シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 ちょっと短め。
 


64話 デジタルとマイルCS南部杯

 

 学園に戻って帰還の報告を済ませたエアグルーヴがまず驚いたのは、シンボリルドルフの特別レース出走の報だった。

 平静を何とか保って生徒会室に寄り、当人に正直に伝えるとシンボリルドルフは苦笑した。

 

「君の驚愕も当然だエアグルーヴ。私自身、前線から遠ざかっていたのは事実だからね」

 

 シンボリルドルフの所属こそドリームトロフィーリーグだが、ここ数年は出走することなく運営側に回っている。明言こそしていないが実質引退状態だった。

 

「ブライアンに煽られてね」

「ブライアンに……?」

「凱旋門賞を見て込み上げるものはなかったのか。エルコンドルパサーの言葉を聞いて熱くなることはなかったのか。そこまで冷え切ったというのなら付き合いもここまでだ、とな」

「あやつめ……」

 

 チームメイトの暴言にエアグルーヴは頭を抱えた。一方でシンボリルドルフは気を悪くするでもなく笑っていた。

 

「彼女を怒らないでくれ。ブライアンなりの檄なのだろう。それほどに私との対決を望んでくれている」

「それで出走を決意されたのですか?」

「いや、理由はそれだけではなかった」

 

 ブライアンには言ってくれるなよ? と言って、シンボリルドルフは続けた。

 

「テイオーも後からやってきてね。最強を決めるのに私がいないのはおかしいと」

「あやつもまた勝手なことを……」

「しかし我がことながら、そうかもなと思ってしまった。

 ……エルコンドルパサーが望むのは最強の称号。それも正確に言えば最強と言えるメンバーを揃えたレースで決まる最強だろう」

「……不満を言う輩は少なからずいるでしょうね」

 

 オグリキャップに出る気はないらしい。タマモクロスも、その前の世代に当たる強豪たちも不在だ。

 集まるのは確かに現代最強の布陣。けれども人々はそこに己の夢想を乗せてしまう。

 

「きっと万人が認める最強決定戦など不可能だろう。彼女たちに出走を無理強いすることもできない。ならば、できる限りの夢は叶えるべきだ」

 

 シンボリルドルフが掲げる理想は全てのウマ娘の幸福。彼女はその信念に基づき出走を決めたのだ。

 それが分かったからこそ、エアグルーヴは告げた。

 

「失礼ながら、それを正直に表で言わないほうが良いかと」

「ん、そうか……やはり傲慢が過ぎるかな?」

「いえ、むしろ足りません」

「足りない?」

「ええ。ブライアンやテイオー、エルコンドルパサーの想いに応えるつもりならもっと強気で十分です」

 

 らしくない、とエアグルーヴは思った。

 熱にあてられているなと自覚した。彼女もまた、冬に始まる夢のレースに思いを馳せているのだ。

 

「皇帝に挑まずして最強を語るなどあり得ない。そう言ってしまえばよいのです」

 

 引退を早まったか、と思ってしまうほどに。

 

 

 

 ◆

 

 

 マイルチャンピオンシップ南部杯。盛岡で開催されるそれはダートのクラシック級ウマ娘にとって初めてシニア級と激突するGⅠ級レースだ。

 夏を超えて力をつけたダートウマ娘たちが秋シーズン最初の目標することが多く、将来のダートスターが頭角を現す舞台でもあった。

 そんなレース直前の控室。すでに勝負服のデジタルが話しかけてきた。

 

「あの、トレーナーさん」

「なんだい?」

「このタイミングで言うのもなんですが、あたしもローテーションについてお願いしてもいいですか?」

「いいけど、また急だね」

 

 春シーズンの成績が振るわなかったデジタルはこの一戦に集中するため以降の予定を敢えて立ててこなかった。いやしかし、彼女からローテーションの相談があるのも初めてだった。

 

「本当は目の前に集中すべきなのは承知の上ですけど、その……自分に活を入れるためといいますか」

「活か……」

 

 デジタルの意識が変化しているのを感じる。春頃の彼女には無かったもの、勝つことへの執着が芽生えているようだ。

 初夏の大敗がそうさせたのか、それともエルの偉業に感化されたか。

 どちらにしろ良い傾向だろう。断る理由はなかった。

 

「いいよ。言ってごらん。君の夢を叶えるために必要なことなんだろう」

「はい! で、できることなら───」

 

 

 ◆

 

 

 あたしの提案をトレーナーさんは快く受け入れてくれました。これで意志は固まりました。憂いを失くしたあたしは胸を張ってコースへ出る。

 眼前に広がる茶色のコース。先輩方が覇を競うターフではなく、砂塵が舞うダートコース。ここがあたしの戦場となる。

 

「性懲りもなく来たんだ」

 

 声の方向を向けば、あたしを見ていたのは先にコース来ていたドミツィアーナさんでした。

 

「ダートダービーで惨敗したのに、まだダートにしがみつくんだ」

 

 煽るような、棘のある言葉。以前のあたしだったら萎縮するだけだったでしょう。でももう違います。ライス先輩からいただいた言葉が、あたしを奮い立たせていた。

 

「あたしは……」

「なに?」

「あたしはこのレースに勝ったら、芝のマイルチャンピオンシップに行きます」

「は?」

 

 ドミツィアーナさんの眉が不快に歪む。そうでしょう。あなたにとっては許しがたい選択でしょう。

 

「そして、あの時の答えを今言います。芝で勝てないからダートなら……そんなこと思ったこともありません」

 

 ダート専門の彼女にあたしはジュニア級で勝っている。自分に勝った相手が芝───別の部門に行くというのはどんな気持ちなのか。

 目の上のたんこぶが消えてよかった? リベンジの機会がなくなって悔しい? おそらく、ドミツィアーナさんは後者なのでしょう。

 そしてドミツィアーナさんから見て、あたしはNHKマイル(しば)で大敗し、ダートに戻ってきた半端者。なるほど文句の一つも言いたいでしょう。

 でも、

 

「レースを走る全てのウマ娘ちゃんは尊いもの。そこに芝もダートもありません。その全てを、出来る限りの全てを目に焼き付けるためにあたしはどちらも走るんです」

 

 だからこれからも両方走る。変わるのは、半端者としてではなく、挑戦者としての気概を持つこと。

 

「勝手なことを……口でならなんとでも言えるわ」

「そうですね。その通りです。でもダートダービーの時は答えられませんでしたから。……だから、ここから先は証明です」

 

 あたしたちはウマ娘。己の夢も覚悟も、相手に示す方法はただ一つ。

 

「この脚で、あたしの本気を証明します。勝負です。ドミツィアーナさん!」

「…………」

 

 無言のままドミツィアーナさんは去って行く。それでもあたしは気づいています。

 やってみろ。彼女の瞳に灯る炎が、そう語っていました。

 

 

 

『ついに始まる盛岡千六決戦、マイルチャンピオンシップ南部杯! 砂のマイル路線、その頂点で勝鬨を上げるのはいったい誰か!

 三番人気は前走クラスターカップを制したマリンシーガル。二番人気はここまで三連勝、勢いに乗るエフェメロン。そして一番人気はジャパンダートダービー覇者、ドミツィアーナ!』

『ドミツィアーナは直前の公開トレーニングでも調子が良さそうでした。クラシック級の彼女ですがシニア級相手でも通用するでしょう』

 

 ジャパンダートダービーの敗走が尾を引いているのでしょう、あたしの人気は七番人気。まあ当然というか、二桁にならなかっただけまだ期待されているのかな。

 周りにいるのはやはりシニア級が多いです。中央だけでなく、地方のウマ娘ちゃんたちもいる。

 国内では数少ないダートのGⅠ級。秋シーズンのこれからを占う意味でも、負けられない一戦。それはあたしも同じこと。

 

『各ウマ娘ゲートに入り──────スタートしました!

 十四のウマ娘が綺麗なスタート、ハナを取ったのは……エフェメロン!』

 

 逃げ戦法で連勝中のウマ娘ちゃんがレースを引っ張っていきます。ドミツィアーナさんは三番手、対してあたしは七番から九番手あたりの中団。大丈夫、この展開は想定通り……!

 誇りと栄光を賭け、十四の砂塵が舞っていく。

 

 

 ◆

 

 

 中団が塊となって長い直線を駆けていく。レースはややスローペースで進んでいった。

 逃げや先行のウマ娘たちが脚を残せるので、この展開はアグネスデジタルにとっては不利になる。が、

 

(こうなることも想定のうち!)

 

 単独逃げは後方脚質の的にされやすい。サイレンススズカのような一部のスピード自慢を除けば、逃げウマ娘の勝ち筋はスローペースからの逃げ切りとなる。

 連勝中で勢いのあるエフェメロンの勝ち方もそれだ。

 しかしここはGⅠ級。GⅡ以下のレースで通用した方法が丸ごと通用するとは限らない。

 

「ここ!」

『最終コーナーを前にドミツィアーナが仕掛けた!』

 

 勢いをつけたドミツィアーナが魅せたのはバイクレースを彷彿とされるコーナリング。身体を傾斜させ、見事にスピードロスなく曲がるドミツィアーナにアグネスデジタルは声なき称賛を挙げた。

 先頭に立ち、最後の直線を駆け抜けるドミツィアーナに客席から歓声が上がる。

 

(やっぱり、ドミツィアーナさんは強い……!)

 

 ジュニア級で彼女に勝っているというのが信じられない。それほどにドミツィアーナの走りは卓越していた。

 

(あなたは凄いウマ娘ちゃんです。これからのダートを牽引するのは、間違いなくあなた!)

 

 この展開も想定通り。クラシック級とはいえ、ドミツィアーナの実力はやはり頭一つ抜けていた。

 けれど、

 

「ついて行くのは、マルカブ(うち)十八番(おはこ)なんですからああ!」

『最後の直線でアグネスデジタルが抜け出した! 前を行くドミツィアーナへ迫る!』

 

 アグネスデジタルとドミツィアーナの差が詰まり、並んだ瞬間に観客の熱狂は最高潮に達した。

 

 

 ◆

 

 

(アグネスデジタルッ……!)

 

 追いついてきたウマ娘の姿に、ドミツィアーナは内心呻いた。

 その走りはジャパンダートダービーとはまるで違う。夏を超えて身体の最盛期を迎えたのか、それとも前回は不調だったのか。

 いや違う、と自らその推察を否定した。

 

(これがアンタの本気か! でも負けられない、アンタには芝があるだろうけれど、私にはダートしかないんだ!)

 

 トゥインクルシリーズの主流は芝であり、ダートレースは少ない。しかもダートを主戦とするウマ娘は選手寿命が長いため、数少ない勝利(パイ)を奪い合うことになる。

 レースという激しい生存競争を、ダートの世界は如実に表していた。

 

(来年にはまた新星のダートウマ娘がやってくる。それでも私はダート一本でやっていくしかないんだ! それを、芝もダートもいける二刀流(てんさい)なんかに)

 

 それは怒りだった。

 天賦の才を持ち、舞台を蹂躙する者への。そして持たない己への怒りでもあった。

 自分が主役になれる数少ない舞台。それを天才に荒らされてたまるか。この道しかない自分が、これ以外の道がある者に、

 

「負けられるかあああああ!!!」

 

 咆哮と共に、ドミツィアーナが前に出た。

 

 

 ◆

 

 

(なんというド根性……!)

 

 並んだと思った。食らいついたと思った。しかし次の瞬間には抜けていくドミツィアーナに、あたしは思わずは感動を覚えました。

 ダート一筋で生きようとするウマ娘の魂の輝きがそこにはある。芝も走れる半端モノのあたしにはないもの。

 やっぱり凄いウマ娘ちゃんです。

 

「でも!」

 

 ───最強を倒したからには最強でないといけなかった

 

 思い出すのは、ライス先輩の言葉。

 

 ───思ったんじゃないんデス?『自分が出ていれば結果は違った』と!

 

 浮かんでくるのは、エル先輩の言葉。

 

 ……ええ。そうでしょう。あたしはどこかできっと、勝負の世界で生きることを避けていた。

 ウマ娘ちゃんたちの輝きに恋い焦がれ、それを間近で見たいと言っておいて、同じ舞台に立つことから逃げていた。あくまで主役になることのない存在だと決めつけていた。それでいいと、甘えていた。

 

『ドミツィアーナ突き放す! 勝負は決まったか!?』

 

 違うんですね。

 ドミツィアーナさんにとってあたしは、ジュニア級でのダート王者で、ライバルで、超えるべき壁だった。

 他のウマ娘ちゃんたちからしてもそうでしょう。

 あたしに負けて道が閉ざされた子もいたでしょう。あたしが出走したせいで、出れなかった子もいるでしょう。

 あたしは、その無念を背負わなければいけなかった。勝ったものとしての責務を放棄していた。

 もうやめましょう。

 輝きに見惚れるんじゃない。光の中で巻き起こる戦乱へと身を投じる。それが出来なかったウマ娘ちゃんたちの分まで。

 あたしが。

 

「今度こそ───」

 

 未熟だった己との決別の時!

 

「あたしが勝ちます!!」

 

 先輩たちと同じ舞台へ登って見せる!

 

 

 

 

『アグネスデジタル上がってきた! デジタル追いすがる! 諦めない! しかしドミツィアーナの脚色もいい!

 残り200を切った! 先頭はまだドミツィアーナ! いや、デジタルだ! デジタル並んだ!!

 ドミツィアーナか!?

 アグネスデジタルか!? 凄まじいデッドヒート!!

 ドミツィアーナわずかに優勢か!? ああっとここで───

 

 

 アグネスデジタル抜け出した! 差し切ったところでゴールイン!!

 南部杯を制したのはアグネスデジタル!! ジュニア級ダート王者が復活勝利、ジャパンダートダービーのリベンジを見事果たしました!!』

 

 

 途中から頭の中は真っ白だった。決意とか覚悟とか、そんなこと気にしてる場合じゃなかったです。

 ただ前へ。隣に並ぶ彼女よりも前へと。

 気づいたらゴール板を抜けていました。

 

(ど……どっち? 勝てた? それとも……)

 

 汗を拭う暇もなく掲示板を見上げる。

 最上部に灯った数字は、あたしの番号。

 

「や、やったあぁぁ……」

 

 飛び跳ねたいほどに嬉しい。なのに身体は疲労困憊で倒れこんでしまいました。

 隣でドミツィアーナさんが見下ろしています。……なんで彼女は立っていられるんでしょうか。

 

「……負けたわ」

「は、はい。勝たせていただきました」

「この走りをジャパンダートダービーで見せなさいよ」

「そ、の節は本当に。……すいませんでした」

「はあ……ねえ、本当にマイルCSにも出るの? 芝のほう」

「はい」

「分かってる? 芝のマイルってことは、あのウマ娘が出てくるってこと」

「覚悟の上、です……」

 

 ダート王者のドミツィアーナさんに挑んだんです。なら、芝でも王者に挑むべき。それがあたしが進む道なのです。

 

「そう。……私に勝ったんだから、無様な真似は許さないから」

「ええ。約束します」

 

 この勝利で、あたしが背負うものはまた増えました。

 ダートGⅠ勝者のあたしが芝で負けるということは、そのままダートが芝に劣るという力関係となってしまう。

 相手は強大です。でも、負けるわけにはない。

 

「勝ってみせますよ。マイル王に」

 

 待っていろ、タイキシャトル。

 

 

 

 





 次回はドトウの菊花賞になります。
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