シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 お久しぶりです。
 年度末の忙しさと、転勤と引っ越しで全然進んでませんでした。
 どれくらい進んでなかったかというと、この回書き終わったのがトプロのアニメ1話配信の前日だったくらいです。

 ホントはもう少し書き溜めてからとも思ったんですが、リアルの春天にも合わせたいので今日と明日で二話だけ投稿します。





53話 マルカブと春GⅠ 1

 ついに、皐月賞がやってきた。

 いつまで経っても、クラシックGⅠの日は興奮と緊張を隠し切れない。

 皐月賞、クラシック三冠の最初の一戦にして世代最速を決めるGⅠ。マルカブからはドトウが出走する。

 正直なことを言えば、ドトウから見てほとんどが格上となるレースだ。

 デビュー早々に頭角を現し、クラシック級へ舵を取ったテイエムオペラオー。

 ジュニア級GⅠを制し、最優秀ジュニアウマ娘となったアドマイヤベガ。

 前哨戦である弥生賞を勝ち、重賞連勝中で勢いのあるナリタトップロード。

 今年のクラシックの注目は凡そこの三人に集まっていた。

 残念ながら弥生賞で三着となったドトウは皐月賞の優先権こそ得たものの、どうしても彼女たちの陰に隠れてしまっていた。

 けれども、ドトウだって決して勝ち目がないわけではない。

 彼女に足りないのは自信だ。だからこそどこかで勝ち星が欲しかったところだが、こうなったらGⅠの舞台でつけていくしかない。

 

「で、では行ってきますね……!」

「うん。頑張ってね」

「客席でしっかり応援しますね!」

 

 デジタルを筆頭にチームメンバーが声をかけていく。

 ドトウは一人一人に礼を言うように頭を下げ、控室を出ていった。

 

 

 

「やあ、ドトウ」

 

 地下バ道を進むメイショウドトウへ声がかかった。

 顔を上げると、三人のウマ娘がいた。

 それぞれが自分だけの勝負服に身を包んだ、世代の頂点を目指すウマ娘たちだ。

 

「キミと晴れの舞台で走れること、嬉しく思うよ! ジュニア級では結局GⅠを走ることは無かったからね!」

 

 演技がかった身振り手振りと声高らかに叫ぶのは、リギルの新時代のエースとして鮮烈なデビューを飾ったウマ娘、テイエムオペラオーだ。

 

「ドトウちゃん! 今さっきまでみんな頑張ろうって話していたところなんだ」

 

 金色にも見える栗毛の髪。高等部だが同時期にデビューしたナリタトップロード。先の弥生賞を勝利した、今最も勢いのあるウマ娘。

 

「別に話していないわ。そこの一人歌劇団が好き勝手に歌ってただけよ」

 

 そして、ホープフルステークスを勝利したアドマイヤベガ。最優秀ジュニアとなっただけあり、今日の皐月賞でも一番人気に推されている。

 クラシック世代を彩る未来の三強が並ぶ光景は間違いなく輝かしいものだった。

 彼女たちに並ぶなど恐れ多い。

 それがメイショウドトウが抱く想いだった。

 それでも、

 

「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますぅ……!」

 

 歩み寄る。今は陰に過ぎなくとも、いつか堂々と並ぶ日を夢みて。

 メイショウドトウのクラシックが始まった。

 

 

 ◆

 

 

『今年もこの日がやってきました。ウマ娘達にとって一生に一度のクラシック! その一冠目、最速のウマ娘を決める皐月賞!

 昨年はセイウンスカイが見事な逃げ切りで会場を沸かせました。果たして今日栄光を掴むのはどのウマ娘か、そしてただ一人、クラシック三冠への挑戦権を得るのは誰なのか!

 いま、各ウマ娘がゲートに収まりました。

 皐月賞がいま……スタートしました! ………おっとテイエムオペラオー出遅れたか!? スタートダッシュで先頭を掴んだのは───』

 

 ゲートを飛び出して、最後方へと流れていく王冠を見てメイショウドトウは文字通り面食らった。事前に決めた作戦では、テイエムオペラオーをマークする予定だったからだ。

 

(オ、オペラオーさん!? ……いけない、レースに集中しないと!)

 

 先頭集団にメイショウドトウ、中団にナリタトップロード。後方にはアドマイヤベガと、さらに後ろにテイエムオペラオーが位置取ることとなった。

 ハナを取ったウマ娘が徐々にペースを上げていき、釣られてメイショウドトウたちのスピードも上がっていく。

 

(オペラオーちゃんは……!?)

(……まだ動かないのね)

 

 第三コーナーを回ってなお後方で待つテイエムオペラオー。一方で、ナリタトップロードとアドマイヤベガは先頭を捕えようと位置を上げ始めた。

 そして最終コーナーを回る。中団や後方に位置取っていたウマ娘たちも追いつき、団子のように直線に入ったことで観客のボルテージも跳ね上がっていく。

 興奮に彩られた歓声が響き渡る。

 

(もう、少し……!!)

 

 メイショウドトウは二番手まで上がって来ていた。

 後方からナリタトップロードとアドマイヤベガが迫ってくる気配を感じる。

 だがレース序盤からハイペースについてきていたメイショウドトウに追いつくのは至難だ。 

 

(獲れる……! 勝てる……! 私が、私が───)

 

 その時、

 

「───はあ!!」

 

 雄々しい咆哮とともに、煌びやかな王冠が最前線へと飛び込んできた。

 強烈な追い上げを見せるテイエムオペラオーに、客席からは悲鳴にも近い歓声が上がる。それすら力に変えるように、歌劇王が順位を上げていく。

 

(もう少し……なのに───!!)

 

 残り100m、あと一人抜き去れば自分が一着だ。そう思って懸命に走るメイショウドトウの横を、彼女が駆け抜けていく。

 

『テイエム来た! テイエム来た! テイエムオペラオーが抜け出した!! 一着はテイエムオペラオー!!

 皐月の冠を得たのは、リギルのテイエムオペラオーだ!!』

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ああ、と思わず声が漏れた。

 最後の直線、ドトウは一度は先頭に立ったのだ。アドマイヤベガもナリタトップロードも振り切って、皐月の冠を掴みかけた。群雄割拠のこの世代の中でも、ドトウの実力を証明するレースとなった。

 しかし、やはりここでもテイエムオペラオーが立ち塞がった。

 出遅れからの最後の直線一気。あんな芸当を栄えあるクラシックで実行するなど、並の精神ではない。改めて彼女の突出した能力を見せつけられた。

 

「ドトウさん凄かったね!」

「うん、惜しかった……もう少しで勝てたのに」

「だけど二着だよ! 皐月賞で二着!」

 

 ふと、周りにいたウマ娘の声が聞こえた。悲しいかな、それは今年からマルカブに入った娘たちのものだった。

 いや、彼女たちの言葉を否定するのも酷だろう。毎年多くのウマ娘がデビューし、熾烈な競争に身を投じるトゥインクルシリーズ。ライスたちのようなスターウマ娘たちを担当すると勘違いしそうになるが、この世界で勝ち上がるだけでも至難の業であり、重賞、特にGⅠなんて出るだけでも栄誉なことなのだ。

 しかも今日は一生に一度しか挑戦の機会が存在しないクラシック。出走を叶え、掲示板に載っただけでも一生の自慢だろう。

 

(だけど……)

 

 やはり、勝たなければと思う。

 今日までの努力が無駄だったとは言わないが、ただ好走することに満足してはいけない。

 このあたりは個々の意識の差なのだろう。実際にライスやグラスは悔しそうな顔でターフを見ている。ドトウの敗北に、テイエムオペラオーの強さに思うものがあるのだろう。

 祝福の喝采を受ける勝者に背を向け、地下バ道へ向かうウマ娘の中にドトウの姿を見た。

 背を少し丸め、俯くように歩く彼女は敗北に落ち込んでいるように見える。でも、心が折れたような様子はない。

 次こそは。そんな決意を秘めているに違いない。

 そして、

 

「次は……私たちの番ですね」

「うん。ドトウさんの分も頑張らないとね」

 

 想いを託されたように、闘志を燃やすウマ娘がいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 世間の話題というのは移り変わりは早いもので、皐月賞の翌日には大衆の注目は天皇賞(春)へと変わっていた。

 それはURAも同じで、各所に貼りだしていた広報ポスターも早々に切り替わっていた。

 そのポスターは五人の影が交錯するデザインだった。トゥインクルシリーズ春シーズンを象徴する祭典において、そのまま特に注目されるウマ娘たちを示していることは容易に理解できた。

 

 メディアが煽る。

 

 再び、長距離の覇者が激突すると。

 

 名門としての矜持、復活の戴冠なるか。

 ターフの名優 メジロマックイーン。

 

 刺客から王者へ。年度代表ウマ娘。現役最強の肩書を背負い、四度目の栄冠を目指す。

 青いバラのヒーロー ライスシャワー。

 

 識者が語る。

 二天に挑むは新時代を拓いた黄金世代の三強であると。

 

 皐月賞ウマ娘、計略巡らす逃亡者 セイウンスカイ。

 

 ダービーウマ娘、北国からの超新星 スペシャルウィーク。

 

 菊花賞ウマ娘、不屈のグランプリ覇者 グラスワンダー。

 

 ファンは声を上げる。

 勝負の舞台に上がるのは彼女たちだけではない。

 無冠の大器が悲願の戴冠を狙う。昨年の屈辱を晴らしに羊蹄山より光がやって来る。古豪としての誇り、意地、執念を以て巨星打倒に向かう。

 様々な想いはうねり、交わり、渦を巻き、興奮と期待の炎をあげる。

 

 その日、京都レース場はまさしく戦場となるだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 早朝、トレーニングコースを駆けるウマ娘たちがいた。長い髪を靡かせ前を行くトウカイテイオー。彼女を懸命に追うスペシャルウィーク。チーム・スピカによる併走だった。

 コーナーを曲がり、スペシャルウィークが仕掛ける。トウカイテイオーも譲らない。

 暴風とともに、二人が並んでゴール地点を駆け抜けた。

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 少しずつスピードを落としていく。傍からは同着にも見えたが競った当人たちには結果は分かった。

 

「ふぃ〜〜、ちょーっと危なかったけどまたボクの勝ち!」

「はあっ、はあっ……も、もう少しだったのに……!」

「はっはっは! まだまだ、先輩として負けるわけにはいかないのだ!」

 

 皐月賞が終わってから、天皇賞(春)に向けて二人は連日併走していた。

 チームメイトであるメジロマックイーンも出走する以上、練習相手は限られる。とはいえ同じダービーウマ娘であり、天皇賞(春)を経験したトウカイテイオーをパートナーにトレーニングできることはスペシャルウィークにとっても幸運だった。

 

「でも、マックイーンはもっと強いよ。ライスも天皇賞(秋)でスズカを差し切ったのは偶然なんかじゃない」

「分かって……ます。セイちゃんも、グラスちゃんも。出てくるのは強いウマ娘ばっかりです」

「そうだねー。日本ダービーが世代の代表を決めるレースなら、天皇賞(春)は現役の頂点を決めるレースなのかも。そう言えるくらい毎年強敵が集まってくる」

 

 前哨戦に当たる阪神大賞典は見事制したスペシャルウィーク。日本ダービー以来の重賞勝利は彼女が世代の代表であることを世間に思い出させた。

 けれども抜きん出た強さとは言われないのが、今のトゥインクルシリーズの層の厚さを物語っていた。

 しかしそんなレースを勝ってこそ、スペシャルウィークが目指す日本一のウマ娘の座が近づく。

 

「テイオーさん、もう一本お願いします!」

「お、いいよいいよ。この頼れる先輩が胸を貸してやろうじゃないか!」

 

 休憩もそこそこに、再び二人は走り出す。

 かつて勝てなかったレースへの夢を託すように。掲げた夢へ向かって飛び立つように。二人の併走は、挑戦者が勝つまで続けられた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「本日は私たちのために集まっていただきありがとうございます」

 

 煌びやかな会場に、気高い声が響く。

 紫がかった葦毛のウマ娘がマイクを握り、彼女の言葉を聞き洩らさぬよう多くの者が耳を傾けていた。

 

「こうしてトゥインクルシリーズに復帰し、再び栄えある春の天皇賞へと出ることが叶ったのも皆様の応援と協力があってものだと、あらためて感謝申し上げます」

 

 マイクを握るのはメジロマックイーン。言葉を紡ぐ彼女へ視線を向けるのは、メジロを冠するウマ娘たちの後援会やファンたちだ。

 ここは、春の天皇賞に出走するメジロ家のウマ娘たちを応援するためのイベント会場だった。

 昨年の秋から復帰したメジロマックイーンにとって久しぶりの天皇賞(春)への出走は、ファンや後援会を大いに沸かせた。

 

「今年の天皇賞も多くの強敵が集まりました。昨年のクラシックで活躍された黄金世代、戴冠を目指す歴戦の猛者たち、そして───」

 

 一瞬の静寂。

 

「ライスシャワー」

 

 前人未到の天皇賞三連覇を阻んだ、漆黒のステイヤー。メジロマックイーンを応援する者たちにとって、その名を知らぬ者はいない。

 勝負の世界故に憎みこそしないが、メジロ家の勝利にとって最大の障壁であることは皆共通の認識であった。

 

「彼女と再び春の京都で走れること、これほど嬉しいことはありません。彼女に勝って再びメジロ家に栄光を。春の楯を持ち帰ることをお約束します!」

 

 決意表明に拍手が巻き起こる。

 メジロマックイーン以来届かずにいた天皇賞の楯。それをまたメジロマックイーンで取るのだ。

 かつての栄光の続きを夢見て、喝采は鳴り響いた。

 

 

 

「マックイーンさま」

 

 イベントが終わり、会場に静けさが戻ってきたところでメジロマックイーンに声をかける者がいた。

 

「あら、ブライト……?」

 

 ボリュームのある鹿毛の少女、メジロブライト。彼女もまたメジロを冠するウマ娘だ。

 そして来る春の天皇賞へ出走する一人であり、メジロマックイーンと同じく昨年の天皇賞でライスシャワーに敗れた一人である。

 今日のイベントでも、メジロマックイーンとともに天皇賞(春)への意気込みをファンに語っていた。

 

「どうされましたの?」

「同じメジロですが、あまりお話しする機会もありませんでしたので……」

 

 確かに、レースに出た世代も違えば所属するチームも違う。

 メジロの屋敷に集まれば顔を合わせることもあれば、どちらもメジロライアンと話すことが多い。

 

「まずは復帰、遅くなりましたがおめでとうございます。かのターフの名優と同じレースを走れること、光栄に思いますわ」

「ありがとうございます。私もメジロの時代を担う双翼、その一翼と共に走ることを楽しみにしておりますわ」

 

 二人が握手を交わす。

 

「ですが───」

 

 掴む手が強くなる。

 

「メジロの悲願、春の楯を獲るのは私ですわ」

「あら───」

 

 二人はメジロを冠するウマ娘として同じ目標を掲げたまさに同志。けれどもレースで競うことになるのなら、決して勝利を譲りはしないという明確な宣戦布告だった。

 

「お婆様やメジロ家も方々、ファンの皆様はきっとマックイーン様の勝利を祈っておられるのでしょう。それは正しいかと思いますわ。未だGⅠの誉れも持たない私と、二度も春の楯を持ち帰ったマックイーン様。どちらの勝利の可能性が高いのかは明白ですわ」

「随分と、今日は多く話しますのね?」

 

 メジロブライトの言葉を否定はしない。実績が物語る事実を否定することは慰めにならないし、なにより彼女自身への侮辱になると思ったからだ。

 

「ええ。今日まで、ずっとずっと考えていましたから。昨年の天皇賞で敗北してからずっと………」

 

 交わした手が離れる。けれど、二人の距離は変わらない。

 どちらも、譲りはしない。

 

「黄金世代も、薔薇の王者も、素晴らしい方々ですわ。ですがだからと言って彼女たちだけに気を取られませんように。

 勝つのは、このメジロブライト。メジロの時代を担う光ですわ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そのウマ娘は、海にいた。

 やや緑がかったようにも見える葦毛のウマ娘、セイウンスカイだ。

 トレセン学園の赤いジャージのまま、釣り糸を海面へと垂らしていた。一方で視線は手元のスマホに集中している。

 スマホではURAが公開しているレース映像が流れていた。

 中京レース場。春の短距離王者を決めるそのレースは終盤へと差し掛かり、緑の勝負服が後方から追い上げを見せていた。

 

「……ホント、大したもんだね」

 

 念願のGⅠ制覇を成し遂げた本人には決して言わないだろう賛辞をこぼす。

 ともにクラシック戦線を走り切った彼女はシニア級に入って突如スプリント路線へと舵を取った。

 その方針転換に世間の反応は案の定良くは無かった。

 当然だろう。これまで中長距離のクラシック路線を走っていたウマ娘が翌年から短距離なんて。

 それでも、

 

『王道じゃない? そうね、世間からしたらそうかもしれないわ。でもそんなの関係ない』

 

 レースの少し前、本人に問うた時の返答が蘇る。

 

『私は王道を走るためにいるんじゃないわ。私の、キングヘイローの道を走るためにここにいるのよ。

 黄金世代の落ちこぼれ? 王道から逃げた臆病者? 好きに笑えばいいわ。勝者として笑うのはこの私なのだから』

 

 なんと高慢で、気高い言葉か。

 己が誓いを果たすように、彼女は見事栄冠を掴んだのだ。

 スマホの向こうで勝鬨を上げるキングヘイローの姿を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

「あーあ……」

 

 釣竿を片付ける。陽は沈み始めているが、今から帰っても寮の門限には余裕があった。

 

「あーあ!!」

 

 内からこみ上げ続ける熱に思わず叫ぶ。近くにいた鳥が驚いたように飛び立っていく。

 

「おかしいな。私ってこんな熱血系のキャラじゃないんだけどな……」

 

 スマホを操作し、電話を掛ける。数回のコールのうち、眠気を感じる声が聞こえてきた。

 

「……寝てましたね?」

『ああ。どっかの不良ウマ娘がトレーニングサボりやがったからな。やることなくて暇だったんだ』

「えー、そんなひどいウマ娘もいたもんですねー?

 ……そんなお暇なトレーナーさんに朗報です。もう少ししたら、ちょーっとやる気のあるウマ娘が行くんで、トレーニングお願いしまーす」

『……そうか。待ってるから寄り道すんなよスカイ』

 

 事情は聴かず、トレーナーは通話を切った。

 

「さて、と。たまには本気で頑張ってみますか!」

 

 疼く熱に突き動かされるように、葦毛の少女が走り出す。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夜。ナイター設備に照らされたグラウンドを、グラスワンダーは走っていた。

 他にマルカブの面々の姿はない。レースが近いことを理由に、一人門限ギリギリまでトレーニングを続けていた。

 

「グラス……!」

 

 担当トレーナーの監督の下、という条件付きで。

 少女の名を呼んだ男の手にはストップウォッチ。見せられた画面にはほんの僅かに縮んだタイムが刻まれていた。

 確かな手応えに小さく拳を握った。

 

「トレーナーさん、もう一度お願いします! 今の感覚を確かなものに───」

「いや、今日はこれで終わろう。もう門限も近いし、クールダウンに入ろう」

「でも!」

「慌ててはいけないよ。グラスは確かに強くなっている。ここで無理をするべきじゃない」

 

 グラスワンダーの脳裏に蘇るのは皐月賞のことだ。先日のものではなく、一年前の。

 当日になって身体に支障をきたし出走取消。それだけは、あの悔しさだけはもう味わいたくない。

 

「……はい」

 

 大人しく聞きいれる。滾った体を鎮めるようにダウンに入る。

 火照った体が夜風を浴びて少しずつ冷めていくにつれて頭も冷静になっていく。

 

「トレーナーさん……」

 

 その成果、余計な思考が浮かんできた。

 

「なんだい?」

「ライス先輩も、どこかでトレーニングしているんでしょうか?」

「ライスかい? 外を走りに行くとは言っていたけど、少し前に寮に帰って来たと連絡があったよ」

「そう、ですか……」

 

 胸に去来する感情は何か。理解するのに少し時間を要した。

 自分の方が少しでも長くトレーニングできたことへの優越感? 違う。トレーナーが自分のトレーニングを見ながらもライスシャワーと連絡を取っていたことへの嫉妬? 違う。

 

「トレーナーさんは、ライス先輩の方を見なくてよかったんですか?」

「ん? そうだね……見てあげたいとは思うけど、私の身体は一つだから」

 

 同じレースを走る以上、あまり一緒になってトレーニングというのは避けたい。チームメイトとはいえ真剣勝負だ。ペース配分や仕掛け処など手の内を晒す真似はしない。冷たく思うかもしれないが、これこそ二人が本気の勝負をしようとしていることの証明であった。

 

「今はライスよりも、グラスを見ておきたいかな」

「……ありがとうございます。貴重な時間を割いていただいて」

 

 感謝の気持ちは本当だった。トレーナーの言葉に嘘が無いのも分かる。

 だからこそ、理解してしまった。

 

(私は───)

 

 思い返す。同時にチームに入ったエルコンドルパサーはシニア級や海外勢相手にも勝ち、ついに欧州へ挑みだした。

 ライスシャワーはあのサイレンススズカを倒し、現役最強の座を勝ち取った。今度は王者として自分たちを迎え撃つ。

 だから、きっと、

 

(私が一番弱いから、トレーナーさんは私を見てくれている………!)

 

 トレーナー自身はそう考えてはいないだろう。だが戦績で自分が一歩劣っているのも事実だった。

 

「トレーナーさん」

「なにかな?」

「私、勝ちたいです。ライス先輩に。いえ、先輩だけでなく他のウマ娘にも。春の天皇賞で……!」

 

 ───勝って、貴方の一番になってみせる。

 真っ直ぐに己が意思を告げた。

 誓うように。夢を語るように。

 

「……強いよ。ライスも、メジロマックイーンも」

「望むところです……!」

 

 肌寒い春の夜。青い炎が、静かに産声を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 まだ陽も昇りきらない早朝。ライスシャワーは一人学園敷地外の高台にいた。日課となっていたランニングコースだ。

 息をする度冷えた空気が肺に突き刺さる。一方で走ってきた身体は蒸気を上げていた。

 振り返れば街を一望できるこの場所で、朝日に輝く市街を見るのがライスシャワーの楽しみだった。

 今日も変わらず美しい街並みに感動しつつ、物寂しさが込み上げてきた。

 

(次のレースが、ライスのラストラン……!)

 

 天皇賞(春)を最後にライスシャワーはトゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグへと移籍する。

 瀕死の重傷から復帰してGⅠを三勝、通算で六勝。しかも次勝てばGⅠ七勝、かの皇帝と並ぶ成績だ。文句無しに栄転だろう。

 その最後の舞台が京都レース場というのも、何か運命のようなものを感じずにはいられない。

 

「マックイーンさん、グラスさん。ライス、負けないよ……!」

 

 淀に咲き、淀に倒れ、淀に愛されたウマ娘が、最後を飾るのもまた淀である。

 

 其々が譲れぬ想いを胸に、天皇賞(春)が始まる。

 

 





 次回、春天。
 

 
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