シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 連日投稿も一旦終了になります。
 誤字の指摘、感想いつもありがとうございました。

 サブトレ君ですが、名前に元ネタはあるものの性格や逸話を再現する気はないのでフレーバー程度に受け取ってください。
 


52話 見送りと出迎え

 四月になった。

 トゥインクルシリーズのファンは来るクラシックへの期待で胸を躍らせているが、トレセン学園も一般の学校と同じく新入生を迎える季節である。

 今年もまた、レースで活躍し栄光を掴むことを夢見る多くのウマ娘たちが入学する。そんな彼女たちの力にならんとする新人トレーナーたちもやって来た。

 ライスたちは学年が一つ上がり、私もトレーナーとして年を一つ重ねたこととなる。

 只重ねたわけではない。チーム・マルカブは昨年の活躍もあって学生からもトレーナーたちからも一目置かれる存在となった。

 期待に応えるように、マルカブは今年から新体制に移行する。

 それはつまり、新年度から五人の新メンバーと、一人のサブトレーナーの受け入れだ。

 

「じゃあみんな揃ったところで、ようこそマルカブへ」

『よろしくお願いします!』

「………」

 

 四人が息ぴったりに礼をした。残る一人は僅かに頭を傾けるだけ。特に気にはしない。

 

「先に紹介するね。今年からマルカブのサブトレーナーになる川畑君だ」

「川畑です! 僕もトレーナー一年目だけど、みんなの力になれるよう頑張るからよろしく!」

 

 ガタイの良さと大きな声は一見暑苦しく感じるが、短くスポーツ刈りの頭髪と新人特有の若さや青さのおかげか、抱く印象は爽やかさが勝っていた。

 

「手が空かないときは川畑君に任せることもあるけど、基本的にみんなのトレーニングメニューは私が組むしトレーニングも見るよ」

 

 何人かの表情に合った不安が消えた。みんな、マルカブの指導を目当てに入ったのにサブトレーナーの指導を回されるのではと思ったのだろう。

 デビュー前だからこそ経験者の指導が必要だ。川畑君は試験でも優秀だったそうだけれど、全て任せるには早い。

 

「私もこれだけ多くのウマ娘を担当するのも、サブトレーナーを持つのも初めてだ。全員、初めてのことだらけだろうけど頑張っていこう!」

 

 はい! とみんなが声を張り上げた。

 

「既に顔を合わせて名前を知っている娘がほとんどだろうけど、改めてメンバー全員で自己紹介をしようか。……じゃあライスから」

「うん、おに……トレーナーさん!」

 

 ライスから学年順に自己紹介をしていく。やはり、新メンバーはシニア級やクラシック級で結果を残したライス、グラス、エルへの羨望の眼差しが強い。

 デジタルとドトウの自己紹介が終わり、新メンバーたちへ手番が移る。

 名前に加えて夢や目標、憧れを添えていく。そして最後のウマ娘の番が来た。

 

「エアシャカール……以上」

 

 ぶっきらぼうな名乗りに苦笑しながら、私の中で彼女との会話が蘇ってきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「レーステストじゃなくて面接かよ。ま、こっちの方が手間はかからねェけどよ」

 

 時期は三月の終わり。貸し切った空き教室に入ってくるなり、エアシャカールは言った。

 

「レースも考えたんだけどね、こっちの方が私たちのチームには合っていると思ってね」

 

 私は机を挟んで対面に座るよう促す。彼女が腰を下ろしたところで続ける。

 

「まさか君がマルカブに入りたいと言ってくれるなんて思わなかったよ」

「別に。デビューするのに一番都合が良かっただけだ」

「都合?」

「……Parcaeが示した最適なデビュー時期が近づいてる。オレの身体もそれに合わせて調整してるし、目標値の達成も問題無い。なのに、クソ面倒な規則が立ちはだかってやがる」

「担当トレーナーがいないウマ娘はトゥインクルシリーズに出られない……」

 

 苦い顔のままエアシャカールが頷いた。

 アマチュアのフリースタイルレースならウマ娘個人で走ることができる。しかしトゥインクルシリーズではそうはいかない。

 理由は興行として規模が遥かに大きいからだろう。メディアへの露出も多いし、人気が出ればグッズも出て金が動く。

 レースを走るウマ娘は皆総じて学生だ。日々のトレーニングにだけでなく学業だって本分だ。レースとなれば遠征も有り得るし、宿泊先や移動手段の確保もいる。多忙を極める彼女たちのマネジメントを受け持つのも私たちトレーナーの役目だ。

 しかし、時偶にそういった管理を自分一人でこなしてしまうウマ娘もいる。エアシャカールは紛れもなくその一例だ。

 トレーニング方法を自分で手段を確立しており、結果も出している彼女にとって、担当トレーナーなど不要の存在だったのだ。

 

「一夏とはいえ、それなりの付き合いがあった。アンタはオレのやり方を知っている。それに……」

 

 エアシャカールが言い澱んだ。聡明な彼女が、珍しく言葉に迷っている。

 やがて、もういい、と言葉を切り上げた。

 

「今更人格だの、夢だの目標だの聞く必要ねェだろ。とっとと決めろ。オレをチームに入れるのか、入れないのか」

「入れるよ。ようこそエアシャカール、チーム・マルカブへ」

 

 握手を求めて手を伸ばすと、ポカンとしたエアシャカールの顔があった。

 

「即答かよ。少しは考えねェと、またあのちッこいのにどやされんぞ」

「君がさっき言った通りさ。今更君のことを聞く必要はない。君がチームに入りたいというのなら受け入れる。去年の夏から決めていた」

 

 あの時は、まだエアシャカールがトレーナーを必要としていなかった。

 そんな彼女が、デビューするためだけという理由だとしてもマルカブを選んでくれたのだ。断る理由などありはしない。

 

「……やっぱアンタ、変な奴だよ」

「そうかな? じゃあ、やめておくかい?」 

「…………チッ」

 

 手を握られたことが答えだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 春は出会いの季節だ。そういわれる通り、マルカブには五人の新メンバーと一人のサブトレーナーが入った。

 一方で、春は別れの季節とも言われる。それを証明するように、一人のウマ娘が日本を飛び立つ。

 エルがフランスへ行く日がやってきた。

 

「それでは皆さん、行ってきマス!」

「エルさん、頑張ってね!」

「お体にはお気をつけて!」

「に、日本から応援していますねぇ……!」

 

 口々に言葉を送っていく。

 空港にはマルカブのメンバーだけでなく、エルのクラスメイトや友人たちの多くが集まり、彼女の門出を祝っていた。それこそクラシックやシニアという階級の区別なく、彼女の交友関係の広さが窺えた。

 皆が持ち寄った応援の品がエルの手いっぱいにある。デビューから今日までにエルとレースを走り、負かされた子も多いだろう。それでもエルの海外での活躍を期待してくれている。彼女こそが、日本を代表するウマ娘だと認めているのだ。

 トレーナーとしてとてもありがたいことだった。これから知り合いのいない異国の地へと旅発つエルにとって励みになるだろう。

 

「エル……」

 

 同期たちを代表して、グラスが一歩前に出る。

 後ろに控えた他の同期たちの視線が二人に向かう。

 余談だが、スペシャルウィークを始めとするスピカの面々はこの場にいない。サイレンススズカの渡米の日と重なってしまったのだ。彼女たちや、サイレンススズカとの友好の深いウマ娘はそちらに行っているのだろう。

 

「エルはフランスで、私は日本で……」

「……ハイ! お互い頑張りましょう! 帰ってきたら勝った数で勝負デスよ!」

「ええ、望むところです……!」

 

 それだけだった。

 同室で、同期で、友人でありライバルである二人にはそれで十分だったのだろう。

 

「お兄さまも、気を付けてね」

「ん? ああ……といっても私はすぐに戻ってくるけどね」

 

 エルのフランスでの生活は既にフランスに向かった黒沼トレーナーや現地協力者に任せるが、レース直前には私も現地に入る。今回は顔合わせ程度だが、エルを任せる以上は担当トレーナーとしてついて行くことにしたのだ。

 まあ、ドトウの皐月賞が近いのでとんぼ返りにちかいのだが。

 

「それじゃあみんな、行ってきます! エルの海外での活躍を期待していて下さーい!!」

 

 拍手と声援に見送られ、エルと私は搭乗口へと向かっていく。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 特にトラブルもなく、飛行機に乗り込むことが出来た。

 ちょっとランクが高い席に座ることが出来たのは学園の気遣いなのか。まあ折角の機会だから堪能させてもらおう。

 エルは窓際に座って外を見て、友人たちが見えないか探している。

 同行する三人のうち、シリウスシンボリは早々に寝る態勢に入っている。彼女はエルのトレーニングパートナーにもなるのだから、到着した時に向けて体力を温存しているのかもしれない。

 シーキングザパールはグルメ雑誌を見ていた。遠征先でご当地弁当を食べるのが趣味と言っていたし、滞在先周辺のお店でも探しているのかもしれない。

 自然と、手持ち無沙汰となった私の会話相手はエアグルーヴに向かう。

 

「欧州って行ったことないんだよね。エアグルーヴは経験あるかな?」

「私もありませんね。一応、最低限の言葉は扱えますが」

「凄いなぁ……」

 

 彼女の勤勉というか、隙を見せないところは感心する。現役を退き、指導者としての道を選んだという彼女にとって海外はこれから関りが深くなるだろう。

 ふと疑問が湧いた。理事長室では気にならなかったが、どうしてエアグルーヴはあの場にいたのだろう。シリウスシンボリ達と同じかと思っていたが、あの時理事長は帯同としてエアグルーヴの名を上げなかった。

 東条トレーナーが勉強のために遣わしたのかと思ったが、それなら同じリギルのタイキシャトルについて行かせるはず。

 

「不躾かもしれないけど、どうしてエルの遠征に着いてきてくれたんだ?」

「え? ……ああ、そういえば言っていませんでしたね。エルコンドルパサーの海外遠征での現地協力者ですが、向こうにお願いをしたのは私です」

 

 衝撃的な言葉が飛び出してきた。

 

「君が……海外のレース関係者に協力を依頼した?」

「はい……私自身が望んで得た伝手ではありませんが。エルコンドルパサーが海外遠征を望んでいるのは以前から知っていましたし、マルカブに伝手が無いことも知っていました。この伝手は、ここで使うべきだと思ったんです」

「どうして? 君がエルのためのそこまでするんだい?」

「お礼、のようなものです」

 

 お礼? とオウム返しに言うとエアグルーヴは頷いた。

 

「正確に言えば、貴方たちへのお礼です」

「……ゴメン。君にお礼されるようなことをした覚えがない」

「スズカを助けてくれたでしょう」

 

 エアグルーヴが言っているのは天皇賞(秋)のことだとすぐわかった。

 

「ご存じでしょうが、あのレースには私も出ていました。だからあのレースで起きたことは全て、目の前で見ていました。スズカがケガをする瞬間も、奇跡のような復活も……ライスシャワーの勝利も」

 

 背もたれに身を預けるエアグルーヴ。閉じた瞳の奥で、あの時のことを思い返しているようだ。

 

「あのレースで、どうしてあんな奇跡が起きたのかは分かりませんが、今スズカが無事にアメリカに渡れたのはライスシャワーのおかげ。それはあの天皇賞を走った全員が知っていることです。見ていることしかできなかった私と違って、彼女は自分の走りで彼女を助けたのでしょう?。

 だから今度は、私が出来て貴方たちに出来ないことで返す。それだけです」

 

 黒沼トレーナーの言葉を思い出す。

 ライスの走りがミホノブルボンを奮い立たせたように、エアグルーヴの心を動かしたのだ。

 

「ありがとう……!」

「……何故貴方がまたお礼を言うのですか?」

「嬉しいんだ。あの子の頑張りが、多くのヒトに響いたことがね」

 

 振動を感じる。

 機内にアナウンスが響く。出発の時間になったのだ。

 

(ライス、君の走りがまた一人の夢を繋げたんだ……)

 

 体が軽くなるような浮遊感。私の気持ちの高まりとシンクロするように、鉄の翼は日本を飛び立った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 フランスに降り立つ。

 まだ空港の中なのに、どこか空気というか雰囲気がやはり日本とは違う気がした。

 

「まずは現地協力者と合流する」

 

 相手と渡りをつけたエアグルーヴが先頭に立つ。私とエルが後に続く中、そのまた後ろにいたシーキングザパールが、そういえば、と口を開く。

 

「その現地協力者ってのは誰なの? エアグルーヴの知り合いというからフランスに渡った日本のレース関係者だと思っていたけれど……」

「それは……相手からの要望でな。直接顔を合わせるまでは秘密で、とのことだ」

「なんだそりゃ。下らねぇサプライズだ」

「あらシリウス、私はそういうの好きよ。箱の開けるまで中身の見えないお弁当もワクワクするじゃない。新たな出会い、確かに直前まで誰か知らない方が楽しみだわ!」

「……どうでもいいぜ」

 

 私としては担当を預けるのだから事前に知っておきたかったが、逆に言えばそれほど信用できる相手なのだと思うことにした。

 ターミナルを抜けたところで、エアグルーヴの足が止まった。

 どうした? と聞く前に彼女が眉間を抑えているのに気付く。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん!」

「エル?」

「あれ! あれ!」

 

 エルが指差す先を見る。追ってシーキングザパールとシリウスシンボリも見た。

 ……思わず絶句した。

 空港の一角で広げられた特大の横断幕とそれを持ったウマ娘と黒服の一団。代表者と思わしきウマ娘は太陽のような笑みを浮かべているが正直言って異様だった。

 まさか、と思った矢先、リーダー格のウマ娘がこちらに気づいた。瞬間、腕を大きく振り出した。

 

「エアグルーヴ、あれ……」

「知りません。きっと芸能人でも待っているのでしょう」

「もの凄い勢いでこっちに手を振ってマスよ? それにあの垂れ幕、赤い丸がついてますけど日の丸じゃないデス?」

「きっと日本の有名人が来るのでしょう」

「現実を見ろよ。フランス語でようこそ女帝って書いてあるぞ」

「まあ、これは確かにサプライズね! エアグルーヴのフレンズは愉快な方なのね」

「………………ええい、分かった! 行けばいんだろ行けば!!」

 

 ズンズンとエアグルーヴが横断幕をもった一団へ向かっていく。彼女一人に任せるわけにもいかないので私たちもついていく。

 

「失礼。私たちは日本ウマ娘トレーニングセンター学園の者だが、皆さま方は───」

「待っていたよ!!」

 

 エアグルーヴの言葉を吹き飛ばすほどの大音声。呆気に取られる私たちを置き去りに、一団を率いるウマ娘が続ける。

 

「今日という日を私がどれほど待ち焦がれていたか! 我が心を燃やす女帝殿を迎えることが出来るこの感動! ああ幾億の詩を用いても語り尽くせない!」

「いえ、尽くさなくて結構です」

「そうはいかない! あの冬の日、女帝殿から直接電話をしてくれた時、私の心は一瞬にして春へと変わったのだ! この魂の昂ぶりを言葉として万民に伝えずしてどうする、世界の損失と言っていいだろう!」

「あの、すいません声を抑えて……」

 

 ……凄いな。あのエアグルーヴが一方的に圧されている。

 しかしこのウマ娘、どこかで見たことがある気が。

 

「おい、この茶番はいつまで続くんだ。私たちはお前の演劇を見に来たわけじゃないんだぞ」

「……おや、誰かと思えば月に吼える君か。私と女帝殿の間に挟まろうとは流石は天狼星、今宵も餓えてるようだ」

「分かりにくい言い回ししやがって、とりあえずケンカ売ってるでいいんだな?」

「止めてくださいシリウス先輩。貴女も、わざわざ煽るような真似をしないでください!」

 

 意外な二人に接点があったようだ。海外を渡り歩いたシリウスシンボリが知っているということは、相応の実力者ということだろう。

 ……思い出した。一昨年のジャパンカップ、マチカネタンホイザが勝ったレースで二着となったアイルランドの───ふと、当の本人がこちらを見た。

 

「さて……ああ、君がエルコンドルパサーか。昨年のジャパンカップは見ていたよ。素晴らしいレースだった」

「あ、ありがとうございマス!」

「ふふふ、初々しいね。そして君がトレーナーか」

「はい。私がエルコンドルパサーを担当している───」

 

 名乗ろうとしたところで、掌を前に置かれて遮られる。

 

「結構。彼女のトレーナー、それだけで十分さ。君も私の名など聞く必要はない。私はただの、彼女の走りに可能性を見たただのファンさ」

 

 そう言って彼女は離れていく。入れ替わるようにエアグルーヴがやって来た。

 

「念のため伝えておきます。学園に昨年から留学しているファインモーションをご存じですか?」

「ファインモーション? ……ああ、直接の面識はないけど」

「彼女は、そのファインモーションの実姉になります」

「───え?」

 

 脳内からファインモーションの情報を掘り起こす。確か、留学生としてトレセン学園に来ているもののレースへの出走意思は無い変わったウマ娘。しかしその理由は単純。彼女の血筋、家柄にあった。

 そんな彼女の姉ということはつまり、

 

「今さっき言った通りだ。私はただの、エルコンドルパサーのファンだよ」

 

 思考を遮るように、王家の血筋であるはずのウマ娘が言った。

 

「実際、今回の件に実家は全く関わっていない。集まったスタッフも私が自由に動かせる範囲、私個人のチームスタッフに過ぎない」

「現地協力を引き受けたのも、あなた個人の選択だと?」

「ああ。日本のウマ娘には興味があったし、ファインも日本での生活を楽しんでいる。そして何より、女帝殿からのラブコールがあったとなれば断る理由は無い!」

「ラブコールなどしていませんが……」

 

 エアグルーヴの抗議はスルーされた。どこまでも、彼女は自分の世界で生きている。

 

「……ああそうだ。遅くなってしまったね。ようこそ日本のウマ娘たち。ようこそチーム・マルカブ、エルコンドルパサー。

 私の地元というわけではないが、ようこそフランスへ。欧州は、東からの勇敢な挑戦者を歓迎する」

 

 

 

 ◆

 

 

 シャンティイトレーニングセンター学園。そこが、遠征の間エルたちが滞在する場所だ。

 日本のトレセン学園よりもはるかに広大な敷地の一角を借り受け、凱旋門賞に向けてトレーニングすることになる。この世界最大ともいえる広い学園に腰を据えることが出来たのは、現地協力を引き受けてくれた彼女たちのおかげだ。

 海外遠征で最大のネックはトレーニング環境を整えることだと思う。その問題を、エルは最高の形でクリアできたんじゃないだろうか。

 そしてこのシャンティイで、私は久しぶりにあのウマ娘に再会する。

 

「お久しぶりです。ライスさんのトレーナー」

「久しぶりだね、ミホノブルボン」

「秋の天皇賞おめでとうございます」

「そっちこそ、欧州重賞おめでとう。ライスもニュースを見て喜んでいたよ」

「ひとえにライスさんのおかげです。あの天皇賞で私は一層奮起することが出来ました」

 

 久しぶりに見たミホノブルボンは、日本で最後に会った時と変わらない様子だった。

 黒沼トレーナー曰く、渡欧してしばらくは環境の違いに戸惑っていたと言うが、どうやらそれも解消されたようだ。

 ミホノブルボンの視線が、後ろにいたエルコンドルパサーに向かう。

 

「ようこそエルコンドルパサーさん。欧州挑戦の先達として、貴女の挑戦をサポートします」

「こちらこそよろしくデス!」

「挨拶は終わったな。だったら早速やるぞ」

 

 ジャージ姿のシリウスシンボリがトレーニングコースへと降りる。日本よりも長く深い芝の感触を確かめながら体をほぐしていく。

 

「気が早いな?」

 

 黒沼トレーナーの言葉にシリウスシンボリの瞳が鋭く光る。

 

「早いもんかよ。凱旋門賞まであと半年を切っている。今からそのマスク娘を欧州仕様に鍛え上げるんだろう。一分一秒が惜しい」

「マスター、シリウスシンボリさんの意見に賛同します。エルコンドルパサーさんには少しでも早くこちらの環境に慣れるべきです」

 

 ミホノブルボンもコースへ降りる。

 

「パール、エアグルーヴ、それと放蕩ウマ娘! お前らはどうする?」

「……そうね、私が走れる距離までで構わないなら」

「私は───」

「おっと私と、我が心の女帝陛下は不参加だ」

 

 コースに降りるシーキングザパール。対してエアグルーヴは王女様に肩を掴まれていた。

 

「───は?」

「約束だろう? こちらに来たら一日、私に付き合ってくれると。すでにキミと回る場所は決めているんだ」

「え? いえ、ちょっと───」

「さてキミたちは頑張り給え! はっはっはっは!」

 

 ずるずると引きずられていくエアグルーヴ。

 

「……走るか」

「……デスね」

 

 すまないエアグルーヴ。君の犠牲は無駄にはしない……!

 

 エルコンドルパサーの欧州挑戦が始まった。

 

 

 


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