シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
「「やあああああああああっ!!」」
ジャパンカップも目前。
夕方のトレーニングコースに併走するウマ娘たちの気合の声が響く。
四つ巴の混戦。頭一つ抜け出したのは、
「やったー! 今回はボクの勝ちー!」
トウカイテイオーだった。
汗を拭うことも忘れてぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女を見て、黙ってられないのは他の三人。ライスシャワー、グラスワンダー、そしてスペシャルウィークだった。
「くぅ……トレーナーさん、もう一回やらせてください!」
「だーめーだ」
スペシャルウィークの懇願をスピカのトレーナーは切って捨てた。少女のすがる視線がこちらを向いた。
「彼の意見に賛成」
『ええー……』
負けた三人から不満の声が上がる。
悔しい気持ちは分かるが、今は力を使い切る場面ではない。
「その悔しさは本番へのパワーにしておこう」
「むむ……はい」
「気に病むことは無いよ。このメンバーと接戦できているなら上出来だ」
不服そうなグラスにフォローの言葉をかける。
普段はトレーニングでの勝ち負けなんて気にしないのだが、ライバルであるスペシャルウィークと走ったおかげか、負けず嫌いな側面が強く出ているようだ。
「気になる部分があるなら、あとでミーティングしよう」
「……! はい、お願いします!」
「お、おにい……トレーナーさん、ライスもお願い!」
「おお、マルカブはやる気満々じゃん! スペちゃん、ボクらも負けてられないよ!」
「はい! トレーナーさん、私たちも!」
「おー分かった分かった」
苦笑するスピカのトレーナー。体を動かすトレーニングは終わったが、まだ担当ウマ娘たちの鍛錬は終わらない。
「次会うのは本番だな」
「ええ……おかげでグラスたちは強くなりました」
「スぺたちもな」
長いようであっという間の共闘だった。
マルカブとスピカ。お互いに得るものは大きかった。
私たちはトウカイテイオーやメジロマックイーンたちの豊富な経験をその身に受けることが出来た。
スピカは三代続くマルカブが積み上げた知啓や、ライスとグラスが習得した“
お互いの手札を晒してでも、私たちは強くなる必要があった。
「それでも、モンジューは強い……」
「ええ、その上ジャパンカップには英国や香港からも有力ウマ娘が参戦を表明しています」
「どっかのウマ娘が生中継で煽るからー」
エルが掲げた最強決定戦宣言により、日本のレースの注目度は過去最高となっていた。
トレセン学園が公開したVRウマレーターのおかげで、海外のウマ娘たちも日本のコースの経験を積んでいる。
それでも本物を経験したいと、日本のレースへ出走しようとする海外勢は多い。
故に、もとより招待レースだったジャパンカップには多くの海外ウマ娘が出走しようとした。
昨年エルが勝ったレースであること。そのエルをダービーで負かしたスペシャルウィークが出走すること。リベンジに燃えるモンジューも出走すること。それらを理由に出走したり、逆に避けたり、水面下で繰り広げる情報戦は混沌としていた。
いま公表されている情報よりも出走ウマ娘は限られるだろうが、それでも世界からトップクラスが集結するのは間違いない。
「それでは……」
片づけが終わり、スピカと別れる時が来た。
健闘を祈る、と言おうとして口ごもる。同じレースで競い合うというのにその台詞は違うだろう。
向こうも同じことを思ったのか、僅かに間を空けてから、
「「勝負です」」
ダービーウマ娘に、グランプリウマ娘に。
宣戦布告だ。
◆
ジャパンカップ当日。
レースを観に来た者たちは浮き足立っていた。
フランスからモンジューが、日本からはスペシャルウィークが。そしてイギリスからもダービーウマ娘が参戦し、国が誇るダービーウマ娘同士の激突が実現した。
同時に、出走する海外勢にとってはこのレースの結果がそのままエルコンドルパサーへの挑戦権になる。
ルールとして定められた訳では無いが、レースに身を投じる者としての暗黙の了解、本能的な理解であった。
ジャパンカップで結果出せずして、世界王者に挑む資格無しと。
「逆に言えば、ここに集まったウマ娘たちは自信があるということだ」
地下バ道にて、モンジューの言葉が響く。
視線の先には己を打ち破ったエルコンドルパサー、そしてその同期であるグラスワンダーとスペシャルウィークがいた。
「無論、私もその一人だ。凱旋門賞の敗北を経て、私はさらに強くなれた。再びキミに挑み、そして……」
片手を掲げ、拳を握る。
「今度は勝つ!」
「アナタとの再戦はとても楽しみデス……けど、今日の相手はエルじゃないデスよ」
同期の二人が頷き、他の日本ウマ娘たちも気炎を上げた。
エルコンドルパサー以外眼中に無しとも取れる言動は彼女たちの闘志を燃やすには十分だった。
その様子に流石のモンジューも頭を下げた。
「なるほど、国の名を冠するレースを
───が、事実として
今度は海外からのウマ娘たちが気炎を上げる番だった。
掴むべきは最強の座。故に海を渡って来た挑戦者たちへ、日本のウマ娘たちは実力を示さねばならない。
「果たして、エルコンドルパサーの凱旋門賞は奇跡の勝利であったのか……。それともキミがただ世界中から見ても突出する存在だったのか。
もしくは、日本のウマ娘の実力が真に黄金に至ったか……全てはこの一戦で明らかになる」
怪鳥に魅せられた者たちが集った東京レース場。
世界に蹂躙されるか。それとも極東が力を証明するか。
ジャパンカップが始まる。
◆
『多くのレースファンが、この日を待ちわびていました! 数々の功績を立てたウマ娘たちが集う祭典、ジャパンカップ!
今年は何とも豪華な顔ぶれ! 日本を含めて世界のダービーウマ娘がずらりと四人も出走します!
特に注目されているのは凱旋門賞でエルコンドルパサーと激闘を繰り広げたモンジュー! リベンジに燃える彼女に日本のウマ娘たちはどう立ち向かうのか!?』
『モンジューは凱旋門賞でこそ敗北しましたが、その実力を疑う者はいないでしょう。他の海外からやって来たウマ娘たちも自国で結果を出してきた強者ですが、やはりモンジューが頭一つ抜けているという印象です。
……しかし、日本のウマ娘だって負けてはいません!
天皇賞(秋)を制したスペシャルウィーク、宝塚記念を制しグランプリ連覇を達成したグラスワンダー。エルコンドルパサーと同じく黄金世代と称された彼女たちが、世界の強豪を迎え撃つのです!』
ラジオやテレビから響く熱のこもった声に、会場のボルテージも上がっていく。
(……ったく)
沸く歓声へ、冷ややかな視線がターフに向く。
(黄金世代黄金世代と……今日走るのはあいつらだけじゃないっての)
偏った応援に苦い感情を抱きつつ、彼女も自身が注目されていない理由も自覚していた。
GⅠにこそ出走できているが、実績としてはGⅡ以下の重賞を勝ったくらいだ。
それだけでも十分立派な成績だが、世界のトップ層が集うジャパンカップにおいては場違いに感じた。
しかし、
(日本のウマ娘で初めてジャパンカップを勝ったのは、その時注目されていた三冠ウマ娘じゃない……!
あのオグリキャップさんが出たときも、勝ったのは凱旋門賞ウマ娘でも、その時のトップ層でもなかった!)
レースはタイムアタックではない。誰か一人が出遅れるだけで展開は荒れる。ペースがハイかスローかで得意不得意が現れる。
前評判は所詮前評判でしかない。ゲートが開き、ゴール板を駆け抜けるまでレースの内容は誰にも分からない。
(見てろよ……日本のウマ娘は黄金世代だけじゃない……!)
世界が注目する舞台に自らの名を刻むため、静かに爪を研ぐ者は確かにいた。
出走するウマ娘全員がゲートに納まり、一瞬の静寂が来る。
そして、ゲートは開かれた。
『世紀の一戦、ジャパンカップがスタートしました! 十四万の観客が詰めかけたスタンド前を世界の優駿たちが走り抜けていきます!
ペースは比較的緩いでしょうか。グラスワンダーは先団のやや後ろ、四番手か五番手の位置、対してスペシャルウィークは中団よりやや後ろに控える形をとりました!
そしてスペシャルウィークを見るようにフランスのモンジューはさらに後方へ位置!』
『モンジューはスペシャルウィークをマークするようですね。しかし注目はそのスペシャルウィークとグラスワンダーの位置! まるで宝塚記念の時と入れ替えたかのようです!』
◆
グラスを追うスペシャルウィークという位置取りに、客席からも驚きの声が上がっていた。宝塚記念の対決が印象深いのだろう、この二人の対決では前にスペシャルウィーク、後ろにグラスという位置が定着しているようだ。
「予定通りの位置を取れたね」
「ああ」
隣のライスの言葉に首肯する。
レースに向けたグラスとのミーティングを思い返す。
・
・
・
「ジャパンカップの位置取りだけど、今回は前目に付けよう」
「前ですか……。先行は決して不得手ではありませんが」
「グラスってどちらかというと後方からの差し切りが得意デスよね」
「一応、考えはあるんだ」
ジャパンカップのコースを張り付けたホワイトボードに、出走ウマ娘の名前を書いたマグネットを張り付けていく。
「まず、ジャパンカップで警戒……マークすべきはスペシャルウィーク。そしてモンジューだ」
「どっちも、前に走った時よりも強くなっているね」
「ライスの言う通り。だから前の作戦がそのまま通用するとは限らない」
収集した情報から、ウマ娘の位置取りを推測してマグネットを並べていく。
縦長になった列の最後方にモンジューを置いた。
「まずモンジューは後方からの追込みだろう。凱旋門賞の時もそうだったし、アウェーのコースでは普段の脚質を保った方が力を発揮できると判断するはず」
続けてスペシャルウィークのマグネットを中団より後方に置く。
「スペシャルウィークだけど、得意の末脚を活かすたために後ろに位置取るだろう。一つ違うのは、ここはグラスより後ろであることを重視すると思う」
「宝塚記念で差し切られたから……?」
「そう。スペシャルウィークには……チーム・スピカにはグラスのマーク戦法と末脚が強く印象に残っている。
合同トレーニングでもかなり意識していたからね。だからこそ向こうはグラスの前を走ることは避けたいはず」
「だから敢えて前に?」
グラスの問いに頷く。ホワイトボードに張り付いたグラスのマグネットは、先頭から五番手あたりにあった。
「この位置でもグラスの末脚は十分活かせる。それにここにいれば、モンジューの意識はスペシャルウィークに向かう」
モンジューは凱旋門賞の敗北から日本のウマ娘を強く意識している。その中で有力視されているのはグラスとスペシャルウィークだが、直近の活躍からスペシャルウィークの方が注目されていると思う。
「………………」
「じ、情報は新しいものだけ重視されがちだから、それが実力に直結しているわけじゃないから……。
と、とにかく! 無理にスペシャルウィークをマークする必要はない。むしろモンジューがスペシャルウィークをマークする!」
グラスから圧のある視線を受け流し、二人を示すマグネットを繋ぐように線を引く。
「スペシャルウィークはこれで前のグラスと後ろのモンジューを意識する必要がある。そしてモンジューはグラスへの意識が薄れる。これでこちらは自由に走りやすくなる」
・
・
・
当然、これは世界の強豪が集うジャパンカップ。警戒すべきウマ娘は他にもいるが、最も警戒すべき二人については予測が当たった。
出来ることはやり尽くした。あとは、グラスの走りを信じるだけだ。
◆
各ウマ娘がコーナーを回り、向こう正面に入っていく。バ群は先頭から後ろまで大きく広がり、縦長の展開を見せた。
変わらずモンジューは後ろから二番手の位置を取る。その視線の先にスペシャルウィークの背中を捉えつつ、モンジューが思考を回す。
(このスローペース、スパートのタイミングが鍵になるが……どう出る?)
レースは膠着状態であった。誰もが仕掛け時を探っている。
早すぎても、遅すぎてもいけない。が、誰かが仕掛ければ連鎖的に皆が駆けだすだろう。
(警戒すべきはスペシャルウィークの末脚。そして彼女を打ち破ったことのあるグラスワンダー。……だがグラスワンダーは前にいる。ならば優位はスペシャルウィークか?
……いや、グラスワンダーはエルコンドルパサーと同じチーム。あのトレーナーがこの位置を指示したとしたら───)
思考を巡らしながらもレースは続く。
ついに残り1,000mを切り、ウマ娘たちが第三コーナーへと差し掛かる。
そこで、
「ここ、からーーっ!!」
一人が仕掛けた。
『あっと!? ここでスペシャルウィークが上がっていった!』
(やはり、ここで仕掛けるか!!)
(スぺちゃん───!)
『モンジューも一気に追い上げる! ケヤキを超えて、各ウマ娘たちもペースが上がっていく! 一団がみるみる詰まってきました!
外からスペシャルウィーク! そのさらに外からはモンジュー!』
最終コーナーを回り、最後の直線に踊り出た。縦長だったバ群は横に広がる。
欧州最強が、黄金世代のダービーウマ娘が先頭に迫る。
十四万の歓声が、視線が、ターフへと降り注ぎレース場を揺らしていた。
「待っていました」
音に溢れたターフに、スペシャルウィークの耳にそれは届いた。
わずかに視線を横に移せば、彼女はそこにいた。
スペシャルウィークとモンジューの影に隠れた、栗毛の怪物が躍動する。
「世界の強豪が集うこの舞台。ここで勝ってこそ、頂点への道は拓かれる……!」
天皇賞(秋)を回避してまで、万全を以てここに来た。燻ぶった心に今、火を点ける。
「いざ、参ります!」
『ここでグラスワンダァアア!! スペシャルウィークとモンジューが前に出たのに合わせて、グラスワンダーが仕掛けた!
グランプリウマ娘の豪脚が今、解き放たれた!』
「グラスちゃん!!」
思わずスペシャルウィークは叫んでいた。
追いついたと思った戦友が前を行く。宝塚記念の記憶、スペシャルウィークの胸を衝いた。
(落ち着け! トレーナーさんとのミーティングでも想定された展開だ!)
ぐらつく己に喝を入れる。
グラスワンダーの実力は知っている。敗れてそれを痛感した。
ならばどうする?
同じ轍を踏んでまた敗北するのか。
否、
(私は、
心臓が跳ねる。
マグマのような灼熱が体の奥から溢れてくる。
なんのためのマルカブとの合同トレーニングだったか。自分たちの手の内を晒してまで求めたのは、彼女たちが持つ
(日本一のウマ娘に───)
指先にしかなかった感覚は、たった今彼女の奥にある才を開花させた。
「なるんだあああああああああ!!!」
「スぺちゃん───!!」
驚愕するのは、今度はグラスワンダーの番だった。
振り切れると思った相手が、食らいついてきた。宝塚記念の時とは違い、その影は今も彼女のすぐ横にいる。
そして、
(……見事!)
グラスワンダーとスペシャルウィーク、二人の動きにはモンジューも舌を巻いていた。
直線に入ってからの加速、合わせたかのような“
「だが───!」
まだ足りない。
ロンシャンで彼女が受けた衝撃には届かない。
「それで全てか? それが限界か? ならば地を照らす炎も、天に輝く星も、全て私の光で塗り潰そう!」
モンジューの身体が深く沈む。
獲物に飛び掛かる直前の牙獣のように。猛々しく、けれど艶やかにも見える動きに観客も目が奪われる。
次の瞬間、雷光が駆けだした。
「さあ見せてみろ、エルコンドルパサーが信じたウマ娘たち! 彼女が超えた
『いよいよ最後の直線勝負!
さあ横に広がった横に広がった! 残り400mを切りました!
グラスワンダーか、スペシャルウィークか!
いや、ここでモンジューが伸びてくる! 外からモンジュー! モンジューが、欧州最強の脚が日本の二強に迫って来たーっ!』
「