シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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ウイポ10やってたら遅くなりました!!(大声)
昔一回やったことありましたがシステム随分変わりましたね。あとグラフィック凄い。
閑話休題。
今日から一日一話、計四話投稿させていただきます。
期間開けた割に少ないって? 本当に申し訳ない。




55話 余暇と継承

 

『せーの、カンパーイ!!』

 

 トレセン学園のチーム・マルカブの部屋で、ウマ娘たちの嬌声が響く。

 部屋ではマルカブのメンバーでのライスのお疲れ様会が開かれていた。

 当然、京都レース場でもライスの引退式は執り行われた。けれどあれは学園やURAのお偉いさんが集まった堅苦しいものだったので、ここでは身内だけの気軽なお祝いだ。

 紙コップにペットボトルのジュース、カフェテリアからもらってきた惣菜。もはや行きつけになりつつあるお店のケーキ。一部安っぽさは目立つが、気心知れたメンバーでの会だ。ライスも気楽に楽しんでいた。

 

「ライス先輩、トゥインクルシリーズお疲れ様でしたー!!」

「ドリームトロフィーリーグでも頑張ってくださいね!!」

「あ、ありがとうねみんな……!」

 

 チームメンバーが改めてライスへ慰労の言葉をかけていく。

 それが終われば、仲のいい組み合わせで自由な会話が始まった。

 

「引退式良かったねー」

「花束渡してたのサクラバクシンオーさんだったよね。渡し方が、なんか豪快だったけど……」

「他にも同期のウマ娘たちが集まってたんだって。一緒にクラシックレース走ったウマ娘たちもいたらしいよ」

「ミホノブルボンさんがいないのはちょっと残念だったけど」

「海外じゃあ仕方ないよ。エル先輩もいないし、どこかでまたお疲れ様会やろうよ」

「いーねー! その時はエル先輩の勝利祝いも一緒だ!」

 

 春からの新メンバーたちの会話が弾む。

 人数が倍になっただけにいつになくチームルームは賑やかだった。

 やがて、

 

「GⅠ、凄かったなぁ……」

「皐月賞も春天もスゴイ盛り上がりだった。走っている先輩たちも、見ている人たちの熱も」

「いつか、わたしもあのレースに……!」

 

 デビューに向けてトレーニングする彼女たちにとって、GⅠという大舞台の空気は良い刺激になったのだろう。皆、自分がその舞台に立った時のことを夢見ていた。

 一方で、現実を見据えた子もいた。

 

「グラス」

「あ、トレーナーさん……その」

 

 賑わいの輪から外れた位置にいたグラスは、楽しめていないようだった。理由は分かっている。

 

「今日のレースは惜しかった。でも君の走りに問題があったわけじゃない」

 

 この場で話す内容ではないかもしれない。でも気落ちしたまま彼女をこの場に居させるべきでもないと思った。

 

「トレーナーがこんなことを言うのは良くないのかもしれないが、あれはセイウンスカイが上手過ぎた。次のレースでは───」

「違うんです」

「グラス……?」

「負けたのは、私の未熟さ故です」

 

 悔しさを噛み締めるように、グラスの顔は苦渋に満ちていた。

 

「心のどこかで油断がありました。菊花賞で勝ったからと、セイちゃんを下に見ていた。彼女はそれを見抜いていた。……私は」

 

 両手で持った紙コップが少し歪む。

 

「私は、先輩と走れる最後のチャンスを、最後の舞台に泥を塗ってしまった。そんな自分が許せないんです……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あの、シャカールさん……?」

 

 グラスワンダーよりもさらに輪を外れ、部屋の隅にいたエアシャカールへメイショウドトウは声をかけるのが見えた。

 

「せっかくですし何か食べませんか?」

 

 メイショウドトウの手には飲み物が入った紙コップと惣菜を乗せた紙皿。未だチームメンバーと馴染む様子のないエアシャカールを気遣っての行動だった。

 

「ああ、そこらへン置いといてくれ。後で食う」

「え、あ、はいぃ……」

 

 言われた通り近くにあったスペースに置く。落ちないよう、かつ出来るだけ手が届きやすい場所を選んだ。

 エアシャカールの視線は手元のPCに向かったままだ。覗き込むと、早速今日の天皇賞の映像が流れていた。

 合わせて起動したAIアプリがレース映像から情報を集め、また別のAIアプリが分析していた。

 

「オマエもあンまり食い過ぎンなよ。次、ダービーだろ?」

「そ、そうですね……」

 

 皐月賞で二着となったメイショウドトウは日本ダービーの優先出走権を得ていた。

 当然、出走する。が、栄光の舞台に出るというのに彼女の顔はどうも暗い。

 

「自信がねえッてか。ま、相手が相手だし、オマエまだ重賞勝ててないからな」

「は、ははは……そうなんですよね。そんな私がダービーなんて、恐れ多いというか場違いというか……」

「だッたらどうして出る? あのトレーナーも、出たくないつッて怒るタマでもねえだろ」

 

 視線を動かすと、グラスワンダーと話し込んでいるトレーナーの姿が視界に入った。

 一生に一度しか出走のチャンスがないクラシック。距離適性の不安もなく、優先出走権を得ておきながら出ないなど正気を疑われる行為だろう。それを許すトレーナーも同様だ。

 だが、あの男なら受け入れるだろう。当然、いくらか説得は試みるだろうが。

 

「わ、私はオペラオーさんみたいにキラキラしてませんし、アヤベさんやトップロードさんたちにみたいに実績や人気があるわけじゃないです。

 い、いつかはあのヒトたちみたいになりたいなって思ってますけど……正直、ダービーに出たところで勝てるなんて思ってません。でも───」

 

 相も変わらず弱弱しい声。だが、彼女はしっかりと自分の意志を口にする。

 

「取り柄のないダメダメの私だからこそ、諦めるのだけはしちゃいけないと思うんです」

「……………そうか」

 

 エアシャカールは積極的に他人とコミュニケーションを取るウマ娘ではない。それは所謂人見知りというわけではなく、彼女自身が他者との交流に必要性を感じていないからだ。

 なのに今こうしてメイショウドトウと会話をしているのは、無意識に共通項を見出していたからだと自覚した。

 信奉するデータと数値によって不可能を突き付けられ、尚試行錯誤を続けるエアシャカール。己が力不足を自覚しながら、それでも挑むことを止めないメイショウドトウ。

 僅かな接点が、二人を繋いでいた。

 

「なあドトウ……」

 

 だから、気にかけてしまう。目の前にいるのが、結局現実を変えられなかった自分なような気がして。

 

「オマエ言ッたな。オペラオーやアドマイヤベガたちみたいな存在に“いつか”なりたいッて」

「は、はい。い、言いましたけど……?」

「一度しか言わねえ。“いつか”を“今”にするか、“十年後”にするかを決めるのはドトウ、オマエ自身だぞ」

「───え? そ、それはどういう」

「一度しか言わねえと言ッた」

 

 メイショウドトウの言葉を断ち切り、エアシャカールは再び作業に没入していった。

 強く問い質すことも出来ず、メイショウドトウはただ、ルームメイトからの言葉を反芻し続けるだけだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 楽しい食事会も、流石に門限を超えてまで続けることは出来ない。

 まだ時間に余裕があったが、怒らせると怖い寮長たちが来る前にライスたちは寮へ帰らせた。

 サブトレの川畑君もゴミの片づけや部屋の掃除をしたところで帰り、今部屋に残ったのは私一人だ。と言っても、私も明日のトレーニングメニューの確認だけして帰るのだが。

 

「あの、お兄さま?」

「ライス……?」

 

 そんな私へ来訪者が。帰ったはずのライスだった。

 

「一人かい?」

「うん。ちょっと、忘れ物をしちゃって」

「忘れ物?」

 

 オウム返ししながら部屋を見渡す。さっき川畑君と掃除した時はそれらしい物は見当たらなかったのだが。

 何を忘れたのかと聞く前に、小さな衝撃。ライスの小さな体が私にピッタリとくっついていた。

 

「おっと……ライス?」

「ごめんなさい。少しだけ、こうさせて……」

 

 小さな手が私の服をギュッと掴む。ライスが顔を埋めた箇所に熱が帯びていくのを感じて、察した。

 

「……お疲れ様、ライス」

「勝ちたかったよぉ……」

 

 絞り出した声は震えていた。

 

「みんなが応援してくれたのに。勝って、お兄さまの一番のままトゥインクルシリーズを卒業したかったのに……」

「いいレースだったよ。チャンピオンに相応しい、立派な走りだった」

「それでも勝ちたかった……! マックイーンさんだけじゃない。グラスさんにも、スぺさんにも、スカイさんにも……」

 

 悔しさに打ちひしがれるライスへ、私は月並みな言葉しか贈れない。

 実際、彼女の敗因はただ他のウマ娘たちが強かったとしか言いようがない。一強時代など長くは続かない。頂点の世代交代というのは起こりうるものだ。

 それが偶々、ライスのラストランのタイミングだっただけなのだ。

 

「……お兄さまのせいなんだから」

「え?」

「グラスさんばっかり見て、ライスのこと見てくれなかった……」

「ええ……」

 

 グラスの自主トレを見ることは了解してもらっていたはずなんだが……。

 

「ほ、ほらライスはもう自己管理できるし、でもグラスはどこか頑張り過ぎるから……」

「やっぱりお兄さまも若い子の方がいいんだ」

「そんな大して変わらないだろう……」

 

 確かグラスとエルが一昨年入学でライスのデビューが……いや、深く考えるのは止そう。

 今私ができる精一杯は、

 

「ライス、よく……よく頑張ったね」

 

 青いバラを抱きしめる。

 

「君があの宝塚記念でケガをした後、私は君に引退を勧めたね。でも、君は諦めなかった。辛いリハビリも乗り越えてまたターフに帰って来ることを選んだ。選んでくれた」

 

 瀕死の重傷を負って尚、現役続行を選べるウマ娘はどれだけいるだろう。そして、実際に復帰できる確率は一体いくらか。

 苦難の道を彼女は選び、見事賭けに勝った。

 

「ありがとうライス。私の傍にいてくれて、私に君の走りを見届けさせてくれて。トレーナーとしてこれほど誇らしく、幸福なことは無い」

「ライスの方こそ、お兄さまが傍にいてくれて嬉しかった。……ありがとう、ライスのお兄さまでいてくれて」

 

 それからライスとは思い出を語り合った。それこそ門限ギリギリまで。 

 ライスとの出会い。スカウトまでの道のり。メイクデビュー、クラシックでのミホノブルボンとの激闘、シニアに上がってのメジロマックイーンとの死闘。

 トウカイテイオー、ナリタブライアン、マチカネタンホイザ、多くのウマ娘たちと競い、勝って、負けて、その一つ一つがライスと私を成長させた。

 そしてこれからも、彼女は舞台をドリームトロフィーリーグへ移して咲き続けるのだ。

 幸せを運ぶ青いバラの物語は、まだまだ続くのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 レースを走ったウマ娘は一定期間トレーニングを控える。死力を尽くしたレースを終えたウマ娘の身体は外見からは分からなくとも激しく消耗しているものだ。その状態で負荷を大きいトレーニングをしては故障の原因となる。

 それでも、大多数のウマ娘は軽い運動は忘れない。フォームや走りの感覚を忘れないため、つけた筋肉を衰えさせないためだ。

 しかし、今朝のライスシャワーは盛大に寝坊した───と言っても朝練をするには遅いだけで学園に遅刻するような時間ではなかったが。

 時計が示す時刻を見て一瞬血の気が引いて、昨日トレーナーに言われたことを思い出してホッと胸を撫で下ろす。

 

(しばらくは休養、だったよね……)

 

 飛び起きかけた身体を再びベッドに沈める。 

 既に同室であるゼンノロブロイの姿は無い。彼女は彼女で朝練に出かけたのだろう。同様に、マルカブの面々も朝のトレーニングをしているはずだ。

 次のレースに向けて。

 次のGⅠに向けて。

 

「ライスの次は……ウィンタードリームトロフィーか」

 

 天皇賞(春)で引退したライスシャワーは、登録時期の都合でサマードリームトロフィーには出走できない。

 ドリームトロフィーリーグにおける彼女の初舞台は、冬に行われるウィンタードリームトロフィー。約八ヶ月先となる。

 

『ライスはこれまでずっと頑張って来たからね。少し休んでもいいと思うんだ。なんでもいい、好きなことをして心と身体を休めて欲しい』

 

 それはトレーナーの言葉だった。

 思えばケガもしていないのに、次のレースまで半年以上空けるなんて初めてだった。

 ふと壁に掛けたカレンダーが目に映る。出走に向けた予定が書かれていないカレンダーを見て、本当に引退したのだと気づかされる。

 

「何をしよう……?」

 

 レース中心に生活してきたばかりに、余暇の過ごし方に迷うライスシャワーであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 放課後、案の定トレーニングの参加を許してもらえなかったライスシャワーは宛もなく学園の外を彷徨った。

 行きつけの本屋に足を運んだが目ぼしい新作は無く、絵を描こうとモデルとなる景色を探すが心躍るものは見つからなかった。

 レースを離れた自分はこんなにも虚ろだったのかと自己嫌悪に陥りかけたところで、 

 

「あれ? ライスだ」

「テイオーさん……?」

 

 河川敷でトウカイテイオーに出くわした。

 ポニーテールの彼女は赤いジャージ姿。走り込みの最中なのだと分かる。

 

「そっか、テイオーさんはサマードリームトロフィーに出るんだもんね」

「そ! みんなはダービーやオークスに気持ちが向いているけど、ボクの本番はそこだからね。今回こそブライアンにぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 

 トゥインクルシリーズで活躍した一部のウマ娘しか移籍できないドリームトロフィーリーグは、一昨年の冬の祭典からナリタブライアンの連勝となっている。

 このまま一強時代を築くのか、他のウマ娘が待ったをかけるのかが注目されていた。

 

「ライスはウィンタードリームから参加だよね。……はは〜ん、分かったよ」

「な、なにが……?」

「次のレースが随分先だから、暇なんでしょ。わかるな〜、ボクもトゥインクルシリーズ引退してからドリームトロフィー参加するまで時間かかったから、あの時はもう暇で暇で……」

 

 トウカイテイオーはあの復活の有記念の翌年、再びケガをしてその年の夏にはトゥインクルシリーズから身を退いていた。その時点でドリームトロフィーリーグへの移籍は表明していたが、治療とリハビリもあってレースに出るまで時間を要した経緯があった。

 

「そっか……テイオーさんはどう過ごしてた?」

「最初はライスと似たような感じだったな。時間は出来たから気になったものはとりあえず手を出して、でもなんかしっくりこないなーって止めて」

 

 トウカイテイオーが上を向く。

 

「気づけば、レースのことを考えてた」

 

 スカイブルーの瞳が見つめる先には沈み始めた陽があり、その下にはトレセン学園が見えた。

 皐月賞と日本ダービーの二冠を無敗で達成する栄光の一方で、最後までケガに苦しめられた一時代の王者には何が見えているのか。

 

「考えて、どうしたの?」

「いつの間にか走ってた!」

 

 休養中だったのにね! とトウカイテイオーは笑った。

 

「トゥインクルシリーズじゃあいろんなことがあった。楽しいこと、悔しいこと、辛いこと、嬉しいこと。勝てたレース、負けたレース、出られなかったレース。ボクのレース人生は良いことも悲しいこともいっぱいあったけど……」

「あったけど……?」

「ボクはレースが、走ることが大好きなんだって改めて気づいた!

 きっとあの時間はそれを自覚するための猶予期間(モラトリアム)だったんだ……」

 

 風が吹いた。悩みの雲を払い、空虚な胸の裡に光が差した気がした。

 

「きっとライスもそうだよ」

「そうかな?」

「そうだよ! テイオー様の勘は当たるんだから!」

「そっか……じゃあ、信じてみようかな」

 

 トウカイテイオーと別れ、ライスシャワーは歩き出す。

 これまで過ごした学園へ。これからも過ごす学園へ。

 その歩みに、迷いは無かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夜。

 ライスシャワーはグラウンドに出ていた。

 トウカイテイオーに言われたように、自分の気持ちを整理するため、何度も走った場所へと足を運んでいた。

 日が暮れてからなのは、誰もいない時間の方が邪魔にならないと思ったからだ。

 なのに、

 

「え……グラスさん?」

 

 ライスシャワーと同じく天皇賞(春)を走り、やはり同じく休養中であるはずのグラスワンダーがトラックを走っていた。

 休養中でもある程度の運動はする。しかし赤いジャージ姿のグラスワンダーが見せる走りはそんなものではない。

 まるでレース目前のもの、いやレース本番とも見紛えるほどのものだった。

 近くにトレーナーの姿は無い。ということは、彼女の独断の可能性が高い。思わずライスシャワーは駆け出していた。

 

「グ、グラスさん……!」

「はぁ……はぁ……っ! ライス先輩……」

「一体どうしたの!? レースに出たばかりなのにそんなに走って……!」

「大丈夫です。気にしないで下さい……」

「気にするよ! 疲労も抜けきれてないのに……またケガしちゃう……!」

 

 ケガという言葉にグラスワンダーの身体が震える。

 彼女の中には、まだクラシックの半分を棒に振った過去が傷となって疼いていた。

 

「ねえ聞かせて。何があったの? お兄さまに言えないことならライスが聞くから。それとも、ライスにも言えない理由?」

「……私は」

 

 少しの間を空け、迷いの色を見せつつグラスワンダーは口を開いた。

 

「私は、自分が許せないんです……!」

「……どうして?」

「あのレースは、あの天皇賞は! 私が勝つべきだった。勝たなきゃいけなかった……!!」

 

 夜のグラウンドに、グラスワンダーの慟哭が響く。

 

「ライス先輩のラストラン。先輩と走れる最初で最後のレース……勝って、私が先輩の跡を継ぎたかった。───なのに」

「そんな、負けるのは誰にでもあることだよ」

「私は油断していたんです。セイちゃんに、一度勝った相手を下に見て、そして負けた。無様な……情けない負け方です……!」

「だから、こんな無茶なトレーニングをするの?」

「もう負けたくないんです。次に負けたら、私は───」

「グラスさん、ありがとうね」

 

 グラスワンダーの言葉を遮り、ライスシャワーは後輩を抱きしめた。

 

「え………?」

 

 呆気に取られる後輩へ、薔薇の少女は語りかける。

 

「グラスさんがそんなに想ってくれてるなんて知らなかった。ライス嬉しいよ。でもね、やっぱり無理はしてほしくないな。

 ……ねえ、グラスちゃん。ライスはトゥインクルシリーズからはいなくなるけど、ライスはここにいるよ」

 

 胸に収まる栗毛の少女へ語りかける。

 

「どこかに行ったりしない。これからもマルカブにいる。ライスと勝負したいのなら受けてあげる。結果に、展開に、満足しなかったなら何度だって。それじゃあダメ……?」

「そ、れは……」

「本番のレースじゃないとダメ? 勝負服を着ていないと本気になれない? レース場で、いっぱいのお客さんの前じゃないと納得できない?」

「そんなことは……ない、です……!」

「ん。じゃあ、今日はこれくらいにしよ? 疲れが取れたら、また本気で勝負してあげる」

 

 トウカイテイオーの言葉を思い出す。

 結局、暇を貰ったところで自分は走ることからは離れられない。

 物語を読むことも、絵を描くことも好きだが、最も心躍るのはレースなのだ。それが誰かのためになるのなら尚更だ。

 

「そして教えてあげる。ライスの走りを、お兄さまから教えてもらったことを全部、グラスさんにも」

 

 自分はトゥインクルシリーズにはいない。

 しかし残った者たちに自分の技術を少しでも伝えられるのなら、継承されていくのなら。それはきっと、勝ち続けることと等しいくらい喜ばしいのだろう。

 春の夜空、二人のウマ娘は新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「───というわけでお兄さま、休養空けたらグラスさんと模擬レースするね」

「ちょっ!? せ、せせせ先輩、どうして!?」

「グラスさん、なに?」

「なにって、どうしてトレーナーさんに言うんですか!! あ、あれは二人だけの秘密という流れじゃないんですか!?」

「うーんでもグラスさんって一人で背負い込むところあるから、こういうのは恥ずかしくても伝えておくものだよ?」

「ぐぅ……うう……」

 

 二人の力関係は、まだ変わりそうにない。

 

 

 

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