シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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57話 ドトウと日本ダービー

「ドトウ、準備はできたかい?」

「は、ははははいぃぃ……!」

「作戦は覚えていますか?」

「ハ、ハナは取らず前目か中団に位置取ります。できればオペラオーさんやトップロードさんよりも先行。ダメなら前にいる方をマークします……!」

「そして最終コーナーあたりでスパートですね。王道の手段ですけど、その分他のウマ娘ちゃんたちとの位置取争いが激しそうですね」

「ガタイはいいからイケるだろ。ドトウはスタミナもあッから多少競り合ったところでバテはしねェ」

「ドトウさん、お水飲む?」

「あ、ありがとうございます……きゃあ! す、すすすすいません! 今すぐ掃除を───!」

「いや大丈夫だから、ドトウはとりあえず落ち着こう。深呼吸深呼吸……」

 

 ふぅー、と大きく息を吸い込み、吐き出す。そしてまた深く吸うという動作を繰り返すドトウ。

 落ち着こうと言ったものの、流石に日本ダービーでは気負ってしまうか。

 GⅠは多くあるが、やはり日本ダービーだけは価値が違うのだ。

 

「あ、そうだった」

 

 危うく忘れるところだった。

 カバンからタブレットを取り出し、通話アプリを起動する。

 チームのみんながこちらを向く。視線は私が抱えるタブレットの画面。数度のコール音の後、画面の向こうから声が響いてきた。

 

『みんなー! お久しぶりデース!』

「エルさん!」

「エル!」

 

 ライスとグラスの声を皮切りにメンバーたちがタブレットの前に集まってくる。

 画面の向こうにいるのはフランスにいるエルだ。

 

「この前フランスで会った時に頼まれたんだ。出走前に電話してほしいって」

『せっかくのダービーなんデスから、午前中だけでもトレーニングお休みデス!』

 

 エルの背景を見るに彼女がいるのはフランスであてがわれた自室ではなく、トレーナー室のようだ。後ろでチラチラと映るのはミホノブルボンか、シリウスシンボリだろうか。

 

『ドトウ! 調子はどうデスか?』

「い、いつもどおり……です」

 

 皐月賞の時以上に緊張しているように見えるが、それをいつもどおりと言えるのが彼女の強みなのかもしれない。

 

『それは良かったデス! 一生に一度のダービー、優勝を目指すのは当然デスけど、せっかくなら楽しんできて下さい!』

「楽しむ……ですか?」

『ハイ!』

 

 首を傾げるドトウに対して、私やライスは彼女の意図に気付いて頷いた。

 

「エルの言う通りだね。出るだけでも栄誉な日本ダービー。今日出走するウマ娘たちはみんなこの日に全力を出せるように調整してきている」

「一生の一度の晴れ舞台だもんね。本気の、本気を出して来る。……だから、ずっとずっと記憶に残るレースになる。どんな結果になったとしても」

 

 ライスが思い返すように天を仰ぐ。瞳の奥で蘇るのは海の向こうへ渡ったライバルの背中。ダービー以降、彼女の努力はその影を超えるために注がれた。

 グラスはケガゆえに出走できず、エルもスペシャルウィークに敗北したが、その悔しさが今彼女たちを突き動かす力の一端となっている。

 

「まずは悔いのないように。そして、楽しもう。一生の思い出になるようなレースをしておいで」

「は、はい……!」

 

 まだ理解しきれていない部分はあるのだろうが、勝て勝てと言われ続けるよりはマシだろう。少し肩の力が抜けた様子で、ドトウはターフへ向かっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『ついに今年もこの日がやってきました。若きウマ娘たちが世代の頂点を競うクラシックレースの最高峰、日本ダービー!

 昨年の黄金世代の激突にも劣らない熱気が、この東京レースに溢れております!』

『やはり注目されるのは皐月賞を制したテイエムオペラオー、二着に食い込んだメイショウドトウ。三着となりリベンジに燃えるナリタトップロード、そしてジュニア級王者のアドマイヤベガ。彼女たちがどんな激闘を繰り広げるのか、今から楽しみです』

 

 実況と解説の声が響く中、ターフに十八名のウマ娘が出揃った。

 パドックでウマ娘が紹介される度、レース場を揺らすような歓声と拍手が起こる。

 特に観客からの声援を浴びるのは皐月賞ウマ娘であるテイエムオペラオー。たった一人、クラシック三冠への挑戦権を得た者として当然のことだった。

 しかし、彼女に注目するのは出走するウマ娘たちも同様だった。皐月賞をフロックだったと侮る者はいない。テイエムオペラオーは間違いなく強く、最も警戒すべきウマ娘であった。

 ウマ娘たちが続々とゲートへ入っていく。

 一人、また一人と鉄の箱へ身を置くごとに観客は静かになっていく。

 そして、

 

「我がライバルたちよ!」

 

 覇者の檄が静寂を叩き割る。

 

「聞こえたか、万雷の拍手が! 我らを称える歓声が! 感じるか、烈火の如き興奮を! 全ては今日、このレースを走る僕たちに向けられたものだ!」

 

 高らかに謳うウマ娘の言葉への反応は様々だ。慣れない者は奇異の視線を向け、慣れた者は呆れ半分煩わしさ半分で聞き流していた。

 

「去年の夏合宿で僕は言った! 黄金よりも燦然と輝き、永久に人々の記憶に残るような覇王の時代を築くと! 皐月の王冠を手にし、僕はその宿願への一歩を踏み出した!

 諸君はどうか!? あの時語り、もしくは胸に宿した夢は、覇道は、今如何なるものか!」

 

 拳を天に突き上げ、歌劇王の独唱は続く。

 

「僕の夢は変わらない! だから誓おう! この日本ダービーを、僕らの世代の頂点を未来永劫語られるものにしてみせよう!

 黄金世代! BNW! 永世三強! 七冠の皇帝! 名だたる時代の名優たちに劣らぬ時代をここに拓こう!

 故に、君たちの協力が必要だ!

 全力を!

 全霊を!

 今日のこの舞台に上がった者として、上がることのできなかった全てのウマ娘に応えるために力の限りを尽くすのだ!

 さあ、夢のレースの始まりだ!

 

 一生に一度の晴れ舞台、心ゆくまで楽しもうじゃないか!」

 

 戸惑うような静寂も一瞬。覇王のパフォーマンスに割れんばかりの歓声と拍手が送られた。

 満足したように胸を張ってテイエムオペラオーがゲートに入る。

 

 一瞬の静寂。

 そして、今度こそゲートは開かれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『───スタートしました!

 おっと十六番ノーティカルツール出遅れました! 他のウマ娘たちはほぼ横一線、第一コーナーに入り少しずつ位置が定まってきました。

 メイショウドトウは三番手、先頭を追いかけます。テイエムオペラオーは中団、ナリタトップロードはそのやや後ろに付きました。アドマイヤベガは思い切って後方三番手まで位置を下げました。

 ペースとしては平均、バ群は縦長となりましたが各ウマ娘はいつ仕掛けるのか───』

 

(この位置取りは、作戦通り……!)

 

 自分の位置を確認しながら、メイショウドトウは僅かに後ろを見た。

 自信に満ちたテイエムオペラオーと凛々しいナリタトップロードの姿が見えた。アドマイヤベガの姿は後方過ぎて見えないが、位置取り争いに負けたわけではないだろう。

 

(オペラオーさんは、トップロードさんは、アヤベさんは……いつ動く?)

 

 メイショウドトウの前を走るのは二人。彼女たちを風除けにして脚を溜める。

 自分が動くのは最終コーナーから。でも、もし後ろの三人が早く動いても対応できるように。

 

 動きがあったのは、第三コーナーから第四コーナーに入ったところだった。

 後方のウマ娘たちが距離を詰めだしたと同時、控えていたテイエムオペラオーが大外を回って前に出始めたのだ。

 

(皐月賞の時よりも仕掛けが早い!!)

 

 テイエムオペラオーの末脚は、今の自分では後ろから追っても届かない。メイショウドトウも即座に反応してスパートを駆けた。

 コーナーを回る遠心力で僅かに外に出て前に出る。

 これまで避けていた風が張り手のように全身に叩きつけられるが、溜めていた力で壁を切り裂いていく。

 最後の直線、メイショウドトウは一番手に躍り出た。

 

(このまま───!!)

 

 見えた勝利のビジョンに心臓が弾む。しかし、

 

『テイエムオペラオー上がってきた! ナリタトップロードもそれを追う! 

 速い! 速い! 速い!! テイエムオペラオーあっという間に順位を上げていきます! ナリタトップロード続けるか!? メイショウドトウは振り切れるのか!

 テイエム四番手! 三番手! 二番手!!

 メイショウドトウを捕らえたぞ! ナリタトップロードも追いついた!!』

 

 二人の巨星はあっという間に横に並んだ。

 吹き付ける暴風を悠々と切り裂いてなおも加速する。

 メイショウドトウも粘るが、力の差を見せつけるように、テイエムオペラオーとナリタトップロードが前を行く。

 

(このままじゃ……!)

 

 皐月賞の二の舞だ。

 

(いやだ……!)

 

 この二人に負けるのは、悔しいが納得できる。それほどのウマ娘だ。

 でも、前と同じ負け方だけは嫌だ。

 成長していないじゃないか。

 変わってないじゃないか。

 ダメダメな自分が誰かに勝てなくとも、昨日の自分には勝たないと。

 そうじゃないと───

 

「まだ……まだぁ!!」

 

『日本ダービーはオペラオーとトップロードの一騎討ちか! いや! メイショウドトウも負けじとさらにスピードを上げた!

 並ぶか? 並ぶか!?

 並んだ!! ドトウ追いついた! 

 三者横一線!! 内からドトウ!! 中にオペラオー! 外にはトップロード!!』

 

 追いつき、並び、振り切ったはず。

 そんなメイショウドトウが再び肉迫してくるのを見た二人の顔には、笑み。

 

(流石だよドトウ! 君がここまで食らいついてくるとは……!!)

(あそこからさらにスピードを上げるなんて……! やっぱりドトウちゃんもスゴイ!)

 

 しかし二人の表情は一瞬で鬼の形相へと変わる。

 すでにゴール板までの距離は400mもない。

 

(ダービーを獲るのは───)

 

 奥歯を噛み締める。

 

(頂点に立つのは───)

 

 脚が芝を蹴り上げる。

 

(勝つのは───)

 

 振り絞るのは、これまで積み上げてきた全て。

 

「「「わたし(ボク)だああああああああああ!!!」」」

 

『ナリタトップロード前に出た! テイエムオペラオーが食らいつく! メイショウドトウも譲らない!!

 残り200m!! トップロードか!? オペラオーか!? ドトウか!?

 

 そして───

 

 そして───!!

 

 大外からアドマイヤァアアアアッ!!!

 

 一瞬だった。

 三人のデッドヒートに並び、そして抜き去ろうとする青い光に誰もが息を呑んだ。

 ホープフルステークスを思い出させる強烈な末脚。後方にいたはずの星は、彗星となってあっという間に先頭へと躍り出た。

 

「アヤベさん!!」

 

 そして、その彗星に最も早く反応できたのは同じく外側を走っていたナリタトップロードだった。

 通り過ぎる青い星を追って本能的にギアを上げる。

 

「いかせは───」

「───しませんッ!!」

 

 一瞬遅れてテイエムオペラオーとメイショウドトウもギアを上げた。

 三人ともすでに限界だったはず。それでも身体から力を振り絞り、星を追う。

 

『アドマイヤベガッ! アドマイヤベガが先頭に立った!! ナリタトップロードが追う!! オペラオーとドトウも追うが、どうか!? 間に合うか!? 残り100m!!』

 

 実況の声に応えるようにレース場のボルテージは最高潮に達した。

 観客はウマ娘たちの名を叫び、声援の雨を降らせていく。

 

「負けるなオペラオー!!」

「アヤベー! 頑張れー!!」

「トプロォオ!! 負けるなー!!」

「ドトウちゃああん!!」

 

『ナリタトップロードが並んだ! オペラオーとドトウは半バ身後ろ! 勝負はトップロードとアドマイヤベガか!?

 アドマイヤベガが抜け出した! ナリタトップロード食らいつく!!

 差し返した!!

 いやまたアドマイヤベガだ!! 』

 

「ダービーは譲れませんッ!!」

「私だって!!」

 

 僅かにナリタトップロードが前に出た。直前でテイエムオペラオーとメイショウドトウと競り合い、既に限界のはず。なのに、彼女はここ一番でさらに伸びを見せた。

 少しずつ、通り過ぎていく栗毛の影。

───いやだ   

 アドマイヤベガも必死に追う。

───負けられない

 が、徐々に、徐々に彼女との差は広がっていく。

───負けたくない

 世代の頂。その座だけは、決して譲れない。

───例え    

何を犠牲にしようとも

 

「私はああああああああああっ!!!」

 

 そして───

 

“ポルックスへの誓い"

 

 刹那の時、彼女は限界を超えた(みらいをささげた)

 

 

 

『差し返した!! アドマイヤベガが先頭でゴール!! 一着はアドマイヤベガ!!

 今年の日本ダービーを制したのはアドマイヤベガ!! 世代の頂点に、今一等星の輝きが灯りました!!』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ワアアアアアアァ───ッ!!

 

 沸き立つ観客。万雷の拍手とスコールのような歓声が東京レース場に降り注ぐ。そのターフの上では、滝のような汗を流すウマ娘たちが乱れた呼吸を整えていた。

 

「はあ……はあ……!」

 

 暴れる心臓がようやく落ち着きを取り戻し、メイショウドトウは掲示板を見上げるだけの余裕を得た。

 掲示板に表示される己が番号を見た。

 

「四、着……」

 

 またしても敗北。しかも前走である皐月賞よりも順位を二つ落としてしまった。

 不甲斐ない、と思わずへたり込んでしまう。でも、負けても仕方ないと内心受け入れてしまうほど、上位三人も必死だった。

 

「いい走りだったよ、ドトウ」

「オ、オペラオーさん……」

 

 差し伸べられた手。

 三着に敗れたテイエムオペラオーは悔しさからか一瞬顔を歪めたが、すぐさまいつもの快活な表情を取り戻した。

 

「さあ立ちたまえ。敗北に項垂れる気も分かるが、まだ僕たちには役目がある」

 

 手を引かれて立ち上がるメイショウドトウ。テイエムオペラオーが視線を向ける先を見て、思わず声が漏れた。

 

「アヤベさん……」

 

 目を閉じ、祈るように手を合わせる少女がいた。

 いつも張り詰めた空気を纏うアドマイヤベガの穏やかな立ち姿は、彼女の凛とした美貌も相まって思わず見惚れるような、絵画を思わせた。

 そして、

 

「トップロードさん……」

 

 片や空を仰ぎ、声を上げて泣く少女がいた。

 いつも明るいナリタトップロードが、滂沱の涙を流す姿に胸打たれた。

 二着に敗れた彼女とアドマイヤベガとの着差はクビ差。100mを切った時点で半バ身離されていたメイショウドトウたちと違い、最後まで競り合った結果だ。

 全力を出し、完璧な走りをした果ての敗北だからこそ、悔しさは人一倍だった。

 

「あれこそが勝者だけに許された輝き。あれこそが、惜敗したが故の苦しさ。残念だが、僕はまだ後者を知らない……だから」

 

 テイエムオペラオーが手を叩く。繰り返される拍手に、やがて他のウマ娘たちが倣っていく。

 

「勝者を称えよう。彼女(アドマイヤベガ)こそが、世代の頂点。

 そして認めよう。輝く星に、彼女(ナリタトップロード)だけが手をかけた」

 

 やがて東京レース場は勝者と、惜しくも敗れた者の健闘を讃える拍手で満たされていった。

 

「ああ全く! 最高に楽しいレースだった! そう思わないかいドトウ!」

「───はい。本当に、そう思います」

 

 拍手は空の果てまで鳴り響き、そして、長く長くなり続けた。

 こうして、今年の日本ダービーは終わりを告げた。

 四人の激闘。そして勝者の姿と惜敗の涙は、黄金世代の戦いにも劣らぬ名レースとして長く語られることになる。

 

 

 一着 アドマイヤベガ

 二着 ナリタトップロード

 三着 テイエムオペラオー

 四着 メイショウドトウ

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ああ全く! 最高に楽しいレースだった!」

「─────────」

 

 耳朶に響くその言葉は、鋭い槍となって、彼女の心臓を貫いた。

 

「わた……し、は……」

 

 弾む心臓。それは激走からの疲労でもなく、聞こえた言葉による驚きでもない。

 未だ湧いた血潮。熱を持った身体。間違いない。この身は、心は、歓喜と興奮に満ちていた。

 

「ダメ、なのに───」

 

 勝ったことへの喜びだけではない。激闘を、同期たちとの競い合いを、楽しんでいた。

 

「そんなことは、許されない……!」

 

 それは誓いの反故。この身は、脚は、生は、償いに費やすのだと決めたはず。

 一等星の輝きの裏で、闇が蠢いた。

 

 

 

 ズキリ、と足に痛みが走った。

 

 

 





 明日で連日投稿は一旦終わります。
 
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