シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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 こちら2話連続投稿の2話目になります。前編未読の場合は前話からお読みください。



69話 グラスとスペとジャパンカップ(後編)

 モンジューの“領域(ゾーン)”を見て、私は思わず柵から身を乗り出していた。

 

「学園で見せた時とは違う……!」

 

 シャカールとタップダンスシチーとの併走で見せたものとはまさにキレが違う、モンジューが紫電の矢となってグラスとスペシャルウィークへ迫っていく。

 

「あの時はまだ制限していたか……!」

 

 それとも、日本にいる間に成長したのか。慣れない環境であろうこの地で、この短期間で。

 信じられないが、それが出来るからこそモンジューは欧州最強と言われるのだろう。

 観客の視線は拮抗するグラスとスペシャルウィークから、追い上げてくるモンジューへと移っていく。

 日本を代表する二人を超えていこうとする様相に、悲鳴すら混じっている。

 

「グラス……!」

 

 不安顔のファンたちの脳裏にジャパンカップにおける日本の敗北の歴史が過る。

 またか、と。

 昨年はエル。少し遡ればトウカイテイオーが見事勝利したこの舞台で、よりによって凱旋門賞を制した年に海外からの刺客が、日本のスターウマ娘を打ち破るのかと。

 

 

「グラァアアアアスッ!!! スペちゃああああん!! 頑張るデェエエス!!」

 

 

 レース場を覆う絶望を、快活な声が吹き飛ばした。

 周りの視線をターフから奪い去るほどの叫びが、真横にいた私の身を奮わせた。

 

「トレーナーさん! みんなも! 嘆く前に声を上げて応援するデス!」

「エルさん……」

「モンジューは強い。凱旋門賞の時だってそうデシタ。でも、グラスもスぺちゃんも決して負けていない! だって───」

 

 エルの言葉を受けてライスやデジタルたち、そして声を聞いた他の観客も視線をターフへと戻していく。

 

「スぺちゃんはエルに勝ったダービーウマ娘で! グラスはエルの、一番の親友でライバルなんですから! 諦めるのはまだ早いデスよ!!」

 

 そうしてエルはまた応援の声を張り上げる。

 彼女の声を追うように、少しずつ、希望の声が上がりだす。

 

 頑張れ……!

 負けるな……!

 

 さざ波のような声は、やがて波濤となってレース場に響いていく。

 

 

 ◆

 

 

 グラスワンダーは見た。雷が落ちたような衝撃とともに、駆けてくるモンジューを。

 

(これが、エルをあと一歩まで追い詰めた走り……!)

 

 映像では見た。来日してから、学園内で誰かと併走しているところを見た。

 だが、実際に競って。本番のレースで感じる覇気はまるで別物だった。

 そして迫ってくるのはモンジューだけではない。その後ろから英国、そして香港を代表するウマ娘たちも猛追していた。

 

(これが───)

 

 ジャパンカップ。国の威信を賭け、世界中から猛者が集う大レース。そこを走る重圧を、グラスワンダーは今になってその身に受けていた。

 背後から数多のプレッシャーを受けたグラスワンダーは、

 

(これが、エルが見た世界……! 私はやっと、エルと同じ空気を感じている!)

 

 高揚していた。

 グラスワンダーとエルコンドルパサー。共にアメリカからの留学生であり、ルームメイトであり、同期であり、親友であり、ライバルである二人。

 チームメイトとして誰よりも近くにいるはずの二人だが、いざレースになるとぶつかった回数は数えるほどだった。

 グラスワンダーは春のクラシックレースに出ることは叶わず、エルコンドルパサーは秋にはシニア級のウマ娘たちを前に力を示し、世界への挑戦権を得た。

 エルコンドルパサーが世界に挑む間、グラスワンダーは国内で実力を示した。

 様々な事情から、二人の路線が重なることはなかった。

 

(エル、あなたの後を追うばかり私だけれど……今ようやく、あなたの背中が見えた───!)

 

 グツグツと体の奥から更なる熱がこみあげる。

 窮地であるはずが、彼女の心は折れはしない。

 そしてそれは、スペシャルウィークも同じであった。

 日本ダービーでは紙一重で勝てた。だがその後のエルコンドルパサーの活躍は言うまでもない。

 世代の頂点に立ったはずが、気づけば負かしたはずのウマ娘が世界の頂点へと昇り詰めていた。

 後ろから迫ってくる世界のウマ娘たち。その誰もが打倒エルコンドルパサーを掲げているのだろう。

 今走っている自分や、他の日本のウマ娘ではなく、エルコンドルパサーを見ている。

 

(違う……!)

 

 更に力を込めて芝を蹴る。

 前に出たスペシャルウィークの隣をグラスワンダーが駆ける。

 あふれ出た想いは、さらに上の次元へと彼女たちを押し上げる。

 

(見ていて下さい!)

 

“咲き誇る蒼炎”

 

(エルちゃんを倒すのは───)

 

“走れ願い星”

 

(あなたのライバルは───)

 

 翔ける。

 

「私だあああああああああ!!」

 

 

蒼炎、天を衝く(ブルーローズ・フレア)

輝け一番星(ポラリス)

 

『ス、スペシャルウィークとグラスワンダーだ!! 凄い加速!! ここでこの二人がまた行く!!

 モンジューを突き放す!! 香港の雄も、英国の星も届かない!!

 これが、これが黄金世代だ!! エルコンドルパサーに並ぶ日本の総大将だ!!』

「なんと……」

 

 モンジューの口から驚嘆の声が漏れる。

 食らいついたと思った相手が、己が爪牙をくぐり抜けて前に行く。

 光の先、栄光の門を開け放つ。

 

「全く……黄金の国とはよく言ったものだ」

 

 輝く炎と星が、ゴール板を駆け抜けた。

 勝者は───

 

 

 ◆

 

 

 ウマ娘レースを取り扱うメディアが、ネットに速報を打つ。

 その見出しに閲覧数は凄まじい勢いで伸びていく。

 

 勝者は2人!ジャパンカップは日本勢による同着!

 △△日発走のジャパンカップ。今年は世界中の猛者が集まる激戦となる中、スペシャルウィーク(シニア級・所属スピカ)とグラスワンダー(シニア級・所属マルカブ)が激走。二十分近い判定の末、同着による両者一位の決着となった。

 レース施行以来、ジャパンカップの同着決着は初。また日本勢の勝利は昨年のエルコンドルパサー(所属マルカブ)に続く連続勝利である。

 スペシャルウィークは先の天皇賞(秋)に続くGI勝利となり、秋シニア三冠に王手をかけた。

 グラスワンダーも宝塚記念に続くGI連勝、天皇賞(秋)を避けて万全に仕上げた成果を見せた。

 インタビューでは二人とも勝利したことへの喜びを表しつつ、「でもやっぱり一人でここ(表彰台)に立ちたかったです」と互いをライバル視していることを露わにした。

 両者とも自走は有記念を目指すことを表明。エルコンドルパサーをはじめ、黄金世代と評される時代の寵児たちが年の瀬のグランプリに集結する。

 

 欧州からの刺客 モンジューは三着も有記念出走は変わらず

 二国のダービーを制し、クラシック級ながら凱旋門賞二着の実績を持つモンジューはジャパンカップで三着に敗れた。

 モンジュー及びトレーナー陣は勝利した日本のウマ娘へ賞賛を贈りながら、日本のバ場へ適応することの難しさは遠征によるコンディションの調整への難しさに言及した。

「このプレッシャーを受けながらも海外への挑戦を続けた日本のレース界には尊敬する」

「負けはしたが有記念への出走の意思は変わらない。むしろまとめてリベンジできるのだ。今回見つかった課題を修正し、万全をもって彼女たちに挑むとも」

 闘志は消えず、欧州の猛者は引続き日本に滞在し調整を続ける。

 

 

 ◆

 

 

 ジャパンカップの熱狂の中、ある一団がトレセン学園の門をくぐった。

 先頭を歩くのは鹿毛に金眼のウマ娘。その両脇をスーツ姿の男女が並び、後ろも同様の格好の人間が続く。

 彼女らの来訪を予め知っていたようで、敷地に一歩踏み込んだ瞬間に歓声が上がった。同時に多数のシャッター音が響く。

 金眼のウマ娘が視線を泳がす。カメラを構えた記者団に、トレセン学園の制服を着たウマ娘たちが興奮気味に来訪者を囲んでいた。

 そして、一団は前方に立つウマ娘の姿を見て足を止めた。

 

「お待ちしておりました。ようこそトレセン学園へ」

 

 一団を迎えたエアグルーヴが気品ある動作で礼をした。顔を上げ、来訪者の名を告げる。

 

「リガントーナ殿」

 

 “舞闘神姫(ダンシングブレーヴ)”。かつての凱旋門賞ウマ娘であり、世界最強として名を響かせた一人であった。脇にいるのはトレーナー、後ろに控えるのは彼女の日々をサポートするスタッフたちだった。

 

「ワタシの名を知っていてくれるなんて、光栄ね」

「当然です。貴女の走りは、強さは日本にも轟いております。……申し遅れました。本日案内をさせていただきます、私は生徒会で副会長をしております───」

「エアグルーヴさん、ね?」

 

 言葉を先取りされ、思わずエアグルーヴは破顔した。

 

「い、意外です。貴女に私の名を知っていただけているとは」

「知人がね、向こうでよく話してくれたの。日本のレースに出た時、とっても素敵なウマ娘がいたと……ね」

「そ、そうですか。ははは……」

 

 一人、エアグルーヴには思い当たるウマ娘がいたが深く考えないようにした。

 脳裏をよぎる影を彼方に追いやり、本題に入る。

 

「今日から有記念に向けて日本で調整されると聞いております。まずは学園の施設を案内させて───」

「いらないわ」

「……はい?」

「いらないわ、案内。誰かにこっち来いとか、ついて来いって言われるの苦手なの」

 

 はあ、とエアグルーヴは唖然とするしかなかった。リガントーナの後ろにいるサポートチームもまた始まったよという様子であった。

 しかしトレセン学園は広大だ。

 理事長はジャパンカップに向かっており、生徒会長ともう一人の副会長は有記念に向けた調整中。そんな状況で来客対応を志願したのだから、勝手知らぬ客人に推す気にどうぞというわけにはいかない。

 

「ええっと……ではご自由に回っていただければ。私も同行してその都度案内を」

「副会長さんに手間を取らせないわ。そうね……」

 

 リガントーナがくるりと回り、一点を見て止まる。

 

「アナタ……そこの、青いメンコのアナタ」

「え? ……え、わ、私!?」

「そう、アナタ。一緒に着いてきてくれる? えっと……」

 

 名を聞かれている。そう理解した、名指しされたウマ娘は意を決して名乗った。

 

「キ、キングヘイロー……です」

「キングヘイロー……いい名前ね」

「あ、ありがとうございます……」

「何か、運命的なものを感じるわ。レースまで、よろしくね?」

「はい……え? レースまで!?」

 

 そうして、たまたま見に来ていたキングヘイローを引き連れてリガントーナは学園を歩き回った。

 その後も何かにつけてキングヘイローの元へ行く姿が目撃される。

 

 本人の望む形と違う経緯で、キングヘイローの名が知れ渡っていくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 そしてまた、場面は変わる。

 

『逃げる! 逃げる! なんという走りだ! 差がまだ開いていく! 後ろのウマ娘たちは追いつけるのか!?』

 

 異なる国、異なる時間、異なるコース。けれど同じ日、同じ叫びがレース場を震わせた。

 一人先頭を疾走する栗毛のウマ娘を、十を超えるウマ娘たちが追っていく。

 欧州と米国。奇しくも異なる地で同じようなレースが展開されていた。

 

(なんてスピードだ!)

(私たちが追いつけないなんて……!)

(もつのか!? こんなペースで最後まで!?)

 

 片や自滅にも見える圧倒的速さで。片やレコードタイムに並ぶためのラップを機械のように刻んで駆けて行く。

 実況も観客も、先頭しか目に映っていなかった。

 

『なんという一人旅! 他者に影を踏ませることなく、圧倒的着差でゴールイン!!

 日本のグランプリに向けた前哨戦でしたが、これは決まりでしょう!』

 

 掲示板に表示されたタイムと着差に、敗北したウマ娘たちの心は折り砕かれた。

 彼女たちは皆自国で重賞を制した経験があり、GⅠ戦線の常連だ。今のレースが油断やフロックでないことは一番分かっていた。

 この逃亡者が出る以上、有記念の勝機はない。そう思われるに十分なレースだった。

 

「コンディション良好。疲労確認……脚に問題はありません」

「実力は示した。これなら戻っても文句は言われんだろう」

「では……」

「ああ」

 

 レース後、逃亡劇を魅せたウマ娘がトレーナーと思われる人物と話していた。

 片や、サングラスをかけたいかつい風体の男性と。

 

「お世話になりました、先生」

「思ってもないことを。勝手に転がり込んで、勝手に走り回っていただけだろう」

「走りで、色々教えてくれました」

「好きに思え。……行くんだな?」

「はい。仲間が待っていますから」

「そうか……」

 

 片や、黒髪の女性と。

 どちらも海を越えてその地にやって来ていた。理由はそれぞれ。だが、今同じ理由でまたその地を離れようとしていた。

 

「帰るぞ、ブルボン」

「行ってこい、スズカ」

 

「「──────はい」」

 

 かくして、逃亡者が帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 次のライスのレース。
 あんまり期間空けないように頑張ります。
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