみれば案の定、普段の平熱を超える数値が示された。
「しまったな……」
自覚症状としてはただの風邪だと思うが時期が時期だ。インフルエンザの可能性もある。今日は学園には行けないな。
「学園と……みんなに連絡しないと」
スマホでまずは学園に体調不良のことを連絡。医療機関を受診して結果を報告するようにと指示を受けた。次にLANEを起動し、チームのグループチャットに体調不良のため今日は学園に行けないことを書き込む。メニューは確か出力したものをチームの部屋に置いてあるので、それを見て実施してもらうよう書いておく。
メンバーのレースが近くなくて良かった。
最寄りの病院の場所と始業時間を思い出していると、スマホからLANEメッセージ受信の通知が入る。
ライスからだった。
『お兄さま体調は大丈夫? トレーニングのことは分かりました。栄養を取って、身体を温かくしてゆっくり休んでください』
その後もグラスにエル、デジタルにドトウと他のメンバーからの返信が相次いだ。
『風邪も拗らせると万病の元です。今日は静かに、ご自愛ください』
『体を温めるならエル愛用のホットソースがオススメ! 病院行く途中に見かけたらぜひお試しを!』
『乾燥する時期ですし、エアコンとか使ってると喉を傷めますからお布団でしっかり寝てくださいね!』
『ここ最近お忙しかったですからね。いい機会というのもおかしいですけど、無理せず休んでください』
ドトウの言う通り、ここ最近はマルカブとしての取材をよく受けた。
特にURA賞を受賞したライスにエル、グランプリを制したグラスは多い。加えてトレーナーである私にも取材依頼が殺到した。
さらに嬉しいことに、メンバーのグッズ開発案も出てその監修の仕事も来た。
学園から振り分けられる業務に日ごろのトレーニングメニューの考案に加えて彼女たちのマネジメント、多忙だった時期が過ぎたタイミングに疲労が一気に噴き出したのかもしれない。
普段からみんなに無理をするなと言っていたのに、私がこうでは格好がつかないな。
「とりあえず、病院行く準備をしよう」
早く、みんなにまた会えるようにしないと。
◆
「で、お兄さんの容態は?」
「さっき連絡があったよ。インフルエンザじゃなかったみたい。今日は一日休んで、明日には出てこれるって」
「そうですのね。まずは大事に至ることがないようで良かったですわ」
場はトレセン学園のカフェテリア。
長テーブルにライスシャワーとグラスワンダーとエルコンドルパサー、トウカイテイオーとメジロマックイーンそしてサイレンススズカがそれぞれ向かい合うように座っていた。
テーブルの上には食後の紅茶───グラスは拘って抹茶───が並んでいた。
「それで、テイオーさんたちはお兄さまになにかご用があったの? 今年もチョコレートを?」
「うん。ライスやお兄さんにはスズカのことで色々世話になったからそのお礼にね。……でもそれ以外に」
トウカイテイオーが身を乗り出す。内緒話かと思いライスも腰を浮かせ、両者の距離が縮まる。
「“
ライスシャワーの目が大きく開く。
同席した後輩二人も聞こえたのだろう。同じような反応だった。
「テイオーさんたちは……?」
「ぜーんぜん! でもあの走りが出来たらすごい有利だと思うじゃん? だからライスたちも何かものにする方法を考えてないかなって」
「うん、それはライスも思ったよ。……でも」
「そっちも分からない?」
頷くライスシャワー。
「お兄さまも色々調べてはいるみたい。アレを使いこなすことが出来たら強力な武器になるのは本当だから」
「そっかあ……」
背もたれに体を預け、天を仰ぐトウカイテイオー。
暗礁に乗り上げたとばかりに頭を抱えるスピカを前に、グラスワンダーが口を開いた。
「その……“
「うーん、ボクらもそう言われているってくらいしか知らないんだけどね」
「名だたるスターウマ娘は皆、その力を発現させたと言われていますわ」
「私は“
「自分で言いふらすウマ娘はあんまり聞かないなー。昔のレース映像とかでたまに凄い走りするウマ娘見たことない? そういう時は“
「実際、使えるだろうってウマ娘はたまに噂に聞くよね」
「え、そうなの……?」
ライスシャワーの言葉にサイレンススズカがキョトンとしていた。
トウカイテイオーとメジロマックイーンがやれやれと頭を振った。
「スズカは自分が走ること以外興味ないから……」
「そ、そんなこと……」
「ありますでしょう」
「あう……」
耳を追って俯くサイレンススズカの姿に、思わず口元を緩めるマルカブたち。レースでは圧倒的な逃亡者の普段の姿は意外だった。
「カイチョーにブライアンでしょ、同じ三冠ウマ娘だしシービーもきっと使えるよね」
「オグリキャップさんにタマモクロスさん、そしてイナリワンさん……」
「マイルCSの時のバクシンオーさんも、きっと“
「あータイキを振り切ったアレか。確かにそうかも」
「で、伝説級の名前ばっかりデース……」
立て続けに挙がる名前にエルが目を白黒させていた。一方、グラスワンダーは真剣な表情だった。
「やはり、これからシニア級を走る私たちもそういった武器が必要なんでしょうか」
「え? あーまああるに越したことはないだろうけどさ、そもそもどうやって身に着けるかがはっきりしてないんだよね」
「使えないウマ娘がほとんどなのですから、あまり気負う必要はありませんわ」
「ですが……」
ちらり、とグラスワンダーの視線がライスシャワーに向かう。世間に公表こそまだだが、二人は春の大舞台で激突する。武器を一つでも多く手にしたいというのは、実績の上で差をつけられているグラスワンダーからしたら当然の想いだった。
海外遠征を狙うエルコンドルパサーもその気持ちは理解できるのか、特に彼女を諌めることはしない。
「そっか……まあ気持ちは分かるかな」
グラスワンダーの胸の裡をいち早く察したのはトウカイテイオーだった。
提案! と手を挙げて周りから視線を集める。
「勉強会しよう! スピカとマルカブで、“
「勉強会って……してわかるものなんですの?」
「分かんない! でも口で説明できるものじゃないんだから、誰かに聞くより自分で理解しなきゃ!」
「ライスはいいと思うな。テイオーさんに賛成!」
「よっしまずやる派に二票~。マックイーンは別に無理することないよ? ボクらで“
「別に反対とは言っていないでしょう! ……はあ、勉強会と言ってもどこでやるつもりですか?」
「レース映像がたくさんある資料室かな?」
「資料……レース映像……あ」
ポン、とトウカイテイオーは己が右拳を左掌に置いて言った。
「ついでだし、お兄さんの家でしない?」
『───え?』
「ほら、お見舞いも兼ねてさ。そもそも今日はバレンタインだから会いに来たわけだし」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいテイオー! 流石にソレは……大体今は“
「ライスさ、昔お兄さんの家に行ったって言ってたよね。その時いろんなレースの映像が録り溜めてるのも見たって」
「ケ?」
「……先輩?」
後輩からの鋭い視線に顔を背けるライスシャワー。しかしトウカイテイオーの言葉を否定しない、つまりそれは肯定であった。
「もしかして先輩、トレーニング後にトレーナーさんの家に行くつもりだったんデス?」
「そ、そんなことないよー」
「声ちっさ」
「先輩、こっちを見て言ってください」
抜け駆けは許さんとばかりに詰め寄るグラスワンダーとエルコンドルパサー。頑なに目を合わせないライスシャワーの姿に、メジロマックイーンがやれやれと息をついた。
「話が脱線してきましたわね。……ライスさん、一応マルカブのトレーナーさんにテイオーの提案が問題ないか聞いてみていただけませんか?」
「え、いいけど……マックイーンさんも賛成なの?」
「病人の元に押しかけるのは気が引けますが、言い出したら止まらないのがテイオーですから」
「むーなにさー! ボクの提案は大体いい方向に転ぶんだよ。秋天のウイニングライブだって上手く行ったでしょ!」
「あ、あれテイオーさんの提案なんだ。ありがとうね」
「もっと褒めて良いぞ! その勢いでお兄さん家に遊びに行く許可を貰ってくるのだー!」
「ウソでしょ……勉強会のはずが、完全に遊びに行くことになってる……!」
◆
病院で診察を受け、インフルエンザやその他感染力の強い病気でないことが分かると気が抜けたのか、帰宅してすぐに寝入ってしまった。
起きた頃には晴れた冬空が茜色に染まりつつある時間。学園なら放課後のトレーニングも一段落する頃だった。
潤いを失くした冷却シートを額から剥がす。手持ち無沙汰でスマホを見ると、ライスのLANEから個人チャットがあった。
『お休みのところごめんなさい。みんなでお見舞いに行ってもいいかな?』
「……みんなで?」
メッセージがあったのは昼過ぎ。記憶を辿るとちょうど病院から戻って寝入ってすぐの頃だ。
熱は……薬が効いたのだろう、下がっている。身体の怠さもあまりなく、むしろこの倦怠感は寝過ぎなのだろう。
とはいえ発熱から一日も経っていない。感染る可能性を考えるとまだ彼女たちとの接触は避けたいが、一方でライスの心遣いを無碍にするのも気が引けた。
「マスクをして、少し距離を取れば大丈夫かな?」
了承の返事と、返事が遅れた謝罪のメッセージを打とうとして、
『返事を待たずにごめんなさい。もう着きます』
「……え?」
────ピンポーン────
「お兄さーん元気ー? お見舞いに来たよー!」
マルカブのメンバーとは違う、快活な声が玄関から聞こえてきた。
本作における“領域”の使い手について(48話時点)
・使いこなしている:三冠ウマ娘たち、タマ、オグリ
・使いこなしているがムラがある(不発の時がある):イナリ、ヒシアマ
・使いこなすまでもう一歩:フジ、シリウス、バクシン
・一度発現したが再現できず:ライス、スズカ、テイオー、エアグル
・“領域”がなくても強い:マルゼン、クリーク、ハヤヒデ、マック
名前だけも含めて登場したキャラだとこんなイメージ。
最後に、いつも感想・評価などありがとうございます。
返信できておりませんが一つ一つ活力となっております。
今後ともよろしくお願いします。