シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
三ヶ月も空いてすみませんでした。
ようやく最終章スタートです。
まずは一話ずつ、計五話投稿させていただきます。
でもいきなり番外。エルが凱旋門走ってる頃、日本では……みたいな話とその後の反応。
【番外】勝利とその衝撃
凱旋門賞当日、日本時間で夜の十一時。日本中の建物から明かりが消えることは無かった。
栄光の舞台、凱旋門賞が始まるまでもうまもなく。トレセン学園のカフェテラスには営業時間を過ぎても人が消えることは無かった。
すでに寮の門限を過ぎているがカフェテリアから学園のウマ娘たちが立ち去ることはない。
「今日ばっかりはしょうがないっスね!」
規則に厳しい風紀委員も、監督すべき寮長たちも取り締まることはしなかった。
むしろ彼女たちが率先して会場設営に参加していた。
カフェテリアのスタッフが特別に用意してくれた料理を並べ、心得のある生徒がコーヒーや紅茶を淹れる。個人で外の店舗や自販機に走るウマ娘もいた。
店内に設置された大型モニタにはフランスの中継映像が流れている。
学園のウマ娘たちは並べられた椅子やテーブルに座り、モニタを注視していた。
「な、なんか緊張してきちゃった……」
「どうしてスペシャルウィークさんが緊張するのよ」
「そういうキングだってそわそわしてるじゃん」
「スカイさん余計なこと言わない!」
最前列とも言える位置に、黄金世代の三人が並んでいた。そこへもう一人が加わろうとする。
「ご一緒してよろしいですか?」
「グラスちゃん! もちろんいいよ。あ、何か飲む?」
「先ほどお茶を貰って来たので大丈夫ですよ」
スペシャルウィークの隣に座るグラスワンダー。モニタに映るロンシャンレース場の様子を一瞥してから言う。
「ついに、この日が来たんですね」
「うん。エルちゃんの夢が叶う舞台……!」
「……スぺちゃんも、出たかったですよね」
しばしの沈黙。空気がやや張り詰める中、スペシャルウィークが口を開く。
「うん、出たかった。でも私にはそれだけの実力がまだなかった。それだけだよ。
……だからグラスちゃんが気にすることは無いよ」
「ありがとうございます……」
「もう、負けないから……!」
「───! 私も、負けませんよ」
空気が弛緩した。周りにいたウマ娘たちもホッと胸を撫で下ろし、視線をモニタへ戻していく。
「いやー青春してますな」
「なに他人事みたいに言っているのよ。秋シーズン、復帰するんでしょ?」
「ちょっと言わないでよキング。こうして身を潜めていればまたコソコソっと逃げ切れるのに」
「あ! セイちゃんからはもう目を離さないからね!」
「ええ、天皇賞(春)のようなことはもうさせませんから」
「ええー」
黄金世代が笑って語らう一方、後方では鋭い眼光でモニタを睨む者がいた。見た目も剣呑なためか誰も近寄ろうとせず、彼女の周りだけ空席が目立っていた。
「おやおやちょうどよく席が空いてるじゃないか。隣失礼するよ、シャカール君」
「座ってから言うことじゃねえだろ、タキオン」
「固いこと言わないでおくれ。一時は同じチームにいた仲だろう? あ、それと聞いたよ。メイクデビューもうすぐなんだってね」
「テメェの方こそ、ようやく担当ついたらしいじゃねえか。薬漬けにして無理やり契約したとか狂ってんな相変わらず」
「彼女が勝手に飲んだだけなんだけどねえ……。ま、互いの近況報告はこれくらいでいいだろう。どうなんだい、エルコンドルパサー君は」
「ああ? 遠征について行ってねえオレが知るわけねえだろ」
「いやいや、君にはアレがあるじゃないか。データを信奉する君にとって神の啓示に等しいソフトが。君のことだ、トレーナーに向こうでのトレーニング映像や数値データを送るよう要望くらいしてるんだろう?」
「……チッ」
図星だった。春にエルコンドルパサーが渡欧してから、向こうから送られるデータや映像は全てエアシャカールにも共有されている。
そしてそのデータをParcaeに入れてシミュレートしていた。当然、この凱旋門賞も。
「結果はどうなんだい?」
「もう少しで目の前のモニタに映るんだ。焦ンなよ」
「そうか……それもそうだね」
その返答でアグネスタキオンはなんとなく結果を察したのか、それ以上追求はせず持ち込んだ紅茶に角砂糖をぶち込んだ。
また別の一角では、先ほどとは別の意味で他者を寄せ付けないグループがいた。
「あら、なんだか珍しい組み合わせね」
「マルゼンスキー……!」
「はあいマルゼン! 君も一緒にどうだい?」
「素敵なお誘いありがとうミスター。でも、三冠ウマ娘たちの隣はちょっと緊張しちゃうわ」
そこにいたのはミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンという三冠ウマ娘たち。さらに話しかけているのは真紅のスーパーカー。
大スターたちの邂逅に、凱旋門賞そっちのけでそちらを見ている者もいた。
「というのは冗談。今日はチヨちゃんに誘われているから、そっちを優先ね」
「残念。さっきはラモーヌにも振られちゃったし、今夜は運が悪いのかな」
「向こうはメジロで固まっているだけだろう。あと、縁起でもないことを言うな」
「おっとこれは失敬、ブライアン。でも意外。君もそういうの気にするんだ」
「今日、ばかりはな……」
「みな、歓談もいいがそこまでだ。まもなく始まるぞ」
シンボリルドルフの声が合図だったように、モニタの向こうでパドックが始まる。
続々と入場する世界中のウマ娘たち。誰もが万全の仕上がりを見せ、まさに世界最高峰のレースに相応しい顔ぶれだった。
「あ、エルちゃん! 頑張れー!」
「聞こえるわけないでしょう……まったく」
「いやいや、こういう声援は大事でしょ。……なかなかの仕上がりっぽいけど、グラスちゃんから見てどう?」
「いつも通り、でしょうか。調子は万全、力を出し切れそうです」
「ほうほう……」
あちこちから上がる声援や見分は、次に現れたウマ娘を前に掻き消えた。
「あれが……」
「モンジュー……!」
「うわ凄い身体。ダービー二つも取るわけだ」
画面の向こうでモンジューがエルコンドルパサーへ宣戦布告し、それぞれのゲートに入っていく。
「あああなんかドキドキする……!」
「私も。自分が走るわけじゃないのに」
「頑張れエルさん。頑張れぇ……」
ついにスタートの時がきた。
一瞬の静寂の後、ゲートが開くとともにウマ娘たちがターフへ飛び込んでいく。
先頭を取ったエルコンドルパサーを見て歓声が上がる。
「うっしナイススタート」
「行け行けエルちゃーん!」
モニタを凝視するウマ娘たちの裡で希望が鎌首もたげる。応援の声と共にそれは、エルコンドルパサーが真っ先に最終直線へと入ったところで最高潮に達した。
勝てる。
勝てる!
そんな甘い夢を踏み潰す、獣の足音が後方からやって来た。
「うわあモンジューが!」
「モンジューが来た!」
「やっば何あの脚やっば」
あっという間にエルコンドルパサーに追いつき抜いていく欧州王者の姿に、生徒たちの気持ちは一気に奈落の底まで落ちていく。
やはり勝てないのか。
エルコンドルパサーでもダメなのか。
それほどまでに世界の壁は高いのか。
俯く者、モニタから目を逸らす者が出始め、カフェテリアの空気は冷えていく。
「諦めるな!!」
声が響いた。
最前列。立ち上がってモニタを睨みつける者がいた。
キングヘイローだ。
「まだ終わってない! 終わって無いでしょ!」
届くはずのない檄。必死にモニタの向こうへ叫ぶ様は虚しい足掻きにも見えた。
が、
「そうだー! ダービーで私を抜いた末脚はどうしたー!?」
「エル! ゴールの瞬間まで諦めないで!」
「エルちゃーーん! 頑張れー!!」
黄金世代が続いて声を上げる。
彼女たちの心はまだ折れていない。何故なら、レースはまだ続いているのだから。
声が届くわけない。想いは伝わるわけない。だが、見ている側が先に諦めるなど、もっとあり得ない。
冷え切ったカフェテリアに、熱が戻ってきた。
「頑張れ……頑張れ……!」
「差し返せえ!」
「行けえ日本代表!」
「最強になるんでしょ!? 夢見させてよ!」
「私に勝っておいて、そんな奴に負けるな!」
次々と声が上がる。
同期たち。レースでエルコンドルパサーに負けた者。彼女に憧れる者。それぞれが思いの丈をモニタへと叩きつけていく。
「…………いけよ」
声援など無意味、無駄。そう思っていた彼女も気づけば呟いていた。
「
言葉が届いたのか。そう思いたくなるタイミングで、エルコンドルパサーが加速した。
その名の通り翼が生えたように、翔ぶように、ロンシャンの直線を駆け抜ける。
見ている側の熱も限界を突破する。
「いけえええええ!!」
「走れえええええ!!」
「勝てる勝てる勝てるぞおおお!」
真紅のコートが先頭でゴール板を駆け抜けると歓声は爆発した。
やったやったと飛び跳ねる者。抱き合い喜びを分かち合う者。静かに拳を合わせる者。感極まって涙する者もいた。
日本の悲願が達成された。日本のレースの新たな歴史が世界に刻まれた瞬間だった。
エルコンドルパサーが凱旋門賞のトロフィーを掲げると日本中で拍手の音が響いた。
嵐のような喝采の中、インタビューが始まる。
そして、
『エルの次走は、有馬記念!!』
忽然と音が消えた。
『冬の中山で、真の最強を決めましょう!!』
「「「「はあああああああああああああ!!?」」」」
一転して、日本は阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた。
◆
日本にとって歴史的快挙───同時に衝撃的な宣言───から少しして。日本でいう朝、フランスでいう夜中。覚悟していたテレビ通話の着信が来た。
『称賛! 素晴らしいレースだった!』
『本当におめでとうございます。エルコンドルパサーさんの夢を叶えられましたね。そして日本の悲願を達成していただきありがとうございました』
「いえ、学園の協力あっての勝利です」
『そう言っていただけるとプロジェクトを立ち上げた甲斐がありました』
モニターの向こうで理事長とたづなさんから祝いの言葉を貰う。
すでに私やエルのスマホにも知人からのお祝いメールが山のように届いており、日本でもお祭り騒ぎなのは伝わってきた。
『ただ……最後のアレは、事前に言っておいていただけると助かりましたねぇ』
「……はい」
恨みがましい声に思わず背筋が伸びた。
よく見れば画面に映る二人はくたびれた様子で、たづなさんに至っては隈も見えた。
エルの爆弾発言は当然日本にも伝わっている。トレセン学園やURAに至ってはきっと
凱旋門賞覇者の次走宣言。当然、彼女の言葉に奮い立った陣営はそこを目指す。そして目指すためにすることは、出走条件などを問い合わせだろう……凱旋門賞直後から。
日本の欧州の時差は、国によって若干の差はあれど凡そ六、七時間。フランスで夕方なら、日本は深夜だ。
凱旋門賞制覇で沸き立った職員たちはきっと、深夜から問い合わせの嵐への対応に追われたであうことは想像に難くない。
「私の監督ミスです。ご迷惑をお掛けしました」
「ご、ごめんなさいデス……」
『不問! いや確かに大変であったが、これほどまで日本のレースに注目が集まったことは無い! これも嬉しい悲鳴というものであろう!
……で、確認だがエルコンドルパサーの出走は本気ということでよいな?』
「それはもちろん」
『僥倖! 海外ウマ娘たちの出走登録についてはこちらで詳細を詰め発表する。君たちは気にせずレースに集中して欲しい! ……いや、まずは半年に及ぶ長期遠征の疲れを癒すところからか』
理事長の言葉に頷く。
日本にいるのと違い、遠征先での生活はエルの気持ち的にも張り詰めた部分が大きかっただろう。
『報道機関からは早めに帰国して勝利報告を、という意見もありますが……』
『なに、今は有馬記念の方に目が向いている。すぐに帰国せず、フランス観光でも楽しんでくるといい!』
「ありがとうございます。エル、こう言ってくれているけどどうする?」
「んー確かにフランスを観て回るのもいいですが、トレーナーさんはすぐ日本に帰っちゃうんデスよね?」
「それは……うん。みんなのレースがあるからね」
少し迷ったが誤魔化さずに言う。
エルの大一番は終わったが、一週間程度でデジタルのマイル南部杯が来る。その翌週はドトウが菊花賞に向けた前哨戦があり、それが終わればグラスの天皇賞(秋)だ。
「じゃあエルも日本に帰ります! フランス旅行はまた今度、みんなでしましょう!」
「いいのかい?」
「遠征チームの先輩たちも自分たちのレースがありますし、一人で観光してもつまらないデスからね」
『分かりました。……ただ、帰国した際は大騒ぎになると思われるので準備に一日二日時間をください』
「じゃあそれまでは」
「フランス旅行デス!」
『うむ! 存分に楽しんでくると良い!』
◆
「今後の私の予定について話したい」
凱旋門賞の敗北から一夜明け、モンジューは会見を開いていた。
集まった報道陣を一瞥して、フランスのダービーウマ娘は淡々と宣言した。
「私は近く日本に渡り、十一月のジャパンカップに出走する。その後も日本に滞在し、年末の有馬記念の出走を目指す」
シン、と沈黙が一瞬。すぐさまフラッシュと質問の嵐が起こった。
「それは活動の拠点を日本に移すということでしょうか!?」
「エルコンドルパサーの挑戦を受けるんですか!?」
「あくまで今年残りのシーズンを日本で過ごすというだけだ。そして───」
音と光の洪水に怯むことなくモンジューは答えていく。
「挑戦を受ける、とは間違いだ。私が……
モンジューの視線が、報道陣が用意したカメラに向く。
「待っていろエルコンドルパサー。待っていろ日本のウマ娘たち。次は、私たちが挑む番だ」
会見はすぐさま放送され、またネットメディアでも速報として伝えられた。
モンジュー来る。
その報は、日本へ第三の衝撃として齎された。
同日の夕方。今度はURAの会見が開かれた。
会見場には日本の報道陣が詰めかけたが、会見は生中継され世界にも配信される異様なものだった。
エルコンドルパサーの凱旋門賞勝利を祝福し、その遠征のためにURAとトレセン学園が行った支援プロジェクトの成果であるとも発表し、今後とも積極的な海外遠征をサポートすることを発表した。
そして、
「今年の有馬記念について、発表があります」
報道陣が一斉にカメラを構えた。厳粛な雰囲気の中、URAの職員が告げる。
「現在、URAには有馬記念の出走条件について問い合わせがきております。基本情報についてはURAのホームページにて公表されておりますのでご確認いただくようお願い申し上げます。
次に、優先権について。これまで有馬記念にドリームトロフィーリーグのウマ娘出走権は優先度が低く、実際の出走は困難でありました。ですが今年は、ドリームトロフィーリーグから有馬記念への出走に意欲を燃やす声が多くなっております。これら現状を踏まえまして一部出走条件の変更を行います」
カメラのシャッター音がスコールのように響く中で続ける。
「優先出走権枠を従来からファン投票上位九名に、海外からの優先枠を五名に変更します。これにより空いた二枠をドリームトロフィーリーグからの出走枠とします」
「ド、ドリームトロフィーリーグからの出走ウマ娘はどのように選定するのでしょうか?」
「十一月、出走権を賭けた特別レースを開催します。所謂GⅠレースへのステップレースのような扱いで、このレースの上位二名に有馬記念への出走権を与えます」
「レース条件はどのようなものでしょうか?」
「出走希望するウマ娘が多い場合はどうするのでしょうか?」
「レース条件は有馬記念と同様、中山レース場の2,500mを予定しています。一レースを十六名までとし、希望者がそれ以上である場合は希望者の数に応じてレース数を増やします。仮に二レース行った場合、各レースの一着が有馬記念に出走可能となります。
なお、この特別レースに出走したウマ娘は今年のウィンタードリームトロフィーへの出走は不可とします。これは有馬記念とウィンタードリームトロフィーの開催日が近く、十分な調整が不可能なため。特別レースへの過剰な出走者を抑えるための措置となります」
報道陣から感嘆の声が上がる。二名だけとはいえ、かつてトゥインクルシリーズを沸かしたレジェンドたちの出走が叶うのだ。夢のグランプリ開催を想像し、興奮を隠しきれずにいた。
「続いて海外から来るウマ娘に向けて、トレセン学園よりお知らせがあります。───秋川理事長」
「うむ!」
秋川がマイクを握る。視線が集まる中、小さな理事長が宣言した。
「通達! この度、トレセン学園ではサトノグループと協同開発したVRウマレーターの一般公開を行う! これは仮想現実空間にて様々な環境でのレースを再現が可能な最先端のトレーニングシステム! 海外のウマ娘は自身が住む地で、日本のレース環境を体験することが可能となる!」
先ほどとは違う意味で、感嘆の声が上がった。仮想現実を利用したリアルなシミュレートはある種の技術革新であった。
一方で困惑の声もあった。
秋川の宣言はこれから日本を目指す海外のウマ娘に有利なもので、日本のウマ娘のアドバンテージを解消するものだ。そんな疑問も想定したのか、秋川が続ける。
「我々は海外遠征に多くの課題に悩まされてきた。これはその一つを解決するための技術! 日本は、自分たちが受けた不利をお返しするような真似はしない! 欧州、米国、南米、豪州、香港、中東、日本を目指す世界のウマ娘たちよ、万全の状態で有馬記念に挑んで欲しい!
……真の最強を決めるのだろう? ならば一切の言い訳無用、誰もが平等の条件で真っ向から勝負をしようではないか!」
世界を駆け巡る四度目の衝撃。
会見を見た者たち全員が確信した。
今年の冬、日本は最も熱くなる。
要約
モンジューはリベンジする気満々。
ドリームトロフィーからは二人出れるよ。誰が出るかはレースで決めるよ。
ウマレーター使っていいよ。遠征デバフなんて捨ててかかってこい。