シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
『グラスー! 見ましたよ宝塚記念! ナイスラン、優勝おめでとうデース!』
「ありがとうございます、エル」
『ネットの記事でもグラスの勝利記事ばっかり! ……あ、んーでもこの記事の見出しはどうかと思いマス』
「あら、なにかありましたか?」
『グラスが勝ったからスペちゃんがこっちに来る話が無くなりました。それを「スペシャルウィークの海外遠征を阻んだ栗毛の刺客!」なんて、まるで悪役デス!』
「あらあら……ふふ」
『ケ? なんか嬉しそうデスね』
「ええ。だって刺客だなんて……後を継げたようではないですか」
『ん? んん? んーグラスの趣味はよく分かりませんね』
「ふふふ、そのあたりはエルが帰ってきたらゆっくりと。……さて、次はエルの番ですね」
『……! フッフッフ、その通りデス!』
「サンクルー大賞、そちらでのグランプリレースと聞いています。頑張ってくださいね」
『当然デース! 見ててくださいよ、エルも勝って、トレーナーさんにグランプリ三連勝をプレゼントしてみせマース!』
「ええ、その意気ですよ!」
七月に入り、エルコンドルパサーは宣言通り、見事フランスのGⅠサンクルー大賞を勝利した。
2,400m、ウマ娘レースにおける
この勝利をもってエルコンドルパサーは正々堂々と舞台へ上がる。凱旋門賞、世界の頂点へ挑む権利を得たのだ。
◆
宝塚記念が終わり、夏も本格化し始める七月。トゥインクルシリーズを走るウマ娘たちの過ごし方は───以前も似たようなことを語ったが───大きく三つ、いや四つに分かれる。
一つ、秋シーズンに向け英気を養うため
一つ、冬から春にかけて戦績が振るわず、秋の重賞戦線に加わるためレースに挑む者。
一つ、更なる飛躍を求め、トレーニング合宿に参加する者。
そして最後、砂の世代王者を決めるジャパンダートダービーへ出走する者だ。
マルカブからは、アグネスデジタルがそのジャパンダートダービーへと出走する。
ここで勝てば、宝塚記念、サンクルー大賞に続くGⅠ級三連勝となり、チームの風向きは完全に変わる。秋に向けて気合の乗った状態で夏を迎えるだろう。
とはいえ、今日のレースも楽観視できるものではない。ジャパンダートダービーは
中央にいては目と耳が届かぬ地で、爪を研いできた砂の猛者たちが集結するのだ。
「では、行ってまいります!!」
「ああ、頑張っておいで」
チームの連勝や世代戦への緊張か、少し固い表情でデジタルは地下バ道へと向かっていく。
地下バ道にはすでに他の出走ウマ娘たちも揃っていた。示し合わせたわけではないが、並んで進むこととなった。
周りにいる勝負服姿のウマ娘を見て、普段のアグネスデジタルなら顔面崩壊ものの奇声を発しそうだが、今日ばかりはプレッシャーの方が勝っていた。
三度目のGⅠ。ダートの世代トップを決める一戦。そして、チームとしてのGⅠ三連勝。誰かに言われたわけでもないが、その小さな両肩にかかる期待は大きかった。
「アグネスデジタルじゃん、本当に出てきたんだ」
「は、はい?」
突然話しかけられ、返した声は上ずっていた。
話しかけてきたウマ娘の顔を見て、その名前が記憶から蘇る。
「ドミツィアーナ、さん……?」
ジュニア級のGⅠ、全日本ジュニア優駿で競ったウマ娘だった。
意外ではない。アグネスデジタルと違い、ダートを主戦とする彼女がこの舞台に出てくるのは当然であった。
「お、お久しぶりです」
「そうね、本当に久しぶり」
ドミツィアーナの返しに、おや?とアグネスデジタルは内心首を傾げた。彼女の対応がどこか冷ややかというか、棘があるように感じたのだ。
アグネスデジタルの疑念を察したのか、ドミツィアーナの広角が嫌らしく上がる。
「芝で勝てなかったからって、ダートならいけると思ってる?」
「───え? いや、そんなことは……」
アグネスデジタルの弁明に耳を貸さず、ドミツィアーナの言葉が続く。
「羨ましいわ。芝もダートも自在だなんて、レースを選び放題じゃない。実際、芝はオペラオーとかトップロードとか凄いのが揃い踏みだし? しかも秋になったらあの黄金世代ともやり合うかもしれないんでしょ? そりゃあ出来ることなら芝なんてやってられないわよね」
口から零れるのは妬みか怒りか。タールのような黒い感情が流れていく。
それはアグネスデジタルにとって、初めて受ける敵意だった。
「でもね、だからってダートは温いなんて言わせない。ダートには、私がいる……!」
ドミツィアーナの瞳に火が点いた。
それは矜持。デビューからダートに専念してきたからこそ生まれ、芝とダートを行き来するアグネスデジタルへ牙をむく。
「半端者なんかには負けないから……!」
冷たく、けれど炎の闘志を宿してドミツィアーナは一人去って行った。
そして残されたアグネスデジタルは、しばし呆然とするしかなかった。
◆
ジャパンダートダービーでのデジタルの走りは精彩を欠いていた。
『最後の直線で先頭に立ったのはドミツィアーナ! ドミツィアーナ先頭!! 後続との差が開いていく! 一バ身、二バ身、まだ伸びる!!』
また例の悪癖かと思ったが違う。負傷したかと思ったが走りに異常は見えない。気持ちそのものがレースに向いていないようだった。
双眼鏡を覗き込むと、普段のデジタルからはあり得ない苦渋の表情が見えた。
「デジタル……!」
『いまゴールイン!! 一着はドミツィアーナ!! 今年のダートの主役はドミツィアーナ!! 見事な走り! 砂の女王が堂々降臨です!』
結果は十五着。デジタルにとってデビューしてから最低の成績を持って、砂のダービーは幕を閉じた。
「どうしたんだいったい……!?」
地下バ道で合流すると思わず問うてしまった。こういう時はまずウマ娘を労るのが鉄則だろうに。私もきっと困惑していたのだろう。
レース直前までデジタルの調子は良さそうだった。故障したのかと脚を見るが異常はない。呼吸も正常でのど鳴りの心配も無さそうだった。
となると奇妙なことだが、控室を出てレースが始まるまでの間で何かがあったのだ。
「ト、トレーナーさん……あたしは……」
自身も困惑している。そんな声色でデジタルは語りだした。
「抗議してきます……!」
「グラス、待って」
デジタルの話を聞いて憤慨したグラスが、なぜ止めるのかと視線で訴えてきた。
他の若いメンバーも口にはしないが同意見のようで、声なき非難が私に突き刺さる。
「レース前に他のウマ娘と会話してはいけないという規則は無い。何を抗議する気だい?」
奈瀬トレーナーから助け船が出た。グラスの矛先が移る。
「規則ではなく礼儀の話です。レース直前のウマ娘に、本人の信条を否定するようなことを……動揺してまともに走れるわけがありません!」
「ドミツィアーナがアグネスデジタルの信条を知っていたという根拠はあるかい?」
「それ、は……」
「そも向こうがこちらへの妨害の意図があったと証明が出来ない。後輩を想う気持ちは分かるが、言いがかりとしか思われないだろうね」
奥歯を噛み締めるグラスの肩に手を置く。奈瀬トレーナーからバトンを受け取り口を開く。
「向こうの意図はともかく、起こったことは盤外戦術の一つだよ。相手の言葉で力が出せないのはこちらが未熟だからと言われたらそれまでだ」
言葉によって動揺を誘う。師匠から聞いた話、良くも悪くも大らかというか縛りの緩い時代で常套手段だったとのことだ。近年は中々見ない手段だが、影が薄くなったのは価値観の変遷によるもので、有効なのは変わりない。
「だけど言われっぱなしじゃあ腹が立つのは同感だ」
普段の言動から誤解されるかもしれないが、デジタルのレースに対する姿勢は真摯そのものだ。数度芝とダートを行き来した程度で悪く───例え煽りだとしても───言われる謂れはないのだ。
「デジタル」
「……はい」
まだ気持ちの整理がついていないのか、彼女の返事には覇気がない。
ウマ娘を愛するウマ娘を自称する彼女にとって、明確な敵意と拒絶を向けられたことは相当の衝撃だったのだろう。
今は良い。GⅠレースを走っているとはいえ、まだ幼さの残る少女なのだから。
「夏の間に答えを見つけよう。そして秋、ドミツィアーナにぶつけるんだ」
秋への目標を定め、マルカブの夏が本格的に始まった。
◆
そして夏合宿が始まった。
ぎらつく日差しによる暑さは潮風が緩和してくれる。砂地を走ることで脚への負担は軽く、けれど不安定な地形を走ることでフォームを意識した走りが身につく。
目的は皆同じ。秋シーズンに向けて力をつけるために。
「はあ……ひい……ほえぇ」
「頭が下がってますよ~顔を上げてください~」
「は、はいぃ……!」
「ほら、脚を上げて。腕をちゃんと振る。そんなフォームじゃ3,000mなんて走り切れないよ」
「はいぃぃ……!!」
声色は朗らか、けれど厳しい指摘に蚊の鳴くような声が響く。
菊花賞を目指すメイショウドトウへの、スーパークリークとライスシャワーという二大ステイヤーによる直々のしごきであった。
それを見た他のウマ娘たちからは感嘆とも畏怖ともとれる声を漏らしていた。
「うわ、キツそーあそこ」
「ほら、あの娘は次菊花賞狙いでしょ。やっぱ気合のりが違うんだよ」
そしてまた一人、メイショウドトウたちを───いや、メイショウドトウを見つめるウマ娘がいた。
「ドトウ……」
テイエムオペラオーだ。
日本ダービーから、メイショウドトウとテイエムオペラオーの関係は変わった。
いや、正確に言えばメイショウドトウの方がテイエムオペラオーにすり寄ってくることが無くなった。おどおどとしながらも、あなたが憧れだとテイエムオペラオーを称賛していた彼女は今、アドマイヤベガと共にいることが多い。
マルカブとハマルの両チームが手を組む理由を、東条をはじめとするトレーナーたちは菊花賞に勝つためだと結論付けた。
それには同意する。でなければ、ああして菊花賞ウマ娘直々にトレーニングを受けるはずがない。
「そうか、セントエルモは君の頭上に灯ったというわけか」
面白い。そう呟くとテイエムオペラオーは身を翻し、メイショウドトウへと背を向けた。
友と過ごせない夏は少し寂しい。けれど、来る秋は春を凌駕する勝負が待っている。
「嵐を超えた君が菊の舞台に上がること、楽しみにするとしよう!」
歩いて行くと、自身が所属するリギルのメンバーと合流する。
この夏、一味違う合宿となるのはマルカブとハマルだけではない。
「よし、全員集まったな」
東条の言葉にその場にいたリギルのウマ娘たちが背筋を伸ばす。十を超える人数であっても統率された動きを見せるウマ娘たち。それは支配ではなく信頼から形成されたものというのがリギルの強みだった。
「以前から伝えていたが、今年の合宿は
「どーも、スピカでーす」
『よろしくお願いします!』
事前に聞いていたリギルのウマ娘たちに動揺はない。けれどチラチラとスピカの面々に視線が映っていた。
「知っての通り、スピカは二人のダービーウマ娘に天皇賞ウマ娘を有する優秀なチームだ。
リギルとは勝手が違うが、だからこそ合同で行う意味がある」
毛色の違うチームが手を取り合った結果はすでに宝塚記念で出ている。いや、異なるチームのウマ娘やトレーナーから指導を受けるという意味ではサンクルー大賞を制したエルコンドルパサーも似たような状況だろう。
「春に燻っていた者は晩夏の重賞を目指すぞ。秋には天皇賞に菊花賞、ジャパンカップと大レースが続く。今年もまた群雄割拠だ。リギルの一強、スピカ一色などという慢心は捨てなさい。GⅠの大舞台に立ち、勝ちたければ奮起しろ!」
『はい!!』
そして各ウマ娘が、事前に渡されていたメニューに従い動き出す。
「フジ先輩! ウォーミングアップ一緒にお願いします!」
「いいよスぺちゃん、行こうか!」
「マックイーン、ラダー並べるの手伝ってくれるかい?」
「分かりましたわ」
砂浜を走るもの、器具を持ち出すもの。やることは違えど目指すは一つ。
「ねえブライアン」
「なんだテイオー」
次のレースこそ、勝ってみせる。
「なんか、ワクワクするね」
「……そうかもな」
◆
少し離れた砂浜に見える一団を見て、私は思わず唸ってしまった。
ナリタブライアンとトウカイテイオーが、スペシャルウィークとフジキセキが、ヒシアマゾンとメジロマックイーンが、共にトレーニングをしていた。
「まさかリギルとスピカが手を組むなんて……」
「グラスワンダーの宝塚記念がよほど衝撃だったのでしょうね。ちなみに、合同で合宿に参加しているチームは他にいますよ」
奈瀬トレーナーが集計したリストを見せてくれた。
彼女の言う通り、チーム同士だけでなく個人契約のトレーナーとウマ娘が複数集まったりしてこの合宿に参加していた。
「理事長が私たちの合同を承認してくれたのも大きかったのでしょう。レースで結果を出したうえで学園も認めているとなれば真似しない理由がない」
「都合よく自分たちだけレベルアップとは行きませんか……」
マルカブの次走は凡そ決まっている。ライスは冬のドリームトロフィー、グラスは天皇賞(秋)、ドトウは一度ステップレースを経て菊花賞。デジタルは……まだ敗走から立ち直っていないのではっきりしてはいないが、適性からしてマイル路線だろう。
どの路線も強敵ぞろい。宝塚記念の勝利に浮かれる時間は与えられなかった。
「さて、トゥインクルシリーズもいいですがドリームトロフィーリーグのことも考えていきましょう」
「よろしくお願いします」
マルカブとハマルの連合はドトウとアドマイヤベガのためのものだが、本当にそれだけで済ますには勿体ない。
お互い、吸収できるのものはしておくべきだ。
ドリームトロフィーリーグに挑戦するライスのためにも、経験者の多いハマルの情報は役に立つ。
「ドリームトロフィーリーグはダート、短距離、マイル、中距離、長距離の部門に分かれて行われます。それぞれのコースや距離も毎回変わりますが……ライスシャワーは中距離か長距離がメインになりますか?」
「そうですね。ライスの力を魅せられるのは長距離ですが、王道の距離から逃げるようなことはしたくありません」
中距離長距離といっても、区分の問題だ。2,000mだと厳しいかもしれないが、同じ中距離扱いでも2,400mならライスのスタミナが活きる。
今年のウィンタードリームの条件次第で中距離部門に挑戦してもいいだろう。
「では、中長距離での要注意ウマ娘を教えましょう」
奈瀬トレーナーが見せてくれたタブレットには、複数のウマ娘の写真が表示されていた。
「まずはオグリキャップ。先日のサマードリームではマイル部門に出走して優勝。ただどこでも走れると豪語しており、実際連続して同じ部門に出走したことはありません」
「さすがは怪物……」
「フットワークも軽く、なんだったらこの部門で勝負だと言えば出てくれるみたいです。マイル部門に出たのも、ダイタクヘリオスに誘われたからだそうです」
「軽すぎません?」
「流石にここまで適性の幅があるのは彼女くらいですよ。他の要注意ウマ娘は中長距離の範囲で活躍する子たちです」
タブレットの画面が動き、ウマ娘の写真が切り替わった。
「当然ながらクリーク」
「ええ、そうでしょうね」
「続いてタマモクロス、イナリワン、マルゼンスキー、ビワハヤヒデ………」
出てくるのはトゥインクルシリーズにその名を刻んだ名ウマ娘たち。いずれもがGⅠの栄光を掴み、その時代において最強を示した者たちだ。
「ミスターシービー、サクラローレル、そして───」
黒髪のウマ娘の写真で動きが止まる。
皇帝シンボリルドルフに次いでクラシック三冠を成し遂げ、今もなお強豪との戦いを求める餓狼の姿だ。
「ナリタブライアン。今、ドリームトロフィーの中長距離部門で頭一つ抜けていると言っていいウマ娘です。先日のサマードリームトロフィーでは2,000mの中距離部門で優勝。さらに昨年、一昨年のウィンタードリームトロフィーにおいては長距離部門を連覇しており、今年は三連覇がかかっています」
世代としてはライスより後のウマ娘だ。それが彼女より早くドリームトロフィーへ行き、今ライスの前に強敵として立ちはだかるとは、奇妙な縁だ。
「今年勝てば三連覇。当然リギルは狙ってくるでしょうから、ライスシャワーが長距離部門に挑戦すれば確実にぶつかる相手です」
どうしますか? と奈瀬トレーナーは視線で問うてきた。
ハマルのスーパークリークは挑むのだろうが、そんな彼女ですらナリタブライアンに負け越しているということ。
業界的には斜陽であるはずの長距離部門。だがそこには圧倒的な強者が待ち構えていた。
「当然、長距離に行きますよ」
長く連れ添った仲だ。今更ライスに聞くまでもない。
「いいんですね?」
「ええ。ナリタブライアンには有馬記念の借りがありますからね」
数年越しのリベンジ。ドリームトロフィーリーグでも、ライスの挑戦は強敵に挑むことから始まるのだ。
◆
秋を、冬を見据え燃える陣営が多い中、アグネスデジタルは一人迷いの中にいた。
「あたしが、走るべきなのは───」
ドリームトロフィーは詳細不明なので独自設定です。