シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
周りの環境が大きく変わることがありまして、中々進まず……。
本当にあともう少しなので、またお付き合いいただければ幸いです。
「マックイーンさん、もう一本いける?」
「構いませんわ。スタミナは衰えておりませんから!」
スピカとの同盟を結び、早速メンバーを交えてトレーニングを開始した。
「ねえねえエル。凱旋門賞でやったあのビューンって行くやつ! ボクにも見せてよ!」
「いいデスよ! でもあれを出すほど、エルを本気にできますか?」
「言ったな―!? テイオー様の力をナメるなよ!」
それでもやはり不思議な光景だと思ってしまう。
「ふぅ……グラスちゃんもう一回、もう一回お願い!」
「いいですよスぺちゃん、何度でも!」
ライスとメジロマックイーンが、グラスとスペシャルウィークが。何度もレースでぶつかってきた彼女たちがこうして共にトレーニングしているというのは。
実際のところ、スピカのトレーナーはどう思っているんだろうか。向こうからの提案とはいえ、スピカはマルカブに辛酸を舐めさせられた経験が多いだろうに。
メジロマックイーンの三つ目の楯がかかった天皇賞(春)、スペシャルウィークの凱旋門賞挑戦を賭けた宝塚記念。人生の大一番ともいえるタイミングで、私たちは彼女たちの前に立ちはだかった。
勝負の世界故致し方なし、とはいえ飲み込めるものではないだろうに。
「これでも結構悩んだんだぜ」
今後のメニューについてミーティング中、ふとスピカのトレーナーが言った。
私の心情を読み切ったとばかりに彼は続けた。
「学園のトップチームはリギルだが、スピカのライバルチームはマルカブ。俺はそう思ってる。だから同盟なんてできるかって最初は思ってた」
「では、何故?」
「マルカブとは何度もぶつかった。マックイーンの天皇賞、スペのダービーや宝塚記念、そして……スズカの秋天」
一瞬の沈黙。
「思い返すと負けた数の方が多いのかもしれん。そんで負けるとやっぱ悔しいもんだ。でも、その悔しさがあって今があると言える」
「気持ちは分かります」
私たちもこれまで多くの敗北や挫折があった。ライス、グラス、ドトウにデジタル。エルですら三度敗北している。
その度に彼女たちは……私たちは奮起し、強くなってきた。
「ようはウチのメンバーに一番影響を与えているのはマルカブな訳だ。だから一緒にトレーニングすればさらに強くなると思った。それが同盟を提案した理由だ」
納得したか? と問われれば頷くしかない。
結局、彼も私も同類のトレーナーということだ。思うところあっても、真っ先に優先すべきは担当ウマ娘たちの成長だ。
彼がそうするように、私もスピカのウマ娘たちの強さをライスたちに伝えられるように尽力しよう。
とりあえず、
「どうしたドトウーー! 腰入ってねえぞ! 菊花賞ウマ娘がそんな走りしてたらダイオウイカが腑抜けてタラバガニになっちまうぞ!」
「え、ええええ!? どういう意味ですかああ!?」
いい加減ドトウを助けに行こう。
ついに、URAより特別レースの日程が発表された。
ジャパンカップの翌週、その日の最終レースにて行われるそれはドリームステップレースと名付けられた。
有馬記念への出走権を賭けたドリームトロフィーリーグのウマ娘たちによる戦いが迫っていた。
◆
夢のような気分です。
先輩たちや後輩ちゃんたちと同じチームにいるだけでも幸福なのに、今日からスピカの皆様ともご一緒できるなんて。いつものあたしことデジたんなら発狂→蒸発→昇天のCOMBOを決めてしまう……はずでしたが。
皆様のご尊顔を拝聴しても興奮しないのです。でも、胸の奥がチリチリと熱いのです。いつも、いつまでも。
南部杯を勝ってから、あのウマ娘に挑むと決めてから、ずっと。
今、あたしの視線の先にいるのは先輩たちでもスピカの皆さんでもありません。
黄金に見紛うほどの美しい栗毛のあのお方。
◆
マイルチャンピオンシップ。それは上半期の安田記念と対を成す国内マイル部門における最高峰。その名の通り、その年のマイル王者を決めるレースである。
大本命は無論、タイキシャトルだ。今年の春シーズンは引き続き海外へ遠征し、短距離GⅠを二つ制してきた。レースを観に来た客の大多数がそんな彼女の勝利を確信していた。
残りは『推し』の勝利を熱望するファンか、新時代の台頭を期待する者、そして起こり得ない『もしも』を夢見る者だ。
「ハーイ、デジタル! 調子はどうデスか?」
「タ、タイキさん……!?」
「聞きましたよ、南部杯の優勝コングラッチュレーション!」
「あ、ありがとうございます……」
地下バ道にて邂逅した二人。相変わらずフレンドリーなタイキシャトルに対し、アグネスデジタルは及び腰だ。
タイキシャトルは今や世界にも名が知られるトップマイラーだ。対してアグネスデジタルはGⅠ級を制したとはいえまだクラシック級。実績の上では天と地ほど差があり、彼女からすればまさに天空を泳ぐ龍と対峙する気分だった。
「でもワタシ、驚きました! デジタルはダートレースに出ると思いましたがまさか
「い、いやあクールだなんて……タイキさんにそんな風に言って貰うなんて───」
空気が変わるのを肌が感じ取り、言葉が途切れる。ちらりと顔を上げれば、タイキシャトルがアグネスデジタルを真っ直ぐに見ていた。
「今日のレース、退屈かなって思ってました。だってミンナ、別のレースで走ったことがある子たちデス。そう、アナタ以外」
太陽のようないつもの笑みは無い。そこにあるのはスプリント・マイルに君臨した絶対王者の姿。傲慢とも入れる言葉の奥に、消えることのない炎を見た。
「期待もありました。もしかしたら、バクシンオーが出てくるかもって。今度こそリベンジできるかもって……でも、彼女は来ませんでした」
一転して寂寥の声が漏れる。タイキシャトルを下した数少ないウマ娘、サクラバクシンオーは秋シニア三冠レースへの出走を公表している。
かつて短距離の絶対王者は、すでにその座を捨て新天地へと向かっていた。タイキシャトルのことを見向きもせずに。
それが、タイキシャトルに黒い炎を点けていた。
「デジタル。アナタはバクシンオーになれますか?」
タイキシャトルは距離延長が望めない。サクラバクシンオーがスプリント路線から去った今、再びぶつかることはないだろう。だからこそ、彼女はその代わりを求めていた。
まだ戦ったことのない若き俊英に可能性を見ている。
答えを待つ王者へ、少女は頭を振った。
「ごめんなさい。それは出来ません」
「…………」
何か言おうとするタイキシャトルより先に、少女は続ける。
「あたしは、そんな何かの頂点に立つなんて器じゃありません。でも、ここに来るまでに背負ったものはあります。
……ですので、あたしはチャレンジャーでいい。王者に挑む勇者でありたい。
勝負です。
「OK……!」
アグネスデジタルの宣言に、ただ一言返してタイキシャトルは身を翻しターフへ向う。
「楽しませて下さい。小さな勇者さん……」
チリチリと火花が散る中、宣戦は告げられた。
◆
空は黒い雲に覆われていた。前日に降った雨で濡れたコースは乾ききることなく重バ場の発表。それはタイキシャトルの勝利を確実にするものだった。
雨の中の無敵。
フランスへ遠征する前にタイキシャトルが挑んだ安田記念。超不良バ場とまで言われたそのレースで彼女は二バ身半という差をつけ勝利し、そう呼ばれた。
あの時と距離もコースコンディションも同じ。違うのはレース場だけ。だからこそ、観衆はタイキシャトルの勝利を疑わなかった。
「だからって諦めませんが……」
レース場の雰囲気を察してアグネスデジタルは独りごちる。おそらく、出走する他のウマ娘たちも同じだろう。
どんな強敵がいようと、不利な状況だろうと、走る以上は全力を尽くす。
それが、この舞台に来れなかった者たちへの手向けになるのだから。
『マイル路線もついに最終決戦! マイル王の座を賭けたマイルチャンピオンシップが始まります!
一番人気はやはりこのウマ娘、世界のマイル王タイキシャトル!
ニ番人気はスプリントからの挑戦者、ブラックエボニー!
三番人気は海外から来たアレスタント!』
『バ場はタイキシャトルが得意な状態ですね。ですがレースに絶対はありません。展開次第で他のウマ娘たちにもチャンスはあるでしょう』
『各ウマ娘、ゲートに入りました。いざ、九十秒の頂上決戦……スタートです!!
十六名のウマ娘たちが出遅れなく駆けだしました! エーネアスが飛び出し、レースを引っ張っていきます!』
歓声の中、タイキシャトルは四番手に。アグネスデジタルはタイキシャトルを視界に入れて八番手の中団に付けた。
一瞬だけ足元を確認する。伝わる感触は柔らかく、雨水を多く含んだバ場であることを再認識した。
(こういうバ場ではペースは遅くなるものですが……)
安田記念は第二コーナーから下り坂が始まり、終盤の直線で登り坂が来るコースだ。マイル戦ということもあって自然とウマ娘たちの速度は上がっていく。
そして何よりも、
(タイキさん相手に、悠長なことは言っていられませんよね!)
呼応するように、ウマ娘たちが下り坂へと入っていく。
ポツリ、ポツリと滴が空から落ち始めた。
徐々に激しさを増すその急変ぶりは、雲が抱えきれなくなった荷を放り出したかのようだ。
準備の良い観客たちは雨合羽を急いで着込み、手持ちのない者たちは我先にと屋根のある場所へ避難していく。
雨で気温は下がったが、ウマ娘たちの熱気が冷めることはない。顔や髪に当たる滴を気にすることなく、走り続ける。
そしてやってきた最終コーナー。ゴールに続く最後の坂が見えた時、ウマ娘たちのボルテージは最高潮に達していた。
続々とウマ娘たちが仕掛けだす。スピードが一斉に上がり、足音が地鳴りのように響いて行く。
その中から、
「
マイル王が躍動する。
一歩力を込めて踏み出すだけでバ群から一人飛び出した。
栗毛の髪、ウエスタン風の緑の勝負服、タイキシャトルのスパートに観客は一層興奮の声を上げた。
他のウマ娘たちも負けるものかと加速する。が、王者の進撃は止まらない。
その速さに、客席からは拳を上げて声があがる。
流石だ。やはりお前は最強だと。
その隣で頭を振って項垂れる者もいた。
やっぱりタイキシャトルか。一強は変わらないのかと。
ターフに向かう視線は先頭を行くタイキシャトルしか捉えていない。
───だから、誰もが気づくのが遅れた。
最終コーナーから弾かれるように外に出た小柄な影を。
「…………行きます!」
アグネスデジタルが駆けていく。
◆
分かっていたことだ。
相手は強敵。雨に濡れた重バ場も苦にせず駆け抜ける様はまさに並び立つ者無き絶対王者。
(だからこそ、挑む!)
コーナーを大きく回る。遠心力に身を任せるとアグネスデジタルの小柄な体躯はコースの外側へと行く。
当然その分ロスがある。内を突くウマ娘たちに比べ、長い距離を走ることになる。が、その分利点もある。
外側の芝は、まだ内側ほど荒れてはいない。重が良になるわけではない。
僅かな差異。意味など無いと一蹴する専門家もいるだろう。
だが、ただ追走するだけでアグネスデジタルがタイキシャトルを差し切ることができようか。
これはゼロの確率に、万に一つの可能性を刻む一手。
「い、く……っぞおおおおおーーーーー!!」
渾身の力で芝を蹴る。
外からの猛追に気づいた観客が少女を指差し、名前を叫ぶ。
『外から! 外からアグネスデジタル!!』
歓声が聞こえたのか、一瞬タイキシャトルが後ろを伺った。
いつもの笑顔が消え、表に張り付いた驚き顔に、ニヤリとアグネスデジタルの口角が吊り上がる。
(このレースは……あたしにとってただのマイルGⅠじゃない……! ここで勝てなきゃ、タイキさんに負けたら───)
肌を叩く風や雨粒も気に掛けず、アグネスデジタルは加速する。
「
アグネスデジタルはダートのGⅠ級を制している。クラシックではなく、シニアの古豪たちも出る南部杯を。
その彼女が、芝で敗北すればどうなるか。やはりダートのウマ娘は芝に劣る。そのレッテルがより強固になるだろう。
それは仕方のないことかもしれない。風潮が強まったところで、彼女に責を問う者はいないだろう。
しかし、
───無様な真似は許さないから
ダートのこれからを背負うだろう彼女からは託された。
───最強を倒したからには最強でないといけなかったんだ……応援してた人たちの期待も背負っていたから。
勝者の責務は教えられた。
それに終わりはない。アグネスデジタルが勝利を積む重ねる度、それは増え続ける。
「重りじゃない! これはレースに、王者に挑むあたしへの!!」
「
そして彼女は“
これは始まり。
夢に憧れる少女が、競技者としての矜持を抱いた瞬間だった。
◆
ソレはやってきた。
──────まだ三バ身ある。
先頭しか見ていない者たちの視界の外から。
─────二バ身に縮まった。
まるで観客席に突っ込むかのような軌跡を描く。跳ね上がる泥も、吹き荒れる雨も切り裂いて。
────残り一バ身。
マイルの絶対王者を打ち倒すため。
───ついに並んだ。
打ち負かしてきた者たちに意味を与えるため。
──前には、もう誰もいない
ダートにも。
芝にも。
マイルにも。
強者にも挑む。
故に彼女は───
『アグネスデジタル差し切ったあ!! マイルで絶対と思われたタイキシャトルを! ダートからの刺客が、いえ勇者が見事打ち勝った!!
芝でもその末脚は鈍ることなく!
真の勇者は、戦場を選ばない!!』
呆気に取られたような沈黙からのどよめき、そして悲鳴と歓声がレースを揺らしていく。
信じられないと声が上がる。
マイル最強のタイキシャトルを。雨降る重馬場で、前走がダートの、クラシックからの若武者が打ち破ったのだ。
「すっごい……勝っちゃったよ……!」
誰かの呟きに応えるように、勝者が拳を空へと掲げた。
一着 アグネスデジタル
二着 タイキシャトル アタマ差
◆
「はあっ……はあっ……!」
雨が降っているのに、身体が熱い。口から吐き出す息はまるでマグマのよう。力を振り絞った脚はもう根が生えたようで、倒れることも出来なかった。
聞こえてくる歓声。見上げる掲示板の頂上に灯されたのは自身の枠番。
勝ったのだと、アグネスデジタル自身は周りより遅れて気づいた。
「あ、あたし……や───」
「デジタルーーーー!!」
「ぐえっ」
諸手を上げたところに衝撃。そして浮遊。一歩も動けなかったはずの身体が簡単に宙を舞う。
タイキシャトルがアグネスデジタルを抱きかかえていた。
敗北したはずの彼女の表情に陰はなく、いつもと同じ太陽のような笑みがあった。
「ナイスラーン!! でした! もう、こんなストロングなんて驚きです!」
「タ、タイキさん……?」
アグネスデジタルを抱き上げたまま、タイキシャトルはフィギュアスケートのようにクルクルと回りだす。
「ワタシったら調子にライドしてました! バクシンオーだけじゃない、アナタのようなウマ娘が出てくるなんて!」
興奮した声が響く。客席の最前列にいる者にも内容は届いているだろう。
「ワタシに勝ったんです! これからもレッツファイトですよ、
その言葉を聞いた記者がいたのだろう。レース結果を報せる記事にもそれは引用されていた。
芝とダート。二つのマイルで栄光を掴んだウマ娘。
勝った相手は世代のダート王、そして時代のマイル王。二つの戦場における頂点を打ち破ったからこそ称された。
「あ、この勢いで有馬記念とか出てみません?」
「ええええっ!?」
明日ジャパンカップ編上げます。