シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 番外扱いでもいいですが一応次のレースに向けた話です。


63話 挑戦と凱旋

 

「有記念に向けた特別レースに出る。手続きを頼む」

「は?」

「トレーニングメニューも頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいブライアン! 待って……痛ッ」

 

 膝を強打して悶絶する東条にナリタブライアンはため息をついた。

 

「慌て過ぎだ……」

「だ、誰のせいだと……! それより本気なのブライアン、有記念に出るということはウィンタードリームトロフィーに出られないのよ!?」

「構わん」

「構わないって、貴女分かってる? 次のウィンタードリームトロフィーは三連覇がかかってるのよ? リーグ成立以来、誰も成し遂げていない同一部門の三連覇が!」

「おハナさん」

 

 トレーナーが提示した栄光を前に、ナリタブライアンは無情に告げる。

 

「そんなもの、また三回勝てばいいだろう」

「あ…………んた……は…………」

 

 後に東条は語る。担当に手を上げそうになったのはアレが初めてだと。

 内心で大嵐と大噴火が同時発生するが、深呼吸で何とか抑えた。大人であった。

 

「…………分かったわ。でも出るからには勝ちに行くわよ」

「フッ、当然だ」

 

 風雲急を告げる。

 ナリタブライアンの特別レース出走表明はドリームトロフィーリーグのウマ娘たちに少なくない影響を及ぼした。

 ドリームトロフィーの覇者が不在。それは今まで辛酸を舐めさせられてきた者たちにとって好機であり、特別レースを避ける理由にもなった。

 一方でナリタブライアンに追随するように、特別レースへの参戦するか否かを表明していった。

 

「当然、私は出るよ。ブライアンちゃんが出るんだから」

「マヤもマヤも! 今年の有記念はすっごいワクワクの予感がするんだ!」

「んーアタシはやめとこうかな。サマードリームは結果残せなかったし、まずはこっちで結果出すのがきっとマーベラス!」

 

 その中でも、特に注目されるウマ娘がいた。永世三強にタマモクロスを加えた一団だ。

 

「なあ~にぃい~!? タマ公今なんつった!」

「何度言っても変わらんで。ウチは特別レースには出ん。ウィンタードリームトロフィーを選ぶ」

「なあ~にぃい~!?」

「繰り返すなや! 他の連中がどうしようと勝手やけどな、有記念はあくまでトゥインクルシリーズのグランプリや。もう引退したウチらがしゃしゃり出るもんやないと思うとる」

「そこを規則曲げてまでURAがチャンスくれてるんじゃねえのかい? それを蹴るなんて粋じゃねえぜ! おいオグリ、お前さんはどうするんだい?」

 

 イナリワンが矛先を変えた。ちょうど超特大の器に入った山のようなカレーを食べ終えたオグリキャップは、

 

「興味はある。黄金世代と呼ばれるウマ娘たちと走るのはきっと楽しい」

「おお、だったら!」

「だができない」

「なんで!?」

「約束がある。ライアンからウィンタードリームの中距離で勝負したいと」

「ぐ、ぬぬ……約束を反故にするのは……粋じゃ、ねえな」

「残念やったなあイナリ。まあ応援はしたるから頑張りや」

「同情なんていらねえってんだ! クリーク! クリークはどうするんでい!」

「私ですか? 私は……出てみようかなって思ってます」

 

 おお! とイナリワンが歓喜の声を上げる。一方で不思議そうに首を傾げたのはタマモクロスだ。

 

「なんやクリークがこういうのに積極的なん珍しいな」

「そうです? まあブライアンちゃんにリベンジしたかったというのもありますから。それに……」

「それに?」

「……きっと、あの子も出てくると思うので」

 

 それ以上、スーパークリークは詳細を語らなかった。ただ、その様子を見たオグリキャップは一言だけ。

 

「クリーク、私と秋天走った時みたいな顔してるな」

 

 

 ◆

 

 

 エルとのフランス観光はあっと言う間に過ぎ、ついに日本へ帰国の時がやって来た。

 日本に帰るのは私とエル、そしてエアグルーヴの三人だ。黒沼トレーナーは担当のミホノブルボンとともに欧州に残る。

 シリウスシンボリとシーキングザパールも本来のトレーナーやチームの元に戻りつつ、引き続き海外のレースを走るらしい。

 

「本当に、お世話になりました」

「こっちこそいい夢を見せてもらえた」

「私からも。素晴らしい時間でした」

 

 黒沼トレーナーとミホノブルボンそれぞれと握手を交わす。去年の夏から欧州に渡り、春からエルの面倒を見てくれたこの二人がいなければ、凱旋門賞制覇などあり得なかっただろう。

 

「パール先輩! シリウス先輩! 半年間ありがとうございました!」

「全くだ。ようやく子守から解放される」

「あらシリウスったらそんなこと言って。可愛い後輩と別れるのが寂しいなら正直に言ったら?」

「まだ寝ぼけているようだなパール。目を覚まさせてやろうか?」

「ふふ……エル、お礼を言うのはこちらよ。あなたによって日本のウマ娘の可能性は開かれた。あなたの勝利はきっとみんなの希望になるわ」

「パール先輩……!」

 

 熱い抱擁を交わすエルとシーキングザパール。互いに海外生まれということもあって元より仲の良い二人だったが、この半年間でより絆は深まったようだ。

 

「あとはエアグルーヴが来るのを待つだけだけど……」

 

 厳粛な彼女にしては珍しく、まだ姿を見せない。飛行機の時間まで余裕があるので問題は無いが、この人数でエアグルーヴが最後というのは意外だった。

 と、考えているとこちらに猛スピードで迫る影。噂をすればなんとやら、エアグルーヴだった。

 

「よし、揃っているな。すぐに搭乗口に向かうぞ!」

「もう? まだ時間はあるけど」

「私にはないのだ!」

 

 これまた珍しい。エアグルーヴが焦っている。キョロキョロと視線を巡らせ、周囲を探っている。まるで見つかりたくない誰かがいるような……。

 

「あ」

「察してくれましたか? ようやく撒いたところです。なので迅速な行動を。黒沼トレーナー、シリウス先輩、パール、ブルボン。慌ただしい出立となり申し訳ありません」

「あーまあ気にするな。理事長にもよろしく言っておいてくれ。……大変だな」

「……はい」

「では皆さん、いずれまたどこかで」

「ええ、今度は対戦相手として。……ライスさんにも」

「伝えておくよ」

「ありがとうございました!」

 

 エアグルーヴに引っ張られる形で搭乗口をくぐる。

 

 女帝殿~諦めないよ私は~

 

 飛行機に乗り込む直前に声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 着陸の振動で目を覚ます。なんとなくだが、日本の嗅ぎ慣れた空気な気がする。

 

「帰国、到着、凱旋デース!」

「やっとる場合か。行くぞ!」

「ケッ!?」

「エル、今はエアグルーヴの言う通りに」

 

 エルの手を掴んで他の乗客の波から離れる。人気のない場所に行くと、たづなさんが待っていた。

 

「お帰りなさい、皆さん」

「ただいま戻りました。では……」

「はい。準備はすでに」

 

 最低限の挨拶だけ済ましてまた早歩き。たづなさんの誘導に従い、また人気のない通路を進んでいく。

 

「なに? なになになんデスどういう状況デス!?」

 

 三列シートのワゴンに乗り込んだところでエルが困惑の声を上げた。

 

「凱旋パレードは? エルの勝利を祝うファンのみんなは? 勝利報告のインタビューは?」

「残念だけどそういうのは無し。あ、インタビューはこの後用意されてるよ」

「そ、そんな~」

「まったく、自分のしたことの影響を理解できていないのか」

 

 トレセン学園の職員の運転で車が発進する。

 揺れる車内でエルが首を傾げるので、エアグルーヴが続けた。

 

「エル。貴様は日本が長く追い求めてきた凱旋門賞制覇を成し遂げたウマ娘だ。まあ出身が日本じゃないとかケチをつけようとする輩はいるが無視だそんなもの。

 それに加えて貴様が表彰式のインタビューでぶちまけてくれた宣言のおかげで関係各所は上に下にと大騒ぎだ。エルコンドルパサーは今や日本どころか世界クラスで名が知られるまるで英雄扱いだ」

「おぉ……エルが英雄……!」

「目を輝かせるな。ともかく、そんな貴様が真正面から空港に降り立てばどうなる? たちまちマスコミや押しかけたファンで大混乱だ」

「ちょうど見えますね。スモークガラスですので、外からバレることはありませんよ」

 

 たづなさんに言われて窓の外を見る。空港の入り口や通路にびっしりと人だかりが出来ていた。赤と黄のグッズを持った興奮気味の人たちを、警備員が必死に抑えたり誘導しているのが見える。

 

「おおう……」

「分かったか? だからこうして人目を避けて移動しているのだ」

「しかしどうしてあれだけの人数が……。こうならないよう、帰国の時期は公表していないはずだけど」

「恥ずかしながら、口に戸は立てられぬと言いますか……。あとは渡航に詳しくてタイミングを読めるような特技を持つ方がSNSで発信したりとか。色々ありまして」

「はあ……」

 

 世の中、奇特な特技を持つ者がいるものだ。自分もトレーナーとして多方面に知識はあるつもりだったが、世界は広い。

 

「というわけで、不要な混乱を避けてトレセン学園に向かっている……の、ですが」

 

 たづなさんから批難の眼差し。担当に伝えていなかったんですか? 口に出さず問うてきた。

 

「表彰式のことがありましたので。段取りを伝えてタイミングを図られるより、突発的に動かしたほうが安全だと思いまして」

「効果覿面だったな」

「んな!? トレーナーさんはこの動きを知ってたんですか!? エルを玩びましたね!」

「言い方」

 

 エルは意外と急なハプニングに弱い。世界の頂点に立っただの、最強の怪鳥だのと呼ばれてもまだ中等部の少女なのだ。

 

「うう……エルの想像していた凱旋と違うデス」

「大々的な勝利報告はまたやるよ。それにほら」

 

 車が止まる。

 あ、とエルが声を漏らす。エルにとっては久しぶりの景色が広がっていた。

 

「真っ先におかえりを言いたい仲間がいるだろう?」

「! ……ハイ!」

 

 少女が飛び立つように車を降りる。勢いのまま駆け出し、出迎える仲間たちの下へ。

 

「みんな! ただいまデース!」

 

 半年ぶりの再会は、涙と歓声で彩られた。

 

 

 ◆

 

 

「不在にしていた間の各陣営の動向です」

「ありがとう」

 

 サブトレーナーの川畑君から資料をもらう。

 日本を離れていた約一ヶ月。世間の注目は凱旋門賞だったが、ライバルたちまでじっとしているわけがない。

 いやむしろ、エルの勝利と宣言に充てられて活発になるかも。

 

「……ナリタトップロードは神戸新聞杯か」

 

 ドトウと菊花賞を争う一人は彼女と同じステップレースを選択していた。距離は2400m。日本ダービー二着の彼女は大本命だろう。

 ……だがこれはチャンスでもある。

 今のドトウの走りはアドマイヤベガの模倣だ。そしてアドマイヤベガはナリタトップロードをこの距離で差し切っている。ドトウがこの夏でどれだけ成長したかを見るいい機会だ。

 資料をめくる。

 リギルのテイエムオペラオーは京都大賞典。秋の天皇賞戴冠を狙うシニア級ウマ娘たちが跋扈する激戦区。スペシャルウィークやセイウンスカイも出走を表明しているレースに向かうあたり、チーム・リギルの自信が見て取れた。

 ダートの方は大きな変化はない。あえて言うなら、ダートダービーウマ娘のドミツィアーナの動向が注目されているくらいか。

 後は秋にメイクデビューを迎えるジュニア級ウマ娘たち。シャカールはじめ、近い時期にマルカブの若手たちもデビューするので入念に見ておく。

 

「トレーナーさん」

 

 グラスに声を掛けられ、資料から顔を上げる。

 

「レースのローテーションについてご相談があります」

「いいけど、どうしたんだい?」

 

 グラスの直近の目標は天皇賞(秋)だ。ステップを挟まずにGⅠへ直行。宝塚記念を制しGⅠ四勝目を飾った彼女にはそれが相応しい。そういう予定だった。

 

「……天皇賞(秋)の出走を取りやめ、ジャパンカップへ集中したいです!」

「……理由はモンジューかな?」

 

 その場にいた誰もが息を呑む中、グラスが頷いた。

 

「モンジューはジャパンカップに出走します。有記念でエルにまた挑むために。私は、そこで彼女を迎え撃ちたいと思います」

「それだけで天皇賞(秋)を回避する必要はないと思うけど……」

「万全を以て迎え撃つためです。……私はこれまで、大きなレースには間隔を二ヶ月以上空けてきました。でも天皇賞(秋)からジャパンカップは一ヶ月しかありません」

 

 グラスの視線が己の脚に向かう。

 二度の夏を超え、成長した彼女の身体はもういつかのように脆くはない。が、彼女は万が一を懸念している。

 

「スペシャルウィークやセイウンスカイとの再戦は良いのかい?」

 

 セイウンスカイには天皇賞(春)のリベンジを。そしてスペシャルウィークからも宝塚記念のリベンジマッチを申し込まれていると聞いていた。

 

「後ろ髪を引かれることはない、と言えば嘘でしょう。ですがジャパンカップが終われば次は有記念。一月おきの三連戦が問題無いと言えるほど過信してもいません。

 トレーナーさん。どうか私の最高を、ジャパンカップに……!」

「……分かった。グラスがそれを望むなら」

 

 グラスにとっても同期との決着や秋シニア三冠の栄光は捨て難いだろう。けれども彼女はジャパンカップへの注力を選んだ。一足先に頂点に登り詰めた親友に並ぶために。

 ならば、その想いに応えるのがトレーナーであろう。

 そして、もう一人。

 

「お兄さま、ライスもね……有記念を目指したいな」

「言うと思ったよ。」

 

 ライスの視線がグラスに、そしてエルに向かう。昨年叶わなかったグランプリでの対決。それが一年越しに叶おうとしている。断る理由は無かった。

 

「うおおおグラスだけじゃなくてライス先輩も出走デス!? これは今年最高の盛り上がり間違いなしデスね!」

「ま、まだ出られると決まったわけじゃないよ? ブライアンさんたちとの特別レースで勝たないといけないし」

「先輩なら勝てますよ! いえ、トレーナーさんが絶対勝たせてくれます! ね!」

「力を尽くすよ」

「イエース!! この際デジタルやドトウもどうですか? マルカブの主要メンバー全員、有記念で激突デース!」

「え、ええええ!? わ、私が有記念!? 先輩たちと!?」

「いえいえいえクラシック三冠を皆勤するドトウさんはともかく、あたしはマイラーですよ!?」

「マイラーでも活躍するのが有記念デス! それに目指すだけならタダデース!」

 

 他人事だと思っていた二人が慌てて、その様子にグラスとライスが笑う。エルがいるとチームの賑やかさが一段違うな。

 

「あんまり無理強いしちゃだめだよ。でも、投票で優先権もあるからこれからの活躍しだいでチャンスはあるかもね」

 

 半年間分かれていたチームが一つに戻った。改めてそう思った。

 

 

 ◆

 

 

「よかったのか? 特別レース出なくて」

 

 トレセン学園の屋上。何も敷かずに寝そべるミスターシービーへ、カツラギエースは問いかけた。

 

「うん。というか、エースだって出る気ないんでしょ?」

「まあな。なんというか、ああいうのは現役の連中でやればいいのさ。あたしの時代で出来なかったのは、あたしの実力不足だろう?」

「あはは! そういうのはっきり言えるところ、エースらしくて好きだな。……よっと」

 

 ミスターシービーは跳ね起きた。しなやかな挙動に、野良猫みたいだなとカツラギエースは思った。

 

「最強を決めるレースってのはいいけどさ。私は誰が強いとかより、楽しいレースの方が好きなんだよね」

「強い奴と走れるってのは楽しいもんじゃないか?」

「そうなんだけどね。でも今回はそうじゃないっていうか……」

 

 うーん、と顎に指を添えて考え込むミスターシービー。言っておいて考えがまとまっていないのかと呆れていると、天啓を得たとばかりに笑顔に変わった。

 

「今はみんな、有記念に注目してるでしょ」

「まあな。あんな宣言ぶち上げられたらそうなるだろう」

「だから私としては有記念を走るよりも、有記念以上に盛り上がるレースをする方が楽しみになってるんだよね」

「前から思ってたけど、シービーって結構ひねくれてるよな」

「そう? とにかく、今の私はどうやったらウィンタードリームトロフィーを有記念以上に盛り上げるかの方が大事ってわけ。だから───」

 

 振り返る。ファンを魅了した妖しい笑みがカツラギエースに向けられた。

 

「エース、私と一緒にウィンタードリームトロフィーを最っ高のレースにしてみない?」

「……ああ、いいぜ! 乗ってやる!」

 

 かつてトゥインクルシリーズで覇権を握った三冠ウマ娘と、日本ウマ娘初のジャパンカップ勝者が固い握手を交わす。

 有記念が全てじゃないと、世間に言わせるために。

 

 

 

 速報だが、特別レースへの出走ウマ娘が公表された。

 当初は複数開催が必要になるかと思われたが、ナリタブライアンを始めとするドリームトロフィーの主役級が名乗りを上げたことで、現時点の数は抑えられていた。

 されど、出てくるウマ娘はいずれもが世代の主役たる存在であった。

 

 ナリタブライアン、

 イナリワン、

 サクラローレル、

 マヤノトップガン、

 スーパークリーク、

 マルゼンスキー、

 ライスシャワー、

 トウカイテイオー、

 

 そして───シンボリルドルフ。

 

 少なくともこの九名が、有記念の枠二つをかけて争うこととなる。

 




 史実だとトップロード(とアドマイヤベガ)が走ったのは京都新聞杯ですが、現在のレースプログラム準拠で神戸新聞杯としてます。
 ドリームトロフィーの特別レース参加者は現時点としてますので、ここから増えるかもしれないし、減るかもしれません。
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