シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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56話 マルカブと春GⅠ 2

 今年の春は、マルカブにとって向かい風が吹いているのかもしれない。

 そう思い始めたのは五月に入ってからだ。

 世間の注目がクラシックの大一番、オークスや日本ダービーへ向かう中、デジタルがマイルの世代代表を決めるNHKマイルカップへと出走する。

 昨年はエルが見事勝利した芝1,600mの国際競争であり、デジタルにとっては芝GⅠへの初挑戦だ。

 ジュニア級でダートGⅠを勝ったウマ娘が芝のレースに出ることに一部世間から疑問の声もあったが、前哨戦であるニュージーランドトロフィー(芝1,600m)は勝ちは逃したものの三着に入線。芝の適性を見せつけるとともに無事優先出走権を獲得した。

 彼女が目指す、ダートでも芝でも走れるウマ娘としての一歩だ。

 そして、

 

「ま、負けましたぁあ……」

 

 結果は七着。差しウマ故に道中を中団で控えたが、直線で伸び切らず沈んでしまった。

 

「途中で集中力切れちゃってたね……」

「め、面目ないです……」

 

 誰よりもウマ娘を愛するデジタルの悪癖───レース中に周りのウマ娘に意識を向けてしまう癖がここで出てしまった。 

 NHKマイルカップは海外のウマ娘が遠征してくるレースでもある。デジタルにとって雑誌やニュースサイトでしか見ることのないウマ娘も何人かいたから、気になってしまったのだろう。

 

「その癖はなんとかしないとね……。それと次のレースだけど」

「え、あ、もう次のレースの話です?」

「今回は不完全燃焼だったからね。切り替えるためにも次の目標も大事だよ。芝とダート、どっちにする?」

「そうですね……一回またダートに戻ってみましょうか」

「分かった。ダートで次に大きなレースは……七月のジャパンダートダービーだね」

「す、砂の世代王者決定戦ですか……!」

「ここを逃すと秋まで大きな世代戦はないからね。一生に一度のクラシックだし、チャンスがある以上は出ておきたいな」

「わ、分かりました! ドトウさんも日本ダービーに出るんですから、あたしも覚悟決めます! ダートで余所見の汚名返上です!」

「よし、頑張っていこう!」

 

 おー! とデジタルが拳を上げる。

 次の舞台は夏のダート、砂の王者を目指し動き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 五月中旬。ここから、私のトレーナー業は多忙を極めることとなる。

 ドトウが日本ダービーに出るのでメディアからの取材対応。さらにダービーが終わればメイクデビューが始まるのでメンバーの出走予定の調整。

 そして、フランスにいるエルの欧州レース初戦だ。

 

「みんなのメニューは予め組んでおいたけど、各自の調子を見て変えてくれて構わないよ。内容やみんなの様子はレポートにして共有のフォルダにお願い」

「分かりました!」

「迷うことがあったらメールしてね。メンバーのまとめ役はライスにもお願いしてあるから、二人で協力してくれ」

 

 荷物をまとめながら、サブトレーナーの川畑君に指示をしていく。

 私はこれからフランスへ向かう。翌日行われるエルの欧州初戦、イスパーン賞に同行するためだ。

 十名近いウマ娘を新人に任せるのは酷だがこれも経験だと思うしかない。幸い近年はインターネットのおかけで離れた場所の様子も確認できるし、レースが終わればすぐ帰国するつもりだ。

 

「先生、一つ確認なんですが……」

「なんだい?」

 

 先生呼びにこそばゆさを感じつつ川畑君の方を見る。彼の神妙な面持ちに気を引き締めた。

 

「エアシャカールのことはどうしますか?」

「シャカールはこれまで通り、彼女の自由にさせればいいよ」

 

 答えてから、彼の懸念に気付く。

 

「……不服かい?」

 

 聞き返すと、川畑君は恐る恐るといった感じで頷いた。

 

「その、先生はなんというか……エアシャカールに甘いと思います」

「言うこと聞かせるだけがトレーナー業じゃないと思うけどな」

 

 こういう議論は嫌いではない。結局はそれぞれのやり方を尊重するという結論に至るものだが、意見を押し殺しておくよりは吐き出したほうが互いのためだと思う。

 

「私たちが教えるのは個性と人格のあるウマ娘だよ。犬や猫の調教とは違う。シャカールにはシャカールに合ったやり方がある。

 自己管理が出来ている以上、こちらであれこれ縛る必要はないと思うな」

「チームに所属しながら勝手するのがですか? ……はっきり言って、エアシャカールのやり方はチームに不和を生みます。昨年から交流のあったメンバーはともかく、同時期に加入したウマ娘からは不満の声もあります」

 

 まあ立場は同じデビュー前なのに、一人個別メニューをしてたらそう思う娘も出てくるか。

 

「シャカールに私の考えるメニューは不要だよ。あの子は自分で自分の最適解を出せてる」

「そんな……チームに入っておいて、傲慢です」

「時としてそんなウマ娘は出てくるものさ。例えば……三冠ウマ娘とかね」

 

 私の言葉に川畑君の目が大きく開いた。

 

「エアシャカールが、三冠を取れる器だって言うんですか?」

「確信があるわけじゃないよ。彼女はそれを目指すだろうし、デビュー前の子たちの中では抜きんでているとは思うけど」

 

 実際、シャカールは昼間の授業で行われる模擬レースで連勝中だ。教官や同級生も彼女の態度には思うことあるかもしれないが、勝ってしまえばそれ以上は何も言えないようだ。

 独自のアプローチで結果を出している以上、私からも言うことは無い。

 

「トレセン学園には色んなウマ娘がいる。極端な例が彼女ということだけさ。君もトレーナーを続けていれば分かるようになるさ」

 

 そろそろ出ないと。

 シャカールのことはいずれ腰を据えて話す必要があるのかもしれない。

 大切なことだが、ひとまずは目の前のレースに向かうしかなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「トレーナーさーん!」

「ぐえっ」

 

 飛行機から降りてエントランスに出るや否や、赤いジャージ姿のエルが飛びついてきた。

 両手が荷物で塞がった状態で突撃を受けたが、なんとか耐える。

 

「久しぶりエル。元気そうで何よりだ」

「当然デース! エルはフランスでも元気いっぱいデス!」

 

 渡欧直後からエルの様子は黒沼さんから逐一報告を貰っていたが、彼女が言う通り調子は良さそうだった。

 遠征による環境の変化で体調を崩すウマ娘は多い。プレッシャーのせいだったり、水や食事が合わなかったりと原因は様々だ。しかし突撃で感じたエルの体重は減った様子は無く、むしろ増えているよう───口が裂けても声に出さないが───に感じた。

 

「そういえば迎えはエル一人かい?」

「ケ? いえ、黒沼さんが一緒に……あ」

「やっと……追いついたぞ……げほっ」

 

 腹に響く重い声。エルの後ろに見慣れた格好をした黒沼トレーナーがいた。いや、膝に手を当て呼吸が荒い姿は学園でも見ることのなかった姿だ。

 

「エル……」

「ご、ごめんなさいデス黒沼さん!」

 

 どうやら黒沼さんを置いて一人で突っ走って来たらしい。流石の黒沼さんもウマ娘には追いつけないか。

 

「その、エルが失礼しました……」

「いや、いい。迎えに行くかと誘ったのは俺だ……」

 

 ふぅ、と息を吐いて黒沼トレーナーが体を起こす。

 

「久しぶりだな。息災で何より」

「黒沼さんこそ、元気そうで良かったです」

 

 エルを下ろして握手を交わす。掌で感じる黒沼トレーナーの手は、少し細くなっている気がした。

 

(激務に決まっているか……)

 

 本来の担当であるミホノブルボンに加えてエル、さらに出走予定がないとはいえシリウスシンボリにシーキングザパールも見ている。

 全員がGⅠ制覇をした日本トレセン学園のトップ層であり、成果を期待されているウマ娘たちだ。

 慣れない環境とURAからの期待。黒沼トレーナーの双肩にかかるプレッシャーがどれほどかは筆舌に尽くしがたい。

 そんなことを考えているのが伝わったのか、黒沼トレーナーがふっ、と笑った。

 

「相変わらず、お前は考えすぎだ」

「黒沼さん……」

「とうに覚悟していたこと。今更気にするな。むしろまだ元気なんて手を抜いているんじゃないか、くらいは言って見せろ」

「ははは、言えませんよ。黒沼さんとミホノブルボンを知っていればそんなこと」

「そうか……ま、そういう男だよお前は。……そういえば、春天は残念だったな」

「ええ、相手が上手だったとはいえ、私が読み切って指示をすべきでした。クラシックも強敵ぞろいですし、順風満帆とは行きません」

「安心してください! エルが明日のレースに勝ってチームに勢いを取り戻して見せマス!!」

「ははは、心強いな。……そろそろ行こうか、フランスで鍛えたエルの力を直に見せてくれ」

「任せてください!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 GⅠイスパーン賞。その歴史や由来は置いておくとして、距離は1,850mという日本のウマ娘レースからしたら中途半端な距離だ。

 大目標とする凱旋門賞とは距離が違うが、レース場が同じロンシャンレース場であることから出走を決めた。

 さらに今年の出走者数が八名と少なく枠順関係なく実力を出せるのでエルの欧州適性を図るのに好条件だった。

 

「やっぱり欧州の芝は深い、というか長いな……」

 

 会場入りして感じた足元の感触に思わず声が出た。見慣れた日本のレース場のそれとは根本から違っていた。

 

「レースの本場はこっちだから、むしろ日本の芝が異質なのかもな。ま、日本の気候や環境の都合もあるからどうしようもない話だが」

「ですね……」

「トレーナーさん、お待たせしました!!」

 

 勝負服に着替えたエルがやってきた。こうしてみると、やはり日本にいた頃と身体つきが変わった気がする。

 黒沼トレーナーから送られるトレーニング映像を見ていた限り、最初こそ芝の違いに戸惑いつつも。既にエルは欧州の芝に適応できているように見えた。

 さらに欧州遠征の経験があるシリウスシンボリやミホノブルボンに欧州レースのイロハを叩き込まれている。

 初戦だが勝機は十分。それはエルが地元のフランスウマ娘たちを押しのけて一番人気という形で証明されていた。

 

「はっきり言ってこれは今後を見据えての叩きだ。無理して勝つ必要はない」

「むぅ……」

 

 頬を膨らませるエルを気にせず、黒沼トレーナーが続ける。

 

「だがエルコンドルパサーの実力を見せる場であることには変わりない。惨敗でもしようものなら即刻帰国もあり得る。……最低でも掲示板入り、五着以内だな」

「むー緊張させたくないのかプレッシャー与えたいのかどっちデスか!」

「なんだ、緊張してたのかい?」

「はぁぁああーーっ!? トレーナーさんまで何言っているデスか!! 緊張なんてしてません! 今日もエルはバッチリ、グッドコンディション! しっかり勝ってきマスから見ててください!」

 

 のしのしとゲートへ向かっていくエル。いい感じに力が抜けたようだ。

 

「実際のところ、どう思ってます?」

「……勝ち負けにはなるさ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ま、負けましたぁ……」

「惜しかった! いやほんと惜しかったね!」

 

 四分の三バ身差の二着。最後に差されたものの最終直線ではエルは先頭に立っていた。結果こそ敗北だが、決して落ち込む順位ではない。黒沼トレーナーの言う通り、今回は秋の本番を見据えた叩きなのだから。

 

「うー……せっかくトレーナーさんが見ていてくれたのに……」

「でも決して悪い内容じゃなかったよ! エルの走りが欧州でも通用すると分かったから」

「トレーナーさんがグラスにべったりだったせいデース……」

「あれ、矛先が急に変わってない?」

 

 似たようなことをつい最近言われたような……。しかしマズイ。遠征初戦を落としてエルのメンタルが沈みだしてる。

 敗北は毎日王冠でサイレンススズカに負けた時以来だが、今日のレース内容だとむしろスペシャルウィークに敗れた日本ダービーに近い。

 

「グ、グラスも。春天負けて落ち込んでたけどすぐに持ち直したぞ! いいのか、エルだけ落ち込んでて。グラスが知ったらどう思うかな?」

「グラス……」

 

 親友でありライバルの名を聞いて、エルの瞳に光が戻る。

 

「トレーナーさん! グラスの次走はどのレースデスか!?」

「た、宝塚記念の予定だけど……」

「宝塚記念……六月末の、グランプリ……」

 

 暗くなっていたエルの瞳に光が戻る。やはり親友でありライバルのこととなると途端に闘志が沸き立つようだ。

 

「黒沼さん! エルの次走は確かサンクルー大賞でしたよね!?」

「ん? ああ、今日も好走はできたし、出走でいいだろう」

「サンクルー大賞は七月! グラスの宝塚記念の後……なら!」

 

 少女の言葉に、もう弱さは無かった。

 

「エルは次こそ勝ってみせます! だからトレーナーさん、グラスにも言っておいてください! 今度こそ勝つと!」

「ああ、伝えておく。私もしっかり見ておくから」

「……では早速、勝利に向けたトレーニングを始めましょう」

 

 横からミホノブルボンが手を伸ばし、エルの腕を掴んだ。

 

「ケ!? エ、エルはたった今レースしたところデスよ!?」

「負荷をかける以外に出来ることはあります。敗因は欧州の芝への慣れが足りないことと推察されますので、早急な対策を。さあ早く」

 

 有無を言わさずエルは引きずられていく。まあ敗北のモヤモヤを発散することが出来ると思えば良いことだ。

 負けた以上はやることは多い。エルはまだ欧州ではチャレンジャーなのだ。

 

「お前はすぐに日本に戻るのか?」

「ええ。まあ今日くらいはエルの傍にいようとは思いますが」

「提案したのは俺だが忙しないな……ああ、そういえばもうその時期か」

 

 郷愁に浸るように黒沼トレーナーが空を仰ぐ中、私は頷いた。

 

「ええ。もうすぐ日本ダービーです」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 チーム・リギル。三冠ウマ娘ナリタブライアンを筆頭に、ヒシアマゾン、フジキセキというスターウマ娘を多く有する自他ともに認める学園のトップチームだ。

 所属するウマ娘のほとんどがトゥインクルシリーズで勝ち上がり、重賞に、そしてGⅠ戦線へ乗り込んでいく。そんなことが出来ているのはトレセン学園広しと言えどリギルくらいだった。

 だが、そんなリギルを率いる東条には不満があった。

 チーム・リギルは長らくクラシックの冠から遠ざかっていた。

 そも出走が叶うだけでも、上位に入るだけでも十分な栄誉であるのに不満を感じるのはまさしくリギルがトップチームであるが故だろう。

 近頃はタイキシャトルが短距離路線を盛り上げる活躍をした。それでも東条は満足しなかった。ウマ娘レースに携わる以上、クラシックの冠が放つ輝きから目を逸らすことは出来なかった。

 だからこそ、

 

「よし、もう一本だ!」

「───はい!」

 

 テイエムオペラオー。彼女の皐月賞を勝った時の喜びは大きかった。

 久方ぶりのクラシックの冠。その栄光に酔いしれることなく、東条は気を引き締めた。

 次に狙うは日本ダービー。世代の頂点、多くのウマ娘が、トレーナーがその戴冠を夢見る大レース。勝つことさえできればそこで燃え尽きても構わないと本気でいう者もいる。

 だからこそ気は抜けなかった。皐月賞で勝った以上、日本ダービーでは必ずマークされる。強さを示した以上、周り全てが敵となる。

 

「次は、皐月賞のような出遅れは許されないわ」

「分かって……ますよ」

 

 汗を拭いながらテイエムオペラオーは言う。

 

「同じような展開は、日本ダービーではありえない」

 

 普段は芝居がかった口調と動きが騒がしい彼女も、この時ばかりは張り詰めた雰囲気だった。

 静かに、黙々とトレーニングを続けていく。

 自覚しているのだ。

 皐月賞で自分が勝てたのは、出遅れのせいで周りの意識から存在が消えていたから。だからこそ、最後の末脚が突き刺さったのだ。

 今度はそうはいかない。皐月賞ウマ娘を警戒しない出走者などいない。

 

「ドトウ、アヤベさん、トップロードさん。他のウマ娘たち。誰一人として、警戒を解いていい者はいない。自信をもって言いますよ。昨年の黄金世代に僕たちは決して劣っていないと!

 そして───!」

 

 休息を終え、テイエムオペラオーは走り出す。

 

「勝つのは僕! 世代の頂点に立ち、覇王の時代を拓くのはこのテイエムオペラオーだ!」

 

 一秒でも早く、一歩でも強く。そうでなければ、世代の頂点(ほし)には届かない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 チーム・ハマルを率いるトレーナー、奈瀬文乃は一人ウマ娘の寮へと続く道の途中に立っていた。

 時刻は黎明。夜が明け、太陽が顔を出すもののまだ多くの人々が寝静まっている時間。そんな時間に学園にやってくる、いや帰ってくるウマ娘がいた。

 

「おかえり、アドマイヤベガ」

「……戻りました、トレーナーさん」

 

 大荷物を抱えたウマ娘が僅かに頭を下げた。そのまま素通りして学園に入っていく少女へ声をかけた。

 

「星は見れたかい?」

「……はい」

 

 それはアドマイヤベガの習慣だった。彼女は月に一度、新月の日に天体観測と称して外泊──というより泊りがけでキャンプをしていた。ちょうど昨夜がその日だった。

 

「星座は詳しくないんだ。この時期だと、どんな星が見えるんだい?」

「そうですね……この時期なら、夏の大三角形でしょうか」

「ああ! 聞いたことがある名前だ。もっとも、どれを結んでなるのかまでは知らないけど」

「そうですか……では」

 

 一方的に会話を打ち切り、アドマイヤベガは寮へと向かう。

 チーム・ハマルには個性的なウマ娘は多いが、彼女は他人と壁をつくり、深い関りを持とうとしないウマ娘だった。

 

「アドマイヤベガ」

「………なんでしょうか」

「ダービーも近い。君の自己管理能力を疑う気はないけれど、夜更かしは控えて欲しい。もし体調を崩すようなことがあったら───」

「分かってます!」

 

 夜明けの空にアドマイヤベガの声が響いた。少女の手は拳となり、震えていた。

 

「次は、皐月賞みたいな無様な真似はしません……」

 

 当時のアドマイヤベガは体調が芳しくなかった。言い訳でしかないが、結果としてテイエムオペラオーやメイショウドトウたちにも先着された。

 ジュニア級でGⅠを勝利し、クラシック級でも活躍を期待されていた彼女にしては散々な成績だった。

 だからこそ、

 

「日本ダービー……あのレースだけは、絶対に譲らない……!」

「そうか……分かってるならいいさ。君の願い、僕たちもサポートする」

 

 奈瀬はアドマイヤベガに近づき、握手を求めて手を差し出した。

 日本ダービーは数あるGⅠの中でも特別だ。一生に一度しか出る機会がないクラシック級であるだけでなく、同じ年にデビューした数千の同期たちの、まさしく世代の頂点の証となる。

 トウカイテイオーが、ミホノブルボンが、アイネスフウジンが、そして昨年はスペシャルウィークが。頂点に相応しい力を示し、その座を掴んだ。

 運が良いウマ娘が勝つと言われる日本ダービーだが、歴代のウマ娘たちの能力は勝者に相応しい実力があった。

 そしてそれは、彼女たちだけで築き上げたものではない。いつだって、傍にはトレーナーや仲間たちがいた。

 奈瀬も、同じようにアドマイヤベガに寄り添って力になりたい。そう思っての握手だった。

 

「……すいません。そういうのは、私は───」

 

 だが、その手が握り返されることは無かった。

 

「レースは、ちゃんと勝ちますから」

 

 振り払うことこそないが、確かな拒絶の意志をもってアドマイヤベガは立ち去った。

 一人残された奈瀬はやれやれと頭を振った。

 

「結局、君と分かり合うことなくここまで来たか……」

 

 アドマイヤベガの才能は素晴らしいものだった。本人も才能に胡坐をかかず努力を続けられる真面目さがあり、実力は世代の中でも傑出したものだと確信していた。

 だが、彼女はトレーナーやチームメイトに心開くことは無かった。

 最低限のコミュニケーションはあるが、自身の裡を曝け出すことは決してなかった。

 

 孤高の星。それがアドマイヤベガというウマ娘だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ついに、その日がやって来た。

 今日を夢見てどれだけのウマ娘がデビューしただろう。そしてどれだけのウマ娘が出走することすら叶わず、涙を流しただろう。

 並び立つは十八名。

 そして栄光を掴むのは、ただ一人。

 

 日本ダービーが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





しばらくスカッとしない展開が続くかもしれないけど許して。
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