シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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いつも感想、誤字報告ありがとうございます。
今回で連日投稿は一旦止まります。

5話を投稿した時からこの話はやる予定でした。
あれから一年と半年、ようやくたどり着きました。

まさか育成シナリオで凱旋門賞やるとは思わなかったよ。




62話 大望は飛んでいく

『ついに今週末は世界最大のレース、凱旋門賞です! 日本からはジャパンカップを制したエルコンドルパサーが出走しますのでみんなで応援しましょう!』

『春からの長期遠征の結果がついに実を結ぶんですね。欧州適性はすでに三戦二勝という成績が証明しています。ですから、その……期待してしまいますね!』

 

 エルのフォア賞勝利は日本でも報道された。何だったら前走であるサンクルー大賞の勝利よりも大々的に。

 やはり凱旋門賞と同じコースでの勝利というのが大きいのだろう。

 新聞で、テレビで、スマホで、ネットニュースで。エルと凱旋門賞を関連付けた話題は尽きることがない。

 フォア賞で欧州のウマ娘たちを振り切り、圧倒的ともいえる強さで勝利したエルの姿は日本のレースファンに希望を見せた。

 

「いやエルコンドルパサーマジぱねぇって! 凱旋門賞だって勝てるっしょ!」

「正直、エルコンドルパサーには黄金世代と言われる同期たちと走って欲しかったですが……ここまで来たら勝って欲しいですね」

「凱旋門賞に勝てば日本のトレーニング技術が世界に通用することになります。彼女には頑張って欲しいですよほんと」

「いやー結果はどうなろうと元気に帰って来て欲しいってのが一番ですかね」

「実は現地応援行くんです。そのための休みも取ってて……!」

「エルちゃーん! 頑張ってー!!」

 

 ニュース番組で流れる街頭インタビューは一部冷静なコメントがあるものの、それ以外はエルを応援するものだった。

 凱旋門賞が近づくにつれ、誰もがこの話題を口にする。

 バスの中で学生が、電車の中でサラリーマンが、スーパーで買い物をする主婦が、コンビニでたむろする若者が、スロットの前で管を巻く中年が。

 スマホを片手に、中吊り広告を見ながら、酒を傾けながら、エルと凱旋門賞の話題を口に出す。 

 日本でトレーニングを積んだウマ娘が世界の頂点を決める舞台に出走する。ただ枠を埋めるのではなく、優勝候補として。

 日本中が夢を見ていた。

 かつてカツラギエースが初めてジャパンカップで海外勢に勝ったように。シンボリルドルフが無敗の三冠を成し遂げ、七つの栄冠を獲ったように。

 オグリキャップがその走りでクラシックのルールを変えたように。トウカイテイオーが奇跡の復活を魅せたように。

 日本のウマ娘レースが夢を叶えることを、次の時代に行くことを日本中が望んでいた。

 

 そんな日々が続き、ついに凱旋門賞を前日に控えた夜。日本の期待を一身に受けたエルはというと。

 

「うーん、やっぱりニンジンジュースはもうひと箱あった方が良いデスね。あとは食べ物も……グラスもライス先輩もたーっくさん食べますからね!」

 

 祝勝会の準備なんてしていた。

 

「こんなことしてていいのかな………」

「なーにを言ってるんデスか! 走る前から負けるかもーなんて考えるウマ娘なんていません!! 他の出走メンバーの研究も済んでます!」

「そうだけど……というか、エルが準備するのも変じゃないかな」

 

 走るのはエルだ。結果はどうあれ、会を準備するのは私や他の遠征チーム、そして学園の級友たちだろう。

 

「ノー! 確かにみんながエルのためにパーティを開いてくれるのは嬉しいデス。だけど、エルだってありがとうをみんなに伝えたいんデース!」

 

 大仰な身振り手振りを混ぜながらエルが続ける。

 

「エルは、一人では強くなれませんでした……エルが今ここにいるのはシリウス先輩たち遠征チーム、黒沼さん、そしてマルカブの、トレセン学園みんなのおかげデス! だからレースが終わったら、みーんなにお礼をしたいんデス!」

「そうか……」

 

 エルの素質はジュニア級の頃からずば抜けていた。そんな彼女が経験を積んだことで輝いた。

 黄金世代、異次元の逃亡者、世代を超えた強敵たち。数多のウマ娘との激闘がエルを強くしたんだ。

 

「じゃあ、最高のお礼をしないとね」

「ハイ!!」

 

 そうしてエルとまた祝勝会の内容を詰めていく。

 会場を確保し、飲み物、食べ物の予約を済ませていく。

 

「おーわったー!!」

「レースもその後も準備万端。後は本番を待つだけだね」

「そのとおりデース」

 

 ぼふっ、と音を立ててエルが別途に倒れこむ。手足をめいっぱい伸ばしてそのまま寝入ってしまいそうだ。

 ……………いや待った。

 

「エル、君の部屋は一つ上の階だろう?」

「今日はー、ここで寝たいんデース」

「私の部屋なんだけど」

「トレーナーさんの部屋はー、エルの部屋デース」

「どういう理屈?」

 

 苦笑いしていると、エルが薄く目を開けてこっちを見てくる。そしてポンポンとベットの空いたスペースを叩いてくる。

 

「…………………………」

 

 ………いや、トレーナーと担当ウマ娘という間柄だとしてもそれはよろしくない。

 

「じゃあ私が場所を移るよ」

「ダーメーデースー!!」

「うわっ」

 

 エルに飛びつかれ、そのままベッドに引きずり込まれた。

 

「えへへー」

「エル?」

「今夜はトレーナーさんと、いーっぱいお話したいデス」

 

 ニコニコと笑うエルが腕を回し、身体を引っ付けてくる。彼女の体温が腕越しに染み渡ってきた。

 

「今日は随分甘えん坊じゃないか」

「ん~だってグラスやライス先輩と違って、エルはずーっとトレーナーさんと離れてたんデス」

「レースは見に来たし、ミーティングで顔を合わせてただろう?」

「見に来てもすぐ日本に帰っちゃったじゃないデスか! それにタブレット越しに顔を合わせるのと直接は違うんデース!」

 

 そういうものか。まあ確かにエルだけを見ているというのは、彼女をチームに迎えてから初めてだったかもしれない。

 

「トレーナーさん、前から思ってましたけどエルのことそんなに好きじゃないデス?」

「えっ?」

 

 唐突に爆弾が投げ込まれた。

 

「そんなことないけど、どうしてそう思うんだい?」

「だって選抜の時、トレーナーさんはエルじゃなくてグラスを選びました」

「それは……」

 

 二年前のことだ。まだマルカブにライスしかいなかった頃、私は選抜レースに勝ったエルではなくグラスをスカウトした。結局はエルからのアタックもあって二人ともチームに迎えたが、あれがなければ私はエルをスカウトすることはなかっただろう。

 それを、今も気にしていたのか……。

 

「君を悲しませたのなら、ごめん」

「悲しいというより、悔しいとかどうして?って気持ちでした。だから教えて下さい。エルのこと、どう思ってます?」

 

 マスクから覗く青い瞳が私を見る。向きあったまま、告げる。

 

「君は私の、大事な担当ウマ娘だ」

「……………」

「あの日、エルじゃなくてグラスを選んだのは意地のようなものだったのかもしれない」

「意地、デス?」

「ああ。君の才能はあの時から同世代と比べて抜きんでていた。きっと素晴らしいウマ娘になるだろうと思ったよ。誰がトレーナーになっても」

 

 二年前にも言った言葉だ。

 

「私の支えがなくとも大丈夫なエルより、支えが必要だと思ったグラスを選んだ。自分がいる意味を求めたトレーナーとしてのプライドだったんだ……今思えばグラスにも失礼な選択だな」

「そうデスねー、グラスが聞いたら薙刀でズンバラリンデース。でも……」

 

 エルが顔を胸元に埋めてきた。心音を聞かれているようでドギマギする。

 

「エルが今、ここにいるのは絶対にトレーナーさんのおかげデース。他の誰でもない、アナタの。

 リギルでもスピカでも、カノープスでもなく。マルカブだから、こうしてエルはここにいる。それだけは信じてください」

「……ああ。ありがとう」

 

 髪を撫でるとくすぐったそうに身をよじった。

 

「君を担当できたことは、私のトレーナー人生の誇りだ」

「じゃあ、誇りついでに勲章も一つ追加してあげマス。明日の凱旋門賞、絶対、ぜーったいに勝ってみせマス」

「うん、頑張ろう」

 

 夜が更けていく。

 それからもエルとこれまでの思い出を語り合い、気づけば瞼が落ちていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 前日降っていた雨は上がっていた。しかし欧州の芝が渇くことは無く、バ場状態は不良の発表だった。しかも超をつけたくなるほどの柔らかさ。正直、適応出来たとはいえ日本のウマ娘には不利な条件だった。

 一部には出走を検討する陣営もいたようだが、最終的に十四人のウマ娘が出走を決めた。

 準備のできたウマ娘からパドックへ入場していく。

 

「頑張っておいで」

「はいっ!」

 

 ついにエルの番が来た。深紅のコートが特徴の勝負服が会場に現れた時、客席の一角から声が上がった。

 

「エルちゃーん!」

「頑張れー!」

 

 会場には日本から来た応援団の声援だった。その数なんと2,000人。それだけ彼女が期待されているのだ。

 声援に手を向けるエルに続いて、次のウマ娘が入ってきた。

 

「──────」

 

 思わず息を呑んだ。

 青を基調とし、金の装飾が施された勝負服。艶やかな鹿毛色の髪。光を受けて虹にも見える金の瞳。ガッチリとした身体つきだが、伸びる四肢はしなやかなでまるで豹のよう。

 エルが日本の代表なら、彼女こそフランスの頂点。

 

「モンジュー……!」

「なんて仕上がりしてやがる。あれでクラシック級かよ」

 

 傍にいたシリウスシンボリが呻いた。

 モンジューはエルより世代が一つ下のクラシック級。現在の戦績は七戦六勝、フランスとアイルランドのダービーを制し、フランスだけでなく欧州最強ウマ娘といっても過言ではない。

 

「会えて嬉しいよ、エルコンドルパサー」

「……っ!」

 

 驚いた。モンジューが、前を行くエルに話しかけた。

 

「あなたの欧州でのレース、拝見させてもらった。春からの長期遠征で欧州へ適応した走り、見事だった」

「それはありがとうデス。……エルも見ましたよ、アナタのレース。凄かったデス」

「ありがとう。日本のチャンピオンにそう言って貰えて鼻が高い」

 

 エルとモンジュー。会話は穏やかだが、交錯する視線では激しい火花が飛んでいた。

 

「あなたの挑戦に敬意を」

「ケ?」

「日本にいればもっと多くの栄誉を掴めただろうあなたが、貴重な一年を注いでここにいる。そうまでして凱旋門賞に、欧州を挑んでくれたこと、それこそが欧州のウマ娘にとって誉れだ」

 

 煽っているわけではない。彼女は、本気でエルの挑戦を誇らしく感じている。

 

「だからこそ、私は……私たちは負けられない! 日本のウマ娘がジャパンカップに威信をかけるように、凱旋門賞も欧州の威信がかかっている。

 証明してみせよう。あなたたちが目指す高みが遥か空の先にあると、一年を注いでも届かぬものだと!」

「いいえ、届きます。エルたちの努力は、覚悟は、ただ時間の長さだけで計れるものではない!」

「ならば見せていただきたい。日本のウマ娘の力を! 私たちも欧州の力を見せよう。日本(きみたち)がもっともっと欧州(わたしたち)を目指してくれるために!」

 

 モンジューが歩を進める。

 エルの隣を通り過ぎる瞬間、言葉が紡がれる。

 

「お互い、よいレースを」

「ええ、いいレースを!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

『ターフの世界一決定戦と呼ばれる最高峰レース、凱旋門賞。今年もこの大舞台に世界屈指のウマ娘たちが集いました。その中に、日本のエルコンドルパサーがいます。

 デビュー時から公言していた世界への挑戦。その宣言通り、世界最高の舞台に彼女は立ち、勝負の時を今か今かと待ち構えています』

 

(長かった。昔から夢見た世界最強。それを証明するため、アタシはここにいる……! そして───)

 

 ちらり、と青い瞳が客席に向かう。関係者が集うその最前列。遠征チームに混じる男を捉えた。

 

(トレーナーさん、見ててください。アナタが鍛えたウマ娘が今、世界の頂点に立つ!)

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました。

 世界の頂点が決まる凱旋門賞───今、ゲートが開きました!

 

 エルコンドルパサー、好スタート! 果敢に飛ばして先頭に立った!』

 

 スタートは完璧。そうエルコンドルパサーも自賛した。しかし、足元を跳ねる泥にその表情はすぐに変わる。

 

(コースのコンディションが悪い……! これはもうダートデスね……。でもアタシ自身のコンディションは最高! このまま、押し切る!)

 

『後続が混戦模様の中、エルコンドルパサーは先行策に出ました! 後続との差を三バ身、四バ身と広げていきます!』

 

 エルコンドルパサーの走りは好調だった。先頭をキープしたまま坂を上り、第三コーナーへ入る。

 十三のウマ娘を引き連れて走る姿に、応援団からの歓声が上がる。

 

「いいぞエルコンドルパサー!」

「このまま逃げ切っちゃえー!」

 

 未だ後続が迫ってくる様子は無い。先頭のまま坂を下り、ついに最後の直線に入った時、歓声は最高潮に達した。

 勝てる。勝てるぞ! 日本のウマ娘が欧州の大レースで勝つんだ!

 声に応えるようにエルコンドルパサーがスパートをかける。後続を一気に突き放し、勝負を決めようとしる。

 瞬間、

 

「素晴らしいな───!!」

 

 獣のように、追い上げてくる影があった。バ群をかき分け先頭集団に躍り出る姿に、誰かが声を上げた。

 

「モンジュー!」

「モンジューが来た!?」

「モンジューが来た!!」

 

 あっという間に、女豹が、怪鳥に並び立つ。

 

「……モンジューッ!!」

「エルコンドルパサー。やはりあなたは強い。つくづく世界は広いということを実感した」

 

 残り200mを切っている。だというのに、モンジューの息が上がった様子は無い。

 

「だから今度は私が伝えよう」

 

 つまりは、まだスピードが上がるということ。

 

「これが、世界の頂点だ!!」

 

『先頭が代わった! モンジュー! ここでモンジューがエルコンドルパサーを交わしたー!』

 

 客席からの悲鳴を嗤うように、モンジューが駆け抜けていく。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

(負けられない! 負けるわけにはいかない!!)

 

 悲痛の叫び。必死に駆けるが、モンジューはさらに前へ。エルコンドルパサーとの差をどんどん広げていく。

 

(まだ……まだまだぁ!)

 

 手足から血の気が引いて行くのが分かる。心はまだ諦めていないが強者としての第六感が告げていた。

 もう追いつけない。

 欧州王者の実力を見せつけられ、積み上げてきた自信が砕け散っていく。

 

(もうすぐなのに、目の前なのに! ここを勝てば夢が……世界一の、最強の夢が叶うのに! もう目の前なのに!)

 

 

 

 ───本当に?

 

「──────」

 

 唐突に内から湧いた疑問に視界が、思考が白に染まった。

 

 ──本当に? 本当にここを勝てば夢は叶うの?

 

 当たり前だ。凱旋門賞、世界一のレースだ。それに勝てて最強でなくしてなんだというのか。

 

 ───スペシャルウィークに負けたままなのに?

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 白かった視界に色が戻る。緑のターフ、くすんだ色の空。前を行くモンジュー。そして───

 

 ターフを駆ける友の幻影。

 紙一重で上を行き、世代の頂点を掴んだ級友。

 手も足も出ずに逃げ切られ、未だ再戦の叶わぬ逃亡者。

 それを差し切った小さく強い青いバラ。

 そして、グランプリを制した親友。

 

(そうだ……)

 

 リベンジを果たせずにいるライバルがいる。未だ対決叶わぬ先輩が、親友がいる。

 モンジューが言っていた。世界は広い。

 世界はまだ、エルコンドルパサーが知らぬ強者がいる。凱旋門賞(このレース)に出ているのはそのほんの一滴。そこで勝ったとして果たして最強か。

 その通りだと言う者はいるだろう。

 しかし、周囲がそう言ったとして当のエルコンドルパサーが認められるのか。

 

(まだ───)

 

 否。

 

(エルが知らないウマ娘がいる。決着がついていない相手がいる!)

 

 心臓が跳ねる。冷え切った手足に熱が戻る。

 

(ドトウたち下の世代、パール先輩たち上の世代……)

 

 振るう腕が風を切り裂く。蹴り上げた脚が泥ごと芝を抉り飛ばす。

 

(キング、セイちゃん! スぺちゃん、スズカ先輩、ライス先輩……! エルは、皆とも勝負したい! そして───)

 

 青いに瞳に光が、炎が点いた。

 

(グラス、アナタと今度こそ決着を! そのために───)

 

 

「ここで……」

 

 

 

凱旋門賞(こんなところ)で、負けていられるかああああああああああ!!!!」

 

 

 

大望は飛んでいく(ユメヲカケル)

 

 

 

 

『エ、エルコンドル!! エルコンドルパサーが再加速!! グングンと、グングンとモンジューとの距離を詰めていく!!』

 

「なんだと!?」

 

 後方から迫る影に、モンジューが初めて表情を変えた。

 衝撃、驚愕、焦り。過去一度として湧かなかった感情が駆け巡る。

 観客の悲鳴と嬌声が響く。すでにエルコンドルパサーはモンジューのすぐ横に並んでいた。

 

「お……おおおおおっ!!!」

 

 しかし、ここで勝負を決めさせないからこそ欧州王者。ギアをさらに一つ上げ、エルコンドルパサーを振り切ろうとする。

 

「この終盤でまだそんな脚を!!」

「驚かされたのはこちらも同じ。まさか、ここまで迫られるとは!!」

 

 エルコンドルパサーの豹変をモンジューは看破した。

 

(なるほど、“領域(ゾーン)”か。よもやこの土壇場で覚醒するとは、恐るべし日本のウマ娘!!)

 

 モンジューは“領域(ゾーン)”に至っていない。それは決して未熟ということではない。“領域(ゾーン)”に頼らずとも強いのがモンジューなのだ。

 そも“領域(ゾーン)”とは限界を超えた力。即ち、地力ではモンジューが勝っている証拠に他ならない。

 

「“領域(ゾーン)”の有無が、ウマ娘の力の決定的差ではないということを教えてやろう!!」

 

 モンジューがさらに加速する。エルコンドルパサーも追走する。

 後ろのウマ娘たちはもうついてこれていない。そして未だ、両者は並んだまま。

 

「“領域(ゾーン)”は消耗が激しく長い時間持続するものではない! 即ち!!」

「ここからは───」

「積み上げてきた研鑽と!」

「意地と!!」

「誇りの!!」

 

 

「「勝負だああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

『モンジュー離したか!? いやエルコンドルパサー食らいつく! 今度はエルコンドルが抜け出したか!! 行け!! そのまま……ああ!? モンジューが、モンジューがまた並んだ!!』

 

 興奮した実況を聞きながら、最後の直線を駆ける二人を見る。

 客席は興奮と狂乱の坩堝であった。

 

「行けええエル!!」

「負けるなモンジュー!!」

「勝てる! 勝てるぞ! 諦めるなあああ!!」

「欧州の意地を見せろモンジュー!!」

「差せー! 差せー!!」

 

 誰もが叫んでいた。

 日本からの応援団が。欧州のレース関係者たちが。レースを愛する富豪たちが。エルとモンジューの激闘に声を上げていた。

 シリウスシンボリが、シーキングザパールが、エアグルーヴが、ミホノブルボンが、黒沼トレーナーまでもが拳を振り上げ必死に声を上げていた。

 届いているかもわからない。けれど叫ばずにはいられない。

 今ロンシャンレース場を包む熱気は、間違いなく世界一だった。

 

「行け……!」

 

 私も声を上げる。最前列で、身を乗り出して。一心不乱に。

 

「勝てえええええエルゥウウウ!!!」

 

 

 

 その瞬間、晴天のように明るい瞳が輝いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その声は、確かに届いた。

 少女の勝利を願う、必死の叫び。それが彼女に最後の力を振り絞らせた。

 

 駆ける。

 

「ここからが───」

 

 翔ける。

 

「───見せ場デース!!」

 

 

 

 

『抜けた! 抜けた!! 抜け出したエルコンドルパサー!! 頭一つ、頭一つ前に出た!!

 

 このまま、このまま行け! 行ってくれ!!

 

 

 

 

 …………エルコンドルパサァアアアッ!!

 

 今、エルコンドルパサーが一着でゴールイン!!!

 

 勝った!! 勝ちました!! 勝ったのは日本のエルコンドルパサー!!

 

 天翔ける怪鳥が、世界最強の称号を掴み取りました!!

 

 ――…………』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 冷めやらぬ興奮の中、表彰式が行われる。

 私たち遠征チームが並び、その中心でエルが立つと一斉にカメラのシャッターがきられた。

 フラッシュの洪水の中でエルが凱旋門を模したトロフィーを掲げた瞬間、日本の応援団から喝采が響きわたった。

 止めるわけにもいかない。なにせ凱旋門賞勝利は日本の悲願だ。それが叶う瞬間を目の前で見たのだから、興奮を抑えろという方が無理だろう。

 表彰式が終われば今度は勝利者インタビューだ。

 日本からの記者がこぞってエルにマイクを向けてくる。

 

「エルコンドルパサーさん! 凱旋門賞制覇おめでとうございます!」

「ありがとうございまーす!」

「以前より目指していた凱旋門賞ですが、勝った今の気持ちをお聞かせください!」

「最ッ高の気分デス! これもトレーナーさんや遠征チーム、応援してくれたみんなのおかげデース! みんなの声、ちゃんと聞こえてましたよー!!」

 

 応援団の声が一段と大きくなる。

 苦笑いをしながら、次の記者が質問に移る。

 

「月間トゥインクルです! 今回の勝利でエルコンドルパサーさんの大目標は達成されました。目標とされた最強の称号を得て、私たちファンは今後の活躍にも期待しているのですがいかがでしょうか!」

 

 乙名史記者だ。また随分と気の早い質問を飛ばしてきたな。凱旋門賞に注力してきて、エルのその後なんて全く考えてなかった。

 フォローしようとしたところでエルと目が合う。

 任せて欲しい。視線で語っているようで、ここは身を引くことにした。

 

「最強……みんなはエルのこと、最強だと思いますか?」

 

 え? と誰もが呟いた。応援団からの声も消え、静寂が舞台を包んだ。

 何とか復活して声出せたのは、乙名史記者だった。

 

「えっと……が、凱旋門賞を勝利したのですからそうだと思いますが……」

「そうデスか……本当にそうなんでしょうか?

 エル、今回の遠征で強いウマ娘にたくさん出会いました。日本にいただけじゃ知ることのなかった強者が世界にいる。凱旋門賞を走って身に沁みました。

 だから……エルの勝利に納得いかないウマ娘もいるんじゃないデスか?」

「そ、それはどういう……?」

「エルは! クラシック級で二回負けました。遠征中も一度負けましたけどサンクルー大賞でリベンジ済み、でも日本で負けたウマ娘にはリベンジできていません!

 シニア級でも! エルは走っていないから戦ったことのないウマ娘は大勢います! 日本にも、世界にも!」

 

 ざわざわと、どよめきが広がっていく。

 中継を映すカメラに向かい、エルが再び口を開く。

 

「中継を見たウマ娘たち! 思ったんじゃないんデス? 『自分が出ていれば結果は違った』と! 『エルコンドルパサーよりも、自分は強い』と!!

 それともエルの勝利を見て、おめでとう、良いレースだった。それで終わり? そんなわけないでしょう!! ウマ娘なら、この胸の奥に熱いものが宿ったはず!!

 今のエルはさながら暫定チャンピオン……だから、決めましょう!! 本当の、本当に、最強は誰なのかを!!」

 

 雲行きが怪しい。

 これは止めた方が良いのかもしれない。

 

「エル、ちょっと待───」

「エルの次走は、有記念!!」

 

 遅かった。

 このインタビューは生中継、エルの言葉はもう世界に発信された。

 しかも乙名史記者の目が輝き、メモ帳にペンが高速軌道を描いてる。

 

「日本で行われる年末のグランプリ! 望めば日本以外のウマ娘も出走できます。もしもエルとの対決を、最強を決める舞台を求めるならば来てください!

 欧州、米国、南米、豪州、香港、中東! 世界中から我こそ最強と名乗る者たちが集まった冬の中山で、真の最強を決めましょう!!」

 

 エルの宣言は波濤のように世界を駆け巡り、熱狂の渦へと叩き込んだ。

 世界中のウマ娘が、極東の島国へと熱い視線を向けることとなる。

 

 この日、凱旋門賞を勝ったことで日本は新たな時代に突入した。

 そして同時に、世界を巻き込む戦乱の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 第五章 チーム飛翔編 完

 

 

 

 最終章 チーム決戦編へ続く

 

 

 

 

  






凱旋門賞走った日本ウマ娘のラストランが日本じゃないなんてありえないよなあ!
ということで次回から最終章。今の投稿ペースだと間違いなく来年まで引っ張りますので気長に待ちください。

そして最後に、

頑張れスルーセブンシーズ!
頑張れルメール騎手!


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